イチェルとエルンスト

 

 自由奔放なレイチェルは、聖地から帰ってきて以来、好き放題に遊んでいる。

 王立研究院に席を置いて、宇宙生物の事についての研究をしているから、遊んでいるとはいっても、当然のように研究も『天才』といわれるほどに進めているようだ。

 私には世界が違いすぎて、彼女の研究内容というのが、いかほどにすばらしいのか分からないけれど……。

 私は……アンジェリークと呼ばれる私は、彼女と親友付き合いしているのが不思議なほど、地味で、ただ婚約者のヴィクトールがいつか任地から帰ってきて、結婚することだけを夢に見ている。だから、時々、レイチェルについて行けないな、と思う事すらある。

 彼女が進める研究の事は勿論、彼女の私生活も……。

 とは言っても、彼女は私の性格をよく分かってくれているから、自分の“遊び”に私を無理やり誘うような事はせず、私の許容範囲で遊びに連れて行ってくれるし、私に付き合ってくれる。

 私は、そんなレイチェルだから、親友でいられる。多分、これからもそうあれるだろうと思う。

 けれど……時々、レイチェルには頭を抱えたくなる。

 特に、それは、彼女の“男性関係”で、あった……。

 ボーイフレンドが山ほどいる……美人で社交的な彼女だから、それは当然の事だろう。

 けれども、恋人、となると……。

 私は、恋人は、ヴィクトール唯一人で言いと思う……正直なところ、他の男性に全く興味がないわけでもないけれど、恋人として付き合えはしない。ボーイフレンドにはなれても、それ以上の関係になんて、絶対なれない。

 レイチェルにはその考えは頑な、とも、アンジェらしい、とも言われたけれど……私は、もう既に、一生を共にしてもいい相手というものに出会っているから……いまさら、他の相手とどうこう、なんて考えられない。

 そう、一生を共にしてもいい相手……それは、レイチェルにはまだ見つかっていないそうだ。だから、見つかるまで、これぞ生涯を共に過ごせる相手、と思えるような男性が現れるまで、さまざまな付き合いをしてゆくのだと言う。それは、あるいは、夫探しの人生遍歴、とも彼女は言っていた。適当な相手と結婚して、それですぐに別れてたんじゃ、無駄じゃない、とも。

 その考えは、レイチェルらしい現実主義で、分からなくもない……けれど、やっぱり、私にはついていけない考えでもある。

 ただ、最近、不思議でならないのは……レイチェルが恋人と別れたとき、いっとう最初に愚痴る相手というのが、あの、エルンストさんだというのだ。

 レイチェルに言わせれば、

「あいつってさ、こっちがいらいらして愚痴愚痴言うのに、見事に水を挿してくれるんだよね。それも、至極的確な分析をしてさ。始めは、すごくムカついた。嫌な奴! って思った。でも、少し冷静になった頃、あいつの言った事って、ああそうか、って納得できてきたんだ。それが分かってからよ、あいつに愚痴るようになったの。熱くなっているときにさ、あいつの冷静な分析を聞くと、ふっと冷めるんだ。そして、自分の気持ちを自分でちゃんと分析できるようになんのよ。あいつって、私の解熱剤みたいなものよ」

 不思議な関係だな、と思う。

 レイチェルから見て、エルンストさんの存在って? お兄さんみたいなものなのか、先生みたいなものなのか、単なる都合のいい相談役なのか……それとも?

 そして、エルンストさんから見た、レイチェルの存在って、なんなんだろう?

 聖地から帰ってきて以来、何度かエルンストさんにも会っている。でも、あの人のポーカーフェイスが崩れるところって見たことがない。あの人の表情は決して読めない。

 だから……ふたりの関係って、不思議。

 

 

 

「私達、結婚することにしたわ」

 長男の8歳になったお祝いにきた二人は、唐突に言った。

 その言葉には、私もヴィクトールも……息子達ふたりも目を丸くした。

 レイチェルの男性遍歴はいつになっても終わる事がなく、私はヴィクトールと共によく彼女に結婚を促していたものだ。―――私達が幸せだったから。

 二十歳をすぎて、もう二十代も後数年という今、やっと、レイチェルが男性遍歴を切り上げて、選んだ相手は、今までずっと近くにいたエルンストさん。

「あれよね、やっぱ。幸福は実はすぐ近くにあるのに、それに慣れすぎていて、その存在が見えていないってやつ」

 照れたように頬を染めて、レイチェルは言った。

 そして、これは後に、レイチェル自身が私に語ったその経緯……。

 

 レイチェルは、また恋人と別れた。

 それは、一体何人目の恋人だろうか? 本人でさえよく分かっていない。

 両手の指に足の指を足したところで、その総数は数えられないだろう。

 一日二日で終わるだけの恋人もいれば、一年近い付き合いをした相手もいた。でも、どの男性も、レイチェルに最後の決断をさせるには至らなかった。大半が、レイチェルのほうから別れを申し出た。

 価値観、性格的なものが基本だとしても、天才レイチェルは、頭の中身にもこだわっていた。自分に簡単に論破されてしまうような相手では物足りないのだ。それに、なにより、聖地にて滅多にいない魅力的な男性方を見ているものだから、容姿にも点は辛くなってしまう。

 そして、恋人と別れたレイチェルはいつものように愚痴る相手の所に向かった。

 主星の王立研究院は、宇宙の王立研究院の元締め、である。そこの総責任者をエルンストは勤めていた。

 研究に生涯を捧げているエルンストは、自宅にいるよりも、この研究院で研究をしている時間のほうが長い。自宅にいたのが、一週間に五時間ほど、という事もあったようだ。

「まだ、やってんの?」

 夜更けに、唐突に背後から現れるレイチェルに、エルンストは驚きもしなかった。

「また、別れてきたんですか?」

 そして、冷静に言う。

 いつもの事なのだ。

 レイチェルは溜息をついて、傍の椅子に腰掛ける。

「そう、また、よ。悪い?」

「私にその善悪を判断する資格はないと思いますがね」

 いつものやりとりに、レイチェルは少しだけ微笑んで、つきっぱなしになっているコーヒーメーカーから二杯分のコーヒーを紙コップに注いだ。

 一杯をエルンストの机上においてから、レイチェルはコンピュータの画面越しに、エルンストをじっと見る。

「……あんたも、いい年をして独身なんて奇特よね。そんなに、研究が大事? 本当に、一生を研究に捧げるの? そういうのって、つまらなくない?」

 しばらく、エルンストは応えなかった。

 コーヒーを一口、喉に通してから、溜息混じりに口を開く。

「あなたのように、無駄な遍歴を繰り返すよりは、よほど建設的だと思いますけどね」

 相変わらず、彼の表情は読みづらいけれど、長い付き合いのレイチェルはかなり的確に彼の表情を読めるようになっていた。

 今、彼は……呆れている? いや、もっと複雑な感情だ。

 レイチェルは彼の感情をもっと引き出してやろうとばかり、彼の顔を見つめながら彼に言葉をぶつける。

「そう、でも、あんた……実はアンジェ達の事、羨ましがってない? いつか、アンジェ達が親子でここに来たとき、あんたの表情って、まるで夢でも見ているようだったわよ?」

 少し、挑戦的な言い方にエルンストは気づいていたのだろうか、瞳だけでレイチェルを見た。少し、眉根が寄っている。

 やっと、彼の表情を呼び出せた。

 レイチェルは勝ち誇ったように微笑んだ。

「図星? まー、あんたって朴念仁な上に真面目一徹で面白味がないし……そんなんじゃ結婚どころか、恋人さえもできないわよね。でも、容姿くらいはいいんだから、そのうち変わり者の女が結婚してくれるかもよ」

 肩をすくめて言った。

 エルンストはさぞかしいらついているだろうと、レイチェルはコンピューター画面にエルンストを見た―――けれど……。

 エルンストは、レイチェルの予想外の表情で、彼女を見つめていた。

 とても、哀しげな表情だったのだ。

「えっ……エ、エルンスト……?」

 じっと、レイチェルを見つめている。

 そして、ゆっくりと振り向いた。

 正面から、レイチェルを見つめる。

 椅子から立ちあがって、彼女に近寄る。

「なっ、なによっ!」

 レイチェルは、彼の滅多にない意外な様子に、思わず、身体を引いてしまって……一瞬、自己嫌悪した。

 エルンストなんかに、気圧されるなんて!

 けれど、その後、だった。

 エルンストの手が伸びて、突然、抱きすくめられた。

 いつになく、素早い動きだった。何も、考える暇なんてなかった。

 そして、何も、考えられなくなった。

「……どうして、あなたは、いつまでたっても分かってくれないのか……。私は、いつもあなたが幸福になるのを見守っていたいだけなのに……なのに、あなたはいつも私の所に来て、恋人と別れた愚痴ばかりだ……あなたが幸せになるのなら、私はあなたに何も、望まなかった、なのに……」

 寝耳に水の科白に、ただレイチェルは呆然としていた。

「私は、自由奔放なあなたが……好きです。自分に持っていないものを持っている、あなたが……。あなたに、恋人となる対象として見られていないのが分かっていたから、あなたを見守るだけで我慢していたのに……あなたは、いつまでたっても、私の所に、恋人の愚痴ばかりを持ってくる……」

 うめくような言葉だった。

 レイチェルは、どう反応して言いか分からなかった。

 数ある恋人達になら、何度かこういう泣き言めいた言葉を囁かれた事があった。その時の対処の仕方も知っていた。大概の場合、男の泣き言は好きじゃないレイチェルはすぐさま冷たく手を振り解いただろう。

 けれど、相手は、エルンストだ。

 この長い付き合いの中、彼がこういう行動に出ることはなく、泣き言めいた言葉を吐き出す事もなく……彼の不可解な行動に、どう、対処していいか分からない。

 それに……嫌じゃ、ないのだ。

 彼のこの言葉は、レイチェルの心に届いた。

 いままで、どんな男に言われたって泣き言にしか聞こえないような科白だったけれど、彼が本気なのが分かるから……彼が嘘などつけないと、よく分かっているから……。

「私では、だめなのか? あなたに、選んではもらえないのか? それとも、私も、あなたの数ある恋人達のひとりに成り下がってしまうのか? ―――その、答えが怖くて、言い出せなかった……でも、もう、私だって、これ以上は……。返事を、聞かせて欲しい……」

 彼の胸の中、レイチェルの思考はやっと活動を始めていた。

 そして、彼女は、考える。

 エルンスト―――頭は悪くない……いや、悪くないどころか、自分と対等に論争できる相手だ。それに、容姿も許容範囲のかなり上を行く。性格も、面白味はないが……知りつくした彼の性格なら、うまくやっていける。価値観も、また、そうだ。

 もしかすると彼なら……?

 これは、打算的な考えだろうか? 

 レイチェルは、自分の心を見なおす。

 けれど……そう、けれど、自分は、彼のことが嫌いでは、ない。

 いや、むしろ……。

 どうして、男と別れるたびに彼の元に来た?

 彼が心を落ち着かせてくれたから……それだけか?

 それだけじゃ、ない。

 もしかすると、自分は、ずっと、無意識的に彼を焦らせていたのかも、しれない。

 彼を焦らせて、彼から言い出すように仕向けていたのかもしれない。―――十年の、間、ずっと……。

 エルンストは、レイチェルの顔をじっと見つめ、躊躇しながらも、彼女の頬を両手で挟んで……唇を寄せた。

 レイチェルの、エルンストへの言葉への返答は……行動だった。

 そう、レイチェルは、彼のキスを拒まず、彼の背へと腕を回した。

 ―――やっと、みつけた。

 レイチェルは、あまりに遠回りしてしまった自分の無駄な男性遍歴の夫探しを省みて、嘲笑した。

 そう、答えは、こんなすぐ傍にあったのだ。

 やっと、見つける事ができた。

 彼こそが、自分が探していた相手だったのだ。

 ―――求めていたものは、こんな傍にあったのだ……。

 

 結婚してから、レイチェルは当然のように派手な遊びをきっぱりとやめた。

 その代わり、以前にもまして研究熱心になった。

 本人「絶対エルンストには負けたくない!」と言い張っている。

 どうも、外から見て、ふたりの関係は以前とあまり変わっていないように思われる。

 そして、やっぱり、私としては、ふたりはとても不思議な関係に思える。

 一見、レイチェルが完璧に主権を握っているようだが……レイチェルは結構、夫であるエルンストさんを立てているようだ。世話焼きの性格は顕在している。

 ふたりは、かなり上手く行っている。

 それに……。

 ―――そう、もうすぐ、ふたりには娘が生まれるそうだ。

 不思議な関係の二人の間に生まれる娘は、どんな子に育つのか……他人事ながら、なんだか、私は楽しみだったりする。

 

 


<言い訳>

 一般的らしいカップリング・レイエルです。

実は、このお話は、そもそもヴィクアンのストーリーの補足・・・

とゆーか、おまけで書いた物で・・・(ヴィクアンを書いていたら

書きたくなったのです・・・)本編はヴィクアンで別にあります。

当然「彼方から〜」でもありません・・・「彼方から〜」のずっと

前の、ヴィクアンが結婚する以前の話です、が、とてつもなく長くなって

きたので・・・完成はまだまだ先・・・しかも、オリジナル色がとんでもなく

強いので、あまりアンジェファン向けじゃないかも・・・??