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ねえちゃん姫 尽が生まれるよりずっとずっと以前の事。 王が王子であったころ。 若い王子は、ひとりの娘と恋仲になりました。けれど、彼女は城に勤めるメイド。ふたりの仲が許されるわけがありません。 それに、王子は、既に別国の姫との婚約が決まっていたのです。 顔も見たことのない姫との婚約に王子は抵抗しました。 抵抗し続け、メイドの娘と城を逃げる算段さえしました。 けれど……その前に、メイドの娘が王子の前から姿を消しました。 王子は、父王がメイドを追い払ったのだ、と、激昂して父王を問い詰めましたが……父王は頭を振りました。父王がそうする前に、自ら、彼女は姿を消したというのです。 王子は、必死でメイドの娘を探しました。 けれど、彼女は見付かることなく………王子はメイドの娘に裏切られたという恨めしい思いを胸に別国の姫と結婚しました。 そうして、姫が王子の子を懐妊したという目出度い知らせが届いた同じ日……メイドの彼女の危篤も知らされました。城のメイド頭が、そっと王子に教えてくれたのです。彼女の危篤を知らせる手紙が届いた事を。 王子は手紙の差出からメイドの彼女の行方を探しました……けれど……王子が行方を突き止めた時、彼女は、既に亡くなっていました。彼女は、山奥の農村で、幼い娘とふたりひっそりと慎ましく暮らしたいたそうです。 城のメイド頭に連絡をよこしたのは、彼女と親しい付き合いをしていた村の人間でした。その村の人間は彼女が昔お城に勤めていた、という話を聞いていましたので、メイド頭にあてて連絡したという事でした。理由があって彼女がそんな山奥に逃げてきたのは分かっていたでしょうが……今わの際くらい、彼女を親しかった人間に会わせたかったのでしょう。また、彼女の死によって残される、幼い娘の身の振り方も思案していたのでしょう。 ……そう、娘。 彼女には娘がいました。 幼い娘。 間違いようもない、王子の、娘、でした。 娘は、彼女の喪が開け次第、彼女の親友であった女性に引き取られるという話になっていました。身寄りのない彼女が、唯一信頼して連絡を取り合っていた知己で、彼女の葬儀にも駆けつけていたようです。 けれど、娘は、その知己が引き取りに来るよりも前に、王子が派遣した部下が連れ攫りました。王子の命令で。 もっとも、まさか、王子妃の懐妊に賑わう城にいきなり連れて行くことも出来ないため、しばらく、城から離れた隣国との境にある離宮で育てる事にしたのです。王子が娘を娘として抱いたのは、離宮に娘を連れてきた日、一日にして一度だけ。しかも、長旅と母の死と不安で疲れて深い眠りについていた、その幼い体をそっと抱き上げただけ。 そう、それでも……愛した女性と面差しを同じくした娘を、血の繋がった娘を、愛しいと思った気持ちは、嘘偽りなどではありませんでした。 ですので、彼女の存在は折りを見て公表するつもりでしたし、彼女の幸せを考えて、早々に隣国の王子との婚約も考えたりしていました。 しかし、公表する前に……その娘は、いなくなりました。 突然、姿を消したのです。 避暑地であった離宮の周囲は湖に囲まれていて……恐らく、そこに落ちたのではないか、と、考えるしかありませんでした。 結局、娘は死んだものとして諦めるしかなく………日々が過ぎて……。 ―――そう、そうして、今日、王は、舞踏会で自らの息子と踊る少女に、かつて愛した女性の面影を見たのでした。 しかも、その名前は……「」。幼くして死んだ……死んだと思っていた、我が娘と同じ名前。生きてれば同じ年頃。 王は確信を強め、そうして……………。 「なっ、何馬鹿な事! そんな、作り話っっ!!」 「作り話などではない。まったく……情けないほどの若気の至り、とんでもない失敗談だ……」 王は頭を振り……けれど、再び愛しそうにを見詰めるのです。 「の養母は確かに、彼女のメイド時代の親友。おそらく、彼女亡き後、を引き取る事になっていたのはその養母殿だったのだろう。先ほど、養母殿に向けて伝書を送った。恐らく……答えはすぐに出る」 は、その友人達は、ひたすら呆然としつづけ……尽は、何度も頭を強く振ります。 が実の姉! そんなの、有り得ない。信じられない。 この、を愛しく思う気持ちは、血のつながりとは関係ない! 王が、自分にを諦めさせようと、手の込んだ作り話をしているのだ。 尽は、そう、思い込もうとしましたが……返答の伝書は極めて早急にやってきました。 王はその手紙を目を通すと……それを、に渡しました。 の養母の告白文。 それは、間違いようもない、事実。 『そう、は彼女の娘であり……王様の娘です。彼女が死の間際にわたくしに言い残した言葉どおり、はわたくしが育てなければならなかった。には、身分とかそういったものに囚われる不幸を、知って欲しくなったから……。わたくしは、彼女の幸を、不幸を知っていたから。だから、わたくしは、王様がを連れて行ったと聞いて……昔の縁故をたどって、離宮にがいることを知り、そっとを連れ出したのです。彼女の遺言を守る為に。できるなら、には一生普通の生活をさせてあげたかった。けれど……ももう自分で物事を判断できる年齢。が実の父親と会い、何をどう感じ、判断するか………次第です。どうぞ、お願いです。の好きなようにさせてあげてくださいませ』 は……呆然としました。 奥方が、何故、今まで父親の事を黙っていたのか、父親の事を聞くと渋い顔をするのか……には、やっと理解できました。 そうして……涙が零れました。 自分では、理由の分からない涙です。 自分に肉親がいた事が嬉しいのか。 両親の悲恋が悲しいのか。 奥方の深い愛情に感謝しているのか。 尽が………実の弟であったことを………喜ぶのか? 悔やむのか? 「……そだ……!」 押し殺した低いうめき。 「う、そだ………嘘だ、そんなの、嘘だっ!!!」 癇癪を起こすように、尽はわめきました。 「ねえちゃんが、俺の本当の姉上なんて……死んだはずの姉上だなんて……! 皆、なんで、そんな出来すぎた話、信じてるんだ? それとも、皆で俺を騙してるのか!?」 壁を拳で強く叩きます。 「なんで……そんなの……それじゃ……」 尽は頭を抱え、虚ろな目でを、王を見ました。 すがるような目だったのかもしれません。 以上に尽は混乱しているようでした。 だから、は、尽の傍に近寄って、その腕を取りました。 そっと腕を取り、下から尽を見上げます。 言葉は、どうかけていいか分かりません。 けれど、この想いだけはどうしても伝えたくて……。 尽を、とてもとても愛しく想う、この感情だけはどうしても伝えたくて。 尽の顔を引き寄せて、その頬にやわらかな口付けを、しました。 途端、尽はを掻き抱いて……低いうめきを洩らせます。 「こんな事なら……あの日、ねえちゃんに出会わなければ良かった……。ねえちゃんを、舞踏会に招待するんじゃなかった……。ねえちゃんを、こんなに……好きに、ならなきゃ、良かった……」 ぼた、ぼた……と、の肩に、暖かいものが滴り落ちます。 「尽………」 は、尽の背を優しく撫ぜながら……言います。 これは、つい先ほど決めた事です。 「私……一度、あの荘園に戻るよ? まだ、心の整理がつかないから。でも……私は……私の場所に、還りたい。私のいるべきところに。それが……ここかどうかは、まだ、分からないけれど……」 そうして、顔だけ振り向いて、王様に向かいます。 「王様……そうして、いいですか?」 「父と呼びなさい、。私は、できればそなたを傍に置きたい。そなたを傍に置いて、そなたの母に、そなたに、少しでも贖いたいのだ。何より、そなたを、我が娘と呼びたい……。後日、そなたの荘園に迎えにの者をやる。それで、いいかな?」 「……はい」 は王に頷くと、再び、尽の体を優しく抱きとめて……囁きます。 「尽、あんたとは、色々なお話がしたいの。あんたの事、もっともっと知りたいから……今は、まだ、混乱してても……ねぇ、もっと、落ち着いてから、ゆっくりお話しましょう?」 尽は、答えませんでした。 応えずに、の体を解放すると……俯いて、表情を見せないまま、部屋を出て行きました。 「尽……!」 の呼び止めの声は尽には届かず……は、尽に会わないまま、舞踏会を去りました。 の友人達は……何も、言いませんでした。 皆が皆、今日あったとんでもない、どんでん返し極まりない事態に混乱し、己を落ち着けるのに精一杯なのでした。 荘園に帰ると、館の入口の柵のところに、奥方がたたずんでいました。 娘達は何も言いません。 奥方も「おかえり」と言ったきり何も言いません。 屋敷の中には暖かな飲み物が用意されていて、皆、無言のまま、それを喉に通しました。 疲れきり、混乱しきった娘達は……ほとんど無言で別れて……それぞれの家に、部屋に赴きました。 ……それぞれの想いを抱えて。 数日後、城から迎えが来ました。 も、に関わる人間達も、心の準備はできていました。 「じゃあ、行ってきます」 まるで、また、ここに帰って来るように手を振って、は、育った荘園を去りました。 お城に入ってしまえば、恐らく、二度と……帰る事は、ないでしょう。 お城のお姫様が荘園で働くなんて、本当はありえないことなのですから……。 つづく |
<言い訳>
またも、飛び込みUPつーか……。
100000ヒットの記念更新に、他にUPできるものがなかった為、
急遽UPました。
このお話に関しては、そういうのばかりですね(汗)。
回想から始まって、尽姉としてはさしたるシーンはないですし、
ごくごく短いです。
ただ、ふたりが姉弟だと分かった、一応重要な件かも。
次回より、ねえちゃんのお城での生活が始まります…が…。
次回更新理想は、真夏までに……はいはい。