※この二次創作小説についてとオリジナルキャラ紹介
>>こちら

<オリジナル話・7>

海辺にて【6】

 安羅と時屋に連絡を入れておいてから、ふたりで大荷物を抱えて帰ってみたら、白熊が百合子の家のサンルームで伸びきっていた。普段、運動不足も極まっていたから、使わない筋肉を酷使して疲れきったのだろう。Eは男には容赦なく接するから、かなりしごかれたのかもしれない。
「生きてるか?」
 百合子が顔を覗き込むと、力なく腕を上げた。
「春海は?」
 今度は、言葉なく台所の方向を指す。
 台所を覗き込むと、鳥貝と千早が肩を並べて野菜を切っている所らしい。和気藹々とした会話の声が聞こえてくる。
 その様子だけ見ていると、鳥貝が怒っているなんてまったく感じられないのだけれど・・・。
「野菜と肉、そんなもので足りるかな? 足りなさそうだったら、買い足してくるが。飲み物を今から買いに行くつもりだからね。」
 多飛本の言葉に振り返った鳥貝は、ついでに百合子の存在を視界に止めて、一瞬眉根を寄せた。
 ボードで楽しく遊んできても、百合子に対する機嫌だけは直っていないらしい。
「あ、わたし、お母さんから、お金預かってるよ。うちの家族もご相伴になるから、よろしくね、って。そそ、春海ちゃん、ターシャの分の味付けしないお肉も分けておいてください。」
 ふたりの足元に座り込んでいたターシャが、自分の名前が出た事に反応して尻尾を振る。
 ターシャに大分なれた鳥貝が、その頭を撫ぜてやると、嬉しそうに殊更尻尾を大きく振り出した。板張りの床の上だからぱったんぱったん音がして、なんだかおかしい。
「10人プラス一匹予定なんですよね。おばあさまとかお肉あまり食べないっていうから、魚貝類とお野菜がもう少し欲しいです。」
「ターシャもキャベツは好きだよ。」
「それじゃあ、買い足しお願いしていいですか? お茶は千早ちゃんに淹れてもらったのを今冷やしているんで、他の飲み物も何か、」
 鳥貝の言葉が終わるまえに、云いたくてうずうずしていたらしい千早がはい、と手を上げて発言する。
「わたし、ビール飲みたい・・・!」
「ばぁか、あと5年早い。」
 百合子が優しい口調で千早を否定する。千早が5年経ってもまだ20歳にはならない事は、この際どうでもいい。
 千早は「えー、」と、唇を尖らせるけれど、大好きな兄の言葉には従順に従う。
「ターシャの散歩ついでに、おれも行くよ。春海、必要な食材をメモして・・・、」
 ごく自然に百合子は云い掛けて、自分を睨むように見る鳥貝に気づいて、はぁと溜息をついた。
 忘れていたわけではないけれど、自分以外の者に対する鳥貝の状態に乗っかって普通に話しかけてみたのだが・・・やっぱり機嫌は直っていない。
「多飛本さん、ちょっと待っててくださいね。メモ渡しますから。」
 わざとらしく多飛本に笑いかけてから、千早が用意したメモ帳に、千早と相談しながらメモを取っていく。
 さすがに鋭い千早は、鳥貝のあからさまな態度にふたりがケンカ中である事を理解したらしく、一度だけ百合子の顔を見上げて、苦笑するような笑みを見せた。
 多飛本も百合子を見て笑いをかみ殺している。
 鳥貝の分かりやすい態度は、周囲から見たら、むしろ・・・面白いし、微笑ましい。
 鳥貝自身は本気で怒っているのかもしれないけれど、怒りの原因である百合子に限定して怒っている態度を取るのは、それほど怒りの根が深くないからなのだろう。
 百合子は溜息をつき、ターシャを散歩に誘った。
「ターシャみたいに、美味しいおやつとコミュニケーションで簡単に機嫌が直ればいいんだけどなぁ・・・、」
 百合子のぼやきに、ターシャは「何ですか?」というように、百合子の顔をじっと見ながら軽く尻尾を振った。



 多飛本とターシャと共に、地元の商店街で買い物をして帰って来て見れば、すっかりバーベキューの準備はできていた。
 百合子の家の庭の一角はターシャの運動場でもあるため、庭木を控えめに芝を繁らせてあって結構広い。そこに置かれたコンロに炭がくべられていて、帰って来ていた安羅と時屋が火をおこしている。ひと夏のアバンチュールを存分に楽しんできたらしく、二人の会話も弾んでいる。
 百合子たちが帰ってきたのを見て、軽く手を振った。
 コンロの横には組み立て式のテーブルとイス、その上に使い捨ての食器類が並んでいた。
「準備ご苦労さん、」
「おまえらも、お使いご苦労さん。ビール買って来た?」
 普段はワイン党の時屋も、さすがにバーベキューとくればビールのようだ。多飛本がビニール袋から出したそれを時屋と安羅にも渡す。
「すぐに飲むものはテーブルの上に置いておくけど、あとは冷蔵庫に入れてくる。欲しかったら各自持ってくるように。」
 百合子が持っていた野菜と追加の魚貝類が入った袋も受け取って、多飛本は台所に向かう。どのみち、百合子が台所に行ったって、鳥貝に冷たくあしらわれるだけだ。
「ターシャ、しばらく庭にいようなー・・・、」
 しゃがみこんで、拗ねたようにターシャに話しかけると、ターシャは百合子を慰めるようにその顔をぺろぺろ舐めた。
「・・・で、月成さんに引っ掻き回されたって?」
 時屋は百合子の横にイスを持ってきて座り、百合子にもビールの缶を渡す。
「・・・まぁな、」
「春海ちゃん、おれたちには普通だったけどなぁ。半死半生の白熊が云うには、中々結構お怒りだって?」
「おれにだけ、な。」
「色々誤解しているらしいけど・・・おまえのこれまでの所業の前科があるから、月成さんの事だけ弁明しても、どうかと・・・、」
「五月蝿い。そっちはどうでもいいだよ、今回は、とりあえず。今のあいつは、リオの言葉で怒ってるだけなんだから。」
 ビール缶を開けて、一気に半分ほど飲み下す。
 やはり夏は良く冷えたビールだ、と普段はほとんどビールなんて飲まない百合子でさえ思う。
「本当はおれだって、あいつにおれの真摯な気持ちを疑われた上「嫌い」だなんて云われて・・・傷ついたし、怒ってるんだ。けど・・・、」
「惚れたものの負け。」
「・・・そうだよっ。だから、どうにかご機嫌取りチャンスを狙ってるんだ。」
 上手く火を起こせたらしい安羅が、満足そうにビールを飲みながらふたりの会話に加わった。
「誤解が解けたら、ご機嫌は直りそうなのか?」
「実際は、誤解の方じゃなくて事実関係に嫉妬してくれているだけな気がするから・・・、あいつの気持ち次第。」
「・・・嫉妬、ねぇ・・・、」
 安羅は呆れたように呟く。
 ふたりを表面的にしか知らない人間からしたら、百合子が一方的に鳥貝に惚れていて、鳥貝のそれはただ受動的なだけに見えるようだけれど・・・ふたりの傍に長くいる、ふたりを熟知している寮の面々は鳥貝の百合子への恋心を理解している。
 感情表現の薄い鳥貝だし、あからさまに百合子に対しての恋情を顕にする事はないけれど、控えめな態度の端々、言葉の端々、ちょっとした表情・・・それらから、百合子に惚れている事が伺い知れるのだ。
 嫉妬、という感情だって・・・実は僅かながら感じ取れてはいた。
 例えば、先日、鳥貝の友人たちが寮に来た時も、かすかながら鳥貝が嫉妬していたのを、女心に聡い安羅は気づいていた。
 男性よりも遥かに複雑な女性の心を百合子はまだ理解しきれていない。
 恋人の過去の女性が現れて、目の前で仲睦まじい様子を見せ付けられた上、ふたりの行為の事を仄めかされたら・・・普通の女なら猛り狂って怒っても仕方ない。
 まぁ、実際は過去の女ではなく、仲睦まじいというよりは喧嘩腰で、行為の事は事実だとしても一方的なもので・・・けれど、鳥貝の中でふたりの過去は、現在の自分と百合子の関係のようなものだ、と認識されてしまっている。
 それで、この程度の怒りで済んでいるように見えるのは・・・鳥貝の理性の強さ、感情表現の苦手さ故だろう。
 ここまで鳥貝を嫉妬させておいてからしか、彼女の嫉妬心を実感できない百合子は、どれほど恵まれていることか。
 安羅は、自分が常日頃付き合っている女性たちの傾向を思い出して、苦笑する。
 もし同じような事態になったとしたら・・・罵詈雑言を浴びせかけられた上、ひっぱたかれてオシマイだ。
 ――まぁ、それほど強く春海ちゃんを惚れさせた百合子の努力の賜物かもしれないけれど。
 安羅は心の中で呟いて、苦笑いする。 
「とりあえず、まずは、誤解を解く手伝いをしてくれ、頼む。」
「何、要するに、おまえと月成さんの関係はなんでもなかった、という事を証言すればいいのか?」
 時屋の言葉に、百合子は頷く。
「おれの言葉は受け付けてくれなくても、おまえらの言葉なら受け取ってくれるかもしれない。・・・多飛本にももう一度説得してくれるよう頼んではあるから・・・、」
「・・・春海ちゃんも、苦労するよなぁ・・・、」
 とは、安羅の呟きである。
 今回の件は百合子に非はない。けれど、過去の所業のツケが今回の件なのだ。だから、ある意味自業自得。平素から清廉潔白な男ならば、こういう事態にはなりはしない。
 そして、鳥貝は思い切りそのとばっちりをうけているわけだ。鳥貝に何某かの業があるとしたら・・・この厄介な百合子という男に惚れてしまった、という事か。
 視界の端に、準備を終えた食材を持って、千早と一緒にテラスから庭に降りてきた鳥貝を認めた。和やかに千早と話している。
「・・・なあ、百合子、」
 安羅は手にしたビールの缶を見るともなく眺めながら、百合子に声をかける。自分に注意を向けた百合子を感じながら、口元に笑みを乗せて云う。
「あんないい子はいない・・・手放すんじゃないぜ?」
 その言葉に、百合子はくすくす笑った。
「おれが、あいつを手放すと思うか? ・・・手放す気がないから、今こうしておまえらに頼んでいるんだ。」
 安羅の言葉がまったくの愚問であるかのような百合子の応答に、安羅も笑う。
 テラスから飲み物を持った多飛本が、百合子の祖母と言葉を交わしながら現われる。鳥貝と千早が食材を簡易テーブルの上に並べ、こちらに声をかけてきた。
 楽しいバーベキューパーティの始まりだ。
 


「春海ちゃんって、結構頑固、」
「・・・知ってる。」
「春海ちゃんって、案外勝気、」
「・・・・・・知ってる。」
「鳥貝は・・・意外と夏目に似ているな・・・、普段は外に出さない内側の部分の強固さというか、」
「・・・。・・・俺も、そう思ってた・・・けど・・・、」
 楽しいバーベキューパーティ・・・なの、だろうか。
 百合子は、テラスのフチに腰掛けて、はぁと切ない溜息を吐き出して夜空を見上げた。
 このメンバーの中の一体誰の普段の行いがいいのか分からないけれど、雲ひとつない夜空に星が美しくまたたいている。
 男たちが逐一届けてくれる鳥貝攻略玉砕報告に、百合子の肩はどんどん下がっていく。今や百合子の肩は、最近百合子家の一員となった黒シマの子猫よりもなで肩かもしれない。
 百合子の弁護をする事で、鳥貝との関係が気まずくなるのを嫌がる男たちは、もう既に鳥貝説得を諦めている。かわいい妹には嫌われるより好かれたいと思う、兄心。
 ターシャがコンロ傍で鳥貝から獲得してきた戦利品のキャベツをくわえて傍までやってきて、百合子の顔を上目遣いに見上げながら、それをそっと下に下ろした。・・・どうやら、元気のない百合子にキャベツを貢いでくれているらしい。
 キャベツの前に座って、百合子を見つめながら尻尾を振るターシャの頭を撫ぜてやる百合子の心の中は、切なさで一杯。
「おまえが食べてもいいよ、」
 百合子の許可で、ターシャがシャクシャクと音をさせてキャベツを食べるのを見ながら、再び溜息。
 少し離れた場所で、皆がバーベキューコンロを囲んで楽しそうに笑っている光景が・・・ひどく遠い。鳥貝の笑顔の横顔が、まるで写真フレームの中のように目に映る。本当なら、自分もその横で笑っていられたはずなのに。
「お兄ちゃん、お肉食べてる? たまねぎ、いる?」
 千早が肉と野菜を乗せた紙皿を持ってやってきた。分かっているくせに、百合子の苦手な野菜も持って来ている。
「千早、サンキュ。ぼちぼち喰ってるよ。それより、親父とお袋の分、残してあるよな?」
「うん。まだまだあるからダイジョブ。診察時間はもう終わってるから、お母さんはそろそろ来るんじゃない? お父さんの分はお母さんが取り分けるでしょ。」
 よいしょ、と百合子の隣に腰掛けて、玉ねぎとピーマンを百合子の皿に放り入れる。
「千早っ、」
「・・・春海ちゃんが、食べさせといて、って、」
「・・・春海が・・・?」
「お兄ちゃん、嫌いなお野菜多いから・・・春海ちゃん心配してたよ。春海ちゃんがお兄ちゃんのために焼いてくれたんだから、ちゃんと食べなきゃだよ。」
「いいんだよ。嫌いな野菜以外を食べるようにしてるから。・・・でも、春海、一応気にしてくれてたんだな・・・、」
 コンロに向き合って、焼けた食材を皆に取り分けている鳥貝を見やる。
 怒っていても、一応百合子を気にして、心配してくれているのが・・・いかにも鳥貝らしくて、嬉しい。「嫌い」宣言はされたけれど、真実嫌われているわけではないのを実感する。
 男たちとの会話で、声を立てて笑う鳥貝を見つめる。
 笑顔が、かわいい。どうしようもなく、愛しい。
 たまねぎを口に運ぶ。
 独特の甘みと苦味と、口当たり・・・あまり好ましくない。けれど、鳥貝の気持ちが嬉しかったから、我慢して呑み込む。ピーマンの苦味も苦手だけれど・・・口の中で簡単に噛み砕いてすぐに喉の奥に押し込む。
「・・・なんで、ケンカしてるの?」
 兄の顔をじーっと見ていた千早が、野菜と格闘している兄に声をかける。
「・・・、ターシャも喰わない喧嘩だよ。おまえが気にするな。」
「別れないよね?」
「別れるわけない。・・・気になるか?」
「わたしも、春海ちゃん好きだもん。お兄ちゃんと別れちゃったら、もうこんな風に会えないでしょう? 春海ちゃんって真面目だから、別れた相手のお家には、気兼ねして来てくれなさそうだし。・・・お兄ちゃん、ちゃんと謝ってよね。」
「・・・って、おまえ、ケンカの原因が何か聞いたのか?」
「聞いてない。春海ちゃんも教えてくれないし。でも、皆がお兄ちゃんの事口にするたび、春海ちゃん怒ってる風だもの。お兄ちゃんが悪いに決まってる。」
 ブラコン気味の妹だけれど、懐いている兄の恋人、鳥貝に対する信頼度は相当高いらしく、信頼感でふたりを天秤に掛けた場合、鳥貝の方に傾いてしまうらしい。
 百合子は苦笑した。
「謝るよ。というか・・・謝ってるけど、まだ許してくれないみたいだ。あいつ、結構頑固だから。」
「ふぅん。・・・そか。原因は何か分かんないケド・・・、」千早は立ち上がり、「わたしからも春海ちゃん説得してみる、」と云うが早いか、百合子が止める間もなく駆けるようにその場を立ち去り、鳥貝たちの方に向かった。
「千早っ!」
 思い立ったらすぐ行動。
 兄以上に行動派の千早に、百合子は唖然とするしかなかった。
 百合子が立ち上がった次の瞬間には、千早は鳥貝に話しかけていて、百合子が割り込める状態ではなかった。
 一体、何を話しているというのか。
 いつもの調子で鳥貝に対して無邪気に何事かまくし立てている様子の千早が、一体何を云っているのか、百合子は少しだけ不安に思う。
 千早には一切の悪気はないとしても・・・その言葉を取る方の鳥貝の心の状態が、今は特殊なものだから・・・。
 百合子の場所からは、話し声は聞こえても、それが何を云っているのかまでは聞き取れない。
 ただ・・・千早の言葉に、鳥貝が徐々に微妙な表情に変わっていく事だけは、分かる。
 感情を表立って出さない鳥貝。
 今も怒っているわけではない。千早に対して鳥貝が怒る事などまずないだろう。けれど、百合子に対してどうなのかは・・・分からない。
「・・・あ〜・・・、やばい、かも、」
 案の定、ちらりとこちらに視線を投げかけた鳥貝の唇が、一瞬大層不快そうにへの字になった。
 けれど、更に千早が何かを云うと、鳥貝は千早に対して苦笑いを向けて・・・一気に百合子を振り返った。
 一変した表情は・・・完全に怒っている。本日二度目の鳥貝の怒りの表情だ。
 しかも、その怒りの表情のまま、歩みを進める・・・百合子の方に。
 千早は何を云ったのだろう。そして、鳥貝はそれをどう取ったのだろう。
 千早の言葉で話合いに応じてくれたというのなら、良い傾向だろう。だが、今日、月成との仲を変に誤解された上に「嫌い」宣言をされ、結構傷ついていた百合子としては・・・また同様の反応、あるいはそれ以上に悪い反応が来る事を予想してしまって、ついつい身構えてしまう。
 ずんずん、という表現がぴったり合いそうな歩調で百合子の正面まで歩んできた鳥貝は、怒りの表情のまま低い声を出した。
「・・・千早ちゃんに、何云ってるんですか・・・、」
 千早が鳥貝に何を云ったのかは分からない。千早は今、コンロの傍で男たちと一緒に心配そうにこっちを見ている。
「ケンカした事だけは云ったけど、それ以上は何も?」
 内心の動揺と動悸をひた隠しにし、できるだけ平静を装って、唇に笑みを乗せたまま答えた。
「だったら、何で・・・お兄ちゃんも謝っているから、過去の事は水に流して仲直りしてあげて、とか云ってるんですか? なんで、妹に自分の過去の恋愛話してるんです。もしかして、普段から・・・、」
 ここで一度息を呑み込んで、怒りの顔を哀しそうな顔に崩した。
「普段から、恋人をこのお家に連れてきてるんですか。過去の恋人たちともこんな風に・・・ご家族や兄さんや、親友の皆さんと楽しく過ごしていたんですか・・・、」
 哀しそうな顔が・・・胸に痛い。
 自惚れない・・・自惚れる自分を自覚できる鳥貝だけれど・・・、百合子が自分を大切にしてくれている事、つまりは時折自宅に招いて家族と共に過ごす時間を取ってくれる事を、自分が自惚れて勘違いしてしまっているのではないかと思って・・・傷ついているのだ。
「あの人とも、こんな風に・・・、」
 男たちから月成の事については散々説明を受けているだろうに、まだこういう事を云う鳥貝は、意外と思い込みが激しいのかもしれない。
 そういう部分さえ・・・百合子にとっては、愛おしく映る。
 だって、この思い込みも、彼女の嫉妬心を煽っているひとつの要因。・・・鳥貝が百合子を好きな証なのだから。
 思わず、心から微笑んでしまう。
「・・・おまえを、愛してる。過去の誰も、こんな気持ちにさせてはくれなかった。本当に、おまえだけなんだ。」
 真っ直ぐに鳥貝の瞳を見る。
 心からの百合子の言葉に・・・鳥貝は、困った表情をした。
 普段から云われている言葉だ。
 本当なら、ここぞという時にこそ必要なそれを、百合子は常日頃から鳥貝に囁いている。
 だから、聞き慣れたその言葉は、鳥貝の心を懐柔する決定打にはならない・・・けれど。
「たとえ、おれの過去のヤツらにおまえと同じような事をしていたとしても・・・おれの今と、これからは全部おまえのものだよ。おれは、おまえだけのものだよ。」
 鳥貝の視線を捕らえて離さない、百合子の真摯な視線。
 百合子の言葉は、鳥貝の誤解をそのまま受け止めたものだ。前半の「たとえ」の部分は、本当に例え話にすぎない。
 過去の恋人と鳥貝とでは、比べようもないくらいに違う。同じような事をしてはいるけれど・・・単に心と肉体の快楽を求めるための過去の行為と、愛しいから、より愛を深くしたいからしている鳥貝の行為とは、その意味合いが全く違う。
 百合子にとって、これから先の未来に鳥貝が自分の傍にいない事なんて、考えられない。・・・それが、何よりも、怖い。
 鳥貝は、困惑したまま、完全に固まってしまっている。
「過去に嫉妬してくれるのは、すげぇ嬉しい。でも・・・おれの、いまを見て。いま、おれの視界に入ってるのは、おまえだけだから。それを、信じて欲しい。」
 動かない鳥貝の手を取って、百合子は強く握り締めた。
「・・・嫉妬・・・、」
 呟くように鳥貝が口にした。表情は困惑のまま動かない。
 きっと、自分の苛立ちの感情が嫉妬だという事を自覚しきれていなかったのだろう。
「春海・・・、愛してる・・・、」
 百合子の切ない声での訴えに、鳥貝はやっとはっとして、顔を赤くした後うつむいた。
「み、みんながいる所で、そういう事を云い募るのは、どうかと思います・・・、」
 口調が随分と柔らかくなっている。普段どおりの鳥貝の口調だ。
 きっと、百合子の心は鳥貝に届いたのだ。
「じゃあ・・・、」立ち上がりながら百合子は云う。「みんながいない所なら、いいんだよな。」
 鳥貝の手を引き寄せて、驚く鳥貝をテラスへと導き入れた。
「ごめん、おれの部屋で春海と話し合ってくるから! おまえらだけでやっててくれ。」
 大声で、コンロでこちらを伺っていたメンバーに声をかけると、鳥貝が止める間もなく、強引に腕を引っ張って・・・鳥貝は百合子の部屋まで連れて行かれた。
 ふたりのそんな様子を遠目に見守っていた他の人間たちは、次にふたりと顔を会わせた時には、きっといつも通りのふたりに戻っているに違いないと確信を持った。



つづく