永遠の少年(暗)・2


「オレは……絶対に、死ねねーんだ……」

 ふいに呟いた言葉を裏付ける理由が、一瞬、意識の隅っこに浮かんで、消えた。

 胸に、鈍い痛みが走って、オレは息を呑んだ。

 今ではすっかり形を失った、かつての「想い」は、どれほどオレの中で大きいものだったのだろう。強いものだったのだろう。

 今でも、オレの胸をどうしようもない焦燥感で焦がすほどに……。

 けれど、ぎりっと血の出るほど唇を噛んだとて、今はその形骸さえ、見つからない。

「だから……オレは……」

 生き続ける。

 生き続けて、その先に何があるのかなんて、分からないけれど。

 きっと、生きている意味が、何処かにあるはずだろうから……いつか、それが見つかる事を祈って、生き続けるしかない。

 それだけが、今のオレが生き続けている明確な理由。

 どこか遠くの方で、砲弾が着弾して爆音を響かせる低い轟が聞こえた。

 また、どこかで、人が死んだのだろうか?

 オレの心には遣る瀬無さが広がる。


 目的地まで、あと一日もあれば大丈夫だろう。

 地図を持っていないのでなんとも言えないが、記憶にある限りでは、次の町まであと一時間もあればたどり着けるはずだ。

 次の町には、少しくらい人気はあるだろうか?

 マトモなベッドで眠れるだろうか?

 如何ともしがたい体の疲れをオレは感じていて、それが癒されるかもしれないという限りなく薄い期待に歩を早めた。

 が……。

 かなり大きな町であるにもかかわらず、そこは、今まで見たどの町や村以上に破壊されていた。

 もともと、南北を結ぶ宿場町であったと思われる宿屋や飲食店が多い通りのいずこにも、人影は、なかった。

 階層を重ねた近代風のビルもその半ばまでが存在しなかったり、無骨な鉄製の骨組を無様に晒している有様が多々見られた。レンが造りの塀はぼろぼろに崩れ落ち、金属製の外灯も見事に捻じ曲がっている。アスファルト張りの道路は砕かれ、下の土壌から雑草が顔を覗かせている。

 くすぶる煙もあがっていない様子を見ると、かなり以前に破壊されたのだろう。

 こんな所には、食料など残っているはずもなかろう。
 すでに、避難する人々に根こそぎ持ち出されている。

「収穫ナシ、か……」

 けど、どっか、まだ被害の少ない宿の跡地にでも行けば、体を休める場所ぐらいはあるだろ。

 それも、かなり期待薄に思われたが、2キロ四方ほどの大きな町をふらふら歩き回って、高いビルに囲まれて比較的原型を留めて残っていた極めて小さく古臭い宿を発見した。

「へぇ、んな所に、まだ無事な建てもんがあるなんてな」

 呟いたオレは、小さな期待をのせて、歪んで蝶番の外れかかったドアを力任せに抉じ開けた。

 屋根などは、近隣のビルから飛んできたコンクリ片でぼろぼろだったが、中はまだ人が居住できる程度には綺麗な物だった。

 しかも、嬉しいかな、食料庫とおぼしき地下室は……缶詰や乾物などの保存のきく食物や樽に入った酒・水なんかが大量に残っていた。

 あんまり小さくて汚いトコだったから、見逃しちまったのか。
 なんにしても、ラッキー極まりない。

 オレは、乾パンの袋を開けて、それを頬張りながら、更にその宿屋を探索する事にした。

 二階までしかないような、マジで小さいそこの部屋数は十もない。

 客室とおぼしき部屋の半分くれぇは空襲の際の宿泊客達の慌て振りが分かるほどに乱れたままの状態で、厚くホコリが積もっていた。

 それらの部屋はその頃のまま時間を止めているようで、まるで生活臭というものがしなかった。

 だが……。

「ん?」

 ひと部屋だけ違った。

 一階、食堂を兼ねたフロントの奥の部屋。他の部屋よりもやや大きめで、二間続きのそこは……恐らく、宿の経営者の私室だろうか。

 ホコリも積もっていねぇ、えらく綺麗な状態……というより、何者かが生活していた気配があった。テーブルの上には乾パンの空き袋が散乱し、ベッドの薄汚れたシーツは、つい先ほどまで誰かが寝ていたように乱れていた。

 つい最近まで、オレみたいな流れモンがいたんだろうか?

 ふと、頭を掠める可能性にかぶりを振る。

 いや、この建物自体に人の気配はなかった。

 廊下やフロアに厚く積もったホコリにはこの宿を根城にしているらしいネズミと猫以外の足跡はなく、また、手付かずの食料が多くあることを考えれば、何者かが空襲の後にこの宿に入り込んだとは考えにくい。

「なんなんだ?」

 部屋に足を踏み入れると、コツン、靴底が木板の床を踏む鈍い音が響いた。

 コツン、コツン。

 同じ歩調で室内に踏み込む。

 周囲を観察するように見まわしながら、続き部屋のドアを開ける、と……。

「……!?」

 何か塊が飛び出してきて、オレにぶつかって……そのまま逃げ去ろうとした。

 で、とっさにその塊の端っこを捕まえたら……。

「……!! はなしてぇ〜!」

「え……ガキ?」

 勢いよく暴れ出したのは、幼い子供だった。

 ひどく汚れた格好をした、4、5歳の女か男かも判別つかない小さな子供。

 くすんだ金の髪はひどく乱れて、延び放題に延び、顔中を覆っている。もともとは白だっただろう服はほとんど茶色く汚れていて、そこから延びる腕は、小枝のように細く、みすぼらしかった。やせこけた体は、その年頃の標準の子供とは比べられないくらい、軽い。

「やっ、やああっ!!」

 猫の子を持つ要領で、襟首をつかまえて持ち上げると、細いながらも、子供は激しく暴れ出した。

「なんで、ガキがこんなトコに……」

 顔をよく見ようと、その体を近づけると、途端に……。

「うわっ!」

 延びきった爪で、顔を引っ掻かれた。

 本当に、まるで野良猫のような子供だ。

 子供が、怯えているのはわかった。何に対してなのかも分かっていた。

 だから、オレの隙をついて逃げ出そうとする子供に、とっさに声をかけた。

「待て! オレは、通りかかりの旅のモンだ! 戦争してる奴らとは関係ねぇ!」

 ドアから逃げかかっていた子供は、その瞬間に動きを止めた。

 そして、ゆっくりと振り向く。

 乱れた髪の中から見えるエメラルドの輝きに、オレは、ぞくりと、した。

 そう、その輝きに射すくめられたように、動けなくなった。

 全身薄汚れた子供の持つ、一対の至高の宝玉に、魅入られた。

 いや、そうじゃ、ない。

 今あるその輝きじゃない。

 オレが見たのは……その輝きの奥に見つけちまったのは……記憶の、断片。

 散らばって、裏返った記憶の断片が、その一瞬だけ表向きにめくられて……何か、見えた気がした。

「おにいちゃん、アンジェをころさないの?」

 そうして、子供の言葉に、オレは自然と言葉を吐き出していた。

「オレが? おめーを? 殺すわけなんてねぇ……いや、おめーこそが、おめーだけが……オレを殺せるんだ……」


 子供は……幼い少女はアンジェリークと名前を名乗った。

 いや、名乗らずとも、オレは、こいつの名前を知っていた。

 あの時見えたと思っていた過去の記憶の断片は、こいつの名前と、どうしようもない胸の疼きを残して、また、裏返ってしまった。

 なんで、こいつの名前をオレが知っているのか、わからねぇ。

 けど、あん時、自分で呟いた言葉は……オレの過去と、これからのこのガキとの未来を、オレに顕著に示していた。

 で、なんで少女があんな所にひとりでいたかというと、少女の拙い話やもろもろの事を総合して考えると、こういう事らしい。

 ちょうど3ヶ月前、町は空襲にあった。
 少女は、空襲の直後、両親にあそこに隠れているように言われたのだそうだ。
 空襲にあった後の町は、そのどさくさで食料品店や宿屋といった場所が真っ先に襲われる。それを見越して両親は少女を隠したのだろうが、その後、少女の両親が戻ってこなかったところを見ると、両親は様子を見るか何かの用で外に出て行った際に命を失ったか……あるいは、少女を捨てて逃げたか、だろう。
 「必ず戻ってくるから」その言葉を信じて、少女はあの部屋でずっとひとり、帰る見込みのない両親を待ち続けていたのだ。食料は、あの奥の部屋が直接食料庫に続いていて、そちらから調達していたようだった。

 3ヶ月の間、たったひとりで、少女はよく耐えられたものだ。

 幼子の意外な強さに、オレは溜息をもらした。

 で、オレは、当然のように少女をその宿から連れ出して、共に旅に出る事になる。

「おめーの両親、見つかるといいな」

 生きてはいまい、と思いつつ、それを少女に言えるほど、酷くはなれねぇ。

 無邪気に笑って頷く健気な少女を……愛しいと、思った。

 記憶のかけらが、ひとつ、輝きを取り戻した。

「ねぇ、おにーちゃんの名前は?」

 そうして、少女の言葉に苦笑をもらす。

 自分の名前さえ、忘れて久しいと言うのに……。

「おめーの好きに呼んだらいい」

「名前、ないの?」

「ああ。名前なんて、必要ねぇからな」

 他人と関わりを持つ事なく、たったひとりで生きて行くのに、名前など、必要あろうはずがない。

 しばらくう〜ん、と考え込んだ少女は、すぐにぱっと笑って、オレを見上げた。

「じゃ、ゼフェル!」

「……………あ?」

 少女が口にした名前に、ひどく胸が跳ねあがった。

 その名前を、オレは知っている、と思ったからだ。

「ゼフェル!!」

 繰り返す少女の緑の瞳は、何か独特の雰囲気があった。そう、子供には思えない奥深い英知のようなものが、宿っているかのようだった。

 そうして、オレは、その名前があまりにオレにしっくりとくる事、少女の澄んだ声にその名を呼ばれて胸が温かくなった事に、微笑んで頷かずにはいられなかった。

「ああ、オレの名前は、ゼフェル、だ」

 記憶のかけらがまたひとつ、輝きを取り戻す。


 夜、その宿で旅支度を整えたオレは、風呂に入って見違えるほど可愛くなった少女を連れて、早朝、目的の地に旅立つ。

「どこにいくの?」

 オレの後を、頼りない足取りでよたよたついてくる少女――3ヶ月、ロクな運動をしていない上に、栄養失調寸前だから仕方がない――を抱き上げて、オレは微笑んだ。

「ああ……中の島って……おめー知ってるか?」

 一瞬きょとんとした少女は、にっこり笑う。

「アンジェが、うまれたところよ」

「あん?」

「パパとママがいってたのよ。おそらのうえにすむ、めがみさまが、アンジェをくださったのよ、って。パパとママがなかのしまでめがみさまにおいのりしたから、アンジェがうまれたのよ、って」

 たどたどしい少女の言葉に、オレは微笑んだ。

 ――ああ、もしかして……。

 と、ふと、心の奥で呟く自分がいたが……それは、すぐに聞こえなくなった。

「そうか……おめーが生まれた所だったか。それじゃ、おめーも行く必要はあるかもな」

「うんっ!」

 エメラルドの瞳を細めて、少女は頷いて、オレも微笑んだ。

 心から微笑えめたのは、一体何年ぶりだったのだろうか……分からない。

 けれど、出会ったばかりの少女に、確かにオレの心は、徐々に変わりつつあった。

 





<言い訳>

UP早いです。

この調子で、他のものもUPしろよ、とむねこ、ってぐらい、早いです。

以下3話も1週間更新くらいで、来月には終れたらな、

と、思ってます。<有言不実行にならないよう、気をつけます(T_T)。

で、やっと、アンジェに出遭えた彼。

次回は、ちょっとだけ謎が解けるかもです。

とむねこ密かに(?)ご贔屓の方がちょっと出。