| 《ナンバーワン》 真っ青に広がった空には薄い白煙に似た雲がゆらゆら漂って、暖かな日差しの元に吹き抜ける風は心地よい空気を攪拌する。 見事な体育会日和の、快晴! 「はぁ、懐かしいなぁ」 隣で奈津美が瞳を細め、珠美がくすくす笑う。 瞳は通ったことのないはばたき学園の中等部だったけれど、若々しい少年少女の活気あふれるその場は、やっぱりどこか懐かしくもある。中学生だったのは、まだ、ほんの数年前の事なのに。 尽の中学最後の体育祭に瞳はやってきていた。 尽自身からの誘いがあったからでもあるし、休日に暇をもてあましていたからでもある。 自信過剰な尽の「一番俺がカッコイイはずだから、まぁ見ててよね!」の言葉に、是非とも尽の無様な所を見つけてやらなければ、と、意地悪く思ったりもした。 ……が、実際、尽は……。 「赤組・白組関係なく、尽くんって女の子声援受けまくりよね!」 奈津美が感心し。 「実際、目立つものね。何の競技に出ても大活躍してるし。逆に、うちの玉緒は……情けなくて目だってる」 珠美が、ついさっき目の前で見事にすっころんだ弟の事を思い出して溜息をついた。 「玉緒くんらしくて、そこが可愛いのよね」 瞳はくすっと笑い、今、体育祭執行部のテントで生徒会の役員と話をしている尽に視線を走らせた。 尽がカッコイイのは、悔しいけど認めざるを得ないかもしれない。 尽の行く先々で、皆が尽に注目する。 尽がアクションを起こせば、周りは盛り上がる。 他の人間から注目を浴びる雰囲気を持っていて、なおかつ本人がそれをしっかり自覚して、見事に生かしている。 尽は一種のカリスマを持っていると言えるかもしれない。 「まったく……」 瞳は、肩をすくめて、睨む様に尽を見つめなおした。 なんとなく……面白くなくて。そんな存在が弟である事が。 睨む瞳の眼差しに気づいたのか、尽がこっちを振り返って、ニッと笑うと駆け足で近づいてきた。 「奈津美さんと珠美さん、こんちわ」 二人には愛想よく笑いかけ、瞳には少し意地悪な表情を見せる。 「ねえちゃん、俺の大活躍見てくれてるだろ?」 「ばぁか。何が大活躍よ。お調子者」 「そうそう。調子に乗って、うちが勝つし!」 自信満々な尽に、瞳がかけられる言葉はなさそうだ。 「と、勝敗は決まってるけど、最後までちゃんと見ててよね。それと……お昼、こっちで食っていい?」 「? 友達と食べないの?」 「いいのいいの」 手をひらひらさせる尽に、瞳は小首をかしげる。 「別に構わないけど、私も大したもの持ってきてないからね?」 瞳の言葉に、よし、と、嬉しそうに笑った尽は、再び熱気渦巻く体育会へと戻っていき、なんだかんだ言ったって、瞳は、また、尽の大活躍を応援する事となった。 「久しぶりに、学内歩いてみたい!」 昼飯後、こういう機会がない限り一般人が入ることのできない学内を、奈津美と珠美に誘われて瞳は散策する事にしたのだけれど、なぜか尽もついてきた。 「別に、あんたは付いてこなくても……」 「だから、ヒーローな俺の息抜きさせてくれって」 「何がヒーローなのかな……」 すれ違うごとに、在校生から向けられる言葉に軽く言葉やリアクションを返しながら、尽は瞳の横に並んで歩く。 「東雲先輩、午後も頑張ってください!」「私、組違うけど応援してます!」「先輩のリレー、ビデオに撮りますから!」 熱烈な応援の数々。 「……応援、すごいねー。この果報者」 皮肉に近い瞳の口調に、尽は苦笑いを浮かべた。 「そりゃ、嬉しいけど」 どことなく、歯切れの悪い言葉に思えた。 「?」 「でもさ、正直言っちゃって……有象無象の応援よりも、たったひとりに言われた方が頑張れる、って事、ない?」 応援している人たちにはかなり失礼な言い方だけれど、尽の言葉の意味深長さに、瞳は歩みを止めて、尽を見上げた。 奈津美と珠美はふたりを振り返る事なく、はしゃぎながら先へと歩いていった。 「ねえちゃんも、そんな経験、ない?」 ……それは、どういう意味だろうか。 きっと……それは。 「尽、あんた好きな人、いるんだ?」 瞳の言葉に、苦笑して、うつむいた。 「百人に“頑張れ!”って言われるより、たったひとり、好きな人に笑って“頑張ってね”って、言ってもらうほうが、よっぽど頑張れる」 尽の、どことない切ない口調に。 好きな人いるんだ、と瞳は確信して……弟の恋話に、どことないむず痒さと面白くなさを味わう。 けれど、切ないその口調は、きっと、その好きな人にはまだ想いを打ち明けていないのだろうか、とも推測して……どういうふうに、尽に声をかけるべきか、瞳は考えてしまう。 「ついでに、抱きしめて、頬にチュゥなんてされたら、俺は何でもできちゃうよな」 顔を上げて、いつもどおりに悪戯っぽく笑う尽に、心配してしまった分、瞳はちょっとムッとしたりもした。 「つかさ、俺、トリのスエーデンリレーのアンカーなんだ」 にこにこ笑いながらの尽に、だから? と、瞳はまなざしで促すと、尽は、笑顔のまま問いかけてくる。 「応援、してくれるだろう?」 そりゃあ、そのために体育祭に来ているのだし。勿論、応援はするけれど……。 尽の意図を測りかねて首をかしげる瞳に、尽は笑顔を苦笑に崩した。 「だからぁ、頑張ってね、の一言も言えないの?」 「そりゃあ応援してるし。別に私が言わなくても、他の人がいっぱい言ってくれてるじゃない」 呆れながらの瞳の言葉に、尽は重く溜息を付いて、頭を抱えた。 「俺さ、リレーで一位になったら、告白するつもりなんだけど……」 「え? ああ、その好きな人にだね! そっか、それじゃあ……」 試合の応援はしているけれど、恋の応援も姉としてはしてあげたい。 瞳はにっこり笑ってその言葉を口にのせた。 「頑張ってね!」 言った途端に、尽に抱きしめられた。 「……っ! 尽!? ちょ、ちょっとぉ!!」 「うん、俺、頑張れそう! つか、絶対、一位!」 弾む声で言って、そうして………。 「………!! ………ッ!?」 瞳の頬に、唇を寄せて……キスを、した。 「尽!? あ、あんた、あんたっ!!?」 「うん。すげぇ、やる気になった。これで、告白もできそうだ。ねえちゃん、サンキュ」 尽は、今まで見たことないくらいに嬉しそうに笑って、瞳の体を離すと大きくて手を振って運動場へと戻っていった。 残された瞳は、訳が分からず立ちすくんで……。 いや、硬直していた思考が徐々に柔らかくなってくると、まさかとも思いながらも、尽の言葉と態度の意味が把握できてきて。 「……って、まさか……まさか、よね!? だって、だって……つか、タチの悪すぎる、尽のおふざけよね!?」 今度はパニックになった。 そうして、珠美と奈津美に再び無理に体育祭の会場まで引き戻されて。 溢れるくらいの若々しい熱気の中一番輝く尽が、最高に輝いた瞬間……その時、尽は真っ先に瞳を見つけて、誇らしそうに手を振ってきた。 瞳は、手を振り返す事もできずにそんな尽を呆然と見つめるだけだった。 尽の告白タイムは、もうすぐ後……。 「だって、そのために、ねえちゃんを体育祭に呼んだんだからな。俺、最高に格好良かっただろ? ……惚れた?」 「ばかっ!! 弟のくせにっ!」 尽の告白タイムは、どうやら成功はしなさそうだ。 けれど。 「大丈夫。いつか、絶対、惚れさせてやるから。ねえちゃんの一番になってみせる」 自信満々に、何が大丈夫なのだか。 瞳は、尽の熱烈アプローチに不思議に嫌な気分のしない自分を不可解に思った。 「俺の一番は、いつだってねえちゃん。俺、ねえちゃんにだけは、どうしても勝てない。そんなの、悔しいからな」 言いながら、抱きしめてくる。 「っ……尽ぃ!」 嫌がった素振りをしながらも、ちっとも、嫌な気分はしない。 「だから、絶対、俺にメロメロにさせてやる。俺、有言実行だから。言ったこと、絶対に完遂するから。……覚悟、しといて?」 耳元で囁かれて、ぞくぞくするその感覚に、瞳は……負けそうだ、と思う心を必死で押さえつけて、最後に一言。 「尽の、ばかっ!」 真っ赤な顔では、説得力は、なかった。 ※※おわり※※
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