冬物語〜クリスマス・キャロルが響いて
<2>



  尽は、私達の視線を受けたせいか、はっとして、眼差しを逸らせた。

「ごっ、ごめん……その……いいトコじゃましちゃって……」

 途切れ途切れの言葉は、まるで、苦しげに喘いでいるようだった。

「エリカが目を覚ましたから、毛布はもういいって言いに来たんだけど……ごめん、俺、エリカ連れて家帰るから……」

 見たくないものを見ないように目を塞いで、一刻も早くその場から立ち去りたいかのように、そこから、立ち去った。

 胸が、低く脈打っていた。

 尽に、見られた……。
 尽に、葉月くんとキスしてるところ、見られちゃった……。

 なんだろう、胸にのしかかるこの重い気持ちは。
 胸が痛くて、たまらなくて……自然と、涙が溢れてきて……私、は……。

 葉月くんが、私の上から体を起こして、私に背を向ける。

「おまえが好きなのは、多分、俺じゃない……」

 ……葉月、くん?

「俺が、誰よりおまえをいつも見詰めていると思ってた。おまえも俺を見詰めてくれているといいと、そうであって欲しいと思ってた。けれど……おまえがいつも見詰めてるのは、俺じゃない。おまえを誰より見詰めているのも、俺じゃ、なかった」

 何を、言ってるの?

「おまえを見詰めていたから、気付いてしまったんだ、俺。気付きたくなかったけど……」

 葉月くん、息を吸い込んで、苦しそうに言葉を続けた。

「おまえには、俺より好きな相手がいるだろ? こんな時期に、一緒に過ごしたいと思う相手が……本当に、好きな、ヤツが……」

 私の、好きな、人?
 本当に、好きな人………。

 葉月くんの言葉……でも、私には、やっぱり、まだよく分からない。
 やっぱり、とことん鈍いのかもしれない。
 低い胸の痛みをもてあましながら、葉月くんの言葉を考える。

 私の、好きな人…………。
 私が、いつも見詰めてる人……?

 答えは、出ないけど、でも。
 押し黙る私を振り返りもせず、葉月くんは少し引き攣ったような声を出した。

「行けよ……おまえが、今、一番傍にいたいヤツの所に。追いかけたいヤツを、追いかけて行けばいい。それが、おまえの好きなヤツ、だ」

 泣いてるの?
 でも……声、かけられない。
 私が慰めるのも、変な気もする。

 胸の痛みは、深まる……けれど、葉月くんの言葉に、体が勝手に反応した。
 ベットから身を起こして、部屋を出る。

 今、私の頭の中にあるのは……尽。
 尽に、会いたい。尽と、話したい。

 急いで、リビングに戻る。
 尽は……まだ、いた。
 眠そうにするエリカちゃんにコートを着せて、帰る準備をしてる。

「尽!」

「……あ……ねえちゃん……」

 かすかに驚いて、目を見開いた後、苦笑いした。

「イブの夜、恋人達の邪魔するなんて、俺も野暮だったよ。ホント、ごめんな」

 泣きそうなのを、こらえて、無理に笑って見せてるような、表情。

 そんな顔、しないでよ……。
 なんで、いつから……あんたは、そんな表情するようになっちゃったのよ。
 まるで、時々、知らない男の人みたいな……。

 私……今、尽と、いたい。
 尽と、一緒に、いたい。

 だから…………。

「ねえちゃん………!?」

 尽に、抱きついていた。

 エリカちゃんがすぐ横にいるのに……でも、何にも、考えられなかったの。
 ただ、尽と一緒にいたい、って、その想いが強くて、他には何も見えなかった。
 でも、抱きつくだけ抱きついても……言葉は、出てこなかった。
 自分の想いを、この感情を、どうしても、言葉にできなかった。
 だって、まだ、自分の気持ちが、分からない………。
 なのに……尽は……私を、そっと、抱きしめ返してくれた。

「ねえちゃん……」

 耳元で囁かれる、優しい尽の声に、私は、体中の力を手放した。
 尽に寄りかかって、全てを尽に投げ出しているのを、尽は、ただ、抱きとめてくれてる。
 私の、このわけのわからない感情ごと、尽はちゃんと受け止めてくれてる。
 安堵感が私を包み、私は、勝手に口を開いていた。

「私、尽が好き……」

 私の言葉に反応して、私の背に回る尽の手が震えた。
 私自身も……勝手に口を突いて出たその言葉に、混乱した。

 でも……でも、それが、きっと、私の本当の気持ち、なんだろう。
 自分が言った言葉に、胸が激しく躍った。

 ――私は、尽の事が、好き、なんだ。

 ゆっくりと、その認識が、私の思考に広がっていく。
 勿論、それは、単に姉弟相手の好きではない事くらい、私にも、分かる。

 こんな日の夜、一緒にいたい相手は…………尽。彼と、一緒に、いたい。彼の傍に、いたい。

 私の想いが、常軌を逸している事は、分かる。
 あり得ない、あってはならない事は、分かってる。
 それくらい、鈍い私でも理解できてる。
 でも……私の気持ちは、それを飛び越えた所に来てしまっていた。私自身、気付かない間に。

 自分の気持ちが勝手に成長しているのに気付かずに、私は、そのまま放置してしまっていた。結果、その気持ちは、何に阻まれる事がないものだから、どんどん成長していって……ここに至って、もう、歯止めが利かない所に来たところで、やっと気付いた。

 なんて、鈍さなんだろう。
 おかげで……きっと、葉月くんを傷つけた。
 尽に恋している自分に気付かずに、自分が恋を知らないと思い込み、恋する事を求めて葉月くんと付き合って……。

 最低、だ。

 尽の胸の中、そのぬくもりを感じ……私は、はっとする。
 エリカ、ちゃん。
 そう、もうひとつ、最低な事、してる!
 エリカちゃんの前で、私……。

 顔を上げ……でも、私はそこに、エリカちゃんの姿がない事を確認しただけだった。

「エリカちゃん……?」

 呟く私の頭の上から、尽の声が降りてくる。溜息混じりの声。

「ここ、出て行った……多分、トイレにでも篭ったんじゃないかな……」

 顔を上げ……私は改めて尽の顔を見る。
 尽の、顔。
 ちょっと、苦笑して私を見詰める、尽……。
 それは、見慣れたはずの顔。
 なのに…………。

「…………っ!」

 改めて意識してしまって、慌てて、そこから体を離した。

「エリカちゃん……。私、謝らなきゃ……」

 尽を見るのも恥かしくて、リビングのドアの先を見ながら言う私の手を、尽は掴んだ。

「あいつは……分かってるよ。俺、ちゃんと、言ったから」

 何?
 どういう、事?

 尽の言葉の意味がちっとも分からずに、振り向いた私を尽は……優しい眼差しで見詰めていた。
 ドキン、と、鼓動が跳ね上がる。

 尽への想いを認識してしまったから、尽を意識しちゃうようになったのかな。
 私、顔、赤くなっていたと思う。

 目をそらせた私の手を、指を、尽はそっと握って……静かな声を出す。

「俺が好きなのは、ねえちゃんだけだって……」

 尽の言葉に、また鼓動が躍る。
 嬉しさと、恥かしさから、顔がカッと赤くなる。

「はは……変って言われたよ。俺、オカシイって。普通じゃ考えられない、って。散々、言われた。けど、でも……エリカは、分かってくれた。俺が、真剣だって、分かってくれた……」

 私の手を強く握り締め、私の体を引き寄せ……頭の上から静かに言葉を降らせる。優しく暖かい言葉が、雪のように私に積もっていく。

「俺、ねえちゃんが好きだ、ずっと、ずっと……。鈍いねえちゃんが、俺の事、好きなのにも、気付いてた。俺、気付いていながら、ねえちゃんが俺の気持ちまで追いついてきて、いつかその自分自身の想いに気がついてくれることを、待ってたんだ……その矢先に、葉月に取られちゃったけど……」

 くすっと、笑う。少しの自嘲。でも、今となっては、柔らかな笑い。

「ねえちゃんは本当に鈍くてさ……俺の方が、ねえちゃんの想いに気付いてたよ。分かりやすいから、ねえちゃんって。態度で俺に気持ちを示してくれてるのに、なんで、本人は気付かないんだろう、って、可笑しかった」

 笑い含みに言いながら、私の体を自分の方に抱き寄せて、私の頭の上に自分の顎を乗せかけて言葉を続ける。尽の重みが、私の体を垂直に貫く。

「俺が気付いていたくらいなら……きっと、葉月も、気付いてただろうな。だって、ずっと、ねえちゃんの事を見てたから」

 微かな痛みを伴う言葉、口調。
 私も、その言葉に、胸が痛む。

「私……なんて、鈍いんだろう……」

「そんなの、俺も葉月も分かってる。分かってて……そこを含めて、ねえちゃんが好き、なんだ」

 くすっと笑う尽の言葉に、胸が温かくなる。
 尽は……私の事、なにもかも分かってくれてるんだ、って思うと、なんだか嬉しい。
 葉月くんを、エリカちゃんを、傷つける結果になってしまって、こんなに胸は痛いのに、でも……尽と一緒にいる、その幸福に気付いてしまったから……私……。

「いいのかな、私……今日、あんたといたいって、思ってる……こんな日は、あんたと過ごしたいって……」

 私の言葉に、尽の唇から笑みに震えた吐息が漏れた。

「自覚、してくれたんだな、やっと……。鈍いねえちゃんにしては、上出来」

 からかいの口調だけれど、とっても優しい響きを持っていた。
 すぐ傍で感じる尽の温もりが、いつもとは少し……ううん、全然違って感じられて……どきどきする胸の鼓動と、心一杯に広がる幸福感が私を包む。

 きっとこの感覚が……恋なんだ、って思う。
 弟相手の恋……鈍くなくったって、自覚するのに時間かかるよ、きっと。

「今日は……ふたりで、いよう?」

「うん……」

 自分の心の葛藤が解消されて、そして、恋した相手と共にいる幸福に浸って…………素直にお返事しちゃったけど……。
 しばらくして、はっとした。

「……エリカちゃんは、どーするの!?」

 それに、葉月くんへのフォローも……その……私、葉月くんと付き合っていたわけだし……。
 尽の温もりから離れて、おたつきだした私に、尽は苦笑する。

「ん〜……じゃあ、ねえちゃん、エリカ頼む。俺……葉月の所行って、話つけてくるし」

「尽……?」

「大丈夫。多分、ふたりとも……気付いてた。分かってた。俺が、ねえちゃんを好きな事。ねえちゃんが、俺を好きな事」

 私の肩をポンと叩いて、尽はリビングを出て、葉月くんのいるだろう2階に向かった。
 尽の後姿を見送った私も……エリカちゃんのいるだろう、おトイレに向かった。

 ちょっと、不安だったけど……。
 恐る恐る、トイレのドアをノックした。

「……………もぉ、ええから……。尽が誰を好きかなんて、分かっとったからっ! うち、もぉ……」

 多分、尽だと思ってるのかな。
 明らかに泣いていたと思われる、震える声の切ない言葉だった。
 私、戸惑いながら声をかけた。

「エリカ、ちゃん?」

「…………」

 息を飲む気配、それから、しばしの沈黙。
 何を言っていいか考えながら、口を開いた。

「あの、ね……私、鈍くて、ごめん、ね。エリカちゃんより、ずっと年上の大人なのに、自分の気持ち気付かずに……その……え、と……」

 どう、言葉を続けていいか分からず、戸惑う私に、エリカちゃんの方が溜息をついてから話し出した。

「あんたなんか、大嫌いや」

 ズバリ、とした直球の言葉に、さすがに胸が痛い。
 子供ならでは素直な残酷さ。
 でも、エリカちゃんは、子供だけれど……ちゃんと恋を知っている女の子で、私と対等な恋敵。

「けど……尽は、そんなあんたが大好きなんやて……。あんた以外、考えられへんのやて。うち、こっちにきて、クリスマスにあんたと葉月くんの仲の良さみせつけて、尽とあんがた姉弟なんや、って説得して、他の付き合うとるヤツらを見せつけたら、尽も少しずつでも諦めてくれると思った。姉弟で、恋人になれるわけないし。せやから、外に買い物に行った時も、しつこいくらい、それ言ったし……」

 だから、エリカちゃんは尽に付き纏っていたの?
 エリカちゃん、ちょっと息を吸い込んでから、また言葉を続けた。

「さっきも……多分、あんたと葉月くんがキスでもしとったトコ見たように落ち込んでた尽にも、言うた。弟の尽と付き合うより、あんたはちゃんとした相手、葉月くんと付き合うのが、やっぱり、幸せなんやろ、って。そやかて、葉月くんくらいええ男、滅多におらへんやろ? 外見もええけど、中身もええ人やし。あんた、葉月くんと付き合えば、絶対幸せになれるやろ、って。尽も、それ、認めとった。……せやけど、それでも……尽は……」

 もう一度、息を大きく吸い込む。

「尽は、あんたが好きで……例え、葉月とあんたが付き合い続けても、あんたを諦める事はできそうもない、って……」

 そこで、エリカちゃんの声は震え始めた。

「あんたも尽の事を好きなん、うち、なんとはなしに気付いとった。普通やないもん。そんなん、普通の姉弟ではありえへんもん。そやのに、うち、あんたが尽に"恋"しとるの、女のカンで、理解してしもうた……」

 泣いてる……エリカちゃん……。

「……姉弟やのに、あんたら、反則やん。姉弟で恋人なんて、オカシイやん……。オカシイのに、なんで、分からへんの……」

 嗚咽交じりの言葉は、それ以上、続かなかった。
 私、何を、どう言っていいか、分からなかった。
 エリカちゃんを、傷つけちゃった……こんな子供を……真剣に精一杯恋していた女の子を。

「……私たち、おかしいよね。変だよね……。でも、でも、私……尽が、好き。ごめんね、きっと、エリカちゃんに負けないくらい、尽が、好き……だって、私……エリカちゃんに、嫉妬していたもの。尽を独り占めしてるエリカちゃんが、嫌だったもの」

 それは、私の、本音。
 綺麗なんてとても言えない、本心。
 素直なエリカちゃんに、私も素直に向き合った。
 そしたら、エリカちゃんのくぐもった笑い声が漏れた。

「もぉ、ええの。ええから……あきらめるように、するから……ただ、うち、あんたの顔、今は見たない。そやから……さっさと、行って。尽とふたりで、行って……。うち、ここに泊めてもらうから」

 精一杯なんだね、エリカちゃん。
 恋敵の私に弱い所を見せないように、精一杯頑張ってる。
 本当に、ごめんね……私、でも、私、エリカちゃんの事は、好きだよ?

「エリカちゃん……」

「これ以上、この話はしたないから!」

「ん……あのね、メリークリスマス。私、エリカちゃんの事、好きだから、いつか、また会ってくれる?」

 しばらく待ってみても、エリカちゃんの言葉はなかった。

「じゃあ……私、もう行く、ね……」

 だから、私は、悲しい気持ちのまま、ドアから立ち去った。

 リビングには、もう、尽がいた。
 微笑んで私を迎えて、私の荷物とコートを差し出した。

「行こう? 葉月と話し合ってきたし、エリカの事も頼んできた……多分、大丈夫。明日、さ、早いうちに迎えにくる、って奈津美さんのメールも入ってきてたし」

 尽の手を取って、私は、胸に残る切ない気持ちを噛み締めた。
 そんな私の気持ちを察したのか、尽が、きゅっと私を抱き寄せて、優しい声で囁いた。

「ねえちゃん……葉月の事、エリカの事……考えるのは、後でもいいと、思わない? 折角、恋人達の夜なのに」

 ……………。

 そう、だね。
 うん……今晩は、ただ、尽との幸福に浸っても、いい、よね?
 ごめんね……葉月くん、エリカちゃん……。
 ふたりとも、大好き。
 でも……きっと、それは……尽への好きとは、全然違うから……そう、自覚できてしまったから。

 手を繋いで歩き出す、尽と共に。
 葉月くんの家を出て、冷え込む夜の街に、私と尽は……不条理な恋人達は、踏み出した。






つづく




--BACK--



<言い訳とか>

終に、ねえちゃんが自覚しました。
そして……ラブラブ路線突入の予感(笑)。
エリカちゃんの科白がやたら長くて、スミマセン。

あ〜…それにしても、当初はコメディの予定だったのに…
なんか、またシリアスになっちゃった……。
ダメだなぁ、冬は。

次回は……かなりラブラブな感じ予定。
クリスマスの恋人達は、こうじゃなくちゃね!(多分)