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桜の下で 俺の誕生日は、春。 ひらひらと、桜の舞い落ちる頃。 綺麗に咲く桜の花に祝われて、俺は、少しずつ年を重ねる。 そうして、俺は、俺の望むべきイイ男に確実に近づいていく。 今年の俺の誕生日は、月曜日。 休みの日なら、当日に皆を呼んでわいわいできたんだろうけど……ま、仕方ないから、前日の日曜に一日早い誕生日を祝ってもらった。 今年で13歳。 小学校を卒業して、中学生に! 目出度い記念の年でもあると思うわけだ。 集まった面々もさ、進学先の中学は結構ばらばらになったんで、俺の誕生日は卒業式以来に集まる久しぶりのいい機会になったらしくて……朝から晩まで、賑やかに過ごした。 俺の家のリビングで、ねえちゃんとお袋に料理作ってもらって、ケーキも作ってもらって、お菓子やジュースも沢山買ってきてもらって! で、皆でゲームやらカラオケやら持ち込んでさ! やっぱりイイよな。気の合う友人達と騒ぐのは。 男も、女の子も、一緒になって。 翌日、学校だって分かってるんだけど、それでも別れるのが寂しくて……結局、皆が家に帰ったのは、夜、結構遅い時間だった。 さすがに、女の子達はよほど家が近い子以外は早い目に帰らせたけどさ。 「まぁ、一年に一度の事だし……仕方、ない、か……」 普段なら、ぶぅぶぅ文句を言い続けそうなねえちゃんが、珍しく、溜息をつきながらも大人しく後片付けを手伝ってくれている。 この春、高校を卒業して、大学生になったねえちゃんは……相変わらずだ。 大学生になったからって、急に派手派手しくなるわけでなし、男ができるわけでなし。 弟の俺としちゃあ、まぁ、なんというか……俺のねえちゃんがコレでいいのかとも不安だと思う反面、実はほっとしていたりもする。 自覚あるけど、俺って、ねえちゃんっ子だったからな。 面と向っては絶対に言えないけど、ねえちゃんの事は好きだし……できれば、ずっと変わらないままのねえちゃんでいて欲しいとは思うんだ。 ……なんて、俺自身は、イイ男になるために日々成長し続けてくせ、ねえちゃんには変わるな、成長するな、なんて……子供の我侭もイイトコだよな。 絶対、そんな事、口に出して言えやしない。 誰かに言えば『シスコン』って馬鹿にされるし、ねえちゃん本人に言えば『あんたってねえちゃん離れができないね〜』なんてやっぱり馬鹿にされたうえ頭を撫ぜ撫ぜされたらたまらない。……俺が、まだ全然ガキでイイ男になれてないって事を自覚させられそうで、さ。 片付けが一通り終わり、お袋と親父が、やっとのんびりできるぞ、とばかりにお茶とお茶菓子を用意しだして、俺はねえちゃんに手伝ってもらって、皆からもらったプレゼントを自分の部屋に運んだ。 「まったく、あんたって本当に要領いいわねぇ」 山と積まれた俺へのプレゼントの数々に、ねえちゃんは溜息をついた。 「ま、人徳だろうな!」 と、笑う俺に、ねえちゃんは呆れの眼差しだ。 さっそく、プレゼントのひとつを紐解いてみる。 あまり大きくない包みの中身は……ボルバビンカード。………つか、どう見ても、ザコカードばっかじゃん。いらないのを押し付けたな? いや、もう、それより、俺、大概ボルバビンも卒業してるんだけどなぁ……誰のプレゼントだ、これ? やっぱ、玉緒あたりか……!? もうひとつ、いかにも女の子からのプレゼントらしいカワイイ包みの中は、多分、手作りだろうな、クッキーと縫い目の粗いテディベア。これは、ちょっと嬉しい。多分、ユウコちゃんかな。お礼言っとかないとな。 って、俺が貰ったプレゼントをごそごそしてる横で、ねえちゃんはその様子を眺めていた。 なんだってんだ? じーーっと、俺の様子を伺ってる。 「ねえちゃん?」 俺が、不審気に声をかけると、ねえちゃんはちょっとハッとしたみたいな顔をして、頭を抱えた。 「ねえちゃん……大丈夫か?」 もしかして、疲れてるのか? 今日、一日家にいて、色々しててもらったしな。 「……ううん……じゃなくて、そういえば、私、プレゼント用意してなかった……」 あ、そういえば、なんも貰ってないな。 でも、別に……。 「ねえちゃんには、色々してもらったから、いいよ」 折角の日曜なのに、どこにも出かけずに、気ぃ使ってくれただけで十分だろう。 鈍くて不器用なねえちゃんのわりに、頑張ってくれてたしな。 俺が言うと、ねえちゃんは苦笑して小首を傾げた。 それから、カーテンの開け放たれた窓の外に視線を移す。 俺も、つられるように、そっちを見る。 もう真っ暗なんだけど……俺の部屋とねえちゃんの部屋の真中にある桜の木の花びらが、俺の部屋の灯りに照らされて、ひらひら舞い落ちている様子が伺えた。 俺がねえちゃんの顔に視線を戻すと、ねえちゃんは微笑んでいて……それは、今まで見たことないような、複雑かつ微妙な微笑で。 単純なねえちゃんがそんな風に笑うのなんて見たことなかった俺は、ぐっと言葉に詰まって、固まってしまった。 13年、ずっとねえちゃんと一緒にいて。 色々なねえちゃんを見てきている。 ねえちゃんの、ほとんど全部知っている。 性格から、好きなもの、苦手なもの……喜怒哀楽感情の表れ、友人関係や恋愛経験。 多分、玉緒とかの普通の弟が姉について知る以上の事を俺は知っている……つもりだった。 鈍くて不器用なねえちゃんの世話を焼くのが、俺のひとつの義務みたいなものである気がしていたんだ。 そう、ねえちゃんがイイ男を捕まえるまで、そのまだ見ぬイイ男の代わりに、俺がねえちゃんを守ってやろうと思っていた。 そんな俺だから、単純なねえちゃんが何を考えているのか、表情とか態度で大体把握できているつもりだったのに……。 今のねえちゃんが、何を、どう考えているのか、俺には計り知れなかった。 俺の知らないねえちゃんは、確かに、いる。 「桜も、もう終わりだね」 ふぅと小さな息を吐き出して、今度はもう少し元気に微笑んで。 「ね、夜桜、見に行かない?」 じーっと俺の目を見詰めて言うねえちゃんに俺は戸惑うけど……なんとなく、ねえちゃんの寂しそうな口調に、俺は頷いてしまった。 今年の桜は遅かった。 俺の入学式の頃にやっと花開きだしただけだったっけ。 俺とねえちゃんは、自宅から歩いてしばらくの所にある、公園まで来ていた。 あまり大きくはない公園に、桜の木は何本か植わっていて……夜桜を愛でる……というより、夜桜にかこつけて騒ぎたい人間が結構集まっていた。 より見事な桜の木の下に場所を取ってレジャーシートを広げ、一応住宅街の中の公園だって自覚はあるらしく余程騒ぎ立ててはいないけれど、アルコールを入れてかなり上機嫌にはなっている。 俺たちみたいに、ご近所の人間が、ふらりと夜桜見にやってきたらしい姿も結構あった。 ゆっくり、桜を見ながら歩く俺とねえちゃん。 限界までに花開き、散り始めている桜が、きっと、一番綺麗だ。 ねえちゃんは、大きく枝を広げた桜の木に向って歩いていく。 夜の闇の中、外灯の灯りだけに照らされた桜の木から、花びらがひらひら舞い落ちてる。 俺は、立ち止まって、歩きつづけるねえちゃんの後姿を見つめた。 かすかな風に煽られて、くるくると舞うように散り落ちる淡い紅色の桜の花びらが次第にその数を増やしていって、ねえちゃんの姿を覆い尽くしていくような幻想にかられる。 今、その一瞬間だけ、俺とねえちゃんの周りには、騒ぎ立てる声も、他の人間達の姿もなく、ただ、俺の視覚も聴覚もねえちゃんだけで埋め尽くされている。 線の細い、女の姿をしたねえちゃんの後姿が、俺を幻惑する。 どうしようもなく、胸が痛くなった。 ねえちゃんが、女なのだと、改めて実感させられた気がした。 ねえちゃんなのに。血の繋がった姉なのに。……彼女は、女。 桜がひらひら舞い落ちて、俺とねえちゃんの間を埋めていく。 俺から、ねえちゃんを遠ざけていく。 一瞬、どうしようもない焦燥感が俺にこみ上げてきて、慌ててねえちゃんの後を追って、ねえちゃんの腕を、取った。 「尽?」 振り向いたねえちゃんが、不思議そうな表情をして……それから、ふんわりと微笑んだ。 ねえちゃんの温もりを感じる。 柔らかな肌の感触を感じる。 ねえちゃんが、女だって……実感、する。 いたたまれない気分になって、俺はねえちゃんの腕を離して、視線をそらせた。 「寒くなって来なかったか? なんか、風も強くなってきた気がする」 早口で言う俺。 姉ちゃん相手に、柄にもなく緊張してしまっている。 ねえちゃんは……少しだけ空気を震わせて笑って……俺の頭をくしゃっとした。 姉が、弟を撫ぜるように。 いや、実際、姉と弟、だから……。 なんでか、胸が痛かった。 「あんた、いくつになったっけ?」 姉ちゃんの声に、俺はむっとする。 頭を撫ぜて子供扱いして……年齢を口に出させて、俺の子供さを実感させようとしているのか、と、思って。 「……13」 不貞腐れて言うと、ねえちゃんは、少し押し黙ってから……くすくす笑った。 なんだってんだよ! むかっとして、やっと、真っ直ぐにねえちゃんを見ると……ねえちゃんは、いつものねえちゃんらしくない……まるで別の存在のように見えた。 夜空の桜の木を背景に、くすくす笑う表情は……見知らぬ女の人。いや、知っていながら……変化した、女の人……。 見惚れる俺に、また視線を移すねえちゃん。 「違うの。身長。去年の春の身体測定で、確か、147センチって言っていたよね?」 「ああ……」 でも、それにしても、まだねえちゃんよりは低くて、あまり口にしたくはなかったけれど……。 「正確には今何センチか分からないけど……先々月の制服の採寸の時は、153センチだった」 確か、ねえちゃんの身長は158センチ。まだ、あと、5センチも差がある。 「すごいね。一年で5センチ以上延びてる。成長期だね。この分じゃ、来年の誕生日には、私、追い抜かされちゃうな」 言う、ねえちゃんの口調は、どこかとても嬉しそうで。 じっと俺を見詰めてきて、とても柔らかく微笑んで向きを変えて、夜の闇の中に無数の花びらを散らし続ける桜の木に向かい合う。 「……ね?」 囁くように声をかけられて、俺はねえちゃんの横まで歩み寄る。 ねえちゃんは、隣の俺には視線を移さず、ただ、花びらを散らし続ける桜の木を見上げ続ける。 「来年の誕生日も、こんなふうに一緒に桜見に来られるよね?」 来年の事なんて分からないけど……でも、俺は「うん」と、はっきり返事をした。 来年の俺の誕生日……俺は、どうなっているだろう。何をしているだろう。 けれど、来年の今日も、俺とねえちゃんは相変わらず姉弟で。同じ屋根の下に暮らしていて。家からすぐ傍のこの公園に来るのは容易いだろう。 「きっと、私より背が高くなってるよね。声だって、今より低くなってるかな? それに……ちゃんとした、彼女もいたりして……」 小さくなっていった最後の言葉に、俺は目を丸くして、隣のねえちゃんを見詰めてしまった。 「今日きてた女の子の誰かだったりしてね」 小さな笑い声が漏れるけれど……それは、聞いているこっちが切なくなるくらい、もの寂しいものだった。 ……なんで? 俺、不意と浮かんだ自分の妙な妄想に、鼓動が、どくどくと強く、早く脈打ち始めた。 ねえちゃんなのに……隣にいるのは、ずっとずっと一緒に育ってきた、ねえちゃんなのに。 薄紅に染まった桜の花よりも綺麗な横顔に、見惚れる。 「……今から、後悔しちゃってるよ……」 ねえちゃんは視線を落として、ぽつりと言った。 「先月の卒業式の時に、あんたに言われた言葉。もう、すでに、後悔しちゃってる」 先月、ねえちゃんの卒業式の時に、俺が言った言葉……忘れもしない。 ねえちゃんは……もう、後悔してる? 俺が……弟だって事を……? どくん、どくん 耳が痛いくらい。 顔が火照ってる。 こんな気持ち、今まで、知らない。 でも、俺は、知ってる。俺が研究する恋愛データで言えば、この感情は………。 俺は、その身になって、初めて理解した。 俺がイイ男になりたい理由は、明白だったのだ。 ねえちゃんに近づきたい。年上のねえちゃんに釣りあうイイ男になりたい。それなんだ。 だから……ねえちゃんが、変わらないことにほっとしていた。ねえちゃんに、変わって欲しくないと、願っていた。 俺が、追いつけるように。追いつきやすいように。 年齢だけは、決して追いつけないから、それなら、せめて、他の事で追いつかなきゃならなかった。 俺は、イイ男を目指しながら、実は、ねえちゃんを目指していたのだろう。 「……来年、もし、またこの桜をふたりで見に来られたら……私……」 ねえちゃんは、細めた瞳で、俺を、見た。 今にも泣き出しそうに、潤んでる。 「あんたが、来年も、私と一緒にいてくれるなら、私……きっと、自分の気持ちを伝えちゃう。……迷惑、だよ……ね?」 迷惑? 迷惑……!? どくん、どくん。 俺は、まだ、やっと、自覚したばかりだ。 だけど、それを迷惑なんて……思えるわけない。 俺が、来年の誕生日、何をどう考えているか分からないけど……でも、きっと、一年経ったこの想いは、今よりもっと脹らんで、花開いて……。 「ねえちゃん、俺、誕生日プレゼント、欲しい」 俺は、自分の顔が真っ赤に火照ってるのを自覚して言った。 ねえちゃんは、意外な俺の言葉に目を見開いて……その瞳に溜まっていた涙が、かすかに目尻から零れた。 「来年の約束……」 俺より少し背の高い、ねえちゃんに近寄って……真剣にねえちゃんを見詰める。 どくん、どくん。 鼓動が耳元で五月蝿い。 静まれ、俺の鼓動っ。 ねえちゃんは、驚いた顔を緩ませて、瞳を閉じた。 どくん、どくん。 俺は……そっと……ねえちゃんの、頬に……唇を、寄せた。 今は……まだ、これが精一杯だろうか。 ゆっくりと目を開けたねえちゃんは、すぐに俺の顔を見詰めてきて……ふんわりと、微笑んだ。 俺の知らない、優しい女の表情で。 「きっと、来年は、もうちょっと……」 照れて、それ以上は言えない俺を見詰めて……ねえちゃんは、俺に抱きついてきた。 って、ねえちゃん!! そして、俺の頬にちゅっとキス。 「私からも、来年の約束。……ね?」 弾む嬉しそうな言葉に、俺の心まで弾んできて……笑った。 来年、14歳の俺。 俺は、どうなっているだろう? もっと、イイ男に近づいているだろうか? もっと、ねえちゃんに追いつけているだろうか? もっと、ねえちゃんを好きに、なっているだろうか? そうして、ねえちゃんは……俺を、ちゃんと、待っていてくれるだろうか……? 俺とねえちゃんは、そっと手を繋いだ。 散りゆく桜の木の下で。 俺の中で、ねえちゃんが女へと姿を変える。 桜が花開く、俺の誕生日が巡るたび……俺は、ねえちゃんをもっと、もっと……愛しく思うだろう。 そして、そのたびに、俺の中で、ねえちゃんは、もっと綺麗な女になっていく。 俺は、そんなねえちゃんに追いつくために、もっとイイ男になってみせなくちゃ、な。 おわり |
<言い訳とか>
尽13歳の誕生日の創作です。
一応リアルに13歳なようなので、
リアルな暦と桜の開花状況で書いてみました。
綺麗な仕上がり目指してみました。
ねえちゃんが尽にほのかな想いを抱き、
尽もやっと己の想いに気付いた感じで。
(ちょっと、基本にもどった感じで書いてみましたが…)
来年、一緒に桜を見にきたふたりがどうなっているかは、
ご想像にお任せします……。
ちなみに、夜桜写真の素材は、自作。