冬物語〜北向きの風が吹いて



 深まった秋は、いつの間にか冬へと移り変わる。
 乾いた風が北から吹いてくるたび、少しずつ少しずつ冷たさを増していく。
 少し前まで鮮やかな彩りを見せていた街路樹の葉は、今はすっかり落ちきってなくなり、裸になった幹が寒々しく露呈している。
 冬の足音は、ゆっくりと静かに、けれどはっきりと響き、いつの間にか街をその腕に抱きとめる。



 ……って、何ポエムチックになってんだろーな俺。
 現実逃避、だな。あからさまな。

 あれから……ねえちゃんは、俺を避けるようになってしまった。

 でも、それって、俺を意識しているって事に他ならないから、避けられて寂しい反面、少し嬉しくもあった。
 だから、時々、からかいさえしていたんだ。

 いちいち、俺に返されるねえちゃんの反応は、本人が真剣な分可愛くて。

 ねえちゃん自身が自覚しないでも、その想いの欠片みたいなのは、十分に俺に伝わってきて。
 これはもう、時間の問題かな?
 って、ほくほくしてたんだけど……ちょっと、困った事態になった。

 ……そう、あれは……ハロウィン。





 日本でも徐々に浸透し始めた……ハロウィン。
 ジャック・オ・ランタンと「トリック・オア・トリート」で有名なアレ。

 うちのお袋は、比較的イベント事が好きな方で、10月に入った頃から、微妙に家の中がハロウィン臭くなってきた。

 置物とか、壁に掛けられたタペストリーとか。

 で、案の定、10月も末の頃、ジャック・オ・ランタン登場。


 さすがに、西洋のかぼちゃのように馬鹿でかいのはそうそう手に入らないから、素直に大き目のえびすかぼちゃをくりぬいて作ったらしいんだが……まぁ、なんつーかさ……。

 ねえちゃんの不器用な所は、完全にお袋譲りだと思えるね。

 で、ハロウィン当日……つまりは、もう、翌日に11月控えた日。

 俺が帰ってきたら、ねえちゃんは既に家にいた。

 珍しい。

 ここの所、俺を避けるみたいに――みたいじゃなくて、避けてたんだろうな実際――帰り遅かったのに……なんで?

 玄関で、ねえちゃんの靴を目にしてそう思った俺は、同時に香る甘い臭いに誘われて、キッチンに向かったんだ。


 そしたら、ねえちゃんが、珍しく……ああ、すっげぇ珍しく、エプロンつけて、なにやらかいがいしく動いている。


 甘い臭いは……多分、アレだな……。

 既に焼き上がったパイがジャック・オ・ランタンの横に並んでいる。
 多分……パンプキンパイ。

 ねえちゃんも、結構イベント事好きなんだよなぁ……血は争えない、ってか?


 ひとつめのパイは焼きあがったみたいだけど、どうも複数作るらしい。小さ目の型いくつか準備されてる。

 で、ねえちゃん、次のパイの準備をしていて、俺の帰宅に気付いていない様子だ。

 普段、あんまり料理を作らないねえちゃんだけど、菓子を作るのは結構上手いと思う。

 バレンタインのチョコとか、俺も時々、ご相伴にあずかってたし。

 まぁ、菓子を作っている事自体はいいんだよな、べつに。

 ただ、それを、誰に食わせる為に作っているか、が、問題。
 多分、この一番でっかいのは家族用だとは思うんだけどさ。

 俺、壁にもたれて、うだうだ考えながら、じーっとねえちゃんが動き回る様子を見詰める。


 やっぱり……エプロン姿……かわいいよなぁ……。


 妄想ゾーンに思考が突入してしまった。

 滅多にエプロンをつけない(=料理をしない)ねえちゃんのエプロン姿には、結構ソソられるものがあったりして。
 なんだか、妄想が、勝手に助長されてきて……。

 そりゃ、勿論、エプロンと言えば……!!


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 ……って、イケナイ妄想は簡単に膨らんでくるもんだなぁ……。

 だって、俺、若いもん。仕方ないじゃん。

 てーか、昨日見てたビデオの影響かな(どんなビデオかは、今更説明不要かとも思うけれど)……ああ、ヤレヤレ……。

 で、どんなイケナイ妄想かは、15歳の俺の口からじゃとてもじゃないけど言えないけれど……まぁ、自分の中で妄想するだけなら、公序良俗に反するわけじゃない、だろ?
 これで、また、おかずのネタができたかも、しんない……はは。

 に、しても……。

 さっきから、もう、10分以上ねえちゃんの様子を見詰め続ける俺に気付かないねえちゃんって、本当に大概鈍いと思う。

 まぁ、俺の方は、ねえちゃんを見続けるの決して飽きないからいいんだけどね。

 時々独り言呟いたり、鼻歌歌ってみたり。
 動きもまた、かわいいんだよなぁ……。

 今日は、髪の毛が邪魔にならないようにか、上の方に結い上げているんだけど……後れ毛残るその首筋が妙に色っぽい。

……噛み付きたい、かも。

 コクン、と、息を飲み込んだ俺。

 足音忍ばせて、ねえちゃんの傍に近寄って…………………!! 

 って……………いや、さすがに、噛み付きはしないけれど、俺は……。


「…………………ひゃうぅ!?」


 首筋を指先でなぞった。


 ねえちゃんのすっとんきょうな声が響いて、手にしていたボールを床に落とす。

 幸い、ボールの中のパンプキンペーストは空になっていたから、散らばる事はなかったんだけれど………ボールに入っていた金属製のヘラがねえちゃんの指先を傷つけていた。

「尽ぃ!?」


 ねえちゃん、真ん丸く目を見開いた後、すぐに険しく吊り上げる。


「いきなり何するのよっ!」


 いや、そりゃ、怒られても仕方ないけどさ……ねえちゃん、俺を怒るより、自分の指先、痛くないか?

 あ〜……ねえちゃんを傷つけるつもりなかったのにな……。

「ごめん」


 本気で、素直に謝った。


 目の前で、ねえちゃんの指先から血が滲んでるのが見える。

 ねえちゃん、俺の本気の謝罪に驚いてるけど……自分の怪我にはまだ気付いていないみたいだ。

 まったく、本当に鈍いんだから……!

 俺、ねえちゃんの手を取る。

「え? 尽?」


 再び、驚くねえちゃんに、有無を言わせず、その手を……。


「っ!? ……っ、え、あ、痛っ……!?」


 指先を、口に含んだ。


 甘い味がする。

 血の味。パンプキンペーストの味。ねえちゃんの味。

 俺に指先を舐められて、やっと自分の怪我に気付いたみたいだ、ねえちゃん。

 痛そうに顔をしかめ、それから……今度は顔を真っ赤にした。

 ねえちゃんの指を口に含んで、その傷を舌先でなぞりながらねえちゃんを見上げる。

 ねえちゃん……完全に硬直している。

 可笑しいったらない。


 わざと長く、指先をしゃぶり続けてると、さすがに、ねえちゃんも、その手を引っ込めようと必死になり始めたけれど。


「尽、もういい、いいからっ! やっ、も、やめてっ!」


 やめたくないんだけど、なぁ……仕方ない、か……。


 ちゅっ、と、吸い上げながら口を離すと、ねえちゃんは、勢い良く手を引っ込めて、その指を自分の胸元にかばう形を取った。

 顔は、やっぱり、見事に真っ赤だ。

「応急手当完了。けど、ちゃんと消毒して、絆創膏貼っとかなきゃ。ほら、こっち来て」


 怪我のない方の腕を取り、救急箱のある場所まで引っ張っていくのに……ねえちゃんは驚くほど無抵抗だった。

 それどころか、俺が手当てし終わるまでほとんど無反応で……。

「これで、よし」


 って、絆創膏貼り終わって、その手を解放すると、やっと我に返ったようで、赤い顔を更に赤くして、そっぽを向いてしまった。


「あ、ありがと……」


 それでも、律儀に礼をするのは、ねえちゃんだな、うん。


 ねえちゃん、俺の顔、直視できないみたいだ。

 意識してくれてんだな。
 かなり嬉しい。

 ただ……その自分の感情にねえちゃんが気付いているか、が、分からないんだけど……気付いていない公算大。


「ねえちゃん、あんなにパイ作ってどうすんだ?」


 救急箱を片付けながら、さりげなく問い掛ける俺にねえちゃんは……軽く目を見張った後、言いにくそうに口を開いた。


「ひとつは家用に、と思って作ったんだけど、あとのは……」


 なんで、口篭もる?


「大学の友達に……」


 大学の友達に?

 それで、なんで、そんな言いにくそうにする?

 不自然だ。

 不自然極まりない。

 嘘や隠し事のヘタなねえちゃん。

 今も、ほら、目が泳いでる。

 俺は、わざとじぃーっと、ねえちゃんを見詰めつづけた。泳ぐ目を、捉えるように。

 そしたら、ねえちゃん、とてもとても言いにくそうに重く口を開いたんだけれど。

「……あと、葉月くんにも……」


 え? 葉月にやるの?


 葉月にあげるのに………なんで、そんなに言いにくそうにする?


「えと、この間のお礼とお詫び兼ねて……その、葉月くんには、随分イロイロと迷惑かけちゃったし」


 しかも、言い訳でもするような、その早口は、何?


 突如、どうしようもない不安が、俺の胸にじわじわせり上がってきた。


 けど、情けないかな。

 俺に、その場で、その不安の根源をねえちゃんに向けて問いただす勇気はなかった。

「あー……葉月に、ねえ……そっか……」


 呟いて、立ち上がって……溜息をついた俺は、なんだか勝手に焦る心を宥めようと、その場を立ち去る事に、した。


「怪我させて、ごめん。俺も、後でパイ、食わせてもらうから」


 虚ろな俺の言葉を、ねえちゃんがどういう表情で聞いていたのかは、分からない。

 俺は、ねえちゃんを振り返りもしなかったから。


 ……それから夕食の時間まで自室に篭っていた俺が、次にねえちゃんと顔を合わせた時、ねえちゃんは……無駄に、元気に見えた。


 パンプキンパイを、両親に試食してもらって、大層良い感想がもらえた、からだとか……いや、確かに、食後に食べたパイは美味かったけど……俺だって、素直に美味い、って言ってやりたかったけど……なんだか、釈然としない複雑な感情が胸の中に凝っていて、ねえちゃんに素直に向き合えなかった。


 これまで、ねえちゃんをからかってきたけど……けど……それどころじゃなくなったかも、って、突然不安になった。


 もしかして。

 嫌な予感がぐるぐる頭を巡りだして、でも、ねえちゃん自身にそれを聞いて、その嫌な予感が当たった場合、俺、絶対立ち直れない気がして……数日後に思い切って、とある人物と接触する事を、決心したんだ。

 とある人物、それは……。






「嬉しいわぁ! 尽の方から連絡とってきてくれるなんて。何々、奈津美おねーさんにお悩み相談? 学校の事? 友達の事? それとも、恋愛問題!? あ、でも、勉強とか進路とかそういうのはカンベンね」

 なんつーか、もう、この無駄な元気が、すっげぇ恨めしく感じるのは、俺がブルーになってるからか?


 この間聞いた携帯メールで連絡とって、喫茶店で落ち合った。

 繁華街の端っこの方の喫茶店は、相談事がある、という前提の俺に気をきかせて奈津美さんが指定してくれた、静かな雰囲気の店だ。

 俺、やたら元気な奈津美さんに、気勢をそがれるような気がして、ふぅ、って思い切り溜息ついて、彼女をみやった。

 で……コーヒーを注文した奈津美さんが、口を開くより早く俺は切り出す。

「ねえちゃんの事」


 切り口はダイレクトに。


 俺が言うと、奈津美さんは、大きな目をくるくるっと動かして、その唇に悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 あ、何か噛んでるな、こりゃ。

 と、即座に俺は悟る。

「奈津美さん……何か、知ってる?」


 それだけで通じると思ったし、実際、通じていただろうと思う。


「え? 何か、って?」


 言いながら、しぱしぱと大きな目を瞬きする奈津美さん、あからさまに態度が変。

 知ってて、言わないのは、俺に言っちゃマズイからか? それとも、俺の様子をうかがってるのか?

 この人も、隠し事は上手い方じゃないと思うんだけど、結構いけしゃあしゃあと嘘ついてくれるし、かなりの策略家かもしれない。


 イロイロイロイロ、情報を収集して、それを各所で晒して見せたり、小出しにして流したりしてる節がある。

 それ、いわゆる情報操作、って言うんだろうけど……この人の場合、悪意がないのはいいんだけど、決して善意だけでしているわけでもない。

 つか、多分、根本にあるのは……面白い、って事じゃないのかなぁ?

 いや、人情に篤かったり、世話焼きなのも事実なんだろうけど……そこに、自分的利益とも言える『面白い要素』を絡ませたりして楽しんでいるんだな。

 きっと、今回のねえちゃんの事も、この人が1、2枚噛んでいる。

 ねえちゃんの世話を焼きながら、その経過を面白がっている。

「……ねえちゃん、もしかして葉月と付き合ってるのか?」


 あくまで、ダイレクトに俺は言う。

 隠し事が上手くない奈津美さんは、言葉ではそれに正確な答えを用意しないでも、態度で応えてくれるから。

 奈津美さんの唇が、一瞬、笑みの形に崩れた。


 ああ……そうか……。

 すぐに、唇を取り繕って、口を開くけれど……口調はどことなし弾んでいる。

「あぁ、どうなんだろぉね? そういや、最近、よくふたりで会ってるみたいだけど、ねぇ」


 やっぱり。


 付き合っているかどうかは、分からないけど、そっちの方向に向かってるのは確かなんだな。

 で、俺にそれを言わないのは……俺が邪魔する、とでも思ってんのか?

 ふっ………ふふふふふふ…………………。


 『禁断の姉弟愛』から軌道修正ってか?

 奈津美さん、見え見えだって。
 でも……奈津美さん的により『面白い』のは、『禁断の姉弟愛』じゃないのか?

 俺は、白を切りとおそうと表情の読めないにっこにこ笑顔を続ける奈津美さんに負けじと、にこにこ笑いながら口を開いた。


 狸と狐だな、こりゃ。


 まぁ、たまにはこーいうのも悪くないけど……奈津美さんって、俺としては絶対、恋人にはしたくないよなあ……。多分、自分とタイプが似ているからか? 友達なら、楽しいんだけどな。

 あ、だから、俺がねえちゃんを好きなように、奈津美さんもねえちゃんの世話を焼きたがるのかも、しれないな……。


「奈津美さんって、同性愛に否定的な方?」



 イロイロ余計な事を考えながら、一見、まったく関係のない事を切り出した。

 奈津美さんも、え? というような顔で俺を見詰めてくる。
 けれど、真っ直ぐに見詰めて答えを待つ俺に、少し考え込んだ後に答えてくれた。

「あー……別に、否定はしないよ。推奨もしないけど。好きになった相手が単に男なだけ。それでいいと思うし」


 したり。


 ――好きになった相手が、単に姉なだけ。

 そう、置き換えてもいいんじゃないかな?

 俺、奈津美さんの言葉に、にこにこ笑う。

 俺の笑顔の意味を奈津美さんは測りかねて眉をよせていたけれど……しばらくして、溜息をついた。

「だから、アタシは推奨しないってば」


 少し戸惑った呆れ声。

 さすが奈津美さん。あの言葉と態度でちゃんと理解してくれたとみえる。

「俺も、推奨されたくもないですけど。ただ……これから俺がする事、否定しないでくれると嬉しいんですけど。……それでいいと思いません?」


 奈津美さんの言葉を捉えて、言い換える。

 奈津美さんは、少し、頭を抱えて難しい顔をした。

 そりゃ、そうかもね……普通の思考してれば、頭を抱えたくもなるだろう。

 まぁ、奈津美さんは、柔軟な方だとは思うけれど。

「…………。不毛だとか思わない? 何も生まれないよ。つか、アンタ、幻想見て、あの子傷つけるよ?」


「幻想なんかじゃないですよ。それに、俺、そこらの男より、大事にしていく自信ありますから。何しろ、これまでずっとお守してきた自負ありますし」


「……子供、だね」


「子供です。けど……すぐに、大人になります。彼女の為に」


 にっこり、自信満々に笑う俺。

 そう、俺は、ねえちゃんが俺を望んでくれるなら、すぐにだって大人になる。
 ねえちゃんを守る男になる。

 奈津美さんは難しい顔を崩しはしたけど、やっぱり複雑そうな表情をして俺を見詰めている。


「アタシ、見守ればいいわけ? それとも、邪魔して欲しい? 推奨だけは、絶対にしないから」


「例え邪魔されても、俺は挫けませんし。だって、もう、ずっと、長い間押さえつけてきて、やっと、少しずつ解放されてきたものを、止められませんから……」


「結果がどうであれ、あの子、苦しむと思うけど」


「恋って、苦しい時もあると思うんだけど。奈津美さんだって、分かるでしょう?」


 高校時代の奈津美さんの切ない片想いを思い出させる言葉に、奈津美さんはまた頭を抱えてしまった。


「……たとえば、アタシはあんたたちを見守れる。それくらい、できる。けど、そんなふうに見守ってくれる人は、世の中に殆どいない。……それでも?」


 俺は、言葉なく頷いた。

 奈津美さんは重い溜息を、体中から吐き出した後……テーブルに突っ伏してしまった。

 しばらく、そうしていて……数十秒経過後。



「あ〜〜〜〜もぉ!!!」



 突然、顔を上げて絶叫。

 周囲の視線を集めてしまった。
 けど、本人は気にとめる事なく、俺を睨みつけて口を開く。

「絶対、ぜぇったい、協力はしてやらない。それだけは、覚えといて。でも、あんたがする事に口出しもしないから、もぉ、勝手にやってよ! 後は、あの子次第。もしあの子に相談されても、推奨なんてしてやらないから、ね? それに、あんたの行動次第では、否定するかもしれないから、それは、覚えといてよ!?」


 大譲歩、してくれたんだと思う。

 多分、一番の壁になりそうなこの人が、後押ししてくれないまでも見守ってくれるってんなら、問題ない、きっと。

「あと、葉月くんは手ごわいと思うけど……分かってる、よね?」


「ええ。葉月が本気みたいなのは分かってるし。……あ、でも、奈津美さん、ヒントはくれるんですね?」


「……………。無謀すぎるから、ハンデよ、ハンデ。寛容な奈津美おねーさんに、感謝しなさい……つか、ヒントはあげてもいいから、そのうち経過報告はしなさい、ね?」


 うう〜ん。結局、面白がってもいるのかな? やっぱり。

 ま、それでもいいけど。

 ……他人に自分の気持ちを暴露したのは初めてで。

 でも、相手が俺とタイプの似ている奈津美さんなら、それなりに信用はできると思う。
 俺に対してはともかく、絶対、ねえちゃんを本気で傷つける事はしないと思うから。
 それに、もしも、ねえちゃんが追い詰められるような事になったとしても、きっと、この世話焼きで情に篤い奈津美さんなら、俺を切り刻んで切り捨ててでも、ねえちゃんを助けてくれると思うから。

 出来る事なら、切り刻まれるのも、切り捨てられるのもゴメンなんだけどね……。


「さっ、悩み相談は終わった。ここのお会計も、寛容な奈津美おねーさんが持ってあげよう。けど……今日こそ、カラオケくらい付き合いなさい、ね? 歌わないとやってけないのよっ!! あんたのせいだからね!? さっすがに、酒に付き合えとは言わないからさっ!」


 奈津美さん、太っ腹。

 って、言ったら思い切りどつかれた。

 で、まぁ、カラオケにつきあったんだけど、ほとんど奈津美さんひとり舞台。

 いいんだけどぉ……。
 結局、ひとりで酒のんでるしさぁ。
 あ、俺もばれない程度には付き合ったりしたけど……制服着てこなくてよかったよ、はは……はぁ。
 いつか、ねえちゃんが酔っ払って帰ってきたワケが分かる。
 奈津美さんって、飲むと、勧め上戸になるんだな……俺、だから、中学生だっつーのに……! 

 ……まぁ、美味かったんだけどね……。

 あ〜……まったく、俺って、体制に背を向けてるよなぁ……いいのかなぁ。って、本当に今更なんだけどね〜〜はははははは……はあぁぁ。

 ……あんまり、洒落にならないかもな。





 うん、嫌な予感は的中していたし、困った事態も変わらない。
 けど、なんか、ひどくすっきりした気分。
 それは、これから始まる新しい関係への予感なのかもしれない。

 きっと……ねえちゃんの心の中の恋の扉は開きかかってる。でも、ねえちゃんは、それに気付かない。扉を開けようとしているのが、弟である俺だから。

 もしかすると、その自覚は葉月によってなされるかもしれない。
 葉月が開けたものと誤解されるのだけは阻止しなきゃだけど、でも……ある意味、鈍すぎるねえちゃんが恋という感情を自覚してくれるのは、願ったりかなったり。

 俺は、絶対、葉月にねえちゃんを渡さない。


 ねえちゃんが幸せなら…………なんて、そんな欺瞞、絶対イヤだ。

 俺自身を欺いてるだけじゃなく、ねえちゃんも欺く事になる。
 ねえちゃんが、俺に示してくれた想いの欠片は嘘偽りじゃないから。

 だから……!

 俺は、絶対、ねえちゃんを……手にいれる。

 


 冬は、始まったばかり。
 春は、まだ遠い。
 俺は、北向きの風が吹く街中を歩きながら、愛する人を抱きしめる……そんな暖かな夢を思い描く。
 きっと、それは、そう遠くはない季節。





おわり




--BACK--



<言い訳とか>

結構シリアス目になっちゃいました。
時期ハズレのハロウィンネタちょっと。
傷口舐める基本ネタちょっと(笑)。

尽vs奈津美。
結構いい勝負です。
いつの間にか、奈津美がこのお話のキーパーソンになってます。
あと、葉月もね。
このふたりは、時々絡んできそうですね〜。

次回は、クリスマスネタになるかなぁ?
まだまだ不明(笑)。

このお話は、一応春終わり……予定のつもりデス。