春は過ぎ行く




 桜が舞い落ちる頃、俺は、高校生になった。

 春……桜を見る頃、自分が年を重ねる事を実感するたびにいつも感じていた、焦燥感。いくら年を重ねても、ねえちゃんとの年齢差だけは縮まらない事に苛立ちと焦りを感じていた、あの感覚は、今の俺にはもうない。


 そう、年齢なんて、もう、どうだっていいんだ。

 だって、俺達は……。




「入学おめでと、尽」

 はば学高等部の入学式から足早に帰ってきた俺を笑顔で迎えたねえちゃんは、暖かな陽射しの元に咲き誇る桜の花よりも綺麗で。


「あ……花びら、ついてる」


 俺の肩から桜の花びらを一片、指先に取り上げて、微笑むその笑顔は、どうしようもなくかわいくて。

 思わず、抱きしめて……口付ける。

 たまらなく、愛しいんだ。


 ねえちゃんは、かすかに抵抗するけれど……嫌がりはしない。

 ただ、口付けを早々と切り上げて、頬を膨らませた。

「ばか。母さんも、帰ってきてるんでしょう?」


 こんな所、見付かるわけには、いかないから。

 でも、それが、大丈夫なんだな!

「いや。お袋、父母会……に、名を借りて、遊びに出て行った。今ごろ、親同士で飯食って喋くってるだろ」


 しかも。


「遅くなるかもしれないから、何か食べてきてもいいわよ、って、二人分の夕飯代もらったしな! 入学お祝い兼ねて……贅沢に、一万円!」


 お袋に、感謝だ。

 ……というか、どうせ、自分もそれくらい食べて飲んで、歌ってくるだろうけどさ。

「わぁ。じゃあ、着替えたら、食べに行こう!」


 って、ねえちゃんは、素直に喜んでる。


 けど……。

 食べに行くだなんて、そんな時間の無駄な事。
 家に確実にお袋がいない時間があるのななんて、これまで滅多になかったんだ。この時間こそ、俺には大事。

「夕飯は、俺が何か作る。この金は、次のデート費用」


「え? そぉ?」


 ねえちゃん、きょとんとしてる。

 その表情もまた、こう、むらむらっとくるくらいかわいくてたまんない。

「な、それより、俺の制服姿、ど?」


「仕立てあがってからも、見せてくれたでしょう? カッコイイよ、ちゃんと」


 にっこり笑うねえちゃんの言葉は、本物で……でも、それ以上の感想が欲しいんだな、俺は。


「なんか、もっと、感想あるでしょう? カッコイイのは今更当たり前だし」


「自信過剰……」


 呟きながら、それでも俺をじっと見詰めてきてくれるねえちゃんは、少しだけ……頬を染めたように見えた。


 お?


「うん……あのね……」


 自分の思いついた事を口にするのに、照れくさそうに微笑む。


「私も制服着て、尽と一緒にはば学通えたら楽しかったのにな、って……」


 えへへ、と笑うねえちゃんが可愛くて、愛しくて、また、きゅっと抱きしめてキスをねだる。

 ねえちゃんは、俺の求めに応じて、甘く唇を絡ませてきてくれる。

 そうだな、ねえちゃんと一緒に学校通えたら……普通の恋人達みたく、放課後に手を繋いで一緒に街を散策できたら楽しいに違いない。

 でも……普通の恋人達は、それぞれの家に帰らなきゃならないけど、俺達は、こうして同じ屋根の下で、いつでも一緒にいられる。
 これは、きっと、すごい幸せ。
 まぁ……勿論、普段は「恋人」じゃなく「家族」でいなきゃならないのは、生殺し同然なんだけど。

「なぁ、それじゃ、ねえちゃんも制服着てよ。まだ、残ってるんでしょ、はば学の制服」


「え? そりゃ、残してあるけど……着るの……?」


 だって、もう20歳越えてるのに……。


 ねえちゃんの当然の躊躇なんて俺は簡単に押し切って、強引に部屋に連れて行って、無理にクローゼットから引っ張り出した制服をねえちゃんに着せた。



 ……っつても、ほとんど違和感ない気がするんだけど……。

 十分現役で通用するよ、ねえちゃん……。

「嬉しくない……」


 子供っぽい、って言われてるみたいで。

 と、言うねえちゃんに、俺、心の中で「そのあどけなさがたまんないんだよ」と、突っ込み入れて、口には出さない。
 自分の幼い雰囲気を気にしているらしいねえちゃんに、その言葉は禁句だ。言ったら、きっとしばらく、旋毛を曲げ続けるに違いない。

 それにしても……。

 改めて、ねえちゃんの制服姿を目にして、俺は微笑む。

 ねえちゃんがこの制服を着ていたのはもう3年以上も前の事。

 あの頃は、ただ、ねえちゃんに憧れてるだけで。自分の恋心を自覚していても、それが叶えられるとは思っていなくて……。幼い自分が、あっという間に大人になって、ねえちゃんを抱きしめる……そんな、無謀な夢をよく見て、現実との違いにまた落ち込んだりして。

「ねえちゃん……」


 ベットに腰掛けた俺が、姿見の前で複雑な表情で自分の制服姿を眺めるねえちゃを手招きすると……ねえちゃんは、はにかみながらも俺に近づいてきた。

 俺の正面に立つねえちゃんの腕を取り、じっと見上げる。

「なんか、普通の恋人同士みたいだね」


 俺の言葉に、ねえちゃんは苦笑する。


「尽くん」


 冗談めかして言うねえちゃんの言葉に、俺も笑う。

 それから……ねえちゃんの腕を強くひいて、近づいてきた唇に唇を寄せる。

 制服のスカーフが、さわっと俺に触れる。

 制服を着たねえちゃんに、こんな風にキスしたかった……昔。
 今、それが叶えられた事は、嬉しいというより、なんか、くすぐったい。

 軽いキスを深いキスにしていきながら、俺はねえちゃんの制服に包まれた体を抱きしめる。

 ああ、この制服の感触は、こんなんだったんだな、と、頭のどこかでチラリと考えたりして。

 俺があんまり強く抱き寄せるものだから、かがみ込んでいたねえちゃんの体は徐々に俺の方に寄ってきて、俺が強く腰を引き寄せたのを機に、俺の膝の上にまたがる形になった。

 その姿勢に持ち込まれるのに抵抗して、絡まった唇を離そうとするねえちゃんを俺は離さず、相変わらずキスを続けさせた。

 最近はねえちゃんも、俺のその強引さに簡単に折れてくれるようになった。今更、抵抗しても無駄だって理解したんだろうな。

 つか……ねえちゃんも、キス、大好きだし?

 やっと離した唇から漏れた言葉は、いつも通り実感のこもらない「ばか……」の言葉だけ。

 耳まで赤くなった顔が、やっぱり可愛いなぁ。

 今度は軽く頬にキスをして、そのままそこで囁いた。


「このまま、しよっか?」


「……っ!!」


 何をするか、なんて……言わないでも分かるよな? いくら鈍くても、さすがにな。


「制服、皺になっちゃう……!」


 首をぶんぶん振って言うねえちゃんに、俺はくすくす笑う。

 別に、皺になっても構わないし。
 自分用に仕立てたこの制服以外にも、お古の制服もらってるからさ。
 それに、ねえちゃんの制服だって、今更使わないから構わないだろう?

 俺の言葉に、ねえちゃんは、上目遣いの恨みがましい視線を向けてくる。

 なんとも、複雑そう。

 ねえちゃんだって、きっと……欲しいよな、俺の事?


 だって……あれから、あのホワイトデーの時から、俺達、一回しかしてないし。……つか、その一回だって、まともにしたわけじゃないだろ?





 ホワイトデーのあの日、俺達は二晩続けて、たっぷり愛し合った。
 もお、今思い出しても至福の二晩だよな!
 俺は勿論、ねえちゃんだってすごく感じて、楽しんでた……はずだ。
 けど……両親が帰ってきたら……さすがに、そういうわけにはいかないでしょ?

 3月、あの後……親父は、溜まりに溜まった有給を消化するんだ、って休暇を取って、家でのんびりしてたり、もしくは転勤の準備をしてたり。

 お袋も、その付き合いで家にいる事が多くて。

 最初は隙をうかがっていたりもしたんだけど、なかなか隙がなくて……ある夜、煮詰まった俺がねえちゃんの部屋に押し入って、嫌がるねえちゃんを嗜めつつ、やっと行為に及んでいたら……いきなり内線が入ってさ……。


 あの時は、すげぇびっくりしたよなぁ……マジ、心臓が止まるかと思った。


『うるさいわよ、何してるの?』


 突然のお袋の声に、真っ最中の俺達は息を止めて……ねえちゃんが恐る恐る口を開いた。


「えーと……あの、その……ちょ、ちょっと、エアロビを……ダッ、ダイエットに……!」


 ナイス、言い訳。

 その乱れた呼吸の言い訳にも最適。

『床が抜けちゃうから、あんまり飛び跳ねたりはしないのよ? というか、夜はやめときなさい』


 あっさりお袋は騙されて、通話は切れたんだけどさ……。

 それで、俺達は一気に冷めちゃって、最後までしなかった……つか、できなかったんだよな……。

 で、勿論、それ以来、まったくせずに……。いや、しなかったんじゃなくて、俺がしようとすると、ねえちゃんが頑として拒んだんだ。

 「ばれちゃうから!」って……マジ泣きされたら、俺もそれ以上強引にはできなかった。

 やっと親父が転勤先に旅立っていったかと思えば、今度はねえちゃんも大学始まるし、生理も始まるし……。


 辛かったよ……。

 すげぇ辛かった……。
 でも、今日なら……!!

 

 
 俺の懇願に、かなり困惑していたねえちゃんも、結局は折れる……というより、俺が押し流した。
 キスして、体を優しく愛撫していったら、ねえちゃんの声はそれに応えて甘くなっていく。

 すごい感じやすくて、素直な体。

 ……でも、それを完全に晒すのは、俺に対してだけ。

 それが、すごく嬉しい。

 誰も知らないねえちゃんを、俺だけが知っている。
 それは、言い様もないほどの快感なんだ。
 ねえちゃんが、俺だけのものだ、って実感できて。

 ねえちゃんが誰かに親しげに喋りかけたり、笑いかけたり……そうしている間、ねえちゃんはその相手の事を考えているわけだけれど、その相手はこんな風なねえちゃんを知らないわけで。

 優越感さえ感じる。

 俺のねえちゃん。俺だけの、ねえちゃん。


 俺の膝の上に跨った制服姿ねえちゃんが、制服を乱し、顔を赤くして熱い吐息を吐き出して、体をしどけなくゆらめかせ……甘い声を上げる。

 いつも以上に興奮する。

 何年か前、本当にはば学の学生だった頃のねえちゃんに淡い恋心を抱いていただけの自分を思い出す。あの頃は、ふたりが、現実にこうなるなんて……叶わない事だと思っていたのに。


 あの頃のねえちゃんを手に入れたような、そんな、甘い夢を今のねえちゃんに重ねる。

 いや……ねえちゃん、実際あの頃とほとんど変わってから、その夢を見るのは容易くて。

 あぁ、もぉ……かなり、情けないって自覚してるけど……簡単に俺の理性はぷつんと切れる。

 もっとねえちゃんを感じさせてやりたいって頑張ってたのに、理性の切れた俺はただの獣みたい。
 当然、制服がくちゃくちゃになるのなんて気遣いう事もなく、ねえちゃんを抱きしめて、押し倒して……。


 …………気が付けば、外はすっかり日が落ちて真っ暗になっていた……。

 



「……尽……」

 はぁ、と、俺の体の下で息を吐き出したねえちゃんが、俺の頬を引き寄せて甘えるように唇を絡めてくる。

 その体には、まだ、制服が纏わりついていて……居心地悪そうに体をもじもじ動かして。

「制服、明日、クリーニング出してくるね……母さんに見付かる前に」


 はにかんだ笑いが、たまらなくかわいい。

 もう一度、ねえちゃんを抱きしめて、行為におよぼうとする俺の腕に、ねえちゃんは手を添えて、小さなうめきを洩らせた。

「ゃ……ばか……も、ダメ……」


「まだ、お袋は帰ってこないよ」


「ちが……そうじゃ、なくて……」


 顔を赤くして、言いにくそうに口を開く。


「私……お昼から、何も食べてないから……」


 あ、なんだ……。

 腹減ったのか……?
 まったく……こんな時に、色気ない言葉で……まぁ、それがねえちゃんらしいんだけど。
 あれだけ、激しい運動したら、そりゃ、腹もすくかな。
 仕方ないなぁ、かわいいねえちゃんの為だ。

 俺自身もまだ上には制服のシャツを着たままで、離れがたくねえちゃんの体から離れて息を吐き出した。


「じゃあ、俺、着替えて、さっさと飯作るから、ねえちゃんも身支度しておいで。シャワーくらい浴びてく?」


 俺の言葉に、幸せそうに嬉しそうに笑うねえちゃんは、やっぱりたまらなく可愛くて。

 こう、むらむらっとくる衝動を抑えきれず、がばっ、と、襲い掛かったら、思い切り頬を抓られた。

「ばかっ! もぉ……!!」




 
 この間はビーフシチュー作ったっけ。
 今日も、できれば時間かからない料理がいいよな。

 ってわけで、炒飯と中華スープ、あと、出来合いのシュウマイが残ってたからそれを焼いて、夕飯は簡単に出来上がる。

 我ながら、立派なもんだ。
 主夫として、十分やってけるな、これなら。

 つか、もしもねえちゃんと二人暮しになったら、俺が作った方がいいな!

 だって、ねえちゃん、ほんと、料理はイマイチだしなぁ……。

 なんて、妄想しながら食卓の用意をしてると、シャワーを浴び終わったねえちゃんが、赤い頬のままやってきた。


「わぁ、すごい! もうできたの? 尽、あんた一人暮らしになっても困らないね?」


 一人暮らしぃ?

 二人暮しの間違いでしょ!

 俺が、そう突っ込むと、ねえちゃんは、目をぱちぱちしばたかせ、しばらく言葉の意味を考えたあと、苦笑いを浮かべた。


「私が一人暮らししたら、きっと、食生活無茶苦茶になりそうだね。でも……」


 食事の並ぶキッチンの方にはこないで、リビングのソファーに腰掛けて、ねえちゃんはふいに真剣な顔になった。


 なんだ?


「あのね……」


 聞こえにくい声に、俺は、首を傾げた。


「私、家、出るよ」


 ……………え?


 ねえちゃんの言葉の意味がわからない。


「就職決まったら、すぐに、出るから」


 なに? なんで?


 目を丸くして、呆然とする俺に、ねえちゃんは苦笑して小首を傾げた。


「だって、私たちが同じ屋根の下に暮らしてるの、ヘンじゃない? いつも、二人の関係がばれるの、心配ばかりして……そんなの……嫌なの……」


 ねえちゃん!?

 まさか、俺と別れたいとか……!?

「ちっ、違うのっ! 別れたくないから、家を出るの……。だから……尽は、私の所に遊びに来ればいいじゃない? お休みごとに、来てくれると、私も、嬉しいし……」


 ねえちゃん……そっか……ねえちゃんなりに、色々考えたんだ。

 うん、俺も、今の生活には正直息苦しさを感じてた。
 ねえちゃんと、「恋人」という形で一緒にいたいのに、「家族」を貫いていかなきゃならないのは。

 ねえちゃんが、家を出る。

 本当は、俺が出たほうがいいんだろう。
 けど、俺が家を出る理由はないから……。

 うん……そっか……。


「就職、決まって欲しいような、欲しくないような」


 俺が言うと、ねえちゃんは微笑んだ。


「決まらなかったら、それはそれで困るんだけどねぇ」


 言って、ねえちゃんは立ち上がって、拳を握り締める。


「うん、頑張るからっ! 早いトコ内定もらって、それからお部屋探して……」


「できれば、一流大学に近くて、はば学に通える位置で、な?」


「え? どうして? ……一流大学?」


 俺の言葉にきょとんとするねえちゃんに、俺は微笑む。


「一流大学、将来俺が通うから。自宅よりねえちゃんの部屋の方が一流に近いなら、それを理由にねえちゃんの部屋に転がり込める。はば学在学中も、怪しまれない程度にねえちゃんの部屋に行く予定……どう?」


 俺の将来計画に、ねえちゃんは、ちょっときょとんとした後に、くすくす笑った。


「すごい、計画……。でも、それじゃ、その計画の第一段階に、私の早期内定、祈ってね?」


 近い未来の将来計画。

 ふたりだけの、密約。

 結婚の約束はできないふたりだから……これくらい、いいよな?


 本当は、もっともっと先の事まで計画してるんだけど……それは、ねえちゃんにはまだ内緒。


 いつか……俺が、大学卒業したら、はばたき市を出る。できれば外資系か海外に拠点を置く企業に就職して。そして、海外に出る時に、ねえちゃんを連れてく。俺達が姉弟だって誰も知らない土地で、ふたりで生活したいんだ。

 親不孝……ごめん、その言葉は聞きたくないから。何年か後に、両親の元に二人で訪れる頃、ねえちゃんの腕の中には子供がいて……それは、表面上は父親のいない子供で。

 ……そんな、未来を思い描く。


 思い描くだけじゃなく、それを実現させる。

 そのために、俺は、努力する。
 これから先、ずっとずっと、ねえちゃんとふたりでいたいから。

 無邪気に笑うねえちゃんが、どんな未来を思い描いているか分からないけど「ふたりでずっと一緒にいたい」その思いは同じだと思うから……。


 


 ふたりで、他愛無い会話をしながらの夕食中、不意に電話が鳴り響く。

 聞きなれた電子音。


 何気なく取るねえちゃん。


 ……それが、将来計画を粉々にする内容だとも知らずに……。





「まいったな……」

 入学式から一週間経った頃、俺は複雑な表情で溜息をついた。

 さっき、お袋から宣言された言葉を、自分の部屋で反芻している。
 見事、俺たちの将来計画は粉々になった。
 けど、それは……。

「やっぱり、そう来たか……」


 先週、あの時に鳴り響いた電話。それは……親父の転勤先からだった。

 その内容はと言えば、親父が急遽入院した、といったもの。
 それを伝えてきたのは、混乱した親父の会社の人間で、詳細はよく分からず、分からないままに、その日のうちにお袋は親父の転勤先に出る用意をして、翌日早朝に出立した。
 俺達も、とてもいちゃついてる場合じゃなくて、息を詰めてお袋からの連絡を待った。
 親父の運ばれた病院からお袋は連絡をくれたんだけど……。

「尽?」


 俺が、お袋の言葉、ここ一週間の出来事を反芻している時、ねえちゃんが部屋にひょこんと顔を出した。


「やっぱり、不安?」


 苦笑しながらの言葉に、俺も苦笑する。


「まぁ、そりゃあ、な……。つか、ねえちゃんこそ、不安なだろ?」


「うっ……だって、私……」


 俺のベットに腰掛けて、言いよどませた言葉を溜息に変える。


「まぁ、そこら辺は大丈夫だよ。俺がなんとかするし……って、勿論、ねえちゃんにもやってもらわなきゃだけど。当番制、な?」


 俺の言葉に、ねえちゃんは、また息を詰まらせ……大きく肩を落とす。


「尽だって、せっかく高校生になったんだから、遊びたいでしょう? 私も、就職活動と卒論で忙しいのに……はぁぅ……」


「俺は構わないよ。どうせ、部活には入る気なかったし、週2でバイトする予定があっただけだし。大体は俺がしてやるよ……家事。けど……洗濯くらいはしてくれよ?」


「ううっ……うん……苦手だけど、頑張って、みる……」


 この会話内容は、と言えば……。


 お袋、親父の所に……つまり、海外に行く事になったんだ。


 先週の親父入院なんだけど、実は、大した事なかった。

 事故か、急病か!?
 と、はらはらしてたのが嘘みたいに、向こうのお袋からの内容は、溜息混じりの呆れ言葉だった。

 倒れた病名はずばり貧血。でもって、なんで貧血になったかといえば、食生活が無茶苦茶だったから……。

 親父、家事はからっきしの人だったから、満足に食事をしてなかったそうだ。いや、外食もしていたみたいだけど、どうも向こうの食事に馴染めなかったようで。
 しかも、親父の部屋に行ったら、転勤後一月も経っていないのに、足場もないくらいに汚れてて。
 で、お袋はあきれ果てて、しばらく考えた後、今日の結論……「父さんの所、行く事にしたわ」だった。

 その時の言葉と言えば「尽も高校でお勉強忙しくなるだろうし、おねえちゃんも就職活動忙しいだろうけど……十分大人なんだから、なんとかなる、わよね? おねえちゃん、料理なんてした事ないだろうけど……女の子なだから、今から勉強すればなんとかなるわよ! 尽、あなた、料理できたでしょう? おねえちゃんを助けてあげなさいよ?」。

 さすが、子供の事をよくご存知で。

 仕送りは勿論してくれるし、その他の光熱費支払い諸々の事についても、これから教えていく、との事。月に一度は必ず帰ってくる、とも言っていた。

 いや、別に帰ってこなくてもいいけど……。

 俺、実は、降って沸いたねえちゃんとの二人暮らしにかなりうきうきしてるんだ。

 俺が不安な理由は、二人暮しの日常生活諸々ではなくて……。

「歯止め、利かなくなったらどうしよ……」


 ぼそっと俺が呟いた言葉の意味を、ねえちゃんが理解できるわけない。

 ねえちゃんは、マジで、日常生活諸々を不安に感じてるようだからな〜。

 でも、まぁ、これで……。


「ねえちゃん、就職決まっても、しばらく出て行く必要なくなったな? 自宅から通える範囲の会社、狙わないとな!」


 近い将来計画は粉々になった。

 けど、俺にとってそれはいい方向に、だ!
 だって、これからずっと、同じ屋根の下ねえちゃんとふたりきりでいられるんだぜ!?
 毎晩、いや、昼も夜も、ねえちゃんとふたりで、ふたりきりで……。

 にやける顔を、止められそうもない。


「つ、尽……?」


 親父、2,3年と言わず、俺が大学卒業するくらいまで、向こうにいていいからな!


「え、と……尽……?」


 にやけ続ける俺に声をかけてくるねえちゃんは、まだ、気付いていない。

 これから始まるふたりきりの生活が、どれほど満ち足りたものになるか……満ち足りるのは少なくとも俺だけだとしても、な!

 あぁ、もぉ、考えるだけで、たまんないや!


 ベットに腰掛けるねえちゃんに近づいて、ふいとその唇を奪う。


「尽!?」


「お袋がいなくなったら……覚悟、しといて。寝かせないから……」


 俺の言葉に、ねえちゃんは、やっと気付く。


 ふっふっふっ……そりゃ、もう、毎晩、寝かせないから、な?


 己の貞操の危機に気付いたねえちゃんは、顔を真っ赤にして、思い切り息を詰めた後。


「つっ……尽のばかぁぁっ!」


 叫んだ。


 あ〜ホント、かわいくて、たまんないや。





 ふたりの近い将来計画は変更された。

 同じ屋根の下、これまでと変わらず俺達は一緒にいつづける。

 でも、両親のいないこの家で、ふたりは「家族」でなく「恋人」として過ごせる。
 いつか、両親が帰ってくる時まで、俺達は「恋人」として甘い時間を過ごしつづけだろう。

 それからの将来計画は……やっぱり、俺、頑張って実現させるから……!


 春夏秋冬、巡る四季を、これから先ずっと、ずっと……ねえちゃんと、一緒に。


 姉弟でなく恋人して過ごしていくために……。

 








おわり





--BACK--



<言い訳とか>

遂に、四季シリーズ終了。
一応の完結です。
ハッピーエンド! ですね。

番外編、書きます。おそらく、梅雨期編のような感じで。
裏編も書きます。…いつになるか分かりませんが(^^;)。

今まで、読んでくださった皆様に感謝!
心より、ありがとうございました。