シオン人生最悪の一週間・2 <二日目は昏倒> アレコレもんもんとあって、浅い眠りについたのは、太陽がゆっくりと部屋に差し込んできた頃。 ……だったのが、一刻もしないうちに、彼の眠りは妨げられる。 「シオン、シオンってば、起きてくださいまし!」 ゆっさゆっさ揺さぶられ、ゆっくりと目を開けてみれば、そこには愛しい愛妻の姿があった。 「もう! お寝坊さんですわね!! わたくしだって、今朝は早く目覚めてしまいましたのに!」 確かに……ディアーナは、もうすでに着替え終わっている。 「……ああ……」 ぼうっとして言うと、ディアーナがまぶしいばかりの笑顔で、くすくす笑う。 「寝ぼけているシオンって、初めて見ましたわ。かわいーんですわね♪」 よほど、よく眠れたらしい。 ひどく生き生きしている彼女が、愛しくも憎らしい。 しかも。 「おはようございます♪」 言いながら、そっと近寄ってくる唇に……彼は、愛しさを禁じえない。 溜まりに溜まった欲望が、そのまま彼女を抱きしめて、ベッドの上に押し倒しそうになるが……。 「今日は、お昼から、お祝いのパーティですわね☆」 ひどく弾んだその声に、欲望は空振り。 いきなり現実に引き戻されてしまったようだ。 「……ああ、そう、だったか……」 部屋に差し込む眩い日差しに当てられて、すっかり色褪せてしまったベットの花々を見て、彼の気持ちも急速に落ち着いてゆく。 そう、今日は、ふたりの結婚祝賀パーティである。 昨日の挙式は、きわめて近しい間柄の者たちやそれぞれの近親、あるいは特別の要人だけを集めて行われた神前の式であったが、今日の祝賀パーティはもっと政治色が濃く、各近隣国の要人や国内貴族の大半を招いて行われる。かなり大規模なパーティなのだ。 国内貴族へ降嫁したとはいえ、ディアーナは王族。それなりの体面があるのである。 シオンは、憂鬱な気持ちであくびをすると、ベットから降りて、伸びをした。 ――さぁて、戦いが始まるぜ。 色々な意味で、大変なパーティになることを予測して、シオンは覚悟を固めなければならなかった。 しかし、大変だからこそ、今晩が楽しみだ、とも、思いはしたのであるが。 王宮の庭園にて行われる格式ばった挨拶の後の立食パーティは、惨憺たるものだった……シオンにとって。 社交の場が苦手なわけではない。 好きかと問われれば、嫌いと即答できるが……それでも、他人との腹の探り合いは、彼にとって、さして苦にはならない行為だ。得意、と言ってしまってもいいかもしれない。 だが、今回は、主賓は自分たちなのである。 嫌味や皮肉の集中攻撃、雨あられには、さすがに人を食った笑顔も、強張ってしまう。 なにより、かつて付き合ったことのある女たちからの痛烈な言葉は……ディアーナには聞かせられるものじゃなく……らしくもなく、ひどく気を使ってしまう。 「自業自得だ」 とは、彼に負けず劣らず、他人からは看破できないほどの偽笑顔を作って、客に挨拶回りする皇太子殿下が、すれ違いざま、彼の耳元でぼそりと漏らした言葉である。 そこには、なんだか、ひとい敵愾心が感じられたのだが………そりゃ、そうだ。きっと、大事な妹を、ケダモノに獲られた心境なのだろう。 気持ちはわかる。 皇太子セイリオンの気持ちは、痛いくらいによく分かるシオンだが……なにも、ディアーナを遥か彼方に引き離す事はないのではなかろうか!? 式が始まって以来、いつのまにか、シオンとディアーナは、それぞれ会場の端々に離れ離れとなっていた。 ディアーナは、主に、メイやシルフィス、ガゼルやアイシュなどといった友人たちに守られるようにいるため(殿下の気遣いであろう……騎士となったシルフィスヤガゼルに守られていれば、ディアーナに悪事を働こうななどという不貞の輩に隙を見せる心配はない)、当然と言えば当然だが、そのおかげで被害は、主に、シオンに集中している。 ――いや、そりゃなぁ、彼女を守るとは誓ったけどなぁ……これって、ないんじゃねー!? 彼の正直な心の叫びは、きっと、一部の者たちにはしっかりと届いているだろうが……誰も彼を同情する者はいなかったのが現状だ。 女たちの当てこすりも相当に厳しいのだが、それと同じぐらいわずらわしいのが、貴族たちのやっかみ半分の言葉だ。 やれ、皇太子の妹を娶って将来に不安がなくなったな、だの、さんざ女遊びをしていてなお姫を手に入れたのか、だの、カイナス家はローゼンべルグ家に負けず劣らず王家に取り入るのがうまい、だの……。 低俗な嫌味、皮肉……! 緑なす国、平和なクラインの貴族たち……すっかり頭も腐れきっているんじゃねぇ? にっこり笑顔の下で、シオンは吐き捨てた。 ――が、まぁ、それも、可愛いほうだった。 その後に起こったごたごたに比べれば。 表面上は和やかに進むそのパーティが夕刻に差し掛かろうとする頃……。 「きゃ!?」 「うわあっ!!」 ふいに会場の一角から悲鳴が巻き起こり、一瞬にして、その場はひどいパニック状態となった。 「なっ!?」 大きな竜巻が、会場のものを何もかも飲み込みながら、荒れ狂う。 よく手入れされた庭園の庭木、綺麗にセッティングされたテーブル、食器、料理……そして、人間までも! 「……ディアーナ!?」 その光景を目の当たりにしたシオンは、まず、愛しい新妻の身を心配したが、ディアーナはメイとキールの張った結界に守られていて……届くはずのない声で、シオンの方に向かって必死で何か叫んでいた。 「……俺の心配はいいんだよ、まったく……」 彼女が自分を心配してくれている事が、わかって、くすぐったい気持ちで苦笑する。 あのふたりの魔導士に守られているのならば、ひとまず安心といったところか……。 シオンは、会場に控えている自分の部下の魔導士たちに、まずは殿下を……その次に、諸外国の要人を守るように、と、指示を出し、自分は、手際よく会場の客たちを非難させている騎士隊に合流した。 「相当な力を持つ魔導士か……あるいは、複数人が合わせて魔法を使っているか、だ。どちらにしろ、竜巻を操るものは、近くに居る。徹底的に探し出してくれ!」 シオンから言葉を受けた騎士団小隊長レオニスは、軽く首肯し、即座に部下たちに指示を飛ばす。的確かつはきはきとした指示は、さすがとうべきであろうか。 シオンは軽く安堵の息をもらし、真剣な表情で顔を上げる。 「じゃ、俺も、行きますか!」 相変わらず渦巻く竜巻が、すべてを飲み込み、なぎ払い、会場中を暴れまわっている。 人々の恐怖におののいて逃げ惑う声、竜巻の風による激しい耳鳴り……そんな中でも、彼は、意識を集中させる。 魔力の源を探るために。 藍色の髪が、激しくたなびく。 ――どこだ? この竜巻を操っている者は……。 魔力が、内へ内へと集積する感覚が、自分でも分かる。 五感を超越した感覚が、研ぎ澄まされてゆく。 ――力の発信地……魔力を発する者……おぼろげに見える、あれは……? あれは……? 「ちっ……あそこ、か……」 パーティ会場の東……たしか世界を守る大樹を株分して植えたものであるという、ひときわ大きな樹木の幹に、魔術を操る者数人の気配がする。 「人の祝いの宴に、とんだちゃちゃを入れてくれたもんだぜ!」 相変わらずの笑い顔だが、額にはすでに切れかけ寸前の印が浮かんでいる。 「どこの国の奴らか知らねーが……さっさと出てきやがれ!」 呪文を詠唱する。 それは、かつて、無茶ばかりしていた若かりし日にさえまず使ったことのない強力な魔法だった。 詠唱が終わった瞬間、その樹木が一瞬にして炎に包まれる!! 遠くから、皇太子殿下のがなる声が聞こえてきた気がする。が、気にしない。 「……さぁて、いつまで我慢できるかな」 ふふんと笑って、シオンは大樹に向けて歩みだす。一歩、一歩、時を計るように。 いつの間にか、事情を察したらしい騎士隊が大樹の周りを取り囲み始めた。 会場に渦巻いていた竜巻は、その姿を消し、魔導士たちがけが人の手当てをはじめている。ディアーナも殿下も無事のようだ。 「丸焼けになる気か?」 火の粉が届かない程度の位置で、燃え盛る大樹を見つめて、シオンはため息をつく。 ――まぁ、プロならば、依頼を失敗して、おめおめと雇い主の元に帰れようもないだろうが……一応、事情は聞かんとなぁ。 と、思い、炎を消そうと詠唱をはじめたところ……。 「……! ありゃ、ばれたか……」 突然、大樹の炎が消えた。 しかも、跡形もなく……燃えた形跡さえ残さずに! 「幻影、ですか?」 傍にいた新米騎士のシルフィスが問い掛けるのに、シオンはくっと低く笑った。 「ああ。だが、ちゃんと熱も焼ける感触もある幻の炎だ。余程の胆力か洞察力がなけりゃ、大概はそれと知らずに焼け死んじまうん、だが…………」 ふいに、シオンは押し黙る。 耳に届くのは、魔法の詠唱の声。 「ヤベ! さっさと捕かまえねーと、またひと騒ぎ起きるぜ!」 相手の唱えようとしている呪文を察して、シオンも慌てて詠唱をはじめる。 シオンは、自分をめがけて飛んできた風と炎の合成魔法を、すんぜの所で跳ね返し、その直後に氷塊を相手に向けて放った。 氷塊は、見事に相手に命中したと見える。 短い悲鳴と共に、騒ぎの元凶らしい魔導士が樹上から滑り落ちてきた。 「……女、か」 樹上から滑り落ちてきたのは、赤毛の女。右肩の激しい傷は、先ほど、シオンが放った氷塊がつけた傷だろう。後から後から鮮血が溢れ出している。 「くっ……」 怪我した肩をかばって、その場にしゃがみこんだ女は、低くうめいた。 周囲を取り囲んだ騎士隊が、警戒しつつ女に向けて武器を構える。 「姉上!」 叫びと共に、人影が樹上から降りて来た。 またも女であるが、今度は淡い緑の髪をした、年若い……少女と言ってもよいくらいの年齢だった。 後から降りて来た少女が、手負いの女を庇うように、その前に立ちはだかる。 「……ふぅん。姉妹の魔導士、か……どこの手の者か知らんが、王族や国賓に手を出したんだ、それなりの責めは必要だよなぁ」 シオンは、微笑んだままののんびりした口調でだが……相変わらず、目だけは笑っていない。 女子供と言えども容赦しない。 その瞳は物語る。 「援護、頼むわ」 傍にいた部下たちに、命じて、ひとり、彼女たちに歩み寄る。 「シオン殿!?」 騎士隊長のレオニスが警戒した声を発するのに、手をひらひら動かすだけで応えると、歩みを進める。 いきり立った少女魔導士が彼女の得意とするらしい風の魔法をシオンに向けて放つが、平然としたままシオンはあっさりとそれをかわす。 「今ここで吐けとは言わんし、死なれても困るからな……」 その言葉に構うことなく、彼に自分の魔法が効かないと悟った少女魔導士は懐から短剣を取り出すと、今度は彼に切って掛かろうとする。 「あぶねーな!」 言っている割には余裕の表情で剣げきを避け続け、少女が焦りと苛立ちをますます顕著に仕出した頃……剣を握った少女の細腕を受け流して、その腹に魔法を一撃! 「ぐっ……!!!」 少女の細い体は吹き飛ばされ、その場に気を失った。 「リーア!」 怪我を負った魔導士の姉の方が、妹の名前を叫んで、身をよじる。 肩に受けた傷は相当深いらしく、端麗とも言える容姿が、激痛に歪む。 「悪いんだがな、おまえらにここで死なれても困るわけ」 少女魔導士の体を抱き上げながら、シオンは言う。 「妹を離せ!!!」 激痛に耐えながら、必死の形相をする女魔導士に、シオンは優越感に満ちた笑みをのせて続ける。 「妹の命が惜しければ、死ぬんじゃないぜ? てゆーか、おまえに死なれても、こいつに吐かせれば済む事だけどなぁ」 気を失った少女を見てニッと笑い、怒りと屈辱と激痛に身を振るわせる女魔導士に向けてさらに続ける。少し、声のトーンを落として 「クラインじゃ基本的に拷問の類はやらねーんだが、今回、怪我させたVIP連中の国じゃ分からねーからな、さぁて、どんな生き地獄を味わう事か……まだこんなに若いのに、かわいそうなことだ」 同情のかけらも見当たらないシオンの台詞。 彼が本気であると手負いの女魔導士が悟るには、その言葉で十分だった……。 ――あの人の方が、確実に極悪人だ! 周囲を取り囲んでいる者たちは、そのやり取りに、みなそう実感せざるを得なかった。 で、結局、女魔導士は、シオンの(卑劣な)交渉に折れ、妹の身の安全と引き換えに、クラインに拘束されることになった。 幸いにも、大事に至るほどの怪我人がいなかった為、彼女が素直に陳述すれば、罪が軽減されることはなくとも、少なくとも死罪は免れるだろう。 騎士隊に姉妹魔導士の身柄を引き渡したあと、シオンはその場に座り込んで、盛大なため息をついた。 「ふううっ……やれやれ……」 疲れた。久々に、まっとうに働いて、疲れきった。 それが、彼の感想だったが。 「シオン! 心配、しましたわっ!!」 駆け寄ってきたディアーナが、涙顔で首筋に抱きついてきては、その疲れも半減するというようなもの。 「おまえが無事でよかったよ」 細い体を抱き寄せながら、言う。 新婚夫婦の熱い抱擁……だが。 「……シオン!?」 ふうっと遠ざかる意識。 「やれやれ……あれだけ思い切った力の使い方したんだ。そりゃ、気絶してもおかしくないですよ。まったく……自分ひとりで格好つけようとして。いくら、姫の前だからと言って……」 少し、遠いところで聞こえる辛辣な口調の声は、魔法研究院の緋色の魔導士キールの声だ。 ――別に、俺は格好つけてたわけじゃねーんだよ。そもそも、お前が俺にそんな口を利くなんざ、100年早えー! が、反論できる気力もない。 「まったく……ひやひやしたが、今回は大手柄だったな。誰か、こいつを運んでやってくれ……と、まぁ、そうだな、自宅まではきつかろう。手近な所で、こいつの執務室にでも運んでやってくれ。頼むぞ!」 一見、彼を気遣うセイリオスの声だ。 ――って、ちょっと待てよ、おい。俺は、昨日のリベンジを今日こそしなきゃならねーんだよ! おい、まさか、セイル、お前、そりゃわざとか!? わざとだな!? くっそ、覚えてろよ〜〜〜〜………………。 意識は、完全に消える。 そうして、昏倒したシオンは、そのまま、彼の執務室の仮眠用ベッドに運ばれたのだった。 もちろん、昨夜の宣言が果たされる事はなかった……。 ++ MENU++ |