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《はじまりのキス》


 少しばかり3時を過ぎたティータイム。
 ぽかぽかの陽射しと、心地よい風が入り込むリビングでたわいない会話に興じるのは、尽とその友人達。
 学校帰り、尽の家に集まったらしい。
 こんな時間に両親がいない事の多い尽の家は、仲間が集まりやすい。集まるメンバーは毎回同じではないが、こうして時々尽の家に集まってくるのだ。
 スナック菓子とジュースを広げ、尽の自室から持ってきたゲームをつけて。
 男の子もいる。女の子もいる。総勢8人ほどのメンバー。
 いや、よく見れば……なぜか、そこに尽の姉の渚も混ざって、女子達と談笑している。よく遊びに来るメンバーとはすっかり馴染みきっているようだ。
 最初こそ顔をしかめていた尽だけれど、今はもう何も言わなくなった。諦めたのかもしれない。
 さて、女の子メンバーの中に、渚とは初対面の女の子がいて、渚は、その子と話を弾ませた結果。
「いいもの見せてあげる!」
 と、リビングを出て行った。
 恐らく持ってくるものは……馴染みの女の子達は気付いていて、お互いに顔を見合わせてくすくすっと笑った。
「うわ、かわいいっ!」
 渚が持ってきたのは、一冊のアルバム。
 子供の頃の、尽と渚。
「私のお気に入りの傑作選アルバムなんだよ」
「渚さん、例のあの写真、ある?」
「勿論!」
 ぱらぱらと捲って取り出したのは……渚6歳・尽1歳と書かれた写真。
 幼いふたりが……。
「かっ、かわいい!!」
 キスしている、写真。渚が、尽のベビーベットに顔を近づけて、尽はにっこり笑いながら、唇と唇を合わせてちゅっ、としている愛らしいもの。
「でしょでしょ! 尽のファーストキスは私だったのよねー。あははは」
 渚の言葉に、尽他男子は女子達を振り返るものの、いつもの事らしく、すぐに自分達の世界にもどった。尽はいつもの事といえ、深い溜息をついている。
「でね、でね……」
 更にぱらぱら捲って。
「じゃん!」
 今度は渚9歳・尽4歳。
 またまたふたりがキスしている写真だった。
 今度は、どこかの公園だろうか、春のいでたちをした二人が、じゃれあうようにキスしている。
「セカンドキスも私だったんだよね。つか、子供の頃はね、尽が物心付くくらいまで、よくふたりでちゅっちゅしてたみたいなんだけどさ!」
 あはは、と笑う渚に、女子達も笑い出す。
 子供の頃にした姉弟のキスなんて、キスのうちに入らない。
「私もファーストキスはパパだったな、それじゃ」
「私はママかな?」
「でも、それじゃ、キスにもなってないって!」
 あははは、と、笑い出す。
 子供同士の愛らしいキス。親と子のスキンシップのキス。
 けれど、そんなの、数のうちじゃない。
 年頃になって、恋を知って……そうしてするキスこそが、きっと、本当のファーストキス。
「ね、ね、でもさ、皆もそろそろいい年頃だし、キス、した?」
 今度はこそっと小声で渚が問い掛けると、女子達は、互いに顔を見合わせた。
 ここに来るのは、大体が、尽にそれとない好意を寄せる尽のガールフレンド達。
 皆、ちらちらっと尽を見て、それから、また顔を見合わせて、苦笑い。
 どうやら、本物のファーストキスはまだのようだ。
「で、渚さんは? もう大人だし、勿論……?」
 その突っ込みに、渚は、うっ、と息を詰まらせて……吐き出した。
「そりゃ、まぁ……」
 目が泳いでいる。
 本当かどうか判別つきにくい。
「私だって、彼氏のひとりふたりいたし、勿論、ね! うふふ……」
 冗談じみた誤魔化し笑いが怪しい。
 女子達は、じーっと渚を見て、本当の答えを追求しようとするけれど、渚はにっこりにっこりの作り笑いで、答える気はさらさらないらしい。
「や、まぁ、私の事よりさー」
 仕舞には、渚は話を逸らしにかかる。
 今度は、ゲームに夢中の男の子達に声をかけた。
「ねぇ、ねぇ、男子達。あんたたちは、もう、キスくらいしたの?」
 途端、男子達の動きが見事に止まる。
 格闘ゲームをしていたらしい男子ふたりは、コントローラーを握る手を止めたらしく、テレビ画面の中のキャラクタの動きもぴたりと止まった。
 尽がしかめ面をして振り返り、渚を睨みつけるが、渚には効き目ナシ。
「尽ってさ、もてるって言うし、彼女のひとりやふたりいるんでしょう? で、で、勿論、キスとかも!?」
 渚の質問に、女の子達は、小さく黄色い声を上げた後、じーっと押し黙った。恐らく、耳がダンボになっている事だろう。
「ね、白状しちゃいなさい」
 渚の追求に尽は眉を寄せて押し黙っている。
「さすがにねえちゃん相手のキスなんて、ファーストキスにも数えられないだろうしぃ、ちゃんと好きな女の子とさ……ど?」
 渚の言葉に、尽の眉は更に寄り、しかめ面になる。
 興味深々にきらきら目を輝かせる渚から、尽はふいと顔を背ける。
「ちぇ……なぁんだ、尽……つまんない子だなぁ……ふぅ……。弟の恋愛事情、知っておきたかったのになぁ」
 わざとらしく肩をすくめて頭を振る渚と、ちょっとがっかりした様子の女の子達。
 尽以外の男子は、とりあえず、自分の方に話がふられなかったようで、ほっとしている。画面のキャラが動き出した。――というか、尽はともかく、他の男子には、その質問だけでも相当に酷な事だったろう。どんよりした空気が男子達の間に漂っている。画面のキャラの動きも、妙に覇気がない。
「ね、ね、実際どぉ? うちの弟、彼女いるの?」
 今度は、女の子達に聞き込みを始めたが、どの子も首を振るばかり。
「特定の彼女の話、噂でも聞いた事ない、ね?」
「告白を断った話なら、よく聞くけど……」
「ふむふむ。すると、もしかして、尽は……男の子の方が好き?」
 渚の言葉に、女子達がきゃーと、笑いを含んだ黄色い声を上げた。
 と、そこで。
「ねえちゃん、いい加減にしてくれよ、頼む……」
 尽がむっつりした顔で渚に静止をかける。
「俺のプライバシーの問題だろ、それ。大概にしないと、マジで怒るぞ?」
「えー。だって、気になるもん。私の弟が、どんな子選ぶのか。そりゃ、もう、かわいい子よね、きっと。うんうん。ねえちゃんに良く似てたりしてね!」
 渚の言葉に、女子達はくすくす笑うのだけれど、尽は……。
 むっつり黙り込んでいるかと思えば、立ち上がり……。
「いい加減にしろって言ってるだろ!?」
 激しく怒鳴りつけた。
 その場は、シンと静まり返る。
「え? ……え? 尽……」
 そうして、戸惑う渚を激しく睨みつけた後、足音激しく部屋を出て行ってしまった。
 後手でリビングのドアを激しく閉めて。
「何? 何? もしかして、マジで怒っちゃった??」
 さすがに渚もおろおろし、他のメンバー達も顔を見合わせる。
「尽くんが本気で怒ったの、初めてみちゃった……」
「尽も、思春期だもんなぁ」
「つか、俺たちもだろ?」
「大丈夫かなぁ?」
 口々に囁き交わす中、さすがに渚も罪悪感を覚える。
 渚だって、尽がこんなに怒ったのを見るのは、久しぶりだ。
「私、見てくる! ごめんね、みんな。適当に遊んでて」
 多分……いや、絶対に尽は自分の部屋だろうと見当をつけてみれば、やはりそうで。自室のドアも開けたまま、むっつりした表情でベットに腰掛けていた。
「尽……?」
 恐る恐る声をかければ、顔を上げるけれど、ひどくお怒り気味だ。
 じろり、と、渚を睨みつける。
「あのぉ、私、なんか、悪い事言っちゃった……かな? よね?」
 もじもじしながら渚が言うと、尽は、相変わらず不機嫌な顔のまま、指を指して渚に指示をする。
「え? ドア、閉めるの? 私が入って? うん、分かった……」
 下の友達に聞かれたくない話でもあるのかと考えた渚ははっとする。
「もっ、もしかして、今日来ている女の子達の中に本命がいたの!? だから、あんな話題振られて怒ったとか! そうか! そうだったんだ! ごめんね! で、相手は誰? 誰!? やっぱり、今日初対面のさらさらロングの子? それとも、頻繁にくるショートヘアの子? 時々見かける目のくりっとした色の白い子?」
 渚が勝手に捲くし立てるのに、尽はまた溜息をついた。
「ねえちゃん……頼む……」
「何?」
「黙って!」
 びしっ、と、尽に言われて、渚は、うっ、と、呼吸まで飲み込んでしまった。
 けれど、渚の中で、さっきの自分の考えは、絶対に当たっている、と、思っていた。そう確信した。
 しかも。
「……ああ、本命、いたよ」
 尽も認めた。
「やっぱり!? で、誰!?」
 途端、渚の瞳はきらきら輝くのだが。
「だから、黙って。それとも、何、無理矢理黙らされたい?」
 じろっ、と、またまた睨みつけられて、渚は再び息を飲む。
「ねえちゃん……」
 呟いて、尽は、睨みつけた厳しい眼差しの力を緩めて、じっと渚を見つめつづけた。
 真剣に、ずっと。
「っ? ……??」
 渚が、冷や汗をかいて戸惑い出すまで。
 それから、ゆっくり、ゆっくりと唇を動かした。
「本当に悪かったと思ってるなら……」
 じっと見詰めてくる尽の眼差しに、渚は動けない。囚われてしまった。
「俺に、キス、して」
「………!!!?」
 真剣だ。
 眼差しも、口調も。
「……な、なっ、なっ、何言ってるの! ばっ、ばかな冗談は……」
「構わない、だろ? だって、ファーストキスもセカンドキスも俺相手だったんだろ、ねえちゃん? それに……弟相手のキスじゃ、数に入らないんじゃなかったっけ?」
 少し、意地の悪い口調だが、至って真剣だ。
「で、でも、だって……ふたりとも、もう、いい年の大人なんだし……その……」
 尽の真剣さに、渚もからかわれているとは思えなくて、真剣に慌ててしまうのだが。
 しばらくして、じっと見詰めていた尽が、低く笑い出した。
 くくくく、と。
「ねえちゃん……やっぱ、面白すぎ」
 それから、爆笑した。
「っ!! も……ばかっ! 尽の、大馬鹿っ!!」
 今度は渚が怒って、尽の部屋を出て行こうとした……けれど。
 ドアを開けたところで、背後から尽に肩を捕まれて、無理矢理前を向かされて。
「…………!!!?」
 渚があっと思った次の瞬間。
 口付けされていた。
 後ろで、ゆっくりとドアの閉まる音がした。
 けれど、その音は、ひどく遠くに聞こえる。
 今、渚が感じるのは、ただ……尽の、唇の熱。抱きしめてくる、その腕の力。
 唇から伝わる熱が、体中に広がる。
 弟の尽を、初めて、男だと認識した瞬間だった。
 驚いて、ただ、体を硬直させていた渚から尽は唇を離し、ふふ、と、小さく笑った。
「これも、キスのうちじゃないなら……」
 呟いて再び渚の体を引き寄せて、今度は、自分の頭を傾げて、斜めに唇を覆い被せて来た。
 渚は、わけがわからなかった。
 最初の頃は、ただ、尽のなすがままだった。
 けれど、唇を、そうして歯列を割って入っていた尽の舌の感触に……はっきりと意識を取り戻した。
 感じた事のない感触。
 自分の口の中に何か変な生き物が入り込んで、動き回っているような、生々しいそれに、渚はぞくっと体を震わせた。
「んっ、ん〜〜〜〜……!」
 頭を振ろうとして、尽に頭を強く固定され。逃れようと体を動かせば、さらに体を抱き込まれ。
 けれど、渚は、抵抗を続け。
「痛ッ!!」
 慌てて尽が唇を離した。
 ひどく痛そうに舌を指先でいじっている。
 そう、渚が、噛んだのだ。
「……っ! ばかっ!」
 涙目になりながら、ぐしっ、と、手の甲で唇を拭うと、渚は尽の部屋を飛び出した。
「……これでも、数のうちに入らない、なんて言わないよ、な? 例え、ガキの頃のキスが数のうちじゃなくても……これが、俺のファーストキス」
 尽は呟いて、自分の唇を指先でなぞると……低く笑った。
「俺の本命は、とんでもなく鈍いんだから」
 尽は、呆れたように言いながらも、ひどく満足そうだった。
 子供の頃以来、久しぶりに触れた姉の唇の感触は、記憶にあるよりもずっと、甘くて柔らかかった。
 ちなみに、対する渚は、自分の部屋へと駆け込み、ドアを激しく閉めるとそのままそこに崩れるように座り込んで、大絶叫した。
「尽のばか、大馬鹿っ! でもって、ど助平野郎〜〜!!!」
 その絶叫は階下にも聞こえていて、後に、尽の友人達のよいからかいネタになったようだが、渚が関知するところではない。



 そうして、友人達が帰っていった後、その後片付けをしながら、尽と絶対に視線を合わさないという無駄な努力を続けている渚に、尽はニヤニヤ笑って詰め寄った。
「なに? 俺の事意識してるの?」
「………ばかっ。だっ、誰がっ!」
 それでも、必死で視線を合わせない渚が可笑しくて、尽はくすくす笑いを続ける。
 見れば、渚は耳まで真っ赤だ。
「確か、弟相手のキスは、数のうちじゃないはずだったよなぁ〜?」
「そっ、そうよ! だから、あんなの、犬に噛まれたようなものだと思って……」
「あ、そぉ。それじゃ、もう一回、犬に噛まれてみる?」
「ばかっ! あっ、あんた本命いるって言ってたでしょ!? なのに、ねえちゃん相手に何してるわけ!?」
「本命? 俺の本命は……目の前にいるよ?」
「は……?」
 そこで、やっと尽のほうを向いた渚に、尽はまた笑う。今度は嬉しそうに。
「昔からの本命。だから……俺のキスは、ファーストだろうがセカンドだろうが……全部、ねえちゃんのもの」
 唇に指を押し当てながら言う尽に、渚は真っ赤な顔のまま、どう反応を返していいか戸惑って、口をはくはくと動かすばかり。
 尽は、そんな渚を愛しそうに見て、今度は冗談と本気半々の事を口にする。それを口にしたときの姉の態度を十分に予測した上で。
「……なんなら、初体験もねえちゃん相手がいいなぁ、とか思っているんだけど?」
 渚の何もかもが一瞬止まる。まるで石化しているように。
 そうして、10数秒経過。
 尽は、くすくす笑いながら、渚の石化が解けて返ってくるだろう反応に身構えた。
「つ、つ……尽の、大馬鹿ぁぁぁぁ〜〜〜!!!」
 言葉とともに飛び出す平手をがっちり捕らえて、その勢いのまま、渚の体を胸の中に捕らえた。
 そして、耳元で囁く。
「ねえちゃん、大好きだよ。だから……俺の2度目のキスも、ねえちゃんからもらうから、な?」
 真剣な言葉に、渚は、ただ、眩暈を覚えるばかりだった。
 抵抗も出来ずに、堅く堅く目を閉ざして、渚は息を吸い込み、吐き出した。
「っ!! 誰が、誰がっ! 大事なセカンドキスまで、あんたにあげなきゃなんないのよっ!!!」
 と、怒鳴ってしまってから、はっと口を押さえ、渚はそろそろっと、自分を抱きしめている背後の尽を振り仰げば。
 目を丸くしつつも、嬉しそうに口許を綻ばせている表情が目に入り。
 自分の迂闊さ加減を、大概後悔した。



 どうやら、自分の迷いを吹っ切ったらしい尽は、その後、あの手この手で容赦なく渚に迫ってくるようになってしまい……この分だと、渚のセカンドキスどころか……。
「てっ、貞操の危機!? なんで、弟相手にぃ!?」
 青くなりつつも、赤くなる渚は、唇や操どころか、心まで尽に奪われかねない事態に陥っていくのだけれど……本人がそれに気付くのはいつになることやら。



※※おわり※※




ウェブ拍手用新作。
少し長めです。
ベタネタ……かも。
このお話は、〆るのに苦労しました。
親戚のチビ姉弟がちゅーしている写真より、
構想をもらいました。
 どこの姉弟でもちっちゃいころは、
ちゅっちゅしてるでしょー
ってな感じにて。
ここの姉弟は、ただの姉弟のちゅちゅじゃなくなっとりますが(笑)。