続・お風呂に入ろう
前編



 なんだかんだありつつも、結局結ばれたハクと千尋。
 ふたりは、油屋にて、『新婚生活』を送っていたのだが……。
 
「はぁああ〜〜……ふぅ」

 千尋は、露天風呂にて入浴中。

 八年前とは違い、その身体は、随分とまろみを帯びて、滑らかになった。
 全体的に骨っぽかった各所に、ほどよく肉がついて……特に胸やおしりの辺りは、あの頃とは比べ物にならないくらいに……いや、女性の肉体的成長を事細かに描写するのは、野暮と言うもの。
 ただ、言っておきたいのは……"千尋は大人の女性に近づいた"という事だろうか。
 更に言えば"ハクがそれに拍車をかけている"。

 ――ともかく、その日、千尋は終業後、露天風呂にて骨休めをしていた。

 油屋の仕事は、慣れたとはいえ、なかなかにキツイ。
 人件費を決して無駄にしない湯婆婆の人使いの荒さと言ったら!
 更には、ハクにも日毎夜毎こき使われて……いやいや、それは、千尋自身が許してしまっている事だからいいとしよう。

 まぁ、なんにしても、千尋が日々、かなりのハードワークにその身を投じているのだけは、確かなのだ。

 故に、本来従業員使用禁止のお風呂を、こうして時々使っていたとて、許される……かも、しれない。

 と、いうか……。

「っ、かぁ〜〜!! やっぱ、露天風呂はいいねぇ!」

「滅多に入れないものね!」

「そうそう。湯婆婆のいない今日くらいよ、こうして堂々と入っていられるの」

 本日は、同僚達も一緒だったりした。

 そう、本日、経営者湯婆婆は出張(?)中。
 どこへ、とか、何の用で、なんて……誰も知らないが、とにかく、留守、なのは確かだ。

「千ってさぁ……」

 唐突に、リンが、すすっと傍に寄って来て、にっと笑う。

「随分、ふくよかになったよ、な?」

 その言葉に、他の同僚達が、意味深にくすくす笑い出す。

 何を意味されているのか……天然の千尋にはわからない。

 きょとんとしている千尋の顔を見て、ますます笑いは膨らんで行く。

「え? 私、太った?」

「つーかさ……」

「女らしくなった、って言ってんの!」

「誰かさんのおかげかしらねぇ」

 くすくす。

 くすくす。

 笑いは細波のように夜空に広がる。

「???」

 それでも、きょとんとする千尋におかまいなしで、少女たちの会話は進む。

 古今東西、女とは、その手の話題がお好きなものである。

「ほんっと、むっつり、だよなぁ? 普段は、全然、シケた面ばかっかしてんのによ」

「下っ端のあたいらはともかくさ、おねぇさん方からは、結構人気があんだよね」

 下世話であればあるほど、盛りあがる。

 ―――ああ、楽しいさ(爆)。

「顔だきゃ、いいからな」

「性格はとんでもなくむっつり助平もいい所だけどよ」

 キャハハハ、と、高い笑いが巻き起こる。

「まったく……突然、千を連れ返ってくるわ、息つく間もなく婚礼をあげるわ……」

「千を攫って来てからこっち、みょ〜に、すっきりした顔をしてるしなぁ」

「いままで、ねぇさんがたが束になって色仕掛けしても落ちなかった、ってのは、涙ぐましいけどね」

「だから、毎晩千に当ってるわけだろう?」

「溜まってたんだねぇ」

 再び、決して上品とは言えないカン高い笑い声が露天風呂中に響く。

 千尋だけが話についていけず、きょとんとして目をしばたかせている。

 自分のことが話題に上っているのは、勿論分かる。
 もうひとり、多分、話の渦中にいるのも誰だか分からなくもないけれど……千尋にとっては、それがその人だと判断できる材料が少なくて……きょとんとしてしまっているわけである。

「どう、千……夜のアイツって、やっぱり別人なわけ?」

「は?」

「つーか、しっつこそう!」

「え?」

「毎朝、千が妙に疲れた顔をしてるのを見てると、ね」

「???」

「ね、ね、上手い? 上手い?」

「????」

「おねぇさま方からそれとなく聞いてくるように頼まれたんだよね〜」

「きゃはは! 好きだねぇ」

「??????」

 千尋には、やっぱり分かっていない。

 小首を傾げて、どうにか話の内容を理解しようと、あんまり動きがいいとは言えない頭を働かせては、いる。

「え、と……」

 皆が言っているのは、誰の事か……誰と、誰……千尋と、……。

「……??」

 一瞬、適合する人物が浮かんだ気がするが、なんだか違う気もして、更に混乱した。
 まぁ、千尋から見たその人物と、他の人間から見たその人物……大幅な誤差があるのだから、しかたなかろう。

 相変わらず、とぼけた表情を続ける千尋に気付いたリンが、ぷっと吹き出して、千尋の裸の肩をパンと叩いた。

「おまえ、ほんっと、トロいな! おまえのダンナの事だよ、ダンナ! あのむっつりの、ハク!!」

「………え……?」

 ハク……?

「え〜っと……」

 これまでの同僚達の言葉を反芻して行く。

 そして、なんとなぁく、その言わんとする内容がわかってきて……。

 ボンと、爆発したように、それまでのほんのり桜色の肌が一気に真っ赤に染まりきった。

 ――つまり、皆は、千尋とハクの、夜の生活について色々と言っていたわけだ。

 千尋のあからさまな様子に、少女達の笑い声は更に高く響く。

「まったく、こんなんだから、あいつに好きなように弄ばれてんだ」

「きっと、そういういつまでも初心なところがいいんだろうさ」

「むっつりとしては、ねぇ!」

 千尋、ひどく居たたまれなくなった。

 新婚生活をこの姦しい人間の多い油屋なんぞで過ごすのだから、こういったからかいを受けるのは当然なのだろうが、いざ、真正面で、しかも、夫婦の秘め事についてからかわれるなんて……。

 恥かしさのあまり、半泣きになってじりじりとその場を離れようと、湯船の中で身体を移動するのだが……あっさり、腕を捉まれる。

「白状しろ!」

「そんな面白い話、一人胸の中にしまっておくなんて、つまんねぇぞ!」

 あうううっ……。

 千尋は、向こうの世界で18歳まで過ごしたのが嘘かと思われるほど、初心い。
 その手の話に免疫がないし……実際、夫婦生活があったとしても、今でも、その度に、恥かしくて、どうしようもなくなる時もある。

 だから、皆からの攻めに、本当に困ってしまった。

「じゃあさ、じゃあ……上手いかどうか、なんて、千に分かるわけないから……」

 言葉の続きをごにょごにょ、と、耳元で囁く。

「……!?」

 ……と、再び、千尋は茹蛸状態に。

 皆の興味津々の視線が、突き刺さる。

 で……千尋も仕方なく……俯いたまま、蚊の鳴くような声で……。

「……気持ち、いい……」

 言ってしまったら、顔を半分お湯の中につけこんだ。

 恥かしくて、恥かしくて……逃げ出したい。このままお湯に溶けて、逃げてしまいたい。

 なのに、皆は、千尋の返答に更に大盛りあがり。
 好き勝手な事を言って、笑いあっている。

「それじゃさ……」

 更に、千尋に詰め寄って、何を聞き出そうと言うのか……。

 千尋が、本格的に泣きべそをかきかかった時、だ。

 ゴロゴロゴロゴロ……。

 何時の間にか、空が曇り、雷が鳴り響いた。

 ピカッ

 空に激しいストロボ。

「きゃっ!?」

 そして、雨が、降り出した。

「やだっ! いつの間に!?」

「さっさと上がろうぜ!」

 幾重にも重なりあい、互いに互いを打ち消しあう水の波紋を作って、雨は叩き付けるように激しく降る。

 少女達は、慌てて風呂から上がり、屋内へと駆けて行く。

 もちろん、千尋もその後に続こうとしたのだが……。

「……え?」

 身体が、動かない。

 かと思えば、あっという間にお風呂のお湯が千尋の身体を包み込むようせり上がってきて……完全に、千尋をその内に取り込んだ。
 けれど、お湯の中にあっても、呼吸はできる。

 それは、いつか、体験した事のある不思議な感覚。
 幼い頃……油屋に来たばかりの頃、川の神様が……。

「川の……? ………え?」

 千尋の身体はお湯に包まれたまま、ふんわりふんわり露天風呂のお湯の中を移動して……お湯が溢れ出す大きな滝の影まで、運ばれた。

「???」

 きょとんとしているうちに、水の膜は千尋の身体を離れ、雨の止んだ夜空にとても聞き覚えのある声が響く。

「千尋……そなたは、なんでそう餌食にされやすいのだろうね……」

 抑えられた怒りに、呆れがコーティングされている口調だ。

 そっと、肩に置かれる暖かで大きくて……よく知っている手の感触に振り返れば、さっきまで散々噂の種にされていた、千尋の片割れが、いた。


つづく



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