聖夜の夜想曲(せいやのノクターン)



 その日、聖地の空模様は芳しくなかった。

 鉛色をした厚い雲が空を覆い、稲光が雲の合間から不気味に明滅を繰り返していた。

 聖殿では女王陛下がティータイムに補佐官と共にくつろいでいる所に、突然、激しい雨が降り出す。

 窓から外を見上げていた女王は、小さく、呟いた。

「なんだか、嫌な予感がする……」

 



 

 最後に会ってから、どれくらいの日々が過ぎたのだろう。

 もう、会えないのだろうか。

 会うことも、ないのだろうか。

 こんなに遠くに離れていて、立場の違う自分と彼女。

 会えば、離したくなくなるとは、分かっている。

 それが、許されないことも。 

 けれど、会いたい。

 たとえ、離れなければならなくても。 

 すぐに、別れなければならないことが分かっていても。

 彼女に会いたい。

 会ってそのぬくもりを確かめたい。

 彼女を確かめたい。

 暖かな、彼女の存在を………。

 



 

「うーさみぃな……」

 時は年の瀬、人のにぎわう街中。

 真冬の寒風が吹き抜ける街中を、少年はひとり、歩いていた。

「んで、オレがこんなパシリみてーな事しなきゃなんねーんだよ……」

 ぶつぶつと何事かぼやきながら、ジャンパーの襟を立て、少年は寒さに身を震わせた。

「にしても、ちょっとこっちに来ねー間に、この時期に、いってー何の祭りをやってんだろうな?」

 街中は赤と緑の華やかな飾りにあふれていた。

 少し耳を澄ませば、楽しげな音楽がどこかの店の中から聞こえてくる。

 身を震わせるほど寒いというのに、にぎやかな街を歩く人々の表情はどれも暖かな幸福にあふれているように見えた。

 長い間、俗世間を離れ、ある意味隠遁生活をおくっている少年は知らなかったが、ここ数年、この主星では辺境のとある惑星より伝えられた年の瀬の祭りが流行し、定着しつつあったのだ。

 楽しげに笑いながら腕を組む恋人達とすれ違い、少年はその睦まじそうな様子に、かすかにうらやましげに瞳を細め、何かを思い出すような表情をした。

「……今ごろ、なに、してっかな……」

 小さく小さくつぶやき、それから、勢いよく頭を振った。頭に取りつた想いを振りきるように。

「寒みーと、ろくでもねー事ばっか、考えちまっていけねーや……」

 自嘲しながら、少年は、ふとある一角に視線をやり、立ち止まる

 少年の視線は街のショウウィンドウに釘付けになっていた。

 ガラスの向こう、やはり赤と緑に彩られたディスプレイの中、少年の眼を引いたは白金の台に瑠璃色の石を嵌め込んだネックレスだった。

「……あいつの、瞳の色だ……」

 見た瞬間に、思い浮かんだのは心に焼き付いて離れないただ一人の少女。

「……あいつに、似合うだろうな……」

 そして……気が付けば、彼の足はその店の中へと向かっていた。

 



 

「あの子も、色々と忙しいみたいね」

 金の髪の少女がため息をつく。

「まだまだ宇宙は成長途上だし、することは山積みのようだわね」

 青い髪の少女が眉を寄せる。

「クリスマスなのにね」

「ええ。そうね、クリスマスなのに、ね…………………ふたりとも、会いたいでしょうね」

 二人の少女は、顔を見合わせて、悲しげな表情をした。

「うん。でも、そうもいかないんでしょう?」

「……緊急事態でもないかぎり、次元回廊は使えないわね」

「緊急事態………に、できない?」

「え? あんたは、また、なにを?」

「だって……会わせてあげたくないの? 私だったら、会いたくて、会いたくて仕方がなくなるわよう。あの方とこんなにも長い間会えないなんて」

「………………………緊急事態……そうね…………たまには、起こるかもしれないわね、もしかして」

「! いいの?」

「クリスマスだから、いいわよ。わたくしから、あの子へのプレゼント、とでもしておきましょうか……………この緊急事態」

 ふたりの少女は、にっこりと微笑み合った。

 



 

「って、こりゃ、なんだ??」

 そこは厳粛なる謁見の間である。

 赤や緑や、色とりどりの装飾と点滅するランプに彩られてはいるが、そこは、確かに謁見の間である………はずだ。

「ゼフェル様、おかえりなさい〜。ご苦労様でした」

 脚立に乗って、窓に緑色のモールを取り付けていたのは、宇宙を導く崇高なる女王陛下の右腕の補佐官である……はずだ。

 脚立の上で振り向いて、扉の前に立つ彼に零れ落ちそうな無邪気な笑顔を披露したものの、わずかにバランスを崩して、目の前のカーテンにしがみついた。

「お嬢ちゃん! だから、俺がすると言っているだろう!?  いい加減、危ない真似はよすんだ!」

 肩から色とりどりのモールをぶら下げながら、補佐官の脚立をはらはらした表情で押さえている体躯の良い赤毛の男は、宇宙を導く九つの柱の一人、炎の守護聖の……はずだ。

「だめっ。オスカー様ったら、大雑把なんだものっ。そうゆって、さっきしてもらった所、ほらっ、ぜんぜん飾りつけになってない!」

「だが、お嬢ちゃんがそこから落っこちて怪我する危険性を考えれば、多少大雑把でも……」

「多少!?  全然多少じゃないじゃないですか。私は、等間隔にくっ付けてって言ったのに、これじゃあ、まるでジャングルの木に絡まる蔦じゃないですか!」

「それはそれで味があるだろう? ほら、無茶言わないで、降りてくるんだ」

 痴話喧嘩……とういうよりも、単にいちゃついているだけに見える。

 なんとなく居たたまれなくなったゼフェルが、頼まれていたものをその場において、そこを出ようとすると……。

「そうだ、それじゃあ、ゼフェルにしてもらえばいい。こいつの器用さは、お嬢ちゃんも知っているだろう」

 お鉢が、彼に回ってきたようだ。

「おい、こら、なんで、オレがしなきゃなんねーんだ!? パシリに行かされて、これ以上なんかさせられるなんざ、ご免だぜ!」

 振り向いて、カッとばかりに怒鳴りつけるが……。

「そうよねっ。器用な鋼の守護聖様に飾り付けてもらえるなんて、この上ないことだわっ!」

 金の髪の天使が翡翠色の瞳を輝かせるのに……逆らえやしなかった。

 

「で、この飾り付けはなんなんだ? なんか、祭りでもすんのか? 外もこんな風にごてごてに飾りたてられてたんだけどよ、なんなんだ、コレ?」

 一度はじめたら、結局、徹底的にしなければ気のすまないゼフェルであった。

 脚立から降りた金の髪の補佐官は、ゼフェルに買ってきてもらったものを確認しながら、くすっと笑った。

「聖地の方は知らないのね、クリスマスの事」

「なんだ、ソレ?」

「私の小さい頃にはもう流行り出していた、お祭りなのよ。辺境の惑星に伝わる、年末のお祭り。なんでも、元は偉大な聖者様を祭ったものらしいけど……聖者様は出汁になっちゃってるのね」

「……余所の惑星の聖者を祭るのか、女王の宮殿で? そもそも、おめー、こんな事してロザ……いや、女王の奴が怒らねーのかよ?」

「だって、この企画、そもそもロザリ……陛下が言い出したのよ?」

 今度は飾り付けの人形や色とりどりのカラーボールを確認し出した補佐官は、あっさりと言う。

 辺境の惑星の聖者を称える祭りを、宇宙を導く女王の宮殿で行うとは……なんとも、滑稽なことだ。

 ゼフェルは、いまさらながら、年若い女王とその補佐官の破天荒な行動に(自分の事をまったく棚上げして)ため息をついた。

 そんなゼフェルを横目で見て、補佐官は笑みを押し殺したような表情をしたが……ゼフェルは気づかなかった。

「私達はね、まだスモルニィにいる頃、このクリスマスをとても楽しみにしていたのよ。冷え込む年の瀬、忙しさも、寒さも忘れて、みんなと集まって、食卓を囲むの。テーブルの上には綺麗に飾り付けられた料理の数々、それから赤いイチゴののっかったケーキ。みんなで色々なゲームをしたり、おしゃべりしたり……プレゼント交換もしたわね。とても、幸せで暖かな気持ちになったわ。大切な人達に囲まれて、ああ、私はなんて幸せなんだろう、って、実感したのよ」

 補佐官が、本当に幸せそうな表情をして語るのを、ゼフェルはじっと、見ていた。

「愛する人達とすごすお祭り……そうね、だから、クリスマスはね、恋人たちのお祭りでもあるの。愛し合うふたりが、クリスマスに、その想いを感じあう日なのよ。お互いの愛を語る日なの」

 くすっと笑い、補佐官はゼフェルを見上げた。

 補佐官の話に聞き入っていたゼフェルは、補佐官のどこか茶化すような眼差しに、顔を真っ赤にした。

「けっ、なんだよ、そのくせーのは」

 言いながらも、補佐官の言葉に、なにかしら、感じているようだった。

 くすくす笑い出す補佐官。

 そこに、謁見室の扉が開かれて、オスカーと数人の使用人達が荷物を抱えて入ってきた。

「なんだ? ふたりで楽しそうに。ゼフェル、俺のお嬢ちゃんに手を出そうなんざ、十年ばかり早いんじゃないか?」

 本気半分、冗談半分といった口調に、ゼフェルはただオスカーをにらみ付けた。もちろん、そんなゼフェルの視線なぞ、オスカーには通じず、自分の口から出したセリフを瞬時に忘れ、使用人に命じて荷物を運び込んだ。

「お嬢ちゃんの言う通り、裏手の森からモミの木を持ってきたぜ。これくらいのサイズでいいんだな?」

「ええ、ありがとう、オスカー様。うん、素敵素敵。いい感じだわ。聖地にも、モミの木があってよかった、ホント」

 自分の背丈の倍近く高い、枝振りの良いモミの木を見上げて、補佐官は満足げに笑った。

「喜んでもらえて幸いだぜ、俺のお嬢ちゃん」

 いいながら、補佐官の肩を引き寄せ、口付け用とするオスカーの腕から、するりと抜け出した補佐官。(オスカーの唇が宙をきっているの哀れです)

「さて、これからもっと忙しくなるわ。夕方までに、飾り付けを終えなくちゃ! 女官達にも手伝ってもらいましょう」

 めいっぱい張りきる補佐官は、使用人達に手の空いている女官を数人連れてきてもらうように依頼し、指折り数えて忘れ物の確認を始める。

「ええと、あと、お料理はもう厨房に頼んであるし、ケーキは……ロザリアが作っているし……ああ、私も後でお手伝いに行く約束だったわね。えと、それから…………」

 一部聞き捨てならないセリフがあったものの……オスカーもゼフェルも、驚いた顔はしたが、何を言っても無駄な気がして、ただ頭を抱え、突っ込みは避けることにした。

「うん、ほかの守護聖の方々にも、ちゃんと招待状は行っているし、オーケィオーケィ。後は、ゼフェル様に買ってきていただいたものを、と……」

 言いながら、ゼフェルがパシリにやらされて買ってきた包みを開ける。

「いち、に……と、大丈夫、数は揃っているわね」

 にっこりと微笑む補佐官を見て、ゼフェルは不満そうに唇を尖らせていた。

「オスカーはともかくよ、なんで、オレだけ、手伝わされなきゃなんねーんだ? くそさみーのに、そんな妙なモン買うために外にパシリに行かされるわ……」

「あら、だって、外の世界に一番なれているの、ゼフェル様じゃないですか? よかったでしょう? おつかいを理由に公然と外出できて、ね?」

 補佐官としては、至極無邪気に理由を述べているだけだが……ゼフェルもそれはわかっているが、とりようによっては皮肉を含んだような言い方に、むっつりと口をつぐまずにはいられなかった。

「外出ついでに、なにか、買って来ました?」

 更なる無邪気な言葉に、ゼフェルは……眉を寄せた。そっぽを向いた。

「なんで、んな事おめーに言わなきゃなんねーんだよ」

 少し頬が赤みを帯びている。

 そんなゼフェルの様子に、補佐官は、彼の事を見透かしているかのように、忍び笑いをもらし、再び自分の仕事に移った。

 文句を言いつつも、しっかりと飾り付けを手伝いながら、ゼフェルは……懐の中に大事にしまってある、小さな包みに手をやった。

『いつ渡せるかわかんねーのに、オレも馬鹿だよな。……クリスマス、か。今日、あいつに渡してやれればいいのに…………』

 

 

 クリスマスパーティは、とても賑やかに行われた。

 補佐官と女王からの招待に、守護聖全員が集まったのは言うまでもなく(腰の重い一部の方も、可愛い補佐官の招待は断れなかったとみえる)、聖地に勤めている人々にも、ご馳走が振舞われた。

 女王陛下と補佐官手作りのケーキは皆に好評で、かなりの大きさと数であったにもかかわらず、あっという間になくなってしまった。

 宴もたけなわな頃、青い髪の女王陛下がにっこり笑って皆に告げる。

「クリスマスには、つきものの物がいくつかあります。ご馳走、クリスマスケーキ、クリスマスツリー、皆さんの笑顔……」

 言いながら、にっこり笑って皆の顔を見まわし、言葉を続ける。

「それから、プレゼントと、真っ白な雪………皆さん、窓の外を見てください。今晩限りではありますが、わたくしから皆さんへのクリスマスプレゼントですわ」

 窓の外には……雪が、降っていた。

 常春の聖地であるにもかかわらず、外には真っ白な雪が舞い散っていたのだ。

 歓声とため息が一同からもれた。

「冬のない聖地にいると季節感がなくなりますでしょう? せっかくのクリスマスですもの、一晩だけ、冬の気分を味わってくださいな」

 女王からの粋なプレゼントには、皆感動したようだ。

 更に、補佐官からもプレゼントがあった。

 補佐官からのプレゼントは……ひとりひとりに手渡された。

 その包みに使われていたのは、ゼフェルが買ってきたもの。

「これって……靴下? どうして、靴下にプレゼントを入れるの?」

 一番最初に尋ねたマルセルに、補佐官はにっこりと笑った。

「クリスマスプレゼントは靴下に入れてもらうんですよ。そういうならわしなんですって。辺境の惑星では、サンタさんっていうおじいさんが、夜、皆が寝静まった頃にプレゼントを配って回る時に、枕元につるしてある靴下にプレゼントを入れてくれるみたいなんだけれど……」

「ふーん。変なの。なんで、おじいさんがプレゼントを配るの? どうして、靴下なの?」

「うーんと……私も詳しくは分からないんですけど……きっと、クリスマスの夜に、さびしいお年寄りと交流を深めるためのイベントなんじゃないのかしら?」

 ……………それは違うと思うぞ。

 更に補佐官は続ける。

「靴下にプレゼントを入れるのは、ホラ、寒い季節じゃないですか、靴下もプレゼントなんですよ、きっと。おじいさんの心配りじゃないでしょうか」

 …………………それも違うと思うが。

 そして、マルセルは納得する。

「うん、そうかもしれないねっ! その惑星では、くりすます、ってお祭り、きっとおじいさん達、とっても楽しみにしているんだろうねっ!」

 …………………………………………なるほどね。

 補佐官は、その後、一通り皆にプレゼントを手渡して歩いた。

 中身は……補佐官がこの日のために選び抜いたもの。

 ジュリアスには乗馬用の皮手袋を、クラヴィスには紫水晶のブローチを………等々、以下略。

 それぞれの好みのものが入っていた。

 そして、なぜか一番最後のゼフェルには……。

「ゼフェル様にはいろいろと手伝ってもらったから、すっごいプレゼント用意してあるのよ!」

 補佐官は、意味ありげに笑う。

「あ?」

「靴下の中には、とても収まりそうもなかったから、外に置いてあるの。よかったら、今から見てきてくださいません?」

「はあ? なんで、オレだけ?」

「ぜーったい、ゼフェル様、お気にめすと思うんだけど……それとも、いらない?」

 補佐官が少し、悲しげに表情を曇らせるだけで効果覿面。

 ゼフェルはため息とともに頷いた。

 聖地には、この補佐官に逆らえる人間はいないようだ。

「後で、感想、聞かせてくださいね。あ、よかったら、すぐにご自分の私邸に持っていかれてもいいですよ。感想は、また後日」

 にっこり、とても楽しそうに笑った補佐官の意図に、ゼフェルは気づく事なく、そのプレゼントが置いてあるという聖殿の裏手まで向かった。

 





「ゼフェル様、今出ていかれたの?」

 女王が、補佐官のそばまでよってきて、小声で尋ねた。

「うん。そろそろ時間でしょう?」

「ええ、そうね。そろそろ、プレゼントが届く頃だわ」

 女王と補佐官は、悪戯っぽく笑いあった。

 



 

「さみー。なんか、オレ、妙に損な役回りじゃねえか……もしかして」

 それでなくても、会いたい人に会えなくて辛い思いをしているというのに……。

 ぶつぶつぼやきながら、ゼフェルは雪を頭や肩に積もらせながら歩いた。

 外灯が燈るだけの薄暗い聖殿裏手。クリスマスパーティで賑やかな謁見の間とは打って変わって静まり返っている。

「で、どこにあんだ? 裏手って、ここいらだよな??」

 もしかして、かつがれたか、という思いをしながらも、あの補佐官に限って嘘はなかろうとあたりを見まわすが、それらしい物はない。

「なんだってんだよ、まったく……くそっ」

 苛立って、傍の庭石を勢いよく蹴りつけ、結果、自分が痛い思いをしただけだった。

 寒さに体が硬くなっていた為、蹴りの衝撃は、見事に体中を駆け抜け、情けないことに、その場にしゃがみこんでしまった。

「ついてねー……」

 ………てゆーか、これは自業自得だが……ともかく……。

 勢いよくしゃがみこんだ弾みで、懐の中に大事に入れてあった包みがぽろっと落ちた。

 慌てて拾い上げ………ゼフェルは、目を細めて、その包みをじっと見た。

「会いてーな……こんな時に、なんで会えねーんだろ……クリスマス、だぜ……?」

 ぼやくゼフェル。

「…………っ!?

 ・・・・・・ふいに、人の気配がした。

 すぐ傍で、息を呑む気配がした。

 ゼフェルが顔を上げると、そこには………。

「………!?

 驚いた。

 驚きのあまり、動けなくなった。

 薄闇の向こう、木立の影に見えるのは……幻?

 舞い散る雪が作り上げた幻影? 

 会いたいという強い想いがそんな夢をみせたのか………違う。

「ゼ、フェル様……」

 声が、はっきりと耳に届いた。

 幻聴なぞではない、確かな声。

「ゼフェル様!」

 高くすんだ声。

 ずっと、聞きたいと願ってやまなかった声。

 ―――ずっと、会いたいと思っていた、その存在。

「アンジェ、リーク?」

 こんなところにいるはずのない存在だから、疑問形で呼びかけた。

 幻ならば、応えることはないだろうと、思って。でも……。

「ゼフェル様!」

 その存在は……アンジェリークは、ゼフェルのすぐ傍まで駆け寄ってきたのだ。

 やわらかな栗色の髪を揺らせて。

 瑠璃色の瞳をまっすぐにゼフェルに据えて。

 頬を薔薇色に染めて。

「アンジェリーク、なんで……」

 問おうとしたゼフェルを、アンジェリークの声がさえぎる。

「大丈夫ですか!?

「は?」

「なんとも、ないですか!?

「え?」

「何があったんですか!?

「あ?」

「ほかの方たちはどうしたんですか!?

「………あのな……」

「この雪も、その影響ですか!? 聖地に雪が降るなんて、尋常な事態じゃないんですね!」

「……ちょっと、待て」

「ゼフェル様、今はそれどころじゃないんでしょう!? 早く、なんとかしないと!」

「……アンジェリーク、ちょっと、待てって」

「だから……!」

「だーっ! ちょっと、黙れってんだろ!」

「………だって!」

「オレ達、はめられたんだよ!」

 食い違う会話の合間に、ゼフェルの思考はまとまっていた。

「はめられた??」

 事態がよく飲み込めないらしいアンジェリークは、きょとんとしている。

「あいつらに、はめられたんだ……ったく……」

「あいつら?」

 呆然とするアンジェリークの瞳を、ゼフェルは覗き込み、言葉を選んで問い掛ける。

「アンジェリーク、おめー、いつ、誰に、何を言われてここにいるんだ? ゆっくり順を追って説明してみろ」

「はあ……え、と……今日の昼間こちらの補佐官がみえて……聖地が大変なことになってるって……女王陛下が執務室から姿を消して、守護聖様たちも聖殿に閉じ込められてしまったって……。自分は先に戻って準備をするから、私も十分に用意をしてから……夜のこの時刻にここに来るように、って……それで、戦いの衣装だとか言って、このお洋服、くださったの。レイチ……ううん、女王陛下も、気をつけて行ってらっしゃいって、意外に落ち着いて見送ってくれて……」

 言って、自分の着ていた、愛らしい白いワンピースをつまんでみせた。

「…………」

 ゼフェルは、むくれたような表情で、少し、考え込んでから、口を開いた。

「だまされた、な、完璧……」

「え? ええっ??」

 新宇宙の補佐官であるアンジェリークは、事態がよく読めずに、おろおろしている。

 故郷の宇宙の危機だと思い、新宇宙の女王をひとり残してまでやってきたのに……なんだか、自分が思っていた事態とは別のことが起こっているらしい。

 けれど……………そう、けれど、目の前にゼフェルがいて……彼は相変わらずで……アンジェリークはそれだけで、落ち着きを取り戻した。

「察するに、レイチェルも加担してんじゃねぇか? ……ったく」

「え、と……結局、どういう事なんですか??」

 じっと、自分を見上げるアンジェリークに、ゼフェルは、苦笑いをもらし、自分の考えを、話した。

「これは、こっちの女王と補佐官のインボーなんだよ、多分。

そりゃ確かに女王は執務室から姿を消していたろうさ(その頃、厨房でケーキ作ってたんだからな)、

守護聖どもも、皆あるイミ聖殿に閉じ込められているさ(女王陛下と補佐官の主催のパーティを欠席する輩はいないだろうしな)、

大変っちゃ、大変な事態だが…………あのな、単に、今日はクリスマスパーティをしていて……大変な(ほど楽しい)ことになっているってイミなんじゃねぇ?」

「……っ………!!

 完全に補佐官のペースに巻き込まれたらしい。

 栗色の髪のアンジェリークも、唖然としていた。

「えっ、えっ……でもでもっ、どうして、補佐官はそんな事を……なんで、なんで!??

 今度は混乱し始めたようだ。

 答えを求めて、ゼフェルを見上げた。

 久しぶりに、瑠璃色の瞳に見つめられて、ゼフェルは………一気に顔を真っ赤にした。

 そして、思い出す。さっきから手に握り締めていた物を。

 綺麗にラッピングされた、小さな、包み。

「…………これ、やる」

「え?」

 答えの代わりに、差し出されたプレゼントに、アンジェリークは目を丸くした。

「開けてみろ」

「え?」

「いいから、開けてみろ!」

「え……はっ、はいっ」

 がさがさと丁寧にラッピングをといて、アンジェリークは中からビロード張りのジュエリーケースを取り出した。

 それだけでも驚きだったのに、中から出てきたのは…………。

「うわぁ……綺麗!」

 白金の台にアンジェリークの瞳の色、瑠璃色をした石。派手派手しくない、愛らしいデザインのネックレス。

 アンジェリークはお皿のように目を丸くしたまま、ゼフェルを見上げた。

 こんなもの、もらっていいいのだろうか、という戸惑いと疑問がありありと浮かんでいる。

 そんなアンジェリークがかわいらしく見えて、ゼフェルは、唇の端で笑い、そのネックレスを、彼女の手からとって、そっと、首にかけてやった。

「………ゼフェル、様??」

 ゼフェルは……顔を赤くしてそっぽを向いただけだった。

 アンジェリークは嬉しくて、ただ、嬉しくて………こんなプレゼントがもらえたこと……それ以上に、目の前に、変わらないゼフェルがいる事。

 アンジェリークは、久しぶりに、心から、心底心から、笑った。

 空から降りつづける、真っ白な氷の結晶が、いつの間にか周囲を純白に染めはじめていた。

 ふわふわ、風に舞う真綿のようにも羽毛のようにも見える。

 あとからあとから、周囲に積もる。

 淡く、淡く……地に、緑にふりかかり…………初々しく再会を喜び合うふたりにも……。

「くちゅんっ」

 先にくしゃみをしたのは、アンジェリークで……。

「……っ、あ、悪ぃ! ここ、さみーもんな! おめーもそんな薄着で……」

 気遣うゼフェルに、アンジェリークは顔を上げ、笑みをみせる。

 それから……すんなりした動きであまりに自然に、ゼフェルの腕に自分の腕を絡ませた。

「ア、アンジェリーク……!」

 動揺しまくるゼフェルを見上げて、アンジェリークは天使の微笑みのままに口を開いた。

「ありがとうございます、ゼフェル様……でも、私は、何も用意してなくて……」

 後半は、笑顔に蔭りがさした。

 ゼフェルは自分の腕に絡まるアンジェリークの細い腕を感じ、顔をくまなく真っ赤にしたまま、ぼそっと呟いた。

「おめーが来てくれただけで、十分だよ……」

 その言葉に、アンジェリークは、一度驚いた表情をした後、更に強く、ゼフェルの腕にしがみついた。

「メリークリスマス、ゼフェル様……」

「…………メリークリスマス、アンジェリーク」

 女王陛下と補佐官、新宇宙の女王レイチェルからのふたりへのプレゼントを、ふたりは幸せに受け止めた。

 クリスマスの夜に再会した若い恋人達は、それからの時を、ふたりの想い出にするために、優しくその夜を過ごした。

 ―――周りの友人達の親切な陰謀に感謝しつつ。

 





「いやだわ、やっぱり、嫌な予感は当たってしまったようね」

「……落ち着いて、言っている場合なの?」

 ふたりの少女の前には……ふたりの少年が転がっていた。

 死体………? では、なかった、とりあえず。

 ふたりに近づけは、ひどいアルコール臭とかすかな寝息が聞こえる。

「でも、普通、シャンメリーでここまで泥酔できるものなの?」

「アルコールが入っている所に、動き回ったからでしょう(ばく転してるし)」

 クリスマスパーティは終わり、人気もまばらとなった謁見の間(パーティ会場)。

「ん、もう。おふたりとも、はしゃぎすぎだわ……私も、楽しかったけど」

「……ま、いいんじゃない? 今晩だけは……ね。おふたりは、それぞれの館勤めの方に運んでもらいましょう」

 ふたりの少女は微笑み合い、ふと、窓の外に視線を向けた。

「プレゼントはちゃんと届いたかしら?」

「大丈夫よ。この時間に帰ってこないのなら、館にお持ち帰りでもしてるでしょう」

 くすくすっ。

 ―――そして、愛あふれるクリスマスは、しめやかに過ぎて行った。

 

END



 



 

<言い訳>

クリスマスものですっ。(クリスマスが終わるまでに仕上がって良かった^^)

うわーい、短編が書けたー。と、思ったけど、やっぱり長いですね・・・(;;)。

この後のふたりですが・・・・・多分、これ以上の進展はないと思いますよ(笑)。

うちの表の鋼様は限りなく奥手ですから。ちゅ〜くらいなら・・・・・・(^^;)。