★骸骨騎士様SS

骸骨騎士様、異世界のそれから
【5】

<責任の取り方>

「もうっ、アーク、目を覚ましなさいよ」

 目を閉ざしたままの彼の顔を見ながら小さな声で呟く。
 褐色の肌に黒い髪、長く尖った耳。瞼の奥には紅い瞳。
 異端の容姿をしたエルフ男性。もうすっかり見慣れてしまった、肉のついたアークの姿。
 線の細いエルフ族より、筋肉質でがっしりしたダークエルフ寄りの容姿と体つきだ。
 息をしているのは、厚い胸板が上下している様子から分かる。
 けれど、少し不安に駆られ、頬に触れ・・・唇に触れる。
 大丈夫、暖かい。

 少し前、自分の感情に流されるままに、彼に想いを打ち明けて口づけてしまった。
 ・・・だって、怖かったのだ。
 アークが他の女性と結ばれてしまう事が。

 彼と出会い、彼と旅をし・・・いつの間にか彼の事が気になって仕方なくなった。お人よしで少し危なっかしくて、放っておけない所も、頼もしくて頼りになる所も、たまに可笑しな事にこだわる所も・・・彼といると楽しい。彼といると安心する。
 彼といると・・・胸がどきどきしたり、苦しくなったりする。
 割と早い段階で、それが恋なのだと、自覚はしていた。
 けれど、呪いを受けているという彼自身の問題や、色々と巻き込まれた事件の数々・・・それらを必死に乗り越えている間に、その想いをどうにかしようとは思えなかった。
 彼とはこのままの状態で、もっとずっと傍にいてもいいと思っていた。
 第一、彼が自分の事を大切にしてくれているのは分かるけれど、それがどういう方向の感情なのか、さっぱりわからなかった事もあって。
 そもそも、長命のエルフ族である彼女は人族のように恋愛に拘る、婚姻を急ぐ・・・そんな必要は感じなかったのだ。
 彼が自分と時を同じくするエルフ族であるという事も判明したのだし。

 なのに、今回、人族との婚姻の話が出て・・・慌てずにはいられなかった。
 アークは、自身の体の事情もあって、きっぱり断るものだと思ったのに、人族の女の子に迫られて、何も言えずにいて・・・下手をすれば、そのまま押し切られそうな雰囲気に思えたのだ。

「アークの、ばかっ」

 眠るアークの鼻先をきゅっと抓むと、苦しそうに口を開ける・・・そういう生理的な反応は普通に返してくる。

「もう・・・」

 開いた唇の奥に覗く赤い舌を見て、少しだけどきどきして・・・誘惑されるように、眠る彼に口づける。

 アークは知らない事だが、大分以前に彼と口づけをした事があった。
 正確には、救命行動であったのだが。
 つまり、かつてこの地で彼が初めてこの解呪の泉に入り、1週間意識を失っていた間の事。
 チヨメが提案した口移しで水分を摂らせる事を最初は拒否したものの・・・やはり、それが最善だと思って、日に数度、彼の頭部だけを解呪して、口移しで水分を与えていた。
 口づけではなく人命救助なのだ、と必死で自分に言い訳しながら。
 今行っている行為自体はあの時と同じだが、でも、違う。

 甘い衝動に促されるように、彼の唇を吸い、重ねた唇から彼の歯列を割いて舌を差し入れると、眠る彼も無意識に少しだけ反応を返して来た。
 舌先が少しだけ絡まり、直ぐに離れた。たったそれだけでも、直に感じた彼の内側の熱に、体が熱くなる気がした。

 恥ずかしくて、嬉しくて・・・唇を離した後、顔を赤くして彼の顔を見つめてしまう。
 浅黒い肌をした、精悍な顔立ちの男性。見た目なら自分の父と同年代か少し年上にも見えるけれど・・・彼の中身は、多分、もっと若い。この世界のエルフ族からすれば異端な存在の彼の実年齢は計れない。

 彼の顔をじっと見て、胸に湧き上がってくる彼への想いを実感し、脳裏に浮かぶのは、先ほどウィリアースフィムと交わした会話の数々。
 中でも『責任を取ってやるといい』の言葉。
 彼が自分の事をどう思っているかは分からないままだ。
 だが、龍王ウィリアースフィムの慧眼で判断された彼の想いが事実なのだとしたら・・・彼も自分に好意は持ってくれているはずで。

 さっきから、少しだけ意識的に見ないようにしていた部分を、意を決して目視する。
 今はタオルがかかっていて、なおの事強調された彼の部分。
 彼が性欲に絡む感情でこういう状況になっているのだとしたら・・・それを、何とかすれば目を覚ますのではないか、と、思い至る。ウィリアースフィムはそれを暗に言っていたのではないか、と。

「アーク・・・その、ごめんね」

 タオルをそっとどかすと、女性にはない体の部位が目に入って来て、アリアンは息を飲んだ。
 一応エルフ族でもある程度の年齢になると性教育は受ける。そのため、男性がそういう状態になる生理現象は知っている、が・・・見るのは初めてだ。
 以前に見た・・・見てしまった時とは、色々違う。
 現状のそれは、天に向かって伸びる樹木のように起立していて、アリアンの腕くらいの太さがあり、褐色の彼の肌以上に色が濃くて、形も何か・・・。
 そこまで考えて、頭を振って目を閉じる。

 性教育では行為の詳細までは教えられないながらも、年上の女性たちからは経験談としてそういう話を聞いてはいた。実体験に基づいたものを。
 人生の先達から受けるそれらは、暗黙の了解としての生の性教育だった。
 だから、彼女にもある程度の知識はある。

「・・・したら、目を覚ます、かな」

 眠る彼の顔を見ながら、そろそろと体の位置をずらして、恐る恐る彼のそれに触れる。
 体温より熱い。それに、思ったより堅い。初めての感触に、胸の動悸が止まらない。
 両手で包み込むように挟んで、指先で少しだけ擦ってみる。

「・・・っ、う・・・」

 アークが小さく呻いた・・・でも、目は覚まさない。
 今度はもう少し大胆に掌で擦ってみる。
 アークの反応が顕著になる。

「どうしたらいいか、よく分からない。でも・・・」

 眠る彼の反応を見ながら、行為を続けていく。

 アリアンの生の性知識の情報源は、大体がカナダの先輩女戦士たちだった。
 彼女たちは、数日に渡る森の哨戒業務の合間に、年若く実体験は勿論、知識もない彼女に様々な性知識を雑談として話して聞かせた。

 あの頃はただただ恥ずかしくて、まともに耳に入れられなかった為、記憶に残っている情報が少なく・・・もっとしっかり聞いておくべきだった、とアリアンは後悔する気持ちになった。
 ただ、ダークエルフ族の女戦士の言葉は覚えていた。
『これは、エルフには難しい、ダークエルフの女だけの方法ね』
 と、同行していたエルフ族の女戦士の呆れた視線を受けて、笑いながら耳打ちしてきたその内容。
 つまり、だ。

「は、恥ずかしい・・・けど・・・でも」

 温泉に落ちたために濡れていた髪も服も、少しだけ乾いてきていた。
 濡れて肌に貼りついたアームカバーを外し、皮鎧を外して、首や胴回りの留め具を外して上衣を外し・・・法衣の上着を脱ぐ。
 凹凸のくっきりした肉感的な肢体。薄紫色の滑らかな素肌が顕わになる。

「せ、責任、取らないとね・・・」

 呟くのは自分への言い訳だ。
 本当は、自分でも理解している。
 彼と・・・抱き合いたい、と。
 ・・・エルフの女は、愛している男に愛されていると感じると、情欲を感じるのだから。

 少しだけ躊躇いながら、胸を覆っていた下着を外すと、彼女の豊かな胸部が顕わになる。薄紫の肌の張りのある大きなそれは、ダークエルフ族の女性の特徴。

 時々、アークが自分の胸に視線を向けている事は知っていた。
 そのたび、彼を睨め付けた。それは・・・恥ずかしかったからだ。
 他の男に見られても、不快感しかない。でも、彼が自分の胸に興味を示すことは、恥ずかしくて・・・実は少しだけ嬉しかった。

「こう、するのかな・・・」

 彼のその部分に覆いかぶさり、豊かな双丘にそれを挟み込む。
 自分の体温より熱いその塊の熱で、自分の体温も上がってくる気がする。
 自分の胸の両側に手をやって、彼のその部分をしっかり挟み込んで、擦るように少しだけ上下に動かした。

「んっ・・・」

 自分自身にも、何か得体のしれない痺れる感覚が腹の奥から湧き上がってくる。
 同時に、意識を失ったままのアークにも反応がある。
 体が反応している。

「うっ・・・」

 少しだけ腰が揺れるように動いて、喉の奥からうめき声が漏れた。
 このまま続ければ目を覚ますかもしれない、と、アリアンはもう少しだけ大胆に胸で彼のそれを擦りあげる。
 アークが目覚めていたら、恥ずかしすぎてとてもこんな事はできないだろう。

「アーク・・・」

 自分の胸に彼を抱いて、彼の脈動を感じる事がこんなにも心を体を熱くする事だったなんて。
 アリアンは、知らず漏れる熱く湿った自分の吐息を、どこか遠い事のように感じていた。
 初めての行為であるのに、まるで最初からその方法を知っていたように、胸の谷間に抱えたそれの先端に口づけた。

「・・・っ!」

 アークの腰がピクリと跳ねる。彼の口からも、熱い吐息が漏れ始める。
 嬉しい、と思ってしまう。
 彼を愛しく思う気持ちが、膨れ上がる。

「・・・好き、アーク・・・」

 はぁ、と息を吐いて、彼のそれを唇で食み、唇と舌で愛撫していく。
 アークの体が顕著な反応を返してくる。けれど、まだ目覚めない。
 彼の熱いそれを胸にしっかり挟み込んで、その上部を唇と舌を這わせて繰り返し愛撫する。
 そのたびに、自分の体の熱も上がっていくのを感じていた。その熱は、体の芯から湧き上がってくる。

「アークぅ・・・」

 彼に抱かれたい、とはっきりと思う。
 経験もないのに腹の奥が疼いて、太腿を擦り合わせてしまう。

「んっ・・・っ、ちゅ・・・は、むっ」

「うっ・・・あっ、あぁ・・・っ」

 アリアンの愛撫にアークの低い呻きが漏れ、彼の腰が小刻みに蠢く。
 目覚めないままに、肉体の生理的反応なのか腰の動きは大きくなり、アリアンは彼の動きに合わせて挟み込んだ双丘を動かして、そして。

「っ、くぅうっ、あぁっ!」

「っ、ひゃっ・・・!」

 初めてのその現象に、呆然としてしまう。
 顔に、髪に、胸に・・・彼から放出された大量のそれが掛かる。 

「あ、んっ・・・」

 胸の間でびくびく震える彼のそれがとても愛しくて、ちゅっと口づけると、ひときわ大きな呻きがアークの口から洩れた。

「うっあぁっ!」

「アーク?」

 はぁはぁと粗い息をつく彼の瞼が薄く開いている。

「目、覚めたの!?」

 慌ててその顔を覗き込むと、虚ろな紅い瞳がぼんやりと彼女を見て、何度か瞬きを繰り返した。

「ね、ここがどこか分かる? あなた、自分が意識失った事覚えてる?」

 彼が目覚めたのが嬉しくて捲し立てるように問いかけると、その問いに応える事なく、アークは無表情のまま手を伸ばしてアリアンの頬に触れて来た。

「・・・あ、ちょ、ちょっと待って!」

 顔やその周囲は、アークの放ったそれで濡れている。
 今更それを気恥ずかしく感じて、傍にあったタオルでそれらを拭って、顕わになっている胸元をタオルで覆い隠した。

「アーク、あの、あのね、そのっ・・・」

 少しだけ冷静になった頭と気持ちが、自分が今まで行っていた行為を恥ずかしく感じている。

「あなたが、目覚めないからっ。ウィリアースフィム様も責任取れって言ってたしっ、だから・・・!」

 言い訳のように、乱雑な言葉を紡いでしまう。
 そんなアリアンの慌てた様子と言葉を、アークは表情の現れない顔で見ていた。
 意識が朦朧としているのだろうか。
 初めてここで意識を失った際、目覚めた時はもっと意識はしっかりしていたように思う。
 何か、変だ。

「アーク・・・?」

 まるで知らない人を見るように自分を見つめてくるその瞳が、不安になって呼びかける。

「・・・、・・・・君は、」

 今まで彼から『君』なんて呼びかけられた事はない。
 様子がおかしい。不安が胸に差し込んで、アリアンは表情を固まらせた。

「っ! ・・・あ、アーク・・・アーク、よね?」

 不安になって、泣きそうに呼びかけてしまう。
 すると、今度は彼が顔をゆがめて、喉の奥から低い呻きを漏らした。

「・・・、うっ、あぁ! じ、自分は・・・いや、我は・・・」

 両手で顔を覆い、しばらく何度か深い呼吸を繰り返した後、ゆっくりと顔を覆う手を退けてアリアンを見上げて来た。

「・・・アリアン、殿?」

 眉根を寄せた苦し気な表情で、けれどいつも通りの口調で名を呼ばれ、不安を残しながらもアリアンはほっとした。

「良かった・・・アーク・・・」

 不安のために瞳にとどまっていた涙が、目尻からこぼれた。

「・・・我は、どうして・・・っ、あぁ、そうか・・・そう、か」

 アークは何かに納得したように呟くと、アリアンをじっと見つめてくる。
 それから手を伸ばして、アリアンの濡れた頬に指を這わせ・・・涙の跡を辿るように撫ぜた。

「・・・夢は、どちらなのか・・・」

 小さく呟いた言葉の意味を、アリアンは計りかねる。

「あぁ、しかし・・・そう、か。いつの間にか、こんなにも・・・」

「・・・っ、え?」

 瞳を細めて微笑んで呟かれたその言葉の意味を考えている間に・・・頭を引き寄せられた。
 温泉場の石床に座り込んで、横たわるアークをのぞき込んでいる状態だったアリアンは、勢いのままに彼の胸に抱き寄せられていた。

「アリアン殿・・・愛している」

「っ!」

 低い声が、彼の素肌を伝わって直に耳に届く。
 ずっと知りたかった彼の気持ち。
 今まで、そんな態度も言葉もおくびにも出さなかったのに・・・嬉しい、というより、何故、と思ってしまう。

「あっ、アーク! それって、ほっ、本気で言ってるの!?」

 上ずった声で問いかけてしまう。

「・・・本気だ。やっと、自覚できたようだ」

 言い方が、少しだけ他人事のようにも聞こえる。

「なっ、なんで!? なんで、自覚って・・・」

「・・・アリアン殿に想いを告げられた事がきっかけになって、箍が外れたようだ。閉じ込めていた感情が流れ込んできた・・・思い出す事を避けていた記憶と伴に」

 ウィリアースフィムの言葉通りの状況だったようだ。

「・・・其方に好意を持っていたのに、深く考える事を避けた。其方から向けられる気持ちにも気づいてはいたのに、気づかないようにしていた。・・・苦い過去の記憶が、感情を自覚させる事を避けさせた」

 彼の言葉の意味はまだ、分からない。
 けれど、彼の落ち着いた穏やかな声音に安心感を覚える。

「・・・其方を不安にさせて泣かせるくらいなら、己の想いに向き合おう」

 抱き寄せられていたアークの胸元から見あげると、苦笑した彼の表情があった。

「愛している・・・多分、もうずっと前から」

 嬉しくて、涙が溢れた。

 両手で顔を引き寄せられ・・・口づけされた。
 唇に吸い付くようなそれは、徐々に深く重なって来て、口腔に彼の熱が入り込んで来る。
 恋人とするキスなんて初めてで、アリアンは応え方が分からず、なすが儘に委ねるしかなかったのだが、彼から求められるのは、嬉しかった。
 口づけを受けながら、アークの手が自分の胸に伸びて来て、さすがにびくりとしてしまったが・・・それだって、嬉しいのだ。
 彼と想いが通じ合った事に、心から歓喜の感情が湧き上がってくる。

「んっ、ふっ・・・」

「っ、はっ・・・其方に、もっと触れたい」

 少しだけ離れた唇から、そう懇願されて、アリアンは幸せに笑う。

「・・・うん、いっぱい、触れて。アークの思うように」

 はぁ、と息をつきながらそう言うと、アークは微笑み、再び唇を重ねて来た。

 彼の大きな手が最初はその形を確かめるように胸の周囲をなぞり、ゆっくりと鷲掴んでくる。
 
「んんっ!」

 口づけで唇を塞がれていて、くぐもった声が喉の奥から漏れる。
 彼の手が、ひどく熱く感じる。触れられた部分がどうしようもなく熱を帯びる。
 彼にもっと触れられたい。もっと、彼を感じたい。
 彼から求められているのを感じ、エルフの女の性が強まってくるのが分かる。

 アークの熱を感じながら、ぼんやりと彼の言葉が頭に蘇る。
 閉じ込めていた感情、思い出す事を避けていた記憶。苦い記憶。
 ウィリアースフィムは彼が抑え込んでいたのは性欲の類だと推測していた。
 彼の感情と記憶が、性欲に直結していたのだろうか。
 なぜ、それらを抑え込んでいたのか、知りたい。
 知りたいけれど・・・今は。

「っ、アーク・・・」

 彼の存在を、彼からの愛を、自分の全てで感じたいから・・・アリアンは、熱を帯びた瞳で彼を見つめた。

つづく