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別離のとき 〜 そして…… 『二人の物語は、ここから始まります。そして終わることはありません』
−1− かつては、壮麗な建物が軒を連ねていたであろうその通りは見る影もなかった。割れた窓ガラス、崩れかかった石造りの建物。道路であっただろう所の石畳はすっかり砕け、下から覗いた土から、雑草が生い茂る。人の気配は薄い。このようなかつての大都市に残っているのは、ここを離れられない余程の理由があるものか、政府軍、あるいはゲリラ、テロといった種の活動をする人間達であろう。 ここは、宇宙の中で西方に位置する惑星である。 ここでは、数十年に渡る内乱が続いていた。 この今だ未分化の惑星は、つい百年ほど前に宇宙の女王の存在を認めて、新たな歩みを始めてから間がなかった。それゆえ、『女王』という存在に対する知識も認識も浅く、むしろ、女王という未知の存在への畏れのほうが強かった。 女王の存在を知ってよりこの方、惑星の者達は不安にさらされ続けてきた。 未知の存在である女王が、自分達の生活を大きく変えてしまうのではないか、と。 かつて、この惑星には半ば有名無実となりつつはあるが、それでもまだ絶対的な力を持つ王政をしいていた。だからこそ、『女王』という存在に反発せずにはいられなかったのだ。王より上に位置する女王など、認められない。 王族やそれに寄生する貴族、あるいは王を傀儡化しつつあった執政官らが急先鋒となって女王という存在に反発し出した頃、腐敗化しつつある王制の未来を不安に思っていた政府一派が女王という存在をだしに、女王を支持する新たな王を擁立しようと計った。 そして約五十年前、惑星の中枢に位置する者たちが大きく二派に分かれ、内乱が始まったのである。政府内部のお家騒動という事実を内に秘めて、名目上は宇宙の女王を容認しようと言う革新的穏健派と、宇宙の女王に不信感を持ち、その存在の元で自分達が生かされているという考えが納得できない保守的過激派となり、惑星の民衆を翻弄し出した。 だが、そのどちらの派閥も、実際の女王の存在理由を理解しているわけではなかった。 そもそも、女王という存在は、他の惑星を支配しようとするものではない。ただ、宇宙を構成する要素として、宇宙をよりよく導く要素として必要だという存在なのである。だから、女王の統べる宇宙の惑星の中には勿論、女王を強く崇拝する惑星もあるが、ほとんどの惑星は女王の存在を認めながらも、独自の文化・文明を、女王の存在とは関わりなく守っているのである。中には、惑星の一部の者にしか女王の存在を知らせていない惑星や、まったく女王の存在を知らない惑星もあるにはあるが、だからと言って、女王がもたらす力を受けられないというわけではない。女王は、等しく、全ての宇宙を導いているのだから。 ―――この惑星は、その認識をつけることなく、勝手な女王像を持って、内乱を推し進めたのである。 本来、宇宙を導く聖地の機関は、各惑星の内政には関わりを持つ事を控えている。が、今回のこの惑星の内乱は、たとえ『女王』が出汁にされているだけでも、そもそもの原因が原因であるだけに……口出しをしないわけには行かなかった。 かと言って、どちらの勢力を支持するとか、仲裁に入って……という類の口出しではなかった。そのような直接的な働きかけでは、余計にこの惑星を混沌に導いてしまう事になるだろうから そこで、聖地の機関は、使者を何名かこの惑星に遣わした。使者はそれぞれの勢力の筆頭人物に女王に対する認識を説明するために遣わされたのだ。―――聖地の機関では、これによって、それぞれの勢力が女王に対する十分な認識を培えば、互いに歩み寄って和解が成立すると考えたのである。それが、聖地機関の精一杯の働きかけだった。 が、一度、燃え上がった炎は、僅かな差し水くらいでは、おさまる事がなかった。当然である。 当初の政府の二派だけでなく、いつか、民間の間からも共和制への移行を望む者たちがゲリラやテロといった活動を行うようになり……混沌は広がって行った。 惑星の人口は激減し……聖地の機関も、この惑星の内乱には手の施しようがなくなってきていた。 ただ、できたのは、心ある人間を、少しでも別の惑星へと避難させること……そして、ここに、良心の残る惑星政府の人間からの要請を受けて、王立派遣軍が遣わされる事となったのである。
切り立った山々は、人を寄せ付けることなく聳え立つ。 その山間に、聖地から派遣された軍の基地(ベース)と宇宙港(ステーション)はあった。 この人気のない山岳部は、戦火から遠く隔てられていて、人目をしのんだ宇宙船が離着陸するのにはちょうど良いのである。 この基地は、設立されてかなりの年月を経ていた。にもかかわらず、いまだこの惑星の政府軍に見つかることなく、戦争とは無関係の、善良なる民間人をここから別の惑星へと移していたが……その役目も終わりが近づいてきていた。今、この基地にいる派遣軍が、最後の任務を終えるのは、後僅か数年と計画されていたからだ。 惑星の人口の30%以上の人間を、近隣の、人口の少ない、極めて友好的な惑星へと移してきた。そして、もうすぐ移し終わる予定である。 派遣軍の基地。先ほど、数百人の人間を乗せて宇宙船は飛び立った。惑星各地に散った小隊によって、次に避難民が運ばれてくるのは、これから数日後になるだろう。それまで、基地に駐屯する司令部の人間は、小隊からの連絡待ちをするだけである。 司令部……政府の人間と軍の指揮系統を預かる人間によって構成される。とは言っても、ここにいるのは、わずかに一個小隊の人間……二十数人ほどである。 惑星の地図に目を走らせていた、指揮官の後ろから、温かな飲み物が差し出される。 「ああ、すまんな」 官殿、ご苦労様です」 士官は、友好的な笑顔で彼に飲み物を手渡す。 「予定通りに進んでいると報告が入っていますのに、そこまでされないと気がすまれませんか?」 この惑星に共にやってきた士官は、以前この指揮官と共に仕事をした事もあり、丁寧な口調に笑みをにじませて、親しげに声をかける。 「念には念を、だ。できるだけのことは、やっておかねばな。いつ、何が起こるか分からんもんだしな」 指揮官の過去を知っている士官は、苦笑を浮かべて、自分もその隣の簡素な椅子に腰掛けた。 『悲劇の英雄』。それが、この指揮官のかつての呼称であった。 災害に見まわれたある惑星で、大多数の住民の命と引き換えに、多くの部下を失って、心身ともに傷ついた彼の冠した悲しい呼称。 けれど、今、彼の過去は封印されている。一部の人間しかその事実を知らない。それは、彼自身が『英雄』扱いされるのを望まなかったからだ。その代わりに、かつて、災害によって亡くなったかれの部下達を記載した郡の記録には、その者達に英雄の呼称が冠されているという。 その災害から後、姿をくらませていた彼は、数年前に再び軍に戻ってきた。噂では、聖地の機関中枢からの強い推しがあったのだという。 今回のこの惑星への派遣も、彼の指揮能力、人望などを買われた事に加え、聖地機関上層部からのたっての願いもあった、ということだ。その際、女王補佐官から直々の書状が届いていたとかいないとか……。 「あと、半年、ですか?」 ふいの士官の言葉に、指揮官は顔を上げる。 栗色の髪、ブルーグリーンの瞳の愛らしい少女が、学校の正門の前で花束を抱えたまま、にこやかに笑っている。 指揮官の婚約者だと言う少女の写真だ。三年前、高校の卒業式の時に写したものだという。 以前、この写真を見たものから、女子高生が婚約者……と、妙な噂が流れていたが……まあ、出会ったのは確かに彼女が女子高生の時だというし、指揮官は否定はしていなかった。随分と年の離れた……一五歳も年下の婚約者なのは間違いはないのだし、とは、本人のぼやきである。 その彼女を、指揮官は待たせてある。 彼女が二十になるまで、と、約束して。 その約束まで、もう少しだ。 もうすぐ、任務は終了し、任期も明ける。 「そうだな……」 指揮官も、写真に目をやり……懐かしむように、そして、愛しげに、その写真を見つめた。 あと、少し。もうすぐ、だ。 もうすぐ任務も終了し、帰ることができる……はずだった。 『……緊急事態。緊急事態。すぐに応答されたし!』 突然、無線機からけたたましい音が送り出される。 「何事だ!?」 『こちら、第3小隊! 政府軍に発見され、襲撃を受けました!!』 焦った声に、背後の爆発音が入る。 『……今は、近くの森の中に逃げ延びましたが……見つかるのは時間の問題です! 搬送している民達を先にそちらに向かわせます』 「逃げられるのか!?」 『山を越えれば基地まですぐです。森伝いに行けます。隊を二分して、一方を囮にします!』 相手を殺傷する武器は、派遣軍ではわずかしか持ち合わせていない。せいぜい、相手を気絶させる程度の武器がほとんどだ。だから、攻撃してくる相手に囲まれた場合、反撃の手段はなく、陽動作戦が最良の手といえるかもしれなかった。―――少なくとも、派遣軍の士官たちは、一を取るより十を取るように……自分ひとりの命より、助ける複数の相手のを重んじるように、教えられているのだ。 「了解……」 無線技師が言い切る前に、指揮官が無線機に割って入る。 「ばかやろう! 無茶はするな!」 唖然とする周囲の者たちにかまわず、怒声もあらわに、指揮官は続ける。 「囮なんて、死ぬも同然だ! 無茶はするな! こちらから救助に出向く! お前らが死ぬ事はない! もうしばらく、持ちこたえろっ! いいか、今いる正確な位置と、政府軍の数、武装状況を分かるだけ報告しろ!」 指揮官の言葉に、戸惑いながらも、第3小隊から返ってきた答えはかなり絶望的なものだった。 位置としては、基地からそう遠くはないのだが、政府軍の数は一個大隊。武器もかなりの数ときている。 しかも……!! 『これは、民の一部から聞いた情報ですが……もしかしたら、基地の存在が政府軍に知られたのかもしれません……』 一刻の猶予もなかった。 事実、基地の存在が知られたというのなら、今すぐ基地を爆破でもして宇宙船でこの場を離れるべきだろう。が、助けるべき民も、各地に散る隊員達も、放っておけない。自分達だけ助かるわけにはいかない! 「今、この基地に武器はどの程度ある!?」 「指揮官!?」 昔の傷が、ひどく痛む。 部下達を……友をなくした傷が……。 「これから、隊を分ける。お前がそっちの隊を指揮しろ、いいな?」 直属の士官に命じ、小隊を更に半分にまで分ける支持をする。 「よし、そっちの隊は、先に宇宙船でかの惑星まで行き待機していろ! この基地を爆破していくのを忘れるなよ?」 「指揮官殿!? まさか、その人数で……」 「それこそ無茶ですっ!」 「大丈夫だ、お前たちを死なせやしない。それに、俺自身もむざむざ死ぬわけにも行かないからな。だから、よく聞け。これから俺が話すことを。これをしくじったら、俺だけじゃない、お前ら自身も死ぬかもしれんからな」 だが、決して死なせはしない。 付け加えられた指揮官の言葉に、隊員達は、強く頷いた。
―――後、半年。 アンジェリークは、届いたばかりの婚約者……ヴィクトールからの手紙に目を落としていた。 そこには、彼らしい、読みやすい文字で、彼の近況が綴られていた。とは言っても、それは極めて事務的な近況であり、そこに、彼自身の生活の匂いはしない。ただ、いつものように、文の最後には、早くアンジェリークに会いたいと、そう付け加えられていた。 日付は、今日から一ヶ月前のものである。 会いたい。 ヴィクトールに、会いたい。 アンジェリークも、手紙を読みながら、そう思う。 「ヴィクトールさんからの手紙?」 背後からの声に、急に現実に引き戻されたアンジェリークは、振り返った。 「ママ……」 「あなたのその表情見れば、一目瞭然よね」 アンジェリークはスモルにニィ女学院の高等部を卒業後、同校の短期大学部に通っていた。短期大学部でも、アンジェリークは寮暮らしなのだが、実家に届くヴィクトールの手紙の為に、週末は必ず実家に帰ってきていた。 「律儀な人ね。一ヶ月に一度は必ず手紙をくれるのよね」 ポットからカップへ、紅茶を注ぎながら、アンジェリークの母親は微笑む。 そして、紅茶の香りに誘われるように、思いだし笑いをはじめて……。 「ママ?」 「いえ、ね。あなたが聖地から帰ってきたときの事を思い出したのよ。……私もパパも、諦めてた……あなたが女王候補に選ばれてしまった時に。もう、この娘と会う事は叶わなくなるかもしれない、って。私達が抵抗してどうこうの問題じゃないから。……なのに、あなたを諦める決心がつきかけていた矢先、あなたは戻ってきた。あの人を連れて、ね」 アンジェリークの隣に座り、彼女の前髪をそっとかきあげる。 「びっくりしたわよ、あの時はもう。聖地で好きな人ができたから、って、女王候補の立場を捨てて、帰ってきた……。まあ、女王陛下がそれをお許しになっていらっしゃるなら……これも、私達が口を挟める問題ではないから……。おかしいわよね……お腹を痛めて生んで、ここまで育ててきた親が、娘の人生に口出しさえできないなんて……。もっとも、彼のことに関しては、あなたの意思だったから……」 それから、ひとりくすくす笑い出す。 「でもっ、あなたが好きになったって人が、あーんな図体の大きい、軍人なんてね! しかも、随分と年上でね。あの時でさえ三十一才だっけ? あの人が家に来たときのパパの顔ったら! 女王陛下の公認であるから、認めないわけには……って、ありありの渋りかた」 「ママッ! ヴィクトールのこと、そんなふうに言わないで!」 いつもはどうしようもないくらいおっとり穏やかなくせ、最愛のヴィクトールの事となるとこうもムキになる娘がいじらしくて、その両頬を軽くつねりあげ、母親は言葉を続ける。 「ママは、彼のこと、気に入っているって言っているでしょう? 人柄も良いし、あなたをとても大事にしてくれそう。なにより……いい男だと思うわよ? ママがあと十歳若ければ、なんて思ったりして」 「ママ……娘の婚約者に変な気起こさないでよね」 「……ふふっ。でもねぇ、あなたが聖地に行っている間、ママがぼーんやりしながら考えていたのは、あなたが素敵な守護聖様の誰かをつかまえてきたら……って事だったのよ?」 若くて冗談の通じる母、で通っているが……軽すぎる、と、アンジェリークは頭を抱えた。 「ちなみにねー、ママは光の守護聖様……ジュリアス様だっけ? 彼が好みかな。ママたちの世代の、少女漫画に登場する王子様みたいよねー」 「……。でも、あの方、性格は謹厳実直よ? ―――確かに、白馬には乗っていらっしゃるようだけれど……」 「それがいいんじゃないのっ。男性は真面目が一番。ま、容姿もよければ言う事なしだけれど……それはともかくとして、真面目と言う点では、ヴィクトールさんも軍人らしく質実剛健で、浮気なんてしそうもないわね、良い事だわ」 アンジェリークは母親の言葉に、守護聖の一人……軍人家系の出身だという、元軍人を思い出して深く息をついた。彼を連れてきたら、その言葉はどう変っていたのだろうか……考えるだに、恐ろしい。 「ともかく、私は、あなたとヴィクトールさんのことを祝福しているわ。……約束まで、あなたが二十歳になるまでもう少し。彼が任地から戻ってきたら……アンジェリーク、ママが要したウエディングドレスを着て、彼をお迎えしなさいな」 「ウエディングドレスって……ママ?」 「……あら? 言っていなかったかしら……? あらら……」 「ママ?」 「……―――作っているのよ、あなたの為に。……伊達に、洋裁の免状を持っていないわよ? 宇宙一、素敵な花嫁さんになって、あの人をお迎えしなきゃ、ね?」 破顔一笑。 アンジェリークは、強く母親に抱きついた。 後は、彼が、ヴィクトールが無事に任地から戻ってくれば……。 心配は、ある。けれど、アンジェリークには、確信があった。ヴィクトールが、必ず無事に戻ってくると。 ―――だって、あの日、約束したから……。
<言い訳> 創作部屋が寂しかったので、学生時代に書いた創作を出してみました。 本当に長い話です。そして、オリジナル色が強いです。出だし見てもらっても、一目瞭然(笑)。 忙しくて、「アンジェリーク」の創作にしか興味がない、という方は、 読まないほうがいいかも、です。しかも、下書きも収拾がつかなくて、停滞中です。 完結するのはいつになるか分かりません・・・・・・(−−;;)。 それでもいいよ、っていう、心が広くて、お暇な方だけおつきあいを(^▽^)。 |