ねえちゃん姫
<12>



 3人の娘達の沈んだ空気を読む前に、メイドに案内された彼女は、慌てて三人の傍に駆け寄って、切ない空気をかき混ぜるような事を口にしました。

「あ、いたいた!」

 バカンスを楽しむ為か、普段よりも明るい色合いの軽そうなドレスを身に纏い、日傘を差して3人の所まで少し小走りにやってくるのは、瑞希、でした。

「茜さん、久しぶり! ……って、ねえ、大ニュースですわよ! ってか、茜さんはさすがにもうご存知かしら?」

 微かに息を弾ませて、3人の傍に座り込み、きょとんとする3人の表情を勝手に解釈して、瑞希は言葉を進めました。

「あら、もしかして、まだごご存知ないの!?」

 いつもの、小馬鹿にする調子と、けれど、どことない心配も混ざったそれに、奈津美がイラッとしたらしく、険しい顔で瑞希を睨みつけます。
 瑞希は、奈津美の視線を受けてムッとしながらも、茜を真っ直ぐに見て、口を開きました。

「瑞希、午前中はお城の園遊会に招かれてたんですけどっ、なんとそれって、王子の最終的な花嫁選びでしたの!」

「………っ!?」

 驚いた顔をする茜、そしてふたりに、気をよくした瑞希は得々と言葉を続けます。

「ううん、勿論、まだ婚約者は選ばれませんでしたけど……お相手は家柄のよろしい3人にしぼられていて――あ、その3人とも、瑞希は良く存じ上げているのですけれど、そのうちのおひとりは瑞希の従妹にあたる子で、当然お血筋もよろしくて、お城の大臣を多く務める家系ですし、5代ほど前に王家のお姫様が降嫁されていまして……」

「あんた、家柄自慢しに来たの!? それより、続きっ!!」

 横道にそれかかる瑞希の話を、奈津美が激しい勢いで軌道修正します。
 瑞希は奈津美に、何か言いかけますが……茜のすがるような眼差しにあって、目をしばたかせながら、言葉を続けだしました。

「えぇと……それで、王様がお昼前に帰っていらして、その場は和やかに終わりましたの。"ご令嬢たちと、ゆっくり話がしたいと王子が申しておるしな"と、こうおっしゃってまして……この週一杯、昼は園遊会、夜は舞踏会が毎日開かれるみたいで……週末には、いずれかの方との正式な婚約発表が…………って、どうしましたの?」

 茜が、俯いて唇をかんでいます。細い肩が小刻みに震えて……泣いて、いるようです。
 奈津美と珠美は顔を見合わせて、眼差しで意思を伝え合っているようでした。
 さすがに、戸惑う瑞希ですが、まだ言葉を続けます。

「まぁ、いいですわ。それより、尽王子、さすがに、茜さんがお姉様だと知って、諦められたのかしら? 瑞希は、てっきりまだ茜さんの事が好きだとばかり思っていたのに! というか、尽王子、随分大人しかった気がしますけれど。結構女性には多弁な方でしたのに、ほとんどおしゃべりにならなかったし、顔色もあまり優れなかったし。体調、悪かったのかしら?」

 珠美と奈津美はしかめ面を見合わせたままです。
 茜は俯いてしまって……体が小刻みに震えています。
 瑞希は……それらの沈鬱な雰囲気の理由なんて分かるわけもなく、ただきょろきょろと三人の様子を伺い見ています。

 そのうち……そういう雰囲気が最も苦手な奈津美が、ばっと立ち上がりました。

「よっしゃぁ!!」

 湖に絶叫するように鬨の声を上げて、驚くほかの面々を振り返りました。

「行っちゃおう!!」

 その唐突な言葉、何の事か他のメンバーが分かるわけがありません。
 きょとんとする顔を見回し……最後に茜に視線を止めると、にっこり笑いました。

「あいつに、会いに行けばいい! あいつの真意、直接聞けばいい! そりゃあ、悪い結果も考えられるけど、でもっ! うじうじしてるよりは、ずっといい。だって、どの道、いつかははっきりしちゃう事なんだし。他人からアレコレ言われるより、本人から、ちゃんと聞き出せば、いい。ね、そうしよ!」

「っ! だって……でもっ……!!」

 茜は目を丸くしています。
 勝手に離宮を抜け出すなんて……。
 そもそも、父王の許可がなければ、馬車も調達できませんし……茜の不在はすぐにでもばれて、馬車よりも先に早馬で城に報せは届くでしょう。
 そうしたら、きっと、尽に会う事さえできなくなってしまう。
 茜の不安な顔に、奈津美は強気に言います。

「やってみなきゃ、分からない!」

 奈津美の強い言葉でしたが、茜は頷くわけにはいきません。

「馬車なら、瑞希のトコのがあるし……! ねっ、瑞希!」

 急に話を振られた瑞希は、わけがわかっていませんでしたが、奈津美の有無を言わせない押しに、こくこく頷きました。

 それでも……茜は、頷けません。
 困惑し、戸惑い……結局頭を振ります。
 尽に会いたい。
 会って、話をしたい。
 尽の真意がどこにあるのか確かめたい。
 けれど……父王を裏切れません。それに、尽に会って、絶望的な答えを聞くのが……怖くも、あるのです。
 おかしなものです。
 尽に会いたいと思う気持ちは本当なのに、まったく逆の気持ちがそれを引き止めて、結局、茜は行動に移ることができないのです。

「茜ちゃん……」

 怯えるように体を小さくする茜の肩を、珠美はそっと抱き締めました。
 奈津美は……気遣わしそうに、また、不満そうに眉根を寄せています。

「一体……どういう事……??」

 あまり状況を把握できていない瑞希は、首を傾げて視線を彷徨わせていますが……不意に。

「あら? あれは……?」

 目をしばたかせて、少し先の大木の方を見やりました。
 他の3人は気付いていません……彼女達に近づくその人に。
 きびきびと歩く、厳しい眼差しをした女性……茜の目付け役の志穂が、どこから現れたのか、彼女たちの元へと歩み寄って来ました。

「王女」

 相変わらずきびきびした口調に、どこか決意の強さを込めて、茜に声をかけました。
 茜は顔を上げ、青白くなったそれで、突然登場する目付け役を見上げました。
 志穂は、4人の眼差しを受けて、体の前で握った手を、更にきゅっと強く握りなおして、決意するように口を開きました。

「私は、王に貴女様の目付けを命じられています。王の留守中も、あなたをくれぐれもよく見ておくように、と、強く申し付けられました」

 それが志穂の仕事なのは分かっている事ですが……一体、彼女は、その決意を込めた口調で何を言うのでしょうか?
 4人が注目する中、志穂は、口調を更に緊張したものにしていきながら、続けました。

「それが、私の仕事ですし、それに責任を感じています。けれど……私だって………」

 少し息を飲み込み、出かかりそうな言葉を躊躇って押し止め、別の言葉を続けます。

「貴女の気持ち、分からなくもないから……」

 静かな声でそう言いながら、自分のスカートのポケットから出したものを、そっと茜の前に差し出しました。
 それは……上品な萌黄色の封書でした。
 その、見覚えのある蝋印の封は……。

「これ………」

 慌てて、表の宛名書きを見て、自分の名前が書かれたその字体に、確信しました。

「尽から!?」

 志穂を見上げると、なぜかひどく沈鬱な面持ちでゆっくりと首を縦に振りました。
 茜は慌てて封を開け、封筒と同じ色の便箋に書かれた、尽の文字に目を走らせます。


『ねえちゃんへ

 親父の書簡を見たよ。近々正式に発表するんだってな。
 俺「おめでとう」って、面と向かって言える自信がないから……手紙で、ごめん。
 ねえちゃんの「あるべき場所」見付かってよかったな。本当に、おめでとう。
 それから、俺、変に惑わせてごめん。
 まだ、諦められそうもないけど……あの可能性の話、どの道上手く行ってなかったから……諦める……努力する。ねえちゃんが幸せなら、それでいいから。
 俺の方も正式に決まったら報告するから……こんな俺の事、弟として認めてくれる気があるなら、一通くらい手紙欲しい。そっちも忙しくて俺になんか構ってられないだろうけど、一言だけでいいから。
 ねえちゃんの言葉で報告してくれたら、俺、ちゃんと、割り切るから。
 次に会う時は、ただの姉弟だな。
 夢の中の王子様との約束、叶えられてよかったな。
 ねえちゃん、幸せになれよ。』


 茜は、その手紙の意味が分からない部分が多く、眉根を寄せました。
 あまりいい内容の手紙ではないのは分かるのですが……。

「一体……なんで……?」

 茜は、困惑しながら唇を噛み締めます。手紙を持つ手が小刻みに震えています。
 後から、その手紙を覗き込んだ奈津美達も眉を寄せました。
 戸惑う茜に、志穂は……突然頭を下げました。

「申し訳ありません」

 謝罪です。

「え……?」

 何故、志穂が謝るのでしょう。
 やっぱり、さっぱりわけがわからずに頭を下げつづける志穂に、茜は何をどう問い掛けるか考え出す前に、志穂自ら口を開きました。

「王の命で、尽王子のお手紙を、差し止めていました。王女の手紙も……王城には送っておりません」

「………っ!?」

「王は、王女と王子のやりとりを危惧しておられたのです。ですから……なんとしても王子の感情を……いいえ、王女のそれをも変えようとのお考えで………今回の、離宮でのご静養もその目的でもあり……」

「っ!? ………っ!!!」

 初耳の事実でした。

「王子からは、王女宛てに何通もお手紙が届いておいででした。王は、それを王女に渡す前にご自身のところにもって来いと私に命じられまして……。恐らく、自らお目を通されて……破棄、されていたのではないかと」

 ズクン、と、胸が疼きました。
 尽が、自分に手紙を送りつづけていてくれた事。
 王が、自分を裏切るような行為をしていた事。
 頭が割れるように痛い。
 急にもたらされた衝撃的な情報に、様々な感情が溢れ出してきそうになるのをどうにか堪えます。

 しばらく、茜は、尽の手紙に視線を落としながら、押し黙っていました。
 友人達は、そんな茜に声をかけることもできず……彼女が落ち着くのを待っています。志穂も、まだ何か言いたそうにはしていますが……茜が顔を上げるまで待っています。

「私………」

 しばらく後、茜は顔を上げました。
 そこには、戸惑いや困惑の色を押しのけた、決意がありました。

「尽に、会いに、行く……!」

 はっきりした口調でした。

「尽に会って、ちゃんとお話して……お父様にも、お話、しないと!」

 胸の前で強く手を握り締めました。
 そんな茜に、友人達は顔を見合わせて笑い合い、志穂も頷きました。

「明日一日程度であれば、貴女の不在を誤魔化せるでしょう。それまでに……お城へとお帰りください」

 王に忠実であるはずの、目付け役の志穂の協力的な言葉と態度に、茜は微笑み、立ち上がりました。

「けれど、ご友人方はこのままここにお留まりください。あなた方まで帰られると、不審に思われますから」

 志穂の言葉に、奈津美は何か言いかけましたが、珠美が静止しました。

「そうね……だから、瑞希さんがまた帰った事にすればいいわね?」

「ええ。そうして、瑞希さまが王女のお部屋にて王女の代役を務めてくだされば。王女の部屋にはご友人方と私だけが入室できるように手配いたします。王のいない間の王女のお世話は私に一任されていますから、早々露見する事はないでしょう」

 以外に大胆な志穂の発案に、茜は苦笑しました。

「皆には、多分、迷惑をかける事になるかもしれないけど……」

 言って、その場にいる共犯者たちの顔を見回しました。
 どの顔にも、茜を手助けする為の決意が浮かんでいます。そうして、茜と眼差しが合うと、誰もが強く頷きました。
 茜は、皆の気持ちに心から感謝をしました。

 そうして……。
 5人の女性達は、綿密に計画を話し合い、翌日、実行に移したのです。



つづく




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<言い訳>

尽の誕生日更新です。
2話同時UPです。
けれど・・・尽は出てきません(苦笑)。
というか、前回よりあまりシーンが進んでません。

あ、でもでも、次のお話には出てきます・・・ちょっとだけ。