11111hitのカウンターリクエストで差し上げた創作です


天使の実を手にする者5

−5−

 四人が埠頭に赴くと、どこからともなく数人の男達が現れ、無言のままに四人を取り囲むようにしてひとつの倉庫に導いた。

 立ち並ぶ倉庫の奥まったひとつの倉庫。

 男達が、引き戸を開ければ……。

「よく、来たな」

 響く、美声。

 明るい陽射しの元から、薄暗い倉庫の中に導かれた四人には、当初その中の様子がまったくと言っていい程把握できなかった。

 目が慣れるまでしばらく…………そこに、腕と足を縄によって拘束されて不安げな瞳を潤ませる少女と、それを取り囲む人相の悪い海賊達……そして、見ているだけで背筋が凍りそうな、冷たい美貌の男を見た。

 黒衣を身に纏った、色違いの瞳を持つその男を見たことがあるのはランディだけだというのに、何故か、その男に対し、アンジェリークもひどい動揺を見せた。

「お嬢ちゃん……?」

 強く眉根を寄せて青白く強張ってしまったアンジェリークのその表情を見たオスカーが問いかけるが……アンジェリークは微動だにしなかった。

「よぉ、アンジェリーク……俺の警告も無視して、こんな危ない所に、よく来たな」

 ニッと黒衣の男は笑い、言う。

 アンジェリークの体が激しく震える。

「どうして、アンジェリークの名前を?」

 ランディの呟きに、重なるアンジェリークの絶望的な、声。

「……アリオス……あなたが……」

 通りすがりにアンジェリーク達を助け、警告を発してくれた……アンジェリークが好意を持ったずにはいられなかった男……。

 銀の髪、緑の双眸の剣士………いや、今は、黒い髪、金と緑の色違いの瞳の……。

「カイザー海賊団船長……皇帝レヴィアス」

 セイランが隣で小さく呟く。

 そう、アンジェリークだとてよく知っている、今、この海域で最も大きな船団を率いて、最も悪辣な略奪を繰り返す、高額賞金首の海賊。

「……どうして……?」

 アンジェリークの問いかける声が、震えて、広い倉庫に響く。

 そして、皇帝レヴィアスの低い笑い声も。

「どうして? そんなもの、おまえらから天使の実をいただく為に決まっている。噂でおまえらが持っている事を知って、本当に持っているかどうかをおまえに近づいて確認したわけだ。で、うまいこと奪い取ろうとしたんだが……わざわざ面倒くさい手順を踏まなくとも、ちょうどいいエサが飛び込んできてくれたがな」

 言って、猿轡を噛まされているリモージュを見て、ゆっくりそちらに近づきながら、ニッと笑う。

 自分がアリオスの前で取ってしまった無防備な反応を後悔して唇を噛み、アンジェリークは叫ぶ。

「リモージュは、関係ないでしょ!?」

「残念だが、関係なくはない。こいつの親父から天使の実を奪えれば事は簡単に済むはずだったのに、こいつの親父ときたら、どっかで天使の実を無くしたときた。……こいつのせいで、俺はわざわざお前らから天使の実を奪うハメになったわけだ。……おっと、ということは、おまえらがこんな目にあうのもこいつのせいになるかな?」

 リモージュの真横にかがみ込み、怯える彼女の顔を、指先で持ち上げる。

「リモージュ……!!」

 四人とも、彼女の身を心配して、叫ぶ。

 たまりかねたアンジェリークが、皇帝の卑怯なやり口に憤りをぶつけるように疑問を投げかける。

「なんで、そんなに天使の実にこだわるの!? あんな、呪われた実に……!? そんなに、お金が欲しいの!?」

「呪われた? 金? それは、あの実の利用方法を知らない馬鹿どもの言う事だ。あの実によって得られる能力……それを考えたら、呪いや金なぞ、どうでもいい事だ。そう、得られる能力を考えれば呪いなぞ無意味だし、能力が得られれば金なぞ思うままだ」

 ククククッ……低く笑う声に、背筋が凍える。

「……まぁ、そんな与太話はどうだっていい。おまえら、勿論、天使の実は持ってきただろうな?」

 皇帝の眼差しが、強張った四人を見据える。

 が、眼差しがふいに細くなり、訝しげな表情に取って代わる。

「ひとり……足りんな? あの、赤い目のガキか?」

 警戒の口調。

「良からぬ事を考えているのではあるまいな?」

「あいつは、まだ宿で寝てるわよ。連れてくるとうるさいから、置いてきたんだわ」

 嘘ではない。

 起すのも、状況説明も面倒だから、宿に残してきた。

「……さて……本当か……」

 皇帝の訝しい表情は崩れないまま、数人の部下を呼び寄せる。

「本当に宿にいるか見て来い。もし、宿にいなければ、徹底的に探せ。どちらにしても、見つけ次第……消せ」

「………!!?」

 冷たく、容赦無い皇帝の言葉。

「なに、なにを……!?」

「おまえ!!!」

「そんな……ゼフェル!?」

「……まさか……」

 ゼフェルが、雑魚に簡単にやられるような男ではないと……そう分かっているが……たったひとりで、大人数を相手にしてまで、無事でいられるかどうかは……。

「なんて、ヤツなの!? 卑怯者!!!」

「卑怯で結構。でなければ、海賊家業はつとまらない」

「……!! あんたなんかに……」

「天使の実は渡せないと? ククッ……よもや、こちらに可愛い人質がいる事を忘れてはいまい?」

 再びかがみ込んで、リモージュの頬を顎を捕らえると、その薔薇色の頬を強く指で挟み込む。

 誰も、動けない。

 か弱い少女……大切な、少女。

 彼女を人質に取られたからには……身動き、とれやしない……。

「分かった……」

 アンジェリークは、眼差しでセイランに促すと、セイランがひとつの包みを取り出す。

 皇帝は自ら取りに来る事はせず、部下の一人に指示を出して、その包みを自分の手元まで持ってこさせた。

 皇帝がゆっくりと開いた包みの中には……桃によく似た形で、色だけが奇妙に白い果物があった。

「天使の実……」

 皇帝はその果物をじっと見たまま呟く……が。

 眉をひそめ、唇に冷たい笑いを浮かべたまま、顔を上げる。

「……偽物、か……」

 自分の呟きに、四人の反応をうかがう皇帝。

 偽物と知らずに彼らが持っていたのか、偽物と知った上で差し出したのか……もし、偽物をわざわざ作って持ってきたというのならば……。

 けれど、彼らの反応ときたら……。

「あら、あっさりバレたわよ、セイラン?」

 それが、意外にもあっけらかんとしたもので、驚くのは皇帝の方だった。

「まぁ、普通、実物を見たことがあれば、バレるものじゃないかな?」

 あまりに、飄々とした態度。

 そう、これまでと打って変わって。

「皇帝も馬鹿じゃない、と」

 しかも、オスカーは、肩をすくめて、わざと皇帝を揶揄するように笑う。

「アンジェ!? セイランさん、オスカー様!? 何を言っているんだよ!? リモージュの身が危ないっていうのに……!?」

 ひとり、ランディだけは目を見開いて彼らの言動を咎めているのだが……。

 その時。

 ガッシャーン!!

 激しくガラスが割れる音。

 驚いて音のした方を見る一同の目に映るのは……体中に銃火器を携えたゼフェルだった。

 それから……。

「なっ、何をするんですか! 離しなさい!!」

「ちょっと、わたくしは女性なのよ!? 女性にこの扱いはないでしょう!?」

 ロープでぐるぐる巻きになった青年と女性……それは……。

「ああ……やっと、来たわ。置手紙だけで、信じるかどうかも怪しかったけど」

「まったく、昼まで寝ていたらどうしようかと、本気で心配しちまったぜ。」

「けど、いつもいいとこ取りだね……」

 ランディ以外の三人が、ほっとしながら肩をすくめる。

「おまえら、置手紙なんて横着な事すんなよ!? こいつらが襲ってこなけりゃ、信じられなかったぜ!」

「こいつら、って何ですの!? 失礼ですわね! わたくしは、ただのメイドなのに、この扱い……! あんまりですわ!!」

 どこかで見たことのある青い髪・青い瞳の上品そうな少女ががなる。

「何なんですか、あなたは!? 私は、お嬢様を……」

 メガネの青年が、ゼフェルを睨み上げる。

「うるせぇ! おめぇらの正体は、もうバレてんだ。何が、メイドだ。何がお嬢様、だよ」

 ゼフェルの叩きつけるような言葉に、ふたりは不承不承に押し黙る。

「起き抜けに、あんなもん読んで……まさかと思ったけどな」

 ゼフェルは、自分に向かって剣を構える海賊達を改造銃で威嚇しながらニヤニヤ笑って言葉を続ける。

「マジ騙されてたのは、ムカツクが……まぁ、退屈な中に、面白い経験をさせてもらったワケだしな」

 ゼフェルの視線は、皇帝を捕らえる。

「おまえらが思うほど、俺達は烏合の衆じゃなかったわけだ」

 そして、ゼフェルの視線は、捕らわれのリモージュに向けられ……。

 ゆっくりと、口を開き、一言一言、噛み砕くように言葉にした。

「なぁ、そうだろ? カイザー海賊団副船長……天使のリモージュ」

 シンと静まり返るその場。

「ゼフェル!? おまえ、何を言ってるんだ!? リモージュが海賊なんて……!!?」

 ひとり、ランディだけが、悲鳴に近い絶叫を上げる中、転がる鈴のように耳に心地いい、小さな笑いが倉庫を満たした。

「ふふふふふ………」

 その笑いの発生源は……リモージュ。金の髪・翡翠の、少女。

「ばれちゃってたんだ……なぁんだ」

 天使のような少女は、悪戯が見つかったように、舌をぺろっとだして肩をすくめ……ニヤッと、笑った。

 皆の注視を受けながら、少女は立ちあがる。手足を縛っていたロープはあっさりとその場に落ち、彼女のピンクのドレスもまた、するりとその体を滑り落ちた。

「いい演技してると思ってたんだけどなぁ」

 現れるのは、アンジェリークの着る服よりずいぶん動きやすそうで、露出度の高い軽装。

 そして、一度振り向いたその背には……天使の羽根をかたどった刺青。

「リモージュ!? そんな……まさか!?」

 絶望感を隠しきれないランディ。

 すっかり顔色を失い、信じられないものを見るようにリモージュを見つめる。

「あら? ランディだけは、見事にひっかかってくれてたのね? うふっ。単純って、いいわね♪」

 先程までの怯えていた表情をすっかり豹変させ、嘲笑するリモージュと、呆れて溜息をつく他の面々。

「まぁ……ランディは、演技ができそうもなかったしねぇ……」

「すぐにバラしちゃ、せっかくの面白い話も台無しだし」

「幸せでいいんじゃないかな?」

 と、ランディに向かって言いつつも、アンジェリークも今朝方までその事を知らなかったわけだし、オスカーとセイランも、色仕掛けに会うまで気付かなかったわけだから……大きな事は言えないかもしれないのだろうが……。

「それにしても、どうして分かったの、私の正体?」

「俺は、君の刺青だな。まさか、お嬢様ともあろう娘が、刺青をしてるわけはないし……それでなくとも、君の天使の刺青の噂は聞いていたからな」

「あら? ひとの背中覗くなんて、とんだ助平ねっ。まぁ、でも、伊達に、海賊狩りはしてなかったってトコ? ただの、軟派男かと思っていたのに」

「僕の場合は……まぁ、全てにおいて、かな? 君の言動には、不自然な部分が多すぎた」

「……なるほど、ね。私もまだまだなわけだ?」

 あくまで可愛らしく、肩をすくめて見せる。

 それから、じっとアンジェリークを見つめる。

「……私は、今朝まであなたの事疑ってなかった。騙されてたって分かった今だって、あなたの事、嫌いには、なれそうもない……」

 眼差しを伏せて言うアンジェリークに、リモージュは瞳を細める。

「ええ、そうね。不思議だけれど、私もそうかもしれないわ、アンジェリーク。けれど……それとこれとは、別」

 無邪気に、にこっと笑う。

 それが余計に禍禍しく見えてしまう。

「ねぇ……せっかく、穏便に天使の実を手に入れようとしたのに、あなたたち、結構口が硬いんですもの。どうしようかと思った。レヴィアスとの約束の一週間も来ちゃうし……って、結局、この人も、痺れ切らして乗り込んできちゃったわけだけど」

 そして、皇帝の傍に立ち、海賊達に指示を出す。

「ばれちゃったら、しょうがないわ。そいつら、結構手ごわいけど、さっさと片付けちゃって。でも、殺さないでね。天使の実のありかは、聞き出さなきゃならないわけだし」

「って、おい! こっちには人質がいるんだぜ?」

 ゼフェルが、拘束したメガネの男とメイドの少女……そう、リモージュの従者として、彼女を送り届けた男と、宿のメイドに扮していた少女に銃口を向けているのに、リモージュは笑うだけ。

「しくじった部下に、情けはかけないの。ごめんね、エルンスト、ロザリア。自分の不始末は自分で挽回してね?」

 にっこり残酷に笑う少女。

 そう、少女の言葉が終わる瞬間……!

「長年の親友に言う言葉じゃありませんわね……いつもは、自分が世話ばかりかけるくせに……」

「ええ……まったく。うちのお嬢様は見かけに似合わず冷たい方だ……」

 揶揄するような言葉と共に、ふたりを拘束していたロープがはらりと解ける。

「……!?」

 そして、敏捷な動きで、飛びかかる!

 右からエルンストと呼ばれたメガネの男が掌に治まるほどの小型のナイフで切りかかり、左側からロザリアと呼ばれた少女が、引き抜いた髪飾りの鋭利な切っ先を突き出す。

 不意打ち!

 ゼフェルはとっさに避けたものの、髪一房が風に舞い、頬に一筋の赤い筋ができる。

「てめぇ……!!」

 それを皮きりに、他の海賊達も、一斉にゼフェルに向かった!

「ゼフェル!!」

 襲いかかる海賊達の影に、ゼフェルの姿は消える。

 が……。

「火炎の柱!!!!」

 突然、言葉と共に上がる火柱!

 襲いかかった者達は、上りたつ火柱に飲み込まれる。

 遠巻きにしてその様子を見ていた他の海賊達は……驚きに、立ちすくんでいる。

 それは、魔導の力。

 この世界で生まれる者は、決して自然と持つはずの無い力。

 唯一、ある、後天的な要因を除いては、発現するはずのない、力……。

 だから、通常のものは、その力を見れば、驚き、畏怖せずにはいられないのだが、海賊船船長と副船長は、一瞬唖然とした後に……。

「ククククッ……」

「うふふふふふ……」

 笑い出した。

 火炎の柱に巻きあがる手下達の事など欠片も心配していない様子で、ふたりはアンジェリーク達に向き直る。

「そう、なんだかたよりない船長だとは思っていたけど……」

 リモージュが、肩にかかる金の髪をはらいながら、瞳を細める。

「能力者だったとは、ね……」

「なるほど……と、すると……」

 腕組をした皇帝は、警戒するアンジェリーク達にニッと笑いかけた。

「ヤツが、天使の実を口にしたわけ、か……」

 ――天使の実によって得られる特殊な能力。それは……魔導の力。常人が持つことのない特殊なその能力は、不可思議な果実、天使の実によってしか、得られないもの。

「なんだ……それじゃ、もう天使の実は持っていないの?」

「とんだ、無駄足だったわけだ。が、折角だから……ヴィクトール!!」

 召還する声に、倉庫の奥から現れるのは……顔に大きな傷持つ、男。いつかのあの男だ。その手には、大剣を携えている。

「天使の実を得られないのならば、その能力を持つあの赤い目のガキをもらっていく。捕まえて来い」

 ――何を、言っているのか?

 アンジェリーク達には、一瞬、状況がよく飲み込めなかった。

 けれど……ヴィクトールと呼ばれた大男は、レヴィアスに恭しく頭を下げて、向き直る。

 久々に力を消耗して、いささか疲れ気味の表情で、倒れる海賊達の間に立つゼフェルに。

 そして、唱える!!

「精神を研ぎ澄ませ、無の境地に達すれば自ずと剣が走る」

 それは、魔導の力を引き出す呪文に他ならない。

 ――つまり、この男も、能力者だとういうことか!?

「……見よ、剣武陣!!!」

 男の詠唱が終わる前に、とっさにゼフェルも言い放つ。

「聖域の盾!!!!」

 ゼフェルの前に踊り出た男の体から放たれた魔導の力が、ゼフェルの発動した魔導の力によって周囲に飛び散る。

 が、全てを防ぎきれているわけではない。

「ゼフェル!!!?」

 ふたりの魔法が交差した時、眩い光がその場を満たした。

 目を刺す光に眼差しを閉ざしたアンジェリーク達が、次に瞼を開いたとき見たものは……血まみれで、それでも真っ直ぐに前を見つめるゼフェルと、再び剣を構えなおす男の姿。

「ちっ……」

 オスカーが、小さく舌打ちして、自分の剣を構える。

 ランディ、セイランもまた、己の武器を構える。

 けれど、彼らがゼフェルのところに向かう前に。

「天使の実がないと分かったからには、あいつらは邪魔なだけだ。さっさと、やってしまうがいい」

 冷淡な皇帝の声、と、同時に、襲いかかる、海賊!!

「うわっ、くそっ!!!」

 曲刀、弓、棍棒……様々な武器で襲いかかる海賊を、交わし、切る。

 全面に立つのは、オスカー。

 彼にとっては、この程度の相手はものの数でもない。

 ただ、今は……ひとりではないから、苦戦する。

「おまえら、邪魔だ!! とっとと、あいつの加勢に行け!!」

 ふたりの海賊の剣戟をそれぞれうまく交わしながら、オスカーは乱暴に言い放つ。

「まったく、自身過剰な事だね……」

「オスカー様……!! よろしくお願いします!」

 セイランとランディが、オスカーにしんがりを任せて、ゼフェルの元に駆け寄る。

 アンジェリークも、また。

 けれど……。

「あいつの名前は、ヴィクトールだったっけ?」

 激しく眉を寄せたアンジェリークは、走りながらセイランに問う。

「……アンジェリーク? まさか……君もゼフェルの二の舞になるよ!?」

「仕方ないでしょ!? こうなったら……一蓮托生だわ!!!」

「それって、俺達も解禁、って事?」

 平走するランディが嬉しそうに問いかけるのに、アンジェリークはニィィっと笑う。

「もう、限界。こうなったら、好きなようにやっちゃっていいわ。ねぇ! オスカーも、聞こえてる!?」

 背後に向かって声をかけると「そりゃ、嬉しいお許しだ」と、心底嬉しげな声。

 そして……

「まったく、無駄が多くて嫌になるね。君のためにもその動き、止めてあげよう」

「風よ、自由な力よ、明日への望みを届けてくれ!」

「熱き情熱よ! 燃え上がる炎で、暗黒の心を焼き尽せ!」

 三人は、一斉に、己の強力な魔法を呼び出すため、詠唱する。

 力が、集まる。

 そして……。

「……なるほど……そういう事か……」

「よくもまぁ、四人も…………見事に、飛んで火に入ってくれたわ」

 少し離れた位置で、その様子を見ていたふたり。皇帝と天使の会話。

「意外な拾い物だな。捕獲など容易いが……無駄な力は使わないに越した事はない。どの道、あいつらに呪いを解く術はないからな」

「て、いう事は、私の出番でいいのね?」

 にこっと笑う天使の髪が、拭きすさむ爆風で揺れるのは次の瞬間。

「……白氷のロンド!!!」

「吹け! 希望の風!!!」

「……緋色の衝撃!!!」

 狭い空間に薄い氷の破片が弾け、風が竜巻となって荒れ狂い、激しい炎の柱が上がる。

 力の巻き起こった方向に目を向けた少女は、嬉しそうにニコニコ笑っている。

「何が、楽しい?」 

「だって……四人とも私好みなんだもん♪」

「……それで、時間をかけて遊んでいたのか?」

「いやぁねぇ、趣味と実益を兼ねてただけよぅ。ただ、ゼフェルを味見してる暇がなかったのが残念」

「とんだ……天使もいたもんだ……」

 激しく巻き起こっていた力が、ゆっくりと沈静化し……倉庫内部に充満していた埃を主体にした煙が薄れてきたそこに現れるのは、累々と積み重なる海賊達。

「……じゃ、行こうかしら」

 足元に転がってきた、木箱の破片を蹴飛ばし、金の髪の天使はコケティッシュに肩をすくめて見せた。

 煙が引いた後に残っている人影は、治癒魔法によって完治したゼフェル、その傍らのアンジェリーク、オスカー、ランディ、セイラン。

「あなたたちが、能力者だったなんて、とんだ誤算だったわ。でも……嬉しい誤算でもあるのよ」

 エンジェルスマイル。

 彼女が敵であると分かっているのに……強く惹かれずにはいられない。

 それは、彼女のその天使のごとき容姿と微笑み故?

 そう思っていた。

 けれど……それだけでは、なかった。

 それは……彼らにかかった呪い故、だったのだ!

「ねぇ、オスカー……」

 にっこり、笑う。それだけで、縛られる。

「セイラン、ランディ……そして、ゼフェル」

 リモージュの愛らしい唇が、ゆっくりと名前を紡ぎ出す。

 そう、それだけで、簡単に縛られてしまうのだ。

 強い、呪いの鎖に絡め取られて……がんじがらめになる。

「こちらに、いらっしゃい。うふふ………ねぇ、また、魔法で対抗してみせるの? いいえ、できっこないわね? だって、あなたたちは、私に逆らえないもの」

 細く白い腕をすいと伸ばす。

 そして、そっと呟く。

 魔導の力を促す言葉を。

「ゼフェル、オスカー、ランディ、セイラン……天使の実の能力者たちよ。私に従いなさい。私に向かって、己の心を解き放つのよ……女王の実の支配者アンジェリーク・リモージュに…………呪縛の誘い……」

 言葉を唱えた瞬間……皆の顔色が変わった。

 女王の実……それは、天使の実の一種。そして、最高位に位置する天使の実。それこそが、天使の実の呪いの……具現。

「あなた……!!」

 アンジェリークが、顔を真っ青にして立ちすくむ中、操られるように……いや、実際、リモージュの呪縛に操られて、四人の男達は、彼女の元へと集っていった。

「鋼の実・炎の実・風の実・感性の実…………よく揃えたものね。これじゃ、並の海賊には歯が立たないはずだわ」

 彼らを呪縛した事によって、その能力を取り込み、支配できるのが、女王の実の能力。

 そして、呪縛された天使の実の能力者たちは、それに、決して逆らう事ができない……。

 天使の実によって、得られる魔導という能力の代償……強すぎる、支配の呪い。

 リモージュは、自分の呪縛の成功に、満足げに喉を鳴らす。

「でも……これからは、私のもの。私の為に、働いてもらうわ」

 うっとりと、四人の男達を見つめ、微笑む。

 アンジェリークは唇を強く噛む……けれど、同時に、呟くのだ。

「……お願い、力を貸して……あなたの力を……女王の実の能力者、アンジェリークが願う、私の為にその力を……ヴィクトール!!!」

 言葉が終わると同時に、皇帝の脇の積み上げられた木箱から飛び出す影!

「………!!!?」

 研ぎ澄まされた大剣が、ぴたりと正確に狙いをつけられ、皇帝に向かうが……いや、届かない。

 敏捷な皇帝によって、髪一筋の所で交わされる。

「ヴィクトールを支配した、か……と、いう事は……」

 皇帝も、己の剣を抜き、構える。

 四人の男を呪縛したはずのリモージュが息を呑む。

「私も、女王の実の能力者、だと言えばいいかしら!? ……解放の祈り!!!」

 目を爛々と輝かせたアンジェリークは、叫ぶ。

 それは、“呪縛の誘い”と対をなす魔法。

 リモージュが小さく舌打をして、身を引く。

「生憎……付き合いとしては彼女の方が長いからね」

 乱れた髪をかきあげながら、セイラン。

「レディに支配されるのも一興だが……残念な事に、俺の誓いは既に彼女に捧げられてるんでね」

 腰の剣に手をかけながら、オスカー。

「……? ああ、そうか、リモージュも、女王の実の能力者だったのか……」

 あんまり遅すぎる反応を披露するランディ。

「ッ……………………あの女にイチイチ命令されるだけでもムカツクってゆーのに、なんで、また、別の女に従わなきゃなんねーんだ!?」

 でもって、ひどくオカンムリのゼフェル。懐から、何やら手榴弾(火炎弾?)らしき物騒なものを取り出している。

「あの女で、悪かったわねっ!! 誰のおかげで動けるようになったってーのよ! 情け無い男達っ!!!」

 言葉の最後の部分は、ゼフェルだけでなく他の三人の心をも射抜いていたようだ。

 あからさまに、肩が落ちている。

「…………天使の実の呪いなんだから、仕方ねーだろ!?」

 一応、ゼフェルは反駁して見せるが、手綱を握っていると言えるアンジェリークに効くはずがない。

「んーな事は、どうでもいいのっ! それより、さっさとやっつけちゃわない!? あの皇帝、かなりの賞金首なのよっ!!!」

「イヤダ!」

 とのゼフェルの一蹴に、アンジェリークは溜息。

「あらぁ、じゃぁ、久しぶりに、呪縛してあげてもいいんだけど? どう?」

「………。………いっちょ、行くか……!」

 真の船長は、どうも、アンジェリークだったらしい……。

 ともかく……男達は、それぞれの武器を皇帝に向けて構える。

 ちなみに、先程までアンジェリークに呪縛されていたヴィクトールは、すでにリモージュによって開放され、皇帝の傍に立って応戦する構えだ。

 激しく舌打する皇帝。

 頬を膨らませ、可愛らしく怒っているリモージュ。

 今の所5対3。

 能力者の数ならば、5対2。どう考えても、皇帝の側が不利なのは目に見えて分かる。

 けれど、皇帝は、余裕のある態度を崩さない。

「なるほど……この状況では、いささか不利かもしれんな……」

 言葉の内容に、実際の危機感は含まれていない。

 それどころか、面白がっているようでさえある。

「そうねぇ。残念だけど……引き上げる?」

 不機嫌そうにリモージュが言う。

「せっかく、天使の実をいただいて、使える手勢を増やして、エバーラスティング・ラインに入ろうとしてたのに、ね。かと言って、こいつら寝返らせるのは無理っぽし」

 金の髪をひと房、指先に絡めてくるくる巻きながら、溜息。伏せられた金の睫毛が、大きな緑の瞳に影を作っている。白い頬は、薔薇色に染まっていて、ピンクの唇は、ふてくされたように尖っていたりして……。

 何度も繰り返すが、極めて、あくまで、かわいらしい。

 こんな状況にあっても、あんな目にあっても……男性陣がリモージュにドキっているのは、手に見て取れる。アニメであれば、目がハートマークにでもなっているだろう。

 ……こいつら、もしかして、今誘われたらほいほいついてくんじゃないでしょーね!?

 と、アンジェリークが心配しても、おかしくはなかろうほどに、男達の視線は、リモージュに釘付けだった。

 でもって……視線を移せば、簡単に自分を騙くらかしてくれた、美貌の男。

 アンジェリークのイライラは極限に達した。

「……あんたたち、さっさとやっちゃいなさいっ!!」

 女ボスの命令であった。

 (情け無い)男達は、その命令を受け、一斉に動く。

 オスカー、ランディは剣を構え、前進!

 セイランは、懐から取り出した鞭を手元で強く引き絞る。

 ゼフェルは……さすがに先程の手榴弾はまずかろうから、今度は改造銃大小二丁を両手にしている。

「どうするの?」

「……こいつらと遊んでいても、意味がなかろう?」

 迫り来る男達を前に、皇帝と天使は余裕の会話。

「ヴィクトール、エルンストとロザリアを拾って船に戻れ。リモージュは……」

「分かってるわ。面倒だから、さっさと行っちゃいましょうね………灼熱の炎!!」

 リモージュの魔法によって、皇帝の攻撃力は上昇する。

「いくか……それじゃあ、おまえら……」

 剣を構え、皇帝は唇に笑みを刻む。

「己の不運を呪え……」

 それもまた、魔導の力……!

「しまった……!? ……聖域の盾!!」

 気付いたアンジェリークが唱える防御魔法……けれど、遅かった!

「……ゼロブレイク!!!」

 声と共に、皇帝の体が残像現象をおこす。

 魔導による力の発現!

 雷撃にも似た痺れと共に襲う剣戟!!

「うわっ!?」

「ちっ!!」

「……!!!」

「ぐっ……!!」

 瞬殺。まさしくその言葉通りの早業。

 反撃する余裕もなかった。皇帝の姿は常人の目には捕らえきれるものではなかったのだ。

「俺は、皇帝の実を口にしているんでな」

 あっさりと勝敗を決した皇帝は、剣を鞘に収めながら、笑った。

 皇帝の実……実態がよく分かっていない、天使の実の突然変異、あるいは亜種。

 それは、女王の実による、支配……つまり、天使の実の呪いを受けない、唯一の例外。

 天使の実であっても珍しい女王の実よりもごく稀少で、その存在は、単なる噂であるとさえ言われている。

 真っ白な天使の実、全体に淡いピンクの女王の実……けれど、皇帝の実は真っ黒であるというが……それを、見たものがいない以上、根も葉もない噂でしかなかった……少し前までは……。

「まさか……本当に、存在していたなんて……皇帝の実……」

 その場に倒れ伏す仲間達を見て、アンジェリークは絶望的に呟いた。

 皇帝は、まっすぐにアンジェリークを見つめる。

 色違いの瞳が……ゾクリとするほど、鋭利な輝きを持っている。

 射すくめられた。

 アンジェリークは、動けなかった。

 口も開けず、木偶のように突っ立っている自分を自覚してはいたが……動けない。

 そんなアンジェリークを見据え、皇帝は小さく笑う。

「大丈夫だ、殺しなぞいない。殺す気もない」

 黒い髪をうるさげにかきあげて、皇帝は向きを変える。

「行くぞ、リモージュ」

「ええ……」

 歩き去る皇帝の後ろに続いたリモージュは、一度、ただただ立ちすくんでるアンジェリークを振り向いて……微笑んで手を振った。

「じゃ、アンジェリーク、機会があったら、また会いましょうね♪」

 あくまで、無邪気、で、あった……。

 

 

 


<言い訳>

正体暴露。

たまには、ダークなリモージュも・・・・・・アリ?

でも、やっぱり、どこまでいっても、無邪気。

アクションっぽい・・・・・・でしょうか?

こーゆーシーン、実は好きなんですが。

実質、今回で終わり。

次回は、単なるエピローグ。オチ。

ちなみに、なんでリモージュとレヴィアスが組んでるかっちゅー突っ込みは聞き流します(笑)。

裏(付け)設定もイロイロ考えたのですが、んなもの書いていると、

さらに気が遠くなるほどトンデモナイ事になるのが目に見えているのでカット(^^;;)。