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<オリジナル話・7>

海辺にて【9】

「春海・・・、おきて、」
 百合子の声に優しく揺さぶられて、鳥貝は目を覚ます。
 百合子と一緒に寝て、起きる。時々ある事態だから、別にそこに不思議はない。
 けれど、何かがいつもと違う。
「春海・・・、」
 百合子の唇が重なってくる。
 それも、普段からある事。
 寝ぼけながら、その優しい口付けを鳥貝も受け止める。
 けれど、そのキスは普段以上に濃密だった。
「ん・・・ふっ・・・、」
 深く重なった唇が離れても、顎を押さえつけられて無防備に開けられた唇に蛇のように舌が這い入ってくる。
「あっ、ふ・・・ん、っ、」
 百合子を押しのけたいけれど、目覚めたばかりだから力が出ない。
 鳥貝の上に覆いかぶさった百合子の手が素肌の鳥貝の胸をまさぐる。
 朝から為されることに少しの不快感を覚えるけれど、鳥貝の弱点を的確についてくるその愛撫に、簡単に快感がよび起される。
「・・・っ、や・・・あっ、」
 どうにか顔を逸らせてキスを拒み、真上の百合子の顔を睨み上げる。
「・・・百合子さん、朝からヒドイ・・・、」
「千里さん、だろ?」
「・・・。っ、あ、そうだ、ここ、百合子さんの部屋・・・、」
「だーかーら、千里さん。」
 やっと昨日の事を思い出したらしく、瞬きして部屋を見回している鳥貝の頬を両側から両手で押し潰す。
「・・・春海、変顔もかわいい、」
「っ、もう!」
 百合子の手を払いのけて、頬を膨らませる鳥貝。
 くすくす笑って鳥貝の上に圧し掛かる百合子。
 鳥貝は、その重みも心地よいと思ってしまう。互いの素肌の熱が心地よく伝わる。
「・・・しよっか?」
「っ、朝から!?」
「いいじゃん。愛を確かめよ。」
「だいたい、ここ、ゆ・・・千里さんのお家だし、起きていかないと、誰か来ちゃいませんか?」
「そんな野暮な事、誰もしない。おまえがおれの部屋に泊まってるのがどういう意味かは、分かっているだろ・・・まぁ、千早以外。」
 云いながら、さっそく鳥貝の身体を愛撫しにかかる。
 朝からする、しかも百合子の家のその部屋で・・・あり得ない事だ。
「・・・だめ、です! 千里さん・・・ちょっと!」
 鳥貝の胸を両手で押し上げながら、そこに顔を埋め、胸の頂を唇で愛撫する。
 嫌には違いないけれど・・・快感は確かに沸き起こる。
「・・・っ、や・・・ん・・・、」
 甘い声が漏れてしまう。
 目覚めきっていない体が、目覚める前に強制的に快楽に引き込まれる。
 嫌なのに、感じてしまって・・・まだどこかで昨日のあれこれに繋がったままの意識がそのまま百合子に身体を委ねそうになる。
「あ、ふっ・・・、」
 甘い吐息が漏れて、身体を弓なり仰け反らせて・・・。
 まさか、そこに珍客が現われるなんて、しっかりしているくせに迂闊で寝ぼけ気味の鳥貝には考えも及ばなかった。
 つまり。
「おにーちゃん、春海ちゃん、朝ごはん・・・、っ!?」
 ノックもなしに部屋の扉を開けた千早が、ふたりの行為を目にして固まった直後、慌ててドアを閉めた。
 部屋のブラインドは下ろされているから、部屋はほとんど朝日も差し込まず薄暗い。
 けれど、その薄暗さの中のシルエットで、何をしているかはばっちり見えてしまったに違いない。
 一瞬、固まっていた鳥貝も、跳ね起き、上に覆いかぶさっていた百合子ベッドから転げ落ちそうになる。
「ち、ちはやちゃん・・・っ、見られちゃった、ちょ、百合子さんっ!」
 慌てふためいて、裸のまま立ち上がろうとする鳥貝に比して、百合子はいたって冷静に頭を掻いている。
「別に構わないだろ。おまえと付き合ってるの知ってるわけだし。おまえになついてるし。おれとしている事自体は何も文句ないと思うぜ。ただ、しばらく葛藤するかもしれないけど・・・それも思春期。何より、ノックもしないで入ってきた自業自得。」
「何を馬鹿な事っ!ねぇ、追いかけて行って、何か・・・、」
「何もできないだろ? する云い訳もないし? あの千早を誤魔化せるわけないし?」
「・・・っ!」
 兄とその恋人がしていた行為が何か、もちろん千早は理解しているだろう。
 そこに云い訳は必要ない・・・事実、千早の見たとおり、鳥貝と百合子は愛し合っていたのだから。
 誤魔化しは無意味だ・・・千早が見たままの状態だったのだから。
 千早を追いかける事を諦めた鳥貝は、そのまますとんとベッドに腰掛け、そこをすかさず百合子が後ろから抱きしめる。
「・・・いいから、続き、しよ?」
「・・・ばかっ、」
 鳥貝は百合子を振り払う。
 百合子を愛してはいる。昨日もそれは実感した。
 今まで感じたことのない欲求と感情、独占欲と嫉妬を感じるくらいに、彼の事が好きなのだ。
 でも・・・この愚かしい所はもう少しどうにかならないものか、と朝から鳥貝は溜息をついた。



 結局、鳥貝が率先して起き出して、百合子もしぶしぶそれに従う。
 本当は、百合子の部屋に泊まった翌朝に、百合子の家族と顔を合わせるのなんて恥ずかしすぎたけれど、千早には会っておきたかったから。
 少しだけどきどきしながらキッチンに入ると、百合子の母なお美が朝ごはんを作っていた。
「あら? おはよう、ふたりとも。起きてきたのね。余分に用意しておいてよかったわ。」
 ごく自然な調子でふたりに話しかける。
 まるで、鳥貝がいてあたりまえというような雰囲気だった。
 鳥貝が「おはようございます」と少しだけ戸惑いながら返すと、なお美は笑いながら鳥貝を手招きして、食堂の席を勧める。
「千早がね、ふたりは朝食食べないかも、って云ってたけど・・・どうせ、あなたたちがいちゃついてるの見ちゃったんでしょう? 顔が真っ赤で、上の空だったから。」
 悪戯っぽく笑うなお美に鳥貝こそ顔を赤くする。
「で、その千早は?」
「ターシャの散歩。朝ごはん始める前までには戻ってくるでしょう。・・・千早も、大人の階段を登ったわけね、」
「っ、おばさま、そのっ!」
「春海ちゃんは気にしない。千早は千里のあの年頃に比べて、子供っぽすぎるくらいだから。・・・普通は女の子の方が成熟が早いのにね。だから、それくらいの刺激も必要よ。」
 あっけらかんと云ってのける。
 鳥貝としては気負わなくて良いからありがたいけれど・・・、これでいいのか、とも思ってしまう。
 顔を赤くしつつ困惑する鳥貝の前に、ガラスコップが置かれる。中は鮮やかなオレンジ色の飲み物。
「特製野菜ジュース。うちは毎朝コレを飲むの。朝ごはんできるまで、それを飲んで待っててくれる?」
「あ、おばさま、わたしもお手伝いを・・・!」
 立ち上がる鳥貝の肩を百合子が押し留める。
「おまえは休んどけ、って。・・・疲れただろ?」
「っ! 百合子さん、そういう事は・・・!」
「アレ? ゆきさと、ってもう呼んでくれないの?」
「・・・。も、もうお終いです。」
「ふぅん・・・ベッドの中だけ、ってわけ?」
 首筋に腕を絡めてきて、耳元で囁くように云う。
 朝から、母親もいるのに。
「ばかっ!」
 首筋に絡まった百合子の腕にかぷっと噛み付く。
 百合子の悲鳴となお美の笑い声が響く。
 そこに、ターシャの鳴き声と・・・。
「た、ただいま・・・、」
 千早がテラスからどこかおどおどと顔を覗かせた。
「ち、千早ちゃんお帰りなさい、あの・・・、」
 鳥貝が立ち上がって声をかけ・・・どう云った物か言葉を詰まらせると、千早は顔を赤くしたままそれでも真っ直ぐ鳥貝の顔を見る。
「おはよう、春海ちゃん。あのねっ!」
 一旦勢いよく言葉を切ってから、少し力んだ表情をする。
「今朝はお邪魔しちゃって、ごめんなさい。それから・・・、わたしは、お兄ちゃんと春海ちゃんが結婚するの賛成だからねっ!」
「・・・はい?」
 云いきった千早は、とたたたと走って庭先から消えた。玄関に回りこんだようで、廊下に響く勢いのいい足音は2階に消えた。
「千早が、結婚許してくれるって、よかったな、」
 百合子が後ろから鳥貝をきゅーと抱きしめる。
「なっ、なんで、結婚、って・・・、」
「我が妹は、まったく純粋だ。・・・けど、いい事云う。妹の許しも得られたし・・・、なぁ、春海、結婚するか?」
「っ、はっ、話が飛躍しすぎてますっ。なんですか、それっ。」
「そのまんま。」
「・・・まだまだ先の話です。どうなるか分かりません。」
「法的に結婚許されてるだろ、お互い。それぞれの両親もおれたちの付き合い認めてくれてるし? 何も問題・・・、」
「まだ、学生です! 生活基盤がありませんっ。百合子さんってば、夢見がちすぎますっ!」
 鳥貝の言葉の最後に、落ち着いた女性の笑い声が重なる。
 慌ててそちらを見れば、百合子の祖母だ。運動着を着ている。
「おはよう、春海さん。」
「おかあさん、お疲れ様。もうすぐできますから。」
 先ほどの鳥貝と百合子の云い争いに、やっぱり笑っていたなお美がふりかえって、お味噌汁のおわんを並べていく。以前聞いたところによると、百合子家の朝は基本簡単な洋食だけれど、時間のある時は和食だそうだ。今日は、なお美に余裕があるようだ。
「朝ね、ご近所の人たちと太極拳やってるのよ。いい運動になるわ。」
 穏やかに笑って着席する祖母に、鳥貝は慌てて挨拶して、頭を下げる。お泊りの事は分かっているだろうに、何も云わない。
「春海さんはしっかりしてるのね。ご両親のお育てが良いんだわ。ユッくんはまだまだ子供っぽい所あるから、あなたみたいな子が傍にいてくれるのはいいわね。」
 先ほどの会話を聞いてのコメントらしい。
 鳥貝は戸惑うしかないけれど、百合子は自信満々に笑う。
「いい子を選んだだろ?」
「そうね。」
 お茶を飲みながら微笑みを向けてくる祖母に、鳥貝も微笑み返す。
 百合子家には何度も訪れているけれど、この和やかな雰囲気はやはり居心地がいいと思わずにいられない。
 そのうち、千早も自分の部屋から降りてきて、少しだけまごついた様子で鳥貝を見てから、いつものように笑って見せてくれて、鳥貝も笑った。
 百合子の家にお泊りの翌日、とりあえず、鳥貝が百合子の家の中で占める位置は、以前と変わりないようで、鳥貝はほっとする。
 この家族に、嫌われたくはなかった。・・・大好きな百合子を育んできた環境に拒絶される事は、百合子自身に拒絶されるのと近い気がするから。
「また、泊まりに来いよ?」
 鳥貝の隣の席に着きながら耳元で囁きかける百合子に、鳥貝は顔を赤くして唇を尖らせた。
「・・・ばか・・・、」
 不思議と幸せだった。


 その日は、ふたりで海に出かけた。
 泳ぎに、ではないけれど・・・まだ人気の薄い朝の海岸をふたりで手を繋いで歩いた。
 朝日に煌く海に視線をやった百合子の横顔を見た、鳥貝の鼓動は早まり胸が温かくなる。
 幸せだと思う。
 ずっとこうしていたいと思う。
 浜に朝サーフィンをしに来ていたEとその仲間たちに会って、冷やかされたのも・・・恥ずかしいけれど、幸せだと思った。
 鳥貝にとって、百合子はかけがえのない存在になっている。
 両親とは別の位置で、大切で、失いたくない存在。
 百合子も、そうなのだろうか・・・きっと、そうに、違いない。
 いつも自分に熱く甘く囁きかける恋心は、嘘じゃない。全て真実だって分かっているから。
 鳥貝は、繋がった百合子の手をきゅっと握り締める。
 振り向いた百合子の顔がしばらく不思議そうに彼女を見つめ、それから笑った。
 なんだか、心が繋がったような気がした。
「百合子さん、あのね・・・、」
 堤防のコンクリに座って、鳥貝は真っ直ぐ海を見つめたまま云う。
「昨日より、百合子さんの事、好きになってます。」
 鳥貝にしては珍しくストレートな感情表現だった。
 百合子は笑う。
「明日はもっと好きになってる?」
「はい。どんどん、好きになっていくんです、きっと。」
 海風に、鳥貝の髪が遊ばれて舞う。
 百合子は瞳を細めて彼女の横顔を見つめる。
 鳥貝が、愛おしい・・・心から。
 まるで、最初からそう決められていたように、彼女に恋している。遺伝子にでも組み込まれているように。
 自分に向けられる恋心も、怒りも、嫉妬も・・・彼女から受ける全ての感情、言葉が不思議と身にしみる・・・全てが、心地いい。
 後ろから、鳥貝の身体をきゅっと抱きしめる。
 鳥貝も、身体を百合子に委ねる。
 言葉がなくても、伝わる。
 互いが大切で、愛しい。
 この想いが、いつまで続くのかは分からない。未来の事なんて、誰も分からない。
 でも、互いに想いがあり続ける限りは、きっと手を繋いでいける。
「春海・・・ずっと、愛してる。」
 百合子の囁きに鳥貝は笑って、頭を百合子の肩にもたせ掛けた。
「ずっと、なんて云っちゃっていいんですか?」
「云い切れるよ、おまえになら。」
「・・・じゃあ、わたしも・・・多分、ずっと百合子さんが好きです。」
「多分、ってなんだよ?」
 拗ねているような、笑っているような声。
「だって、先の事は分かりません。」
 くすっと笑いながら云う、あくまで堅実な鳥貝の言葉に百合子は声を立てて笑う。
「おまえらしい・・・そこも、好きだ。」
 百合子が鳥貝の頬に唇を寄せた途端に・・・携帯が鳴った。鈴のような着信音は、鳥貝の携帯。
 手にした鞄から携帯を取り出そうとする鳥貝の手を、百合子は止めようとするけれど、鳥貝はそれに抵抗して携帯に出た。
『鳥貝ちゃん、どうしたの!? メール見てくれた!? 待ち合わせに来ないから、私先に会場向かってるんだけど・・・、』
 友人の慌てたような声にはっとする鳥貝。そういえば、今日はイベント設営のバイトが入っていた。メールの着信には気づかなかった。
「ごめん! ごめんね、あの、1時間くらい遅れる事、主任に伝えておいてくれる?」
『1時間!? どこにいるの、あんた・・・って、ああ、もしかして、百合子さんと・・・、』
「そっ、それはともかく!」
 嘘のつけない鳥貝は、大声で誤魔化す。
「今から急いで向かうから、ごめんね!」
『別に、休んでもいいと思うケド・・・、』
「そういうわけにはいかないから!」
 鳥貝は携帯を鞄に仕舞うと慌てて立ち上がり、不満をしっかり顔に描く百合子に向き合う。
「ごめんなさい。すぐに東京に向かいます。」
「・・・キス、させてくれたら、納得する。」
 わざとらしく頬を膨らませる百合子を、ちらりとかわいいと思った鳥貝が「軽いキスなら、」と受けたとたん、抱きしめられて・・・深いキスをされた。
 いつもの事で、どこかで分かっていたはずなのに。・・・少しだけ、期待があったのを、鳥貝は自覚していた。
 だから、百合子のキスに応じて・・・唇を離した後、上目遣いに百合子を見上げて、甘えるように唇を尖らせた。
「・・・ばか・・・、」
「自覚してる。・・・駅まで送るから。」
「・・・はい。」
 手を繋いで歩き出す。
 夏の眩しい朝日に煌く海が優しい波の音で、ふたりを送り出した。
 この波の音を聞きに、鳥貝はまたここを・・・百合子の家を訪れる。
 まるで、小さな子供が母の傍で心安らがせるように・・・優しく囁き続けてくれる海に心を預ける為に、ふたりで波音に身を委ねるために。
 


おわり