★骸骨騎士様SS

骸骨騎士様、異世界のそれから
【2】

<意外な誘い>

 社跡の修復が始まって数か月。
 当初は元々あった部分の修復だけに留めるつもりだったが、湖畔の里と呼ぶようになった開拓村の人員が増え、人手に余裕ができた事で、建築畑の新人の研修も兼ねて増築が決まった。
 元々あった部分は、残っていた石壁と基礎の感じから想像するに、土間の台所部分と他に3間。面積としては大きくはとってあるが、初代ハンゾウの隠れ家という事で割と簡素な構造だったようだ。
 そこに更に2間を追加する。初代ハンゾウが刃心一族に伝えた文化はほぼ日本文化で、自分が想像する日本家屋がいい感じに再現できそうである。手間がかかるという事で高級品ではあるが、彼らの文化には畳も存在し、居室と増築部分は畳の部屋にする事となった。
 木材については大半がランドバルドのラキ商会に都合してもらったのだが、カナダ大森林と水路で繋がった事で物資の調達がかなり容易になり、部分的にカナダの木材も利用している。

「うむうむ。もう少し、であるな」

 家はほぼ完成と言ってもいい状態ではあった。元々あった土間の台所とその隣の囲炉裏のある板間、玄関を入ってすぐの広めの板間、奥にある居室らしい一間。それらは居住ができる程の仕上がりだ。今は増築部分の部屋の土壁を乾燥している所で、そこが終われば、隠れ里に注文してある畳を居室と増築部分に入れて完成、といった所だろうか。
 畳が出来上がるまでの間、一旦職人たちは湖畔の里に戻っている。

 建築に関して決して明るくはないが、自分の住む家が次第に出来上がっていくその様子はとても楽しいものであった。
 この数か月、色々ありまくったが・・・やっと、少しだけのんびりした穏やかな生活ができそうである。

 家の建築はプロに任せ、庭の整地は現在進行形で自分で行っている。
 時々、手伝いにチヨメやゴエモンがやって来てくれる。あと、最近はアリアンが連日逗留している。
 アリアンには奥の居室を使ってもらい、自分は台所に続く囲炉裏の部屋を使っていた。
 夜はララトイアの里に戻っても良いのだが、折角なのでしばらくこの地で生活をしてみたいからと自分が言うと、アリアンも宿泊したい旨を申し出て来た。いちいち自分に送り迎えしてもらうのも申し訳ない、が理由だったのだが。

「・・・仕事は、大丈夫であるのか?」

「休暇中。ここの所色々あったから、まとめてお休み取ってるの。・・・アークも、一応ララトイア所属でしょう?」

「うむ、我もそれについてはディラン殿と話をしたのだが、我の役目は基本的に緊急時の要員としてもらってな」

 自分の仕事の内容は、主に自分の能力が必要な場合かエルフ族の不測の事態に重点的に動く人員、という事だ。
 そもそも、広範囲の殲滅能力に特化している自分は、エルフの戦士たちが日々勤めている森林内の魔獣駆除などには、向かない。
 だから、何かあった際のカナダ大森林からの連絡は、囁き鳥を使っている。
 当初、龍の住む山脈に囲まれたこの地に囁き鳥が来ることは困難かと思われたが、風龍山脈に発見された水路が整備された事で、囁き鳥にその経路を覚えさせたのだ。
 囁き鳥ならば、ララトイアの里から半日もかからずにやって来られる。
 ちょうど数日前にも囁き鳥がやってきていた。

「ローデン王国の茶会への出席も大事な仕事よねぇ」

「うむ。ディラン殿は断る事もできるとは言っていたが・・・人族との関係を良くしたいと考えるからには、そういう付き合いも大事であろう」

「王女様直々の茶会、ねぇ・・・」

 なんだろう、アリアンの声に滲み出す不機嫌さは。
 呼びつけられたことが不満なのだろうか。

「仕方あるまい。王女殿下が王都から出るのには様々な制約もあろうからな。いちエルフの騎士にすぎん自分から出向くのが筋であろう」

 茶会への誘いの理由は、リィル王女に聞いた活躍を是非自分自身の口から聞きたい、という事らしいのだが。
 正直、どこまで話すべきかは悩ましい所ではある。
 既に知られている転移魔法あたりならともかく、天騎士のスキルなどは軽々しく話す事でもないのだが。

「私も、ついて行こうかな」

「アリアン殿が?」

 誘われたのはエルフの騎士アーク・ララトイアのみである。が、別に付き添いが不可とは聞いていない。王族の茶会の作法などは知らないが・・・付き添いがひとりぐらいいても良いのではないだろうか。

「うむ、そうであるな。我は茶会のマナーなど知らんし、アリアン殿が帯同してくれるなら、心強い」

「私だって、人族のお茶会マナーなんて知らないわよ? でも、アークが肉体を戻して参加するなら、念のためにフォロー要員がいた方がいいんじゃないかな、って。ほら、アークってば時々すごくおっちょこちょいじゃない? 泉の効果の期限を忘れてたりしたら、困るから」

 アリアンは少し早口でそう口にした。耳の先が少し赤い。
 しかしなるほど、確かにそうだ。自分でも自分が忘れっぽい自覚はある。

「茶会の日程の連絡が来たら、一旦ララトイアの里に相談を兼ねて出向くつもりではあったし、その際にディラン殿に申してみるか」

 数日後、囁き鳥がやってきて茶会の日程が伝えられた。自分の転移魔法を見越しての5日後だ。折り返しに、翌日ララトイアの里に向かう事を伝えて、囁き鳥を返した。

 人族の茶会。
 それが、始まり。

* * * * *

 囁き鳥からの連絡があった翌日、ララトイアの里に向かう前に森都メープルに立ち寄る事にした。
 完成間近の社の家用の家財道具を購入しておきたかったのだ。
 自分で作れるものに関してはDIYで作ろうとは思っているが、やはり使い勝手や見た目を考えるならば、本職の職人の手によるものには敵わない。

 社の家周辺の手入れを手伝ってもらっていたアリアンと、此方の外出を察してか、転移直前にいつもの定位置にやってきたポンタとともに、メープルの転移装置のある祠に己の転移魔法で飛ぶ。
 メープルの街中への直接の転移はさすがに禁じられたが、転移装置のある場所ならば、と、許可は受けてあった。

「いつも付き合ってもらって申し訳ない」

 彼女には彼女の生活や仕事があるだろうに、何くれとなく手伝いを申し出てくれるアリアンに、今回の同行の件も礼を言う。

「別にいいの。休みといっても特にすることはないんだし・・・アークの作った料理や温泉も楽しみだからね」

 ひらひら手を振って言うアリアンの、尖った耳の先がほんのり赤くなっている。

「うむ、それでは今晩も腕によりをかけて馳走をふるまおう」

 社の家には数日分の食糧の買いだめはあったが、ついでなのでメープルで新鮮な食材を買い込むつもりでもあった。

 転移装置のあった祠から出ると、大都会さながら、賑わいのあるメープルの都に出る。大樹が周囲を覆いつくし、それら大樹を利用した様々な建造物が見受けられる、正しく森の都である。
 兜の上のポンタが、行きかう多くの人の様子に、そわそわするように体をもぞもぞ動かした。

「まずは、家具屋さんよね。姉が新居用の家具を買うのに利用したお店があるから、そこに行きましょう」

 先月結婚したアリアンの姉のイビン。森都メープルの優秀な戦士であり、大の妹好きで、会うたびにやけにキツイ物言いで意見されるのは、やはり大事な妹の傍にいる男への警戒もあるのだろうか。

 家が完成してからの購入になるが、他にもちょっとした日用品や珍しい食品なども欲しいと話すと、アリアンは思いつくお店をいくつか挙げて、それらの店の説明を話してくれた。そのいずれの店についても、イビンの新居用のあれこれを買うために付き合わされた店なのだという。

 ・・・そして、噂をすれば何とかと言うが、ふたりで目抜き通りに向かって歩いていると、不意に。

「アーリーンちゃん♡」

 気配もなく横から飛び出してきた人物がアリアンの脇腹に飛びついてきた。
 イビンである。

「姉さん!? どうして?」

「なんとなくー? 姉の勘っていうの?」

「・・・父さんから聞いたのね?」

「うふふー。そう、実はね。今日の午前中はお仕事お休みだからアリンちゃんとお茶でもしたいな、って」

 アリアンに抱き着きながら、此方を見る横目からは、敵意を感じる気がする。
 知り合ってそれなりになるのに、未だに警戒されているようだ。

「だめよ、今日はアークの家財道具を買う付き添いで・・・」

「あそこの家具屋さんでしょう? 私の口利きがあった方が、いいものを安く、手に入れられるわよぉ?」

 イビンは此方をチラ見しながら言い、アリアンも困ったような視線を此方に寄越してくる。
 自分としては、なじみ客のイビンに口利きをしてもらうのは大層ありがたい事ではある。

「イビン殿、良ければ同行を願いたいが、構わないだろうか?」

「決まりねっ」

 ぴょんと、飛び跳ねるようにしてアリアンの体から離れ、今度はアリアンと腕を組む。
 美人エルフ姉妹の仲良し構図、これは絵になる。
 そんな風に考えながら、彼女たちの後ろをついて歩く事にした。・・・アリアンが此方に向ける申し訳ないような、それでいて残念そうな視線に首を傾げながら。



「あ、ちょっと待って!」

 目抜き通りを少し歩いた所で、アリアンが何かを見つけたように、ある方向に視線を向けながら静止をかけた。
 視線の先には、何やらファンシーな雰囲気の店がある。

「買ってきたいものがあるの。姉さんとアークは先に行ってくれてもいいけど・・・」

「嫌ぁよ。アリンちゃんを待ってるわ」

 かわいらしく頬をふくらませ、イビンはアリアンに手を振って見送った後、唐突に此方を振り返った。アリアンに対する甘えたような表情とは真逆の非常に厳しい表情で。

「・・・新しいお家を建ててるみたいだけどぉ、まさかそこにアリンちゃんも住むの?」

 何か誤解しているのだろうか? 後々アリアンが困る事にならぬよう、ここはきちんと訂正しておかねば。

「アリアン殿は、男所帯となる我を親切心で手伝いに来てくれているだけであるよ」

「ふーん・・・」

 半眼を閉ざした眼差しで、しばらく此方をじーっと見た後、沈黙。
 ふいっと向きを変える。
 感情表現が割と分かり易いアリアンと違い、捉え処の難しい御仁だ。

「アリンちゃん、また成長してた気がするわ」

 アリアンが入って行った店に視線を向けながら、自分に話しかけているとは思えない事を口にする。
 独り言、であろうか。
 余計な相槌は無用か。

「胸もまた少し大きくなってる気がする。柔らかいけど、しっかり張りがあって、頬ずりしたり、揉みしだいたら気持ちいいのよねー」

 相槌を打てる内容でもない、が。

「・・・そう思わない?」

 相槌を求められた。
 答えに窮しすぎる。
 男として率直な感想を伝えるべきが、敢えて無難な言葉にとどめるべきか、いっそ話題をそらすべきか。

「・・・あー・・・、うむ、まあ、立派であるな」

 無難に逃げたが、逃がしてはくれない。

「揉みたくない?」

「・・・う、うむ・・・男であれば、それは・・・」

「揉んだ事、ない?」

 あるわけがない。
 何故にそういう事になる。
 兜の上でうとうとしていたポンタが跳ね起きる勢いでかぶりを振ってしまう。

「ないないない!」

 そんなことをしたら最後、アリアンに消し炭にされかねない。
 ・・・男としては、あの膨らみには非常に興味はある。が、幸いというか、骸骨の自分にはそのテの情動は起きないらしく、眼福に留めているくらいだ。

 イビンはしばらくそんな此方の様子をじーっと睨み上げた後、ふぅー、と大きくため息をついた。
 何故だろう。
 何を求められていたのだろう。
 まったく理解不能だ。

 イビンの何やら重い沈黙にしばらく付き合っていると、手に包みを抱えたアリアンが店から出てきて、こちらに手を振った。
 駆けるような足取りを2,3歩踏み出した所、近くを通る人物に呼び止められたようだ。
 エルフにしては随分ガタイが良い男だが、どうやらアリアンと同族のダークエルフ族のようだ。白い髪、薄紫の肌をしている。
 ナンパ・・・ではなさそうだ。
 呼び止められたアリアンが、少しだけ驚いた表情をした後、笑顔になった。
 少し遠くて会話の内容までは聞こえないが、随分会話は弾んでいるように見える。
 アリアンが此方を向いて、少し待つような視線を向けてきた後、ダークエルフの男はこちらに軽く会釈をし、ふたりは再び話し始めた。

「あらぁ、久しぶりに逢うのね」

 唐突にイビンが高い声を出した。どこか棒読みのような調子なのは、気のせいか。

「あの人ぉ、アリンちゃんの恋人なのよー」

 言いながら、ちらちら此方を見上げてくる。
 何か、コメントを求められているだろうか。

「ダークエルフ族の戦士の方であろうか? 中々に立派な体躯をしておるな」

 とりあえず、思ったことを口にする。
 と、同時に、アリアンとは今までそういう話をしたことがなかったな、とぼんやりと考えていた。
 彼女ほど魅力的な女性であれば恋人くらいいるだろうに、ほとんど任務だったとはいえ、長らく自分の世話係のような事をさせた上、個人的都合にも付き合わせてしまっていた事を申し訳なく思う。

 少し頬を染めて、嬉しそうに男と会話するアリアンの表情は滅多に見ないもので、申し訳なさが募って、ないはずの胸が痛む気がする。

「アリンちゃんってばー、そりゃあもう彼に夢中でぇ、身も心もぜぇんぶ捧げちゃってるのよぉ」

「・・・で、あれば、ふたりきりにしてあげた方が良いな。イビン殿、家具の店の場所を教えてはくれまいか? 我はひとりで向かおうと思うのだが」

 半年と少しの間、アリアンと行動を共にすることは多かったが、恋人とはカナダの任務などで別行動になった際にでも逢引していたのかもしれない。

 自分の言葉に、イビンは目を吊り上げて怒りの表情を顕わにした後、ぐっと唇をかんでから指を突き出した。

「あっち。2つ目の角を右」

 非常に不機嫌でぶっきらぼうな口調なのは何故なのか。今まで自分がアリアンを引っ張りまわして、恋人との時間を奪ってしまっていた事に憤っているのか。

「うむ、かたじけない。アリアン殿にはゆっくりする旨を伝えておいてくれ」

 そう言いおいて、ひとり家具店に向かったのだが。



「きゅん、きゅん!」

 ポンタが警戒の声を出して兜をたしたし叩き、はっとした時にはもう遅かった。みしりばきり、と、音を立てて水屋の引出の金属製の把手を引き抜いてしまっていた。

「ちょっとちょっと、お客さん!」

 店員の女性エルフが目を尖らせて声を上げる。
 見た目は30歳そこそこだが、口調や態度からエルフ族としては割と年配であると想像がつく。

「あーあ、こりゃ修理しても売り物にならないよ! 買取、してくれるんだろうね?」

「お、おお、申し訳ない・・・」

 身を小さくして、頭を下げる。
 考え事をしていて、つい手元がおろそかになっていたようだ。
 折角、細やかな飾りの刻まれた木製の水屋の引出が、ぼろぼろになり果てている。
 しかし、この水屋は買おうかと迷っていたものでもあるので、これで決定、という事で良いだろう。
 その旨を伝えると、女性店員は肩を竦めてから、店のカウンターに戻っていった。

 考えていたのは、先ほどのアリアンとその恋人の事だ。
 此方の世界に来てからほどなく彼女と出会い、骸骨姿を受け入れてもらった後、ずっと共にあった、旅の仲間であり、戦友である。
 この世界で寄る辺ない自分の、最初の寄る辺とも言える存在だ。
 だから、非常に申し訳なく思っている。
 彼女を好いた男性から長らく引き離していたことを。
 空っぽの胸が痛いのは、その罪悪感からだ。そうに違いない。
 ・・・人間であったころの記憶がフラッシュバックしそうになり、かぶりを振る。

 アリアンは基本的に面倒見がよく優しいから、この世界について無知で、しかも呪いを受けて人前にそうそう出られない自分を不憫に思って、今まで付き合ってくれていたのだろう。
 しかし、さすがに半年以上もこの世界にいれば、大分常識的なものも理解できてきたし、なんとなれば温泉で解呪した姿で出歩くこともできる。
 アリアンの手を借りずとも、十分ひとりで暮らしていけるだろう。
 親切で意外に心配性な彼女は未だに自分の世話を焼いてくれているが、そろそろ大丈夫だ、と伝えて彼女自身の生活に戻ってもらうべきではないだろうか。 
 寂しい、という気持ちはあるが、完全に縁が切れるわけでもないのだし。

「・・・うむ、そうしよう」

 ひとりごちて顔を上げると、アリアンがイビンと共に店内に入ってくる姿が目に入った。恋人である男は伴っていない。

「アーク、ひとりでよくたどり着けたわね」

 自分の方向音痴を熟知した彼女の言葉は、耳を素通りする。
 言うべきことは言わなければ。

「アリアン殿、買物は我ひとりで大丈夫だ」

「え? 何言ってるの! 私も色々見たいから付き合うって・・・」

「いや、付き合いはここまでで大丈夫である。アリアン殿はあの方と過ごされると良い」

「・・・? あの、方??」

 形よい眉根を寄せて、首を傾げる。

「うむ、今まで恋人との逢瀬の時間を我の為に取らせてしまい申し訳なかった。我はもう大丈夫であるから・・・」

「・・・っ、はああぁぁぁあ?」

 店内に響き渡る声。
 声を発している間に、状況を理解したらしいアリアンは、鬼の形相で姉であるイビンを振り向いた。

「お姉ちゃん!」

「はーい♪」

 イビンに詰め寄り、その手を掴むと、一度此方を振り返って「待ってて」と厳しい声で言うと店外に出て行ってしまった。
 姉を問い詰め、叱責するアリアンの声は大きく、店内にいても聞こえてきたのだが・・・何を言っているのか、自分にはよくわからなかった。

「なんで余計な事言うのよ!」

「だってぇ、あのミノタウロス頭を妬かせてみたかったんだもーん」

「そういうの、いいから! 私は私のペースでいいんだから!・・・他に何か言った?」

「別にぃ。アリンちゃんのお胸が素敵ね、って話をしてただけでぇ」

「・・・っ! そういうのも、やめてってば!」

 ミノタウロスの頭を焼く? マグロの兜焼きのようなものだろうか。この世界では魔獣も食するようだし、意外と美味いのかもしれんな。



「・・・で、彼は、私のメープル所属時代の同僚。恋人とかそういう事はないからっ」

 イビンの口利きで壊した水屋の修理を無料で請け負ってもらい、他にアリアンの意見を参考に、座卓と文机と箪笥を購入した。
 それらは水屋の修理が終わったころに取りに行く予定となった。

「そもそも、彼にはエルフ美人の奥さんがいます。それに、あの時話していたのも、ほとんどアークの話題だったんだから・・・」

 アリアンに怒られてもめげないイビンが、先んじて席を取りに行ったおすすめのカフェに向かう途中、そんな風にアリアンは言う。

「我の話題?」

「そうそう! あの人、アークとウェルフィヴィスロッテ様の模擬戦を見ていた上、ヒルク教国戦にも参加していたみたい。アークの事、すごく褒めてたのよ! それで、いつか手合わせをお願いしたい、って」

 今まで膨らませていた頬を少しだけ色づかせ、にこにこ笑顔になる。
 あの男と話していた時と同じ笑顔だ。
 何が嬉しいのかは分からないが、彼女のそんな笑顔にほっとする自分がいる。

「きゅん、きゅん」

 カフェが近づいてくると菓子を焼く甘い匂いが周囲に漂い、騒ぎ出した兜の上のポンタが我先に飛び立とうとするのをキャッチして、アリアンに手渡した。
 アリアンは嬉しそうにポンタを受け取ってその胸に抱くと、しばらく押し黙ってから、足を止め、自分をじっと見上げてきた。

「ね、もし、もしもよ」

 金色の双眸が、不安げに揺れる。

「私が再びメープルの戦士なって、先の長い任務について・・・滅多にアークに会えなくなったら、どうする?」

 アリアンに滅多に会えなくなる、か。
 先ほども考えていた事だが、それは・・・。

「寂しいな」

 自分の言葉にアリアンは唇を緩める。
 けれど。

「だが、仕事ならば仕方ない。時折、骨休めに温泉にでも入りに来れば良いではないか」

 続く自分の言葉に、アリアンは再び盛大に頬を膨らませた。

「アークなんて、私がいなきゃ常識を何も知らないくせに!」

「いやいや、最近はそうでもないぞ」

「放っておくとどこかで迷子になってるくせに!」

「それは否定できんが、何とかする術くらい持ち合わせておるよ」

「!! アークって、ほんと・・・女心が何もわかってない!」

 その通りである、とは言わずにおいた。
 ・・・そこについては、既に記憶から遠くなったかつての世界の事が、蘇りそうでもあったからだ。

 でも、まあ、何はともあれ。
 アリアンとの関係がここまで、とならなかったことは、幸いではあった。
 なんだかんだ言って、彼女と過ごす時間はこの世界に来てから当たり前となった、楽しくあるいは心安らぐものであるのは確かなのだから。

 ぷんすか怒る彼女の背中を追いかけて歩みを進めながら、この時間がずっと続けばいい、と願ってしまうのだった。

* * * * *

「アークも・・・揉みたい?」

 思わず、口に入れたエルフ特産ワインを噴き出してしまった。
 自分の胸元に手をやって、少し頬を膨らませてそう言うアリアンは、確実に酔っていらっしゃる。
 だから、止めたのに。

「いや、うむ、それは・・・」

 骸骨姿のおかげか人間の頃のような衝動はないが、肉体が戻っていたらちょっと危なかったかもしれない。

 メープルで買い物をした後、ララトイアの里に向かってディランとグレニスにお茶会についての相談をしてから、社の家に戻ってきた自分とアリアンは、完成間近の家を見ながら庭となる周辺の雑木の伐採と整地を行った。
 その後、魔道具類もいくつか買い揃えてどうにか使えるようになってきた台所で自分が手料理を作り、隣の囲炉裏のある板間で食しているところだ。
 台所も板間も、形は出来ているが備え付ける予定の設備や家具はほとんどまだなので、がらんとして殺風景である。
 自分の作ったすき焼きモドキ(醤油があれば、なんとかなった)に舌鼓をうちながらも、何やらご機嫌斜め気味のアリアンが、自分の静止を聞かずにワインを煽った結果が、今、である。

「アークも時々見てくるもんねー。知ってるんだからぁ」

 薄紫の肌が赤くなっているためか、色を増して見える。

「アークの、助平ぇ」

 顔をずいっと近づけてくる。自分に肉のついた唇があれば、触れていたであろう距離である。
 そのまま自分の頸椎に手を回し、ぶら下がる形で下から見上げてくる。
 半眼となった金色の瞳が、酔いの為か潤んでいる様子が、大層色っぽい。あと、話題の豊かな双丘が骨に当る。
 吐息は少々アルコール臭がするが、甘く吐き出されるそれに頭骨を撫ぜられて、さすがに色々ぞわぞわする。

「・・・アークぅ」

 艶めいたピンクの唇が誘いをかけてくる、が、骸骨姿で欲情はない・・・ないの、だが。

「ア、アリアン殿、いい加減離れてはくれんか?」

「・・・アークが冷たい。アークは、女心がちっとも分かってない。分かってないのぉ」

 なぜか顎の下に頭突きをいただいた。
 頑丈な骸骨で良かった。

「アーク、私は・・・私、はね・・・」

 胸骨にこつんと頭を寄せて、スンと落ちた声でつぶやく。
 酔っ払いのテンション乱高下はどこの世界でも共通か。

「アークなら、いいよぉ」

「・・・・・・ん?」

 酔っ払いの思考回路なので、混線しているのだろう。どこからの繋がりかさっぱり分からない。
 困惑する自分をよそに、アリアンは普段着として着ているエルフ族特有の模様をあしらったワンピースの前の襟の合わせを開け始めて・・・。

「んんっ!?」

 丁度その直上にあった視線がそこに釘付けにならざるを得ないのだが、大丈夫、前の世界で理解している
 酔った勢いで懇ろになる事は、後々のトラブルの確実な発端である、と。
 ・・・そもそも、骸骨ではあれこれできまいが。

「アリアン殿! とりあえず、だ・・・そ、そう、温泉に入ってくると良いぞ。今日はいろいろあって疲れたであろうからな!」

 言いながら、不自然にならないようそろりと体を引きはがす。
 酔っ払いの導火線に火をつけてはならない。

「・・・温泉」

 ぼんやりとしたアリアンが口にする。
 酔って風呂、は、あまり良くはないだろうが、水分をたっぷりとって湯船に入れば酔いも抜けるはずだ。

「うむ。片付けなどは我がしておくから、のんびり入ると良いぞ!」

 言いながら徐々に、アリアンから体を離すのに成功する。
 よたりと立ち上がったアリアンは焦点の定まらない目でこちらを見ると、妖艶に笑った。

「アークも一緒に・・・」

 はい、無理。
 手元にあった水の入ったコップをアリアンに押し付け、その背を温泉の脱衣室まで押しやった。

「ごゆっくり」

 さすがにそこまで行くと、素直に脱衣室に入って行ってくれたのだが・・・不安だ。

 アリアンの乱行で散らかった即席の机の上を片付けながら、ため息をつく。
 きっかけは、やはり昼間のイビンによるあれこれだろうか。そして、明後日のローデン王国行きの件も関係しているのかもしれない。
 ローデン王国の「第二王女ユリアーナ」からの「私的」な茶会への誘い。

 今日ディランからお茶会を受けるに至った経緯を聞いて、やっと思い至った。例の死者蘇生を行ったのは、彼女に対してだったと。
 その件を何かしら聞かれるのだろうとは思うのだが・・・そこについては、ディランにもアリアンにも詳細を明言できておらず、アリアンはそれを少なからず不満に思っているようだった。
 アリアンの乱行の発端は十中八九それだろうが、乱行の内容については・・・さっぱり分からない。
 あれか、エルフにはそういう気分になる時期があるとかそういうエロファンタジー系の設定があるとか・・・。

「まあ、我に対して遠慮がないというだけの事だろうがな」

 そこの部分について、思考を進めたくないと思う自分がいる。

 片付けた食器を流し場に持っていき、洗い桶で洗いながら、ため息をつく。
 明後日のローデン王国の茶会の席には、アリアンも「従者」という形でついてきてくれることになったのは正直ありがたい。自分ひとりでは確実に何かやらかす自覚はあったからだ。
 一応、泉の水は飲んでいくつもりだし、いざという時のために携帯もしていくもりだが・・・人前に素顔を出せない疚しい身としては、事情を知るフォロー役がいてくれるというのはそれだけで心強い。

 食後の片付けを終えて、その日買取予約をしてきた家具の配置を改めて見直したり、必要なもの思い描いたりしている間に時間はあっとう間に過ぎ・・・。

「きゅん、きゅん?」

 食後に熟睡していたポンタが目を覚まして何かを感じ取ったような鳴き方をした。

「どうした、ポンタ?」

 そういえば何か忘れている。

「きゅん!」

 今まで寝ていた自分の外套の上から飛び起き、ポンタが一目散に走っていった場所に、自分は手を打った。

「アリアン殿がまだ出てきておらんだか!」

 不安は的中したようだ。
 風呂場に入ると、のぼせた様子でぐったりと浴場の床に横たわるアリアンがいた。
 裸である。

 できるだけ直視しないように、バスタオルを持って彼女の上にかけると、真っ赤になったその頬を軽くたたいた。

「アリアン殿、大丈夫であるか?」

「うー・・・気持ち悪い・・・」

 意識はあるようだ。

「歩けるか?」

「・・・無理っぽい。目の前がぐるぐるする」

 アリアンの額に手を当てる。
 骨の身であるが、不思議と体温を感じることはできる。
 確かに火照っていて熱いが、意識もしっかりしているようだし、しばらくすれば起き上がれるようになるだろう。

「水を持ってくる。しばらく横になっているがいい」

 額から手を離すと、追いすがるようにアリアンの手が自分の手を握った。

「・・・ずっと、考えてたの。アークは、元の自分の世界に・・・大切な人はいるの? 元の自分の世界に、戻りたい?」

 静かで、どこか震える声。
 元の世界戻ることは・・・正直、諦めた。諦めるにたる程度の未練しか、ない。

「・・・もう、戻れはしないだろう。我はこの世界で生きていく」

 そのために、この社跡を整備しているのだ。
 無意識で濁した返答を、アリアンは察してしまったようだが・・・聞き直しはしなかった。

「・・・そう・・・じゃあ、」

 何か言おうと口を開き、止める。

「アリアン殿?」

 握っていた自分の手を離し、手で目を覆う仕草で大きく息を吐く。
 唇を引き結んで、言うべき言葉を探しているように見える。

「きゅぅん?」

 しばらく沈黙が広がり、アリアンの横で座り込んでいたポンタが心配そうに小さな声で鳴く。

「・・・まだ・・・から」

 薄く開いた唇から小さく呟かれた声は、耳に届かない。

「・・・お水、欲しい」

 次の言葉はさすがに耳に届いた。

「うむ、待っておれ」

 台所から飲料用の水を持って戻り、横になるアリアンの傍に近づくと、彼女はゆっくりと半身を起こした。
 ぼんやりしていたアリアンは己の今の状態を失念していたらしく、体にかけられたバスタオルがはらりとまくれ落ちて・・・定番のラッキースケベハプニングは意外と身近に起こるものだな。

「・・・っ!! いやぁああああっ!」

 叫んだ勢いで、精霊魔法炸裂である。
 元気になって何よりだ。
 だが、折角山野の民に厚意でもらった着物に焦げ目が出来たのは、厳重注意だな。

つづく