猫少年Z

T.新月


 ネコのゼフェルがやってきてから、アンジェリークの一家は実に賑やかになった。

 まあ、確かに、以前から賑やかな家庭ではあったが、ネコのゼフェルとアンジェリークを中心に、笑いが絶えない日々が続く事になったのだった。

 ゼフェルは、家にやってきて以来、まるで、そこが初めから自分の家であったかのように、リビングのソファーで気ままにくつろぎ、庭先で日向ぼっこをして……時折、ふらっと外に出て行くものの、食事の時間には必ず帰ってきた。特に、アンジェリークが帰ってくる時間には、いつも、門柱の上で何気ない様子で昼寝をしていた。

 頭の良いこの猫は、すぐに、家のルールも覚えた。自分の寝る場所も(議論の末、アンジェリークの部屋になった)、食事の時間も、そう、家族の帰る時間も。

 また、ゼフェルは、人に触られるのを好まない。触ろうとすると、するりとその手をすり抜ける。無理に触ろうとすると、必ず、しっぺ返しをくらう。つまりは、体中に引っ掻き傷をつくるような………その被害は、主にアンジェリークにあったものの……。

「でも、顔には絶対爪をたてないのよねぇ、この子。顔は女の命って、知っているのかしら?」

 そう、母親の言葉どおり、手や足が傷だらけだったにも関わらず、何故か顔はまったく無事なアンジェリーク。

 でも、一度だけ、顔を引っ掻かれた事も、あったり、した。

 それは、ゼフェルがやってきた翌日の朝の事……。

 ゼフェルよりも随分遅れて目を覚ましたアンジェリークは、部屋に猫がいない事に慌ててリビングに駆け込むけれど、そこには、朝一番のミルクを飲む猫の姿があって、ほっと溜息をついて、ふと、こう、言い出した。

「ねえ、パパ?」

 猫の後姿をじぃっと見てしばらく考え込んだ後、アンジェリークは、くるくると光を宿して新緑の色に輝く好奇心いっぱいの瞳で、ソファーで新聞を読む父親を見上げた。

「あー、なんですか?」

「あのね、この子……男の子? 女の子?」

「……はあ、そういえば、どちらでしょうねぇ。普通、オス猫はメス猫よりも一回り体が大きいものですが……この猫は、まだ完全に大人になりきっていないようですから、外見からは判断できかねますねぇ……」

 のほほーんと言う父親の言葉を受けて、再びアンジェリークは頬杖をついて考え込んだ。

 外見から男か女かを判断しかねると言うのなら…………あと、残る方法は、ひとつしかないではなかろうか?

 ―――で、アンジェリークがとった確認の方法は、やはり………。

「………………………あ、男の子だ」

 ご馳走様の挨拶代わりにしきりに顔を洗うゼフェルの背後を取り、形よく伸びる長い尻尾を持ち上げて………。

 そう、呟いた次の瞬間、アンジェリークの顔に見事な4本筋の引っ掻き傷が出来上がっていた。

 アンジェリークが、ゼフェルの尻尾の下に、まるでアクセサリーにでも出来そうな、対の毛玉を目に入れた後、すばやく体を翻したゼフェルが彼女の顔に向けて飛びかかっていたのだった。

 ―――いやぁん、思ったよりも、立派(ハァト)。
 とは、見た直後のアンジェリークの感想であったが・・・・・・余談である。


 「……………痛い、かも……」

 呆然とアンジェリークが呟いたそのあと、引っ掻き傷から血が滲み出して、アンジェリークの頬を伝った。

「あらあら! アンジェリーク!」

 母親と父親があたふたとする中、猫は、アンジェリーク以上に呆然として、その場で固まったように動かなかった。
 猫が人間のように高等な感情を持つわけがないだろうが、その時のゼフェルはまるで、自分がやってしまった事を後悔しているように見えた。


「ゼフェル?」

 アンジェリークの頬を母親が消毒している間に、父親が怒る様子もない口調で猫に呼びかけると、猫は………びくっとして、開いていてキッチンの窓から外へと飛び出して行った。

 アンジェリークが猫を驚かすような事をしたのだから、と、誰もゼフェルを怒ってなぞいなかったからこそ、猫のいなくなった後の朝食は、なんとなく寂しいものとなった。

 昨日ふいにやってきた猫………もしかすると、もう本当の家に帰ってしまったのかもしれない、と、皆が寂しく思っていた。

 けれど………アンジェリークが顔に大きな絆創膏をつけて、ゼフェルの事を心配した沈んだ面持ちで家を出たところ、ゼフェルが門前にちょこんと座っていて、まるで、アンジェリークに謝罪するように彼女の足元に擦り寄って小さく鳴声をあげると、するりと家の中に入っていた。

 とたんに、アンジェリークの愁眉は開いた。

「いってきまぁす!!」

 ゼフェルとの生活は、これから―――。





 不思議な猫。

 不思議な、不思議な猫、ゼフェル。

 他にも、皆でテレビを見ているとき一緒になって見ていたり、新聞の上でまるで新聞を読んでいるように座り込んでいたり……。

 どこか、猫らしくなくて、けれど、気ままで自由な猫そのもの。

 正体不明? ただの猫? 

 色々、色々、謎だらけの、新しい家族。

 そして、更に不思議な事が……。

 それは、一月に一度巡り来る、新月の夜。

 月がその輝きを完全に失い、宇宙のステージが輝く恒星たちだけのものになる日。

 けれど、日々を一生懸命生きる歳若い女の子は、夜のそんなムードに浸る事なく、疲れた一日を癒す為に就寝するだけ。

 カーテンを閉めきられた夜の部屋、暗くて静かな空間。

 そこに眠るのは、ひとりと一匹。

 その晩は肌寒かったから、嫌がる猫を無理やり布団の中に引き入れて……ひとりと一匹は眠る。

 アンジェリークと、猫。

 だけの、はずだったのだけれど……。

 寝返りをうったアンジェリークの手に当たるのは、やや硬質ではあるけれど、しんなりした暖かな毛皮……だった、ちょっと前までは。

「………ん? ………ん、ん?」

 でも、今、アンジェリークの手に当たる感触は……暖かな………人肌???

 滑らかな人の皮膚の手触り。

 確認するために手を動かせば、ちょっと、筋肉質でごつごつしてる??

「ん? あ……んん?」

 よくよく考えれば、体中、包まれるような温もり?

「? ? ? ………んっ?」

 人と一緒に寝るなんて、ここ何年なかった。

 数年前まで……小学生の頃は、よく、パパやママや、今は寄宿舎に行って留守の兄と寝ることもあった。

 でも………その日は、自分の部屋で、自分一人で、寝たはず……。

「????????」

 完全に寝ぼけていて、働かない頭を、一生懸命動かし始める。

 ―――確か、今晩はひとりで寝たのよね?―――うん、そうだわ。

 ―――でも、寒いから、ゼフェルを布団に入れたのよ?

 ―――だって、さっきまで、横にいたのよ?

 ―――ゼフェルは、猫で、毛で覆われていて、こんな人肌の感触はしないよね?

 ―――それ以前に、こんなに大きくないわ。

 ―――じゃ、なんで?

 ―――横にいるのは、だれ?

 ―――ゼフェルじゃないし……えーと、パパやママでもない、と、思う。

 ―――お兄ちゃん?―――な、わけないよね。

 ―――じゃあ?

 ―――じゃあ、これは、誰?

 ―――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ―――えっと・・・・・・・・・・。

 ―――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「………?」

 ―――………………。

「……!?」

 ―――誰なのっっ!?

 やっと、頭が働き出したアンジェリークは、布団を跳ね上げてがばりと飛び起きた。

 横に寝ていたのは……。

 横で、健やかな寝息をたてていたのは……?

「……………!?」

 アンジェリークは、ひどいショックに声を失った。

 見ず知らずの、全裸の、少年が、隣には、寝ていた!

 なんで? どうして!?

 身に覚えは、ない。―――当然である。

 両親のいる実家に、いきなり見ず知らずのオトコを連れこむほど………いやいや、それ以前に、ひとりで眠りについたのに、なんで、いきなり、見ず知らずのオトコが横にいるというのか?

 アンジェリークは再びパニクっていた。

 どうしていいか分からずに、半ば頭が真っ白になりかかっていた。

 目は暗闇に慣れて来て、少年の姿がはっきりと見えるようになってきていたくせに、頭だけは混乱を続けて……。

 けれども……………。

「………んっ……」

 隣に眠っていた少年が、寝返りをうった。今まで、全裸で、横向きに寝ていたのが、仰向けになったものだから……。

 見えるものは見える。しかも、歳若い少年はとっても元気。

 アンジェリークビジュアルでは……。

 ―――なに? なに、なに、なに???? これわ、なんなの!? 

 ―――そりゃ、子供の頃に、パパのとか、お兄ちゃんのとか、見たことはあったけど……なんか、違う!? こんな、だったっけ!? もっと、ふにゃふにゃって、してたよおうな気が……。

 ―――てゆーか、身内以外の、こんなの、見たのはじめて……ぢゃなくて、ぢゃなくてっっ! ぢゃなくて、えーと、その………………。

 ―――ふつー、こういう、見なれないヒトサマのモノを見ちゃった場合は・・・・・・見ず知らずのオトコノコにいきなり同衾されてた場合は・・・・・・。

 ―――こういう時に、とる、対処は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 アンジェリークは、混乱しているんだか、冷静なんだかわからない思考でそう考えると、思いきり、息を吸い込んで・・・・・・・・・。

「………………きゃあああああっ!!」

 大絶叫を、上げた。

 彼女の悲鳴に、激しくびくっとして、少年は目覚めた。

「…………!!」

 その、瞳。ルビー色の瞳を、少年は、見開いて、アンジェリークの方へ振り向いた。そして、アンジェリークのエメラルドの瞳と、出会った少年は体を、固めた。

 しばらく、ふたりはそうして、見詰め合っていた。

 鮮烈なルビーの瞳に、アンジェリークは吸い込まれそうになっていたのだ。

 見知らぬ少年も、また、アンジェリークのエメラルドの瞳に見惚れていたのかもしれない。

 けれど………。

 アンジェリークの悲鳴を聞きつけて、両親が慌しい足取りでこちらに向かってきていた。

 ばたばたと忙しい足音に、少年はもちろん、アンジェリークもはっきりと意識を取り戻して…………。

「いやややぁ!」

 再び、悲鳴を上げたのだった。

 で、少年は……。

 すばやい動きで、アンジェリークを押しのけるようにして窓際に寄り、窓を開けると、そこから、飛び出して行った!

 その様子をアンジェリークは、呆然と見ているだけだった……。

「アンジェリーク!?」

「大丈夫なの!?」

 部屋のドアを大きく開けて、両親が飛び込んできて見たものは。

 ベットに呆然と座り込むアンジェリークと、風にゆれている窓のカーテンだった。



 

さてさて、アンジェリークに夜這いをかけた、謎の少年は何者であるのか!?


 ―――って、題名からも、ばればれだけどね♪

 






<言い訳>

お下劣なネタほど、笑えるんだよねぇ・・・・・・。

人間って、ふ・し・ぎ(笑)。

って、事で、このお話で、お下劣担当は、やはり、ゼフェルか?

がんばってもらいたいものですねぇ(^^;)。