冬物語〜吐息を白くして<2>



 かなり、有無を言わさず連れられてきた俺の家。
 まさかという思いがいっぱいで……多分、そういう事だろうとは思うけど……それって、いいのか? と、俺、不安になってくる。

「ただいまぁ」

 そして、

「おじゃましまぁす」

 と声を掛けて、玄関を開けて、そこに、見慣れない男物の靴を見かける。
 そうか……やっぱり。葉月、遊びにきてるんだ。

 ……エリカがショック受けないかな……?
 憧れの雑誌モデルに、彼女がいるなんて知って。
 まったく、奈津美さん、何を考えてるんだ……!? 葉月がいるのを知っていながら、エリカを家に連れてくるなんて!

「ねえちゃん、ただいま……」

 先に上がって、開けたリビングの扉の向こうには、案の定ねえちゃんと葉月。
 ケーキと紅茶を前に、談笑している。

「尽お帰り」

 にっこり機嫌よく笑うねえちゃん。
 
 ……マジ、辛いよ、俺。見せ付けられてるみたいで。

 葉月は俺を見て、苦笑を浮かべた。
 こいつも、複雑に思うところがあるんだろうな……。

「客、きてるんだけど、入ってもらっていい?」

「え? いいけど……お友達?」

 うん、そぉ。ねえちゃんの、ね。
 俺、玄関で待つふたりに頷くと、ふたりは上がってきて。

「はぁい、おふたりさん元気〜?」

「って、なっちん!? あれ、どうしてぇ? え……あ、その子、もしかして、姫条くんの? ……エリカちゃん、だっけ? 遊びに来てくれたんだ。いらっしゃい」

 エリカ、らしくなくもじもじしている。
 葉月見て、ねえちゃん見て……なんか、やっぱり、女の勘で、気付いたのかな。ねえちゃんと葉月の関係。

 かわいそうに。
 奈津美さんも、酷な事を!
 こんな子供の心、傷つけて、どうすんだよ。

 俺が、睨みつけてるのに気付いているだろうに、奈津美さんはにっこにこ笑っている。
 この人の笑顔って、何か、企んでいるような気がするんだけど……いや、俺、最近疑い深いのかなぁ……うう〜ん。

「お邪魔だった?」

「あ、ううん。お家にいてもする事ないし、出かけようかって話してたところだから、お客様増えて、嬉しいよ」

「葉月くんも、よかった?」

「……ああ。賑やかなのもいいんじゃないか。……賑やか過ぎるのも、考え物かもしれないけど」

 葉月は奈津美さんを見て、苦笑する。
 しかも、今日はエリカもいるしな。
 俺も、苦笑した。

 奈津美さんは、葉月のかすかな皮肉をまったく気にせず、相変わらずマイペースに口を開く。

「あ、で、実は私、これからちょっと仕事がらみの用あるんだ。悪いけど、エリカしばらく預かってくれない? 居場所がわかってるなら、心配しないでもいいし、ここの家ならまどかも安心だろうし」

 まぁた、勝手な事……。
 けど、断る理由はないんだよなぁ……エリカも反発しないし。

 って、おや?
 エリカ、なんでこう大人しいんだ。俺の腰にしがみついたまま、奈津美さんの身勝手にも反応しない。まるで……借りてきた、猫?
 いや、確かに猫っぽい顔立ちしてるんだけどね、エリカって。

「エリカ、それでいいの?」

 俺が聞くと、びくっとして俺を見上げてきて……こくんと頷いた。
 ずっと会いたかった葉月と直に会えたから緊張してるのかな。それとも、葉月に恋人がいて、落ちこんでるのかな?
 その表情からは……いまいち読めないかも。

「んじゃ、ごめんね。遅くならないうちには迎えに来るから、お願いしマス!」

 奈津美さんの身勝手には慣れたものらしいねえちゃんと葉月は、苦笑して奈津美さんを見送った。
 ま、エリカひとり預かるくらいいいよな。つか、俺はある意味エリカがいて助かったかもしれない。
 ……ねえちゃんと、葉月と……3人でいるのは、辛すぎる、から。

 改めて、借りてきた猫状態のエリカはねえちゃんと葉月に自己紹介して……けどまた、俺にぺっとりくっついてきた。
 まさか、人見知り、してるのか?
 柄じゃなさそうだけどな……。
 関西弁も全然出ずに、ねえちゃんや葉月に対する態度は、イイ子そのもの。
 それに、始終俺にくっついてきてて……なぁ、エリカ、おまえ、葉月に会いたくてここまで来たんじゃなかったのか?
 でも、それを葉月本人の前で言っちゃうと、なんか、プライドの高そうなエリカは怒りそうな気がしたから、俺は黙ってたんだけど……。

 しばらく、4人でお茶を飲みながらたわいない話――主に、ねえちゃんたちの高校時代の話とか。共通の知人である姫条と奈津美さんの話とか――をして、会話が途切れた頃、エリカは不意に言い出した。

「ねぇ、尽のお部屋、行きたい」

 はぁ? 別にいいけど……折角、葉月に会えたのに? 俺の部屋に行っていいのか?
 俺が、困惑した表情をすると、エリカは俺にだけ分かるように、厳しい眼差しで見上げてきた。
 なんなんだ?
 まぁ、いいけど。

 俺はねえちゃんと葉月にそれを告げて、エリカを連れて自分の部屋に入った……途端。

「ねえ、尽。やっぱり、葉月と尽のおねえさん、付き合ってるの?」

 本来の調子でエリカが話し掛けてきた。
 けれど、そこに、ショックの影は見当たらない。
 本当の事、言っても、いいのか? これって、エリカの空元気じゃないよな?
 俺、エリカの表情を伺って、戸惑いながら頷くと、エリカは難しい顔をした。

「付き合ってるぅ? って事は恋人、よね? でも、そんな感じ全然しなかったけど」

「そりゃ、まだ付き合いだしたばかりだからだろ」

「そうかなぁ? つか、さ、それになんか……尽とあの人、本当に姉弟?」

 は?
 ………なんで、そう、思う?

「あの人の尽を見る目、なんか、変。尽も、あの人に対する態度、変。私もよく分からないんだけど。なんか、ずっと変な雰囲気だった。恋人と、その弟、って雰囲気じゃなかった気がする」

 女の勘、もしくは野生の勘、って事か。
 あるいは、子供独特の感性かな。
 そうだな、確かに、みんなギクシャクしてた。どこか、不自然だった。

「気のせいだろ。大人の世界は色々あるからな」

 俺が言ってやると、エリカは見た目にはっきり分かるほど、むくれた。

「尽だって、子供でしょ!? 私より4歳年上なだけじゃない」

 まぁ、そうか。
 俺も、子供だよなぁ。

「私の方が、絶対尽とお似合いだもん」

 ん? 私の方が、って?

「あの人、葉月珪と付き合ってて、なんで、あんな目で尽を見るのよ。だって、姉弟でしょう? なのに、ヘンだわっ」

 ………ねえちゃんが、俺を、見てた?
 そう……か。
 俺、エリカの言葉に、ついつい唇に笑みを浮かべてしまった。
 それを、エリカは目ざとく認めて、俺の頬を抓った。

「ね、尽。今度こそ、ちゃんとキスして! 私、あと5年したら、絶対すっごい美人になるから! 尽を驚かすくらい美人になるから、だから、尽、私と付き合ってよ!」

 真剣。
 きらきら輝く大きな目で見詰められた。
 カワイイ、んだけどなぁエリカはまだまだ子供。……でも、確実に大人に近づいてる。
 俺は、苦笑した。
 苦笑して、エリカをやんわりと拒否する言葉を捜す。

「あ〜……俺、さ、すごく、好きな人がいるから……だから、エリカとは……」

 俺が切り出した言葉は……どうも、エリカの心の琴線にふれてしまったらしい。
 カッと頬を赤くしたエリカ、次の瞬間、俺の頭をぐいと引き寄せて………。


 ……………キス。


 ああ、マズイなぁ……と、のん気に思っていた俺はお馬鹿さん。
 耳元で突然。

 ガッシャン、ガラガラ

 と、響く音は、なんぞや。
 その音で驚いて離れたエリカを更に押しのけて……慌てて振り向いて、俺、顔を青くした。

 ねえちゃんが……いた。
 開いたドアの向こうで、手にしたお盆とその上に乗っかっていたカップ、お茶菓子を取りこぼして……呆然としていた。

「っ……!」

 俺、咄嗟に何か、言おうとした。けど、けど……言えなくて、俺が言う前にねえちゃんが口を開いた。

「ごっ、ごめんね! あはは……びっくりしちゃって。あ、すぐに片付けて、新しいの持って来るから! ホント、ごめんね!」

 その場を簡単に片付けて……たたたたっと、ねえちゃんにしては珍しいくらいにすばやく、そこを立ち去った。
 ああ……なんて、事……。
 ねえちゃんに、見られた……。

「尽……」

 青くなる俺の服を引っ張るエリカを振り向いて、傷ついた瞳に出会う。
 うっ……こっちも、大事かも。

「エリカ……あのね、そういう事は……」

「ごめん。でも……私のファーストキス、だから……」

 眉根を寄せて、呟くようなエリカの言葉に、少し胸が痛む。
 本気でいてくれるんだろう、エリカ。
 でも、やっぱり、応えられないし、俺。
 エリカの頭を優しく撫ぜると、エリカは俺にしがみついてきて、俺の胸元に顔を埋めて、くぐもった言葉を洩らした。

「憧れとった葉月珪に恋人がいた事より、尽があの人を見る目が、嫌やった……。すごい、嫌やったから……」

 ちゃんと、見てるんだな……こんな子供でも、やっぱり……女の子だ。

「うち、尽が、好き……めっちゃ好きになってしもたから……」

 きゅゅう、と、しがみついてくるいじらしい姿は、やっぱりかわいい妹のようだ。
 かわいい。けど……恋愛感情は、持てない。
 本来、恋愛感情を姉妹に対しては持てないように、俺、エリカに対しては妹の感覚しかない。……おかしいけど、ね。血の繋がったねえちゃんにこそ、恋愛感情を持っているなんて。でも……ねえちゃんへの気持ちは、やっぱり、姉へのものじゃないんだと、改めて、今、実感する。
 エリカを妹みたいに愛しく想う気持ちを理解して、そして、また、実感した。

 ――ねえちゃんが、好きだ。誰より、何より、ねえちゃんだけが、愛しい。




 それから、どうにかエリカが落ち着いてから、俺とエリカは階下に下りていった。
 ねえちゃんは、結局、あれから俺の部屋には来なかった。
 何をしているのかと思えば……あれ?
 リビングにひとりでいて、ぼーっとテレビを見ていた。
 葉月、帰ったのか?

「あ……尽、エリカちゃん! ごめん、葉月くんが帰るの見送ってて……替わりのお茶菓子持ってくの忘れてた」

 俺達の姿を見ると、慌てて立ち上がって言った。
 ねえちゃん?

「今から用意するから、ここで食べる?」

 繕った笑い。
 ねえちゃん……やっぱり、俺の事、気にしてるのかな。

 エリカは、あれから大人しくなった。ほとんど喋らない。
 俺、エリカに言ったんだ。
 俺が好きなのはひとりきりだ、と。これまでも、きっとこれからも。だから、あと何年経ったって、俺はエリカとは付き合えない、と。
 多分、聡いエリカは気づいたに違いない。俺が好きなのが誰か、と。
 気づいて、葛藤しているのかもしれない、己の心と。

 ねえちゃんが、お茶とお菓子を用意するために立ち上がり、代わって俺とエリカがソファに座った。

「エリカ……あのさ……」

「なんも言わんといて! ええの、うち……分かっとるから。そやから……」

 エリカが何か言い出す前に、ねえちゃんがお茶とお茶菓子を持ってきて、エリカの言葉は途切れた。
 俺は、エリカの言葉の続きが気になりはしたけれど……その直後に、エリカがいつもの調子で明るく、ねえちゃんに話し掛けだして、その続きは聞けなかった。

 ちなみに、エリカは葉月の事をねえちゃんに突っ込みまくっていたけれど、ねえちゃんは、困惑しながらも曖昧に、エリカの雨アラレのような質問に応えていた。
 ねえちゃんだってさ、まだ葉月と付き合いだして日も浅いから……葉月がブリーフ派かトランクス派かなんて、分からないよなぁ?(いや、俺的にはブリーフ派な気がするね。だって、水着がアレだったからさ。あ、ちなみに、俺は…………ヒミツ)


 さてさて、どれくらい俺達がそんな雑談してたのか定かではないが、かなり日が暮れかかった頃、ねえちゃんの携帯に奈津美さんからメールが入った。もう少ししたら迎えに行くから、と。

 エリカは、随分ねえちゃんに懐いている……ように、見えた。
 見えただけで……エリカの気持ちはよく分からんのだけどね。

「あ、そうそう、尽! 私、尽の部屋に忘れ物してきちゃった。あのね、猫さんの形した鏡なんだけど……」

「あ? じゃあ、持ってこようか?」

 たわいない会話の後に頼まれた事に、俺は素直に従ったんだけど……なんか、俺が猫さん鏡を探し出して――なんで、ベットの下なんかに?――持って下に下りるまでの10分足らずの間に何があった?
 ねえちゃん、げっそりしてたんだけど?

 えーと……?
 困惑する俺に、げっそりねえちゃん、まるでストレス発散した後のようなすっきりエリカ。
 一体……何が起こってる!?
 って、俺が疑問を挟む余地なくエリカは俺に抱きついてくる。

「ありがとー尽♪ あのね、それでね、クリスマスにおねえちゃんがまた遊びに来てもいいよ、って。尽も、いい? いいかな!?」

 俺のいない間に、クリスマスの予定の話?
 でも、ねえちゃん、葉月と約束あったんじゃないのか?

「あ、あのね……もし良かったら、皆にも声かけて、パーティでもしないか、って……。葉月くんもだけど、なっちんや姫条くんや、都合のいい人呼んで」

 ……ねえちゃん、苦笑しながら言うんだけど……エリカに何か言われた?
 なんか、エリカの押しの強さにねえちゃんが流されている気がするんだけど……。
 まぁ、ねえちゃんがいいなら、俺は……いいけど……。

「わぁ、嬉しいっ。クリスマスになったら、もう学校お休みだし……また、遊んでね、尽っ!」

 俺に抱きつきながら見上げてくるエリカの瞳はキラキラ。
 やっぱり、かわいいなぁ。
 こんな風に懐かれたら、やっぱり逆らえないよな。
 俺、エリカの頭をぽんぽんと優しく撫ぜてやる。エリカはまるで子猫のように俺にすりすりしてきて……妹っていいなぁ、とか、思ってしまう。

 そんなこんなで、クリスマスの予定を話しているうちに、奈津美さんがやってきて、話を聞いた奈津美さんは、その予定にかなり乗り気になった。

「ダメってヤツいても、アタシが意地でも連れてきてあげるから!」

 なんて事まで言ってるよ……。
 なんかさ、瑞樹さんあたり、すっげぇ嫌がりそうなんだけどなぁ……「何で私が庶民の家のクリスマスパーティなんかに参加しなきゃならないの?」とかゆったりして。
 まぁ、それでも腕ずくでどうにかしちゃうのが奈津美さんなんだろうけど。
 頼もしいなぁ……はははは……。




 クリスマスの予定は勝手に決まった。
 けど、正直、俺はねえちゃんと葉月ふたりきりのクリスマスをどうやって邪魔しようかと考えていたところだったから、この件は俺にとっては棚からぼたもち式なラッキーな出来事かもしれないけど。

 ただ、気になるのはエリカ。
 懐かれるのは、嬉しいよ。
 けれど、本気で惚れられた様子なのは……困るとういうか、微妙……。
 クリスマスの事でねえちゃんに何を言ったかは分からないんだけど……なんか、企んでいるような気もするんだよなぁ……。

 うう……まぁ……大丈夫、かな……うん、きっと、大丈夫………だよ、な?





おわり



--BACK--



<言い訳とか>

やはり、エリカちゃんが奮闘してます。
で、クリスマスへと続きます。

次回は、多分、姉語りにて。
進展、ある……かなぁ?