猫少年Z

\.お風呂に入ろう!part2




『アンジェリーク

 月のない夜……明日だ。
 明日の夜、おまえの部屋に行く。
 そこで、おまえに、全て話す……。


ゼフェル』




 暖かな湯気の充満した空間。

 水に帰ったそれが、水滴となって天井に無数に貼りついて、重力に従ってその膨らみを大きくしている。

 ピチャン

 一粒がタイルの床に落ちると、それに続くように二粒、五粒………まとまって滴り落ちて、水音の和音を奏でる。

 浴室の湯気に煙って見えるのは、ふたつの影。

 ふたりの人間?

「あぁ……こんなに濡れて……。困ったヤツだな……」

 少年の声が、狭い浴室に奇妙に反響する。

「どうだ、気持ちイイだろ?」

 声音を落した低い笑い声。

「ほら、そんなに動くなって……逃がさない。あ……ッ!」

 少年はうめいて、形の良い眉を寄せる。

「っ……!! ダメだ、もう……!」

 少年の粗い息遣いがやけに生々しく、浴室に響いた……。





 ――30分前。

「あれぇ? お兄ちゃん、いつの間に……?」

「ちょっと前についたんだよ。連休くらい、家族(本音:アンジェ)の顔が見たいからね」

 兄馬鹿帰省。

 土曜日のお昼過ぎ。学校から帰ってきたアンジェリークは、リビングでくつろぐ兄に、目を丸くした。

 まぁ、兄の突然の帰省はいつもの事だし、連休だからもしかして、とは思っていたので、驚きはしないものの……リビングの端っこ、最近の定位置であるペーパーボックスの中で、ふてくされたようにうずくまって目を険しくしているゼフェルを見たら、なんとなく≪まずい時に帰ってきたかも……≫と、思って、吐き出す息も重くなる。

 だって、今晩、なのだ。

 ゼフェルとの約束の日は。

 別にこの兄が邪魔だなんてアンジェリークは思わないが……妹から見ても兄馬鹿なこの兄の事、深夜、妹の部屋に年頃の少年がいる事を知ったら……どんな行動を起すか分かったものじゃない。

 ひと騒動やふた騒動、あるかもしれない。

 ……いや、でも、まぁ、見つかりさえしなければ大丈夫なのだろうが……。

 そう、見つからなければ大丈夫。

 ――ん〜……ま、大丈夫でしょう♪ それに、このふたり仲いいし、もし見つかっても、お兄ちゃんも分かってくれるはずだわ♪♪

 やっぱり能天気アンジェリーク。

 この後の惨劇を知るはずもなく、にっこり笑った。

「お兄ちゃん、お帰りなさい♪ 折角のお休みなんだから、ゆっくりしていってね。ゼフェルも、久しぶりにお兄ちゃんに会えて、喜んでるはずだわ。ね?」

 くるりとゼフェルを振り向くアンジェリークに、ビクッと顕著に体を振るわせるゼフェル。

 じぃ〜〜っ。

 アンジェリークのくるくるした大きな緑の瞳が、ゼフェルを見つめる。

「ゼフェル?」

 硬直してしまっているゼフェル。

 猫が汗を流すはずなんぞないが、見る人間が見れば、ゼフェルの全身を脂汗と冷や汗が一緒くたになって伝っているのがありありと分かるだろう……が、幸い、この家族、皆が皆とんでもなく鈍かった。

「お兄ちゃんが帰ってきてから、ゼフェル、ちっともそこを動こうとしないのよ」(実際の理由:馬鹿兄がアンジェリークに余計な事をしないかの監視故に)

 にっこり笑顔の母親が、紅茶と焼き立てのスコーンを運んできた。蜂蜜や、ブルーベリー・ストロベリー・オレンジマーマレード等々のジャムが実に色鮮やかだ。

 馬鹿兄ことランディは、いつぞやの嫌がらせもどこへやら、にっこりと笑ってゼフェルに近寄ってきた。

「なんだ。ゼフェル、そこにいたのか? 気付かなかったよ!」

 気付かないわけがない。

「そっか、お前、オレが帰ってきて、嬉しかったのか?」

 でもって、ゼフェルの喉元を撫ぜようとする。

 ゼフェル、硬直したまま動けない。

 ちろりと横目で、しあわせそーに微笑んでこちらを見守る、能天気女のぽややん顔を目にして、更に体の弛緩は強まったりする。

 ランディの指が、喉元をくすぐる。

 アンジェリークやママさんの柔らかな指ではない、無骨な男の指が。

 しかも、大嫌い、と、言いきれもする男の指が……!

 けれど……。

 ゴロ……ゴロゴロ……グルグル……

 と、反応する猫の体!

 ああ、いつぞやの青い髪の女の時は、確かに気持ち良かったと言いきれる。女の細い指先、巧みな動き、優しい香り………んがっ、今、愛撫しているのはゴツイ男。男に愛撫されてキモチイイなんて、まるで、まるで………。

 ――まるで、ホ○みてーじゃねえかぁぁぁ〜〜!!!

 ゼフェル、混乱する。

 しかも、顔を上げれば、やっぱりほのぼのと幸せそうな笑みを浮かべるアンジェリークと視線が合って、にっこりと微笑まれたりして。

 好意を持っている女の前で、男にいいように愛撫されて、キモチイイだなんて……!!!

 ゼフェル、更に混乱する。

 ――クッ……猫の、猫の体が悪ぃんだ……猫なオレの馬鹿野郎〜〜!!!!

 号泣する勢いで、ゼフェル、ペーパーボックスを飛び出した。

「あっ……!?」

 ランディの脇をすり抜けて、

「え……!?」

 アンジェリークの足元を通り過ぎて、

「まぁ……?」

 ママサンの足先を飛び越して……

 ガッシャーン!!!

 見事に、テーブルの上にダイビング。

 パニックになった猫は、見境がないものです。

 優しく、長閑な午後。

 レースのカーテンを揺らせて入り込むそよ風と、暖かな陽射し。テーブルには真っ白なクロス。テーブルの中央には細いシルエットの1輪挿しに、優しいピンクのカーネーション。ボーンチャイナの茶器セットから、心地よく薫るダージリン。焼き立てのスコーンの匂いはあくまで香ばしく、ジャムと蜂蜜の甘いハーモニーは、心まで蕩けさせる。

 そう、そんな午後に……。

「きゃ!? 紅茶、ひっくり返したわ!」

「うそ、いやぁん! ジャムの瓶に足突っ込んだ!!」

「うわっ、暴れるな! 部屋中にジャムが!!」

 阿鼻叫喚、再び。

 ――十数分後。

 ゴジラとウルトラマンが正義の為にと暴れ回った後のごとくの部屋に、疲弊した人間3人+猫1匹。

 ふう〜〜ぅ……。

 誰かの深い溜息。

 そして、ピンクだか青だか、黄色だか分からない猫の首根っこを押さえ付けた、やっぱりピンクだか青だか、黄色だか分からない猫足模様を体中に散りばめたランディが、ゆっくり立ち上がった。

「……久しぶりだから、戸惑っちゃったのかしら……」

 被害の少ないアンジェリークは、笑顔の中、眉を痙攣させるランディの心中知らず、小首を傾げる。

「……後片付け……」

 ママサンは、座り込んで、少しばかり呆然と呟く。

「………午前中にお掃除、したばかりなのに……」

 部屋中を見まわし、肩を落す。

「ママ……あの、わたし、手伝うから」

 アンジェリークは、傍に転がっていた茶器を拾いながら、絶望しかかっている母親に言い……思い出したように、とんでもない事を、ランディに向かって言ったりした。

「お風呂、入りましょ♪」

 にっこり、にっこり。

 目を丸くするランディ。

 毛を逆立てるゼフェル。





 暖かな湯気の充満した空間。

 水に帰ったそれが、水滴となって天井に無数に貼りついて、重力に従ってその膨らみを大きくしている。

 ピチャン

 一粒がタイルの床に落ちると、それに続くように二粒、五粒………まとまって滴り落ちて、水音の和音を奏でる。

 浴室の湯気に煙って見えるのは、ふたつの影。





「男同士の付き合い、だな?」

 ジャムだらけのゼフェルの体を、先に浴室に放り込んで、ランディはニッと笑った。

 勿論、浴室の鍵は、きっかりとかけられている。

「猫は、風呂が嫌いだって聞いたが……ふっ……」

 ちょっと笑いが意地悪い。

 ゼフェル、体中の毛を逆立てて、威嚇しているらしい。

 フーッと鳴く声が、浴室に響く。

 ……のだが。

 ランディの拳一撃。

「おまえ、自分がパニクって、汚したんだろ? 怒れる権利無いぞ?」

 珍しく、馬鹿兄の正論。

 やり返せない、ゼフェル。

 仕方なく、大人しく座ってはみるものの……。

 ランディ、汚れたシャツを脱ぐ。よく鍛えられた筋肉質の、小麦色に背中が現れる。

 ゼフェル……顔を顰める。

 ――何が悲しくて、野郎の裸なんか、見なきゃなんねーんだ!?

 ランディ、ジーンズを脱ぐ。どうも、彼はトランクス派らしい。トリコロール調のど派手な柄のそれが目に飛び込んでくる。

 ――見たくねぇぇぇぇぇぇ〜〜!!!

 ゼフェル、ランディがソレに手をかける前に、振り向いて事なきを得た。

 男の筋肉質に引き締まったケツを見る趣味は、ゼフェルにあろうはずがない。

 ちゅーか、この状況に、アンジェリークと一緒にお風呂に入った時を思い出して……もっと、よく見ておくんだった、と、自分の良心を呵責したりした(<良心‘の’呵責、ではない。誤読注意)。

「よしっ!」

 腰に、タオル1枚巻いたランディは、浴室に入ってドアを閉めた。

 先に浴槽にお湯をため、その間にゼフェルにシャワーをかける。

 男の骨っぽい手で体中弄くり回されるのは、どうにも気色悪かったのだが……猫姿では自分で体を洗えない上、体にこびりついたジャム類を舐め取る根性もなく(<ジャム嫌い)、仕方なく、ランディに身を委ねるしかなかった。

 男にその身を委ねる!!

 その響きを、自分の中で転がして……ゼフェル、男のプライドズタズタ。

 が、ひとり、ランディはご機嫌。

「ああ、こんなに濡れて! 困ったヤツだな!!」

 ベタベタするジャムを、シャワーで洗い流しながら、ランディの口調ははつらつとしている。

 珍しく、従順なゼフェルに気を良くしているのか、ゼフェルの嫌がる事をしてやっているのが嬉しいのか。

「どうだ、気持ちイイだろ?」

 猫用シャンプーを手に取り、体中をマッサージするように洗って行く。

 ――気持ちいいわけねぇぇぇ〜!!!

 以前、アンジェリークに洗われたあの時の、あの、心地よさに比べたら………。

 アンジェリークの柔らかな手の感触。目を開けば、見えただろう、柔らかな白い肌、女の子らしい優しい曲線の肢体。耳に響く甘い声。

 思い出して、ちょっぴり欲情(笑)するものの……ランディに例の場所に触れられて……暴れ出した。

 ――だから、オレには、その趣味はね〜!!! ソコに、触るな〜〜!!!

「ほら、そんなに動くなって……逃がさない。あ……ッ!」

 無我夢中。

 押さえ付けられたランディの手の下で、ゼフェルは暴れたくる。

 ランディ、ゼフェルを逃がすまいと、必死で押さえつける。

 ゼフェル、暴れて、ランディの手を引っ掻く、噛みつく。

 さすがのランディも、そこまで引っ掻かれ、噛みつかれては、たまらない……最後に、ゼフェルがランディの‘弁慶の泣き所’に噛みついて……。

「っ……!! ダメだ、もう……!」

 ランディも、限界。

 痛みを堪えて、ゼフェルを離した。

「ゼフェルっ! おまえっ!!」

 ランディ、カッとして立ち上がった拍子に、腰に巻いていたタオルが落ちたりして……。

 そうすると、当然ゼフェル、見たくないものを見てしまったりして……。

 ――……………!!!!

 『男同士の付き合い』……そう、それは、お互いに全てをさらけ出す事……かも、しれない。間違っても、外野が妄想を働かせてはいけない。妄想……妄想……………ちゅーか、少なくとも方っぽは(今は)猫だしねっ!<いや、しかし、古来より獣姦は存在したらしいが(十戒の一節にもあるぞ)。獣姦? に、なるのか……しかも○モ、救い無いね!

 逸れた話は無視して………ともかく、見てしまったゼフェルは、別なる妄想(もちろん、ネタはアンジェリークでねっ!)で心を清浄化させようとするが、狭い浴室ではそれもままならない。

 とりあえず……

 ――勝った!!

 と、内心拳を握り締められたのだけは、ゼフェルの救い?

「ゼフェルっ!!」

 ランディ、浴室の端に逃げたゼフェルに詰め寄る。ゼフェル、ランディの無防備なモノを見ないように視線を下げつつ毛を逆立てる。

 険悪な雰囲気……が、あらフシギ。

「お兄ちゃん、ゼフェル、いい子で洗わせてくれた?」

 アンジェリークの声がすると。

「!……あ、ああ、そりゃ、もう! もうすぐ終わるから、ちょっと待ってて」

 ふたりとも、先ほどまでの争いはどこへやら。

 ランディ、ゼフェルにシャワーを向け、ゼフェル、素直にランディに泡を洗い流してもらう。

 こういう時だけ、協力体勢。

 ふたりとも、アンジェリークが弱点であると言える。

「じゃぁ、ゼフェルだけそっちに出すから」

 綺麗になったゼフェルを、小さく開けた浴室のドアから脱衣所に押し出し、ゼフェルの入浴は終了。

 アンジェリークにバスタオルで体を拭ってもらいながら、心洗われる境地に立つゼフェルであった。

 ――野郎の見ちまったからには……口直し、必要だよ、なあ?

 極めて不埒な事を考えつつ……。










 深夜。

「やっと、マトモに話せるな」

「うん、そうだね……」

 アンジェリークが先日、物置から探して出しておいた、中学の頃のランディの服を着たゼフェル。

 月の無い星空を背に、ゼフェルは苦みばしった笑みを浮かべている。

 なんだか、お互いに緊張しているのだ。

 まるで、新婚初夜のようだ……と、思い、チロリと妄想し……更に緊張が募るゼフェル。

 今日はアレやコレやと騒がしかったものだから、ふたりきりになると……何を話していいか分からないアンジェリーク。

 互いに押し黙ったふたり。

 シンと静まる室内。

 痺れを切らして、先に口を開いたのは……。





 

   




<言い訳>

あはは〜なんつーか、もう、数ヶ月に一度更新ですな〜(^^;)。

一度調子が出ると、自然と筆は進み、一日でも仕上がるのですが、

調子が出るまでがムズカシイ。

で、一度躓くと、調子が出るまでが長い、と・・・・・・。

生意気な事を言ったり・・・・・・(^^;)。

とむねこの場合、今回のように、お休みの日に調子を作って、一日かけて

書くのが理想なんですが・・・・・・なかなか・・・・・・(自爆)。

で、再び馬鹿兄登場。

ゼフェルは、彼に勝ったらしいです(何で?)。めでたいですね〜。

次回はも少し、進展する? かも・・・・・・?

とりあえず、ゼフェルの真の事情が分かる・・・・・・と、思います(^^;)。