シオン人生最悪の一週間

(シオン×ディアーナ)


<一日目はおあずけ

 王女ディアーナ=エル=サークリットと筆頭宮廷魔導士シオン=カイナスの神前での挙式は、親族や特に親しい友人・知人、あるいは特別なVIPを招いて、比較的小規模に、けれどきわめて華やかに行われた。

 その後……ふたりは、新居へと向かったわけだが……。

「ここですの?」

「ああ、ここだぜ、ふたりのスィートホームは」

 王宮や貴族の屋敷街から離れた、完成な住宅街に、一際目立って大きな古めかしい屋敷。年代を感じさせる薄汚れた壁面いっぱいに蔦葉が絡まっていて、屋敷そのものを見る限りでは、かなり年季の入ったお化け屋敷、といった雰囲気だが……門柱に絡まる蕾をつけた蔓バラや、門から玄関まで色とりどりの花がプランターに咲き乱れている様は、館の主の趣味を反映しているのか、とても美しい。

「へぇ、シオンって、こんなお家に住んでたんですわね。ちょっと意外ですわ〜」

 馬車から下りたディアーナの第一声に、シオンはにっかり笑う。

「いんや。住んだ事は、実は、ない」

「え?」

「もともと、カイナス家の死んだじさまの持ち物さ。オヤジが勝手に俺に絶縁宣言をしたときに、お情けでもらったものなんだけどな……俺ぁ、ほとんど居ついた事はないな。でも、まぁ、使用人が管理しているから、一応人が住める環境ではあるだろう。ま、一応、おまえさんの為に体裁取り繕うには言っておいてあるが……」

 言いながら、ディアーナの肩を抱いて門をくぐる。

「……いい加減、ですわねぇ……」

 ほうっと溜息をつくディアーナを見下ろして、シオンは笑うばかり。

「分かってて、結婚したんだろ? 若奥さん」

「……むぅぅ……」

 なんだかんだ言って、口では勝てないディアーナである。

 さてさて、肩を抱かれてはいった館は、見た目と違い、清潔感に溢れた心地よさげな雰囲気を漂わせていた。
 各所に置かれた絵画や彫像、あるいは壷や時計などといった調度品も、全体的に地味ではあるが、品のよいものであるのが分かる。

 玄関ホールには、この館勤めの使用人が十数人、彼らの帰りを待ちわびていた。

『おかえりなさいませ。旦那様、奥様』

 一斉に掛かる声に、ディアーナは赤面せずにはいられなかった。

 そう、今日から自分が、シオン=カイナスの『奥方』になるのだと、改めて実感したのだ。

「真っ赤になっちゃって、かわいいねぇ」

 シオンのからかいの声にも、とっさに反応できないくらい、ぼぅっとしてしまった。

 ――そっか、今日から、シオンと一緒に暮らすんですわね。ああ、なんだか……どきどきしてしまいますわ。

「さぁて……」

 広い玄関ホールから、螺旋状に2階に続く階段に脚を踏み入れたとき、ふいにシオンが低く呟いて……。

「きゃぁ!?」

 ディアーナを抱きかかえた。
 俗に言う、お姫様抱っことゆうやつである。

「シ……シオン!?」

「寝室まで、ご案内しますよ、若奥さん」

 弾んだ声で、自分を見下ろしてくるシオンの藍色の瞳に、ディアーナは何も言えなくなった。

 いつも、いつも、見慣れた顔だけれど……なんだか、いつもと違って見えた。

 どきどきと胸が高鳴って、言葉がうまく出てきてくれなかった。

 観音開きの重厚な木製の扉の前には執事らしき初老の男性がいて、両手のふさがったシオンのために、そのドアを開けてくれた。

 ふたりの寝室への扉である。

 寝室は……心地よい芳香に満ちていた。

 淡い色彩と木目調で統一された室内には、各所に色とりどりの花で飾り立てられていて、部屋の各所の蜀台には蝋燭の柔らかな炎が揺らめいていている。寝室の花の芳香は、なにも生花の香りだけでなく、この蝋燭が香りを含んでるものであるからでもあろうか。

  部屋のほぼ中央、天蓋のついた大きなベッドは、薄い絹の紗が何重にも下ろされていて、それを開けると……新品であろう真っ白なシーツの上にも、色とりどりの花が散らされていた。

「ほほう。うちの使用人たちも、イキなはからいをしてくれるもんだねぇ」

 シオンの声は、ひどく弾んでいる。

 もちろん、これからの期待への高揚感がそうさせるのだろう。

 腕の中、ひたすら頬を真っ赤にして押し黙っているディアーナをベッドにそうっとおろして、にっと笑う。

「部屋の明かりは消したほうがいいかな?」

 シオンの言葉に、ディアーナは、口を開きかけて……押し黙って、また、ゆっくりと口を開いた。

「えと……わたくし、よく分からないので、シオンにお任せしますわ……」

 小首をかしげて言う、ディアーナが、これほど愛らしく見えたことは、これまでかつて、なかった。

 シオンは、ひどくうきうきした気分の自分を自覚して、まるで十代のガキに戻ったようだ、と、内心では自嘲しながらも……ほころぶ表情を隠せなかった。

「じゃ、燃え尽きるまでこのままでもいい、か……」

 部屋に飾られたどんな花の鮮やかさにも勝るであろう、これからのディアーナの開花する様を、つぶさに見ていたいと、シオンは思った。いささか、おやじくさい感慨ともいえる。

「あとは、と……風呂、入るか?」

  華やかな挙式で疲れているであろう妻を気遣って、言った言葉が運の尽き。後々それをひどく後悔することになるのだが……今の彼には知る由もない。

「ええ。汗、かいてしまいましたから。わたくしが先に入っても、よろしいんですの?」 

「ああ。着替えは……用意してあるだろう。ゆっくり入って来い」 

 ――本当は、一緒に入りたいところだが……まあ、それは追々だな。これから、いくらでも……。

 と、考えるシオンは、とんでもなく浅慮だったかもしれない。

 テーブルの上に用意された、貴腐酒を喉に流し、新妻が浴室から出てくるのを首を長くして、待つ、待つ、待つ……。

 いつのまにか、指先がテーブルの上を等間隔にノックしていた。

「とんでもねぇ、長風呂……」

 呟いた頃、やっとディアーナが浴室から顔を出す。

 その、初々しい様に、それまでのいらいらもどこへやら、柄にもなく、鼓動が跳ね上がる。

 しっとりと水分を含んだ桜色の髪は、いつもより色を濃くして見える。ほんのりとほてった白い肌は、蝋燭の明かりにつややかに光沢をもっているようだ。

 彼女に用意された夜着は、淡いピンクをした絹の長衣。質がいいのは分かるが、いささか普通で色気がない気もする。

――夜着くらいは、俺が用意した方が良かったか……。

 思い描く彼の頭のなかには、やっぱり丈の短いスケスケの夜着だったり……。

 それは、ともかく……。

 ディアーナが、上気した顔をかしげて、淡いピンクの唇を開く。

「ごめんなさい、シオン。一人でお風呂に入るの、あまりなれてなくて……」

 さすが、お姫様。いつもは、お付きのメイドが体を流してくれるのだろう。

「い、いや……そうか、気が付かなくてすまなかったな。それなら……俺を呼んでくれたら、いつでも背中くらい流したんだがな」

 照れ隠しの冗談半分の言葉に、ディアーナは、ぷうっと頬を膨らませた。

「シオンってば、やっぱりスケベですわ。そんな、はしたない事……」

 ――はしたない事って……今から、たっぷり、じっくり『はしたない事』をするんだがな……。

 とは、思ったものの、口には出さなかった。

 言えば、また、ディアーナがつむじを曲げてしまうことが目に見えていたからだ。

 ――さてさて……今日の今日まで、我慢してきた甲斐があったぜ……やっと、今夜こそ……長かった……今日まで、よくがんばったぜ、俺!

 さすがに、彼女は王族、婚前にアレコレする訳にも行かず……しかも、彼女の兄である皇太子の厳しい監視の目が光っていて、他の女と付き合う事もできなかった。

 ゆえに、今、彼が、自分自身に、そう賞賛を贈るのは、仕方のないことなのかもしれない。

 手を差し伸べると、ゆっくりとディアーナが近づいてきて、シオンの首筋に抱きついた。

 心地よい、花の香りが、彼の鼻腔をくすぐる。

「いい匂いだ」

「ええ……お風呂にも、お花がいっぱいでしたのよ」

 にっこり微笑んで、顔を上げるディアーナに、そっと唇を寄せる。

 ああ……なんと麗しい、その芳香!

 優しいキスの後は、当然、彼女をベッドに横たえて……できるだけ、やさしくるするからな!

 などと、思っていた矢先に……。

「シオンも、入ってきてくださいまし。とっても、気持ちいいですわよ」

「え? いや、俺はいい」

「えーっ? だって、シオンも疲れているでしょう? それに、シオンの着替えも、用意してあったんですのよ」

 可愛らしくねめつけられたら、もう、それ以上何もいえない。

 素直に従ってしまうシオン。

 かつて、褥を共にしてきた女たちには、絶対に見せなかった態度だ。

 それほど、ディアーナが愛しく、大事だということだろうが……。

 ――あーもう、さっさと、出てくるからな! いい子で待っているんだぞ!!

 焦りを感じつつ、浴室に入ったシオンだったが……その末路はと言えば……。

「………!!?」

 浴室から出た彼が目にしたものは……ベットで気持ちよさそーに眠りにつくディアーナだった。

「お……おいお〜い……」

 近寄って、起こそうとするが……あんまり、気持ちよさそうに寝息を立て、幸せそうな寝顔をしているのを見ると……とても、起こせなかった。

 式の疲れと、新しい環境への緊張、そして、お風呂に入った事で、その緊張が和らいだことなどから、寝入ってしまったのだろう。

「…………………はあああっ」

 深く重いため息をついた後、シオンは、希望を託す。

 ……明日があるっ! と、ばかりに。

 けれど、仕方なくごそごそとディアーナの横に潜り込んで……。

「うう〜ん……」

 とか言いながら抱きついてくる、彼女の柔らかな感触に、とても切ない想いを味わうシオンだった。

 もちろん、そのおあずけ状態で、彼が、まっとうに眠りにつけるわけはなく……朝日が、カーテンの隙間から入り込んでくるまで、もんもんとし続けた。

 ――今日がダメなら、明日がある……! 

 それが、いかに楽観的な考えであったか……その時の彼には、分かろうはずもなかった。


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