ねえちゃん姫
<6>





 お城での生活は、食事にしても、日常の生活にしても……家族と会う機会は滅多にありませんでした。
 には、まったくの予想外です。
 お城にいれば、もっと肉親の傍にいられると思っていたのに。

 食事は朝は自室で取りますし、お昼はそれぞれ時間帯が違いますし……夜は時折顔を合わせることがあるとは言っても、全員が揃っての事ではなかったですし、大概が来客含みでしたので、一家団欒というわけにも行かないのです。
 それ以外の日常生活は……は勉強の毎日でしたし、志穂の話を聞くところによると、尽も似たり寄ったりのようでした。王は政務がありますから、尽以上に忙しい身のようですし……。

 忙しい日々の中、ふと気付くと、は溜息ばかりついているようになってしまいました。
 すぐに視界に入るチェストの上に大事に飾られた、尽からの差し入れのリンゴを見て、は、また、弱気な事を思います。
 そうして、そう思う自分をいつも諌めるのですが……。

「懐かしいな。皆、何してるのかな……もう一度、あそこに、帰りたいな……」

 ぽつり、呟きます。
 溜息をつきながらリンゴを眺めるたびに、荘園での生活を思い出すのでした。

『自分のあるべき場所に還りたい』

 それが、の望みでした。

 育った荘園での生活は楽しく、今、お城の生活の中で、こうしてより強くあの生活の幸せさを実感し、懐かしみますが……それは、肉親の傍にいるこのお城での生活が、当初考えいてたものとはあまりに違っているからこそ……幸せだった荘園での生活を懐かしんでしまうだけで……。

 そう、お城での生活……これが、『自分のあるべき場所』なのでしょうか?
 肉親のいる生活には違いないのですが……その肉親には滅多に会えませんし、お城には友達もいません。年が近いだろうメイドたちは、どうしてもに一線を引いた態度でしか接してくれませんし。
 尽も、まだやってきてはくれません。あの約束は心の支えとなっていますが、それでも……。

 寂しくて。
 時々、悲しくて。
 久しぶりに出来た勉強の空き時間に、手を休め休め刺繍をしていた所。

様、お客様がおありです。謁見室までお越しください」

 志穂がやってきて言いました。

「お客様? どなた?」

 自分に客などと、初めての事態です。
 目を丸くしたに、志穂はかすかに微笑んで「お会いになればわかります」という言葉とともに、謁見室までを連れて行くのでした。
 そして、そこにいたのは。

 扉を開けたとたんに、聞き慣れた声が響きました。

!」

ちゃん!」

「……さん!」

 奈津美、珠美、瑞希。懐かしい、友人達でした。
 瑞希だけが正装をして、他のふたりはいつかも着たメイド服を着ています。

「お静かに! あなた方、この方は王女であらせられますよ? 口を慎みなさい。また、その態度、お控えなさいませ」

 ぴしゃり、と、志穂が言うと、3人とも気まずそうに顔を見合わせますが、は志穂にこそ言いました。

「私はこの方たちと大事なお話があります。あなたこそ、お控えなさい」

 最近、どうにか形作れるようになった王女らしい毅然とした態度で言うと、志穂は眼鏡の奥の目を丸くした後、唇に苦笑を浮かべて恭しく頭を垂れました。

「私が王女を残して退出するわけには参りません。口出しはいたしませんので、どうぞ、お語らいくださいませ。ただし……お客人様方、王女に不敬が見られた場合は、すぐに謁見は打ち切りとさせていただきますゆえ、どうぞ、お気をつけくださいませ」

 志穂はそれだけ言うと、ドアの傍に控えました。

 は溜息です。
 王女とは、こうも制限の多い厄介なもので……友人と会うにも、簡単にはいかないと思い知らされます。

「えーと……」

 友人達も、どう口を開いていいものやら、志穂をちらちら見ながら思案していますが。

「ごきんげん麗しゅう。王女様」

 なれた調子で瑞希が口を開きました。

「あれ以来、幾久しくおめもじさせいただいておりませんでしたが、お変わりなくお過ごしでしたでしょうか」

 は、その格式ばった調子にくすりと笑いました。

「以前通りでいいよ。瑞希さん。なっちんも、たまちゃんも。王女の私がそう言うんだから……いいですよね?」

 言葉の後半をドアの横に控える志穂に向けると、志穂は、かすかに溜息をついてから、苦笑して頷きました。
 解禁されたとたんに、奈津美が深い溜息を落として、早速喋りだしました。

「あー。こういう所慣れてないから、もぉ緊張して。それにしてもさー、ここまで来るのに、一体どれだけ時間がかかった事か! まったく……」

「瑞希の大貴族のお家柄だからこそ、お会いできましたのよね!」

「に、しても、大貴族のわりにさ、に会うの申し出てから、えらく時間がかかってたじゃないの!」

「みっ、瑞希のせいじゃありませんわよ! さんの存在は非公式ですから、瑞希といえども……」

「尽くん……ううん、王子様のおかげ、かな……?」

「そうそう。あいつ……いや、その……王子がね、口添えしてくれたらしいの。入城の時にね、おエライ大臣様みたいな人が言ってた」

「王子様がね、本当なら無理な所を、かなりゴリ押ししてくれたみたいで、大臣さん、苦笑いしてた」

「あと……まぁ、確かに、瑞希の家名があったからこそ、アタシたちもその付き人として入り込めたのは確かだけどサ。どうせうちみたいな下級貴族の家名程度じゃ、鼻息で吹き飛ばされちゃうのが関の山」

「まあぁ、珍しい、奈津美さんがそんな事おっしゃるなんて!」

「アタシだって、一応感謝してるって事をね……!」

 それぞれが口々にに話し掛けてきて……は、その賑やかさが、とても嬉しかったのです。
 懐かしい友人達との楽しい時間はあっという間でした。
 他愛無い話、近況報告などの話……まだまだ話したいことはあるのに……。

「謁見のお時間は終了です。ご来客の方々、案内係が参りますので、お引取りお願いいたします」

 友人達が、殆ど無理矢理部屋から出されるのに追いすがりたい気持ちで、は言いました。

「私、今、幸せだよ。幸せだけど……皆との生活、すごく懐かしい。ねぇ、また、いつか、会いにきてくれる?」

 答なんて、分かりきっています。

「すぐにでも会えるのなら、会いに来るって!」

 奈津美が力強く請合って……は笑いました。
 それにしたって、滅多に会えないでしょうが……大事で大好きな友人達。そういう存在がいるだけで、心強い、と思うのでした。

 それと……尽にも、是非、お礼が言いたい、と、思いましたが……。



「尽と……弟と会うにも、手順が必要なのね……」

 志穂から聞いたその手順には溜息です。
 書面での明記やら、大臣の許可やら、日取りと時間の調整やら……。
 何日かかるか分かりません。
 こんな時こそ、会いに来て欲しいのに。

「尽の、ばか……いつになったら、野暮用とかにキリをつけて来てくれるのよ……」

 今日の夕食の時も顔を合わせることはなくて、そう呟くでしたが、尽は聞いて欲しくない所だけ聞き逃さないようで。

「ばかで悪かったな」

 尽が、窓からひょっこり顔を出しました。
 随分軽い身なりです。
 城下の若者そのものの格好をしています。

「尽? だって、全然会いに来てくれないし!」

「う〜ん……まぁ、予想外に色々手間取ってて……まだ決着はしてないんだけど、息抜きに、ね」

 尽は言葉を濁しながらにっこり笑い、を手招いて、手にした包みを手渡します。

「今日の差し入れ」

「なぁに?」

 尽は答えの代わりに、包みを開ける催促をします。
 ごぞごそ包みをあけると、中には……懐かしいものが。

「あ、これ……! 私の?」

 荘園にいた頃のお気に入りにしていた服です。
 勿論、今来ている服に比べたらどうしようもないほど粗末なものですが。

「どうして?」

 服を抱きしめながら尽に問い掛けると、尽はにっこり笑います。

「この間、奈津美さんたちが持ってきてたんだ。けど、没収されちゃっててねえちゃんの手元には届けられそうもなかったから、俺が持ってきた」

 悪戯っぽく笑い、尽は自分の小指をの前に差し出しました。

「約束」

「え?」

「今日、約束を叶えるよ。それに着替えて、出かけよう」

 小指と小指を絡ませて、いつかした約束。それは、お城での窮屈な生活の息抜きをさせてくれる、といった内容のものでした。
 忘れるわけはありませんが、唐突に言われて、は目を丸くしました。

「え!? でも、出かけるって……!?」

「シッ! 大きな声は出さない。大丈夫、大丈夫。抜け道はちゃんとあるし」 

 少し不安でしたが、尽の自信満々な態度に急かされて、は服を着替え、ベッドに自分がいるように見せかけて灯りを落とすと、そっと中庭に出ました。

「ん。やっぱ、ねえちゃんは派手なドレスよりも、そういうの着てくれた方が、いい」

 軟らかく笑う尽に手を取られ、月明かりを頼りに、広い中庭のどこをどう通ったか分からないほど歩き続け、遂に城壁の下までやってきました。
 高い高い城壁。見上げると首が痛くなってきます。

「コレ……まさか、よじ登るとか……?」

「あー……俺も昔やってたけどね。かなりキツかった。それに、今晩はアイツに乗らなきゃ話にならないし」

 アイツが誰を指しているか、には分かりました。きっと、あの栗毛の馬です。
 昔、荘園にいた頃、幼い尽がいつも乗ってやってきていた馬。も、何度もあの馬には乗った事がありました。

 城壁伝いに歩いて、小さな門とその横に栗毛の馬と、その手綱を引いた青年を見ました。
 尽がその青年に軽く手を振ると、青年は柔和な顔を険しく引き攣らせました。

「王子! よりによってこんなに夜遅くに、お出かけになる事は……って、あ、もしかして……その方……」

 眼鏡をかけた小柄な青年は、を見て目を丸くしました。

「王子っ!! 王女までご一緒だとは、聞いてません! どうか、外出はお控えください。僕を心労で倒れさせるつもりですか!? ……というか、王子のお忍びがしれて困るのは、僕と門番の渉さんなんですから!」

「今回だけ! こんな我侭頼めるのは桜弥先生くらいだし……」

 手を合わせた尽を、桜弥先生と呼ばれた青年はしばらく睨みつけ………真剣な表情で拝みこむ尽に根負けしたように、最後には、はぁ、と溜息をついて肩を落としました。

「じゃあ、くれぐれも危険な事はしない。月が傾くまでには帰る。約束、してください!」

「分かった分かった! 遅くはならないから……」

 にっこり笑って言う尽が、言葉尻に小さく「多分」と付け加えたのが桜弥には聞こえていなかったらしく、不承不承といった呈で栗毛の馬の手綱を尽に手渡しました。

 桜弥が門番の詰め所を軽くノックすると、恐らく勝手口だろう木製の小さな門がゆっくりと開きました。
 外は、すっかり暗くなっています。遠くの街の灯りと、半分の月の灯りが周囲を照らします。

「んじゃ行こうか」

 尽が慣れた動作で馬の背に乗り、の腕を取って、自分の前にを乗せました。

 一応、はひとりで馬に乗れますし、幼い頃の尽となら何度かこの栗毛の馬に乗った事がありましたが……それは、幼い尽の後ろで、尽の腰につかまっての事。
 尽の前に乗せられるという事は、尽の、手綱を取る腕と胸に囲まれる形になるわけで……。
 余裕で自分の体を取り囲む、尽の成長した体つきや体の熱に、何故だか妙に緊張してしまう自分に気付いて、は自分を諌めたりしました。

 尽の手綱さばきで栗色の馬はゆっくりと歩きだし、門を抜けます。

「王子、約束ですよ!」

「お気をつけて!」

 背後から聞こえる桜弥と門番の渉の声に尽は片手で軽く手を振って、手綱を短めに握りしめました。

「駆けるから、しっかり捕まってて!」

 その言葉に、馬の首筋にしっかり掴まった
 尽の掛け声と共に手綱が打ち据えられて、馬は駆け出しました。

 地を蹴って疾走する馬の背中は激しく揺れ、風が前から勢いよくたたきつけ、馬の首筋に捕まってはいますが、景色を見る余裕なんてとてもなくて、はただ目を閉ざしているしかできません。
 けれど、馬の疾走に慣れてくると、今度は、また、自分の体に密着する尽の体の存在感を意識してしまって……鼓動が異様に高まってきて、それが耳について……困りました。

 尽は、一体どこに行こうとしているのでしょう。
 問い掛ける事もできず、はただ、馬の疾走に身を任せていました。

 そうして、どれくらいかの時間が経って、馬が徐々に走りを緩やかにして……顔を上げたの目には、懐かしい光景がありました。

「まだ、端っこのほうだけど……果樹園あたりまでは行ってみよう。あ、勿論、誰にも会わないように、な?」

 たどり着いた先、そこは……の育った荘園でした。

 月明かりに浮かぶ、懐かしい姿。
 ここを離れて、まだそんなに経っていないはずなのに……もう、随分長い間この景色を見ていなかったような気がします。

 尽は馬の歩みを緩め、景色が見られるようにゆるゆると進みます。

 懐かしいお屋敷も見えてきました。
 月明かりに浮かぶのは、お世辞にも美しいとは言えない、部屋数だけ無駄に多い古びたお屋敷。
 お城のように綺麗な装飾や埃ひとつない美しさとは無縁でしたが……それでも、住み心地の良かったお屋敷。
……もう、あそこには二度と帰れないでしょう。

 目頭がツンと熱くなってきました。

「ねえちゃん……」

 背中から尽の声がして、そっと抱きしめられました。
 暖かくて優しい感触……尽の鼓動が微かに伝わってきて、それがとても心地いいと、そう思いました。
 血縁ゆえの安堵感なのでしょうか?
 は、そう思いました……いえ、思い込もうと、しました。

 果樹園の手前で馬を降り、ふたり、手を繋いでその中に入っていきました。
 花の時期が終わり、青い小さな果実が出来てきた頃。この時期は、果実の間引きの作業でもしているのでしょうか。
 がまだ部屋に大事に飾ってある、あのリンゴのような早熟なものも探せばあるかもしれません。

「ねえちゃん」

 果樹園の中、懐かしさを辿るに、尽は声をかけました。

「俺のせいだな」

「え?」

「今日、それを懺悔するのに、ねえちゃんを連れてきた」

「尽……?」

 歩みを止めて、に向き合います。

「俺が、ここに迷い込んで、勝手にねえちゃんの事好きになって……俺の我侭の為に、舞踏会なんかに呼んだりしたから」

 くしゃっと髪をかきあげて、辛そうな表情をする尽。

「俺が舞踏会に呼ばなきゃ、ねえちゃんは、ずっと、ここの荘園で平穏に暮らせていたんだ。いや、それとも、好きな相手を見つけて、その人と結ばれて、幸せな生活を………」

 言いかけ、更に辛そうに唇を噛み締める尽。
 自分の言葉に、想像に、心の痛みを持て余しているのでしょうか。
 尽は、めいっぱいの渋面をした後、深く深く呼吸して再び口を開きます。

 は、懺悔だという尽の言葉を、合いの手を入れることなく、ただ、聞いています。
 けれど、聞いているだけでも、尽の辛そうな様子に、胸が痛いのです。

「……多分、もう聞いていると思うけど……俺、勝手に結婚相手を決められそうになってる……いや、今はねえちゃんの事の方がごたごたしているから、俺への風当たりは大分マシになってるけど。留学から帰ってきてからがひどくて、ずっとその事であっちこっち引っ張りまわされて……。留学に出る前にも宣言されてたんだよ、留学から戻り次第、妃を決める、ってね。だから焦って、ねえちゃんに結婚の申し込みをしたわけで。だって、俺がいない間に、ねえちゃんが他の男に取られでもしたら、目も当てられない」

 ふぅ、と息をついて、その場に座り込む尽に習って、もその横に腰掛けます。

「ねえちゃんが、好きなんだ。どうしようもないくらい」

 会話の続きのように何気なく洩らされた、尽の告白に、は目を丸くして体堅くしてしまいましたが、尽は自分自身の言葉に、小さな笑いで応えます。

「うん……これが、ねえちゃんに迷惑をかける感情だって、分かってる。けど……俺は、この気持ちをまだ、消せないでいる。弟になれるように努力は、してる……いや、してきた。けど、どうしても諦めきれなくて……。こんな風に、人を好きになったの、初めてだから。この気持ちが、肉親に対する思慕だなんて、思えないから」

 これが、尽の懺悔。
 の人生を変えてしまった事。姉であるへの恋心をまだ諦められずにいる事。

 尽の懺悔を、は許せるのでしょうか……?
 は、ひどい胸の痛みが高まってきて……自分の方こそ、許しを乞いたい気持ちになっているのに気づきました。

「……ねえちゃん、ねえちゃんはそれでも俺を、弟だって認めてくれるのか? ねえちゃんに相手に、まだこんな気持ちを持ちつづけている俺を、弟だって……?」

 どきり、とします。
 尽は弟です。
 にとって、この世にふたりきり、父親と弟。血の繋がった、たったふたりだけの、肉親。

 じっと、真っ直ぐに見詰めてくる尽の眼差しに抗うように、は、頷きました。
 そうする以外にできませんでした。
 尽は、かすかに声を洩らして笑いました。

「……俺が、ねえちゃんの人生を何もかも変えてしまった。その責任は取りたい。だから、ねえちゃんが生きたいように、生かせてあげたい。ねえちゃんが探している己のあるべき場所……納得できるそれを、見つけてあげたい。きっと、それが、俺の購い……。なぁ、ねえちゃんの、あるべき場所、見付かったのか?」

 再びの問いに、は戸惑い、小さく頭を振りました。

「まだ、分からないの……」

「そう……じゃあ、俺にもその手伝いさせて」

 真摯な眼差しに、は頷きました。
 これが、尽への許し、なのでしょうか。

 尽は、切ない表情のまま、ほっと吐息を吐き出して、微笑みました。
 けれど……自身の許しを乞いたい気持ちは、まだ、治まっていません。
 胸が、痛いのです。
 けれど、何をどう懺悔していいのか、分かりません。
 感情ばかりが先立って、自分の気持ちが、うまくまとまらないのです。

「尽、あのね………」

 とにかく、何か話し出せば気持ちがまとまるかもしれない、と、思いましたが、尽の眼差しに出会ってしまっては、どうにも上手く言葉は出てきませんでした。

「え、と…………また、こんな風に、お出かけしたいな、とか……」

 の言葉に、尽は今度こそ嬉しそうに笑いました。

「そういう我侭なら、いつでも聞くよ。ただし……お互い、怖いお目付け役に見付からないように、な?」

 懺悔はできませんでしたが……尽の笑顔に許されたように、胸の痛みは引いて行きました。
 互いに微笑みながら、果樹園を抜け、栗毛の馬を呼び戻してその背に乗りました。

 あまり遅くなるわけにはいきません。月は、もう、空の高い位置から少しずつ降りてきています。
 ふたり、馬の背に揺られながら、昔、この荘園のあちこちでふたりで遊んだ時の事を話して、笑いあいます。

 尽といると、やっぱり楽しい、と、は思います。
 できれば、ずっとずっと尽とこうしていたいと思うのですが………そう、ふたりは、いつか互いに互いの相手を見つけて、それぞれに別れた人生を歩まなければならないのです。血の絆は決して切れることはないけれど、それでも、こんなふうに触れ合う事さえできなくなってしまうでしょう。
 特に、お城に住む王族である自分達だから、きっと、もっとその制約は厳しいでしょう。
 後継ぎの尽は、早々に婚約者を見つけ、王国の血脈を築いていく義務がある。

「……っ……」

 理性的な考えを意識した途端、胸にかすかな痛みが走りました。
 けれど、は胸の痛みを無視しようと、必死で別な事を考えます……先日、王様が何気なく口にしていた事。

『今まで、苦労をさせた分、には今後幸せに暮らしていけるような相手を見つけてやろう』

 冗談交じりのそれに、その時は笑いましたが……きっと、それは、近い将来の事。
 せっかく肉親とめぐり合えたのに、また、離れてしまう。

 けれど、それは………。

 の中に、自分の未来が垣間見えて、かすかに呟きました。

「私が作る、新しい家族。それが、きっと……」 

 ……私の、あるべき場所。

 のその言葉は、馬を駆る尽に聞こえたのでしょうか?
 分かりません。
 けれど、尽がより強く馬の手綱を握り、馬の脚が早まったような気がしました……。
 




つづく




--BACK--





<言い訳>

進まないですね、このお話。
いつになったら完結するのやら〜(苦笑)。

友人たちが会いに来てくれたり、
尽とこっそりお出かけしたり。

次回は尽と午後のひととき。

更新がいつになるか分かりませんが、
この話にお付き合いくださっている方は、
忘れた頃に覗きにきてやってください。
半年後には確実に更新されていると思います・・・多分。