Happiness



 弟の俺が言うのもなんだが、俺のねえちゃんはかわいい。

 それは、容姿だけじゃなく、中身も含めての事だ。

 かわいくて、ちょっと世間知らずで……俺は、そんなねえちゃんに幸せになって欲しいと切実に願う。


 だから……俺は、ねえちゃんにはイイ男を捕まえて欲しい、と昔から思い続けてる。


 ねえちゃんがイイ男を捕まえて、かわいいねえちゃんのままずっと笑っていられたら、それは俺にとっても幸せだと、そう、思うんだ。


 ただ、うちのねえちゃん、未だにイイ男を捕まえるには至ってないのだけれどさ……。




「尽、聞いて聞いて!」

「なんだよ、ねえちゃん?」


 土曜の昼下がり、買い物から帰ってきたねえちゃんが、玄関から直接俺の部屋に飛び込んできて、嬉しそうに絶叫した。


 一体、なんだってんだ……俺、久しぶりに休みの日に出かけないで、のんびりとゲームしてるってのに。


「あのね、私、スカウトされちゃった!」


「はぁ?」


「尽ばっかりじゃなくて、私だって、イケてるって事よねっ!」


 過去、俺が何度かスカウトされた事がある事を意識していたのか、胸を張ってみせるねえちゃん。

 うう〜ん、結構トラウマ感じてたのか、もしかして?

 ねえちゃんは、反応の薄い俺に気を悪くしたらしく、頬を膨らませながら、鞄から紙切れを取り出した。

「映画に出てみないか、だって!! ほら、これ名刺」


 って、俺の前に差し出された名刺のロゴマークと肩書きに、俺、顔をしかめる。


「………それ、もしかして、オーケィしたりした?」


「ううん、まだ。家族と相談してきます、って言ったの」


 ねえちゃんの言葉に、俺は肩を落とすほどの溜息をついた。


 今時さぁ……。


「俺は、反対」


「え〜? なんで?」


 ねえちゃんは、ぷーっと子供っぽく頬を膨らませて、俺の前に座り込む。


 今時、こんな単純な手にひっかかるの、ねえちゃんくらいだろうよ。


「そりゃ、ねえちゃんがそういう趣味あるのなら、いいケド……」


「趣味?」


 俺、名刺の肩書きのロゴと会社名を指差す。


「まぁ、ここは結構デカイとこの系列だからさ、違法な事や無体な事はしないと思いたいけどさ……」


「はぁ?」


「ねえちゃん、どう見てもスレてないから、そういう方が受けるんだよな」


「??」


 俺の言葉に、ねえちゃんは徐々に首を傾げていく。

 本当に世間知らずというか、なんというか。

「時給いいバイトあるよって誘う手口とか、ダイレクトに誘う手口が多い中、まぁ、見事に古典的。ねえちゃんのタイプ、すぐに掴んだんだろうな。ある意味プロのスカウト屋かもなぁ」


「尽……?」


 俺を見詰めてくるねえちゃんを、俺は、ちょっと客観的に見てみる。


 脱色も着色もされてないさらさらの髪、大きな瞳、長いまつげ。こじんまりとした鼻梁。桜色の柔らかそうな唇。ふっくらとした頬は紅をつけたわけでもないのに、ほんのり桃色になっている。

 それなりに自己主張をする胸や、すんなりした脚。
 何より、無邪気な笑顔。
 高校卒業して数年。けど、まだ、女子高生と言っても全然大丈夫そうな幼げにも見える容貌。

 かわいい、かわいい……俺のねえちゃん。


 普通のスカウトだって、来るかもしれないけどなぁ……って、これは身内の欲目も入ってるか。


「自分の連絡先、教えた?」


「あ、うん。携帯は……」


「……そう。それじゃ、向こうから連絡来たら断ればいい。こっちから連絡する必要ないし」


「え〜? なんで、尽にそれを決定されなきゃならないの?」


 頬を膨らませて、不満そうに俺を睨みつける。

 俺なんかに相談するんじゃなかった、って気持ちがありありと出ている。

 ヤレヤレだなぁ……。


「じゃあさ、ねえちゃん……」


「ん〜?」


 帰宅して、真っ先に俺に報告してくれたらしいねえちゃんは、鞄から携帯を取り出しながら、不満そうな生返事をする。

 多分、誰か友人にも連絡するつもりなんだろう。
 まぁ、その友人も、普通の感覚持っているなら、俺と同じ事考えるだろうけどねぇ。

「ねえちゃん、バージン?」


「…………」


 ねえちゃん、携帯のボタンを押す手を止め、しばらく。

 完全に石化した後、今度はいきなり茹で上がった。

「つ、尽ぃ!? あっ、あんた、突然、何……っ!?」


 うう〜ん、初々しい反応……中学生の弟に弄ばれてるよな。


「だとしたら余計に、それは断った方がいいよ」


 遠まわしに、遠まわしに俺は言う。

 どこで、ねえちゃんが自分の事態に気付くか、ある意味楽しみながら。

 ねえちゃんは、顔を真っ赤にして……俺の言葉を考えている。

 眉根を寄せて、じっと俺を睨みつけて。

 けど……やっぱり、気付けないでいるようだ。

 俺に対して、疑問をぶつけようと唇を開きかけたねえちゃんの言葉を聞く前に、俺は口を開いた。

「処女が、いきなりアダルト女優なんかになったら、その後、マトモな性生活送れないかもしれないし。せめて、ある程度経験してからにした方がいいかもね」


 冷静な俺の口調に、ねえちゃん、またも、大きく目を見張る。

 再びの石化。口を開きかけたまま。
 今度の石化は、結構長かった。

 きっと、頭の中で今回のスカウトと俺の言葉の関連性を繋ぎ合わせているかもしれない。多分、ねえちゃんは、俺の言うような事、これっぽっちも考えていなかったようだから、その作業は、結構困難なものなのだろう。


 そして、石化が解けたらしいねえちゃんは……。


「そっ、それって、それって、もしかしてっ!!?」


 やっと目が覚めたか。


「でっ、でもさ、普通の人だったよ!? なんか、全然そんなイメージなかったし!?」


「そりゃ、見るからにエロビ作ってます〜、って人がスカウトなんかしないでしょ?」


 俺、溜息をつく。

 まったく……ねえちゃん、色々な意味でかわいいよなぁ……。

「これ、大手のアダルトビデオ会社の系列子会社」


 名刺をねえちゃんの前に突きつけて説明してやる。


「名前だけじゃ、そこいらの芸能プロダクションと分からないもんだろ?」


 ねえちゃん、絶句して、名刺をじっと見てから、はっとしたように口を開いた。


「でも……なんで、尽がそんな事……」


 やっぱり、きましたか、その突っ込み。

 だから、明言避けて、ねえちゃん自身に気付いて欲しかったんだけど。
 でも、まぁ、ここまできたら、ぶっちゃけちゃっても構わないかなぁ。

 俺、テレビの前に置いたゲームを押しのけて、ごそごそテレビ台の下を漁って……取り出しのは、ビデオのパッケージ。


「これ」


 ねえちゃんの反応を予想しつつ、ねえちゃんに投げてよこす。

 そして、予想通りの反応をいただく。

「このロゴマーク、同じ、だろ?」


「……………………!!!!」


 ロゴマーク云々より、そのビデオにこそ、ねえちゃんは目を丸くして、顔を赤くして。


「つ、尽、あっあんた……あんた、これ!?」


 あたふたして、ビデオを手から取り落とし、パッケージ裏の結構激しい写真から目をそらす。


「ねえちゃん、こんな事、したい?」


 俺は、冷静に言ってやる。

 つか、むしろ、あんまり分かりやすいねえちゃんの反応を見て楽しみながら、言葉を続ける。

「すごい"映画"だよねぇ、コレなんかも」


 俺の言葉に、顔を真っ赤にしたねえちゃんはチラと、もう一度パッケージに視線を移してから、俺を睨み上げた。


「尽の、バカっ! スケベっ!!」


 予想済みの科白に、俺は苦笑するばかり。


「男はみんなスケベだよ」


 にっと笑う。


 そんなの、今更分かってないねえちゃんのが、オカシイって。

 男がスケベだからこそ、こんなビデオがあるわけだし、ねえちゃんがスカウトされたわけだ。

 つか、そうか、俺って弟だから、ねえちゃんには男対象外なのか?

 まぁ……当然だけどな。

「俺はさ……こんな事、ねえちゃんにさせたくないな」


 赤い顔のまま、どうやって俺をこき下ろそうかと考えてる様子のねえちゃんをじっと見詰める。


「いや……できれば、俺だけに……見せて欲しいな」


 からかい半分。あとの半分は……限りなく、本気に近い。


「っ……!!」


「ねえちゃんは女で、俺は男で……Do you understand?」


 冗談交じり、でも本気。


 言葉を無くすねえちゃんに、じりっとにじり寄る。

 ねえちゃんは、ずさっと後ずさる。

 あ、脚まで真っ赤になってるよ、ねえちゃん。

 マジ、かわいいや。

 迫る途上で、思わず吹き出し笑いをしてしまった俺に、真剣に逃げていたねえちゃんは、はっとする。

 弟の俺に迫られて、焦っていた自分を恥じたのだろうか、瞬時に立ち上がって、怒鳴り散らした。

「尽のばかっ! あんたねっ、ねえちゃんをからかうなんて、10年早いんだからっ!」


 いや……10年経っても、この年齢差は縮まらないし……それに、既にもう数年前から俺、ねえちゃんをからかう事に生き甲斐を感じてるんですが?


 またも、くすくす笑う俺をどう思ったのか、ねえちゃんは、怒り心頭で潤んだ瞳のまま、俺をキッと睨みつけ、ばたばたと部屋を出て行った。


 あ、でも、鞄置きっぱなし。

 そのうち、取りに来るだろ。
 でも、どんな顔して取りに来るんだか……楽しみかもな。

 スカウトされて、舞い上がってたねえちゃん……今回の件で懲りて、もう二度とスカウトには引っかからないだろう。

 ヘタすると、その場で撮影が始まっちゃったりする話も聞いた事あるしなぁ……多分、もうまさか、こんな手に引っかからないとは思うけれど……。うう〜ん、ねえちゃんだからなぁ……。

 まぁ、確かに、ねえちゃんの出演する"映画"も見てみたい気もするけど……やっぱ、見ず知らずの男にねえちゃんがアレコレされてるの、想像したくないよな。つか、何人もの人間の間でそういう事したりされたりするねえちゃんって……あ、想像したら、確かに、ちょっと萌えるものがあるけれど……俺の想像だけで留めておきたい。


 いつか、ねえちゃんもちゃんと女になる日が来るのは当たり前で、できれば、それは俺の認めたるようなイイ男であって欲しいと願ってしまう。不幸な経験はして欲しくない。


 って、俺、ねえちゃんに対して過保護すぎ?

 でも……あのカワイイねえちゃんの、傷ついた姿は絶対に見たくない。

 ……それくらいなら、いっそ……………………と、と……危ない想像が働いちゃうな。


 ――いっそ、俺が、ねえちゃんを幸せにしてやりたい。



 う〜ん、その想いはマジなんだけどね。さすがに、姉弟はヤバイって、自覚してるって。だから、普段、ねえちゃんをからかうだけに留めているわけで。


 こそこそ、と、鞄を取りに戻ってきて、開いたドアの影から俺の様子を伺うねえちゃんを視界の隅に入れて、俺は苦笑いをもらす。


 からかうだけじゃ、納まりきらない感情が、全身を浸す。

 それから……ついつい考えてしまったんだ。


 ねえちゃんが変なスカウトに捕まって、むちゃくちゃにされてしまう前に、やっぱり、俺がねえちゃんを……。



 それが危険な思考だって自覚している。けど……自覚した上で、強くそう思ってしまったら、俺の心はあっさり危険を訴える思考を捻じ伏せてしまった。

「鞄、取りに来たんだろ? 入ってくれば?」


 ねえちゃんの方を向かずに、そう言って、静かに俺の部屋に入ってきたねえちゃんを横目で捉えて……俺は、微笑む。


 そうか、俺が、生涯かけて、ねえちゃんを幸せにしてやれば……それで、いいかも、な?


 なるほど、ね……。

 自分の考えを肯定して、納得する。

 ねえちゃんには幸せになって欲しい……そうする事で、俺も幸せになる。その条件を簡単に、しかも完全に満たす答えが、今、見付かった。


 俺は、俺の様子を伺いながら部屋に入ってきたねえちゃんを見て、嗤った。


 俺は、すぐにでもイイ男になる。ねえちゃんの為に。ねえちゃんを幸せにするために。

 だからさ……今は、不肖の弟でも、しばらく我慢してくれよな?


 ――ふたりで、幸せになろうな、ねえちゃん。




END





--BACK--



<言い訳とか>

閃きの神様が降りてきたお話は、大体、
その日のうちに仕上がります(苦笑)。

この尽クンは、ねえちゃんの気持ち無視です。
が、これだけ余裕持ってねえちゃんをからかうような尽くんなら、
彼女を恋の罠にはめるのなんて、お手のものでしょう。

って、わけで、ふたりで幸せになる日は近そうです。


というか……取りようによっては、ラスト部の尽って、ダークな感じですかねぇ。
解釈は、読まれた方に任せましょうか。

結果的にはありがちなお話になっちゃいましたが。
“スカウト“をネタにしたかったので、こんな感じのお話に。

ありがち…バー○ン(今更伏字)ネタ好きですよねぇ、私。
(基本的に)生涯1回の事だしね。
うちのねえちゃんは大体、「子供っぽい」「無邪気」「鈍い」
そんなイメージとなってますから。

なんといいますか……最近、やっぱり、こんなアダルト路線話題のものしか
書けなくなっていますねぇ……自分(反省)。