ごっこ



 いつもよりずっと遅い朝、恵はまだ全然眠り足らない気分で、重く体を起こした。
 眠り足りない理由は、十分理解している。

 だって……今日は、尽の誕生日だから。

 

 外は、気持ちいいくらいの晴天らしい。
 カーテンを締め切った部屋の中にいても、陽射しの欠片がどこかの隙間から入り込んできて、飛び散った硝子のようにキラキラ光っている。

 けれど、恵は窓を開ける気力もないままに、ひどくだるい体をベットから引き剥がした。


 多分、自分のほうが起きるのが遅いだろうとは思っていた。

 だって、昨夜も疲れきっていたのは自分ばかりで……自分のほうが根を上げて、気を失うように眠りについた。

「どうせ……10代にはかなわないもんっ」


 少し前まで彼が居た場所を睨みつけて、恵はひとりごちる。


「誕生日だからって我侭聞いてあげてたら、つけ上がってさ……」


 一度頷いてしまった自分も自分だけれど……と、恵は肩を落として自分の迂闊さを後悔しつつ……それでも。

 微笑みを、止められない。
 幸せそうな彼の笑顔は絶えることはなくて。それを見るたびに自分も幸せになって。

 それに……。


 恵は素肌の自分の肩を自分で抱き締めて、昨夜、そこに触れていた彼の温もりを思い出す。


 何より、彼の求めるままに、彼を求め返す事は恵にとっても幸せな事で。


 二の腕に残った、彼の残した褐色の痕を見て微笑んだ。

 きっと、体中にこんな風に彼の痕が残っているだろうと考えると……恥かしくて……嬉しかった。そして、同じような自分の痕を、彼に刻んだ自覚もあった。

 彼の事を、こんなにも……愛している。


 例え、ふたりがいつか、引き裂かれる事になっても……それでも、この想いは永遠に続くだろうと、自信を持って想える。

 そう、いつか、引き裂かれる事になっても………そう思ってしまうから、今だけでも彼とちゃんと愛し合っていたい。

 でも、それだからって、彼の我侭は……。


「ちょっと、変態的……まったく、馬鹿、なんだからっ」


 言いながらも、表情は幸せそうだ。


「本当に、馬鹿……どうせなら、朝までちゃんと………」


 言いかけて、止める。

 恵は、自分がすっかり彼のペースにはまってしまっている事が悔しくて、軽く唇を噛んだ。

「でも、まぁ……朝ご飯、用意してくれてるとしたら……もうちょっと付き合ってあげても、いいな」


 くすっと笑って……半ば確信して、恵は起き上がる。


 何も纏っていないその体に、床に脱ぎ散らしてあった彼の大きめシャツだけを羽織って、恵は部屋を出た。


 桜の時期とはいえ、まだ肌寒い季節。

 素足のまま廊下を歩き、階段を下りるには、まだ冷たい。
 けれど、どこか火照ったままの思考と体には、丁度いいかもしれない。

 できるだけ足音を立てないように。猫のように歩く。


 恵は、リビングの扉の前に立ち、飾りガラスからそっと中を覗き込んだ。

 彼が、いる。
 ソファーに腰掛けている後姿が見える。

「ひとりでテレビ見てるの? 私を放っておいて?」


 少し、拗ねた気分になる。

 我侭を主張したのは彼なのに……昨夜はあんなに自分に言い聞かせていたのに。

 恵はそっとリビングのドアを開ける。

 決して彼に気付かれないように。

 静かに彼に近寄って………背後から……。


「尽っ。目覚めのキスはどうしたの? あんたが言い出したんでしょう? 夕べはあんなに………って、アレ……?」


 背中に抱きついて、その頭を抱き締めて、彼を……尽を誘うように、わざと胸を彼の頭に押し付けて……異変に、気付く。

 だって、抱きついてる相手は……尽……の、はずなのに、なにか違う。
 髪型とか、背格好とか……。

 尽……じゃ、なければ、コレは誰か……?


「だ、誰……」


 恐る恐る呟いた恵に、ゆっくり振り向くその顔は………見知った人のもの。

 でも、それは、最愛の弟かつ恋人じゃない……別人。

「たっ………!!」


「僕でよければ目覚めのキスを……」


 顔を赤くして、それでも、冗談か本気か分からない口調で言う。


 恵は、一歩後ずさり、二歩後ずさり……自分がかなり、惜しげもなく肌を晒しているのと、それを見られているのに気付いて、シャツの前身ごろを掻き合せると……。



「きゃああああああっ!!」



 ……と、声の限りに叫び、リビングを飛び出した!





「きゃああああああっ!!」

 轟くほどの悲鳴が響いた。


 トイレを出てドアを閉めたばかりの尽は、ジーンズのファスナーを上げきるのもそこそこに、慌てて声のした方……リビングへと向かい、途中、階段を駆け上る恵の姿に出会う。


「ねっ、ねえちゃん!?」


 声をかけても、恵はそれに気付かず、2階へと駆け上がっていって……バタン、と、激しくドアが閉まった音がした。


「ねえちゃん!?」


 何があったのかさっぱりで、一瞬、すぐに恵のところに駆けつけようと思うけれど……はた、と、思いとどまる。

 今、リビングにいる人間の事を思い出して。

 よもや。まさか……!


 尽は一瞬にして浮かんだ、ごく悪い予感に……引き攣った表情をした。


「玉緒〜〜っ!」


 半開きのリビングの扉を荒々しく開け、そこに立ち尽くす、友人紺野玉緒の姿を確認する。


「おまえ、ねえちゃんにナンか変な事したんじゃねーだろーなぁ!?」


 怒りで我を忘れている!(閃光弾と蟲笛でくらいじゃ静まりそうもない怒りだ!)

 言葉遣いが、口調が、体裁を気にしないほど乱暴になっている。

 きょとんとする玉緒のトレーナーの胸元をぐっと掴んで、持ち上げんばかりに睨み上げる。


「朝から俺たちの甘い時間を邪魔しにやってきただけでは収まらず、うちのカワイイねえちゃんに、手出ししたんだとしたら……っ!」


 ガン飛ばしまくり。真っ黒……よりもむしろ不吉な、淀んだドブ川のような凶悪なオーラが発せられている。


「僕が手を出したんじゃなくて、出されそうになったんだけど………」


「ああン!?」


 玉緒の言い訳は、自然とスルーされているらしい。
 尽は、更に凶悪な表情で玉緒を睨みつける。

 
「つか、そもそも、甘い時間って……尽、一体、恵さんと何をしてたのさ……? というか、恵さんのあの格好……かなり扇情的……」

 尽の睨みの眼差しを避けて、あさっての方向を向きながら、玉緒の言う言葉に、尽の表情は一段と淀んだものになる。


「おまえ、ドコまで見た!? 俺のねえちゃんの素肌をタダで見ようなんざ、いい了見じゃねぇか!」


 無料でなければ見てのいいのだろうか、との突っ込みはさすがに命が惜しいので口に出来そうもなかったが。


「……や、だから、見たくて見たんじゃなくて、不慮の事故なんだけど……」


 という、小さな玉緒の言葉は、やっぱりしっかりスルーされている。


「ねえちゃんの柔肌を見てもいいのも、触ってもいいのも、俺だけなんだからな! って、おまえ、もしかして触ったのか!?」


「……不慮の事故で……」


 尽の玉緒への締め上げがキツくなり、玉緒は、ははは……と、乾いた笑いを漏らした。


「つか、だから、尽くん、一体恵さんと、何してたのさ……ってなんとなく想像できるけど……」


「想像すんなっ!」


 尽は掴んだ玉緒の胸元を激しく引き離し、玉緒はその勢いでよろけ……ソファの背もたれに寄りかかる形となった。

 一瞬、むっとした表情をした玉緒は、すぐに、何かを思いついたように、唇をゆがめて笑った。


「どうせ、新婚さんごっこーとかしてんじゃない? あーやらしぃ。クラスの女の子たちには言えやしない。言えやしないよ……くくく……」


 キャラ変わりした玉緒の言葉に、今度は尽が圧されている。

 顔を赤くして、むっつりして。
 一瞬の怒りは収まってきたものの……どう見ても色々と納得出来ていない様子だ。
 というか、完全に、図星まっしぐらだったから、反論できないのだろう。


 そう、『新婚さんごっこ』



 それが、尽が恵に言った我侭。せがんだ誕生日プレゼント。


 両親を泊りがけの旅行へと追い出して、ふたりきりの家で……あーんな事したり、こーんな事したり。


 基本の裸にエプロンは勿論。
 夕食を作る新妻をキッチンで襲ってみたり(そして、魚を焦がしてみたり)。
 リビングで掃除をする新妻を押し倒してみたり(そして、灰皿で殴られたり)。
 風呂で一日の疲れを落としている新妻を無理に浴槽に引っ張り込んだり(そして、湯あたりさせてみたり)。
 日付が変わるまで、何度も愛し合うのも、新婚さんの特権ですかね!


 尽の願望は、昨夜のうちにも余すところなく叶えられたようだが。

 ただ……。

「俺はっ、今日もねえちゃんとふたりだけで、誰にも邪魔されずに、甘い時間を過ごすんだっ! 緩い朝日の中、新婚の二人が迎える甘い目覚めも堪能するはずだったのにっ!」


 拳を握っての尽の主張を、玉緒はハッと、鼻で笑って肩をすくめた。


 言葉はなくとも、玉緒のその表情からとんでもなく馬鹿にされていることが分かる。いや、言葉がなく、表情だけが語っているからこそ、余計に尽はムカつくわけで!


「どこかの、馬鹿のせいで、ぜぇんぶ台無しだ! さっさと帰れ、このお邪魔虫っ! カメムシ、ゾウリムシ、ツリガネムシ、アメーバめっ!!」


 形態がどんどん小さくなってきますね。そのうち微生物通り越して細菌・ウィルスにまでなっちゃいそうな玉緒くんですが……。


 さて、尽がアメーバ玉緒(弱そうなリングネーム)に向けて繰り出されたキックは、寸前で避けられ、結局、ソファの縁に足の小指をぶつけて痛い思いをする。自業自得。


「まぁ、そんなとこだろうと思って、僕が折角気を利かせてひとりでお誘いに来てやったのになー。女の子たちがぞろぞろと誘いにくるよりマシでしょ?」


 玉緒が朝早くから尽にメールを寄越して、家に入れる催促をしたのは、それ。

 友人達が誕生日パーティをしてくれる、という誘いを、代表して言いに来てくれたのだ。

 尽にとっては、とてもとてもとても…(MAX)ありがた迷惑な話で。

 正直、最愛の恵との新婚生活(ごっこ)を邪魔されるのは、好ましくなく……。

「今後の学園生活でさ『尽くんってば、実のおねーさんとヤっちゃってるのよ!』『まぁ、不潔!』『変態よ!』『実は、トンデモない異常者だったのね!』とか、影で囁かれたくないでしょ?」


 玉緒の、見事なまでの女性の声音とそのあんまりな言い様に、尽はげんなりした。


「東雲尽くん、学園一カッコイイ伝説が崩れちゃうよ〜?」


 ちょっと気の抜けた口調の玉緒を、尽はギッと睨みつけた。

 別に、崩れたって構わないが……ヘンな噂が立って、この後の学園生活の居心地が悪くなるのは好ましいとは思えず……。

「一応顔は見せるけどな、すぐに帰るぞ? お前、先に行って、俺のじぃちゃんかばぁちゃんが危篤とでも言っとけ。や、親父かお袋でもいいぞ」


 ……両親を危篤にしてまでも、ねえちゃんとの新婚生活が大切らしい。


 玉緒は、ヤレヤレ、と頭を振って、ふーと溜息をついた。

 長い付き合いの友人が、無謀な恋愛を実らせてから……その隠れた壊れぶりは知っていたが……。

 玉緒は、ふっ、と、尽に気付かれないように小さく笑った。その一瞬の笑みが、悪魔のそれの如くであったのを、尽は関知できなかった!


 不意に真剣な表情となった玉緒は、じーっと尽を見詰めて、決して視線を逸らさずにその傍まで歩み寄る。


「玉緒? なんだよ?」


 そうして、尽の首筋に指先を伸ばして……。


「この痣……」


 くすっと笑った。

 尽の首筋に残る、濃い褐色をした痣は、間違えようもなく……。

「は? 玉緒??」


 玉緒は指先で、その痣を軽くなぞり、困惑する尽にお構いなしに……。


「………っ!!」


 尽の首筋に腕を絡めて抱きついた。

 そうして、一瞬固まった尽の耳元で、囁く。

「妬けちゃうね」


 くすっ。

 玉緒が艶っぽく笑った途端……。

「うわあああっ!!」


 見事に、尽が玉緒を突き飛ばした。


 当然、尽はまったくノン気だ。つか、天然の女好き。更に言えば、ねえちゃん以外には勃たないと豪語している尽に、その刺激はどうしようもなくたまらなかったようだ。

 全身見事なチキン肌。

 髪の毛まで逆立っている。
 肩で荒い息を吐いている。

「たっ、たま、たま……おま、おま……っ!!!?」


 なんとなく、卑猥な言葉の羅列に聞こえるのはとても気のせい。

 突き飛ばされた玉緒は、しばらく押し黙った後………。

「くくく…………あはははっ!!」


 目に涙を溜めて笑い出す。

 玉緒だとて、まったくのノン気……多分
 というか、今更、無駄に熟知した尽相手にそういう気にもなるまい?

 玉緒に何かの気があるとしたら……。


「尽くん、精神修養がなってない。世界一のイイ男は、男の誘惑くらいさらりとかわさなきゃ!」


 真っ赤になって、鳥肌をどうにか抑えようとしている尽にケタケタと笑いつづける。

 そんな尽、学園では見たことがない。
 玉緒は、新たな尽の弱点を見つけて……にんまり笑った。

 紺野玉緒。趣味:尽くんを苛める事。


「うちはねえちゃんにそんな感情ないけどさ。いいよねー尽くん。あんな綺麗で色っぽいねえちゃんがいて。恵さん、綺麗な肌だったなー。胸も以外とおっきかったし! 白い肌に残った、痣がまた卑猥に見えて……っ、ッて!」


 尽のもうひとつの弱点は、知り尽くしている玉緒。

 ここぞとばかりに、ちくちくと尽の弱点=ねえちゃんについて、突っ込んでやる。
 が、飛んでくる尽のパンチを避け損ねて、床に転げ込む。

「あはは! 目と心に美味しいご馳走をいただきました。尽くん、ありがとう」


 けれど、玉緒ままだ言葉を続け、その度に尽の眼差しは険しくなる。


「さぞかし、昨日の夜は楽しんだんだろうなぁ。いいなぁ。恵さんの柔らかい体抱き締めて、甘い声を………わっ!」


 再度、尽は玉緒の胸元を掴んで……怒りに倍増した力で、玉緒を起き上がらせた。


「おまえ……ねええちゃんの裸見て……勃ってんじゃねぇだろぉな……?」


 低くドスの効いた声。

 玉緒は、ははは、と、笑う。
 否定も肯定もしない。
 尽は、それを肯定と取る。
 額の青筋が増えたようだ。

「……一生使い物にならないようにしてやってもいいけどな?」


 ドコを?

 なんて、愚問過ぎる。
 はははは……玉緒の笑いは乾いている。

「それとも……おまえの被ってるナニを、俺が綺麗に剥いてやろうか?」


 ナニの何を?

 も、愚問ですか?

「尽くん。下品〜〜」


 はははは……と、サハラの風のように乾いた笑いを漏らしながら、玉緒の額には玉の脂汗。


「そう言う尽くんこそどーなのさ。もしかして……日本人男性の半数以上がそうだと言う、半剥け状態? 性生活に支障がなければねー」


「……残念、俺のはしっかりとオトナだ」


「あら、やだ。尽くんてば、僕に内緒でいつの間に」


「なんで、俺がオマエに断り入れなきゃならん」


 年頃の男の子同士の微笑ましい会話、進行中!

 若いって良い事ですね!

「……ま、ま……ともかく」


 激昂して自分の胸元をがっちり捕まえる尽の腕をやんわりと引き離して、玉緒はにっこり笑う。


「こっちのパーティは、12時から予定。遅れても、まぁ、なんとか言い繕っておくから、今しばらくごゆっくり〜」


 玉緒の言葉に、尽は険しい表情を緩めていく。

 まぁ、いつまでも怒っていても仕方ないし……部屋に閉じこもった恵の事も気になる。

「尽くんは、持病のホウ○イが痛くてたまらないので、しばらく遅れてきます、って言っとくね!」


 尽から距離を取り、リビングから出て行く直前の玉緒の言葉に、尽は、手元の新聞を投げつけた。


「馬鹿野郎。俺は、ちゃんと大人だって言ってるだろ! ねえちゃんがちゃーんと証明してくれるわ!」


「そっかー。それじゃあ、イ○ポに悩んで注文した通販バイア○ラが届くのを待っています。の、方がいい?」

「俺を何歳だと思ってるんだ! ぴちぴちの十代だぞっ。つか、昨夜たっぷりねえちゃんと楽しんだこの俺に、バイ○グラの必要はナッシングだっ! 一晩に何回でも……!」

「あ〜はいはい!」

 自信満々に言い続けそうな尽の言葉を玉緒は遮ぎる。
 放っておくと、精力自慢さえしかねない。
 玉緒は他人の耐久力・持久力はあまり興味がないらしい。……まぁ、またいつか尽をいじめるいいネタには使えそうだなぁ、と、チラリと思いはしたけれど。

「んじゃ、ほどほどに。腰を痛めたり、精力使いきってげっそりなってバイア○ラに頼る前に、会場においでよ。長くは引き止めないからさ。つか、恵さんを酷使するのはやめたげなよね。おまえのキスマーク、まるで病気みたいだったよ? いくらなんでも、独占欲強すぎ。恵さんに嫌がられない程度にね! 振られても、さすがに、僕は慰めてやれない……って、だから、それは止めといて……!」


 下駄箱の上にあったでっかいクマの木彫りの置物(メイドイン北○道)を持ち上げた尽を見て、玉緒は慌てて玄関を飛び出した。


「戻ってくるなよ!」


 ……と、言った傍から、再度玉緒がドアの影から顔を出して。


「そうそう、僕からの誕生日プレゼント、ゴム製品詰め合わせにしようか?」


 尽は、クマの置物を放り投げ……る変わりに、置物の下敷きのマットをドアに向って投げつけた。

 勿論、玉緒はドアから顔を引っ込めて……今度こそ、さっさと退散したようだ。

「……ま、いくらあっても困るもんじゃないから、そのプレゼントならもらっておいてやってもいいかな」


 苦笑いを浮かべた尽は、玄関の鍵をきっちり閉めると、二階へと向った。




「ねえちゃ……じゃなくて、恵?」

 昨夜ふたりが愛し合った尽の部屋でなく、自身の部屋に、恵はいた。
 ベットの上で、布団に包まって丸くなっている。

「恵?」

 声をかけて、そっと近寄っていくと……唐突に布団が開いて、恵が顔だけ出した。
 その真っ赤な顔と、怒った表情に、尽はやっぱり、と苦笑する。

「わっ、私は、あんたが大人かどうかなんて、絶対に証言しませんからねっ!」

 どうやら、尽と玉緒の馬鹿な会話が聞こえていたらしい。
 真っ赤な顔と膨らませた頬が……とても愛しい。
 くすっ、と、尽が小さく笑うと、恵は更に眉を吊り上げて、一層怒った顔をする。

「てゆーか、なんで玉緒くんに筒抜けなのよぅ!」

 恥かしさのあまり、涙目になっている。
 多分、玉緒を尽と間違えて抱きついてしまった事も思い出しているのだろう。

「知ってる奴だから良かったんじゃないか。知らない奴なら、完全に週刊誌……いやいや、近親○姦スレやサイトの餌食になってるだろ」

 にやにや笑って言う尽の顔を、怒った顔のままじーっと見詰める恵。
 羞恥と怒りはなかなか収まらないらしい。

 尽は、苦笑を浮かべて恵の顔を見詰める。
 たまらなく、カワイイ。
 苦笑が、いつしかうっとりとした甘い笑みになっているのを自覚して、尽は恵を見つめつづける。

 睨めっこ……の、つもりの怒り顔で尽を見ていた恵は、どんどん優しく緩んでいく尽の表情に、怒った顔をどうしても続けられなくなっていく。
 笑うと負け……ではなくて、この場合、照れた方が負けだったのかもしれない。

 居たたまれなくなってきた恵は、ぷいと視線を逸らせて精一杯唇を尖らせた。

「尽なんて、さっさと出かていけばいいんだわ。皆で誕生日パーティするんでしょ?」

 はっきりと拗ねた口調。

「私の事なんて、放っておいて、玉緒くんに慰めてもらえば……?」

 また、頬を膨らませながら、横目で尽を睨みつける。

「玉緒に慰めてもらうってな………」

 ううーん、と、尽は苦笑して唸ってみせる。

「俺は、男に慰めてもらう趣味はないし……第一、俺、まだ恵におはようのキスもしてないし。新婚だろ、俺たち?」

 ニッと笑った尽につられて、やっと恵も素直に笑った。

「新婚らしい朝、迎えよう」

 そっと恵の頬に手を当てて……瞼を閉ざした恵の唇に、深く、唇を覆いかぶせた。
 やっと迎えた新婚の朝に、恵も気分を落ち着けていった。

 結局……恵も尽の事が好きでたまらないから。
 ゆっくり尽の背中に腕を回して、暖かい体を寄り添わせる。

「早く、帰ってきてね……? もっと、沢山……尽の痕、つけて欲しい」

 小さな、消え入りそうな声で可愛く甘えてみせる恵に、尽は一気に駆け上る。

「恵っ!!」

「ひゃっ!?」

 尽は、つき上ってきた欲望のまま、恵を押し倒した。……まぁ、大体いつもの事だが。
 バイ○グラなんて本当に必要性ゼロの模様。
 世のバ○アグラ愛用者達から羨ましがられそうな、欲望に素直な体だ。

「っ、つ、尽!? だって、行かなきゃならないのに!」

「ホントは腰痛めるまで頑張りたいっ」

「ばっ、ばかっ! 私がもたなってばぁ!! ……っ、やぁ、もぉっ!」


 ……結局、尽が友人達が催してくれた誕生会に、腰をさすりながら赴いたのは、時間を大幅に過ぎていたし……尽がそこに留まったのも、ごく短い間だけだった。

「だって、親父たちが帰ってくるまでの短い間なんだ。新婚'性'活、しっかりと堪能しなきゃな!」

 帰り際、玉緒の耳元でひどい浮かれ調子の小声で尽は言い……。
 普通のプレゼントにプラスして、律儀に己の言葉通りのゴム製品をつけてよこした玉緒は、そんな尽に乾いた笑いを漏らした後……急ににっこり笑って……尽の頬にちゅーをした。

「これで、恵さんと間接キスだよね」

 ひどく爽やかに笑って言う玉緒に、完全に全身鳥肌というより蕁麻疹の尽は、声にならない奇怪な悲鳴をあげたとか。

「だって、尽が幸せそうなのって、なんとなくムカツクんだよね、僕」

 ……と、後に、玉緒は、トイレでうがいをしながら、嬉しそうに笑ったそうだ。

 勿論、その後、早く家に帰った尽が、疲れて眠りこけていた恵に無体をはたらいて、両親が帰ってくるぎりぎりまで新婚生活ごっこを続けさせたのは言うまでもないだろう。

 玉緒とのおぞましいキスの思い出も、恵とのキスでどうにか和らいだようなのだが……しばらく、尽の心のトラウマになりそうなのは、きっと、玉緒の思う壺。
 でも、トラウマが涌きあがるたびに、恵に(無理矢理)慰めてもらうだろうかと思われ……一番の被害者は結局、恵。

「も、二度と新婚ごっこなんてしないからっ!!」

 背後から抱き締めてくる尽への主張は、いつも……甘い抱擁でいとも簡単に封じられたとか。




END


--BACK--




<言い訳とか>

玉緒くんが予想外のキャラになってしまいました。
……ま、たまには。

エロコメというか、尽と玉緒の馬鹿なやり取りだけです。
もっと、ねえちゃんとの絡みが欲しかったんですが…
ちょっと挫折しちゃいました(^^;)。
これでも、結構加筆はしたのですけれど。

尽の年齢は未設定ですが、
18歳の誕生日だからこそ「新婚ごっこ」をねえちゃんに強要したのかも……?
と、書いている途中に思いつきました(笑)。