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再び人工天体の宇宙港を発ち、工業惑星を経由して、主星行きの宇宙船に乗った。 その間、ゼフェルは必要な事以外、ほとんど口を開かなかった。 工業惑星から主星までは2日弱。工業惑星を発ったのは夜で、翌々日の朝には主星の大宇宙港に着く予定だ。宇宙において、日付はあまり意味をもたないが、基本的な時間は主星のそれを目安にしてあり、宇宙船の中の環境も主星時間に添わせてあった。 夜、朝、昼と、食事をとらず、部屋から出ようとしないゼフェルをアンジェリークは案じた。 お昼過ぎに部屋をノックする。返事はない。 ピザとミネラルウォーターを差し入れにもったアンジェリークは、鍵のかけられていない部屋のドアを開けた。 ゼフェルは、窓際の椅子に腰掛け、宇宙空間を無言で見つめていた。 「ゼフェル様、差し入れ持って来ました」 返答はない。 「ほらっ! 今食べておかないと! 聖地に戻って、ジュリアス様やロザリア様あたりに罰として食事抜き、なんて言われたら困るじゃないですか?」 わざと冗談めかして言うが、やはり彼の反応はなかった。 「ゼフェル様ッ!」 差し入れをテーブルにおいて、ゼフェルの正面に回りこむ。 ゼフェルは、少しだけ視線をアンジェリークに向けて、再び宇宙を見つめる。 虚無的なゼフェルの態度に、アンジェリークはわざと大きな溜息をついた。 「なんだか、今のゼフェル様って……クラヴィス様みたいですよ?」 彼女のその言葉に、いつものゼフェルならば『あんな奴と一緒にするんじゃねー!』とでも突っかかってきそうなものだが、その時の彼に会った反応は、片眉をわずかに吊り上げるだけのものだった。 何を言っても、無反応なゼフェルに、アンジェリークは困り果てた。 「こんなことなら、行かなければ良かったですね? ゼフェル様が傷つくくりあなら、行かなければ良かった。私が、約束させちゃったから……」 「……あ」 アンジェリークがしょげ返る様子をすると、やっとゼフェルは視線をアンジェリークに向けた。 「……おめーのせいじゃねえよ……。おめーを連れてくって言ってのはオレだからな……」 「でも……っ! ゼフェル様、そんなに落ち込んでるじゃないですか!? やっぱり、行かなきゃ、よかったんです……!」 「おめーには、関係ねー問題なんだよ、これは……」 この期におよんで、アンジェリークを突き放すような発言をする。 「関係なく、ないじゃないですか! ゼフェル様、変です! 私、何の為にゼフェル様といるんですか? ふたりの関係って、何なんです? 今回のこの旅行だって、ふたりで来たものですよ? 私にも関係あります。だって、私、ゼフェル様好きですもんっ!」 カチンときたアンジェリークは思わず、口走る。 アンジェリークの言葉に、ゼフェルはやっと微笑んだ。 それから、ゆっくりと口を開いた。 「あれから、もう、三十年以上経つんだってさ、聖地の外の世界は。……オレはまだあの頃の事、ついこの間のように、こんなに鮮明に覚えてんのに、あいつらにとってオレは子供の頃の思い出でしかなくて……。正直、現実がこんなに痛いものだって知らなかった。オレの記憶の中のあいつは、まだオレと大差ない少年なのに、現実のあいつは……。時間ってのは、残酷なものだって思うよ。ほら、よく時間は川の流れに喩えられたりするじゃねーか? けど、川ってーのは、同じ流域でも場所によっては流れる速さが違うんだよな? 普通の奴らは、ある程度一定の流れの時を進んで行くけどよ、オレは……オレ達は……流れがほとんどねえ所にいるんだ。淀んでいるわけでもねーけど、流れや緩やかで、緩やかすぎて……どんどん取り残されていっちまう……。あいつや、他の奴らや……―――オレの親父やお袋も……」 また、何かを堪える脆い笑みを浮かべる。 アンジェリークだけが知った事実。ゼフェルの両親がもういない事……彼には告げられない。けれど、どこか感のいい彼は気づいてしまっているのかもしれない。 まるで、ゼフェルの心に感応したように、アンジェリークの心も震えた。 そして、ゼフェルが何を堪えているのか……アンジェリークには分かってしまった。 だから、アンジェリークは自分の心を抱きしめるように、自然とゼフェルを抱きしめた。 「―――きっと、こんな時のために、私はあなたの傍にいるんです……。お願いだから、我慢しないでください。私は、こうしてずっとあなたの傍にいますから……だから、私の傍では、我慢しないで、弱音を吐いたって……―――泣いたって、いいんです……」 優しく、優しく囁く。 「わたし達は、ずっと一緒よ。私は、ゼフェルと一緒の川の流れにいる事を選んだの。皆があなたとは違う流れに乗って行ってしまっても、私はずっとあなたの傍にいるわ。いつか、あなたが言ったように、私達、ずっと一緒にいましょう。ふたりなら、楽しいって、言ってたでしょう? そうよ、これから、ふたりで楽しく、緩やかな時を過ごしましょうよ。―――家族より、友達より、私が選んだのはあなた……。愛しています、ゼフェル……」 アンジェリークの腕の中で、ゼフェルの身体はかすかに震えていた。 肩に押し当てられた彼の顔。暖かい雫は、アンジェリークの心にまで届いた。 エアーバイクで聖地に乗りつけたふたりは、何分もしないうちに女王補佐官の執務室に呼びつけられた。 「あなたがたは……まったく……」 女王補佐官ロザリアが深く長い溜息をつく。 その傍らで、光の守護聖が目じりを吊り上げて口を開く。 「そなた達は、何を考えているのだ!? 特にゼフェル! そなたときたら、守護聖の職務をなんだと思っている!? 近頃やっと守護聖としての自覚が出てきたと感心していた矢先に……! アンジェリークも……! これから新宇宙の女王補佐官として、重い責を負って行かねばならんというのに、これでは先が思いやられるぞ!! ゼフェル、今回の事は重大な問題となろう。それ相応の処分というものを覚悟しておくのだな!」 「まあ、まあ、ジュリアス……そう興奮しないで……」 息を切らせるほどに怒り心頭の光の守護聖を宥めるのは、地の守護聖であるルヴァだ。 「ゼフェルも、確かに今回はきちんと反省してもらわないとねぇ。どちらが首謀者かは分かりませんけど、新宇宙の女王補佐官と一緒に聖地を出奔というは、ちょっと問題が大きすぎるのではないか、と……。あー、アンジェリークも、もちろん反省は……してますよねぇ?」 ルヴァの言葉に、とにかく笑顔でアンジェリークは頷いて見せた。 こういうときは、恭順の姿勢をとっておくに限る……とは、女の子独自のこずるい生存計略であるが……根が素直すぎるゼフェルはそうも行かないらしい。 「ほら、ジュリアス、ふたりともこうして反省している事ですし、ここは、事を荒立てずに……」 「けっ……! だーれが、反省なんかするかよ! オレ、反省しなきゃならねーような事、何にもしてねーぜ。ちょっと散歩に行って帰ってきただけじゃねーか!」 「散歩に、工業惑星まで行く人がありますか……」 ロザリアの溜息混じりの言葉に、ゼフェルは顔をしかめた。 「ゼフェル。あなたがたの足跡は全部調査済みだそうですよー」 「なんでー……。けどよー、聖地じゃ一日しか経ってねーじゃねぇか」 開き直っている。 「そういう問題ではなかろう! ゼフェル!! そなたは本当に救いようがないな! いつになったら、守護聖としての自覚がつくのか……!」 「うるせー!」 場は混乱を極める中、いままで傍観者を決めこんでいた、新宇宙の女王であるレイチェルがこっそりとアンジェリークに近づいてきて耳打ちした。 「ふたりきりの旅は楽しかった?」 「うん、もちろんよ」 「ふーん。あんたもやるわねぇ。そこのところの件、詳しく教えてよ。退屈してんだー、私」 「女王陛下はそーいう事に興味がおありになりますの?」 「ってゆーか、女王になったはいいけど、まだそれらしい仕事ないじゃん? 暇囲ってんだってば」 「くすっ。そんな女王を戴く新宇宙が心配だわ」 「あんたが女王になるよりはずっといいわよ」 「あ、それはそうかもね」 「自分で認めないの!」 「……で、ふたりの仲はどれくらい進展したのかしら?」 それは、レイチェルの声ではなかった。では、アンジェリークとレイチェルの会話に割って入る第三者の声は何者か、であるが……。 「女王陛下!?」 ふたり同時に叫んでいた。 金の髪の女王。現宇宙の女王陛下が、窓から顔を出して、二人の会話に顔をつっこんでいた。 「陛下!?」 今まで場を混乱させていた面々も、突然の女王の来室(?)には驚いたようだが……。 「何をなさっているのですか!?」 きりきりと眉を吊り上げたロザリアの叱責の声が轟く。 「だってー……退屈だったんですもの……」 「退屈って、あんた……あ、いえ、陛下、執務は終わりましたの? 確か、書類が山積みになっていたはずですけれど?」 「いやあねぇ、ロザリア。そんなに怖い顔しないでよ。私もたまにには、十代の女の子の会話について行きたいわ。それに、気になるんですもの……ふたりの仲がどれ程進展しているのかも」 「いつまでたっても、女王の自覚に欠けすぎますっ!」 女王と補佐官。宇宙を導いている、偉大な存在とそれを補佐する重要な役職……の、はずだが……。 「陛下!」 首座の守護聖からも叱責の声が届く。 「いやーん。そんなに怒らないで。大丈夫よぉ、執務はちゃんとするから。その前に……ねえ、ねえ、アンジェリーク、続き聞かせて! ……女王として、守護聖の恋愛問題も知っておく必要があると思うのっ」 中腰になって逃げかかっていた様子のアンジェリークの二の腕をがっちり掴んで、緑の瞳をきらきら輝かせている。 「お、おめーはっ! 何言ってんだよっ!」 「ゼフェル、陛下に向かってその口の利き方はっ……!」 「おやぁ、恋愛問題って……何の事ですか?」 「ルヴァ様、まさか御存知なかったのですか?」 「ロザリア様、ロザリア様。ルヴァ様とジュリアス様は気づいてませんって。わざわざ言う事でも在りませんしねー。他の守護聖の方々には暗黙の了解になっているようですけどぉ」 「あら、もしかして、私、余計な事を言ったのかしら?」 皆が口々に喋り出して……場の混乱がここに極まった。 ひとり、闇の守護聖クラヴィスが、気だるそうにソファーにもたれかかって微笑をもらしていた。 「ふっ……聖地も賑やかなことだ。私には関係ない事だが、な……」 喧騒の中、 「だーっ!! もう、うるっせーっ!!」 最初に切れたのは、やはりというか……ゼフェルだった。 叫んだ直後。 「アンジェリーク、いくぞっ!!」 アンジェリークの手を引いて、ゼフェルはロザリアの執務室を飛び出した! 「まったく、あいつらときたら!」 ふたりが駆込んだのは、森の湖だった。 息を切らせてその場に座り込んだゼフェルと、息を切らせて、笑いつづけるアンジェリーク。 「おめーも、いつまでも笑ってんじゃねぇよ」 憮然とするゼフェルが強く手を引いて、アンジェリークをその場に座らせた。 それでも、アンジェリークの笑いはやむことなく……それは次第に泣き笑いになっていき、それから……。 「……っ! なんで、泣くんだ!?」 「だって、おかしくて……!」 「可笑しくて、泣いて、そんな哀しそうな顔をするヤツがいるいか!?」 アンジェリークの頬を両手で挟みこんで、少し乱暴に自分のほうに向かせた。 「なんで、泣くんだよ!?」 アンジェリークは、涙で塗れた顔を、切ない笑みで崩した。 「もうすぐ、お別れだから……」 アンジェリークの言葉に、ゼフェルも急に押し黙った。 押し黙って、立ち上がり、水飛沫を上げる滝に近づいた。 「ずっと、一緒だろ? オレ達……?」 呟いた、彼の言葉は流れ落ちる滝の水音で聞き取りにくかった。 「別の宇宙に行っても、ずっと、一緒だよ……。だってよ、オレ達、その……恋人、じゃねーか……」 頭をかきながら呟くゼフェルの声は、アンジェリークの耳に届いていた。 ふたりの関係を示す、確かな言葉。友達でなく、女王候補と守護聖じゃなく、ましてや、補佐官と守護聖という立場じゃない、ふたりの関係は……。 「え? なんです、ゼフェル様?」 もう一度、彼の口から聞きたい。 「だからー! なんだ……その……。……何度も言わせるなっ! だから、オレは、おめーのことが好きだって言ってるだろ!?」 顔を真っ赤にして振り返ったゼフェルが見たのは、声なく笑い転げるアンジェリークだった。 「おめー……からかってるな!?」 「からかってませんっ! ただ、私も、ゼフェルの事が大好きだからっ!」 真っ直ぐなアンジェリークに、ゼフェルの方が圧されている。 今の所、アンジェリークの方が一枚上手だったようで、完敗したゼフェルは真っ赤になった顔のまま、拗ねたようにその場に座り込み、寝転がった。 「ゼフェル?」 上から覗きこむアンジェリーク。 柔らかな栗色の髪が、彼女の肩からさらさらと、優しく流れ落ちる。 ブルーグリーンの瞳が、言葉よりも如実に彼女の心を表している。 ゼフェルは、手を伸ばして、アンジェリークの頭を捕らえると、そっと引き寄せる。 そして……どちらからともなく、ふたりの唇は重なった。 「おめーが新しい宇宙に行っちまっても、ぜってー会いに行くかんな」 「私も……必ず、会いに来ます」 『新宇宙の女王補佐官アンジェリークと、現守護聖であるあの方との恋は、遠く宇宙を隔ててゆっくりと育まれました』 <言い訳> アンジェのプレイ後、一番最初に書いたLLED後の「私の心の中で」の 物語を文章化したものです。このふたりなら、こーなるかなーと・・・。 あまり、甘々過ぎないのがポイントです。 |