First&Last



 今日は天気がいい。

 カフェの窓からぼーっと空を見上げて、俺は頭の中を反芻する。


 いつもの科白。いつもの事。

 特に理由なんてないし、特に意味付けする必要もない。

 ただ……。


「別れたいから別れる。それだけ……」


 ぼそっと呟いて、また、脂汚れひとつなく磨かれた窓越しに曇りない空を見上げる。


 約束の時間まで、今しばらくある。

 珍しく待ち合わせに先に来ていたのは、俺の気紛れ。
 彼女の来訪を待ちに待っているわけでなく、ただ、何となくだ。

 けれど、もしかすると、その何となくは予感だったのかもしれない。


 空ばかり見上げていた俺が、街の雑踏に視線を移した途端、見慣れた顔を見つけてしまう。

 そして、ちょうど、俺達の視線が合い、目を丸くした後ににっこり笑ったその人は、カフェの中へ、俺の所へとやってきた。

「珍しい。ひとりでお茶してるの、尽?」


「つか、久しぶり、ねえちゃん。なんで、ここにいんだよ?」


 遠慮なく俺の向かいの席に座り、すかさずやってきたウェイトレスにアイスティを注文する。


「仕事でこっちに来たの。あんたの所に連絡しようか考えていた所」


「仕事? 今、いいのか、仕事中だろ?」


「予想外に早く終わったから。直帰してもいいって事だったけど……食事くらい、たまには一緒に、どう?」


「夕飯? そりゃ、勿論。……奢り?」


 俺の言葉に、ねえちゃんは「えーっ」と冗談ぽく言って、躊躇するふりをしてから、頷いた。


「ま、一人暮らしの貧乏学生に奢らせるわけにもいかないしね」


「やりっ」


 俺が大学に進学し、一人暮らしを始めて2年。

 自宅から通えない距離でもない大学で一人暮らしをする事に両親は反対したけれど、学費以外の仕送りはいらない、と、大見栄を切って始めたもんだから、アルバイトをしながらの学生生活は日々汲々としたものであったのは言うまでもないかもしれない。

 でも、俺は、一刻も早く、親の支配から脱したかった。


 何だかんだ言いながらも、時々親から来る仕送りの金も、手をつけずに残してある。これは、大学を卒業した時に、親にそのまま返す予定でいる。

 自立できる年齢になったからには、借りは作りたくない。

 だって、もしかして、これから先俺は、とんでもない親不孝をするかもしれないから。

 親への借りを盾に攻撃されたら、きっと俺は反発しきれない。

 だから……。


「で、お昼は?」


「ああ、昼はこれから。人と会う約束でさ」


「えっ? もしかして、今待ち合わせ中!? それじゃ、私、これ飲んだら、すぐに行くから」


 慌てて、アイスティのストローに口をつける。

 別に、そこまで慌てなくてもさ。

 俺は、目を細めてねえちゃんを見詰める。

 相変わらずだなぁ。

「別に慌てなくても。まだ時間早いからさ」


 くすくす笑って言うと、ねえちゃんは少し瞳を細めて、怒ったような口調になった。


「ってか、こんなカフェで待ち合わせするからには、どうせ彼女でしょう? 弟の彼女にばったり、ってなんか気恥ずかしいから。来る前に出てくよ」


「夕飯までの時間、どうするのさ?」


「買い物してこうかと思ってたから」


「あぁ、それじゃ、いっそ、ねえちゃんの手作り料理ご馳走してくんない?」


 懐の中から部屋の鍵を取り出して、ねえちゃんに渡す。


「安上がりだねぇ。というか……あんた、これからデートでしょ? 私との夕ご飯の約束なんて、別にキャンセルでいいのに」


「あぁ、デートっていうより、ちょっとした野暮用。大丈夫、夕飯の時間頃までには帰れるから」


 俺の言葉に、ねえちゃんは何か言いたげにしたけれど、肩をすくめて押し黙り、立ち上がった。


「ま、帰って来なきゃ来ないで、適当に夕ご飯作って帰っちゃうからね? あ、彼女を部屋に呼ぶなら、その前に連絡頂戴よ? 私、鉢合わせはゴメンだから」


 俺の部屋の鍵を取り上げて、変わりに札を一枚テーブルの上に置いて、ねえちゃんは行ってしまった。

 なんか、その後姿がとても……愛しかった。

 だから、その直後に現れた彼女に、妙にげんなりしてしまったりして。


「ちょっと、尽!? あの人、誰!? なんか、鍵、渡してなかった? もしかして、部屋の鍵!?」


 着て早々、早口にわめきたてる。


 ああ、もううんざり。

 こうなったら、最初に考えてた別れ文句も通じやしないな。

 彼女に不服はなかった。

 俺の好みの範疇から外れる事なく清楚な美人系だし。明るくて屈託ない普段の性格も決して嫌いじゃない。俺の負担にならない程度に頭もいいし。
 じゃなきゃ、付き合わない。

 けど……彼女には、面影を重ねていただけ。

 所詮イミテーション。代価品。決して、本物には敵わない。
 どんな女と付き合っても感じるそれを、今回改めて強く実感した。

 だから。

 俺は笑う。

「おまえの想像通り」


 彼女は押し黙って、訳が分からない風な顔で俺を見る。


「今晩、あの人に飯作ってもらうから」


 なにを、どう言うか考えて口を開いた彼女の言葉を、俺は押し留める。俺の言葉で。



「あの人は、俺の最初の女。それから……最後の女、だから」



 言葉に嘘はない。

 ねえちゃんが、俺の、最初の女。
 そう、それから、最後の女になる……だから、俺は、両親に借りを作ることなく、一人暮らしを始めた。

 彼女は俺の目の前でしばらく硬直した後……手元にあったコップを手に取り、思い切り良く中の水を俺にぶっ掛けた。

 泣かれるよりマシだったな。いや、殴られる方がマシだったけどな。
 このびしょ濡れの髪と服、どうしてくれよう。

 ミュールの踵を高らかと響かせて、彼女は立ち去った。


 まぁ……別に、いいか……。


 俺は、濡れた髪をかき上げて、再び窓の外を見上げた。

 やっぱりいい天気だ。この陽気じゃ、外を歩けばすぐに乾くだろ。

 最初で最後の、女、か。


 親不孝だろうが、何人女を泣かせようが……俺の行き着く先は、やっぱり、ねえちゃんなんだと思う。

 何人の女と付き合っても、ここまで激しく愛しいと思える存在に会ったことはない。


 カフェの外をしばらくぼんやり歩きつづけた俺は、服と髪が乾く頃、軽い足取りで自分の部屋へと帰った。

 そこには、想像に違わぬ愛しい存在が笑顔で俺を迎えてくれて。

 部屋に入ってすぐに抱きしめて……そのまま、彼女を……ねえちゃんを貪った。


 嫌がる声も、態度も……そのうち蕩けるような甘い塊になっていって、俺を包み込む。

 作りかけの夕飯よりも、ただひたすらねえちゃんを貪りたいばかりで……俺は、何度もねえちゃんの中で果てた。
 そのたび、ねえちゃんは、柔らかく俺を抱きしめて、締め上げて……耳元で囁くんだ。

「尽……好きだよ。愛してる……」


 ねえちゃんにとっても俺が、最初で最後の男であって欲しいと……そう、願う。


 もう少し先。

 もう少しだけ、先。
 完全に自立した俺は、親不孝を振り切って、彼女と結ばれる。

 人生最後の相手と、永遠に結ばれる。







END




--BACK--





<言い訳とか>

あまり意味のないお話で。

ランチ時にシュールな小説を読んでいたら、
なんとなく閃いて、
帰ってきてからまたも小1時間で書き上げたもの。

「最初で最後の女」というフレーズが使ってみたかっただけのようです。

ネタは山ほどあるのに、どうにも不調だなぁ…。