ねえちゃん姫
<3>



 舞踏会当日、着飾った娘達は、奥方の心配を受けながら、迎えの馬車に乗り込んでお城へと向かいました。

 何もかもが初めてのことでどきどきです。
 壮麗なお城に近づくにつれて、胸の高鳴りは早まり、そわそわしてきます。

 立派な城門を抜け、細部にまで手入れの行き届いた広大な庭園の中心を貫く、長い石畳の馬車道を通り……そうして、絶え間な水柱を上げる大きな噴水の前で馬車を降り、目の前に城の入口を目にすると……そこは、もう、別世界でした。

 大理石造りの柱や床が数え切れないほどの数灯されたランプの炎の光で輝き、華やかないでたちの人々が笑いさざめきながら前を横切り。

 呆然とする娘達は、見慣れた少女を見つけてやっとほっとするわけですが。

「豆タヌキさん方も、ちょっとは見られるようになりましたわね! でも、その落ち着きがないのは、なんとかしなさいな。田舎者丸出しですわよ! あなたがたが何かしたら、同行している瑞希が恥をかくんですからね! 瑞希を見習って、宮廷の礼儀作法をちゃんと身に付けてくれないと困りますわ!」

 高飛車な瑞希の物言いに、奈津美以外のふたりは素直に頷いて瑞希の後に続いて、城の中に入りました。そうして、また、そのあまりの世界の違いに息を飲むのでした。

「やっ、やっぱり、私って、すごく場違いみたい……来なきゃ良かったかも」 

 気弱に呟く珠美でしたが、奈津美は、かえって胸を張ります。

「大丈夫よ。あの瑞希でさえ、堂々としてるんですもの。アタシたちも堂々としてれば問題ないわよっ」

 も、珠美と同感でしたが……今更引き返せませんし、第一、まだ、尽に会えていません。
 そう、城内に入ってからずっと尽の姿を探しているのですが、どこにも見当たりません。
 もっとも、これだけ大勢の人間がいる中で、尽一人を探そうというのも相当難しい事でしょうが。

「尽の馬鹿っ……どこにいるかくらい、連絡すればいいのにっ」

 がぶつぶつぼやきながら、きょろきょろしているうちに、舞踏会は始まりました。
 達がいる位置より遠くの方、ホールの正面に城の主である王様、その隣に王子がいました。
 本来王妃のいるべき場所は空席で、王室の事情に疎い達に、瑞希が「王妃は王子がご幼少の頃、亡くなられましたのよ」と、教えてくれました。

 さて、ホールの注目が正面の王と王子に向けられますと、王様が会場に向けて話し始めましたが、あまりに遠い距離で達には話の内容までよく聞こえませんでしたし……にとって、きっともう二度と会う事のない雲上の王様のお言葉なんて、尽を探す事に比べればどうでもいい事なのでした。
 なので、必死で尽を探し続けています。

 きょろきょろと忙しく頭と視線を動かして、ひたすらあたりを見回して、見回し続けて……いつの間にか王様が言葉を終えて舞踏会の開会を宣言したのも知らず、周囲の人間が妙にざわつき出しているのにも気付かず……。

「ちょ、ちょっとぉ!?」

ちゃん!?」

 真横にいた奈津美と珠美がひどく驚いた声を上げました。
 何事でしょう。
 そういえば、妙に周囲の視線が自分の方に集まっている気がします。
 は、もしかして自分が何かとんでもない失態でもやらかしたかと思い、はっとしましたが……。

「ねえちゃん……」

 ごく間近からこそっと小声で囁かれた声に慌てて振り返ると……。

「尽……?」

 あ、なんだ、尽のほうから探し出してくれたんだ、と、は素直に思いましたが、何か様子が変です。

 尽の格好はいつもように上質の絹で出来た、いつも以上に美々しい衣装でしたし……隣の奈津美や珠美、瑞希が呆然とした表情で尽を見詰めています。
 奈津美と珠美は、尽がいずこかの上級貴族の子息だという事は知っているはずなのに、この反応は何なのでしょう。

「えーと………?」

 わけがわからず、がきょとんとしていると、尽はふふ、と笑いましたが……その普段では見たことのない大人っぽい表情にはドキリとしてしまいます。
 尽は微笑を浮かべながら、微かに頬を染めて戸惑うの手をそっと取りました。

……」

「え!? はっ、はい!?」

 久しぶりに、名前で呼ばれて、は直立不動です。
 大人びた表情を浮かべて目の前に立った尽はまるで、そう、まるで…………王子様の、ようでした。
 それから、尽は一旦の手を離すと、そこで至極丁寧に頭を下げました。

「私と、一曲お相手願えませんか?」

 「私」なんて、尽が言うのを初めて聞きましたが、こういう場ではそれが当たり前なのかもしれません。
 など、明後日な事を考えるは、尽の言葉の意味を把握しきっているわけがなく……奈津美に背中を押されて初めて、我に返りました。

「だっ、だって、私、ダンスなんて……」

 必死で頭を振るですが、尽はくすっと笑っての手を取り、強引に体を抱き寄せました。

「大丈夫、俺に任せておけばいいよ。足さえ踏まれなければ、何とかなる、うん」

 耳元で笑い含みに尽が囁き、オーケストラに軽く手で合図を送ると曲が始まり……は尽にぐんと手を引っ張られる形で、ダンスを踊りました。

 静かな緩いワルツです。
 尽は時々に指示を出しながら、器用にの体を操って、ワルツの旋律に沿って滑らかに躍ります。
 は、ときどき足がもつれそうにもなりましたが、その度に尽がの体を引っ張って上手い具合に体勢を立て直させました。

 どうにか、音楽に体を合わせることになれてきたは、やっと回りの光景が見えてきましたが……何故でしょう、躍っているのは自分と尽だけです。
 自分達が踊る周囲を取り巻く形で、大勢の人が自分達のダンスを見ています。

「なっ、なんで……」

 が呟くと、尽はくすくす笑いました。

「いいじゃん、注目の的で。それこそ、俺の望むところ……」

 尽が呟いて、目線を向けた先は玉座。城の主、王の座する場所。
 そこに座った王様が、ひどい驚き顔でふたりのダンスを凝視している事に尽は気付き、唇を歪めた笑いを洩らしました。 

 勿論、にはそれどころではなく、尽にリードされながら躍る、たった数分のダンスがものすごく長い時間に思われました。
 ダンスが終わると、耳に痛い程の盛大な拍手が鳴り響き……尽に促されるまま、見よう見真似の宮廷風のお辞儀をしました。

 さっぱり、わけがわかりません。

 ふたりのダンスが終わると、再び、音楽が始り、他の出席者もそれぞれに躍り始めました。

 尽は、にっこり笑ってを解放して。

「じゃ、とりあえず、俺は一旦引っ込むから……楽しんでいって」

「え? でも……! まだ、色々お話が………」

「今はそーいう雰囲気じゃない。俺、ちょっと野暮用もできそうだし……ごめんな。つか、ねえちゃん、しばらく鬱陶しいだろうけど、とりあえず我慢しといて」

「え? 何? なんで……?」

 尽はの問いには答えず……ひらひら手を振って去っていきました。
 尽の周囲に大勢の人間が群がって、会釈や挨拶を繰り返すのを軽くかわしながら、立ち去る尽の背中をは呆然と見送りました。

 背後からぽん、と背中を叩かれるまで、は呆然とし続けました。
 自分に、尽に、何が起こっているのか、さっぱり分かりませんでした。

! っ!? 一体、何!? なんなの!?」

「だって、さっきの、尽くん……!?」

 両側から奈津美と珠美に問い掛けられても、には答えられるわけがありません。
 ただ、背後の瑞希の唖然とした声に、すべてを悟った気がしました。


「なんで、あなたが尽王子と最初のダンスを踊りますの? それって……もしかして……」


 尽。

 弟みたいな尽。

 けれど、弟じゃない。

 尽は…………。


「王子様……?」


 呆然として呟いたの両脇から、背後から、よく知った友人達が様々な問いを投げかけてきて………それだけにとどまらず、まったく知らない人間が自分の事を噂している声さえも聞こえてきて。

『あれは、どちらのご令嬢かしら?』『尽王子がご自分からダンスを申し込まれるなんて! もしかして、あの方……』『見たことのないご令嬢ですわね。そばにいらっしゃるのは瑞希様のようですけれど、ご知人かしら?』『もしかして、尽王子は早々にお相手をお見つけになりましたのかしら!』

 さっぱり分からない事態に、頭がオーバーヒートを起こして……眩暈を覚えました……。

 
 
 
ちゃん、大丈夫……?」

 テラスの椅子に腰掛けて、はふはふ夜風を吸い込むの顔は赤く、そのオーバーヒートぶりが分かります。
 きらびやかな世界に尻込みしていた珠美が、のそばに付き添っています。
 好奇心旺盛な奈津美とパーティ大好きな瑞希は思い切り舞踏会を楽しんでいるようですが。

 時々、興味深げにを覗き込む人間や簡単に挨拶をしていく人間もいますが……の体調が思わしくないのを見て取り、基本的にはそっとしておいてくれました。
 騒がしいのはむしろ身内の方で。

〜タマ〜〜。食べ物持ってきたけど、いる!?」

 奈津美がうきうきとやってきました。

「やー。それにしても、アイツが王子様だったなんてねー。ふざけた話だわ。こんな事なら、もっといじめとくんだったっ!」

 普通なら不敬罪で捕まりそうな事を平気で口にする奈津美に、珠美は不安そうな顔をしました。

「なんて事おっしゃいますの!?」

 甲高い叫びと共に、聞き慣れた声が響きました。

「聞いたのが瑞希だからいいようなものの、そんな事、他の人に知れたら大変な事ですわよっ!」

 更に姦しさが増しました。
 いや、恐らく、奈津美も瑞希も、それなりにの心配をしているのかもしれません。
 弟みたいに思ってた少年が、実は手も届かないような存在の王子様だったなんて。
 の落ち込みぶりは、分かるのでしょう。

 けれど、尽は、どうしてわざわざ舞踏会にを招待して、なおかつ大勢の前でとのダンスを見せつけたのでしょう。

 の友人達はその意味をすぐに悟り……危惧していました。
 瑞希ならいざ知らず、どう考えてもの身分では……下級貴族の養女にすぎないでは、王子の相手としては……。

「まぁ、イザとなったら、何とかなるかぁ!」

 奈津美はあははは、と、笑い飛ばし、瑞希は肩をすくめました。

「王子のご乱心かもしれませんけれど、もし、もしも本気でしたら、さんもあんな貧乏貴族の養女じゃなくて、うちの養女になればよいのですわ」

「あぁ、そうね。瑞希さんのお家なら、大貴族ですものね?」

「誰が、貧乏よっ! いやその通りだけどさ。貧乏なりに楽しいからいいのよっ!」

 いつも通り、低レベルなふたりの騒がしい言い争いですが、は苦笑さえ浮かびません。
 頭の中が、ぐるぐるしています。

 幼い頃の尽の言葉「俺と結婚しよう!」それが、ひどく重くの心にのしかかってきました。
 尽のことは好きです。
 けれど、その想いは弟へのそれに過ぎず……いえ、最近は少し変わってきましたが……それだって、まだ、結婚云々へ続く気持ちではなく……。
 尽が、ただの貴族の息子なら話は違ったでしょう。
 けれど、王子。
 近い将来、一国を担っていかなければならない、存在。

 考えれば考えるたび、思考の渦が頭の中で激しく渦巻いて……は、それに呑まれそうになります。
 今回、この舞踏会に足を運んだ事を、後悔さえします。

 の憔悴振りを横目に、どうにかそれを盛り立てようとする三人ですが……そこに、別の人間の声が割って入ります。

さま、ですね?」

 4人がどきりとして振り向くと、そこには……いつか、尽を探していた女性、志穂先生と呼ばれていた女性が立っていました。

「さぁて、遂に、かな」

 奈津美が小さく呟きます。

「主が、貴女にお会いしたいとおっしゃっております。どうぞ、こちらにいらしてくださいませ」

 気分の悪いの所に自ら出向かず、わざわざ呼び寄せる相手。
 誰だが、想像がつきます。

 は、ふらつきながら立ち上がり、友人達の心配そうな視線を受けて歩き出しました。

さまのご友人の方々も、よろしければご一緒に、と、主が申しておりました」

「わ! 本当に!?」

「ええ。ですが、くれぐれも、ご無礼のないように」

 眼鏡の奥の眼差しが、一番騒々しそうな奈津美を捕らえ、キラッと輝きました。

 そうして、とその友人達は、舞踏会会場から随分離れた、奥まった一室まで案内され、また、とんでもない話を聞く事になるのでした……。




 繊細な掘り込みが入り、磨き上げられた真鍮の持ち手のついた大きなオーク材の両開きの扉を開けると、そこには数人の人物がいました。
 尽の姿はありません。
 中央にいる壮年の男性は……言うまでもなく、それこそが、この城の主……王であると、分かるほどに威厳ある雰囲気を持ち合わせていました。

「よく来た」

 王の両側に立っている数人の人間は、王の重臣なのでしょう。
 志穂は中央の王に一礼すると、重臣の一人の背後に控えました。

「え、と……」

 が何を言っていいか分からず、戸惑っていると、王のほうから口を開きました。

「そなた、名を、と、申すのだな?」

「はっ、はいっ」

 雲上の人である王様に声をかけられて、はカチカチです。
 王は、じっと、ただ、じっと……を見詰めます。

 の心臓はばくばくとひどい早鐘を打ち出しました。
 きっと、尽の事で何かを言われる、と、緊張が募ります。
 けれど、王は尽のことには何も触れませんでした。

「そなたの両親は?」

「え?」

 何故そんな質問がされるのか分かりませんでしたが、はとにかく答えなければ、と、口を開きます。

「養母に、物心付く前に亡くなった、と聞いてます」

 王の瞳が、更にじっとを見詰めます。
 そうして、新たな質問を次々と矢継ぎ早に問い掛けました。

「そうか……年はいくつだ?」

「えと………」

「今はどこに住んでおる?」

「あの………」

「そなたの母の名は聞いておるか?」

「えぇと……」

 一通りの質問が終えると、王は隣の重臣に無言で頷き、重臣が一人、部屋を退出しました。

「さて、そなたは今、地方貴族の荘園で世話になっていると申したが……その生活は、幸せか?」

「え、あ……はい。すごく、幸せです。楽しいです。お仕事はちょっと大変な時もありますけど……皆、いい人たちばかりだしっ!」

 の返答に、王様は満足そうに微笑んで、椅子に深く背をもたせかけました。
 それから、深い溜息をひとつついた後、付け足すように質問しました。

「時に、我が息子……尽とは、何処で知り合った? あやつが、そなたを招待したのか?」

 にはそれこそが本題のような気がしましたが、王様の口調は、どこか呆れを含んだように聞こえました。

「……何年か前に、荘園に迷い込んできてそれから」

「なるほど。世話係が言っていたな。時々、勝手に馬で遠出に出かけると」

 志穂が軽く頷きました。

「今回の招待も、尽……いえ、王子からご招待されて。……あの、もしかして、やっぱり、私たちが来たの、そんなにいけない事でしたか!?」

 気になって、慌てて問い掛けると、王は苦笑を洩らせて頭を振りました。

「尽、と、そなたはあやつを呼んでいるのか? あやつはそれを許しているのか?」

「っ!!」

 不敬罪。
 ぞくっとしましたが、王は声を立てて笑っただけです。

「いや、なるほど………侮れぬものだな……あやつは……」

 王が呟くと同時に、先ほど退出していった重臣のひとりが帰ってきました。
 そうして、王の耳元で何かを囁きます。
 王は大きく頷いて、嬉しそうに微笑みました。

「やはり……そうか……」

 そして、に真っ直ぐに視線を移し、語りました。
 の何もかもを、変化させる物語を……。
 その短くとも長い物語は、の友人達にも一緒に語られ……は、これまで以上に、頭の中が激しく渦巻くのを感じるのでした。

 そうして、物語が終わり、沈黙が周囲を満たす頃……。

「ねえちゃん!!!」

 扉が開け放たれ、尽が駆け込んできました。

「親父! 俺の方にナンも呼び出しがかからないと思ったら……なんで、あんた自らねえちゃんを……を呼びつけるんだ!? に、何かヘンな事、吹き込まなかったろうな!?」

 言いながら、を王から隠すようにその前に立ちはだかって、王を睨みつけます。
 尽の剣幕に、王は肩を震わせて笑いました。

「おまえは、その娘をねえちゃん、と呼ぶのか? そうか……分かっていずとも、恐ろしいものだ。………実の姉弟の血のつながりは……」

「………!!!?」





つづく




--BACK--





<言い訳>

まだ終わりが見えていませんが……とりあえず、UP。
クリスマスの時期ですし、こういうシーンはいかがでしょう。

……というわけで、尽くんの正体が分かりました。
や、もうバレバレもいい所でしたでしょうが。
そうして、主人公の境遇も……。
次回は主人公の境遇がはっきりします。

王子様な尽を見てみたいですな〜。
葉月の例の衣装の尽版を想像しておいてください(苦笑)。
しかし、やはり、王子といえば、詰襟とブーツと
……それに、マントは基本ですか。

いいなーお・う・じ・さ・ま。乙女の永遠の憧れ(爆)。