猫少年Z

W.白衣の悪魔〜初体験!


「じゃ、行ってきますっ!」

 テスト前、ということで半日授業だったアンジェリークは、その日の午後、肩からやたら豪奢かつでっかい籠を下げて出かけようとしていた。

 その籠は、実はロザリアからの借り物だった。

 なんでも、某有名ブランドの特注品らしく、ロザリア好みのロイヤルブルーの布地をベースに、フリルやリボンでこれでもか、という程ごてごてに飾り付けられていた。部分的に施されたキラキラの石は……ホンモノか、どうか……まあ、アンジェリークはそんな事、気にしていないようだ。

 猫に小判………結局、価値の分からない者には分からなくていいのであろう。もっとも、ゼフェルあたりならば、小判なんぞ見つけようものなら、喜び勇んでアンジェリークに貢ぎそうなものだが……。いや、もしかすると、どこぞで換金くらいはして、アンジェリークの為にケーキなりファンシーグッズなりをしこたま買い込んで来るかもしれないし、堅実に将来の為に貯金してたりして……。 

 ―――閑話休題。

 小柄かつ庶民的な彼女がそんな籠を持つと、重々しく見える上、お嬢様、といよりも、まるでどこぞの小間使いのようにさえ見えてしまうのだが………アンジェリークには、自分を客観的に見ている余裕はなく、大事に、大事に、その籠を抱きかかえていた。

 そう、何しろ、籠の中身は彼女にとって現在一番大切なものだったりするからだ。





 猫は、時折物をまったく口にしない事がある。それは猫の気まぐれさゆえなのかどうか、分からないが、別段心配する事はない。大概の場合、またすぐに再び、食事をとるようになるのだから。

 ロザリアからそう聞かされていたものの、いざ、ゼフェルがそういう状態になると、過保護気味なアンジェリークはいてもたってもいられなくなった。

 ミルクも飲まない、大好きなはずのチキンカレーも食べない(猫としては悪食である。が、納豆やラーメンを好んで食べる猫が現にいる以上、チキンカレーくらい不思議ではないのかもしれない。少なくとも、アンジェリークの家族は疑問を持っていない)……体調が悪いのかどうか……最近、ずっとリビングの片隅で寝てばかりいる。アンジェリークの部屋に入ろうとしない……等々。

 常のゼフェルらしくない様子の数々に、アンジェリークは決意した。

 ゼフェルを、医者に連れて行く!! と……。





 そして、今、ロザリアから猫のキャリングケースを借り、行き付けの獣医の場所を聞き……事情がよくわからずに、(ひらひらごてごての)籠に入れられるのに抵抗するゼフェルを無理に押し込めて、出かけようとしているのだった。

「ゼフェル、大丈夫だからね! お医者さんに見てもらえば、絶対、よくなるんだから!」

 家を出て、歩き出したアンジェリークは、籠の中のゼフェルに言い聞かせるように語りかける………籠の中で、ゼフェルが唖然として冷や汗を流しているのに気付かないままに。





 ロザリアに紹介された獣医師は、とても真面目そうな若い男性だった。

「アンジェリークさんですね? カタルヘナ家のお嬢さんより、連絡をいただいておりますよ」

 銀色のメガネを指先で押し上げながら、あまり愛想がいいとは言えない表情で、アンジェリークを迎え入れた。

「さて、猫のゼフェルくんですか?」

 初めての動物病院体験に緊張するアンジェリークにお構いなしに、獣医師は彼女の下げる籠を受け取って、意外に優しい声でケースの透明な窓部分から覗き込んだ。

「…………」

 無言なのには、何かイミがあったのか……?

「………げ……元気そうな、猫くんですねぇ……」

 どもりながら言い、咳払いをする。

「??」

 アンジェリークも首をかしげながら中を覗き込むと………。

「いやぁぁぁぁ!!!」

 ケースの中に敷かれていた、ふわふわのクッションがぼろぼろになって、ケース中は羽毛の海になっていた。

 で、その犯人であろう(いや、100%犯人以外の何者でもない)当のゼフェルは………不機嫌そうに瞳を細めて、アンジェリークを見上げていた。

 非力な猫の、ささやかな抵抗?

 が、アンジェリークにしてみれば、ただ事ではない。

「何してるの!? これ、ロザリアからの借り物なのにぃぃぃ!!」

 こんなぼろぼろにしたのが分かったら、きっと、後々まで恩にきせられるに違いないのだ。

 どうしよう!? と、混乱して、慌ててケースを開け……そしたら、ゼフェルが飛び出してきた!

 弾丸のように飛び出してきたゼフェルは、非常に速いスピードで、アンジェリークの脇をすりぬけ、わずかに開かれたドアに向かって突進して逃亡を図ろうと試みた、ようだった、が……。

「なぁに? 患者なの、この猫?」

 さっぱりとして知的な響きを宿す女性の声がした。

「ええ、そうですよ。あなたがいて助かりました」

「ふぅん……」

 ドアの向こうから現れたのは、金色の髪を細かくウエーブさせ、浅黒い肌をした長身の、気の強そうな少女。白衣を着ているからには、ここの動物病院の見習いか、助手か……そんな所だろう。

 その手には…………首根っこを掴まれて、ぶらさがっているゼフェルの無様な姿があった。

「面白い色ねぇ。グレーの毛並みに赤い瞳なんて、ね」

 にこっと笑った彼女は、ゼフェルを診療台に下ろして、その首にいつもぶらさがっている銀のプレートを引っ張った。

 ゼフェルは、なんだか、その白衣の少女が苦手らしく、萎縮しっぱなし。めいっぱい掌で押さえ込まれて黙っている。珍しい事である。

「ふぅん、ゼフェル、っていうんだ? なるほど、なるほど……」

「今日はあなたが診療してくださるとでも?」

「ふふん。いいわよ、もち。この猫、面白そうだし」

 きょとんとするアンジェリークを余所に、二人の会話は終わり、白衣を着た少女はてきぱきとした動きで、ゼフェルの診察を始める。

 耳を伏せて、尻尾を大きく左右にぱたぱたさせるゼフェル。目が完全に据わっている。

 時折、少女の手から逃れようと、激しくもがいてみるが、UFOキャッ○ャーのアームのごとくの力のなさ加減を連想させる少女の繊細で細い指は、その見た目を裏切って、まるでブルドーザーのごとくの(猫にとって)力強さでゼフェルを押さえ込んでいる。

 それでも、あくまで抵抗するゼフェルを、白衣の少女は、実に楽しそ〜に、ぎりぎりと強引に押さえつけて、口をこじ開けてはその歯茎を調べ(ゼフェル、噛みつこうと試みるが、指ではなく金属製の棒に噛みついて、自ら痛い思いをする)、綿棒を突っ込んでは耳を調べ(耳を伏せてふんばったが、耳に息を吹きかけられ、陥落)。

「なるほどね〜」

 なぜか、心から楽しそうなのは気のせい?

 で、最後に、尻尾を持ち上げて何をするのかと思えば、勿論、タマの……いいや、まぁ、そこら辺りの検査。

 思いっきり押さえつけられているゼフェル、身動き取れない。

 おおっと、決まった! ヘッドローック! ばしばしと、かろうじて動く右前足で診療台を叩いて、ギブアップを示すが、誰もタオルを投げてはくれない。

 嗚呼、哀れ、ゼフェルの運命やいかに!?

「うふっ、うふふふふふ………」

 白衣の少女は、ゼフェルの抵抗を気にする事無く不気味に笑い、何やら、ガラス棒状の物を取り出して来て…………そ、それは、まさか!? ええ、寄生虫の有無を検査したりするものだったりしたりして……腸内をぐぅりぐりして、寄生虫の卵を調べるには、腸に突っ込む必要があったり……すると、どこから突っ込むのかは、想像に難くなかったり……。

 ゼフェル、その棒を見た瞬間、死に物狂いで暴れ出す。

 アンジェリークが目の前で心配そうに見守っているのを確認して、悲鳴さえ上げて暴れ出す!

 人語に約すと

『てめー! 何しやがる! 離せ!! やめろ〜!! そっ、そんな事、よりによってアンジェリークの前でなんて……!! ちくしょう! や〜め〜ろぉぉぉぉぉ!!! オッ、オレの純潔〜〜〜!!』

 と、いうところだろうが、猫言葉なんて、人間にわかるはずない。

 白衣の少女は益々楽しそうに、ガラス棒をゼフェルの背後に近づけて行って……。

 嗚呼、アンジェリークの目の前で…………。

 ―――ゼフェルの貞操、大ピンチ!!!

「……ところで、今日の検査内容、貴方に話しましたっけ?」

 獣医師が思い出したように言って、白衣の少女の手は止まった……直前で。

「え? 健康診断じゃなかったっけ?」

「…………違いますよ……。まあ……なんですね、寄生虫検査もいいですが、その前に飼い主さんの話も聞いてあげてくれますか?」

 獣医師の言葉に手を止めた白衣の少女は、極めて残念そうに方をすくめて、ガラス棒を放り投げた。

 ゼフェル、間一髪のところで、貞操を死守!

 肉球に目一杯の汗をかいて、その場に失神せんばかりにぐったりと倒れ込んだ。力なく動く尻尾が哀れを誘います。

 今更、アンジェリークに視線を向けた白衣の少女は、浅黒い肌の中、よりよく目立つ菫色の瞳を細めて笑った。

「あはっ、ごめんなさいネ。つい夢中になっちゃったワ。それで、飼い主さん、何でした?」

 何に夢中になったとゆーのだろうか? 唯一突っ込める余裕のある獣医師は、あえて言葉を挟まず、溜息をついた。

 それらの様子を唖然として見守っていたアンジェリーク……危機を脱して、ぐたっとしているゼフェルを見て、はっとして我を取り戻した。

「ええっとぉ、あのぉ……この子、ここの所、食欲なくて、それで……」

 最近のゼフェルの状態を話すアンジェリークの言葉を、白衣の少女は今度は真剣に聞き入っていた。

「ふぅうん。なるほどネ♪」

 手でゼフェルを押さえつけたまま(プロの仕事人!)、白衣の少女はにっかり笑う。

「この子、いくつ?」

「え? えーと、一月位まえに、家に来た迷い猫なんで、年齢はわかんないですけど……」

「ふぅん、まぁ、ワタシの見た限りでは、生後10ヶ月前後、ってトコロかしら? まだまだお子様ダワ。でも、そろそろ、大人に近づいている時期ね。人間で言えば、思春期、って感じ? まぁ、この年齢は、猫でもムズカシイお年頃だから、い〜ろいろ、あるワケヨ」

「はぁ?」

「分からない? だからね、発情期が近づいてンのネ。ま、もっとも、まだ生理現象は起こらないでしょうが、気分だけは、ね☆ ふふん、誰かに恋でもしてんのね〜。ま、でも、成熟の早い男のコなら、もう大人にもなるでしょうが、このコは見た限り、まだまだだから、大丈夫カナ?」

 何を、見た限り? と、突っ込むまで状況が飲み込めていないアンジェリーク。

「えと、ええっと?」

「要するに、ま、病気じゃない、って事。心配無用よ。もっとも……あと数ヶ月もすれば、すっごい事になるかもね〜〜。あ、そっか、だったら、今のうちに、事前策取っとく?」

「は? え?」

「去勢手術。お安くしとくワヨ」

「去勢……?」

「ええ、タマタマを取っちゃうワケ」

「タマ…………………!!?」

 ショーック!

 アンジェリークだけでなく、ゼフェルも青〜くなっている。

 そんなモンとられたら、男じゃなくなる。が、動物を飼う人間の基本マナーである。

「発情期のオスネコはうるさいわよ〜〜。食事もとらないで朝から晩まで、鳴き続けるし、メスネコを見かけたら、哀れなほどにそのお尻を追い掛け回すし〜。うふふふ……」

 選択を迫られるアンジェリーク。

 青くなってアンジェリークの下す決断を待つゼフェル。ルビーレッドの瞳が、死んだ魚のように濁りかかっている……。

 そりゃ、発情期にうるさいのは、困る。雌猫のお尻を追い掛け回すのなんて、見たくない。けど……でも………。

 タマタマを取られちゃ、オトコぢゃなくなるのよぅ!!

 アンジェリークの中で、言葉が反響する。

 タマタマを取られたら…………・・!!!

 「いやぁ〜。いいですぅ! ゼフェルは、男の子だから、ゼフェルなんです! タマタマのなくなったゼフェルなんて、ゼフェルぢゃない〜〜」

 白衣の少女の手からゼフェルを取り上げて、ひしっと抱きしめる。

 考えようによっては、かなりキているアンジェリークの言葉だが、猫のゼフェルはほっとするのに精一杯で、その言葉を気にしなかった。てゆーか、気にしない方が、精神衛生上、楽。

 またしても、危機一髪を免れたゼフェル。

 で、何故か残念そうに見える白衣の少女。

「………もう、いいでしょう? あなたの診断は信用できますがね、飼い主さんをからかうものじゃありませんよ……」

 たしなめにかかる獣医師に、肩をすくめる白衣の少女。

 獣医師は、ひと房だけ垂れ下がった前髪をかきあげて、申し訳なさそうにアンジェリークに向かった

「すみませんね……彼女は若いけれど腕は確かな獣医師なんですが……ちょっと、変わっていましてね……あまり、気にしないでやってください。それより……ゼフェルくん、何もなくてよかったですね。あと、猫三大病気の予防注射の問題等もありますから、また近いうちにお越し下さい。今日は、参考にパンフレッドだけ渡しておきますよ」

 どこか強張った笑い、事務的な口調だったけれど、その獣医師には、信用できるものがあった。

 白衣の少女も、まぁ、悪い人間ではなさそうだ―――相当、変わっているが……。

 アンジェリークは、どっと疲れを感じながらも、何かあったらまた、是非、この病院にこようと思った――――本当に大丈夫なのか? 突っ込みをいれる、自分の良心を無視して。
 二度とこんなトコロにくるものか、と、心に誓うゼフェルに気付かないままに。





「発情期か〜」

 はふっと溜息をつくアンジェリーク。

 病院から帰って来て、ぐったりつかれて眠り込むゼフェルを見守りながら、アンジェリークは独り言を呟いていた。

「なんか、イヤだなぁ。ゼフェルが、他の女の子のお尻をおっ毛回している姿なんて、見たくないよぅ。そりゃ、ゼフェルは猫だけど……でも、なんか、ヤだよぅぅ」

 やつあたりするように、ゼフェルの耳をうにっと引っ張って、また溜息。下から、ゼフェルに睨み上げられているのも、お構いなし。

「猫だけど、さ……人間だったら、よかっな……。そしたら……そしたら? ―――恋人、いないからこんな事、思うのかなぁ? でも、でも、ね……ゼフェルの事、大好きなんだもん。人間だったら、きっと、恋人にしちゃいたいくらい、大好き……。不思議だね……ゼフェルは、猫、なのに、ね……」

 ゼフェルは……眠ったように顔を伏せながら、喉をゴロゴロ鳴らした。

 アンジェリークの言葉に、反応するように。その言葉に、同意するように……。





 ―――月齢27。完全なる新月まで、あと3日。

 細く細く痩せた月を見上げて、ゼフェルは、ことさら瞳を細めた。

 




<言い訳>

やっぱり、話は進んでません(^^;)。

ごふっ、げふっ、がふっ・・・スマナイネ〜。(>□<)

(合いの手:それは言わない約束よ、おとっつぁん;で、お願いします<笑

成敗はいやぁぁぁぁ〜<謎)

題名だけ無駄に思わせぶりですぅ。

うううう〜。ゼフェル、発情期で、欲求不満気味かも・・・・。

獣になって襲いかかるまで、後少し〜〜・・・・だったらイイナ〜・・・。

―――ともかく、タマ、とられなくてよかったね、ゼフェル(笑)。

取られてたら、あんな事やこんな事、できんもんね〜。

マッド・ドクター○イ○ェル。恐るべし、でした〜。