女王陛下の使者に案内されたのは、王立研究院だった。

 十数年前と全く変りのない、その建物に、アンジェリークは胸が熱くなるような懐かしさを覚えた。

 しかも。

「アンジェ、やっと来たっ!!

 レイチェルが、入り口から顔を出して、手を振った。

 なんとなく、彼女がいるのは分かっていた。

 さすがに少し驚きはしたが、アンジェリークもヴィクトールも顔を見合わせて、ふきだした。

「多分、あいつもいるだろう?」

「ええ。レイチェルがいるのなら、ね」

 そして、懐かしい建物の、懐かしい定位置に、彼はいる。

「ああ、みえられましたね、アンジェリーク、ヴィクトールさん」

 手元のコンピューターのスクリーンから顔を上げ、眼鏡を上げる。

「久しぶりだな」

「ええ。キャサリンが生まれたとき以来ですね」

「キャサリンは、うちのママに預けてあるのよ」

 レイチェルが付け加えて言う。

「またそのうち様子を見に行くよ」

「ええ、是非そうしてください。えーところで……」

 レイチェルの夫……エルンストは、彼らしい生真面目さで、挨拶もそこそこに本題に入る。

「―――今回は、私も驚きました……。二ヶ月ほど前に、突然、聖地のロザリア様からお呼びがかかって、調べて欲しい事がある、と……」

 言いながら、二人をスクリーンの前に呼び寄せる。

「ロザリア様からのお話もあるでしょうが、その前に、まずは、これらの資料を見てください」

 そこに映し出されているのは、映像。

「……!?

 ふたりは、息を呑んだ。

 ひどい、光景だった。

 大地はひび割れ、緑は枯れ果てている。かつて水をたたえていたであろう湖は、クレーターのようなその窪みだけを不気味にさらけ出し、一番深い湖底に僅かな泥だけが水分として残っている。生物の姿は、ない。そして、奇妙に赤黒い、ぎらついた日の光が地上を覆っている様はまるで……。

「地獄絵のようだな……」

 低く、ヴィクトールが呟いた。

 アンジェリークの背を、ひどい悪寒が駆け抜けた。眩暈を覚えて、ヴィクトールの腕にしがみついた。

 ヴィクトールが気遣うようにアンジェリークの身体を支え、エルンストの目を見た。

「これは、どこの惑星なんだ? このひどい有様で……住んでいる人は、どうした? これほどひどい状況ならば派遣軍が遣わされるべきだろう!? だが、俺は、こんな惨状の星のデータは知らない。この惑星には、派遣軍が向かった記録はない」

 少し、憤っていた。

 エルンストは冷静にヴィクトールの瞳を見つめ返して、頷き、画面を切り替えた。

「ええ。この惑星に、派遣軍は向かっていません。ですが、この惑星には、まだ、人は住んでいないのです」

「なんだって?」

「この惑星だけではありません」

 切り替わった画面は、その地一箇所に視点を据えたまま、次第に後退して行く。上空からの映像となり、そして、宇宙からの映像となった。その惑星は……崩れていた。

 本来、球状をしていた惑星の約三分の一ほどが崩れ、そのかけらが周囲の宇宙空間に散乱していて、その惑星は既に原型を留めていない。

「これは……」

 映像は崩れかかった惑星から移動して、次に画面に映るのは、一見、宇宙空間から見ただけでは極めてありふれた惑星。

 だが、今度はさっきとは逆にその惑星に映像が接近して行って……新たな惨状が映し出された。

 今度は、惑星中が氷結していた。

 薄暗い、けれどかすかに光はある。まるで月の明るい夜、紗のカーテンを下ろしたような明かりの元、海も、川も、以前は青々としていたような寒冷地に強い針葉樹までが、その形状のまま、凍結してしまっている。

「ある日突然、それまでこの惑星を照らしていた恒星が消滅したのですよ。今、この惑星を照らしている恒星はあまりに離れすぎていて、このようにかすかな明かりしか届かないのです」

 ヴィクトールは絶句した。

 そして、アンジェリークは顔を青くして、映像を食い入るように見つめている。

「まだ、わずかに数ヶ月の調査をしただけなのに、調査した一五の惑星中、四つまでが、それぞれ状況に違いがあるものの、このように生物が住む事の出来ない環境へと変容しています」

 さすがのエルンストも、表情を堅くしている。

 しばらく、アンジェリークはもちろん、ヴィクトールも口を開けないでいた。何も言えないでいた。

 事前にエルンストから説明を受けていたレイチェルも、改めてその惨状を目の当たりにして、言葉をなくしていた。

「……これは、どういうことだ……」

 ヴィクトールのかすれた言葉に応えたのは、エルンストよりも、アンジェリークのほうが早かった。

「これは、私達が育てた新宇宙なのね……」

 ヴィクトールは目を丸くし、アンジェリークを見て、それから映像を見た。

「ええ。その通りです。あなたとレイチェルが育てた宇宙です」

「……そう、それで、分かった……」

 真っ青な顔で、どうにかヴィクトールに支えられて立っているアンジェリークは、それでも、口調だけはしっかりとしていた。

「あの声は……私を呼ぶあの声は、ここから届いてたのだわ。そう、あれは、宇宙の意思となった、アルフォンシアの声だったのね」

 ―――ずっと、アンジェリークを呼んでいたのは……アルフォンシアだったのだ。

 新宇宙の危機に、アンジェリークに助けを求めていたのだ。

「でも、なぜ、新宇宙は……?」

 エルンストに真っ直ぐに視線を固定させる。

 エルンストは、意外にしっかりしているアンジェリークに安堵したのか、これまで分かっている事の説明を始める。

「これは、少ないデータからの私の推測に過ぎないのですが……。

 新宇宙は守護聖様方のサクリアによって構成され、創造されましたよね。女王候補であるあなたとレイチェルの手を介して。ですが、新宇宙に女王は立たなかった。当然守護聖も存在しない。

 ―――覚えておいでですか? 試験終了の際、女王陛下が言われていた事を。すなわち、女王のいない宇宙は女王の治める宇宙よりも成長が遅いと。

 そう、確かに新宇宙の成長は、ひどく緩慢なものでした。十年以上たった今でさえ、人という生命は存在しないのですから。過去のこの宇宙、女王の治める宇宙のデータから見て、もう人という生命は存在していていいはずの年月が過ぎているのに、新宇宙にはいまだ人はいない。

 それは、新宇宙に、宇宙の成長を促すべき女王がいないのみならず、かつて新宇宙が受け止めた守護聖様方の九つのサクリアも存在しないからです。

 宇宙を構成する九つの力……それを柱として創造された新宇宙ですから、その力なくしてはやっていけなかったのでしょう。

 新宇宙は創世の際に送られた九つの力を成長の糧として使い、そして、その力は使い果たされました。そして……九つの力を消耗し切った新宇宙は崩壊に向かっているのです。なにしろ、新宇宙には成長の糧となるべき力の元……つまりは、守護聖といような存在以前に、人という生命さえ誕生していないのですから。

 あるいは、女王だけでも新宇宙に存在していれば、九つのサクリア全てを内包する女王のサクリアで、新宇宙は成り立つ事もできたでしょう。

 ―――ですが……」

 言いにくそうに、エルンストは口をつぐんだ。

 新宇宙に女王は存在しなかった。

 なぜなら、女王となるべき存在は宇宙を統べる至高の存在『女王』の位を望まず、ただひとりの『女性』として生きることを選んでしまったのだから……。

「私の、せいだわ……」

 アンジェリークが震える声で呟いた。

「新宇宙が崩壊に向かっているのも、アルフォンシアが苦しんでいるのも、私が……」

 ヴィクトールがアンジェリークの肩を抱く腕に力を入れた。

「俺が、お前を攫ってしまったせいだ……」

 そして、沈黙が広がった。

 誰も、何も言わなかった。言えなかった。

 アンジェリークが新宇宙を捨てたから……ヴィクトールがアンジェリークに『女性』となる決心をさせたから。それゆえ、宇宙は崩壊へと向かっているから……。

 彼らの、自責の言葉に、へたな慰めの言葉は無意味だ。

 事実や真実を否定する事はできない。

 ただ……。

「でも、それは、あなたがただけのせいではないでしょう?」

 声がした。

 涼やかで、凛とした女性の声。

「わたくしたちの知識が不足していたせいでもあるわ」

 背後から現れたのは、女王補佐官ロザリア。

 懐かしい、記憶の中の女性は、あの頃とまったく変らない、美しくも高貴な姿で彼らの前に現れたのだ。

「お久しぶり。アンジェリーク、レイチェル、ヴィクトール」

 やわらかに微笑んた。

「突然の呼び出しで申し訳ないわ。でも、あなたがたでなければこの問題は収束できそうにないから……」

 少し、表情をしかめて、ロザリアは息をついた。

「まったく、こんな事態、予想だにできなかったわ……!」

 苦々しい表情と口調は、自分を責めてさえいるようだった。

「もっと早くに気づいていれば、あなた達を巻き込むことなく、どうにか終結できたかもしれないけれど……女王陛下でさえ、こんな事態になって、やっと新宇宙の異変を感知できたのよ……。なにしろ、別宇宙の事だから……。いえ、あるいは、もしかすると、あなたの方が、陛下よりも敏感に気づいていたかもしれないわね……」

 じっとアンジェリークの瞳を見つめる。

 アンジェリークは、かすかにうなずいて、口を開いた。

「ええ、多分……でも、私には、なにもできないから……。ロザリア様、私達をここに呼び寄せられたのは、私達になにかできる事があったからなんですね?」

 ロザリアは曖昧に頷いた。

 まだ、確信が持てないという事なのだろう。

「なにが、できるんですか? 新宇宙のために……アルフォンシアのために!」

 ロザリアは、また、複雑に困惑した表情をした。

 アンジェリークは必死だった……けれど、ロザリアが何か知っているわけではないことに、彼女の表情から察する事は、できた。

 ヴィクトールが、アンジェリークをたしなめるように彼女の肩に手をおいた。

「わたくしは、陛下の遣い。全ては、陛下の御心のままに……」

 呟くロザリア。

 そして、それに重ねるように声。

「私は、ただ、あなたに力を貸すだけだわ。答えは、あなた自身で見つけなければ」

 今度現れたのは……女王陛下その人だった。

 金の髪の女王陛下もまた、以前通りの気高い姿で現れた。

「陛下! どうして、ここに? わたくしが皆を謁見室まで案内すると言ったではありませんか?」

 ロザリアが目くじらをたてるのに、女王陛下は少女のような悪戯っぽい笑みを緑の瞳に浮かべる。

「女王って、ほとんど一日中宮殿にこもりきりで、疲れるのよ。第一、退屈で」

「退屈って……公務があるでしょう!?

「私達の宇宙は極めて平和よ。私の力も、守護聖達の力も、うまく作用している。力は循環し、宇宙を構成する。循環し始めた力は、へたな気遣いをしないほうがいいわ。でも、循環するまで、力は行き場所を知らない。必要のないところに回ってしまった力は、崩壊を呼ぶだけ。それを導き、力を循環させ、宇宙を安定させるのが私の……宇宙の女王の仕事」

 皆の表情を見まわして、にっこりと微笑み、続ける。今度は、少し、表情を落として。

「―――新宇宙には、その力の導き手がいなかった。導きを失った力は不必要に暴走し、ある場所では力は超過し、ある場所では力は不足してしまった。力は、超過した場所では互いに打ち消しあい、不足した場所では消耗された。そして……力は激減し、崩壊が始まった。……そうね、さっきのエルンストの推測は大方正しいわ。せめて、新宇宙に力が循環するようになるまでは、あなたがたに聖地に残ってもらったほうがよかたのかもしれない……宇宙の摂理を理解していながら、その判断をミスしたのは私だわ」

「陛下……」

 自嘲するような女王陛下に、皆が注目した。

 けれど、一瞬後、女王陛下はにこやかに微笑んだ。

「アルフォンシアの声は私には分からない。だから、アンジェリーク、あなたが……かの聖獣と意思疎通のできるあなたが、その声をお聞きなさい」

 アンジェリークの手をそっと取る。

「陛下?

「こうなってしまっては、私にはどうにもできない。この新宇宙では、私の力は上手く働かない。この宇宙に通じる力を持っているのは、あなただけよ、アンジェリーク。だから、ね、私ができるのは、あなたと聖獣の意思を引きあわせるだけ」

 不安に眉を寄せるアンジェリークに微笑みかけ、そして、女王は、エルンストを見る。

 エルンストは了解したとばかりに頷いた。

「それでは、時空の扉を開きます。ただ、以前のように、こちらの宇宙と完全に通じているわけでなく、ひどく不安定なので……いえ、陛下には今更言う必要はありませんね。それでは、お気をつけて」

 エルンストの言葉は、不安を誘うもので、ヴィクトールが眉を寄せた。

「おい、エルンスト。そんな不安定なところに、女王陛下とアンジェリークを向かわせるのは……」

「大丈夫よ、ヴィクトール。この宇宙の内では私の力は完全なものだし、新宇宙に行けば、宇宙そのものとなったアルフォンシアがアンジェリークを守ってくれるから」

 女王陛下の自信に満ちた微笑を、言葉を、ヴィクトールは信じられないわけではないが、それでも、少し不安げに、彼女達を送り出した。

 

 時空の扉をくぐると、そこは……崩壊の始まった新宇宙。

 あの映像よりもっと身近に、現実を目の当たりにした。

 そこに、あの女王試験の頃のように幼いアルフォンシアの姿はなかった。

 完全な聖獣となったアルフォンシアの姿もまた、なかった。

「アルフォンシアは、どこに……?」

 今まで、隣にあった女王陛下の姿もなかった。

 ただ、女王陛下の存在のようなものは、すぐ傍に感じた。そして、声が、直接頭に響く。

『アンジェリーク。宇宙そのものとなったアルフォンシアは、崩壊する宇宙と共に、消えていこうとしています』

「え? だって、そんな……!!

『アンジェリーク、落ち着いて。だから、私が共に来たの。さあ、目を閉じて……そして、宇宙に溶けこみなさい。あの頃を思い出して、宇宙とひとつになりなさい』

 優しい、女王陛下の声。

『さあ、アンジェリーク。アルフォンシアは、あなたを待っています』

 目を閉じる。あの頃を思い出す。

 聖獣アルフォンシアと心を通わせていたあの頃を。

 心で、呼びかける。

 アルフォンシアの存在を求めて。

 ―――アルフォンシア……ごめんね、今まで、ずっと、あなたのこと、忘れてた……あなたは、こんなに苦しんでたのに、私ばかり、幸福に酔ってた……アルフォンシア、私、あなたの力になりたい。この宇宙とあなたを救いたいの……私にできることなら、なんでもするから……アルフォンシア……!!

 果たして、アルフォンシアの声は……微かながら、アンジェリークに届く。

 でも、それは微かすぎる。

 感じとれはするけれど、内容までは分からない。

 ―――何を、言っているの? アルフォンシア? ねえ、お願い、もっと、私に分かるように話して……それとも、もう、私ではあなたの声を聞けないの?

 アルフォンシアの言葉よりも、心が、アンジェリークの心の琴線に触れる。

 あの頃のように、アンジェリークを強く慕う心。

 アルフォンシアは変らない。

 もしかすると、変ってしまったのは自分のほうかもしれないと、アンジェリークは思い、胸が痛かった。

 ―――私に、何ができるの? ……え? 何? よく聞こえない……。私? 私が、あの頃のように、あなたに、この宇宙に力を送ればいいの? ……。聞こえない……。……私が、力を送れば、あなたは、助かるの……? でも、私には……。……? 違う? 私の……私の、娘……? え? でも、私に、娘は、いない……ねえ、どういうこと、アルフォンシア? アルフォンシア? ねえ、アルフォンシア? ああ……だめ、もう、聞こえない。どうして、どうして……。アルフォンシア? 応えて……。アルフォンシア!!

 徐々に、アルフォンシアの声が聞こえなくなり、その存在も、遠ざかった。

『限界だわ』

「陛下? どういうことです!? アルフォンシア、もしかして……!?

『まだ、大丈夫。ただ、力をつかいすぎたんだわ。そう、あなたも、もう、あの聖獣の声を聞くことは困難になってしまったのね……。いいわ、でも、収穫はありました。帰りましょう、アンジェリーク』

 女王に促され、アンジェリークは帰途につく。

 

「アンジェリーク」

 真っ青な顔で押し黙るアンジェリークに真っ先に駆け寄って、危なげな足取りの彼女を支えたヴィクトールは、女王陛下を見た。

 眼差しで、何があったのか問いかけている。

「陛下?」

 ロザリアも、レイチェル、エルンストも、アンジェリークの尋常でない様子に、女王陛下の方を見た。

「何が、あったのです? 陛下?」

 率先してのロザリアの言葉に、女王陛下は深く息をついた。

「アンジェリークは、新宇宙の意思にあてられたのでしょう。あまりに切羽詰った宇宙の意思に……。でも、それなりの事情は分かったね? アンジェリーク?」

 女王陛下の声に、土気色な顔ながら、しっかりした表情をみせたアンジェリークは、アルフォンシアの言葉を思い出して、反芻しながら口を開く。

「ええ……でも……どういう事なんでしょう? 私には、アルフォンシアが伝えてきた事の、真意がわからない。私が、あの頃のように、新宇宙に力をおくればよいのでしょうか?」

「そう、言っていた?」

「でも、そうとしか取れません。でも……私には、家族があります……」

 言いながら、ヴィクトールを見上げる。

「子供達が、います。あの時のように、長期間聖地に留まる事は、できません……」

 困惑していた。 

 ジレンマが彼女の心を乱していた。

 アルフォンシアを助けたい。けれど、そのためには聖地に留まらなければならない。でも、自分には家族がいる。守るべき家庭がある。聖地に留まる事は、できない。

「アルフォンシア……新宇宙……教えてください、陛下。私は、どうしたらよいのでしょうか?」

 アンジェリークの困惑顔に、女王陛下は鷹揚に微笑む。

「守るべき家庭を持って、あなたは強くなった。けれど、同時に、守るべきものからは離れられない……。おかしなものね……」

 アンジェリークの頬に触れ、手を取る。

「あなたは、すっかり女性になってるわ。妻の顔をしている。母の顔をしている。愛する人達に愛される女性になっている。―――アルフォンシアは、あなたを愛しているわ。だから、ね、あなたに無茶は言えなかった」

「陛下?」

「あなたの聖獣は、あなたの血を分けた、あなたの分身を望んでいるわ。あるいは、それは、あなたには辛いかもしれないけれど……。アルフォンシアが選んだ最善の方法ね」

 女王陛下の言葉の意味が分からない。

 ―――私の分身?

「そう、あなたの分身、あなたの子供」

「子供……私の息子、でしょうか?」

 アンジェリークには男の子がふたりいるだけだ。娘はいない。

 息子でも、宇宙を導く存在になれるのだろうか?

 アンジェリークの問いに、女王陛下は首を振る。

「……? じゃあ……?」

「あなたの、娘、でしょう?」

「? 私達に、娘は……」

 いいかけたアンジェリークの言葉をさえぎり、女王陛下は少し悪戯っぽく笑った。

 自分だけが知っている秘密を明かすように、アンジェリークの瞳をじっと見つめ、それから彼女の腹部に手をやった。

 それは、何を意味するのか……。

「女の子が、いるわ」

 意味が、伝わる。

 アンジェリークは目を見開いて、女王陛下を見つめ、女王が頷くのを見ると、慌てて背後を振り返った。アンジェリークの後ろに立つヴィクトールも目を見開いていた。

「おめでとう」

 女王陛下はにこりと笑う。

 そして、アンジェリークは……突然、ヴィクトールに抱きしめられた。

「アンジェリーク……! やっと!!

 歓喜に満ちた声。

 そう、ずっと望んでいた娘ができたというのだから、彼が今いる自分の状況を忘れて喜ぶのは無理からぬ事なのだが……もっとも、さすがに根っからのお堅い軍人であるヴィクトールは、今自分が女王陛下の御前にいる事を思い出して、アンジェリークから離れたけれど……。

「いつまでたっても、仲いいんだから……」

 呆れ言葉はレイチェルの口から出たけれど、他の者たちも考えている事は同じだった。

 女王陛下とロザリアも笑って顔を見合わせていたが、しばらくして真剣な表情を見せた。

「それで、生まれてもいない娘さんにこんな事を約束させるのも気が引けるのだけれど……その子に、新宇宙を任せられないかしら?」

 女王陛下が言う。

 アンジェリークとヴィクトールは顔を見合わせる。

 答えは決まっているだろう。

「ええ、それは勿論です。けれど、それは……娘が大きくなってから、という事ではいけませんか?」

「幼子に重責を負わせられません。あなたの娘が、あの時のあなたと同じ年齢になるまで……アルフォンシアも、それで納得するでしょう」

 今だ生まれてもいない娘。

 彼女の未来は決定された。

 幸福と同時に不安はあったけれど、自分達の娘ならば、きっと、アルフォンシアと新宇宙の危機を救うことに同意してくれるだろうと、ふたりは思った。

「十六年後、迎えをやります。新宇宙は、あなた方の娘を女王として戴く日を心待ちにしているでしょう」

 これが、聖地を訪れる最後だ

 女王陛下と女王補佐官に別れを告げた後、それぞれがなんとも言えない切なさで思った。

 今度は、自分達の次の世代が聖地にやってくるだろう。

 ―――そして、新たな物語がこの地で紡がれるのだ。

 

 

 

「それじゃあ、行って来ます!」

 栗色の髪の少女は、ブルーグリーンの瞳を期待にきらきら輝かせて、両親に頭をさげた。

「アンジェ、へまするなよ」

 激励を送る兄ミシェルに、べっと舌を出す。

 大好きなお父様とお母様にそれぞれキスを贈り、強く抱きしめられて、少女は少しだけ、瞳に涙を浮かべた。

「アンジェ……泣くなよ。どうせ、一度はこちらに戻ってくる事になるんだから……一生の別れじゃないさ」

 大きな手で頭を撫ぜる、一番上の兄リカルドにきゅっと強く抱きついて、少女は笑顔を取り戻した。

「うん、大丈夫。アンジェ、泣かないからねっ! それに、楽しみにしてるのよ。守護聖様や女王陛下、女王補佐官様に会えるの! お父様とお母様が話してくれた通りの方々なら、きっと、聖地も楽しいと思うのっ! それに、ね、私、お母様が出来なかった事をするんですもの。なんか、誇らしいの」

 母親の母校でもあるスモルニィ女学院の制服を来た少女は、体中から、がんばるぞ、という意思を現わしていた。

 別れを惜しむ彼らの元にかかるのは、少女と共に聖地に向かう王立研究院きっての天才少女のせかす声。

「アンジェラ! 早くしなさい! おいてくわよ」

「小うるさい子猫が呼んでるぞ」

 ミシェルが苦々しく呟くのに、アンジェラは笑った。

「ミシェルお兄様、本当にキャサリンの事が嫌いね?」

「そりゃあ……エルンストさんの娘ってだけでちやほやされてる訳じゃないだろうけど……あの人を尊敬するぼくとしては、同じ研究院にいながら、あの年齢のあの性格のあいつに負けてる、ってのは癪に障る」

 肩をすくめて笑う兄に、アンジェラも大笑いした。

「じゃ、それ、キャサリンに一言一句間違わないように伝えておくわねっ」

「……!」

 顔を青くしたミシェルに、今度はリカルドがからかうように口を開いた。

「帰ってきたら怖いぞ? おまえ、キティの尻にしかれっぱなしだからな」

「兄さんっ! 変な例え使わないでくださいっ!」

 そして、心地よい笑いの細波に、アンジェラは送り出された。

 とても心配げな両親に、特に元気に笑って見せて、彼女は生家を後にした。

 不安と、期待がアンジェラの胸にあった。

「お母様たちも、こんな気持ちだったのかな?」

 聖地に向かう車の中、キャサリンは、心細げに呟くアンジェラにウインクして見せる。

「でも、私達はママ達よりも事態に有利よ?」

「有利って?」

「だって、守護聖様達の事も、新宇宙の事も、熟知しているんですもの!」

「それで、どうして有利なの?」

「そりゃ、いー男をゲットできるかもしんないから! 今回は、守護聖様達の他にはいい男、いないのかなあ。あんたのママがパパさんを見つけたようにねっ。よし、そっちも期待しておこう」

 軽い、軽すぎる、幼馴染にして親友の言葉に、アンジェラは苦笑した。

 でも、すこしだけ、気分が楽になった。

 新宇宙の復興。

 重すぎる責任に対して強張っていた心が、少しだけほぐれたような気がした。

「そうね。素敵な守護聖様達とお近づきになれるのなら、それも楽しいわねっ」

 ふたりは、微笑み合い、これからの生活に心を弾ませた。

 

―――そして、新しい物語はここから始まった。

 

END

 


 

<言い訳>

 本当に、オリジナルなキャラがメインですね・・・・・・。アンジェリークの娘、アンジェラ・・・・・・安直?(^ ^;;)

 でも、とむねこは、実わ、リカルドくんが気に入ってます。タイプとしては=ヴィクトール+オスカーって

キャラなんですが・・・・・・。また、彼を使って、創作が書きたい、とか思ってます。