ひと夏の……





 最近、ねえちゃんが、アヤシイ。

 大学が夏休みに入った頃から、妙にそわそわしだして、出かける回数も多くなった。


 これは、由々しき事態だ。恐れていた事が起こったのかもしれない。


――俺のねえちゃんに……悪いムシがついたのだとしたら。






 休日の夕方、買い物袋を下げて、うきうき帰ってきた。
 また、朝早くからどこに出かけていたのかと思えば……。

「ただいま〜」

 勢い良く帰ってきて、お茶でも飲みにリビングに入ってくるかと思ったけれど、ねえちゃんはそのまま2階の自室に引っ込んでしまった。


 一体、なんなんだ?


 そのうち着替えて階下に下りてくるだろうと思って、お茶の用意をしてやっていたんだけど、なかなか下りてこない。


 だから、気になってねえちゃんの部屋に向かった。


 コンコン


「ねえちゃん?」


「尽!? あ、あ、ちょちょっと、待ってぇ」


 ドアの向こうからひどく慌てた声と、がさがさばたばたとすさまじい音がして、ついには。


 ガターン!


 と、何かをこかした音……いや、自分がこけた?


 おいおい、マジかよ。

 自分の部屋で転ぶなよ。

「ねえちゃん!?」


 怪我でもされたら一大事だ。


 俺は慌ててねえちゃんの部屋のドアを開けて、唖然とした。

 いつもなら、許可なく勝手に部屋を開けると、激しい叱責の声が響くのだが、その日は……。

「きゃあああああああっ!」


 悲鳴が、響いた。


 …………両親が不在でよかったかも。

 いたら、あらぬ誤解をうけそうだ。
 いや、俺たちは姉弟なんだけど。

 ねえちゃんの現状。

 床に思いっきり正面衝突したらしい。鼻を抑えながら、涙目で俺を見上げている。
 身体にはタオルケットを巻いていたみたいだけれど、それはもう勢い良くはだけていて、その下から覗いているのは。

「新しいの買ったの?水着」


 大きくため息をついて俺が言うと、ねえちゃんは、慌ててタオルケットをかきよせて、顔を真っ赤にした。


「やっ、あ、あのっ、これ、私が選んだんじゃなくって……その、なっちんとタマちゃんにのせられて……試着したときは別によかったんだけど、やっぱり、その……こんなの……」


 いや……確かに、キワドイデザインではあるけど、今までねえちゃんが持っていた水着が子供っぽすぎるくらいで……それくらい、普通な気もするけど……。


 色はワインベース。セパレーツで、下は横紐。上はかなり大きく中央が開いたホルターネック。


「それくらい、ビーチに出たら普通だろ?」


 俺が言うと、顔を真っ赤にして頭をぶんぶん振った。


「やっ、でも……」


「大丈夫だって。ほら、ちょっと見せてみろよ」


 抵抗するねえちゃんにものともせず、タオルケットの端を引っ張って、無理矢理引きはがした。


 短い悲鳴と共に顕になる全身。

 ねえちゃんは慌てて、なくなったタオルケットのかわりに腕で、手で、自分を隠すように身体を小さくした。

 俺は、息を飲む。


 大丈夫だって、言ったはいいが、俺の方が大丈夫じゃないかもしれない。


 はっきり言って、色っぽい。


 身体の個性って、性格や顔立ち同様に様々あると思う。

 胸が小さいとか大きいとか、ウェストがくびれているとかくびれがないとか。
 ねえちゃんの場合は、特に胸が大きかったり、美脚だったりするわけじゃないんだろうけど……全体のバランスが良くて、なんか、こう、肌の質感が妙に艶々していて、艶かしいんだな。あんまり焼けていないし……もち肌、ってヤツか?

「尽、ちょ、だめっ。見ないでっ。……着替えるから、出てってっ!!」


 まじまじ見つめる俺に更に顔を赤くして、必死で俺を出て行かせようとするけど……だめだ、目が釘付け。

 ホルターネックも、あの紐パンも、ちょっと悪戯心起こして引っ張れば、すぐにするりと外れそう。


 ヤバイなぁ。



「あのさ……新しい水着買って、どこに行くつもりだったワケ?」


 部屋を出て行くそぶりを見せながら問い掛けると、ねえちゃんは少しほっとした口調で口を開いた。


「沖縄に大学の友達と行くつもりだったんだけど……やっぱり、水着、前のでいいや……」


 大学の友達、ねぇ……。


「それって……男?」


 聞いた途端、押し黙る。


 まさか、図星か!?

 やっぱり、悪いムシに喰われた後!? もう、手遅れ!?

 俺は、冷や汗が流れる思いでねえちゃんを振り返った。

 そしたら、ひどーく不機嫌そうに俺を見上げていた。

 なんで?


「………この前、言ったじゃない……」


 唇を尖らせて、ぷいとそっぽを向いてしまった。


 このまえ? いつだ? 俺、なんも聞いてないぞ?


「なんの、事?」


 だから、聞き返したら、また更に頬をふくらませた。


 ……怒り方が、ガキみたい……。

 いや、身体は十分に大人なんだけどな……怒ってしまったねえちゃんは、もう、身体を隠すのも忘れている。

「最初に、あんたを誘ったでしょう!?」


「えっ!?」


 何のことだ!?


 鳩がが豆鉄砲をガトリング砲で食らったような顔をしたいたかもしれない。

「信じらんない! 覚えてないのぉ!? 父さんの会社の保養施設、格安で泊まれるから尽もどうか、って、父さんが聞いたら、あんた、俺はいいよ、って」


 ちょっと待て。


 だって、あれは家族旅行の誘いで……この年で家族旅行なんて行くつもりないし、だから断ったわけで……それが、なんで、ねえちゃんと大学の友達が沖縄行く事につながるのか……。


「だから、父さんと母さんと私で行く事になって、」


うん、そこまでは覚えてるぞ。


「でも、この間急に、父さんが長期でお休み取るのがムリになっちゃって、」


 おいおい、それ、俺は、聞いていないんだケド……。


「けど、3人分で予約しちゃってるから、尽にももう一回声かけたのよ? なのに、尽ってば素っ気無くって……」


 ………2回目誘われたのは、覚えてない。


「それって、いつ?」


「一週間前!」


「一週間前…………?」


 首をひねった俺を見て、ねえちゃんはぷんぷんしながら話を続ける。


「ほら、雨の日、学校から帰ってきたあんたと丁度家の前で会って……」


 ちょ、っと……ちょと……待て待て待て。


 あの日、確かに雨の日、ねえちゃんに声かけられた。で、何か聞かれた気がする。でも、雨音が激しかったのと、ねえちゃんの透けたTシャツに意識が釘付けになっていたんで、何を聞かれたかはよく覚えてなくて……そうそう、旅行、って単語が出たから、反射的に「行かないって」と、素っ気無く答えた気もする。家族旅行の事だと思って。


 つか、そもそも、その旅行先が沖縄だんんて、聞いてないぞ。親父の会社の保養所っていうから、せいぜい熱海あたりだろうと思ってたから、即行断ったわけで……。

 俺が、納得したような(していないような)表情をすると、ねえちゃんは、ふうっと息をついて口を開いた。


「で、ね……母さんとどうしようか、って話してたら、いっそ、私の友達誘って行ってきなさい、って。なっちんもタマちゃんも他の予定あったからダメで、大学の友達でその時期ちょうどあいてる子達がいたから、その子たちと行く事になったわけ」


 ……そういう、事。


 ああ……なんか、とんでもなく惜しい事をしたかも……。

 ねえちゃんの水着姿、拝めるチャンスだったかもしれないのに……。

 いや、今見てるけどさ……。やっぱり、青い海と空と白い砂浜の背景あってこそ、より映えるんだよな、水着姿ってば。


 でも、って、ことは……。


「相手は、男じゃない、んだよな?」


 なんで俺がそこにこだわるのか分からない、と、いったふうにねえちゃんは眉根を寄せたけれど、当たり前のように首を縦に振った。


「せっかく、家族旅行いけると思ったのに。どうせ、もうこれから家族旅行なんてめったと行けないだろうし……」


 拗ね始めたねえちゃん。


 自分が水着姿だという事を失念しているのか?

 床にぺたんと座り込んで、手を前について……そのポージングはまずいって、だからさぁ!!

 大きく開いた水着の胸元から、胸が……白くて豊かな、推定Cカップの胸の谷間がくっきりと……。


 この水着、もしかしたら、かなり凶悪かも。

 これ着て女だけで沖縄いかれた日にゃ、確実に悪いムシに齧られる。
 俺的には見ていて楽しいから良いけれど、俺のいないところで他の男に見られるのは、ムカツクな。

「あのさぁ、今からでも、一緒に行けないかな?」


 だから、そう切り出した。

 そしたら、ねえちゃん、一瞬驚いた顔をした後、むすっと更に顔をしかめた。

「ひどい……。家族旅行じゃ嫌がったくせに、ぴちぴちの女子大生が一緒だと行きたいわけ? ふ〜ん……どうせ、おねーちゃんの水着姿じゃ楽しくないもんね〜」


 いや、だからさ、俺は沖縄行きを知らなかったわけで……。知ってたら、一も二もなくおーけーしたわけで……。


「いや、そうじゃなくて……女三人じゃ危ないだろうし……」


「大丈夫よ。子供じゃないんだしっ」


 子供じゃないから危ないんだろっ。

 つか、ねえちゃん……ねえちゃんってば、そこらの女子中学生より危機管理能力なし。
 いっそ、ちゃんとした彼氏でもいたらもうちょっと他の男に対して警戒心とかできたかもしれないし、そういう相手にガードされてれば、他の男は近寄れないだろうし……って、そうなったら、俺が気が気じゃないか……。

「それに、多分もう無理じゃないかな? 父さんが予約してくれた一月前でも、予約がいっぱいだったらしくて、オーシャンビューの部屋は取れなかったって。家族旅行ならともかく、女の子3人とあんたじゃ同室は不可能だしね」


 一応、俺を男だと認識してくれてはいるらしい。

 はは……嬉しいね…………ふううっ。
 じゃぁ、せめて……。

「ねえちゃん……」


「なぁに?」


 部屋のドアの手前で話をしていた俺。

 ねえちゃんに声かけて、きょとんとしているのに近づいて、目線の位置を合わせるようにしゃがみこむ。

「尽??」


 俺、ねえちゃんの疑問にお構いなしに、腕を伸ばしてねえちゃんの首筋に触れて……。


「え? は? 尽? 何……………っ!?」


 戸惑って赤くなるねえちゃんにお構いなしに、首の後ろで結ばれた、水着の胸から続く布地を解いた。


「ああっ!?」


 はらり、と、水着が落ちる。

 幸い(俺的には不幸い)、胸元のパットの押さえがあって、最後までは落ちきらなかったけれど、形の良い胸の半容はばっちり脳裏に焼き付けた。

「つ、尽ぃいい!!!!」


 顔を真っ赤にして怒鳴って、片手で胸元を押さえながら、俺に向けて平手を……。


「おっと……」


 鈍いねえちゃんのパンチくらい軽くかわす。


「ねえちゃん、その水着、ちょーっと危ないかもね。うん、俺みたいな善良な悪戯ものが後ろ外したら、すっげ恥かしい事になりそうじゃん。沖縄に持ってくのは却下だなぁ。それより、去年も使ってたあの白いワンピースかわいくない?あれにしなよ。俺のお墨付き……」


 続けようとした俺の顔面に、紙袋がすっとんできた。


 ナイス、顔面キャッチ、俺。


「馬鹿っ!! 出てけぇぇぇっ!!!!」


 ああ、ねえちゃんの癇癪大爆発。 


 紙袋の次は、手直にあった、それまでねえちゃんが着ていたスカートが。シャツが。ついでに、そこにブラもついていたりして。


「70のC……おっ、俺の目測大正解……」


「っ!!!!!」


 今度は……ちょっと、待て。それ、当たったら、洒落にならんぞ、ねえちゃんっ!


 持った手がぷるぷる震えている。その手には、何故か手元にあった分厚い広辞苑が……。


 俺は、じりじり後ずさりをした。


「ねえちゃん、冷静に話し合おう、な?」


 が、当然というかなんというか……ブラを片手に引っさげながら後ずさる俺の言葉に説得力はなく……。


「出てけぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 絶叫と共に、大した腕力もない腕から低い放物線を描きなら広辞苑は飛び……俺はねえちゃんの部屋を飛び出した。


 かなり後ろで、ガコン、という鈍い音が聞こえた。

 うん、姉ちゃんに砲丸投げの才能はないな。


 


 ま、ともかく、ねえちゃんがここのところそわそわしていた理由は分かった気がする。
 沖縄行きの準備をしていたんだな。部屋の隅に沖縄のガイドが2,3冊あったし、カレンダーにその旅行の日程がしっかり、かわいくハートでマーキングされていたし。
 子供みたいなはしゃぎようだな。まぁ、ねえちゃん、沖縄、行ったことないからなぁ。

 なるほど、なるほど。


 と、いう事は……ねえちゃん、まだ、悪いムシにはくっつかれていない、と。

 20歳過ぎてそれはいいのか悪いのか分からんけど……俺にとっては、幸いかな。
 まだ可能性は残っている、と……ふふん。

 あの水着、折角買ったのに使われないのはあんまりだし……よし、近いうちにねえちゃん、臨海公園地区の海水浴場まで引っ張ってこう。

 俺が傍にいたら、別に着てくれて問題なしだもんなっ。ヘタなナンパ男にゃ、ひっかけさせない自信もあるし。

 ヘタなナンパ男、か……。


 沖縄の海には多そうだな。いくらピュアなワンピース着てても、あれだけの無防備、確実に何かに引っ掛けられる。

 そうなる前に……。

「安全確実に俺がキープしとかないとなっ♪」


 いっくら、鈍いねえちゃんでも、しっかり言い聞かせとけば、ナンパ男にゃついていかないだろう。

 あとは、その鈍さをどうやって突破して、俺の想いを打ち明けるか、だが……。

「ま、キスの一回や二回してやれば、あのねえちゃんでも気付くだろ。ふっふっふっ……覚悟してろよ、ねえちゃん」


 ねえちゃんの唇の感触を勝手に妄想し、さっき見たねえちゃんの白い肌を思い出し、水着姿を思い出し、脳裏に焼き付けた形いい胸と、そこから続くだろう部分を勝手に想像して、俺は、身体の某一箇所に血液が凝縮していく感覚にうっと息を飲んだ。


 あ、やばくなってきた。


 数ある告りを全部押しのけて、女友達以上の存在を作ることなく、15年過ごしてきたんだ……ねえちゃんの為に。


「近いうちに、絶対、そのツケは払ってもらうからな。待ってろよ、ねえちゃん……」


 呟きながら、俺は、自室に駆け込んだ。


 ――男の事情は、辛く切ないなぁ……。





 その後、俺がねえちゃんにちゃんとツケを払ってもらえたかどうかは……ふっ……ふふふふ……またの機会に……。



END(つづかないよ〜……たぶん)




--BACK--





<言い訳とか>

コメディです。

唐突にこのふたりのコメディが書きたくなりまして。

つか、夏が終わりきる前に(いや、今年は夏が始まった感覚さえなかったが)水着ネタが

書きたかったのです。

ついでに、このお話は続きませんので、悪しからず。

尽くんの野望が達成されたかどうかは、

ご想像にお任せします(笑)。


書きたい、と、思ったら半日でコレを書き上げてしまいました。
調子良い時は良いのですがねぇ……(苦笑)。
つか、嫌な事が重なった、ストレス解消の現実逃避ですかね〜(^^;)。