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「惑星シュスタットは、農業が盛んなんや。温暖湿潤な気候やでな。あと、果樹園とかもあるで。りんごとかみかんとか、おいしいんや。地形も丘陵地があるくらいで、比較的平坦やから、人が居住するスペースも多い。その割に、人口は少ないんやな。出生率が低いし、基本的に寿命が短いらしい。そやから、他の惑星からの移住者は歓迎される」

 この惑星の星の小径から、軍関係の人間がいるという、宇宙港のホテルまで、チャーリーの社が用意した車で移動する間、彼は意外な博識ぶりを披露した。

「おめー、けっこう物知りじゃねーか?」

「へえ? ほめてくださるんかいな、ゼフェル様」

「おお。俺は、てっきり、おめーって までちゃらんぽらんな人間かと思ってたぜ」

「……それって、誉め言葉にとっておいてもええんやろか?」

「オレは素直に誉めてんだぜ。おめーも相当ひねくれてんな」

 口を尖らせるチャーリーとおかしそうに肩をふるわせるゼフェル。

 ふたりのやり取りに、マルセルとアンジェリークは声を立てて笑った。

 ―――本当は、とても不安でどきどきしたけれど……ここで、弱音を吐くわけにはいかなかった。何より、自分を気遣ってくれる彼らを、これ以上心配させたくなかった。

 宇宙港は……人でごったがえしていた。

「これは、何……?」

「……なんやぁ? ここの宇宙港、いつもは暇もえーとこやのに……俺、ちょっと話聞いてくるわ。皆さん方はここで待っといてぇな」

 言い残して、チャーリーは人ごみに消えた。

「……ねえ、僕達も、何か調べようよ? 今、あの星がどうなってるのか。ここの人達なら、知ってるんじゃない?」

 マルセルの言葉にゼフェルが頷いた。

 けれど、彼らが動き出す前に……見知らぬ男が、近づいてきた。

 まったく見知らぬ男だというのに、その男の視線はアンジェリークに釘付けになっていた。まるでアンジェリークしか見えていないかのように、彼女だけを見つめて、近づいてきた。

 年のころは二十代後半。体格の良い男だ。

 どこかで会った事があるだろうか? 

 考えてみたが、アンジェリークに思い当たる節はなかった。

「なんだ、あいつ?」

 ゼフェルが危機感を匂わせる口ぶりをして、アンジェリークの前に立った。

「アンジェの知り合い……じゃ、ないみたいだよね?」

 眉を寄せるアンジェリークを見て、マルセルが呟いた。

 男は、ゼフェルにもマルセルにも気づかないのか……単にふたりが彼の意識の外にいるだけなのか、やはりアンジェリークだけを見つめて、彼女の正面に立ち止まった。

「おめー……何もんだ?」

 ゼフェルが男をにらみ上げる。そう、にらみ上げなければならないほど、男は体格が良かった。

 ゼフェルが必要以上に警戒して、敵意をムキだしにしているのは……彼自身の個人的理由もあるらしかったが……それは、それとして……。

「なんだ、何か用があるのか!?

 男は、ゼフェルのことなどお構いなしに、アンジェリークを見つめつづけ、呟く。

「……驚いた……」

「あなた、アンジェリークの知り合いなの?」

 マルセルが、尋ねると、男はふっと我を取り戻したようで、マルセルを見て、再びアンジェリークを見る。

「ああ……やはり、あなたがアンジェリーク」

「私のこと……ご存知なの?」

 男は微笑む。

「写真の中の、三年前のあなたの姿なら。……私は、王立派遣軍の士官なんです」

「……!?

 3人とも、言葉を失って目を丸くした。

 何か、分かるかもしれない!

「ねえっ! それじゃ、ヴィクトールさんのこと、あなたは何か知らない!?

 マルセルの言葉に、彼は困惑して、眉を寄せた。

「知ってるだけの事でいいんだ。なんでもいい。教えてくれ」

 ゼフェルも覆い被せるように言う。

 そして、アンジェリークは必死で問いかけるような眼差しを彼に向けた。

 はじめは戸惑った様子をしてた士官だったが、三人の熱心さに諦めたように溜息をついて、近くのベンチを彼らに勧めた。

 本来なら、それは軍の機密なのだろうが・・・・・・すがるような彼らの眼差しに……特に、アンジェリークの真っ直ぐな眼差しに、知っているだけの事を話す決心をしたらしい。

「……それでも、私が知る事は僅かですが……」

 最初にそう付け加え、思い出したように、自分の名をジマールと名乗ったた。

「ここにこうしていたっしゃったというのなら、恐らく、今回の件の概要ぐらいはあなた方もご存知でしょう」

 頷くアンジェリーク達を見て、彼も頷いた。

「そう、基地は爆破されました。しかし、それは我々自身の手で、です。それが指揮官ヴィクトールの指示でした」

「……惑星の政府軍の手によってではなかったのですか!?

「ええ。あの方は、見つかる前に基地を爆破し、小隊を二分すると、一部の軍の人間と、政府の人間に、この惑星に避難するように指示を出されたのです。ご自身は今だ惑星デューンに散る軍の人間と避難民を救助するために、あの星に残られました。我々には、このシュスタットで連絡を待っていろと、そう言い残されて……この星に来てもう半月経ちますが……今だ指揮官からの連絡は、ありません……」

 アンジェリークの顔が真っ青になった。

 マルセルは唇をかんで、アンジェリークの手を握る……元気付けるように。

「こっちから、連絡はつかねーのか!?

 ゼフェルが腰を浮かせて士官ジマールに詰め寄ると、彼は曇った表情のまま、首を横に振った。

「あの方の持っていらっしゃる無線機は、こちらからでは連絡できないのです……指揮官の方から連絡をくださらない限りは……」

 しばらく、皆、押し黙ったけれど……アンジェリークが搾り出すようなかすれ声で、言った。

「……でも、それでも……ヴィクトールは行方が分からないだけで……まだ、死んだとか、決まったわけじゃないのね……」

 アンジェリークの前向きな言葉に、ゼフェルが眉をあげ、素っ気無い……けれど、温かな言葉を向けた。

「あのごついおっさんが、そう簡単にどうこうなっちまうわけないだろう? だいたい、あいつは過保護すぎるほど過保護だったからな。放っておくと何しでかすかわかんねぇおめーを放っておくわけないだろ?」

「うん。そうだよ、ヴィクトールさんが、アンジェを放っておくはずないよ。だって、聖地出る前女王陛下に言ったじゃない。アンジェを大切にするって!」

 ふたりの言葉にアンジェリークは強く頷いた。

 そう、ヴィクトールは大丈夫。無事でいる。ふたりの約束は絶対だから。

「……聖地? 女王陛下……? なんの事です?」

 ヴィクトールが聖地で女王試験の教官をしていたことや、婚約者のアンジェリークが女王候補だったことは……秘密だったようだ。―――公言、出来る事じゃない。

 ゼフェルが慌ててマルセルの背中をつねり上げる。

「痛っ! ゼフェル……!」

 ゼフェルをにらみ上げるマルセル……その場はアンジェリークが取り繕うしかなかった。

「え、と……その、私とヴィクトールは……婚約したときに、女王陛下像の前で宣誓してるんです! ええ、それで、聖地っていうのは……言葉のアヤで……その、聖堂のことなんです」

 まんざら嘘ではない。

 それで、士官ジマールはとりあえず納得しているが、なんとなく気まずい雰囲気が流れた……ところに、タイミングがいいのか、チャーリーが戻ってきた。

「アンジェリーク……って、そちらどなたさん?」

 ジマールが軽く礼をする。

「この方、王立派遣軍の士官さんで……さっきまで詳しい事を聞いていたの」

「ああ……そうか、俺も、さっき政府の人間捉まえて聞いてきたとこや」

 チャーリーが政府の人間から聞いてきたという内容も、ジマールの話と同程度のものだった。

「結局、大した収穫もなし、か……」

 ゼフェルが息をついて肩を落とすのに、チャーリーも溜息をついた。

「ああ、もう。せっかくここまで来たのになぁ!」

 そのまま、チャーリーは自棄(やけ)っぱちにどっかりと床に座り込んだ。

 その際、周りを見ていなかった彼は小さな子供とぶつかった。小さな子供の身体は、かるく触れただけで大きく転がって、床と正面衝突してしまった。

「ああっ! 大丈夫か!?

 チャーリーが慌てて子供を抱き起こすと、子供は勢い良く泣き出してしまった。

 煤けた衣服を着ているが、丸々とした頬の健康そうな男の子だ。

「えーと、こうゆー時は……いないいないばー……じゃなしに、えーと……」

 必死で子供をあやして泣き止まそうと苦戦するチャーリー。それを見て、マルセルがチャーリーに加勢して、色々と試み出したものの、子供はなかなか泣き止まない。

「今日はボク、お菓子、何も持ってきていないんだ……」

 泣き止まない子供に肩を落とすマルセルに、ゼフェルが呆れたように息をつくと、その横で、アンジェリークが苦笑して立ち上がった。

 子供に近づいて、その前に跪き、一度子供の視線に自分の視線を合わせて微笑むと、小さな身体を抱き寄せた。子供の、豪快な泣き方により、涙と鼻水とよだれでくしゃくしゃになった顔を、自分の服が汚れるのも気にせず、胸元に抱きしめる。

「大丈夫。大丈夫だから……痛くない、怖くない。だから、泣かないのよ……大丈夫だから」

 嗚咽に震える小さな背中を撫ぜて、優しく囁く。清水が緩やかに流れるような、雨水が軒下に滴るような、優しい囁き。

 しばらく、アンジェリークがそうして抱きしめていると、子供の嗚咽もゆっくりと治まってきた。

「大丈夫、ね? ……痛いところ、ある?」

 身体を離し、子供の茶色い瞳を覗きこむ。

 子犬のような真ん丸い瞳が、アンジェリークをじっと捉える。

「ん? まだ、痛いの?」

 子供の両頬を優しくなぞる。

 子供は、首をふるふるっとふると、やっと笑顔を見せた。

「もう、大丈夫だよね?」

「大丈夫っ」

 にこっ、と照れたように笑う。それから、その子供の母親らしい女性が現れて、アンジェリークらに軽く礼をすると、手をつないで人ごみの中に消えて行った。

 ヒューと、ゼフェルが尻あがりの口笛を吹き、マルセルが手を叩いた。

「たすかったぁ……泣く子は苦手なんやぁ。ありがとうな、アンジェリーク」

「さすが、アンジェだねっ」

 アンジェリークは、子供の消えた方向を見て、小さく失笑した。ヴィクトールとの約束を……あの時、彼に話した、自分の夢を思い出していた。

 自分とヴィクトールとで幸せな家庭を築きたい、と・・・・・・。

「……あなたは、指揮官殿と同じようにされるのですね」

 ぼそりとジマールが呟いた。

「え?」

 皆の注目を受けて、彼は困惑したように笑って、続ける。

「以前、指揮官殿も、泣き出した子供を抱き上げて、今のあなたと同じように、大丈夫だから、と、泣くな、と何度も囁いて、その背を撫ぜていました。……ええ、本当に、あなた方は、同じような子供の慰め方をするんですね」

 微笑むジマールに、アンジェリークは穏やかな笑みを見せた。

「ま、似たもの夫婦ってぇ言葉があるからな……」

 付け加えられたゼフェルの言葉には、一気に真っ赤になったけれど……。

「ゼ、ゼフェル様!? 夫婦だなんて……そんな……そのっ……」

 その事実があるからこそ、真っ赤になった。

「アンジェリーク、真っ赤!」

「ほんまに。でも、ヴィクトールはん、帰ってきたら、そく挙式やろ? アンジェリーク、もうすぐ二十歳やもんな」

「そんじゃあ、もう夫婦も同然じゃねーか。後ちょっとだぜ。もーすぐだ……ヴィクトールの野郎が帰ってくるまで、な」

「ねーねー、ボク、ふたりの結婚式、出たいな! アンジェ、ウエディングドレス着るんでしょう? 綺麗だろうな!」

「うんうん。そやけど、ヴィクトールはんがタキシード着とる、っていうの、想像しにくいわ」

「……ってゆーかさ、あのでっけー体格に合うタキシードってあんのかぁ?」

「うーん……難しい所やな。……よし、そやったら、俺が何とか、見つけてきたる。伊達に商人やっとるわけっちゃうからな!」

 ヴィクトールが帰ってくることが前提に、会話が進む。

 アンジェリークの心は、ヴィクトールが帰ってくる、という確信が生まれていた。

 絶対、帰ってくると。

 だから、笑う。元気に、笑って見せる。

「うん。ええ、笑顔や」

 チャーリーはアンジェリークの頭を、ぽんぽんと軽く叩いた。

「そうそう、それから、まだ言うてなかったけどな、この人ごみ、理由はなんやと思う?」

 アンジェリークはふるふると首を振る。

「それがな……ヴィクトールはんらの帰りを待っとるんやて」

「え? それじゃ……」

「ああ。この人らは、惑星デューンの人らや。ヴィクトールはんらに助けられたな……。基地が爆破され、ヴィクトールはんが行方不明となった事を聞いた人らが、ここに集まって来よって、あの人らの無事を祈っとる。あの人らが帰ってくるのを待っとるんや」

 アンジェリークは目を見開いた。

 その表情を見たチャーリーが、アンジェリークの心を掴んだ事に満足そうに笑った。

「こんだけ多くの人があの人らの帰りを待っとるんや。無事に帰ってこんはずない。絶対や。何より、最愛のあんたが、ここまであのお人の帰りを待っとる……あの人が、あんたの元に戻ってこんはずないやろう?」

 今度は、心からの笑みを、アンジェリークは浮かべた。

「そうや、その笑顔や。それで、ヴィクトールはん迎えやななっ。よおし、そんだけ、ええ表情できるようになったんなら、しばらく、ここにおっても大丈夫やな」

「え?」

「なんや? 都合悪いんか? せっかく、無期限でホテルの部屋取ってきたのに」

 アンジェリークが断れるわけないと知っていて、すこし意地悪に笑う。

「おふたかたも、大丈夫なんやろう?」

 ゼフェルがチャーリーにつられるように、にっと笑う。

「できることなら、ずっとここにいてもいいぜ、オレは」

 その言葉をマルセルは眉を寄せてねめつけるものの……。

「ゼフェルは、またそういう事を言う!」

「だってよ、今回は無期限で外出許されてるだろう? もっと、羽、延ばしてーぜ」

「……それは、そうだけどぉ……」

「おめーもよ、アンジェリークの結婚式に出席したいって言っていただろう? そこまで外にいたって、いいだろうよ、今回は」

「そりゃ……うん……」

 そして、マルセルはゼフェルに丸め込まれ、アンジェリークも苦笑しながら頷いた。

 実は、大学の方の講義も心配ではあったが……そんなこと、ヴィクトールに比べるべくもない事だから。

「よっしゃ、決まりや! 俺も、ヴィクトールはんが帰ってくるまで、この星であんじょう稼がしてもらお」

 イマイチ、疑問符がつくチャーリーの言葉だったけれど……一行は、ここに、ヴィクトールが帰ってくるまで滞在する決心をした。

 皆、口々にいろいろな事を言ってはいるが……結局、ヴィクトールの事を、とても心配しているのだ。

 彼の無事を、見届けたい。

 全員の意見は一致していた。

 そして、それから、彼らは……特にアンジェリークは、軍の人間がかの惑星に飛ばしている探査機の映像と、情報を確認しては、ヴィクトールの連絡を待つ、という日々を過ごした。

 そこで、アンジェリークは、更に惑星デューンの詳しい情報を知る事になる。人間同士が創り出す、悲しい物語と共に。

 

*  *  *

 

 惑星デューン。女王の統べる宇宙の西端に位置する小惑星。

 人が誕生してまだわずか数千年の歴史しか持たないこの惑星は、確固とした絶対王政を敷いてきた。長男世襲のこの王室は、その勢いを衰えさせることなく、長い間存続してきた。この惑星の王政は、合法であり、伝統であり、またカリスマでもある支配態勢で、王は民をより良く導き、民は王を信頼しまた慕い、それが当然のように続いてきた。

 それがかすかな歪をみせたのは、百年ほど前。そう、宇宙を統べる女王の存在が知れた頃。

 それでも、当初は女王の存在をわざと意識から外す事で、問題なく絶対王政は続いた。しかし、一見これまでと何ら変らない平穏さは、あまりに脆い物だった。流れる時の中、事情を知る人々の、意識の奥深く、人間誰もが自ら自覚さえしないような深層心理の淵の恐怖がゆっくりと浮上を始め、その恐怖が精神(こころ)を侵しだす。本人達はそれと気づかないまでも、惑星政府、絶対王政の中枢に位置するもの達が、ゆっくりと狂いだす。

 事の起こりは、第38代目の王の後継者問題だった。

 正室との間に後継の出来なかった第38代王は、庶民より迎えた側室との間に男子をもうけるものの、その数年後、正当なる血筋の正室から男子が生まれる。これまでの王室の法としては、妾腹とはいえ第一子長男が王として後を継ぐのがしきたりであったが、正室の男子、次男はあまりに優れすぎた人格……カリスマと呼べるべきものを備えていた。妾腹の男子である長男も、それなりの治世を導けただろうが……次男が、あまりに優秀過ぎた。しかも、正室の男子である。

 王室を擁する中央政府はそこで乱れ始める。―――いや、この程度の後継争いならば、これまで多かれ少なかれ、王室の歴史上には起こっていて、なにかしら決着がついたものだ。平和的に話し合いで解決されることもあれば、もっとどす黒い陰謀の末に決着がつくこともある……どちらか片一方の暗殺、という形で。そう、暗殺されたのは……正室の男子だった。

 王室の歴史上、これらのいざこざは過去に持ち越されないのが常であったのだが、この場合は、そうもいかなかったのだ。これまで“王”は絶対であったが、“女王”は存在しなかった。それゆえ度外視されていた存在。―――正室が最期に産み落とし、王が溺愛してきた唯一の王女……彼女は、あるいはその実の兄、暗殺された次男よりも、ずっと強いカリスマを、人を惹きつけて止まない魅力、王たる素地を備えていたのだ。その時、王女を支持する誰もが思ったのが“宇宙の女王”の存在である。

 広大な宇宙を導く至高の存在は女性の王、女王。なのに、この小惑星の王が女性であってはならないのか? 

 愛する正室の忘れ形見かつ唯一の娘である王女を溺愛していた王もまた、王として公正で公の立場上、決して口には出さなかったが、王女の即位を望んでいたのかもしれない。

 しかし、しきたりはしきたり。長い歴史の伝統を崩す事はできず、それぞれが胸に重苦しい言葉を沈殿させながら、長男は王となった。望まれない王となった。

 第39代の王の名は、ジ・ジェイクという。彼は、自らが王として望まれていない事を知っていた。次男や妹姫を妬んでいた。自分が庶出である事を僻んでいた。そして、彼は、自ら、自分自身を堕とした。王位に着いた後も、彼は、公務をほとんど放棄し、放蕩にふけった。そして、周りの政府役人・侍従たちがその権力を肥大化させ、王の代理として執政官という役職に本来王が治めるべきほとんどの権利を委ねたのである。王は形だけの存在となり、惑星デューンの王室始まって以来初めての傀儡政治が始まってしまったのだ。執政官に集中した権力は、その周囲に腐敗を進めさせた。横行する賄賂、公共物の私物化……全てが狂い始めた。

 腐敗した政治に巣くう蛆虫のような貴族達も、その周囲を取り囲む蝿のような政府役人達も、“女王”の存在を心に留めながら、ほくそえんだ。女王はこの惑星ではあり得ない。それゆえ本来“王”たる素地を持つ王女が政権につくことはなく、この愚鈍な王ジ・ジェイクを王位に据えている限り、自分達はこの爛熟しきった、権力と言う甘美な果実を味わい尽くせる。―――果実が熟し、そして、腐敗しきった先に何があるかなど、考えてはいない。

 腐敗し、腐臭が漂い、民達にさえ見限られる……良識ある者達は、王位の失墜ぶりに、落胆した。このままでは、絶対王政は存続し得ない。そこに存在する蛆虫や蝿は気づかない……腐り切った果実近づく者はいないと。腐った果実は、捨てられるだけだと。近いうちに、必ず、王政は民達によって追われることになろう。歴史ある、デューン王室を、ここで……この数十年で終わらせてはならない。王室のカリスマはすでに落ちるところまで落ち、すでに希薄となっている。これ以上、王の権威を貶めて、これまで確実に続いてきた王室と民衆の信頼関係をたち切るわけにはいかない。あの王……ジ・ジェイクはもう、だめだ。政権は、よりカリスマのある存在へと交代されねばならない。だが、現王の子供達はまだ幼く、このまま政権交代したとしても、かわらずの……いや、現在よりひどい傀儡政治がおこなわれ、幼き王はより哀れな傀儡(くぐつ)となり果てる。だたひとり、デューン王室を復興させられるとすれば……それは、前王の一人娘、王女リ・アーンだけだ。彼女ほど、“王”たる存在はいない。

 王女リ・アーンは有力貴族の元に降嫁していた。彼女の父、第38代王が精選した、善良で優良な貴族の元で、彼女は腹違いの兄の行いに胸を痛めていた。

 政権転覆の話に、降嫁先の貴族の一族も、彼女の善良な夫も、彼女の身を案じたが……彼女はその話を受けた。王族である事に誇りを持ち、父王やこれまでの王室の伝統を尊敬してきた彼女は、実兄が暗殺された頃から王室の行く末に懸念を抱いていた。……そして、それが現実となったわけだ。実兄が暗殺されたのはショックだった。けれど、ジ・ジェイクが真っ当な政策をすすめて行くのならば、自分は口出しすまいと思い、生来の強い性格を抑えてきた。だが、もう、限界だった。もう、黙って見てはいられなかった。

『私(わたくし)は立ち上がります。これ以上、伝統ある王室が穢れて行く様を黙って見てはいられないでしょう。民の信頼を得られない王が存続する意味はありません。私が王になる事で、王室の伝統が壊れると言う者もいるやもしれませんが、私達の生きるこの広大な宇宙を統べるのは女性の王だといいます。そう、王が女性が男性かとうのは小さな問題なのです。ようは、王となる人物がいかに民の信頼を得られるかにあります。私には自信があります。それは、私が王たるものがどういった存在であるかを理解しているからです。王室の伝統も“王”となるべき存在が“王”となる事で壊れたりはしません。―――私は、王になりましょう』

 王女リ・アーンは、真っ直ぐに前を向き、凛としていい切った。

 ―――この言葉が、内戦の始まりだったという。

 王女リ・アーン擁する一派は“正当なる後継者”“宇宙の女王”を旗印とし、革新的穏健派となった。

 王ジ・ジェイク擁する一派はそれを認めることなく“伝統あるデューン王室”を対抗要因とし、保守的過激派として王女リ・アーン派を弾圧した。

 初期の頃の内戦は、まだ目に見えた流血戦はなかった。

 だだ、世の常として、戦争が起これば武器は発達するもの。次第に高度な武器が開発されていき、各所で人々の血が流れるようになった。

 王女リ・アーンがそれに気づいたときには、もう、戦争は一人歩きを始めていた。

 

 彼女の周りで多くの人間が死んだ。

 彼女のために……デューン王室のために。

 王女リ・アーンは、焼け焦げた街の惨状に、何度も涙した。

 王室の問題に、関係のない民達を巻き込んだ。こんなはずではなかった。

 彼女が望んでいたのは、こんな事ではなかった。

 ある時、幼い息子の手を引いて、気の置けない数人の侍従と共に彼女はこっそり砦を抜け出し、半ば廃墟と化した城下町に向かった。街の一角、崩れかかった病院。そこには、多くの怪我人が、満足な治療を受けられないで横たわっていた。幼い子を抱いた若い母親が、身なりの良い彼女たちの元に駆け寄ってすがりつく。この子を助けてください、と。自分はいいから、どうかこの子だけは、と。王女リ・アーンは苦渋に顔を歪めた。そして、ひざまづき、若い母親の手に換金できるだけの宝石を握らせ、子供には籠にいっぱいの菓子を与えた。

 ふたりを抱きしめ、いつか戦いは終わるから、と囁く。けれど、若い母親は、諦めたように頭をふった。

 王女リ・アーンの息子……王子ジ・デュアンは、母親の性状をそのまま受け継いでいた。

 砦に帰って、まだ8つになったばかりの彼は、決意した。

 この無意味な戦争を自分が終わらせようと。必ず終結させて、民達を幸福にしようと。

 そう自分自身に誓い、彼もまた運命の渦中に自ら赴くことになる。

 

 ジ・デュアンは敵方の娘……ジ・ジェイクの妾腹の末娘を攫ってきた。

 ジ・デュアンは何度となく、この無意味な戦争を終わらせるために、ジ・ジェイクに交渉を申し出た。が、ジ・ジェイクはジ・デュアンの手紙さえ読もうとせず、ただ、交渉相手として捨て駒のように妾腹の末姫を差し向けた。線の細い、儚げな少女に何度となく会ううちに、彼は彼女を……彼女もまた彼を愛するようになった。

 彼女の名前はリ・シェイラ。あまり体は強くはないが、心は強い娘だった。また、良識的で頭も良く、ジ・デュアンの理想に賛同した―――つまり、自分の父親を捨てたのだ。彼女は父親に会った記憶はなかった。父親の記憶と言えば、時折届く勅命を記した書簡だけ。会った事のない父親よりも、彼女は愛する男性を選んだ。彼女は十七歳だった。そして、ジ・デュアンは三十一歳。

 リ・シェイラが身ごもるのはそれから二年後の事である。ジ・デュアンは三人の侍従をつけて彼女を惑星シュスタットに避難させた。そもそも、体の強くない彼女に、荒れた惑星を共に移動するのは無理であったうえ、妊娠しているのだから……。彼女は最後まで彼の傍にいると主張したが……自分が足手まといになる事を悟ると、静かに、宇宙の女王が差し向けた王立派遣軍の宇宙船で隣の惑星へと向かった。そして、彼女は、その惑星で女児を生むと……一年も経たないうちに、身罷(みまか)った。まだ、二十歳だった。

 

*  *  *

 

 軍が集めた資料もあれば、誰かの手による文章もあった。

 アンジェリークは、ヴィクトールの身を心配してどうにかなってしまいそうになる心を、それら惑星の情報を読みふける事で誤魔化していた。

 けれど、これらの資料……特に、内戦に翻弄される人々の事を知れば知るほど、胸が痛んだ。

 ヴィクトールを心配する心から、惑星デューンの人々の幸せを願う思いが生まれた。

 ヴィクトールに無事でいて欲しい。そして、惑星デューンの内戦が終結し、かつての幸せな日々が戻るように……祈らずにはいられなかった。

 

<つづく>

   


<言い訳>

前半=くさい

後半=重い

やっぱり、オリジナル色が強いですねぇ・・・・・・

いったい、どこのSFものだか・・・・・・(^^;)