大人の階段




「どお?」

「む〜……ぅん、まぁ、いいんじゃない?」


「ちぇ、ねえちゃんってば……ツレない言葉」


 羽織袴を着た尽が、頬をぷっと膨らませる。


 子供っぽい仕草だ。

 本日をもって、成人式を迎え、晴れて大人の仲間入り……をする予定の青年には見えない。

「でもさぁ、男の子は、別に普通のスーツでも良かったんじゃない?」


 姉の梨香が尽の上から下までを見回して、呆れたように言う言葉に、尽は肩をすくめる。


「だって、折角の折り目の儀式だし、しっかりした格好して行きたいじゃん」


「だからって、わざわざ買ってまでさぁ……そんなに安くもなかったんでしょう?」


 ひたすら呆れる姉に、尽こそ「ねえちゃん、何も分かっていない」とばかりに肩をすくめて深く息を吐き出した。


「ねえちゃんさ、今年の正月、初詣の時に言ってたろ? 振袖にはやっぱり羽織袴が似合う、って。だからさー、ちょっと無理して買っちゃったんだぜ? 来年の正月には、これ着ればいいだろ?」

 姉を納得させようとする尽の言葉に、けれど、梨香は更に呆れたような表情をした後、しかめ面をしてみせて……それ以上、何も言わなくなってしまった。

 しかも、ぷいと、そっぽを向いて急に手元の雑誌に視線を落としたりしたり。

 なにがなんだか……。

 梨香の態度に尽はむっとする。

 20歳……世間では大人とはいえ、まだまだ子供。

 というか……それより6歳年上のはずの梨香もまた、子供……。

「あ〜あ。成人式迎えたら、これで晴れて酒もタバコも大っぴらに許されるのになぁ。でもって、女だって、自由だよな?」


 頭の上で腕を組み、これ見よがしに言う尽に、ソファーに深く腰掛けて雑誌をめくっていた梨香の表情がぴくぴくと引き攣った。

 尽はそれを見逃さない。


「……って、実際、酒もタバコも……女だって、20歳になるまでもなく、経験済みだけどさ」


 意地悪い笑いを含んだ声。

 梨香の表情が固まり、雑誌を捲る行動をしていた手先の動きがぴったり止まる。
 尽はそんな姉の態度に、様を見ろ、とでも言いたげにぺろっと舌を出し、得意げな笑みを作った。

 で、それから、数秒の後……梨香は突然、バシン、と雑誌を激しく床に叩きつけて、尽に向き合って。


「尽の、ばかっ!!!」


 激昂した様子で、怒鳴った。

 やっぱり、さっきからちょっとむかむかしていた尽は、姉の突然の売り言葉に表情を見事に引き攣らせた。

「ねえちゃんだってなぁ、人の気遣いにその態度はなんだよ!」


 笑顔を引き攣らせたまま、尽は姉に買い言葉を叩きつける。


「カッコイイ、の誉め言葉くらい、くれてもいいんじゃないのか? そういや、おめでとう、も、まだだったよな? 今日、何の日か分かってたろ!?」


 せっかく、生涯一度、記念すべき成人式の今日、なんで姉弟喧嘩しなけりゃならないのか、と、きっと、互いに想っていたに違いない。

 けれど、もう、それぞれに引っ込みがつかなくなってしまった。

「あんたが、人の気も知らない事、するからよっ!」


「それは、そっちだろ!?」


「私、成人式なんてもうとっくの昔に終わってるものっ!」


「はぁ!? また、なんで、そんなに僻むかな!? 当たり前じゃん、俺は6歳年下の弟なんだからっ!!」


「弟でも! あんたが、弟でも……!!!」


 梨香は激しく言いかけ、やめて……怒気を目いっぱいに孕んでいた声を、トーンダウンしていった。

 表情も、また、そこから怒りの色はなくなって、変わりに、どんどん切なげに崩れていった。

「でも……私は、ただ……」


 そして、ついに俯いてしまう。


「私、一緒に成人式、行けないもん……」


 喉の奥から押し出したような、くぐもった言葉に、尽の怒りも消えて行った。


「ねえちゃん……?」


 俯いた梨香の顔から透明な雫が滴って見えた。

 尽は姉の涙にとことん弱かった。
 だから、尽はそれを見た瞬間に怒りも忘れ、慌てて梨香まで駆け寄って、彼女の前で膝をついて様子を伺うと……梨香は頭を軽く振って、震える声で言う。

「私は、ただ……あんたと一緒にお正月、着物着て初詣に行きたかったの……」


 それと今回の異様な態度をどういう関係が?

 そもそも、それなら、尽が羽織袴を買った事は、むしろ嬉しい事なのではないのだろうか。

「……だから……だから、その姿で、私と関係ない所に行っちゃうのが……イヤ……。私のために買ってくれたのなら……私と一緒に居る時に、着てて欲しいから……。あんたのその傍に、私より先に、晴れ着を着た、私じゃない他の女の子が並ぶのが……イヤ……。そんな風に考えちゃう私が、一番、嫌い……」


 梨香の言葉に、尽の中で、何かがぱちん、と弾けた。

 弾けて、瞬間、梨香を抱きしめて、キスをしていた。

 細い身体を潰してしまうくらいの激しい抱擁と、夢中の口付けに、梨香はなすがままになってしまう。


「梨香の、ばか……。なんで、そんなヘンな所に焼きもちやくかな」


 低い、笑いを含んだ尽の声に、梨香は押し黙って、じっと尽を見上げている。


「だって……だって、私、尽のおねえちゃんだもん。成人式なんてとっくに終わってるし……」


「そんなの、関係ないだろ。だって、俺、梨香以外の女と付き合う気はもうないんだから。梨香が、一番好きだよ……」


 笑い含みの……けれど真剣な告白に梨香は顔をこれ以上は無いほどカーッと赤くして、俯いてしまった。


「なっ、なんで、そういう事が素で言えるかな、あんたはっ」


「だって、俺の偽らざる本音だもん」


 きゅっと、梨香を抱きしめる尽の腕に力が入り、梨香はその力強さに身を任せる。

 尽が大人の男性で、自分が女なのだと実感する。

 胸の内に想い浮かぶ幼い頃の尽の姿は、とても懐かしくて、愛しくて……まだふたりがただの姉弟だった頃の、甘酸っぱい想い出。

「梨香……」


 抱きしめて、首筋に唇を押し当ててくる尽に、思い出に浸っていた梨香ははっとする。


「ばっ、ばか、だめっ!」


 既に身体の自由は尽に奪われて、面白いように簡単に上体がソファーの上に横たえられた。


「これから、式でしょ!? そんな事してる暇、ないじゃない!? それに、せっかく羽織袴着たのに、皺になっちゃう!」


 ちゅ、ちゅ、ちゅ、と、首筋に、頬に、額に、耳たぶに、尽の唇が這いまわり、軽やかに落とされるキスは、見事に梨香の弱点をついていて。でも、理性が必死に抵抗する。


「遅れちゃうから、ほら!ねっ!?」


「構わないよ。だって、もう俺、式には行かない……いや、行くけど、終わってからでも構わないだろ。どうせ、同窓会みたいなもんだし、所詮」


「そんな事……っ!」


「つか、羽織袴も、もういいよ。着てかないし。来年、梨香と一緒に初詣行くまで、とっとくよ」


 耳元で囁かれる尽の甘い声に、全身の力が抜ける。

 耳にかかる吐息が、全身を粟立てる。

「今は、梨香とこうしてたい……。つか、俺……梨香の中で大人になるから、式なんて、いいんだ」


 くすっと笑った言葉に、梨香はどうしようもなく恥かしくなって、それを隠すように尽の頬をきゅっと抓った。


「ばかっ」


 くすくす笑い合って、それでも……ふたりは、しばらくの甘い時間を過ごした。尽の羽織袴が、跡形も無いくらいにくちゃくちゃになるまで。

 



「……じゃあ、俺、着替えて出てくる」

「んっ……」


 深く長い口付けを終えてふたりは息を吐き出した。

 尽が照れたように笑い、梨香が気だるそうに微笑む。

「ねぇ、尽……」


 梨香の、蕩けるような甘い声での呼びかけに、尽は柔らかく表情を緩ませて、彼女を見詰めた。


「あのね……成人式、おめでとう。あんた、すごくイイ男になったよ」


 照れながら言う梨香の言葉に、尽は唇の端を吊り上げて、ふっと息を吐き出して笑う。


「俺、ずっとねえちゃんに追いつきたくてここまで来たんだ。だから、ねえちゃんと釣合うイイ男になってるのは、当たり前なんだよ」


 自信満々のその言葉に、梨香はくすくす笑って、もう一度尽の唇を求めると、小首をかしげて問い掛けた。


「やっぱり、今日、帰り遅くなるかな?」


「……あぁ、多少は。けど……大丈夫、浮気なんて絶対しないし」


「そっ、そんな事、心配してないからっ!」


「……ふ〜ん……本当に?」


 にやにや笑ってじーっと見上げてくる尽に、梨香は居たたまれず、視線をそらせて尽の爆笑をかった。


「愛してるよ、ねえちゃん。30になっても、きっと40になったって、ねえちゃんだけを愛し続けるから……」





おわり



--BACK--



<言い訳とか>

萌えどころのない駄文で申し訳ない…(泣)。
UPするかどうか、迷ったんですけど……
他にネタがないので、UPしちゃいました。
まぁ、さらりと読み流してください。
本当なら、12日にUPする予定だったんですが、
迷ったり訂正したりしてて、遅くなっちゃいました。

ともかく……祝・成人ですよ。
20歳の皆様、おめでとーございます。
うちの尽くんは悪い見本なで、決して真似しないように(誰がするか)。
20歳になるまえに、色々悪事(?)を働いてますねぇ…。
ねえちゃんもまんまと……(笑)。