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《Wedding》


「……でね、まだ入社して半年も経っていないのに!」

 姉の口から零れる愚痴に近い雑談に、尽は苦笑いする。
「うん。それって……もしかして、俺へのあてつけ?」
 夕食の支度をする姉と、それを待つ尽。
 社会人数年目の姉の一人暮らしのマンションに、大学生の尽は転がり込んでいる。
 いや、正確にはふたりは同居している、といった方がいいか……もっと正確に言えば“同棲”の方が正しいかもしれない。
 通学可能な一流大学に入学し、一人暮らしをすると言い出した尽に出した両親の妥協案が『2DKのマンションを借りておねえちゃんと同居するなら、多少の資金援助はしてやろう』という、子供たちの事情をまったく知らない、尽と姉にとっては願ったりかなったりなものだったりした。
 もう、数年前から続いているふたりの姉弟であるという以上の“特別”な関係を両親が知るはずもない。
 おそらく、両親にとっての目論見は……姉弟が同居する方が親としては監視しやすいし、その互いの生活を互いから聞きだせるし……また、悪い遊びもしないだろう、というものだったに違いないのだろうが。
「入社半年で結婚、ねぇ……。俺たちなんて、生まれたときから入籍してるよな!」
 くくっと冗談めかす尽に、彼女は頬を膨らませた。
「同じ苗字で、同じ屋根の下に暮らして。ま、夫婦生活をはじめたのは、まだ5年くらい前からだけどさ」
 ただの姉弟でないふたり。
「……別に、そういう意味で言ったんじゃないのに……」
「だって、そう取れるじゃん」
 彼女としては、ただ、純粋に思った事を口にしただけなのに……逆に尽の方が、そういう意味で取ってしまうなんて。
 けれど、実際、尽にそうやって指摘されて……改めて、自分が後輩の結婚に結構なショックを受けていた事を思い知る。ショックというよりも、もっと別の感情。きっと、羨望とかあるいはもっと汚い妬みとか……そういったもの。
 所詮、自分と尽はどうあがいたって絶対結婚できないから……。
 表情を落した彼女を見て、尽は肩をすくめた。
「人は人、俺たちは俺たち、だろう?」
 それは分かっているけれど。でも。
 彼女は言葉なく、心の中で反論してしまう。
 押し黙ったままの彼女に、尽は深い溜息の後、からかうような軽く馬鹿にした口調で言った。
「ま、もし、ねえちゃんも結婚したい、って言うなら俺は止めないけどサ」

「……っ!!」
 彼女は、キッチンから慌てて尽を振り向いた。
 胸が、チリリとした。

 なんだか、そんな風に投げやりで言われると、まるで、尽が自分と別れても構わないと言っているようで……。自分の事なんて、どうでもいいと思っているみたいで。
 悲しい気持ちが胸を支配してしまった。

 でも、振り向いた先の尽は、相変わらずにやにや笑っていて。彼女の反応を楽しんでいるようで。
 からかわれた、と、思った瞬間、ムッとするよりも、ほっとした自分を自覚して……なんだか、尽にいいように踊らされている自分が、悔しかった。
 彼女のそんな反応を全て嬉しそうに見つめて、尽はゆっくりと口を開いた。

「……結婚、する? ………俺と?」
「……っ!?」
 にやにや笑いが優しいそれに変わっていく。
 今度はからかいでは、なかった。
 彼女の顔を直視しないで、節目がちに、自分の真剣な想いを口にする。

「そりゃさ、戸籍上では夫婦になれないけど、構わないだろ、そんな事今更。俺たち、もう夫婦だって言ってもいいと思うぜ? けじめをつけたいのなら、今度の長期休暇にさ、どっか海外にでも行って、ふたりだけで式挙げるか? ……うん、俺もねえちゃんのドレス姿は見てみたいしな」
 言葉の最後にまっすぐに彼女を見つめた尽の眼差しは、とても真っ直ぐで、真摯で。

 顔を赤くした彼女は、笑みに緩んできそうになる口元を、必死で引き結んで……むしろ唇を尖らせて、再び夕食の支度に戻った。
「ばか……」
 いつものなじり言葉も、普段よりも弾んでいる。
「会社から、特休もらえるんだよな、結婚するってーと。ねえちゃんも貰えればいいんだけど……そういうわけにもいかないか」
「……だね……」
 くすっ、と、笑う。
 くすくす笑う。
 ふたり、幸せに笑いあう。

「他人がさ、結婚して幸せに見える以上に、俺たちはラブラブだからさ。ねえちゃん、僻むんじゃないぞ?」
「僻んでなんかないよ」
「んじゃ、会社でも自慢しとけ? 年下の彼氏とちょーラブラブだって」
「もう……ばか……」
 ただ、姉弟で愛し合う。
 その先の見えない不安が、幸せそうな結婚の話を羨んでしまって。
 彼女は、背後から近づいてくる尽の気配に微笑んだ。
 次の瞬間、抱きしめられて……いつも以上に熱い抱擁と口付けに、幸せを感じるのだった。



「やっぱり、子供はふたりは欲しいよな、うん」
「白壁のお家に、広い庭に咲き誇る花に。大きな犬?」
「そうそう。天気のいい休みの日には、子供たちの賑やかな声が響いて」
 抱き合いながら、ふたりは夢を語る。
 尽は姉の肩に唇を這わせて、彼女に己の証を刻む。
「愛し合う家族」
「幸せな家族。俺たちが……そうだったみたいに?」
 叶えたい。叶えるために努力をしたい。
 けれど……決して叶わない夢。
 唇を重ねて、体を重ねて。
 こうしている間は、とても幸せ。
 例え夢が叶わなくても、この幸せが続くのならば……。
「たとえ子供がいなくても。家がなくても……俺たちは、永遠の新婚でいればいいさ。その方が、浪漫がないか?」
「ふたりで行く旅行全てがハネムーンで?」
 くすくす笑い合い。
 何年も続く、新婚さながらの甘い夜を過ごす。
 

 




※※おわり※※




日記に掲載していたお話に加筆して
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