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<オリジナル話・8>

Rio【8】


  紅茶を持って居間に戻ると、どこから現れたのかミス・ノーラが月成の膝の上に居座っていた。
 高級そうなシフォンのワンピに毛がつきそうだ。
「すみません! 今どけますからっ、」
 トレイをテーブルの上に置いて慌てる鳥貝に、月成は笑う。
「いいのよ。うちにも一匹いるから。紗織の実家で生まれたのを譲り受けたのよ。ふかふかで大きい子。弟のいい遊び相手。」
 確かに、ミス・ノーラを撫でる手には慣れを感じる。ミス・ノーラも不思議と猫嫌いの人には近づかない。
「弟さん、みえるんですか?」
「ええ、今高校2年生。難しい年頃・・・だけど、史司くんには結構懐いてる。家庭教師、してもらってるのよね、去年から。」
 多飛本が週に一度の家庭教師をしているとは聞いていたけれど、それが月成の弟だとは。
「・・・で、カテキョウの後、時々泊まっていくわけ。」
 くすっと笑う言葉に、鳥貝は顔を赤らめる。
 こういう事を平気で云える神経は、百合子に通じる。月成本人も云っているけれど、やっぱり月成は少しだけ百合子と似たタイプだ。
 だから、きっと、本来なら愛情表現も激しいはずなのに・・・夏目の時にそうだったように。
 聞きたい。
 でも、彼女の心の内側に踏みこんでしまうのが、怖い。
 自分ごときが、この完璧なまでに美しい女性の心にどうこう影響を与える資格はないと、鳥貝は考えていた。
 月成が、どうしてここまで己の事を暴露するのか、鳥貝にはまだ理解が及んでいない。
 鳥貝だからこそ・・・夏目の妹で、彼とよく似た性質を持ち・・・なおかつ、夏目との相似点を抜きにしても、心地よい資質を持ち合わせた彼女にだからこそ、月成は己を語っているのだ。
 月成が彼女にこれらの事を話すのは、もちろん、なにがしかの救いを求める為ではない。
 ただ、誰かに聞いて欲しい事もある。
 自分の心の内を受け止めてもらうだけで、救われた気分になる事もあるのだ。
 月成にとっては、鳥貝がその相手として最適な存在だった。
 案の定、鳥貝は、月成の言葉を真摯に・・・けれど、柔らかく受け止めている。月成の言葉にしない真意を、漠然と悟ってくれている。
 それから・・・戸惑っている。
 漠然と悟った内容を、確かめて良いものかどうか、考えているのだろう。
 何か云いたそうな表情が、月成にはこの上なく可愛らしくみえる。
 可愛い子を戸惑わせるのも楽しい、と意地悪な事も思う。
「・・・もしもね、わたしが史司くんと付き合っていなかったら、きっと史司くんはあなたに惹かれてたわよ?」
「・・・は?」
 唐突に何を云い出すのか。鳥貝は目を丸くする。
「だって、夏目くんの妹だもの。・・・もちろん、それだけじゃなくて、あなた自身の性質が心地よいもの。史司くんは、本来、あなたみたいに癒してくれる子がいいハズよ。あなたも、ユキにアプローチされなければ、史司くんと付き合っていたかもよ?」
 鳥貝は、黒目がちの瞳をきょときょとさせている。
 戸惑いに戸惑いが重なっている。
「えーと・・・、でも・・・、」
 想像力があまり豊ではない鳥貝は、ifの状況を簡単に想像できず、頭を抱えてしまう。
 そもそも、そんなに真剣に受け取る言葉ではないはずなのに、真剣に受け取ってしまう鳥貝は・・・。
「ホント、春海ちゃん、カワイイんだから。仮定法過去って、何にもイミがないから、そこまで考えないで。少し高い位置に設定した未来を見る事の方が大事。」
 想い出に浸る事はあるけれど・・・過去を振り返って嘆くのは趣味じゃない。
「でも・・・確かに、あなたにならあの人ももっと本音を話して聞かせたかもね。そして、あなたはそれを静かに受け止めていそう。・・・って、ダメね。ああ、こんなだから、わたしには本音を打ち明けないんだわ、あの男。だって、わたしすぐに激昂しちゃうもの。」
 髪をくしゃくしゃとかき上げてから、唖然とする鳥貝を目に留めてくすくす笑い出す。
「ごめんなさいね。今のわたし、恋が絡むと後ろ向きになるみたい。だって、あの男、夏目くんと全然違うから・・・夏目くんは不器用だけど素直に心の内を伝えてくれた。でも、あの人は、いつもはぐらかす。だから・・・夏目くんに恋した時みたいに、燃え上がれない。」
 月成は何気なく心の内を言葉にする。
 恋、しているのだ。
 傷の舐め合いじゃなく、夏目がふたりの間にいるからだけではなく・・・多飛本に恋をしている。
 鳥貝が目を丸くするのを、月成は笑顔で見る。
「好きなのよ。・・・気づいたのは・・・大分遅かったけれど、こういう恋もあるんだって分かった。はじめの頃は本当に傷の舐め合いだと思っていた。夏目くんを彼と語るのは、切なくて愛しくて・・・心地よかったから。でも・・・いつか彼自身が心地よくなっていた。喧嘩するのはしょっちゅうだけど、何故かいつもすぐに元通りになる。不思議と別れようとは思えないの。そもそも好き合った恋人として付き合い出したわけじゃないから、別れるも何もなかった・・・互いに互いを束縛するような関係じゃないから、気安かったのよね、特に、わたし自身にとって。」
 人を好きになる理由はさまざまだし、もちろん、好きになる経緯も、好きになった後の気持ちもさまざまだ。
 色恋事に鈍い鳥貝だって、それは分かる。高校の頃の恋人と今の恋人の百合子とでは、何もかもが違う。
 どの想いが正しいのか・・・数理のように答えはないけれど、それぞれの想いが真実なのは確か。
 月成が夏目を好きだったことも、多飛本を好きなことも・・・どちらも、真実。多飛本を好きになったって、夏目を愛した事実は変わらない。夏目の時間は永遠に止まってしまったけれど、月成の時間は進んでいるのだ。彼女が歩み出すのは、きっと正しい選択。そして、夏目が喜ぶ選択かもしれない。
「・・・あの、余計な事かもしれないんですけど・・・多飛本さんって、自分から女の人に身につける物を贈るようなタイプじゃないと思うんです。特に、指輪なんて、相手を束縛しているようなものだと思うし・・・、」
 云いながら、自分はこの指輪で完全に百合子に束縛されているかも、とふと思う。もちろん、鳥貝にとってはそれが悪い気持ちではない。
「だから、わたしの勝手な考えなんですけど・・・リオさんに側にいて欲しいから、指輪を贈ったんじゃないかと・・・兄さんにそれを報告したくて、兄さんの墓前で・・・、」
 鳥貝は少しだけそれは自分の考えの押しつけになるのではないかと思いながら、それでもそうであって欲しいとの願いがあったから、月成に云う。
「兄さんなら、多分、喜んでいます。大好きだった女性と大好きだった親友が幸せになる事、兄さんが喜ばないわけないです。」
 鳥貝が珍しく想像に過ぎない事を力説する間、始終、唇に微笑を刷いて鳥貝を見つめていた月成は・・・鳥貝の言葉の終わりに、まるで泣きそうな表情をした。
「・・・あなたに・・・、そう云ってもらう為に、わたしは彼との事を話したのかも知れないわ・・・。だって、わたしは死んだ人と会話をする事なんてできないもの。」
 月成は、目尻に浮かんだ涙を、そのままに、姿勢を正して深く息を吸い込む。
「やっぱり、あなたもそう思ってくれてるのね。史司くんの行動の意味と・・・聞く事の叶わない夏目くんの気持ちと。・・・夏目くんとは面識がないくせ、あなたは夏目くんとどこか繋がっている気がするの。勿論、血とかそういう意味だけじゃなく。・・・だから、やっと前に進める気がするわ。夏目くんと初めて会った時、変わるきっかけをもらったように、あなたからもそれをもらった。・・・史司くんに、云うわ・・・正面から。」
 月成の決意の表情を美しいと思った。
 けれど、同時に自分はもしかしてとても無責任な事を云ってしまったのではないかと鳥貝は不安になる。
 自分の言葉は第六感で云った言葉で、どこにも確証がない。大丈夫だとは思う、けれど・・・。
 聡い月成は、鳥貝が口を開くより先に、鳥貝の不安を察する。
「あなたには後押ししてもらっただけよ。あなたはきっかけにすぎない。もしも、史司くんから拒否られたとしても、その程度の男だったんだって、忘れるようにするわ。そして、次の恋を探す。だって、わたしにはまだ沢山の時間があるんですもの。」
 鳥貝にふんわりと笑いかける。強がりもなくはない。けれど、事実その通りでもあるのだろう。
 まだ笑顔を表せない鳥貝を見て、月成は少しだけ意地悪に口を開いた。
「・・・あなたも、ユキとは付き合いきれないと思ったら、さっさと手を切った方がいいわよ? あいつはどうも、あなたを束縛しすぎている感があるのよね。あいつで手を打つ前に、周りを見回してみて。まだイイ男は他にもいるわよ。そうね、顔のいい男がいいっていうのなら、安羅くんの方がまだマシ。人格なら白熊くんの方が断然イイし。」
「・・・はぁ・・・、」
「・・・別れるつもりはないって顔ね。」
「そりゃあ・・・、だって、その・・・、」
 顔を真っ赤にした鳥貝の云いたい言葉はよく分かる。
「もしかして、セックスもいいの?」
「・・・っ!!!」
 直接的に云われて、鳥貝は思い切り息を飲みこんだ後、激しく咳き込んだ。
「キスは上手いって聞いてるけど、そっちも上手いのかな、と。あいつの経験値はほとんど男相手でしょう? 女の子も何人かはいたみたいだけど・・・、わたしの知っている子も・・・・、・・・春海ちゃん?」 
 月成の言葉に真っ赤な顔をしかめた鳥貝。
 できれば、百合子の過去の恋人達の事は聞きたくないのだ。百合子の過去の恋人に嫉妬してしまう自分が嫌でたまらないから・・・と、月成との件で悟った鳥貝だった。
「・・・あー、嫉妬よね。うん、そうよね、女の子ならしちゃうもの。春海ちゃんは、ちょーっとズレてるみたいだけど、見た目はカワイイし、中身も芯の部分はちゃんと女の子してる。」
「・・・リオさん、なんか、嬉しくないです・・・、」
「そういう所がたまらなくカワイイって云ってるの。ほんと、ユキの気持ちが分かるわ。春海ちゃんといると癒されるし、もっと癒されたいって思っちゃう。きっと、柔らかくて抱き心地良い体してるのよね。それから、普段聞けないカワイイ声も、表情も・・・ユキは沢山見てるのよね。・・・ちゃんとユキに甘えられてる?」
「っ、そ、その・・・、」
 話題がいつの間にか自分に向いている。鳥貝は、そういう秘め事的部分を人に話せる程達観できていない。
 だから、顔を赤くして、どう言い逃れようかと思っていたのではあるが・・・。
「してる時の春海は、何割か別人のようにカワイイから。や、別人じゃなく、それも素顔のひとつというか、」
 背後から声がかかり、直後に首筋に回ってきた腕に抱きしめられた。
 声だけでそれが誰か分かるが、行動が伴えば尚更だ。
「なっ、なんで、百合子さんっ!?」
 今日、寮には誰もいなかったハズだ。
 百合子は今日は昼のバイトがあると云っていたし・・・何より、玄関の鍵はかかっていて、鍵を持っていない百合子が勝手に入り込むなんてできないハズで・・・。
 鳥貝の疑問を百合子はすぐに汲み取る。
「おまえの部屋の窓、開いてたぞ。」
「・・・!」
 まさか2階の窓から不審者が入ってくることもないだろうと、寮にいる間は部屋の窓は開けてあった。季節柄、もう空調を使わなくても、窓を開けてあれば風が通って十分に涼しいのだ。
 この男が、出会って間もない頃も、窓から侵入した前科があった事を今更ながら思い出す。
「枝の張りだした良い樫の木がおまえの部屋の横に植わっているんだよな。・・・あの木のおかげで、夏場は影になって涼しかっただろ?」
 葉が落ちきった頃、そこら辺の枝もきっちり剪定してもらおうと思う鳥貝だった。
 百合子の登場に、月成は特に驚いた様子を見せず、ただため息をついた。
「ユキ、盗み聞き?」
「聞きたくて聞いた訳じゃなくて、おまえが春海にいらないちょっかいかけないように影ながら見守っていたんだ。」
「・・・どこら辺から?」
 月成の声が、はっきり分かるほど、怒りを含む。
「・・・。春海が、主張している所から、」
 さすがに百合子も気まずそうに一呼吸置いた後、そう口にした。
「・・・ユキ、」
 月成は、強ばった笑みをする。
「あなたが愚か者だとは知っていたけど、それ以下なのかしら?」
「マジで悪い。けど、おまえらの間に春海が巻き込まれるような事にでもならない限り、おれは多飛本にも誰にも何も云わないし、関わらない。」
 素直に謝罪をし、早口で云い切った後、鳥貝の首筋に顔を埋める。
 月成は諦めたようにため息をつくしかない。
 百合子の事は相変わらず気にくわないけれど・・・確かに、こういう事を簡単に誰かに口にするような人間ではないと知っている。もちろん、彼自身が口にしたように、今その心を占める存在が関わってこない限り。
「リオさん、わたしも絶対に誰にも口にしませんから・・・、えと、多飛本さんが素直に心を口に出してくれること、祈ってます、」
 頑張れ、ではなく、祈っている。
 鳥貝の言葉の選び方に月成は微笑んだ。
「あの男、少々わかりにくいけどさ・・・あんたの事は、特別みたいだから。おれが春海に惚れたように、あいつも夏目絡みだけだからじゃない、きっと。」 
 百合子と多飛本の立場はよく似ている。
 大好きな兄の妹だから鳥貝に興味を持った。・・・けれど、惚れたのは彼女の彼女らしさ。
 好きだった親友の過去の恋人だから関係を持った。・・・そして、今では・・・?
 百合子の言葉に月成は苦笑いをする。やはり、百合子は鳥貝に良い方向に影響されているのだと、悔しいような気持ちを感じる。
 お互いが影響しあって、よりよい方向に変化していけるのが、月成の理想の恋人達の形であった。
 自分が、多飛本にそういう影響を与えられているのだろうか、と、また自分は多飛本によって何か変わったのだろうかと思ってしまった。
 夏目と付き合っている時に叶えられなかった理想の形を、多飛本となら叶えられるのだろうか。
「わたしたちも、あなたたちのようになれればいいわ。」
 百合子の手を首筋から引き離そうと、静かにけれど確実に躍起になっている鳥貝を見ながらの月成の言葉に、鳥貝は目を丸くした。
「・・・リオさんにそういう事云われるなんて・・・なんか、心外です・・・、」
 少し頬を膨らませる鳥貝の云いたいことを、百合子がキャッチして、さらに鳥貝を抱きしめにかかる。
「おれに不満があるのか? おれたちの関係が羨ましいと云われているんだぞ?」
「羨まがられる程の関係じゃないです、」
「なんで? こんなに相思相愛で、ラブラブで信頼し合った理想的な恋人同士、他にいないだろ?」
「・・・はぁ? 信頼、ですか・・・、」
「なんだよ、ソレ、」
「だって、百合子さんって、なんか信用できないし・・・、誠実さに欠けるというか、」
「・・・。へーえ、じゃあ、ラブラブとか相思相愛なのは認めるんだな?」
「・・・。・・・。ラブラブかどうかは、分かりませんっ、」
「相思相愛は?」
 言葉を詰まらせて顔を赤くしている鳥貝。
 これまで一連の言い争いは、どう見てもいちゃついているようにしか見えない。
 月成は、くすくす笑って、鳥貝に助け船?を出してやる。
「こうして見ていると、どう見ても相思相愛でラブラブよ? 春海ちゃんも、それだけユキに云い返せるのなら、大丈夫ね。ちゃんと自己主張できてるって事だから、無茶なことはされないでしょう。」
「おれが春海に無茶な事するわけがない。」
「・・・え〜・・・、」
 いくつか心あたりのある鳥貝だった。
「なんだよ、」
「なんでも。」
 ふたりのかわいらしい言い争いは、放っておけばいつまでも続きそうだ。
 鳥貝はともかく、年齢よりも相当捻くれた百合子がこんな風に無邪気に女の子と遣り取りを繰り広げる様なんて、この夏、鳥貝に会うまでは想像もできなかった。
 百合子を穏やかに受け入れている鳥貝は、彼女独特の柔らかな雰囲気で、彼の心の闇を払い捩れをほぐして、百合子本来の自然体を導き出している。その様子は、夏目よりもずっと上手く百合子を制御しているように見える。・・・おそらく、鳥貝自身に自覚はないだろうけれど。
 月成は、笑う。・・・きっと、夏目ならばそう感じたであろう気持ちが、胸を温める。夏目にとって大切なふたりが幸せになっている様子は、きっと夏目を喜ばせているに違いない。
 鳥貝の言葉が身に染みる。
 だから、夏目はきっと自分たちの事も・・・。
「・・・うん、」
 じゃれあい続けている目前のふたりをずっと見ているのも楽しいと思うけれど・・・月成は決意して立ち上がる。
「ね、ふたりともありがとう。もう帰るわ。・・・じゃないと、他の男達も帰ってきそうだし。それに、ふたりのいちゃいちゃを邪魔してる気分になってきちゃったから、」
「いっ、いちゃついてなんか、いませんっ、」
「そそ、邪魔邪魔。これからもっと色々するんだから、」
 鳥貝と百合子の言葉が重なる。
 それも、可笑しくて、可愛くて、愛しい。
「・・・結果、報告するからね? ダメでも、良くても・・・。お礼も何かするから、楽しみにしてて。」
 ふんわり笑って、月成は寮を立ち去った。
 その後ろ姿はやっぱり美しくて、月成の見送りに玄関の扉の前まで来た鳥貝は、歩み去る彼女の後ろ姿に、見とれた。
 兄の恋人。
 多飛本の恋人。
 美しくて、強くて、切ない人。
 鳥貝が、月成に好意を持たないわけがない。様々なifが重なったら、鳥貝の姉になっていたかもしれない人なのだから。
「あいつがおれの義姉になるなんて、あり得ない。」
 とは、更にifを重ねた百合子の言葉であった。


 数日後、鳥貝の携帯に月成からの着信があった。
 彼女の着信音は・・・月光。
 寮の自室で、その日の講義の復習の為机に向かっている所だった真面目な鳥貝は、慌てて月成からの電話に出た。
 内容は勿論、あの日の結果、だったのだけれど・・・。
「春海ちゃん聞いて、信じらんないのっ!」
 第一声がそれだ。
 まさか、破局・・・? とか、不吉に思った鳥貝は、続く月成の言葉に苦笑した。
「人が真剣に告白したのに、あの男、表情ひとつ崩さないの。で、一言「そうか」とだけっ。むっとして問い詰めても、のらりくらり。しまいには「・・・夏目も苦労していたんだろうな、」なんてこれ見よがしにため息ついて呟くの。なに、あいつ!?」
 結局・・・二人の関係はあまり変わらずという所らしい。
 鳥貝が思うに、やっぱり多飛本も月成のことを想っているに違いない。多飛本の性格を考えれば、恋心を百合子のように素直に(百合子はストレートすぎだとしても)口に出して云うタイプではないだろうし、何より、月成の気持ちを迷惑だと思ったのなら、きっと、その場で口にしていると思うから。
 多飛本は厳しくて優しい人だから。
 そして、それを月成も気づいている。
 鳥貝は、少しだけ笑った。
「何、春海ちゃん?」
 電話の向こうのわざとらしく尖った声も、可笑しい。
「何でもないです。ただ・・・きっとおふたりも仲良く喧嘩してたんだろうな、って、思って。」
「仲良くって何よぉ? わたしはかなりマジだったんだけど。」
「多飛本さんはマジじゃなかったんでしょう? ・・・なら、仲良く喧嘩ですよ。おふたりは、きっと、それで調整が取れているんですよね。」
 恋に熱い月成と、冷静な多飛本。
 だから、きっと、うまくいく。
「・・・春海ちゃん、本気で云ってる?」
「当たり前です。だから・・・いつか、ちゃんと口に出して云ってくれますよ、きっと。」
 鳥貝の確信含みの言葉に月成は押し黙ったけれど・・・気配は伝わる。微笑んでいる顔が見える。
「・・・ありがとう。でもね、意気込んでいただけに、苛立っているのは確かなのよ?」
「でも、別れませんよね?」
「・・・そうね。別れる理由も、今のところないしね。」
 月成の声に笑いが含まれる。
 あまり変わらない関係・・・ではない。動き出してはいる。
「きっと、時間はたっぷりあります。」
「もちろん。だから、まぁ、しばらくはこういう関係に甘んじてあげるわよ。」
 鳥貝も月成も笑った。
 月成の今度の本物の恋は、きっと彼女を幸せにしてくれる。切ない事にはならない。
「ありがとう、春海ちゃん。・・・ね、お礼の品物、そちらに送らせてもらうから、楽しみにしておいて。春海ちゃんとユキにも。・・・今回はユキの言葉もありがたかったから。」
 遠慮する鳥貝の言葉を最後まで聞かず、月成は携帯を切った。
 鳥貝は心地良い気分になって、再び机と向かい合いった。
 月成から届くというお礼の品物については、一応百合子にも声をかけて、百合子の「期待しない方がいいかもよ。」の言葉に苦笑した。
 が、その品物を何より喜んだのは、百合子となり・・・鳥貝は逆に月成を恨めしく思ったとか。
 それが何かは・・・月成の電話から一週間後に起こった別の話となる。



おわり