猫少年Z

]Z.栗色の仔猫

『輪廻転生。死しても魂は消える事無く、新たな肉体に宿るという。
 魂に刻まれた記憶は浄化され、新たな存在になり変わろうとも、ふたりは磁極が引き合うように引き会い、出遭う。
 ――呪いを受けた青年と、女神。
 水晶が映すとおり、その魂が生まれ変わって、新しい肉体に宿っているのならば、ふたりが出会う事でこの永遠なる呪いは、終焉するかもしれない。
 そう、結ばれ得なかったふたりが、結ばれる事によって』



「え? 会ったの?」

「……多分……」

 お昼休み。

 アンジェリークとロザリアは学生食堂にいる。

 窓際の日当たりのいい席。

 ふたりは、うららかな日差しの中で、昼食をとっている。

 けれど……かなり衆人環視の注目を集めてしまっている。

 特待生であるロザリアが、学食にいるのが珍しいのかもしれない。


【ここで、スモルニィひとくちメモ】
 スモルニィは由緒正しい女子校である。遙昔から"清く正しく美しく"をモットーとしていたお嬢様学校である。

 一昔前までは、自分ひとりで着替えた事もないような貴族や富豪のお嬢様ばかりが集まっていた、そりゃあもう、天国・楽園に近い女の子の花園だったのである。

 が、ここ百年程前から、女性の社会進出が目覚ましくなり、女性も"清く正しく美しく"だけでなく"賢く強く逞しく"ならねばならない、身分を区別していては女性の視野は広まらないだろう。という思想が強まり、アンジェリークのような庶民でも入学できる程に、門扉が開かれた。

 とは言っても、今だに、貴族・富豪がいるのは事実。

 そういった超がつくお嬢様方は"特待生"として、別格の扱いを受けていた。

 学舎も離れた一画にあるし、制服着用は義務ではない(特待生の特徴は、やはり、"お嬢様"らしい服装ともいえる)。

 もちろん、特待生の学舎には学生食堂なんていう庶民的なものは存在せず、サロン、などといったくつろぎ空間で、特別なシェフの手による高級料理を食している。

(「おばちゃ〜ん! 今日はご飯大盛りでねっ!!」 なんて、催促をしようものなら、白眼視を受けるのは必至。「あら、シェフ、今日は随分量が少ないですわね」と、遠まわしに言わなければならない<言ってる事は同じ)

 
 で、そんな特待生のロザリアが普通科の学生食堂にいるからには、注目を集めるのは仕方が無かろう。

「わざわざ、会いに行ったんですわね、あの子……ズルズル

ズルズル……ごっくん。ロザリアの言った通り、栗色の髪のかわいい子だったよ」

ズズズ……ぷはっ。この間会った時、随分と長話してしまったから……勿論、あなたの事も色々と、ね……」

ちゅるちゅる……。え? なにを!? ……まさか、ヘンな事……」

「ヘンな事って……別に、あなたに関して、ヘンな事もなにもないけれど……ありのままに色々話しただけですわ……ズルズル

ごっくん……。うっ……ロザリアの考える、ありのままの私、って……」

ズルズル……ズルズル……ごっくん……ズズズズ…

「ロザリア!? ロザリアっ!? ラーメン食べてる場合じゃないってばっ!」

(どうやら、注目を集めていたのは、単に特待生が学食にいる珍しさだけではなく、豪快なラーメンの食べっぷりにもあったらしい……)

……ぷはっ。ここのラーメン、あなどれませんわね。お出汁がよくきいていますわ。この豚骨スープのコクはなかなか……わたくしとしては、あっさり醤油ラーメンが好きですけれど、この深み有る豚骨スープには脱帽いたしますわね。上にのっかったこのチャーシューも、職人技ですわっ。味がじっくりしみていて、歯ごたえがあるくせに、柔らかくて……」

「うん、そう、私も、ここのラー定(ラーメン定食の略らしい)、好きなの〜。味噌味も、結構いけるのよ! ……って、そうじゃなくてっ!」

「………ま、安心して。あなたのありのままは、少なくともあちらのアンジェリークには興味を持たれたみたいだから。是非、会ってみたい、って言っていましたし……実際、会いに来たのでしょう、あの子? 何か、言ってましたかしら?」

 ふたりとも、とりあえず、一通りラーメン定食(好きなスープのラーメンに、小鉢・デザート・ごはん付)を食べ終えて、本日のデザートである、フルーツポンチに手を伸ばす。

 お嬢様が紅茶と薔薇のジャムだけを食べて生きていた、なんて、旧世紀の話らしい。今のお嬢様は体力命。

 食の楽しみあってこその人生でしょう!!

「え? ああ、ううん、特に……その……」

 やましい事があるものだから(ちょうど、その時、ゼフェルと乳繰り合っていた事<古い表現)、目を泳がせて、しどろもどろになるアンジェリークに、ラーメンの残り汁を名残惜しそうに見ながらフルーツポンチを口に運ぶロザリアは気付かない。(ラーメンの汁は、残さずすすりたいものです……塩分・カロリーの取りすぎにならなければっ)

「そお? わざわざ会いに来たのに……?」

「ああ、えと……婚約者さんと約束があるから、また来る、っていうような事、言ってた。うん、挨拶はしたのよ」

「そう? それじゃ、今度は、3人で会いましょうね。わたくしが、お茶会でも開きますから。彼女の連絡先も、一応聞きましたし……とは言っても、婚約者の方の連絡先ですけれどね」

「う、うん……」

 曖昧な返事。

 きっと、あの栗色の"アンジェリーク"は、ゼフェルと同じ存在。

 事情を知らないロザリアを交えて、話なんて……できない。

 その前に、会わないと!

 とは、思いはしたけれど……ロザリアに、その連絡先を聞き出す勇気のないアンジェリークだった。

 ――だって、ロザリアに突っ込まれたら、答え様がないんですもの……。首根っこ捉まれて、がくがく揺さぶられて「さぁ、素直にお吐きなさい! 吐けば楽になりますわよっ!」なんて脅迫されたら……ああ、きっと、私、素直に吐いちゃうわ……そして、ロザリアってば、きっと、ゼフェルに色々と嫌がらせを……………………嫌がらせ…………ゼフェルに? ……………。……それはそれで、いいかもしんなけど、とりあえず、今の所、事態をコレ以上ややこしくしたくないから……黙っておこう……。ごめんね、ロザリア〜いつか、きっと話すからっ! でもって、お願い、栗色の髪の"アンジェリーク"、必ず、また来てね〜っ、こっちから、連絡の取りようが無いんですもの……。

 と、豪快に丼のままラーメンの汁をすすりながら、考えていたものだから……鼻にラーメン汁が入って、情け無い思いを味わった。

 衆人環視は、やっぱり、遠巻き〜に、そんな様子を見ていた。

 単に、呆れられているだけかもしんない。



 真ん丸に近づいた月が、蜜色の輝きで夜の闇を明るく照らし出す。

 星の囁きは、いつも以上にひかえめで、夜というステージを月に譲ってしまっているのだろう。

「あの子、また、来るかなぁ? 来る、よね?」

 昼間のロザリアとのやり取りを思い出しながら、アンジェリークは膝の上のゼフェルの背を撫ぜる。
 なあぅん……。

 アンジェリークの愛撫が気持ちよくて、うとうとしかかっているゼフェルは、赤い瞳をトロンとさせながら、面倒くさそうに答えた。

 そりゃあ、いつかの自分と同類の少女には会ってみたいけれど……そんな事より……自分の事情の方が大事なゼフェル。

 要するに、こうやってアンジェリークと一緒にいられればいいわけだけれど……と、いうか、できれば、人間姿で一緒にいたいのだけれど……月の輝きまぶしいこんな夜は、ただこうして傍にいて、その愛撫を受けているだけで幸せだった……とりあえず。

 更に……。

「まぁ……考えてても、仕方ないから……寝よっか?」

 うにゃん♪

 一緒に寝られるのは、幸せの極致。

 嬉しさのあまり、知らず、ゴロゴロと喉が鳴ってしまう、猫の習性。

 ふふっ、と笑ったアンジェリークが部屋の電気を消して、布団の中にもぞもぞ入り込んだ後に続く。

 ごそごそ……頭からもぐり込んで、アンジェリークの胸の辺りに寄り添うように丸くなる。

 アンジェリークが毎日就寝する布団は、彼女の甘く優しい匂いが染み込んでいて……心地いい。勿論、アンジェリーク本人の心とろかせるような香りには比べるべくもないけれど。

 それぞれの温もりが伝わって、心地いい眠りに誘われ出した頃……。

 ガリガリ……ガリガリ……。

「………?」

 ガリガリ………………なぅん……。

「え? 何……?」

 アンジェリークが目を醒ます前に、布団の中にいたゼフェルが顕著に身体を震わせて、布団から顔を覗かせる。

 なぉう……なぅぅ。

「は、え? 猫……?」

 アンジェリークが上半身を起そうとした途端に、ゼフェルは布団から飛び出して窓に引かれたカーテンに、下からもぐり込んでいた。

 声の主が分かったからだ。

 ガラス越しに、夜の月明かりの元にいたのは……やっぱり……。

 少し遅れて、アンジェリークはベットから下りて、ベランダへと続く窓のカーテンを開けると……そこには、見知らぬ猫がいた。

「え……? どこの子?」

 柔らかそうな毛並みは、栗色。短毛という程短くなく、長毛という程長くない。猫の種類にしてみれば、メインクーンやターキッシュといったところか。首に巻いているのは、幅の広い黄色いリボン。ひとみの色は……暗闇に瞳孔が開いているので、よく分からないが、緑か青、といった所だろうか。ゼフェルよりも少し小柄な感じで……仔猫と言ってさしつかえないだろう。

「綺麗な毛並み。迷子かしら……?」

 アンジェリークが窓の鍵を開けようとすると、立ち上がって、ふさふさの尻尾をピンと立て、甘えたような声で鳴いた。

「ちょっと待っててね……っと……」

 鍵を外し、カラカラと、窓を開けると……。

「っ……え? ゼフェルっ!? え……???」

 開けるが早いか、隙間からゼフェルが飛び出して行って……その栗色の猫と共に……ベランダから何処かへ行ってしまったのだ!

「え? え? ええっ???」

 アンジェリークが慌ててベランダに出ると……ゼフェルと栗色の猫は、既にアンジェリークの家の塀を越えて、道の向こうへと走り去る所だった。

「なに……? なに、どうして……?」

 状況がよく分からず、呆然としてしまった。

 ベランダで、ふたり……いや、二匹が消えて行った方向を見つめたまま、アンジェリークは立ちすくんで……しばらく。

 夜風に冷えて、少しくらいははっきりしていた頭でまず思ったのが……。

「ゼフェル、猫の彼女……!?」

 この前の夜、ゼフェルが言っていた言葉を思い出して……胸がズクンと痛んだ。

「え、と……猫と、子供作っちゃうと、ゼフェル、猫のままで……」

 思い出した事を自分で言葉で確認して、泣きそうになった。

 二重の意味で。

「ゼフェル……猫になっちゃうよ? 人間に、戻れないよ……? もしかして……私が、あんまり嫌がってる、から? あの猫ちゃんと……?」

 へにゃっ、と、その場に座り込んで、虚ろな瞳で月を見上げた。

「だって……」

 夜風が、冷たくて……じんわり浮かんできた涙は、すぐに冷たくなった。



 いつものように大木をよじ登り、枝に飛び移り、トン、と身軽にベランダに飛び移る。

「………?」


 ゼフェルは、首を傾げ、目を細める。

 アンジェリークの部屋の窓が、ちょうどゼフェルの入れる隙間分開いていた。

 いつもは、ゼフェル用にキッチンの窓をママさんが少しだけ開けてくれているので、そこから帰宅しようとしたゼフェルであったが……明かりの燈らないアンジェリークの部屋の下を通りかかった時、部屋のカーテンが外に出て風にたなびいているのを見て、不信に思ってベランダまで上がってきたのだ。

 カーテンを押し分けて、部屋に入る。

 アンジェリークは、もう、寝ているものとばかり思っていたけれど……。

「……!!?」

「ゼフェル……おかえり……」

 ベットの上で膝を抱えていて、虚ろな瞳で、部屋に入ってきたゼフェルを見ていた。

 ――なんで、まだ起きてるんだ!?

 と、怒鳴りたかったけれど、猫の姿じゃ、なぁあう、にゃぅう!! と、ぐらいしか言えない。

 なぁぅ?

 とりあえず、アンジェリークをじっと見て、問いかけるように鳴くと、アンジェリークは、膝に顔を埋めてしまった。

「さっきの猫ちゃんと、どこ、行ってたの? 夜遊び、関心しないよ……」

 ぼそぼそした声で言う。

 アンジェリークらしくない口調だった。

 ――一体、どうしたってんだ、コイツ?

 わけがわからず、首を捻ってしまうゼフェル。

 アンジェリークの変な様子は確かに気になったけれど……この時のゼフェルは、実は、それどころではない気分だった。

 ゼフェルにはゼフェルなりに事情があったのだ……。

 膝に顔を埋めたまま、押し黙った閉まったアンジェリークに、早く寝ろよ、と、ばかりに、なうぅん、とひと鳴きして、最近、ほとんど使われていなかった、かつてのゼフェルの寝床……籐籠の物入れにもぐり込んだ。

 アンジェリークと一緒に寝るのは、確かに幸せだったけれど……ひとりになって、少し、考えたい事があったのだ。

 だから、様子の変なアンジェリークの事をお座なりにしてしまった。

「………ゼフェル……」

 小さな声で呼びかけられて、一度、顔を上げたものの……しばらく待ってもアンジェリークの言葉は続かず、再びゼフェルはうとうとはじめた。

「……おやすみ……」

 その言葉に、かすかな鳴声で返事だけして。
 



「馬鹿っ! ゼフェルの、馬鹿、馬鹿、馬鹿……っ!」

 余程疲れているのか、熟睡してしまっているゼフェルは、目を醒まさない。

「……………ばか……」

 薄闇の中、籐籠の中に浮かんで見えるような銀色の毛並みを見て、アンジェリークは……呟くしかなかった。

 彼女は、まだ、自分の憤りの原因を完全には理解できていなかった……。



 

  


<言い訳>

なにやら、ちょっぴり胡散臭い設定が出てきました(笑)。

今後、なにやら、そーいった事が絡んでくるらしいです(^^;)。

ロザリア様が牛丼とかがっついている様も、一度拝見したいものです。

ちゅーか、あくまでも優雅に食していそうですが。

次回から……しばらく、シリアス路線突入かも。

あと、数回で終わり……予定。

もぉう、予定は未定って、すっごくいい言葉ですね♪うふっ。