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君だけを、 歩に見せられた携帯画面に映っていたのは、黒目がちの大きな瞳とさらさらストレートが印象的な、かわいらしい女の子。 「今のアイツの彼女。かわいい子だと思いません? ね! 今年になってから、この子で3人目じゃないかな? まったく、節操のない男ですよね!」 身内の事をけなされているのに、歩のずけずけした物言いはいっそ清清しくて気持ちいいかもしれない。そこに、悪意がないからこそ、だろうか。 「本人、顔で選んでるわけじゃないっつてるけど、絶対顔。前の彼女の写真もあるんだけど……見ます?」 歩の言葉を丁寧に辞退して、彼女は苦笑する。 街中でばったり会った、弟……尽の同級生の日比谷歩はとても人懐こく彼女に声をかけてきて、彼女が暇だと知ると、近くにあったファーストフード店に彼女を引っ張り込んだ。 歩には好感を持っている彼女だから、その強引さも苦笑するだけのもので、悪い気分ではない。ちょうど時間潰しを共に出来る相手が見付かってラッキーなぐらいなのだ。 それで、彼女を強引に誘った歩は、どうも、この機に彼女に何か申し入れたい事があるらしく、尽の恋人の話題を持ち出してきた。 彼女とて、尽に恋人がいることは、本人があまり口にしなくても、それとなく分かる。 けれど、実際、歩に詳しい事情を聞くと、なんとも頭を抱えたくもなったりして。 「で、ですね!」 真剣な顔で歩が彼女に真っ直ぐ向かい合う。 「おねえさんにこういう事を言うのは、筋違いだって分かるんですけど……あいつに、ほどほどにしろ、って警告してくれません? 今あいつと付き合っている子も、その前の子も、私の友達なんですよ。なんか、前の彼女だった子もすごくかわいそうだったし、今付き合ってる子も、最近すごく不安がってるんです」 歩の言葉に、彼女は、失笑を浮かべる。 確かに、筋違いかもしれないけれど……身内からの警告は、回りの友人達からのそれとはまた違うかもしれないから。 「そうね……分かったわ。私が言っても、尽が聞く耳持つとは思えないけど……それとなく伝えてみる」 彼女が言うと、歩はぱっと表情を輝かせた。 「お願いします! あ、ポテト食べます? フライドチキンぐらい奢っちゃいますけど?」 まさかバイト収入ある大学生が中学生に奢ってもらうわけにもいかず、その申し出は丁寧に断り、その後、彼女は歩と、他愛無い話題に興じた。 ただ……。 「う〜ん……気のせいかなぁ」 じーっと自分を見詰めてくる歩に、彼女は首を傾げる。 「なんだかね、おねえさんって、あいつの彼女に似てる。共通するものがあるっていうか。顔だけじゃなくて、雰囲気とか。あ、前の彼女とも、どことなく………」 「え?」 「もしかして、あいつって……シスコン、だったか?」 まんざら冗談でもなさそうな歩の言葉に、彼女は目を丸くした後……くすくす笑った。 そんな事、あるわけない、と、そう思ったから・・・…。 「あ……」 玄関のチャイムが鳴り、ドアを開けてみれば、そこには……どこかでみた少女。 少し前、歩と別れて帰ってきたばかりの彼女は、思わす何か言ってしまいそうになって……慌てて呼吸を飲み込んだ。 黒目がちでサラサラストレートが印象的な……そう、尽の恋人だ。 少女は、戸惑いを浮かべた表情で、少しもじもじしながら、口を開いた。 年若い少女らしい、甘い声だ。 「あの……尽くん、いますか……?」 同性から見ても、抱きしめたくなるような愛らしさ。 それが、自分と似ているなんて……と、歩の言葉を自嘲気味に思い出しながら、彼女は口を開いた。 「ちょっと待っててね。多分、いるはず。あ、中に入って待ってる?」 戸惑う少女を半ば強引に家の中に入れてリビングに通すと、彼女は内線を2階の尽の部屋へと繋げた。 尽はいたけれど……あまり機嫌は良くなさそうだ。 「お客さん来てるから、降りておいで」 『誰?』 「女の子」 『……………。……わかった……』 一瞬の沈黙の後の、溜息混じりの言葉。 多分、誰が来ているのか分かったのだろうか。 けれど、それは、大好きな恋人の来訪に喜ぶようなものではなくて……声のトーンはとても低かった。 彼女が少女に紅茶を出している所に、リビングのドアが開いて尽が現れる。 女性には愛想のいいはずの尽なのに……その日の尽は、妙に無表情だった。 尽がやってきて、少女の表情は一瞬とても輝くけれど、それでも無表情なままの尽を見て、輝いた表情はまたすぐに曇ってしまう。 どうにも気まずい雰囲気。 「えーと……尽も、紅茶飲む? コーヒーの方がいい?」 とりあえず、気遣って言ってみたけれど、尽が睨むように自分に視線を向けたので、彼女は押し黙ってリビングを後にする事にした。 けれど……気になるものは気になる。 歩に言われている事もあるし……で、リビングの扉の脇で立ち聞きと決め込んだのだが……。 しばらく静かな時間の後、少女のか細い声。 「最近、全然会ってくれないし……メールしても、お返事ないし……どうして?」 「……付き合うときに、言ったと思うけど……」 「なんで? だって、まだ付き合ってそんなに経ってないし、私、尽くんに嫌われるような事、何もしてないし……」 「俺が、本気になれないんだよ。だから……」 「……どこが悪いの? なんで、好きになってくれないの?」 「言葉では言えない。おまえが悪いんじゃなくて……俺の気持ちの問題なんだよ。おまえも、自分の事をなんとも思っていない相手と、付き合ってくのつまんないだろ?」 「……っ!!」 ひどく突き放した尽の言葉。 聞き耳を立てる彼女も、胸にこたえる。 歩には尽に警告してくれるように頼まれたけれど……この修羅場に出て行く勇気はなかった。 「私、こんなに、好きなのに!」 震える少女の声は、泣いている為? 激昂しているため? 「ずっとずっと好きで、折角、付き合えたのに! なんでよぉ!」 「気持ちに、嘘はつけない。悪いけど、もう……別れよう……」 止めを刺す尽の言葉と、少女のすすり泣き。 自分でさえ経験した事のないような修羅場に、彼女はドアの影で呼吸を止めている。 少女が可愛そうだった。 けれど、尽の声は本当に冷静で……少女の事など、欠片も想っていない事が、嫌でも理解できてしまう。少しでも好意を持って付き合っていた相手に、ここまで冷静にあんな事を言い放てないだろう。 自分ばかりが相手を好きでたまらなくて……でも、相手は自分の事などなんとも想ってはいなくて……。 それは、きっと、とんでもなく切ない感情で。 「つ、尽くん……尽くんには、本当に好きな人……いない、の?」 嗚咽を堪えての言葉には、最後の確認のような意志が伺えた。 いない、と、なれば諦められるのだろうか? その質問に、尽は答えず……同じ言葉を繰り返した。 「俺、誰が相手でも、絶対本気で好きになった事ない。どうしても、なれないんだ……」 でも、その答えに、少女は少し満足したらしい。 いない、と、断定したわけではない。 けれど……他に好きな相手がいるというなら、憤りや嫉妬も覚えようが、尽が誰も好きにならないというのなら……。 「……分かった……」 少女の声。それから、身じろぎする気配。足音。 「……付き合ってくれて、ありがと……」 「……ああ……ごめん、な……」 「…………」 静かな、別れ。 少女が部屋を出る気配に、彼女は慌ててその場を離れて、身を隠した。 少女は、極めて静かに玄関を出て行って……沈黙が訪れた。 そっと、足音を忍ばせてリビングの扉を開けると、尽が……リビングの真中で立ち尽くしていた。 歩には、警告してくれと言われたけれど……確かに、恋人をとっかえひっかえする尽には、飽れるばかりだけれど……。 『誰が相手でも、本気になれない』 そんな尽の言葉が別れるためだけの呈のいい科白には思えなくて。 「あの……尽……?」 「…………ねえちゃん……」 彼女の言葉に振り返った尽は、切なそうに微笑していた。 「趣味悪い。聞いてただろ?」 「あ……うん。ばれてた……?」 立ち聞きしてた事を怒るかと思っていたけれど、尽は怒るどころか、彼女に近寄ってきて、半歩前に立ち止まって微笑む。 自分より頭半分は背が高く、肩幅だって随分広くなった尽。もう少し足を踏み出したら、簡単にその胸の中に転がり込めるだろう。 「どんな子と付き合っても、好きになれない。どんなにかわいいと思って、それと好きって気持ちは別なんだ……」 寂しそうな尽の告白。 初めて聞く、弟の恋愛感の告白。 どうしたらいいか戸惑う彼女を……尽はゆっくりと抱きしめた。 「つ、つくし……?」 「俺、変だよな。これじゃ、まともな恋愛なんて、できやしない」 そっと彼女を抱き寄せて、その肩に頭をのせかける。 弟の尽が、とても愛しい。 こんな風に、自分に寄りかかってくる尽はきっと初めてで……彼女はその愛しさに、両腕で尽を抱きしめた。 弟をこんな風に抱きしめるのなんて、何年ぶりだろう。 けれど、最後に抱きしめた時は、まだまだ自分の方が大きくて。 懐かしさと、愛しさと……不思議な感情が湧きあがって、思わず言葉が出てきた。 「私じゃ、好きになれない……?」 言ってしまってから、しまった、と、思った。 恋愛と、姉への情愛はまた別なものなのに。 「……ご、ごめん、ちょっと、違うよね。あ、うん……変な事言っちゃって……」 慌てて、それ以上変なことを口に出さないうちに、尽から体を離そうとしたけれど……離れた体は、ゴムにつながれているように、すぐにまた、尽の胸の中に引き戻された。 「尽!?」 「どんな子を相手にしても、絶対に本気になれない……理由、自分でも分かってる」 尽の口調が変わった。 「ずっと、ずっと、好きな人がいたから、だ……」 僅かに声が弾む調子なのは……尽の感情が高揚しているからなのかもしれない。 「ずっと、長い間、好きな人……でも、その人とは、絶対に恋人になんてなれないから」 弾む調子の口調と、どこか彼女を試すような調子のそれに、彼女の心は緊張した。 尽の言葉の続きが、分かってしまって……体が硬くなるのが分かった。 「何年も、俺が想い続けてる、ただひとりの相手。それは……」 言いかける尽の胸を、力いっぱい押して、身をよじらせる。 危機感が、そうさせた。 耳鳴りがして、本能が響かせる警告音が、頭の奥深くで鳴り響く。 「つ、尽!」 これ以上尽の言葉を聞くべきではないと心が判断して、その言葉の続きを中断させる。 「あ、あのね、今日歩ちゃんに会ったんだ。それで、その……あんたの事、ちょっと聞いた。あの……」 ゆっくりと尽から体を離して、その顔を直視できないままに、彼女は言葉を続ける。 「あんた、女の子と付き合っては別れてるって……やっぱり、今日みたいに……?」 恐る恐るの問いかけに、尽は答えなかったため、彼女はまた言葉を続けた。 「女の子達、かわいそうだね……でも……」呼吸を飲んで、尽を見上げる。尽は、遣る瀬なさそうに、彼女を見詰めている。「あんたも、かわいそう」 尽の表情がぐにゃりと歪んだ。 遣る瀬無い表情が自嘲のそれに。 唇から、微かな笑いが漏れた。 とても、とても……どうしようもないほどの切ない、眼差し。 例えば、ずっとずっと、どうしようもないほどに好きで、焦がれ続けてきた相手に、自分の事など大して思っていないと言われたような……。 そう、それは……例えば……。 でも、彼女の心は、はっきりと、震えた。 「誰にも本気になれないあんたが、かわいそう……」 尽の頬に、そっと手を添えた。 尽の頬は、冷たかった。 自嘲の表情を崩さないままに、細めた瞳で彼女を見詰める尽。 彼女は、少しだけ唇を笑みに吊り上げた。 「ね、また女の子達と無駄に付き合うくらいなら……私で、我慢する?」 頭の奥の警告音を無視して、境界線を一歩、踏み越える。 「そうしたら、誰も、悲しまない?」 彼女の言葉に、尽の自嘲は……自然な笑顔に変わり、彼女を抱き締めた。 強く。決して、離さないというように。 一旦境界線を越えてしまえば、後は前を向いて歩くだけ。 越えた境界線の向こう側には、境界線をずっと前から跨いでいた尽がいて、笑いながら彼女へと駆け寄ってきていた。 「俺、やっぱり……ねえちゃん以外には、本気に、なれそうもない」 尽の震える言葉に、彼女の心も揺り動かされ、尽の背中に回した腕に、力を入れた。 「俺は、ねえちゃんだけを………愛してる」 弟に、こんな風に囚われるなんて、考えてもみなかったけれど。 それは、とても、心地よかった。 誰にも本気になれず、別れを繰り返していた尽。 その本気の想いを受けて、私も……きっと……尽だけを……愛するだろう。 おわり |
<言い訳とか>
両想い……というか、そこのところ微妙なお話。
仕事中に降りてきた妄想を形にしました。
久しぶりに、早く書きあがりましたが、
どうにもまだ調子戻ってきていないような。
少し、切ない色合いのお話しか書けないかもしれません。
「誰にも本気になれない」「君だけが好き」
尽にそんな科白を言わせたいがゆえに、妄想したお話でした。
ねえちゃんがいやに冷静ですが、
お話中のねえちゃんは、
無意識に尽を好きになり始めただけの段階なので、
きっと、まだこれから色々と葛藤とかがくるのやもしれませんな。