| ときメモGS ※葉月珪とのその後の物語 はばたき学園を卒業して、私達は一流大学(いちながれだいがく)に入学した。 そう私達、山咲 と……葉月 珪(はづき けい)のふたり。 幼い頃の約束のままに、お姫様を迎えにきた王子様。 そして、ふたりは末永く幸せに…………とは、やっぱり、いくはずがなかった。 モデルとして脂がのってきた時期にある珪くんは、大学入学でこれ幸いとばかりに、あれよあれよという間にモデル事務所に所属させられ、スケジュールを詰め込まれていって……会えるのは、大学構内くらい。と、いっても学部が違うものだから、ほんと、滅多に会えなくなった。 週に1,2度顔を合わせればいいくらい。 それに、会えたとしても……ふたりきり、というわけにはいかない。構内でも珪くんは有名人だから、どこかから、必ず視線が集まる。 思い出しても嬉しくもこそばゆい、卒業式のあの日……ふたりは、確かに互いの想いを確かめたはずなのに、私達は、未だに恋人未満だった。 珪くん、あの性格だから、お仕事を断りきれずにいるみたい。モデル事務所の社長さんやスタッフの人達に泣き付かれたら、断れないんだよ。 うん、それが珪くんのいい所でもあるんだから、私は何も言えなくて、ただ、無理して、体を壊さないように、心配するだけ。 あと……珪くんの、夢も……。 「はば学の""たちの様子見てきたよ」 「ああ……。どうだった、あいつら……」 微妙に疲れた表情を覗かせて、珪くんは次の講義に使う資料のページをめくっていた。彼の超能力ともいえる、一度見たら忘れない記憶力で覚え込んでいるに違いない。 「うん、皆元気。巣立っていっちゃった子たちもいるけど、でも、はば学近辺には姿を現わすって。今、時々あの子たちの世話をしてくれてる子たちが言ってた。""も、相変わらずトロくてマイペースだって」 くすっと笑う私に、珪くんも瞳を細めて微笑んだ。 はば学の""……珪くんが名づけて、世話していたはばたき学園体育館裏に住み着いてた猫ちゃん。誰からも一線引いていた珪くんの心の拠り所だった、猫ちゃんたち。 本当は、珪くん自身が見に行ってあげたいんだろうけど、そんなの、無理。だから、私が時々様子を見てきて報告するの。 表面すごくクールに見えるけど、ホントは優しい珪くん……私の報告に、ほら、本当にほっとした様子してる。 「お休みもらえたら、見に行ってあげようね?」 私の言葉に、珪くんは、唇と瞳に苦笑と失笑をいっしょくたにした微妙な笑みを浮かべた。 うん、休みなんて、もらえないよね。 僅かにある空き時間は、珪くん自身の将来の夢を必死で追いかけるために、どうにかやりくりするのが精一杯。 私は、左手にはまった、四葉のクローバーの指輪を無意識に指先でくるくる回していた。最近の癖。 珪くんが、そんな私の癖を細めた瞳でじっと見詰めているのも気付かず。 「きっと、喜ぶよ。なんか、特に珪くんになついてたし」 「あんまり、長い事ほったらかしで、忘れられているかもな、俺……」 どこか、なにか、意味が含まれた口調? 「え? そんな事ないよ。大丈夫、ちゃんと覚えてるよ!」 それが、なぜか寂しそうに響いて、私、慌てて力説した。 途端、珪くん、くっと、笑って肩を振るわせた。 え? どうして、そこで笑うの? 「ああ……忘れられていないと、信じたい」 ドイツ人のおじい様譲りの緑の瞳がきらきらと午後の陽射に煌いた。 「おまえ、それ……」 そっと、珪くんの手が伸びる。 触れる……私の指に。 「え? えっ!?」 ぎょっとする私にお構いなしに、冷えた珪くんの指が私の手を取って……。 「随分、くすんできたな……俺、磨きなおしておくよ」 四葉のクローバーの指輪を、ゆっくりと引き抜いた。 指からはずれる、確かな感触。その後に残るのは、喪失感。 「シルバーはくすみやすいから、専用クリーナーで磨くように言っただろう?」 「え? だって、その……」 指輪は、珪くんの手の中で光っている。 珪くんが、私のために作ってくれた指輪。卒業式の時に、そっと指にはめてくれた……大事な、指輪。だから、片時も外す事ができなくて……特に最近、珪くんと離れている時間が不安で、寂しくて……ずっと、はずせずにいたの。 でも、そんな事、言えなくて……寂しい、なんて、私の我侭でしょう? 「うん、ごめんね」 謝る私をじっと見て、珪くんは瞳を細めた。 瞳を細めて……澄んだ瞳で私の心を見透かそうとしていて……なんだか、いたたまれなくなる。珪くんの瞳には、本当に心を見透かす魔力が宿っている気がするから。 じっと、じぃっと私を見る珪くん。居たたまれなくて、手もとの講義ノートに視線を落す私。 しばらく、して、珪くんの静かな声。 「……おまえ、次の土曜休みだろ?」 「……あ、ああ、うん」 「その時、渡す。また、連絡する」 腕時計が、無情にも時間を刻む。 次の講義までもう少し。そろそろ、移動しなければならない。 資料を閉じ、ケースに収め、珪くんは立ち上がって私に微笑んだ。 「""たちの為に、いい猫缶仕入れておくよ」 私の髪をくしゃっと撫ぜ、珪くんは立ち去った。 珪くんの後姿を見ながら、私、指先で、指輪があるはずのところを無意識にいじっていた。でも、そこには、いつもの冷たい感触はなくて……何故か、泣きたくなった。 「馬鹿」 ジャーナリスト目指してカメラの専門学校に通うなっちんに、また言われた。 呆れた口調と態度で、私の前に座ってる。 「ほんと……トロくてドジでマイペースって、あと、おせっかいとか鈍いとか……誰の言葉だっけ?」 ……全部、珪くんに、言われた。 「分かっているくせに、あいつも罪よね……! 前から気に食わなかったけど、やっぱり、気に食わないっ!!」 憤って、拳を握るなっちんを珠美ちゃんがどうどうと宥める。 「葉月くんも分かってるわよ、きっと。だって、優しい人だもん、ね?」 おっとりした口調で私に視線を投げかけてくれる。 うん、分かってると、思う。 だって、珪くんって、洞察力鋭いから。 でも……そんなの、私の我侭だもの。 目の前に置かれた雑誌のトップを飾る珪くんを、殊更苦々しく睨み付けて、なっちんは、大きく息を吸い込んだ。 「でもねー、あいつ、お姫様を迎えにきた王子様なんでしょ!? 迎えにきて、そんで、また、待たせてるわけ!? 一旦姫が手に入れば、もう、いくら待たせても大丈夫だとでも思っているわけ!?」 「そんな事ないよ。だって、珪くん、私との時間大事にしてくれてるもの」 「っつて、あんたは甘すぎるの。我侭、言っちゃいなさいよ? 彼女なんでしょ? 恋人なんでしょう?」 言えないよ。 だって、珪くんが困るもの。 お仕事と自分の夢の両立だけでも大変なのに、私まで我侭言えない。 私の為に時間を裂いてくれているだけでも嬉しいのに。 ふるふる首を振る私に、珠美ちゃんが小首を傾げて微笑んだ。 「会えないのは寂しいけど、でも……でも、いつも、お互いを想っているもの、ね?」 そう、珠美ちゃんの恋人は、今、夢をかなえるためにアメリカに渡っているの。 だから、きっと、それでも傍にいる私よりも、珠美ちゃんの方が、毎日寂しいだろうに。 珠美ちゃんにそう言われたら、なっちんも何も言えない。 「まぁ……」 ぽりぽり頭をかいて、ふぅーっと諦めの溜息をついた。 「私が贅沢すぎるのかもしれないけど、さ……」 恋人と半ば同棲しているなっちん。 お互いの性格故に、いつも我侭をぶつけ合っているみたい。 それでも、まぁ、うまくいっている。ちょっと、羨ましいかも。 高校を卒業して、私達はそれぞれの道を歩んでいる。 でも、こうやって会えば、また、昔の皆に戻れるの。 うん、そう、珪くんと私もきっとそうだよ。 私、珪くん信じているもの。 「……遅くなったわね。……あら、藤井さん、またノロケているのかしら?」 「Bonjour ごきげんよう、皆様。あら、相変わらず変わりばえしない面々ですこと。この瑞樹のParis留学生活のお話を聞きに集まったにしては、随分質素なおで迎えですわね」 志穂さんと瑞樹さんもやってきて……うん、大丈夫。皆も色々大変だから、私だけじゃないの、きっと。 寂しくても、いいの。時々でも、傍にいられるだけで幸せだから。 はばたき学園体育館裏で、私、猫ちゃんたちにミルクあげてる。 昨日の夜、珪くんから連絡があったの。 一言のメール。 この時間に、ここで待ってろ、って。 え? だって、仕事あるはずなのに?? サボっちゃうのかな? いいのかな? 思いながらも、指定の時間よりも随分早く着ちゃって……待ちぼうけてる。 すぐ傍に、高校生達の賑わぐ声を聞きながら。 ""が足元に擦り寄って来て更なるミルクを要求するけど……ごめん、ミルクもう品切れ。 私が、ミルクのパックを振って数滴ミルクの雫を滴らせているのを見たは、現金なもので、私の足元を去って、体育館の壁沿いに歩いて行ってしまったの。 「ん、もう。私、あんな現金な性格してないよ」 でも、ね……。 しばらくして、遠くで""の声。 甘える声がして……。""がこんな声で甘えるのって……。 私、慌てての後を追って、懐かしい尖塔を見る。 始まりと終りの教会。 まさか、と、思ったけど、やっぱり、そこには珪くんがいた。 「……待たせた」 「お仕事は?」 ""を抱き上げた珪くん。 私を傍に呼び寄せ、""を肩から下ろして……あの時のように私の手を取った。 今日は教会は開いていないけど、でも……。 指にするりとはめられれるのは、四葉のクローバー……でも、デザインがちょっと違っていた。 四葉をモチーフにして、石が何種類かはめ込まれた、以前のものよりずっと緻密なもので……。 「俺の今の精一杯。もうしばらく待って……もっと、お前に似合うのを作るから」 えっと……えーっと……。 私の為に作り変えてくれたの? ぼうっとする私に、珪くんはふっと笑った。 ……カメラの前では絶対に見せないような柔らかくて、どこかせつなくて……私の勘違いでなければ、愛しさを含んだ笑み。 それから、言うのだ。さらりと。 「俺、モデル辞める」 「……って、って…………ええっ!?」 「すぐには、辞められない。けど、徐々に仕事減らしてもらうように社長に頼んできた」 「だって、だって!?」 「前から、辞めたかった。俺、夢を大事にしたい」 アクセサリーのデザイナーになるという夢。 やっぱり、仕事より、夢をとるんだ、珪くん。 やっと、夢を叶えられるんだ! 喜んでいいんだろうけど、なんだか複雑で、呆然としている私に、珪くんは今度はくすくす笑った。 「なに、きょとんとしてる……。俺の夢……おまえだよ」 凍結。 珪くんの、夢…………って……わっ、私!? 「おまえと、一緒にいる時間が、俺の今一番の夢だ……おまえに、これ以上、不安な顔させたくない」 やっぱり、呆然とする私の髪をくしゃっと撫ぜた珪くんは、私を、抱きしめた。 大きな胸……温かい腕。 確かな存在感。 「ごめん……俺、せっかく、おまえを迎えにこられたのに、また、自分から旅に出るところだった」 耳元で囁く声に、涙が出た。 嬉しかったの、かな? 王子様に迎えにきてもらったお姫様……きっと、こんなふうに嬉しくて、いっぱい泣いたんだろうな。 次に珪くんが顔を上げた時、私は珪くんをもっと近くに感じた。 整った珪くんの顔が、ミントの香りのする吐息が、私のすぐ傍にあって……私は、珪くんから、指輪だけじゃなくて、優しい誓いも、もらったのだった。 〜とりあえずエンド〜 |
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