★骸骨騎士様SS

骸骨騎士様、異世界のそれから
【3】

<お茶会>

 茶会の当日、ローデン王国王都の門外に転移魔法で移動した。
 城内にも転移はできるが、さすがに防衛の観点からしてそれは有り得ない。ローデン王国とエルフ族の信頼関係に関わってくる。

 自分は一張羅兼正装の白銀の鎧を身に纏っているが、武器の類は今回は置いて来た。茶会に武器の持ち込みは厳禁だろうとのグレニスの助言だ。隣を歩くアリアンも普段通りに法衣と皮鎧姿ではあるが、帯剣はしていない。
 本当はポンタは連れてくるつもりはなかったのだが・・・やっぱりというか、出かける気配を察してついてきてしまった。まあ、害のない生き物なので、不敬にはあたらないだろう・・・多分。
 泉の水の解呪効果は1リットルほどで2,3時間程度。やや多めにがぶ飲みをしてきたので、2時間は余裕で大丈夫だ。勿論、いざという時のために水筒は持ってきている。

 自分の来訪は王都の門番にも伝えられていたようで、入街税を求められることなく街に通され、更には王城の門番もかなり丁重な様子だったのは・・・ヒルク教国戦で自分の事を知っている人間が多いからかもしれない。
 城内に入った後は、王族の近衛兵だという騎士に中庭に通された。

 以前、戦の時に使った練兵場も兼ねた武骨な中庭ではなく、花壇や庭木が整備された優美な中庭だ。
 蔓バラに似たピンクの花を持つ植物が絡みつくアーチを抜け、白・赤・黄色など様々な色合いの蔓性の花の絡みつく白いドーム型の屋根をした東屋に案内された。
 そこに設置された楕円のテーブルには3人の女性が座り、その背後にはそれぞれのメイドと騎士が控えていた。
 いや、3人のうちひとりはまだ10歳を少し過ぎたくらいの少女で、後のふたりは少女と女性の過渡期にある娘たちで、自分はいずれとも面識がある。
 ただ、今回の茶会の主催者とその従妹に当たる少女がいるのは分かるが、もうひとりの女性がいる事に首を傾げた。

 自分がテーブルに近づくと3人が席を立ち、自分は兜を脱いで会釈した。いつもの定位置である兜の上にいるはずのポンタは、さすがに今はアリアンの肩に捕まって、少々不満そうにしている。

「ようこそお越しくださいました。アーク・ララトイア殿」

 空の色を宿したようなブルーのドレスを身に纏った女性、今回の茶会の主催者であるユリアーナ王女が立ち上がり礼を取るのを、自分も名を名乗り頭を下げる。

「久しぶりなのじゃ、アーク殿、アリアン殿」

 華やかなミモザの色をしたドレスを着た少女が、無邪気に笑いかけるのに、自分とアリアンが頭を下げる。
 そして。

「こちらは、アーク殿もご存じかと思いますが、ローレン・ラーライア・ドゥ・ルビエルテ様です。現在我が城に滞在されています」

 ユリアーナ王女の紹介に、最後の淡いピンク色のドレスを着た女性が名乗りと共に礼を取る。嬉しそうに微笑んで頬を染めて自分を見つめて来る彼女が、なぜここにいるのか分からないが、王女と年が近いようだし、何かしらの交友関係があっての事だろう。

 ローレンの挨拶後、後ろにいるアリアンから、少しだけ不穏な気配を感じたのは気のせいだろうか。
 席を勧められた自分はテーブル席に座り、今回は従者の立場のアリアンは自分の背後に控えた。

 ユリアーナが当たり障りのないお茶会開催の口上を述べ終えると、幾人かのメイドがお茶と茶菓子を運んできた。
 さすが、王女の茶会。今までこの世界では見たことのないような菓子類だ。以前の世界のケーキ屋に並ぶそれらを思い出させるほど見た目に美しく・・・味もきっと美味いのだろう。人族の間で甘味料は高級品らしいから、これはおそらくとんでもない贅沢品に違いない。
 背後でポンタが一生懸命自己主張しているが・・・ううむ、この場でこれらを与えて良いものだろうか。
 菓子に手を伸ばすのは控えて、とりあえず茶に口をつける。紅茶であるのだろうが、芳しい花の香りがする。美味い。

 この場で口火を切るのは、勿論主催者のユリアーナ王女であるわけだが、まぁ、とりあえずは無難な会話だった。
 本日の天候、お茶の紹介、菓子の紹介・・・それから、徐々に核心に迫っていくわけだが・・・。

「ヒルク教国との戦でのアーク殿のご活躍、リィル王女や城の者たちに聞き及んでおりますわ。よろしければ、直接お伺いしたいと思っているんですよ」

 ユリアーナ王女の茶色の瞳が笑みに細められる。だが、そこには少々油断ならない色も垣間見える。
 さすが、最有力な時期王候補だ。見た目通りの年若い女性ではないのだろう。
 実際に戦場に赴いた兵士がいて、自分の戦う様子を見られている以上、それらが王女の耳に入っているのは当然だ。その事について話すのは、まあ、問題はないだろう。ただ、能力の詳細は話せないわけだが・・・。

「いや、我の活躍など大した事ではない。望まれた事を自分のできる範囲でどうにか行っただけの事だ」

「アーク殿のできる範囲、というのは人知を超えた域にあるのですね。人知を超える龍王様のお力はさておき、カナダ大森林の最長老ファンガス様やそちらのアリアン殿の活躍も聞き及んでおりますが、あなたは頭一つ抜けたご活躍だったとか」

 即座にそう切り込んできた。
 自分から何を聞き出そうとしているのか。
 お茶会、という和やかな響きとはかけはなれた、駆け引きの気配を感じ、背中に嫌な汗が流れる。
 こういう雰囲気は苦手だ。そもそも割と単純思考の自分には、腹の探り合いや駆け引きは向いていない。

「我は幸いにも、少々恵まれた力を与えられただけにすぎぬ。それが有効に使える場が戦場であっただけの事」

 自分の持つ、ゲームキャラクターの力。確かにレベル上げや装備品の素材集めに膨大な時間を使ったし、課金もしていた。が、それは画面上の事であって、自身が汗をかき血を流すような鍛錬をして得たものではない。
 だから、現在の自分の力は、誰かに面向かって誇れる類のものではなく、やはり「与えられた」力と言えるだろう。

「恵まれた力は、遣い処を誤れば脅威にもなります。貴方様は、そのお力で私を救ってくださいました」

 頬を染めて微笑むローレンが口にする。

「うむ。我が国もアーク殿に救われたのじゃ」

 リィル王女がその言葉に追従した。
 社交場の褒め殺しだろうか。
 時々調子に乗りやすい自分は、そんなに褒められると舞い上がって、連帯保証人に署名捺印をしかねないから止めて欲しい。
 背後のアリアンの気配が少しぴりぴりしている気がするが、気のせいだろう。

「ノーザン王国を救ったというお力、リィル王女にお聞きした所によると、天使様を召喚されたとか」

 にこやかなユリアーナ王女の言葉に、核心が来た、と察してしまう。
 今まで誰にも深く追求された事のない能力であるが・・・天騎士のスキル、としか言いようのないそれを、どう説明すべきか・・・むしろ誤魔化すか?

「召喚魔法の存在は聞いた事がありますが、召喚されるのは精霊あるいは魔獣の類だと。天使様を召喚できるというその能力は、あなた固有のものなのですか?」

 この世界で用いた【執行者焔源の熾天使】あのスキルによって召喚した天使・・・おそらくあれはこの世界では精霊の類なのだろうとは思うが、自分も正確なところは分からない。

「今の所、あの能力を使える存在を我は我以外には知らぬが、他の者に使えない、という確証はない」

 誤魔化すような言葉だが、真実だ。
 自分のようにこの世界に迷い込んだ流れ者で、あのスキルを扱える者がいる可能性はなくはない。

「召喚された天使様は、アンテッドを殲滅せしめる、攻撃性のある能力を顕現させたと聞きました。・・・では、逆に、回復系の能力を持つ天使様を召喚する事は可能なのですか?」

 にっこり笑ってそう問いかけ、ティーカップに口をつけるユリアーナ王女。
 自分にとっては、かなり厳しい問いかけであるし、おそらく彼女もそれは分かっているだろうに、あくまで茶席での雑談にしようとしている。

 やはり、自分の扱う蘇生魔法の事を聞き出そうとしているのだろう。しかし、あれらの魔法については秘密にしておきたい。
 死んだ人間を蘇らせる事ができるなどと知られれば、厄介事に巻き込まれかねない。
 第一どういった条件で蘇生可能なのかは、はっきりしていないのだ。今すぐ誰かを蘇らせろ、と迫られ、できませんでした、となって、こちらが理不尽に責められたらたまらない。

「いや、我の召喚する天使に回復系はおらんよ」

 嘘ではない。
 ユリアーナは「そう」と小さく呟いて、息を吐き、再び静かに口を開く。

「・・・私は、かつて神に救われました」

 ユリアーナはティーカップを置いて、微笑んだ。

「私の為すべきことを成すために、神は私をお助けになったのだと、そう思っています。その為すべき事とは、当時はエルフ族との関係改善だと思っていました。でも今は、それ以上の意思を感じているのです」

 かつて彼女を死に至らしめた、剣で刺し貫かれた左胸に触れる。今は、そこには刺突の後など微塵もない。

「エルフ族との、共生。それを成すために、私は生かされたのだと」

 柔らかく笑う彼女に、二心は感じられない。
 純粋な想いを語っているのだと分かる。

「私が王位に就くための後ろ盾として、エルフ族の協力を仰ぐ事ができました。更に、先のヒルク教国との件で、兄セクトをはじめ、多くの者たちが実体験したエルフ族の方々のお力によって、私の王位継承は盤石の物となったでしょう。・・・特に、アーク殿のお力を目にした者たちは、エルフ族を畏怖してさえいます」

 愛らしい茶色の瞳でじっとこちらの目を見つめ、微笑んで来る
 さすが、一国の王女。高貴で理知的な美少女、であるな。
 思わず見とれてしまいそうになり、背後から首筋に感じる強い圧に意識を引き締める。

「エルフ族が、更に言えばあなたが私の後ろ盾になってくだされば、エルフ族との共生は遠くない未来に、現実のものとなるでしょう」

 人族とエルフ族の共生は願ってもない事だ。
 が、後ろ盾、か。
 エルフ族がユリアーナ王女の後ろ盾として立った内容は、豊穣の魔結石の取引に依ってであった。
 ならば自分は・・・武威に依って、であろうか?
 しかし、それは貴族や国民の反発を招きかねない。治世に恐怖を用いて上手く行った例はないのではないだろうか。

 きな臭い気配がする。
 この少女の域を脱していない女性の老獪な話運びに、冷や汗が背中に流れるのを感じた。

 というか。
 何か、背後からぐぅ~と聞きなれた音が聞こえた。

(わ、私じゃないわよっ)

 ごく小声でアリアンの声がする。
 と、すると・・・。

「きゅぅぅん・・・」

 力ないポンタの声。
 これだけ美味しそうな菓子を目の前にしては、食いしん坊ポンタに我慢はできようはずもなく。
 首を半分後ろに回してみれば、アリアンの腕に抱きとめられてぐったりしている緑色の毛玉の姿が憐憫を誘う。
 長時間のお預けをくらい、かなり弱っているらしい。
 ユリアーナ王女の話の途中ではあるが、一旦言葉を区切っているこの時に、そっと願い出て見た。

「すまぬが、わが友ポンタに菓子を分けてやっても良いだろうか?」

「きゅん、きゅん!」

 自分の言葉尻に重ねるようにポンタが鳴き、アリアンの手をすり抜けて、自分の頭に飛び乗って来た。
 少しだけ緊張していた空気が、ふっと和らぎ、目の前に座る3人の少女たちの口から笑い声が漏れた。
 うむ、やはりポンタは女性受けが良い。この場に連れて来たのは正解だったかもしれない。
 基本的にポンタは人間が苦手だが、子供と年若い女性は割と平気だ。目の前の3人に対しても、特に臆している様子はない。

 ユリアーナから許可を貰い、乾燥フルーツを使ったパウンドケーキを取り皿に分けてテーブルに置いてやる。さすがにポンタをテーブルの上に乗せて、というのはあまり行儀が良くないので、自分の膝の上に下ろしてやると、すごい勢いでケーキを食べ始めた。

「きゅん、きゅん☆」

 美味しいらしい。
 そして、少女たちは微笑ましくそんなポンタを見ている。

「これも食べますか?」

「こちらの焼き菓子はどうじゃ?」

 更には、ポンタに貢物をくれさえする。

「きゅぅう~ん♪」

 ポンタは上機嫌で、ふわふわの尻尾を振りながらお菓子に噛り付く。
 いつも思うが、精霊獣は雑食の認識で良いとして、甘味料を使った菓子を与えてもいいものだろうか。精霊獣に割と詳しいエルフ族に聞いても、綿毛狐の生態は良く分からないらしく・・・まあ、普通の獣とは違うから、大丈夫だろう。そういう事にしておこう。

 ポンタの食べっぷりを見て、益体もない事を考えていると、何か強い視線を感じて顔を上げた。
 王女ふたりはポンタに対して興味津々であるが、もうひとりの貴族令嬢、ローレンが薄茶色の瞳をきらきらとさせて此方を見つめていた。
 自分に何か言いたい事でもあるのだろうか、と問うために口を開きかけたところ、ローレンが先に口を開いた。

「ずっとお聞きしたかった事があるのです」

 少しだけ遠慮がちにそう口を開く。
 こちらが促すような視線を送ると、唇をほころばせて言葉を続けた。

「エルフ族の騎士様であるアーク様は、何故、あの時に私を助けてくださったのですか?」

 これまでの関係からして、エルフ族が人族を助ける義理はない、という事か。
 まあ、当時は自分がエルフだなんて思ってみなかったし、現在でも元人間の亜種エルフにすぎない。
 だが、たとえ自分がエルフだと自覚を持っていたとしても、あの時は彼女を助けただろう。
 自分の手の届く範囲でなら、困っている人を・・・それは、勿論人族だけに限らず、エルフ族でも山野の民でも、助けたいと思う。

「目の前に困っている者がいれば、それを助けるのは当然のことであろう」

 恰好を付けているつもりはない。
 これまでもそうしてきたし、これからもそうしていく。
 自分に与えられた恵まれた力は、そのためにあるのだと思う。
 ローレンは納得したように眼差しを伏せて微笑み、頬には赤みが増した気がした。

 そして、何故か背後から感じる妙な気配に首筋がチリチリする気がした。

「きゅん!」

 王女達からもらった菓子類を存分に堪能したらしいポンタは、満足そうに鳴くと、定位置である自分の頭によじ登って、そこでいつも通りうたた寝をするつもりのようだったが。
 さすがに、この場でそれはマズイ気がするので、ポンタの首筋を抓み揚げて、背後のアリアンに渡そうと振り向いて・・・笑みのない笑顔に合う。唇は弧を描いているのに、目は笑っていないような・・・。 
 素直にポンタは受け取ってくれたが、何やらうすら寒いものを感じて、前を向いて姿勢を正した。

 ポンタに釣られるように菓子を口にしていた女性たちは、微笑み合い、ユリアーナが再び自分に対して口を開く。

「ローレン様とは最近親交を得たのですが、私とはとても気が合って、これからも長いお付き合いになりそうなんですよ。・・・ですので、彼女の伴侶とも良い関係を築きたいと思っています」

 この世界の結婚適齢期は分からないが、中世ヨーロッパ風の世界であれば、15,6歳くらいからだろうか。と、すれば、ユリアーナもローレンも適齢期と言える。  
 ローレンは婚姻が決まっているのだろうか。
 ふむ、なるほど。
 相手はセクト王子かもしれんな。

 ルビエルテは帝国との境界にある領地であり、帝国が不穏な動きをしている現状、王家としても身近に関係を作っておきたいと考えるものだろう。
 ユリアーナとセクトとの関係は、以前は敵対していたらしいが、ここの所は協調路線になってきているとディランから聞いている。
 と、すると、友人であるローレンとセクトとの婚姻は、政治的意味でもユリアーナにとっては意味のあるものなのだろう。
 そして、強力な力を持つエルフ族である自分との繋がり、か。
 ユリアーナ周辺の地盤固めもあって自分は茶会に呼ばれたのだろうか。

 ユリアーナの意図を自分があれこれ考えている間に、ユリアーナとリィルが視線を交わし、リィルが口を開いた。

「アーク殿は以前、アリアン殿とは婚姻関係にないと言っておったが、細君はおられるのか?」

「エルフの婚姻関係には素直に興味がありますわ。長命の種族ですから、人族とはまた違うのでしょうね。人族の王族や貴族のように側室を持ったりなどされるんでしょうか?」

 話の流れ!
 いや、そういう話だったか?

 意図の読めない質問に、思考がぶった切られた。
 
 ・・・エルフ族の婚姻については、知る所は少ない。
 普通に夫婦関係があって、子供がいて・・・アリアンの両親であるディランとグレニスを思い出す。ララトイアの里のエルフの家族たちを思い出す。
 人族とはそう変わらないとは思うが・・・答えようがない。

 助けを求めるように微かに後ろに視線を向けようとするが・・・何か、振り向いてはいけない空気が漂っている気がする。
 自分が未婚なのは、口にしても問題はないだろうが・・・何か、茶会の流れ的に必要な情報なのだろうか。いや、女性たちの茶会の雑談はそんなものなのだろうか。

「あー・・・我は、まあ独り身ではあるが」

 向こうの世界でも独身生活は長かった。
 口にした途端に、ユリアーナがぱん、と手を打った。
 何事か!?

「それならば、人族の貴族との婚姻を考えてみてはいただけませんか? ランドバルドの領主もエルフの妻を娶ったという話は聞きました。人族とエルフ族の婚姻関係の前例が増えれば、人とエルフ、両種族の距離はより近くなるでしょう。そう、両種族の平和的融和。それだけの利点でなく、アーク殿個人に対しても利となる条件を揃えますわ。例えば、ローデン王国内にアーク殿の所領を差し上げる事も検討します」

 早口に捲し立てられた内容は、すぐには理解できなかった。
 いや、もう、考えてもみない内容すぎて。

「一代限りとはなるでしょうが、爵位を授ける事もできますわ。前例のない事なのでこの場での確約はできませんし、検討すべき事は多いのですが、これから我が国がエルフ族との永劫の協定を結ぶというのであれば、それは十分に価値のある事ですから、議会を説得する自信はあります。勿論、アーク殿にエルフ族から人族に乗り換えろと言っているわけではなく、両種族の懸け橋となる立場を取っていただければ十分なのです」

 うむ、何か、色々と話が進んでいるな。
 いや、まあ色々衝撃的な言葉の数々だが、呆気にとられず冷静に考えると、だな。 

 無理だ。

 自分は基本は骸骨姿だ。
 人族との婚姻・・・その相手には骸骨姿を晒さねばなるまいが、それを受け入れてもらえる保証はない。エルフ族や山野の民のように、アンテッドの見分けがつかない人族に理解を求める事は、かなり困難だろう。
 人族とエルフ族の関係の強化・・・それは、魅力的ではあるし、ランドバルドの領主夫妻のように相思相愛の末の人族とエルフ族の婚姻が増えれば、それは両種族にとっての明るい未来につながる喜ばしい事だ。

 が、自分がその先駆けの一例になれるわけがない。
 自分には、問題が多すぎるのだ。

 それをどう上手く説明するか困惑していると、背後の不穏な気配が増大しているように感じた。
 戸惑う表情の自分を察したユリアーナは重ねる言葉を選んで口にする。

「もし、アーク殿にエルフ族の方との婚姻のお話があるとすれば、その方を正室として、第二婦人として人族の奥方を迎える事もありだと思います」

 第二婦人。
 世間や嫁公認の愛人的な。
 なんとも、男としては魅力的な話ではある。

 思考が一瞬止まりかけるが・・・そういうわけにはいかないだろう。
 背後のピリ付いた気配が、とげとげしいものに変容した気がした。

 それにしても、何故にこういう話になってきたのだろう・・・。
 自分は咳ばらいをして、とりあえずその話を止めようと口を開くのだが。

「私は第二婦人でも構いません」

 信じられない言葉が耳に飛び込んできて、唖然とした。
 言葉を発したのは・・・ローレンだ。
 両手の指を胸の前で強く組み、やや前のめりの姿勢で、顔を赤くしながら薄茶色の綺麗な瞳をひたとこちらに向けて。

「アーク様に望んでいただけるのであれば、第二婦人でも構わないのです」

 ぶっ、と変な息を吐きだしそうになり、寸前で堪える。

「ローレン様は将来的にルビエルテの女子爵となるでしょう。その夫君という立場はいかがでしょう?」

 ユリアーナも微笑みながらそう言い募る。

 これは、もう、何が何やら。
 さすがに、少し混乱してしまう、が。

 それ以上に。
 背後の不穏な気配が、棘のように刺さってくる。というか、その気配だけで息苦しい。
 敵の気配を読むのが苦手な自分だが、肌にびんびん感じるこの鋭利な気配は察せずにはいられない。背中がじりじりと焼け付くようだ。

 うむ、ここはきっぱり断らねば。
 きっと、エルフ族のくせに人族に与する裏切り者、的な事を思われているに違いない。
 あるいは、骸骨姿を人族に晒して、人族とエルフ族の間にトラブルを引き起こそうとでもいうのか、と疑念を持たれているのか。
 それとも、その理由がありながら、この誘いをきっぱり断れない自分に苛立っているの、か。

 ・・・が、目の前で大きな瞳を潤ませて見つめてくるローレンを目にして、何かいたたまれなくなり、断りの言葉を探していると。

「恐れながらっ!」

 アリアンが大層つっけんどんな大声を上げた。

「エルフ族では重婚を禁止しています。それに、彼は・・・彼には、近々結婚する相手がいますからっ」

「・・・ん?」

 エルフ族の婚姻については、自分は知らない。が、結婚する相手?
 いや、そうか。嘘も方便とかそういう・・・。

 混乱している自分の腕をぐいっと掴んだアリアンは、厳しい声を上げた。

「時間よ。戻らないと!」

 何の、時間?

「申し訳ありませんが、急ぎの用があります。早々に御前を退席する事、ご容赦ください!」

 少し棒読みの強い口調は、慇懃無礼にも聞こえる。
 直情的ではあるものの、立場を弁えているはずのアリアンがこういう行動を起こすなんて、何事か。

 状況が理解できないまま、アリアンに促されるままに慌ただしく席を立ち、呆気に取られている目の前の王女達に一礼をすると、彼女に腕を引かれながら東屋から離れて歩きだした。
 自分の腕を引いて先を歩くアリアンの表情は見えないが、耳が真っ赤になっている。
 一体・・・。

「ア、 アリアン殿、急用とは? 我は何も・・・」

 問いかけにも応えず、ずんずん歩いて行く。
 中庭の舗装された石畳の道を離れて、人気のない場所に。
 アリアンの腕に抱かれていたポンタは、いつの間にか自分の肩口に捕まり、自分同様に不思議そうな表情をしていた。
 薔薇に似た低木の茂みを突っ切ろうとして、その棘が太腿の露出した部分を傷つけたのか、小さく声を上げてから、やっと歩みを止める。

「アリアン殿?」

 彼女の様子が変だ。

「・・・アークの、ばかっ」

 振り向かないまま、震える声でそう言った。
 これは、あれか。
 自分の状況を弁えず、直ぐに断りを入れなかった事についてのお説教が始まるのだろうか。
 そう身構えていたのだが、振り返った彼女は、怒りの表情ではなく・・・真っ赤な顔に、瞳の端に涙をためて、今にも泣きだしそうな表情をしていた。

「・・・アリアン、殿? どうして・・・」

 そんな表情、見たことがない。

「ああいう事言われたら、すぐに断りなさいよ。あなたの呪いの姿では、人族と結婚なんてできないんだからっ!」

 おお、やっぱりお説教か。

「すまんな。断ろうとは思ったのだが、乙女の懇願を無碍にするのも申し訳なくて・・・」

 いつも通りのやりとりに、少しだけ冗談を含ませて言い訳を始めたのに・・・アリアンは、何故か泣き出した。

「お、おおっ!? な、何故に!?」

 アリアンがこうして泣くところなんて、初めてだ。
 どういう状況なのか、理由がさっぱり分からない。

「もう、やだ・・・もう、こんなに苦しいの、やだ・・・アークの気持ち、分からない」

 こちらこそ、分からない。
 何を言っているのだろう・・・分からない、けれど、見ているこちらも、辛い。
 手を伸ばして、彼女の肩に触れる。 

「いつか、分かると思って、待ってたけど・・・このままじゃ、誰かの所にいっちゃうから・・・」

 金の瞳からぽろぽろ涙をこぼして、それをぐいっと手の甲で拭ってから、アリアンはこちらを見据えた。彼女らしい意思の強い眼差しで。

「アークは・・・私の事、どう思ってるの?」

「え? いや、それは・・・好ましく思っておるぞ。大切な仲間で戦友だ」

「そういうんじゃなくてっ!」

 突然頭を掴まれて、ぐいっと引き寄せられる。
 何が起こったかあまり理解できていない状況で、目の前にアリアンの真っ赤な顔があり、唇に柔らかいものが触れた。

「好きなの。・・・私は、アークが好き」

 何か甘酸っぱい恋愛漫画を読んでいるような状況だと、現実に目を背けた事が脳裏に浮かぶ。
 けれど、目の前で顔を赤くして、自分の反応を待っている女性は・・・現実だ。
 この場合の好きとは・・・仲間や戦友への好意ではなく、それは・・・。

「アーク・・・んっ」

 呆然とする自分の唇にもう一度唇が深く重なって来て・・・感情に、激震が走った。

 記憶が、蘇る。

 これまでの半年の記憶。かつての世界での記憶。
 記憶に伴った、感情が奔流のように流れ込んで来る。

「うっ、くあっ!・・・あぁぁ・・・」

 アリアンの唇が離れた途端、呻きが喉の奥から漏れた。
 急激な感情の奔流が意識の中に流れ込んで、その膨大な情報量に頭が混乱する。意識が、おかしくなる。
 かつて、初めて解呪の泉に入った時のような状況。
 自分でも、それが分かった。
 それが分かる程度の余裕はあった。

「アーク!? どうして・・・!?」

 驚き戸惑うアリアンが目の前で自分をのぞき込んできている。
 彼女を見ると、感情の奔流はより激しさをまして、濁流となっていく。
 記憶と感情の中心にいるのは、彼女だ。出会ってこの方の彼女の姿が、声が、交わした会話が蘇る。
 自分は、彼女を・・・。

「あぁぁぁぁああ・・・っ!」

「アーク!? アーク!!」

 このままでは、まずい。
 人族の領域で、意識を失うわけにはいかない。

「っ・・・ア、アリアン殿・・・」

 苦しみを押さえつけ、どうにか気力を振り絞る。
 自分の周囲にアリアンと肩の上にポンタがいる事を確認し、転移魔法を発動して、一番記憶に焼き付いている場所まで飛んで・・・呻きを上げながら、意識を失った。

つづく