| 《Cigarette》 リビングに入って、まず、もわっと立ち込める煙とその匂いに尽は顔をしかめる。 いや、その煙と匂いを発している元にこそ、顔をしかめて……溜息をついた。 ソファーにもたれかかって、足を組んで、イライラしているのか、組んだ足を小刻みに動かして、紅い唇から紫煙を吐きだす。 姉が煙草を吸うようになったのは、大学生の頃。 きっかけは友人に勧められたとか格好つけとかがせいぜいだろうが、そのうちに自身も本気で手放せなくなってしまったようだ。 大学を卒業し、社会人になってからも一種の精神安定剤として、愛用しつづけている。 尽だって、高校生男子。煙草を吸わない、なんて、言い切れない。 けれど、姉が煙草をぷかぷか吹かし、目の前の灰皿を山にしている光景は……どうにも歓迎できない。 イイ男は男尊女卑はせず、あくまで騎士道精神を貫くもの。女性は女神で、敬い愛すべきもの。 ………が、女性が煙草を吹かす姿は、やはり好ましくない、と、尽は思う。 というか、自分の姉が……あの姉が、こんな風に煙草を吹かしている姿を見ると、時々、胸がもやもやした気持ちになってしまう。 どうしてもやもやするか、自覚済みだけれど。 自覚しているから……。 「ねえちゃん……そんくらいにしとけば? リビングヤニで真っ黒にする気?」 「あー尽、おかり」 まだ半分も吸っていない煙草を灰皿に押し付けて、姉は尽に手を振る。 「なにイライラしてんの。もしかして、彼氏と別れた?」 尽の言葉に、姉はぐっと息を飲み込む。 図星らしい。 ――ヤレヤレ、どうして、こう、長続きしないかね。 心の中で呟きながらも、尽は笑う。 ――長続き、しないほうが嬉しいんだけどね……。 再び、新しい煙草に手を伸ばす姉の傍まで歩み寄り、火のついたそれが姉の唇に触れる前にすいと取り上げる。 「尽ぃ?」 抗議する姉に、尽は微笑みかけ……唇を寄せた。 不意打ちは、あっさり決まり……ヤニ臭いキスを奪う。 「……………………っ!!!?」 目を丸くして、真ん丸くして、自分を見上げる姉に、尽は微笑む。 「煙草、それくらいにしとけば?」 「あっ……あ、あんた………っ!!」 何をどう言っていいか口をあくあく開いたり閉じたり、顔を赤くしたり青くしたりする姉に、尽は意地悪く笑う。 姉には分からないだろう、本気をからかいでコーティングした言葉。 「ねえちゃんは、大事な体なんだから、煙草なんてやめやめ。だってさ、ねえちゃんには、近い将来、俺の子を産んでもらう予定なんだから、さ」 尽の言葉に、姉は、絶句した。当然だろう。 それから、一瞬の後に、顔を真っ赤にした姉が大絶叫したのは言うまでもない……かもしれない。 「っ、つ、尽の……尽のばかああっ! 何考えてんのよぉぉ!!」 姉の怒声を避けてリビングを飛び出した尽は、姉から取り上げた煙草を吹かしながら、にんまり笑った。 「ま、先は長いけど、ね」 ほぅ、と吐き出した煙が、ゆるゆると立ちのぼっていった。 「まずは、ねえちゃん禁煙計画、かな? やーっぱり、健康な子供生んで欲しいもんなぁ」 どこまでが本気か分からない言葉だけれど……尽が、姉に対する己の想いが尋常なものでないと自覚している限り、限りなく本気に近い……かもしれなかった。 ※※おわり※※
|