猫少年Z

X.物語



「ねえ、こんな話知っているかしら?」

 学校が終わってから、庶民がまず足を踏み入れることのないような豪奢な邸宅の、これまた豪奢な一室にて、お茶をするアンジェリークとロザリアの姿があった。

 言うまでもなく、その邸宅は、カタルヘナ家のものである。

 テーブルの上には、優雅な茶器セット。

 香り立つ紅茶に、焼きたてのお菓子の数々。

 中央のロココ調の花瓶にに生けられた青紫の薔薇は、ロザリアのお気に入りのもので、裏手の温室で育てているものであるという。

 そんな、破格な別世界にて、緊張するアンジェリークを見て、青紫の瞳を細めて微笑んだロザリアは、悪戯っぽい輝きを瞳に乗せてふいに、語りだした……不思議な物語を。

「昔々……そう、もしかすると、神代の頃かもしれない。

 人里はなれた山間に魔術と錬金術を生業にしている一族が、小さな村を作って暮らしていましの。

 彼らは日の神を奉って、とても信心深く、敬虔に、自らの神を崇拝し、日の神もまた、彼らをとても大事にしてしていましたの。ですので、本来なら人前に姿を現すことを忌む神も、彼らの前には姿を現わす事もあったと言いますわ。

 とにかく、日の神と彼らとの中は極めて良好で、それが、いつか崩れる日が来るなんて、誰も思っていなかったの……。

 日の神には、妹がいました。

 柔らかく風になびく絹糸のような金の髪、磨きぬかれた翡翠の玉のごとくの緑の瞳。彼女は、誰しもが憧れずにはおれない、とても美しい女神でしたわ。

 そんな、彼女が、恋をしました。

 その相手というのが……なんと、その村の青年でした。

 神が人間と恋をするなんて……許されるはずがないでしょう?

 しかも、その青年と言うのが、異様に能力が高い魔術師のくせ、人嫌いで、その小さな村からさえ離れた庵で一人で暮らしている異端者でした。

 ふたりが愛し合っている事が明るみに出たとき、誰しもが驚きましたが……何より、妹を溺愛している日の神の怒りたるやすさまじいものがあったと言いますわ。

 当然といえば当然ですが、日の光の神が怒ったその結果……ふたりは引き離されましたの。

 日の神の怒りはすさまじいもので、もう、二度と女神と会えないと、村の青年は絶望しましたの。

 その絶望はあまりに深く、暗く……思いつめた魔術師の青年は自分自身に呪いをかけました。

 彼女と会えないくらなら!!!

 自分を異形の姿へと変える呪い。

 永遠にとける事のない、強い呪い。

 その呪いをとけるのは、ただひとり。自分が愛した女神だけ。

 もし、万が一、女神が自分の元に来てくれることがあれば……一縷の想いをかけたせ切ない呪い……けれど……青年の呪いはとける事はなかったの……。

 だって、美しい女神様は、兄の怒りに触れて、ずっと神の国の自室に閉じ込められていたのですから。

 人間なんかと比べ物にならないくらい長命な神にとって、人間の寿命なんて、ほんのわずかな時間に過ぎないの。

 ですから、日の神の怒りが解け、女神がやっと青年の元に駆けつけたときには、もう、青年はそこにはなかった。

 そう、異形の姿のまま、呪いを周囲に残して、寿命を終えてしまっていたの。

 青年のその強すぎる呪詛は、青年が死んだことでは終わらず、いえ、死ぬ事で、その集落の者たちを巻き込んだのですわ。

 その呪いとは?

 ―――ともかく、女神は青年の死を……村人達へ飛び火した呪いを、嘆きました。

 同時に女神は、兄である日の神を怨んだわ。

 日の神は、それらの事を知っていながら、妹には話さなかった……日の神は、それほどまで、青年に対して怒り、また、青年への怒りは、そのまま人間全てに対する怒りへと変わっていたのでしょうね。

 それで、唯一その呪いを解けるのは女神だけだったのだけれど……女神は呪いを解こうとは、しなかったの。

 ……愛した青年の呪いを、彼の嘆きを、彼が存在していた証を、解く事は……消滅させる事は、自分にはできない。

 例え、呪いでもいいから、彼の存在の証を残したいの!!

 だから、女神は、村人達が人間の尊厳を忘れないように……せめて、自分自身の努力でその呪いを解けるように、と……ふたつの救いを、与えたの。

 結ばれ得なかった自分たちを悲しんで、女神が施したふたつの救いとは……」

 ロザリアは、言葉を切ってくすっと笑い、アンジェリークを見た。

 神妙な顔で、じーっとロザリアの話に聞き入っていたアンジェリークは、コクンと、喉を鳴らし、話の続きを催促するように緑の瞳を輝かせる。

 アンジェリークが自分の話に聞き入っている事に満足したロザリアは、再び、ゆっくりと口を開いた。

「女神が施したふたつの救いとは、ね……。

 まず、ひとつ目は、期限つきの呪いの解除。

 日の神の力が及ばない間だけ……兄である日の神に知られない間だけ、彼らを人間の姿に戻す事。

 そしてふたつ目は、完全なる呪いの解除。

 それは…………愛する事。

 人を、愛する事。愛しいと思える存在を、見出す事。

 そうすれば、呪いは解け、彼らは完全な人間へと戻れるの。

 愛しいと思っても、結ばれ得なかった自分たち。だから、愛しいという気持ちを大事にしたい。愛した青年も、きっとそう望んでいただろうから……。

 女神は、そう考えたのでしょうね。

 そしてね、女神は、もう、どこにもいない青年を想って、泣いて泣いて……すべての力を失って、消えてしまったの」

 ロザリアは言葉を終えると、紅茶を口に運んでほうっと息をついた。

 それが、物語が終わった合図だと理解するまで、アンジェリークは十数秒を要した。

「…………っ!! ええっ!? もう、おしまいなの!?」

 案の定、ガタンと激しい音を鳴らして椅子から立ち上がると、目を真ん丸くしてロザリアを凝視した。

「うそぉ! そんなの、悲しすぎるよぅ! だって……だってぇ……」

 うるうるっ、と涙が緑の瞳に盛り上がって、今にも涙が零れ落ちてきそうだった。

「所詮、物語よ」

 ロザリアは、しれっとして、今度は焼き立てのマドレーヌを口に運び、瞳を細めてアンジェリークを見やった。口元には、微細な笑みが浮かんでいる。

「この物語、つい最近知人から聞いたんですけれど……やはり、あなたの反応ですわねぇ」

「……?」

「子供だましの物語に涙する、アンジェリークってば……面白すぎですわ」

 くすくす笑いを爆発させて、瞳に涙をためてさえいる。

 からかって、いたようだ。

 アンジェリークは、収まることないロザリアのくすくす笑いに、徐々に頬を膨らませていった。

「ここの所、退屈で退屈で、もぉう、どうしようかと思っていたんですけれど、あなたの単純さは、やっぱり愉快ですわ」

 ほほほほっ、と、今度は哄笑する。

「うううっ〜。ひっどぉい!」

 ぷうううっと、おもちほど頬を膨らませたアンジェリーク。

 その頬をつついて、ロザリアは悪戯っぽく笑う。

「かわいいって言っているんですわよ、アンジェリーク。あなたの、その純粋さ、わたくしは大好きですのよ♪」

 ロザリアは、とても嬉しそうに言うのであるが……アンジェリークはすっかり臍をまげてしまい、むくれたまま、とすん、と、椅子に腰を落として、黙り込んでしまった。

 ――喜怒哀楽が激しい娘。まったく、見ていて飽きないですわね。

 アンジェリークを見ているだけで、幸せになる。

 本当に、良い友人を持ったと、実感できる。いまどき、ここまで純粋な女の子なんて、本当に珍しい。傍で、彼女の澄んだ緑のを見ているだけで、自分も妙に心が洗われた気になるのだ。

 自分が、実はかなり腹黒い事を自覚しているロザリアは、こうも純粋に感情を表せる事のできるアンジェリークがうらやましくも、愛おしい。

 黒が、白くなることは難しい。けれど、白に色をつけるのは、たやすいものだ。

 ――できることなら、彼女には、白いままでいてほしい。

 そう思うのは、自分のわがままだろうか?

 ロザリアは、新たに焼きたてのケーキを持ってこさせて、アンジェリークの前に勧めると、途端にアンジェリークの表情が笑顔に輝く。

 食べてもいいの? いいの? 何度も聞くアンジェリークに、ロザリアは華やかに、そして、幸福に微笑んで頷く。

 アンジェリークと触れ合う日常の、些細なひと時に、ロザリアは幸せを覚える。

 そして、思う。

 いつか、彼女の白を別の色に染める男が現れたら、自分は、きっと、その男を、徹底的にいびりたおすだろう、と。

 気分は姑であった。(しかも、そうとうタチが悪いと思われる)





「そういえば、今日は新月ですわね」

 帰り際、大仰にならないように、と、控えめに(!)黒のベンツにてアンジェリークを送っていく車中、ロザリアはスモークのかかったカーウィンドウから宵闇に覆われかかる空を見上げて、思い出したように言った。

「え?」

「いえ、あのお話をね、思い出したのよ」

「日の女神様の?」

「ええ。日の光を反射して輝く月が見えない今日は、あの物語によれば、呪詛が解ける日だわね」

「でもぉ、作り話なんでしょう?」

「ん? 作り話かどうかは分からないわよ?」

 窓を開ける。涼しい風が車内に入り込んできて、二人の髪を激しくかき乱した。

「またぁ、そうやって、私をからかうつもりなんでしょ?」

 少し、拗ねるような、責めるような眼差しになる。

 ロザリアは、車のスピードのままに車内になだれ込んでくる激しい風に乱れた髪をかきあげ、アンジェリークを斜めにみやった。

「もしかして、本当の話なのかもしれませんわよ?」

 からかう響きは含まれない、ただ、素直な言葉だった。

 アンジェリークは小首をかしげて、反対側の窓から、月の出ない空を見上げた。

 ――そういや、呪いって、結局どんなだったのかな?

 ふと思ったものの、その疑問がまた、ロザリアにいい物笑いの種にされそうで、胸に留めおくだけにした。

 ――もし、あのお話が本当なら……呪いの解けた人達は、今晩一晩だけ、明日太陽が昇るまで、愛せる人を探して歩くのかなぁ? たった、一晩だけ……なんだか、切ないね……。

 少し、胸が、痛んだ。

 虚実が分からない物語に、胸を痛めるアンジェリークは、やはりどこまでも純真無垢だった。

 そんな、彼女だから……。





「……なんだって。素敵なお話だと思わない?」

 夜、月の出ていない、星だけが輝く空を見上げて、アンジェリークは誰かに話しかけていた。

 彼女の膝の上には、猫のゼフェルが、気持ち良さげに瞳を細めて、体を丸めていた。

 他に誰もいない部屋。ロザリアに聞いた話を、ゼフェルにも聞かせていたのだろう。

 ゼフェルは、時折、うっすらと開けた紅玉の瞳で、アンジェリークを見上げて、彼女が語る物語に聞き入っている様子を見せる。

 まるで、アンジェリークの話している事が理解できているようなその様子に、彼女は微笑んで、ゼフェルの頭を撫ぜる。

「とっても、切ないけど、ね……」

 しばらく、そうしていた。

 小さなゼフェルの温もりが、膝から全身に伝わって、アンジェリークの心をも暖かく包み込んでいるような、優しい気持ちになった。

 そんな、居心地のいい空間に、アンジェリークは息を吐き出す。

「ねぇ、もしかして、ゼフェルにも呪いがかかっていたりしてね」

 自分だけ楽しめる冗談にくすくす笑い、ゼフェルの両脇に手を入れてそのしなやかな体を持ち上げると、自分の目の高さまで紅玉の瞳を持ってきた。 

 首輪のチェーンが、チャリチャリと音をたてる。

 明度を落とされたルームライト故に、ゼフェルの瞳孔は真ん丸く開いていて、キラキラと光っていた。

「どうしよう? 呪いにかかった、王子様だったりしたら……?」

 くすくすっと笑う。 

 耳を伏せたゼフェルは小さくなぅん、と鳴いて、ゆっくりと瞬きをした。

 猫は瞳で語る。そして、猫の眼差しは、あまりにまっすぐで、見つめられていると、まるで心の奥底まで、自分の全てを見透かされているような、居たたまれない気持ちにさえなる。

 その時のゼフェルも、そんな瞳をしていた。

 紅玉の眼差しが、まっすぐにアンジェリークに向けられていて……彼女の心の深淵を覗きこんでいるようだった。

 アンジェリークは、心の奥底にある……冗談ではおさめきれない自分の馬鹿げた思いを、ゼフェルに見つけられた気がして、面映さを味わって頬を染めた。

「……なんて……ね」

 そっとゼフェルを床の上に下ろすと、頬をぱしぱしと叩いて、背伸びをした。

「そうよ、いつまでも、こうやってお子様でお馬鹿な事考えてるから、ロザリアにもからかわれちゃうんだわ」

 うう〜んと、空にも浮き上がりそうなほどまで伸びをする。

「さっ、もう寝るっ! ゼフェル、寝るよ………って、ゼフェル?」

 背伸びを終えて、振り向くが、ゼフェルの姿は部屋に見当たらなかった。

 ゼフェル用に薄く開かれた部屋のドアから出て行ったらしい。

「む〜〜〜………ま、いいか……」

 猫の気まぐれはいつものこと。

 またすぐに戻ってくるだろうと、アンジェリークは先に就寝する事にした。

 カーテンを閉めかかり……思いとどまったように、再度開けると、電気を消して布団にもぐり込んだ。

 体を横にして夜空を見上げて……アンジェリークは深く息を吸った。

「もしも呪いが続いているなら……どうか、皆が愛する人を見つけて、幸せになれますように……」

 お祈りをするように胸の前に手を当てて呟いた。

 そして、目を閉じ、いつものように少しづつ深い眠りに落ちて……行けなかった。

 寝つかれないのだ。

 体か疲れを訴えていても、どうにも意識が落ちついてくれない。

 こういう時は、たまにあったりする。こんな時、よく羊を数えたりするものだが、アンジェリークは、とりあえず、ゼフェルを数える事にした。

 ゼフェルが1匹……(妙にはりきったゼフェルが、アンジェリークの頭の先を飛び越えて行く)ゼフェルが2匹、ゼフェルが3匹……・・。

 けれど、300匹目のゼフェルが、気だるそうにアンジェリークのお腹の上を通りすぎて行っても、眠る事ができなかった。

 大きく息を吸って、吐いて……あちこちに寝返りをうって……寝つかれないまま、小一時間が過ぎたころ。

 部屋のドアが開く音と、何者かの気配がした。

 ――ゼフェル?

 いや、違う。

 規則正しい呼吸の気配は……人間のもの。

 ――パパかママが、様子を見に来たのかしら?

 子供の頃ほどではないけれど、今でも時折、寝入ったアンジェリークの様子を見に来る両親のどちらかだろうと思って、狸寝入りをする。
 寝つかれないくらいで、わざわざ心配をかける必要もない。

 近寄ってきて、寝顔を覗き込む。

 そっと、前髪がかきあげられる。

 暖かな大きな手、優しい手つき。

 ――パパ?

 大好きなパパの手……??? じゃ、ない????

 ――だって、こんなに、指、長くないわ。それに、パパはしょっちゅう発掘調査に行ってて、もっと荒れた手をしてるし……なにより、こんな風に壊れ物を扱うみたいな触り方しない。

 ――え? それじゃ、だぁれ? ……??

 以前にも、何か、似たような事態があった気がする。

 とっても不思議でちょっと怖かった事。

 結局、信じてもらえっこないって思って、誰にも……心配してくれた両親にさえ本当の事を話していない、夢みたいな事態。

 自分でさえ、ヨッキュウフマン(注:アンジェリーク自身、意味がわかって使っているとは思えないが、彼女なりにどこかで覚えた事なのだろう)の夢だったのかもしれないって、心の中で勝手に自己完結させていたあの夜の事。

 そう、見ず知らずの全裸の男の子が、一緒に寝ていた事があった。

 あの時と、よく、似ている。

 てゆー事は……??

 今日は、頭はしっかり冴えている!

 体調も万全!!

 ――パパじゃない。ママでもない。お兄ちゃんでもない! 

 家族以外の人間が、深夜にアンジェリークの部屋にいる事は、以上事態としか言いようがない。

 もしも、の事態に備えて、アンジェリークは心構えをした。

 どきどきどき、胸が脈打つ。

 恐れもあった。けれど、その時は、好奇心の方が強かった。

 緊張のあまり、きっと、顔中の筋肉がぴくぴくと引きつっていただろう。

 証拠に、アンジェリークの髪を撫ぜていた手が、躊躇うように離れて行くのが分かった。

 が、逃しはしない!!

 アンジェリークは目を塞いだまま、離れ行く手を、ガシッとひっ掴んだ!!

 そして、目を開けて、がばりと跳ね起きる!!

「あなた、誰!?」

 確認するまでもなく、そう叫んで……見開かれた紅玉の瞳に出会った。

 そう、いつかの夜に見た、少年に間違いなかった。

 (残念な事に)その日は全裸ではなかったけれど……確かに、あの夜に見た少年が、驚き顔で、アンジェリークを見つめていた。





 新月の夜に星たちは輝く。

 ここぞとばかりに星たちは輝いて……いなくなった月の代わりに、新しい出会いを見守る。

 新たな出会いが吉と出るか、凶と出るか……それは、神にさえも、分からない……。

 

 






<言い訳>

はうっ……どうにか、波に乗ってきました……(夏だしね!<謎)。

やっと、ここまで漕ぎ着けたと言う感じです(^^;)。

今回は、比較的シリアスに。

でも、やっぱり、文章ってムズカシイと思う今日この頃で……。

次回は〜〜〜・・・・・どうなるでしょう……(ええ、何も考えておりませんとも!)

なんて……まぁ、この続きですから……なんとなく、波瀾の予感?

こつこつと、がんばらせてもらいます〜〜。

言い訳、言い訳・・・本当は、錬金術は科学の先駆けといわれてるんですが、

お話の勝手な都合上、魔術と同列になってます〜。突っ込まないで〜きゃ〜〜(>△<)。