Expressive Eyes




「何してるんだ、ねえちゃん?」

「う〜〜…………」


「おぉ〜い?」


「うぅ〜〜………………………」


「ねえちゃ〜ん??」


「うぅぅ〜〜〜…………………………………」


「ねえちゃんってば〜〜???」


「………………………うるさいっ!」


 怒鳴った拍子に思いっきりアイライナーがずれた。


「っ!? あああああっ!?」


 鏡を覗き込めば、勿論、トンデモナイ事になっていて……。


 後ろから、ぷっと吹き出す腹立たしい気配があって、私が振り向くとそれが爆発して大爆笑の渦が巻き起こった。


「ねえちゃん、傑作!! あははははははははは……!!!!」


 身体をくの字に折って、目に涙まで溜めて、お腹まで抱えての大笑い! つか、指さすなぁぁっ!


 ムッ、ムカツク〜〜〜!!!

 すっごく、むかつくぅ!! 弟のくせにぃ!!

「ねえちゃんってば、ねえちゃんってば……ホント、サイコー! なに、今更何の練習してんだ!? 歌舞伎メイクか!?」


 ケラケラ、ケタケタ、笑い続ける尽につかつか歩み寄って、ゴイン、と思い切り頭をどついた。

 ああ、拳が痛い。
 ってことは、結構尽にも効いてたよね。
 頭を抑えて、涙目になってる。
 ねえちゃんを笑った報いよっ。

「てて……乱暴だなぁ」


 誰が、乱暴にさせてるのよ、まったく。


「でも、珍しいよな、ねえちゃんが真剣に化粧してるなんて……」


 尽は頭をさすりながら、私のベットに腰掛ける。


 まったく……ノックもしないで無遠慮に人の部屋に入ってきて……! 幾つになっても、弟は弟ねっ! ねえちゃんだって、一応れっきとした女性なんだって、理解してるのかしら!?

 机の上を化粧品で散らかしまくった私は、そのままふきとるメイク落しで目元を拭った。

「で、何の用なの、尽?」


 化粧を落としながら問い掛けると、尽は「あ〜〜……」と言いにくそうに唸って視線を彷徨わせた後、私の方を向いた。

 鏡越しに尽がこっちを伺うように見ているのが分かる。

「いや、ねえちゃん、最近……その……男、できたのか?」


「…………!!?」


 ちょっと遠慮がちな問いかけだったんだけど……私、思わず手に力が入って、メイクを拭っていたコットンで思いっきり肌をこすっちゃった。


 い、痛い……。

 あ〜赤くなっちゃってるよ〜。
 ………って、もぉ……。

「あんた、何考えてるの!?」


 思わず、怒鳴っちゃった。


 怒鳴りながら振り返ると……ちょっと、戸惑った様子をした尽がいて……。

 視線をこっちに向けようとはしないけれど、その眼差しはなんだか途方にくれているような感じにも見えて。

「尽?」


 思わず、疑問形で声をかけちゃった。


「……いや……だって、ねえちゃん、今まで化粧に興味なかったのに、最近きっちりメイクしてくしさ」


「………なんで、あんたにそんな事突っ込まれなきゃならないのよ?」


 って……ついついつんけんした口調になっちゃったのは……尽の言葉にむっとしちゃったから。

 図星の、反対。
 ふっ……どうせ、この年になっても、まだ彼氏なんていないものっ!

「私が誰と付き合おうが勝手でしょ。放っておいてよっ。つか、いつも人のそこの所を散々笑い話にしてるくせにさ、尽ってば! なんで、今日に限って、そんなに真剣に突っ込んでくるワケ!?」


 再び、鏡に向き直って、化粧を落としながら……私、背後の尽を鏡越しに見つめ続ける。


「べっ、別に。ただ、どんな相手か弟としては気になるだろう? だって、あれだけイイ男がいっぱい傍にいたくせに、どれもモノにできなかったねえちゃんが、やっと捕まえた男……気に、ならないワケないよ」


 言葉こそ、強気だったけれど……どうしてか、眼差しが、揺れてる。

 いつもの、からかいながら私を見る悪戯含みの強気な眼差しじゃない。

 尽って、言葉や態度は素直じゃないけど……瞳がすごく素直。目を見れば、この子が一体どういう感情でいるのか、大体分かっちゃう。


 今は……やっぱり、不安そう? …………なんで??

 もっとも、その感情の理由がさっぱり分からないんじゃ、あんまり意味ないんだけどね。まぁ、思春期の男の子だから、それも仕方ない、か。


 私、かすかに溜息をついた。


「彼氏なんて、いないわよ」


 素直にゲロしちゃおう。

 別に、隠しても、嘘ついてもすぐにバレちゃいそうだしねぇ。

「本当に!?」


 私が素直に話した途端、返って来た尽の声はやけに嬉しそうで、鏡の向こうに見える尽の目も、なんだか妙に輝いていた。

 けど、すぐに尽はその自分の感情表現に気まずそうにして、顔を俯かせて押し黙った。
 一体……何?

 あ〜……あれかな。やっぱり、なんだかんだ言っても、ほら、私達仲のいい姉弟だし、ねえちゃんである私に彼氏ができるのは、弟としては妬きもちやいちゃうのかもしんないな。

 う〜ん……私は、尽に彼女がいるのは昔っからの事だから、特に妬きもちは妬かないと思うけど……どうだろな?

 ちょっと、尽のそんな態度が微笑ましくて、声に出してくすっと笑っちゃった私を、尽は顔を上げて見咎めるように睨みつけた。


「じゃ、じゃあさ、なんでそんな無駄なメイクしてんだ?」


 強気な言葉は、照れ隠し、かな? ほら、瞳も、なんだか、意地っ張り。

 かわいいなぁ。

「私だって、女だよ。メイクも練習しなきゃ! って……実は、この前、化粧品買いに行った時に、販売員のおねぇさんにしてもらったメイクがすごくステキでね、それをどうにか再現しようとしてるんだけど……」


 うん、そうなのよね!

 私のイメージが全然変わって、自分で言うのもなんだけど、とっても綺麗に見えたの。
 特に、アイメイク!
 さすがプロよね! 普段、ちょっとぼんやりしているような私の目が、すごくキリリッって大人っぽく見えて! かなり、感動したのよ。

 だからねぇ、それをどーにか再現しようと色々試してるんだけどぉ……。

 うっ、上手くいかない……。ううっ。

「ねえちゃん、不器用だもんなぁ」 


 こらっ。だから、そこで核心つかなくてもさっ!

 弟って、本当に容赦ないよね!?

 尽の眼差しは、いつも通りの尽らしい悪戯っぽいそれで、頭の上で腕を組むお決まりのポーズで私をからかい出すの。


「無理に化粧しようとしないでもさ、むしろ、しない方が見られるんじゃないの?」


「悪かったわねっ。お化粧するほどブスになってさっ!」


 再び、メイクの練習にかかっていたのに、それは中断される。


「アイメイク、今流行ってるみたいだもんなぁ……まぁ、無駄な努力せいぜいガンバレ」


 もぉ、メイクってね、結構手のかかる繊細な作業なのよぉ!? シャドウの乗せ方やちょっとした濃淡とか、ライナーの引き方、眉の形作りなんかで全然イメージも違ってくるしっ!

 ……って、私も、言っているだけで、それが実践されていないんだけどね……とほほ……。
 眉は左右のバランス違うし、シャドウは濃くなりすぎるし、マスカラはダマになるし……ううっ、難しいよぅ!

「あ〜あ。そんな目じゃ、パンダがせいぜいだなぁ」


 いちいち私のやる事をまぜっかえす尽に、ムキになっちゃった私は、一旦尽を睨みつけたものの……部屋から出て行く気配も無く、にやにやと私の様子を見守り続けている尽なんて無視する事にして、再びメイクに戻る。


 一体、何しに来たんだか!

 つか、ほんと、さっきの『彼氏できた……云々』の会話はなんだったのかしらね? 
 思春期の男の子って、理解不能。

「う〜〜……」


 シャドウ何色かを上手い具合に目の周りに配色して。


「うう〜………」


 アイライナーをまつげの隙間を埋めるように描いて。


「ううう〜……………」


 睫をカールさせて、マスカラつけて。下睫にもつけて。ダマにならないようにちゃんと梳いて……。


「あううううっ………!!」


 販売員のおねーさんがしてた通りにしてみたつもりなんだけど……なんだけどぉ……やっぱり、違いすぎるっ。

 一体、秘訣は何!?
 やっぱり、根本的なものっ!?

 私が、自分のメイクの出来に落胆していると、背後からのくすくす笑い。

 だからさぁ、別に部屋にいてもかまわないから、せめて、人のする事にいちいち妙な反応しないっ!

 そのあからさまな嘲笑と、ついでに自分の不器用さにもイラッイラして、鬼の形相して(多分)振り返ると、尽はさも可笑しそうに、額を抱えてくすくす笑いを続けている。


 大笑いされるよりも、気分悪いってばっ。

 むっとして尽を睨みつけると、尽はくすくす笑いを少し収め、でも額を抱えたまま私を見上げてきた。

 少し俯き加減の顔に、さらさらした長い前髪がふりかかり、影を作る。それを、かき上げる手もまた、顔に……瞳に影を作って……。


 じっと見詰めてくる上目遣いのその瞳に……なんか、気圧された。


 青みがかった瞳が、ひたと私を見据え、私だけを捉えて、私の眼差しをそこに釘付けにする。

 私は……尽の眼差しに……射貫かれて、縫い止められて、動けなかった。

 少しだけ細くなった瞳に、何かが背筋を駆け抜けていくぞくりとした衝動を覚える。

 尽の瞳には、何か特別な力があるのかもしれないと思ってしまうくらい、その眼差しは鮮烈で、私は思考を巡らせる事さえままならなくて、ただ、私も尽を見詰めるしかできずに、いた。


 どれくらい、そうしてたんだろう。

 多分、ほんの十数秒だったろうと思う。

 くすっ、と、尽の唇からかすかに忍び笑いの声がもれて……そこで、私はやっと我を取り戻した。

 そして……カァッと赤くなってしまった。

 だって、だって……!

 たかが弟の眼差しに気圧されるなんて!
 なんか、すっごい屈辱っ!!

 私、顔を真っ赤にしたまま、ぷいと視線を逸らせてそっぽを向いた。

 途端に、尽の爆笑が……!

 ひっ、ひどいっ!!

 私が自分の視線に射竦められている事、気付いてたんだ。気付いてて、嘲笑ってたの!?
 つか、確信犯だったのね!?

「ねえちゃん、可笑し……っ!」


 笑いで震える声で言われる言葉に、私は更なる屈辱感を味わう。


「尽の、ばかっ!!」


 本気で怒鳴りつけてみたものの、尽には効いていない。


「メイクなんて、さ」


 完全に旋毛を曲げてしまった私に、不意に言い出す。


「本物には敵わないよ。メイクなんてなくても、ほら、ねえちゃん、俺の目に釘付けにされてたでしょ?」


「あ、あれは……っ!!」


「伊達にイイ男になるための努力はしてないよ。流し目も、イイ男の技のヒトツ」


 にひひ、と、笑う。


「メイクよりもまず、中身と技を鍛えた方がいいんじゃないかな、ねえちゃんの場合」


 くっ、悔しいぃぃ!

 なんか、とっても、悔しいっ!!
 弟のくせにぃぃ!!

 悔し涙を溜めながら、ギリッ、と、激しい眼差しで尽を睨みつけた……つもりだったけれど、てんで尽には効果なし。

 かえって、再び、私の方が尽の眼差しにやり返されそうになって、慌てて視線をそらせる始末。
 私、睨めっこ弱いかも!?

 怒りと恥辱に顔を真っ赤にして、唇を噛み締めてると、くすくす笑いの尽が立ち上がって私に近づいてきて……ぽん、と頭に手を置いた。


 むっ。


 顔を上げ、不機嫌な表情のまま尽を睨み上げると、瞳を細めて私を見詰めるなんとも言えない柔らかな表情の尽の顔が目に入って……ちょっとだけ、怒りを忘れて見惚れちゃった。


「ねえちゃんの目って、元々丸くてくりくりなんだから、無理に目元強く表現しないでいいじゃん。ほら……」


 って、私の顎をくいっと持ち上げる。

 うっ、なんか、随分慣れた手つき……?

「その潤んだ目、赤くなった顔のまま、上目遣いで男を見上げてみ? きっと、簡単にひっかかる男は多いだろうから」


 あのねっ、これはあんたがあんまりムカツクから、怒りに赤くなって、悔しくて泣いちゃっただけなのっ。


「ああ、そうだな……睨みつけられるのも、また、ぞくぞくしちゃうかも……」


 ……!!


 尽って……尽って…………変態さん!?


「ねえちゃんの目……すげぇ表情豊かだから……見てれば、大体何思ってるかわかるなぁ……」


 苦笑いを浮かべ、私の瞳を覗き込む。

 なんか……本当に、気持ちを読み取られてるみたいで……ちょっと、怖い。

「すっげぇ……カワイイ……」


 ……っ!!!


 なっ……なっ……!!!?


 すごく細めた瞳で私を見詰めて、持ち上げた顎を更に持ち上げて……っ!!

 尽の顔が近づいてきた……!?

 えっ!? ええっ!?


 何、これって………ちょ、ちょっと……!?


「ひゃあぁっ!?」


 悲鳴をあげて、はっとした次の瞬間、尽は床に転がっていた。


「っ! ねえちゃん、馬鹿力っ!!」


「あっ、あんた、あんた!? なっ、な、ななな、何を、何をしようと……!?」


「何って……いぃ〜事」


 にぃっと笑う。


「あっ……! あんた、だって……お、弟のくせに!!」


「う〜ん……そうなんだよね、残念な事に弟なんだ」


 冗談めかした口調。笑った口元。

 でも、目は……ちっとも、冗談めかしてない。真剣そのものだ。

 床の上にあぐらをかいて、私を見上げながら、冗談めかした口調で、けれど真剣すぎるほどの眼差しで、尽は言葉を繋いだ。


「でも……ねえちゃんを好きって気持ちは、多分、本物だから」


 …………………………………え?


 えーと……なんか、その……幻聴?


「好きなんだ、ねえちゃん」


 重ねられた強い言葉に……真摯な眼差しに……私、呆然とするしか、できない。

 なんか、ショックばかりが先に立って、思考能力がまったく皆無になってしまった。

「俺、ねえちゃんの見詰める先に、いつもいたい」


 呆然と固まってしまっているだけの私に、再び尽は近づいてきて……抵抗云々を考える事もできない私の唇に……。


「っ…………!!!」


 軽い感触だったけれど、それは確かに尽の唇の感触で……。


「っ、あ………きゃああああっ!? つく、尽ぃぃ!?」


 真っ赤になって、わたわた慌てふためきだした。

 いや、もう、今度はパニックで。
 なのに、尽はくすくす笑って、悪戯っ子の眼差しで私を見つめる。

「俺はいつもねえちゃんだけを見てる。俺な、絶対、俺の視界からねえちゃんを逃さないから、覚悟しといて!」


 っ!!


 わ、私、もしかして、悪い夢、見てる!?

 だって、だって、尽は弟で……弟っていたら、血の繋がった年下の男の子で……そんな弟と付き合うとかそーいう事あり得ないわけで……!?

 尽は、私にウィンクを残してうきうきした足取りで部屋を出て行った。


 私、なんか、それを夢だと無理矢理思い込もうとして、何事もなかったかのように、再び鏡に向かってメイクを始めて……結局、般若のようになってしまったメイクに癇癪を起こしてひとり、怒鳴り散らした。


「あ〜もぉ! お化粧なんて、大嫌い〜〜!! 尽のばかあああっ!!!」


 うん、脈略ないんだけどね。


 ……これから先、あの尽の鮮烈な眼差しに耐えられるかどうか……考えると自信がなくなってきそうで、私……頭を抱えちゃったのでした。

 わっ、私だってねぇ、頑張って、尽を押さえ込めるくらいの眼差し、練習してやるんだからねっ!
 ……って、限りなく無理そうだけどねぇ……とほほほ……。


 ――私が、尽の眼差しにがんじがらめにされちゃう日は近い……かも……どーしよぉ!?









END





--BACK--



<言い訳とか>

尽誕生日に、誕生日と関係ないお話UP……。
短編の誕生日ネタかお花見ネタでも書こうかと思ったんですが、
ベタになりすぎそうだったし、
時間もなくて……挫折。

以前(今年初め)書き上げて公開していないかったお話。
本当は差し上げ物にしようかと思っていたものの、
なかなか差し上げる機会がなかったので、
そのままに放置してあったもの(汗)。

いざという時の手持ちのお話、これが最後(笑)。
あははは……。

で、普通の姉弟な尽とねえちゃんでした。
メイクのお話…ではなく、「眼差し」のお話。
当初の題名はまんま「目力」でした。

尽とねえちゃんの年齢設定はご想像に……
つか、尽の身長がねえちゃんより高いから、
恐らく中学生以上であるのは確かかと。

ちなみに、メイクの方法は人それぞれ、テクそれぞれなんで、
おかしな点はお気になさらずに(笑)。
メイク好きだけど、下手なんですよねー(^^;)。