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弟が恋人 週末、会社の上司の昇進祝いの飲み会のお開き間近、は居酒屋の外に出て、携帯で自宅へと連絡を入れていた。 そろそろ帰れるから、と。 それは、主に心配性な弟に向けて。 でないと、しつこいくらいに、それこそ30分に一度くらいの割合で連絡が来てしまうから。 高校生の弟に心配されている自分って……と、こんな時苦笑が湧き上がってくるけれど、悪い気分じゃない。 電話の向こうで「早い目に帰ってこいよな!」と真剣に言う心配性の弟の顔が言葉と共に目の前に浮かんできて、は苦笑を浮かべた。 ふぅと息をついて夜空を見上げる。 星が、キラキラ綺麗だ。 実はアルコールにあまり強くないから、こういう飲み会は苦手だ。まったく飲めないことはないのだけれど、勧められると断れないから……。 だから……電話掛けてくるから、という理由で抜け出してきた今、実はかなりほっとしていて、夜の涼しい空気をはふはふと吸い込んだりしている。 アルコールに火照った頬が、涼しい風に撫ぜられて、心地いい。 夜空を見上げて、ぼーっとする。 もうしばらく外で夜風に当たっていたいけれど……あんまり長く席を外すわけにも行かないだろう。 ふぅーーーーっと、大きく息をつく。 そろそろ戻ろうかと踵を返しただけれど、居酒屋の出入り口から出てくる同僚を見かけて、小首をかしげる。 「如月、ちょっと、いいか?」 ふたつ年上の先輩社員。 気のいい男性で、直接に指導してもらったわけではないのだけれど、入社以来色々とお世話になり続けている。 「どうしたんですか?」 「ああ……あの、な……」 の傍まで歩み寄ってきて、なんだか、困惑したように苦笑していて、なかなか言葉を言い出さない。 いつもは明るくてハキハキした人なのに……珍しい。 酔っているのかな? と、は、相手の言葉の続きを待った。 「おまえさ、今、付き合っている相手、いるか?」 「……え?」 なんだか……紋切り型の科白。 おそらく……先輩社員がそういう事を言おうとしているのだろうと、もピンと来る。 少し鈍いところのあるだけれど、学生時代から、こんなふうに問い掛けられた事は何度かあり、また、そこに続く科白も容易に想像できる。 けれど……そういう相手、恋の相手として思いもかけていなかった相手に、そう言われて、は戸惑ってしまった。 いや、彼の事は嫌いではない。むしろ好意をもっている。 ただ……恋愛対象とはなり得ないし……それに、今、は……。 「……付き合っているというか……好きな人なら、います」 「好きな、奴?」 顔を上げた先輩社員は、眉根を寄せてを見ている。 「ええ。ずっと、ずっと、長い間好きな人……」 は、心から言う。 ずっと前から、好きだった人の面影が心の中に浮かび、微笑んでしまう。 「付き合ってはいないんだな? もしかして、おまえの片思い、とか?」 少し弱気な先輩社員の言葉に、は苦笑を浮かべてしまう。 「うう〜ん……なんとうか、その……一応両思いなんですけど、ままならないというか……」 「まさか……許されない相手、とか?」 おそらく、先輩社員は不倫とかそういう意味で言っていたんだろう……は目を丸くして、くすっと笑った。 「許されない相手……かもしれませんね」 やはり、という表情で自分を見詰める相手に、は、苦笑いを深くした。 「あのさ……多分、こんな切り出し方したから、おまえも分かっていると思うんだけど……俺、おまえと付き合いたいんだ。もし、おまえが、報われない関係持ってるんだとしたら……俺と付き合うこと、考えてくれない、かな?」 報われない関係……。 の心のなかでその言葉が転がる。 確かに、あの人との関係は、一生報われないかもしれない。 けれど……。 「ごめんなさい。先輩は好きなんですが……そういう対象とは見られないし、私、彼の事、すごく好きだから……別の人となんて、付き合えそうもないんです」 相手の瞳に、遣る瀬無い感情と共に、諦めきれない強い意志も感じられて、はため息をついた。 が愛するあの人と互いに想いを打ち明けあったのは、数年前。がまだ学生の頃。 以来、ふたりの……先輩社員の言う所の"報われない関係"は現在も続いている。 けれど、それで後悔なんてした事はないし、その人以外の男性と付き合おうなんて考えた事もない。 実は、学生時代の男友達とか、この先輩社員のように告白してくれた事も何度かあった。けれど、それを、は全て断りつづけている。 だって、は誓ったのだ、その人と結ばれた日に。生涯、その人だけを愛しつづける事を。ふたり、ずっと共にある事を。例え、ふたりの関係が無謀なものであっても、誰からも祝福されずとも……それでも、共にあると。 確固とした基盤を持つ事のないだろうふたりの関係に不安を覚えた事もあるけれど、互に惹かれる強い思いは絶対だから。 「自分が、不幸になってもいいのか、そんな奴の為に?」 「ふふ……そうですね……。彼が幸せなら、私が不幸になってもいいかもしれないな」 「……絶対、後悔すると思うぞ」 「後悔は、しませんよ。絶対」 言い切るに先輩社員はかすかな苛立ちを見せる。 「俺なら、きっとおまえを幸せに出来る」 「そうかも、しれませんね。でも……私の至福は彼なんです」 にっこり、強く、笑う。 「……。それじゃあ、その相手と別れろなんて言わないし、言えないけど……試しに、俺とも付き合わないか?」 かなり譲歩したんだろう。 言いながら、自分の言葉に納得しきれていない様子がうかがえる。 けれど、は、勿論その言葉に頷けない。 諦めきれない様子の先輩社員に、は苦笑を続けるしかできない。 「なぁ……俺、本気なんだよ……」 の腕を取って、自分の方に引き寄せようとする。 「お前の事、好きなんだ……」 真剣な想いは伝わってくる。それこそ、痛いくらいに……。 でも、どうしたって、には応えられない。 先輩社員の手をふりほどおこうとするけれど、ふりほどけずに、困惑する。 困惑して……どうしたものかと頭を悩ませていると……。 「ねえちゃんッ!」 よく知った声。 「あ……」 先輩社員の腕が離れ、は振り返る。 「尽……」 「俺、迎えに来たんだけど……」 不貞腐れた様子の弟の姿に、はほっと表情を緩ませた。 逆に、先輩社員は不満そうな表情でため息をついている。 「おまえの、弟?」 邪魔をされた不機嫌さがかすかに現れている口調。 「ええ……さっき電話したから、迎えに来てくれたみたい」 は、苦笑するばかりなんだけれど……尽は、先輩社員のその微妙な口調に気付いて、表情を険しくしている。 そもそも、尽には、姉の腕を取って言い寄ろうとしていた様子のその男が気に入っていなかったようだ。 むっとした表情のまま、姉と姉の身体に寄り添うようにいる男の傍まで歩み寄る。 「姉がお世話になってます。俺は……弟の尽……でも……」 自己紹介するような言葉を止めて……不意にの腕を強く引っ張り、弾みでよろめいたの身体を自分の胸に抱きとめると……。 「尽? えっ…………ッ!!!?」 に、口付けていた。 強く、深く……いつもより、激しく。 「んっ! んんっ!!」 最初こそ、も尽の胸の中で抵抗して暴れたけれど……すぐにおとなしくなった。 は、尽の口付けに弱かった。 自分を巧みに翻弄するその口付けに、いままでまともに逆らえたためしは、ない。 「ッ……んっ! ふっ……あぁ……」 唇を離されても、しばらく状況判断ができていないらしく……ぼぅとしている。 「俺は、弟、だよ。けど……弟で、恋人なんだ。は、俺の女だから。言い寄っても、無駄だよ」 胸の中のを強く抱きしめて、にっと笑った。勝ち誇るように。 当然というか、先輩社員は呆然としている。 尽の胸の中のは、その言葉にはっと我に返って……尽の胸を突き放そうともがきだしたけれど……。 「つ、尽ぃっ! ばかっ! ばかばかばかぁっ!!」 「、さっさと帰って、続き、しよう?」 暴れるを更に抱きすくめ、わざとらしく、の耳元で甘い声で囁く。 尽は、の弱点をすべて知り尽くしている。 キスが好きだとか、耳元でこんな声で囁かれるのに弱いとか……。 分かってて、やっている。 分かってて……見せ付けている。 は本気で嫌がっているけれど……傍から見れば、恋人同士がじゃれあっているような睦ましい様子に見えることも、分かっている。 だから、眼差しだけで先輩社員を捕らえ、視線が合うと、尽は意地悪く瞳を細めた。 彼女が、自分だけのものである事を誇示するように。 「荷物、中か? 持ってきて、帰ろうぜ? 弟が迎えにきちゃったから、とでも言っておけよ」 顔を真っ赤にして、半泣きになっているの身体から腕を解き、尽は言った。 は……横目でちらりと先輩社員を伺い、軽く会釈して、逃げるように店の中に入っていた。 「と、いうわけだから。は俺以外にはなびかないし……会社であんたがなんか言って、の立場が悪くなったとしたら……俺、あんたを許さないから」 まだ10代の子供のくせに、余裕を持ったその態度。 先輩社員は、困惑の後に、苦笑いを浮かべた。 今だ、頭の中は整理しきれていないのは分かる。 想ってた女性には既に好いた相手がいて、しかも、それが……彼女の弟、だなんて……。普通ならば絶対に有り得ないシュチュエーションでの失恋。 だから、かえって、現実味のないその状況に……諦める方向に思考が傾いてきているようだった。 「あ〜……と、俺、失恋、したんだなぁ……」 先輩社員がため息混じりに言うと、尽は眉を上げて、男を見詰めた。 「そう、か……なら……諦めないと、な……」 困惑、苦笑。……男に未練の影は薄い。 「俺たちの間に、割って入ってこられる相手はいないよ。あんたも、すっぱりと諦めるのが賢明」 尽は、挑戦的に先輩社員を見詰めて言い放った後、夜空を見上げて、微笑みながら言う。 「それに、俺は、生涯を誰にも渡すつもりはないし」 大人びた……いや、大人そのものの尽の態度に、先輩社員は幾度目かの大きなため息をついて、肩をすくめた。 居酒屋の入り口から、が飛び出すように出てきて尽の傍まで駆け寄って……先輩社員にぺこりと頭を下げた。 「先輩、すみません。私、もう帰りますっ!」 顔を上げられず、早口で言うの顔は真っ赤になっていた。 先輩社員に何を言われるものか、恐れ、困惑している。一刻も早くそこから退場したいような……そんな態度。 「…………あぁ……週明け、また、な」 ひたすら苦笑混じりの先輩社員の言葉に、はやっと顔を上げ、はにかんだように笑った。 「おやすみなさいっ!」 もう一度、勢いよくぺこりと頭を下げて、は足早やにそこを立ち去った。 「あ……ちょっと……!」 尽は、慌てての後を追う。一度、先輩社員をちらりと振り返って。 「もお! 尽のばかっ! なんで、あんな事するの!?」 かなり居酒屋から遠ざかったところで、はぷんすか怒りながら、隣を歩く尽を見上げた。 「だって、のせいだろ? 男に言い寄られて、ちゃんと断れず……あのまま、押し流されるつもりだったのかよ?」 「そんなわけないじゃない! 私、ちゃんと断ったもの」 「まんざらでもなかったくせに……」 唇を尖らせて言う尽に、も頬をぷっと膨らませた。 「私のこと、信用してないの?」 「してるよ。けど、は隙が多すぎるんだ。それに……俺の事、公に断り文句に使えないだろうし」 後半は拗ねている口調だ。 なんだか、尽が可愛くて、はぷっと吹き出した。 「?」 尽の声に不満が混じる。 「うん。そうだね。許されない相手との報われない関係、だから、ね」 本気交じりの茶化す言葉。 「でも……先輩にもちゃんと言ったよ。許されない相手、報われない関係……だけど……私は、その人といる時が至福だ、って……本気で、そう思うから」 闇の中でもはっきり分かるほど、の頬が赤く染まっている。 「だから……絶対、他の誰とも付き合わないよ」 の言葉に、尽の唇が徐々に笑み崩れ……いつもの悪戯っぽいからかいの口調が戻ってくる。 「の身体はもう、俺以外には感じなくなってるもんな?」 「っ! ばかっ!」 更に顔を赤くして見上げてくるに、尽は微笑む。 「嘘じゃ、ないだろ?」 キスも、愛撫も、甘い囁きも……尽以外の相手にされたって、意味をなさい。 腕の中で心地よく甘えてくるの全てが自分だけのものだと……尽は確信している。 「ばか……」 の応えは、顔を耳まで真っ赤にした呟き。 言葉よりも素直な反応ではっきりと肯定してくるに、尽は、気を良くして、の腰を抱き寄せる。 「尽ぃ!?」 「会社でさ、今日の事が噂になって、居辛くなった俺に言えよ?」 歩みを止めて、見上げてくるの瞳に冗談・本気を半々に交えて言う。 は、赤い顔のまま、小首をかしげる。 「俺が、を連れて逃げてやるから。俺たちの事、誰も知らない所へ行って、ふたりで暮らそう。恋人らしく……ううん、夫婦として……」 半眼閉じて、そっと顔を寄せる。 も、苦笑して瞼をゆっくりと、下ろした。 結局……その夜の事を先輩社員は誰にも言わなかったらしく、会社で噂になる事はなかったし、先輩社員の態度もそれまでと何ら変わりなく、に接してくれた。 「彼との事に疲れたら、俺の元に来てくれると嬉しいんだけど……あの子が君を手放すとは思えない、かな?」 ただ一度、廊下でふたりきりになった瞬間に、耳元でそう囁かれて……は微笑んだ。 誰にも許されない関係だけれど……誰にも分かってもらえない関係だけれど……ふたりが本気である事だけでも認めてもらえるのは、とても嬉しい事なのだと、そう思った。 「彼との事は、最初から疲れてばかりだけれど……それが、心地いいんですよ」 「……とんだノロケだな……」 全ての人に理解されなくてもいい。 時々、こんな風に分かってくれる人がいたなら。 は、あの夜の尽の言葉を思い出した。 ――私たちのこと知っても、それでも、認めてくれる人はいるんだよ。ふたりきりでどこかに行くのも素敵だけど……私は、できるなら、もう少し、こんな人たちの間であんたと一緒に暮らしたい、な。 そんな事を言うと、きっと、尽は苦笑するだろうか。 今は、報われない関係でも……いつか、ふたりが夫婦として睦まじく暮らす姿は……想像しても、いい気がする。 世間の枠にしばられなくても、認めてくれる人が少しでもいれば……それは、ふたりにとっては、有り得ない未来じゃないと、は思うのだ。 尽との幸せな未来に、は微笑んだ。 「弟が恋人でも、いいんだよ、きっと」 おわり |
<言い訳とか>
思い切り、オリジナルキャラ使ってます。
ストーリー的に、ゲーム中キャラでは書けなかったので。
まぁ、でも、特に特徴あるキャラじゃないので、いいでしょうか?(^^;)
誰かに、強く、ふたりの関係を見せつける、的なシュチュエーションで
書いてみたかったのです。