永遠の少年(暗)・6



 オレがこれまで生きてきている理由。

 知りたいと思って……オレの中に散らばる遥か昔の記憶にそれとなく動かされて、これまで生きてきた。

 それは、生きとし生けるもの全てにある生存欲ではなく……すでに、義務に近かった。

 何に対する……誰に対する義務なのかは、やはり、分からなかったが。

 けど、あの少女と出会ってから、それは変わった。

 あの少女の為に生きたいと。

 別れて暮らす事になり、もう二度と会えなくても……あの少女が生きている時間の中で、少しでも自分も生きていたいと、思うようになった。

 それが、幸せだと思うようになっていた。

 もっとも、幸と不幸って奴は、まったく背中合わせで、振りかえればすぐにそこに不幸はあったが……理性で押さえつけられない、素直な感情が、あいつといられない時を、不幸だと思うようになっていたが……。

 それでも、あいつが幸せならオレもそれでいい。

 オレがいなくてもあいつは生きていけるし、むしろ、オレといないほうがあいつは幸せになれるだろうから。

 ゆるゆると歩を進めながら、オレが、そう思った時・・・…。

「……っ!?」

 頭の中で、妙な閃光が走った。

『あなたは、いつもそう。私の気持ちをはき違えて、自分勝手に決めてしまうの』

 夢の中のオンナが、オレを責める。

「……白昼夢?」

 光は消え去り、目の前には閑静な街並みが続いている。

 なおぉぅ。

 突然、立ち止まったオレを心配したのが、猫が足元に擦り寄ってきて、ちょこんと座った。

「……なんでもねぇよ……」

 猫の頭を軽く撫ぜ、オレはまた歩き出す。猫もまたその後に続く。

 だんだんと、スモルニィが近づいてくる……。

 都市部から少し離れた位置にある丘陵地に建つ、創立何百年……何千年を数える由緒ある女子校は、赤い屋根をした白亜の建物だった。

 ああ……来ちまった……。

 歴史を感じる赤レンガ作りの壁を遠めに見て……情けねぇかな、オレの足は、すくんじまって動かなかった。

 覗き見るだけだ、と、思っても……もし、会っちまったらどうする?と思うと、覗き見る勇気さえ出なかった。

「……くっそ……」

 拳を強く握り締め、自分の意外なふがいなさに唇を噛む。

 そん時の事だ。 

 にゃぉう。

 塀の上を、オレと平行に歩いていた猫が、不意に、まるで何かを感じたようにひヒゲと耳、尻尾をピンと立てて、鼻をひくつかせた。

 なあぅ、なうぅ。

「おい……?」

 猫は身軽い動きでストンと、道路の上に降りると、オレの視界からすばやく駆け去った。

「おい!!」

 慌てて追いかけて……猫が、スモルニィの塀を飛び越えるのを見た。

「……!?」

 まさか、あいつの所に、向かったのか?

 懐かしい匂いや声を感じて……猫はあいつの所に……アンジェリークの元に、向かったのかもしれない。

 塀の向こうから、女学生達の華やいだ声が聞こえてくる。

 きっと、その中にアンジェリークもいる。

 猫を、連れ戻しに行かなければ……そう思うが、やはり、身体は思うように動いてはくれない。

 直接、塀に近づく事が出来ずに……壁伝いに、校舎の裏手の方に向かっちまった。

 マジ、なさけねぇや……。

 大きな敷地をぐるりと回って、裏門らしき所にたどり着くと、なにやら、見たことのある車が止まっていた。

 そう、それは、オレもさっきまで乗っていた、あの野郎の車だった。

 ヤな予感……というか、野生の本能のようなものが働いて、オレは、後退ったんだが……あっさり、見つかっちまったんだな、これが。

「やぁ、やっぱり来たんだね!」

 上の方から落ちてくる声に嫌々視線を上げて、やはり、ムダに爽やかな青年の顔を三階の廊下の窓と思しき場所に見つける。

 どうやら、奴の方が(単細胞な分)野生の本能が強かったらしい。

「ちょっと待っててくれ。今、そっちに行くから!」

 手を振って笑いかける青年に、冗談じゃねぇと思ったオレは、逃げ出そうと向きを変えたが……。

「げっ……!」

 なんと、青年は……窓から、飛び降りてきた……!

 三階の窓から、2、3度回転をして……スタンと、軽快な音と共に、目の前に降り立った。

 こいつ、なんつーか……すっげー……運動バカ?

 オレはただもう、唖然とするしかなかく……まんまと、逃げる機会を見失っちまった。

「ちょうどよかった。おまえとすれ違ったらどうしようかと思ってたんだ」

「別に、すれ違ってくれた方が良かったんだぜ……」

 憮然とした態度を取るオレにお構いなし。

「ちょうど、用事も終えた事だし……。おまえに、ひとつ、重大な報告」

 にっと、少し悪戯っぽく笑って見せる青年に、オレは、やっぱり嫌な予感を感じる。

「オレの知人……ここの教師にさっき会ってきてね……」

 青年は、オレの様子を伺うような眼差しをしながら、続ける。

 オレの嫌な予感を見事に体現する言葉を、続けたのだ。

「例の特待生……アンジェリークを紹介してくれるんだって」

「……!!」

 オレは、ぎょっとした。

 そりゃあ、宇宙船に乗っているときに、確かにこいつは、アンジェリークに興味があるような口振りをしていたんだが……マジで、紹介してもらうなんて……。

 けど、なんでそれをオレに言う?

 オレが上目遣いに見上げるのをものともせず、青年はオレの警戒したような反応に、何故か妙に気を良くしたらしく、更に言葉を続ける。

「今日、これから……放課後に呼び出してくれるそうだから、俺、さっそくレストランの予約を入れた所」

 鼻歌でも歌いそうにやけに弾んだ口調に、オレは、腹の底からイライラが湧き起ってくるのを感じて、歯を噛みならした。

 オレのそんな様子を青年は、見て取っている。

 そう、分かっているくせに……!! なのに、更にオレの感情を乱すような事を言うのだ。

「……ついでに、ホテルなんかも予約してたりして……」

 恐らく、青年の口調と唇に上った意地の悪い笑みから、その言葉が冗談である事は頭の中の冷静な部分では分かっていたのだが……けれど……けれど……!!

「……っ……てめぇ!!」

 気がついたら、青年の胸元に掴みかかっていた。

 そして……感情に任せて勢いのままに、青年の頬を殴っていた。

「ふっ……ふざけんじゃねぇ!! あいつを、おめーなんかに渡さねぇ……!!」

 オレの拳を受けて真っ赤になった頬を押さえた青年は、顔を顰めながらも……唇を吊り上げて不敵に笑って見せた。

「ッ痛ぇ……けど、やっと、本音を吐いたな、ゼフェル」

「おめぇ?」

「あの時も、こんな風に自分に正直になっていくれれば、面倒な事にはならなかったものを……」

「何を……!?」

「今は、知らなくてもいい事だよ。それよりも……」

 青年は自分の腕時計にちらりと視線を走らせて、息を吐くと同時に微笑んだ。

「もう、そろそろ、かな……」

「あ?」

 さっきから、カッカしすぎていて気付かなかったが……視界の隅にちらほら、スモルニィの制服をきたオンナ達が映ってた。

 そう、もう放課後、下校時刻になっていたらしい。

 まずった。

 あいつに、会っちまうかもしんねぇ。

 学内の敷地に飛び込んで行った猫の事は心配だが……あいつに会う事の方が、今のオレには怖ぇ。

 青年に、半ばはめられたのだ、と、思いながら、オレは踵を返した。

 なんで、青年が、わざわざオレをこんなトコまで呼び寄せ、まるでオレをあいつに引き合せようとするように時間稼ぎをしていたのかは後で考える事にして……。

 とにかく、この場から逃げなきゃなんねぇと、そう思った。

 けど……。

「ゼフェル様……」

 ふいに、妙に記憶を刺激される声に呼びとめられて、反射的に振りかえって、オレは裏門にいるオンナに視線を奪われた。

 青紫のカールした長い髪をまとめた、やたら綺麗な女……そう、神官服は着ていないが、いつか出遭った、あの、オンナだった。

 あれからいく年も過ぎているのに、オンナは記憶の中のあの時とほとんど変わりない姿で、オレを見ていた。

 このオンナ………なんなんだ!?

 てゆーか、このオンナ……こいつの、知り合い、か……?

 冷静に状況判断しなくてはと思う傍ら、妙に焦る気が俺の思考能力を奪って、結果、オレの足はその場に固まっていた。

 けど、青年と女、ふたりを視界の中に入れて、意識下の思考が、パズルのピースを徐々に組み立てていっていた。そう、勘に近い思考が、なんとなくこの状況というものを理解してはいたが……まだ、判断材料が少なすぎた……失われた俺の記憶が、あまりに大きすぎた。

 なにより、オレは、混乱しすぎていた……。

 そして、混乱し、立ち止まったオレの回りを無駄に時間が流れ……最悪の事態が訪れた。

「ゼフェル……!!!!」

 良く澄んだ、聞き覚えのある声。

 オレが、何より恐れ……同時に、何より切望していた瞬間。

「……ゼフェル!!」

 背後から、震える声がかかる。

 振りかえっちゃ、いけねぇ。

 振りかえっちゃ、オシマイだ。

「この子がいたから、まさかとは思ったけど……ゼフェル……ゼフェル!!」 

 声が、続く。

 ずっと、聞きたかったあいつの声が。

「会いに来てくれたんだよね? 約束、守ってくれたんだよね?」

 まるで泣き出しそうに震えている声に、オレの感情は荒れ狂う嵐の中の木の葉のように、揺さぶられた。

 喜びと、後悔。

 相反する感情に、昂ぶる感情を抑えようと強く閉ざしていた瞼を開けると、いつの間にかあの青年と女の姿はなかった。

 逃げるなら、今だ。

 振りかえらず、思いきり全力で走れば……まだ、大丈夫だ。

 振りかえって、あいつを見ちまったら、きっと、後戻りできない。

 感情を抑えきれない。

 あいつの幸せなんか考えず、自分の利己的な我侭のままに突っ走っちまう。

 そうなる前に、逃げるんだ……!!

 足は凍りついたように固まっているが、一歩踏み出せばすぐに動き出してくれるだろう。

 逃げろ、逃げろ……これ以上、後悔を繰り返さない為にも……!!

 けど、躊躇している間にオレの背中に、ドシンと、大きな塊がぶつかってきた。

 それは……その温もりは……香りは……。

 そっと、腰に回ってくる、白く細い腕は、誰のものか……。

 オレを逃がすまいと、引きとめる柔らかな感触は……。

「ずっと、会いたかった……。ずっと、ずっと会いたかった……」

 猫が、オレの前に回りこんで足元に擦り寄ってきた。

 ――ああ……なんて、こった……!!

 ……逃げられない。

 もう……こいつから、逃げられない。

 甘い感触に、捕らわれちまった……。

「ゼフェル! ゼフェル、ゼフェル……」

 オレが、オレであるのを確かめるように、何度もオレの名前を呼び、腰に回した腕にぎゅっと力をこめる。

 アンジェリーク……アンジェリーク、アンジェリーク!!!

 オレの、愛しい拾いっ子……いや、違う、オレの愛しい、少女。

 たまらなくなって、オレも……腰に回った小さな手を握り締めた。

 本当は……会いたかったのだ、オレも。

 ずっとこいつに会いたかった。

 何よりも愛しいこいつに会って、こいつの温もりを直に感じて、声を聞いて……そんで……その姿を……。

 だから……後悔……してもいい。

 もう、後のことなんて、どうだっていい。

 今はただ、こいつと……。

「……アンジェリーク……」

 腰に回った腕を解いて、オレは向き合った……愛しい、オレの少女と……。

 金の髪はあの頃のままに、緑の瞳はより輝かしくなって……艶やかなピンクの唇、すっきりした頬、顎から首のライン……美しくなった、オレの、アンジェリーク・……。

「ゼフェル……」

 潤んだ瞳でオレを見上げるアンジェリークに……オレは、たまらなくなった。

 愛しい気持ちが、弾けた。

「アンジェリーク!!!」

 きゅっと、強く、強く、抱きしめた。

 アンジェリークも腕を伸ばして、オレの背にしがみついてきた。

 ……そうしてると、すっげ、落ちついた。

 華奢な身体を壊しそうなくらいに、強く抱いて……ここが、アンジェリークの側こそがオレの居るべき場所なのかもしれないと、思った。

 なさけねぇ……。

 涙が、こぼれた。

 なんだってんだろう……嬉泣きってヤツだったのかも、しんねぇ。

 気がついたら、熱い涙がオレの頬を伝っていたんだ。

 あんまり長い間使われていなかった涙腺は、壊れたように涙を流し続け、オレは、実感する。

 こいつが愛しいと……何より愛しくて、欠けがえのないものだと。

 そして、こいつの側にいるだけで、それまで疎ましいものでしかなかった長い生に、現在、感謝したいとさえ思うのだ。

 アンジェリークは、泣き続けるオレを何も言わずに抱きしめていた。

 しばらく、そうして……。

 離れていた時間を埋めるように抱き合っていた。

 すっげぇ長い時間に思われたけど……実際は、ほんの十数分だったのだろう。

 顔をあげたオレの、まだ乾かない頬に手を伸ばして触れるアンジェリークの指先は、優しかった。

「ゼフェルがいなくて、寂しかった……。ゼフェルの事、好き……」

 微笑んで、続ける。

「大好き……ううん……愛してるわ。幼いときから、ずっと、愛してる……それ以前から、愛してたみたいに……」

「……オレも、おめぇが……おめぇが好きだ、アンジェ……。なんでだろうな……オレはおまえを拾う前から、ずっと、ずっと……おめえぇだけを、愛し続けてた気がする……」

 頬に手を寄せると、アンジェリークはふんわり笑った。

 そして、オレはアンジェリークの唇に唇を、重ねた。

 


 

「私、女王になるの」

「おめぇ……」

「……止めないの?」

「……おめぇかロザリアしか女王になれねぇんだから……オレには止められねぇ」

「そう……でもね……。私、ゼフェルの事……愛してるんだよ」

「……っ……! 恥かしい事言うな……でも……オレも、その……おめぇのこと……愛してる、から……」

「えへへ……うん! だから、ね、ゼフェル……女王になっても、側にいてくれるよね? ずっと、いてくれるよね?」

「あたりめぇだろ! オレは守護聖なんだから……。オレは……おめぇのために、サクリアを使う。おめぇが女王になんなら、オレは、おめぇを守護聖として守っていってやる」

「ありがと……ゼフェル。ずっと、ずっと、好きだからね……」

「……いつか、オレが守護聖じゃなく、おめぇが女王じゃなくなったら…………」

「え?」

「…………いや、なんでもねぇ。そりゃ、ずっと先の話だ……」


「ゼフェル!」

「ランディ? ちっ、ヤな奴に見つかっちまった……」

「おまえ、行くのか!? 誰にも、何も言わずに!!?」

「湿っぽいのは、苦手だ」

「だって、陛下にも何も言ってなんだろ!?」

「……言う必要もねぇ。オレは、もう、守護聖じゃねぇんだ。どう生きるのも勝手だ」

「けど……おまえ……陛下と……」

「!! それ以上言うな! ぶん殴る」

「だって……! それじゃ、陛下は!?」

「うるせぇっつてんだ!!」

「……。まさか、いくらなんでも、こんなに早く……」

「……いいんだ。さっさと守護聖なんざ辞めちまいたかったんだから、オレには好都合だぜ。それに……オレがいても、仕方ねぇしな……」

「ゼフェル……」

「何も言うんじゃねぇぞ。別れの言葉なんて言われた日にゃ、気色悪くて仕方ねぇし」

「けど、そんな……もう会えないのに……」

「……………じゃあ、またな、ランディ。これで、いいさ」

「……ゼフェル……。ああ……そう、だな……。また、な……ゼフェル……」

 


 

「ゼフェルは、どこ!?」

「まさか、あなた……知らなかったの? ゼフェル様は、もう、出て行かれたわよ……」

「嘘!? だって、何も……何も言っていないのに!? どこに、行ったの? 何か、言っていたでしょう!?」

「……あなた……」

「ねぇ、ロザリア、ゼフェルはどこに行ったの!?」

「……サクリアを失って退任された守護聖は、もう、一般人と同じ。そして、彼自身が、退任後に与えられる権利全てを拒否し、その身ひとつで旅立たれたから……わたくしたちには、もう、足取りはつかめない。こちらに連絡をする義務は、一般人となった彼にはないのですもの……あなたの方が、よく知っているわよね?」

「嘘……だって……愛してるって言ったのよ!? 私の事、愛してるって……。勝手に、姿を消すなんて……。私に何も言わずに出て行くなんて……!」

「それは……あなたを想っての事ではないの?」

「イヤ……だめ、許さない……私は、ゼフェルがいないと、だめなの。ゼフェルが好きなの。愛してるの!! ゼフェルと離れてなんて、生きていけない。ゼフェルを……ゼフェルを探すわ、連れ戻すわ! 今なら、まだ間に合うもの!」

「何を言ってるの? あなたは、宇宙を治める女王なのよ? そんな個人的な事に感情を乱して、どうするの!?」

「だって、私には、彼が必要なんですもの!!」

「あの方の気持ちもお考えなさい! 女王であるあなたに、サクリアを失った彼ができることなんてない……あなたのために、彼自身のために、彼はここを去ったのではなくて? これまで、二度の女王試験、皇帝の侵略、そしてアルカディアの件にしたって、彼は、あなたの為に、頑張っていたわ。だからこそ、サクリアは早々に費えたのに……。彼の決断を、思いやっておあげなさい」

「分かってる。そんなの、分かってる。でも、でも……ゼフェルは、勝手だわ! 私は、彼が側にいるだけで、それだけで、いいのに……。側に、いたいだけなのに……」

「アンジェリーク……」


「よかった、あなたが主星を出る前に見つけられて……。主星から離れちゃったら、私でさえ見つけにくくなっちゃうから……。大丈夫、こっそり探したたから、誰にも、気付かれてない。あなたが、ここで眠ってる事、誰も知らない。私、女王でよかったわ……ふふ」

「ゼフェル……愛してるの、愛してる……だから……ごめんね……」

「あなたが、私の事を想ってくれてるのはとっても嬉しいの。でも、でもね、違うの。違うのよ……私の気持ちをわかっていない。あなたは、いつもそう。私の気持ちをはき違えて、自分勝手に決めてしまうの。だから、私も……こうするしか、ない。あなたに誹られても、憎まれても、こうするしかないの。私は宇宙の女王である前に、ひとりの女にすぎないのですもの……」

「許して欲しいなんて、言わない。言わないから……お願い、私を探して。見つけて……そして、あなたに……」

「あなたに……抱きしめて欲しい。キスして欲しい。そうしたら、あなたを解放してあげる。私の目の前で、今度こそ、自分勝手にどこにでも行けばいいわ。でも……勝手に消えてしまわないで!」

「いつか、私達の想い出の残る場所で会いたい。ねぇ、そして、また、17歳の時に、出遭うの! それって、素敵じゃない? ふふふ……」

「……時を止め、記憶を壊すわ。女王の力を、こういう事に使うなんて、ね。私も自分勝手だね……。いつか、記憶が戻った時、憎んでいいよ。だからね……また、ね……。愛してる、ゼフェル……」


「皆、ごめんね。ゼフェルがいなくなってから、ずっと、皆の協力でここまでやってきたけれど、私、やっぱりだめだわ。ゼフェルがいないと、だめなの。きっと、皆に言ったら、反対される。だから、言わないで行く、ね。大丈夫。新しい女王には、ロザリアがついてくれれば問題ないわ。私よりしっかり指導してくれそうだもの。サクリアも、もう、ほとんど新しい女王に宿ってる。だから、私に残った最後のサクリアで、私は、消えるわ……」

「ねぇ、ロザリア、許してね……。やっぱり、私、何よりゼフェルが好き。大切なの。もう、自分を抑え続けられない。……でもね、私とゼフェルが出遭ったら、あなたには伝わるはずだから、私の心が、私の想いが……。あなたのために、その時まで、言葉をあなたの中に封印しておくわ。私は、あなたをとても信頼しているの……私の有能な補佐官……私の大切な親友……ロザリア……」

「……ほら、あそこに見えるの。エリューシオン! ゼフェルと私の想い出の場所! あそこならきっと出遭えるわ、私のゼフェルと。でも、会えない時間は辛すぎるから……私も、記憶を封じる。ゼフェルに会える、その時まで……」

「エリューシオンに転生して……ゼフェルに会えるまで、何度でも、生まれ変わるの。ずっと、ずっと……。ゼフェルに、会えるまで……!」

 


 

 オレの記憶、アンジェリークの記憶が一緒になって、オレの中に……そして、恐らくアンジェリークの中にも、一気に流れ込んできた。

 ――そして、オレは、オレに戻った。

 長い、長い間、探し続けていた自分自身生き続ける意味が、やっと、わかった……。

「ゼフェル……私を、憎む? 私の我侭を、責める? いいよ……好きにしてくれて、もう、いいんだ……目の前に、あなたがいるから……もう、どうなってもいいの。私は女王じゃない。あなたは、守護聖じゃない。好きに生きて、いいよ……」

 唇を離したアンジェリークは、瞳を潤ませながら、小首をかしげて、言った。

「……」

 オレは、しばらく何も言えず、ただ、彼女を見つめていた。

「もう、ゼフェルは自由だよ? ちゃんと、普通に年もとってくわ。……また、旅に出る? でも、その時は……お別れだけは、言ってね? 何度も、何も知らずに置いて行かれるのは、もうイヤ! だから、ちゃんと、お別れだけは言ってね?」

 アンジェリーク……。

 アンジェリーク、アンジェリーク、アンジェリーク……!!!!

 ずっと、ずっと……オレを縛り続けたオンナ。

 そう、記憶を無くしたオレの、心の奥に引っかかっていたのは、どうしようもなく愛しい想い……アンジェリークへの。

 何年も、死ぬよりも辛い生を生きてきたオレが、決して生きることを諦めなかったのは、こいつを、愛してからだ。

 オレも、こいつに会いたかったのだ。

 だから……。

「……るわきゃ、ねぇ……」

 呟いた。

 アンジェリークが、表情を固めて、オレの言葉を問い返す。

「もう、会っちまったら、別れられるわけねーんだよ! オレがおめぇを憎むだ!? なにふざけたこと言ってんだ! オレは、おまえだけを想って生きてきた。記憶をなくしてても、おまえだけを、想い続けてたんだ!」

「ゼフェル?」

「ちっこいおめぇと出会って、旅して……またゼロからおめぇを愛した……。おめぇと会えねぇくらいなら、別に死んでもかまいやしねぇとも思った……。こんなに、自分でも情け無ぇくれぇにおめぇの事が好きなのに、今更、別れられるか!? 別れられや、しねぇ! もう、二度と、別れたくねぇ! もう、二度と……離さねぇ!!」

 強く、アンジェリークを抱きしめる。

 ただ、抱きしめる。

 長い、長い時を巡り会う為だけに生きてきた。

 きっと、これから共にいられる時間なんて、その時間に比べりゃあっという間だろう。

 だが、それこそが本望。

 無駄に長いだけの時間なんて、なんの意味もねぇ。

 ただ、愛しい相手と、充実した時間を共に手を取り合って生きていく方が、何より大切なのだ。

 聖地を出た時も、こいつを置き去りにした時も、オレは、その事を失念し、ただ、欺瞞含みの利己的な自己満足の為に、こいつに悲しい思いをさせた。

 自分に素直になれず、こいつの想いに気付いてやれず……。

 でも、これからは、違う。

「……エリューシオンに、行こう……」

 耳元で小さく呟くと、アンジェリークは返事をする変わりに、強く抱き着いてきた。

「オレとおめぇを結び付け、オレとおめぇが再会したあの土地に、行こう。長い時間を埋められんのは、あそこしかねぇ……」

 押し殺した声で、オレは続ける。

 溢れるほどの歓喜の感情を小出しにしながら。

「オレは、もう、おめぇから離れねぇから……例え、おめぇがイヤがっても、オレは、おめぇを離さねぇから……覚悟、しとけ」

 アンジェリークはオレの肩に強く頭を押しつけて、呟いた。

「……そう言って欲しかったの。ずっと……。絶対、私を離さないで……」

 再び、オレ達は唇を重ね……強く、抱き合った。

 これから生あるかぎり、オレ達は永遠に離れる事はないだろう。

 そう、長い時と無意味な空回りを経て、オレ達は、永遠の恋人になる。あの、幸福の地で。

 いつまでも離れようとしないオレ達の足元で、緑の瞳の猫が、欠伸をして目を細め、満足そうに喉を鳴らした。

 


 

 例え短い間でも、側に寄り添っていられれば、幸せだ。

 短く充実した生を、愛するこいつと共にオレは生きていける。

 抱きしめたこいつの確かなぬくもりを、生ある限り永遠に感じられる。 

 それは、眩暈するほどの歓喜。至上の幸福。

 こいつと出会うためだけに、長い時を生きてきたのならば、それはそれで、無駄じゃなかったのだ。

 長い、長過ぎる旅路の果てに、オレは永遠の幸福を手に入れた。

 

〜終〜




<言い訳>

はいぃ〜。やっと、最終回です(^^)。

長かったです。でも、とんでもなく早かったです(笑)。

うん、こんなに早く続き物あげたの、初めて(^^;;)。

<1>UPした時点で、実質<4>まで書けていたからこその、早さ。

他のもこうだといいんだけどねぇ(T_T)。

ハッピーエンドです、はい。

でもって、つづきの<おまけ>話があるのですが、そちらは

本当におまけのお話、コメディ風ですので、別に読まずに

ここで終わっても大丈夫です(^^;)。

ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました(^^)。

とむねこの駄作にお付き合い下さって、ひたすら感謝しますm(_ _)m