※この二次創作小説についてとオリジナルキャラ紹介
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<オリジナル話・7> 海辺にて【5】 百合子が鳥貝から遅れて設営したパラソルの所まで戻ってきてみれば、本を片手にレジャーシートの上で寝そべっている白熊とその隣に座った鳥貝が話をしている。少し前に安羅がリオを目撃した情報は、おそらく白熊まで到達していると思われるから、その話かもしれない。 「春海、」 おそるおそる声をかけた。 白熊は手を挙げ応えたけれど、鳥貝は振り返って百合子を睨み付けただけで、どこか大仰にぷいとそっぽを向く。 普段の生活の中でも、ケンカした後などに見せる鳥貝のその拒絶の反応に、今日はひどく胸が痛む。 鳥貝の「嫌い」宣言が、百合子を柄にもなく臆病にさせて、百合子は鳥貝に積極的に声をかけられないでいる。 その様子を見て取った白熊はため息をつく。 ふたりがこんな状況になっている経緯は分からないまでも、月成リオという存在が与える強烈なインパクトが、白熊にも想像できるからこそ。 「安羅たちはさ、ナンパした子たちと昼は食べてくるってさ。」 「じゃあ、お弁当、余っちゃいますね。」 鳥貝が、レジャーシート横に置いた大きな発泡スチロール制のクーラーボックスから取り出しながら云う。 わざとらしく、百合子を視界には入れていない。 「残ったら、バーベキューの時にでも一緒に食べればいいよ。」 使い捨て容器に詰められた鳥貝渾身のお弁当・・・と云うほどでもないけれど、割合可愛らしい色合いと形で作成されている。どちらかというと見た目よりも実用派の鳥貝にしてはがんばった方だろう。 もちろん、見てくれも大事だけれど、味が良いのはもう云うまでもない事。 「そういえば、海の家で何も買ってはこなかったんだね?」 お茶の用意をしていた鳥貝の手が止まり、しばらく眉根を寄せた後、少しだけ怒った口調で云った。それが白熊に向けられているものではないのは分かる。 「色々あって、買ってこられなかったんです。すみません。」 色々の部分に変な力がこもっている。 その一言から拡大解釈すると、「海の家でリオに会って、捕まって、そこで長話をして、ついでに百合子とケンカをした。」という事だろうか。 白熊は出てきそうになる笑いをかみ殺した。鳥貝の不機嫌に不必要に油を差して、自分までとばっちりを受けてもしかたない。 どうせいつも通りの犬も食わない・・・だとは想像できるけれど、今回は絡んできた人物が人物だけに、少しだけ厄介も感じる。 珍しく百合子も、レジャーシートの外れに腰掛けて、鳥貝の顔色をうかがうようにしている事からも単なるいつも通りのものではないのだとも知れる。実際、百合子がケンカの後に恋人のご機嫌をこんなふうに伺う所なんて、鳥貝と付き合う以前にはなかった事だ。 間に挟まれた白熊は、苦笑を浮かべるしかない。 結局、ふたりが強く惹かれあっている事が実感できる。 月成と夏目は惹かれあいながらも別れたけれど、このふたりに関しては・・・。 「それはないだろうね、」 「はい?」 呟いた言葉に、鳥貝が顔を上げた。 白熊は苦笑いを彼女に向け「なんでもない、」と云ったた後、百合子に向き直った。 「原因は、あの人なんだろ?」 「そうだよ。」 完全にふて腐れた口調と態度だ。 「話をするだけならともかく、余計なことまで喋りやがる、これだから、女は・・・、」 女性蔑視発言である。 鳥貝が百合子を睨み付ける。が、何か云いたそうに口を開くけれど、息を吸い込んで言葉も飲み込んで、手元の作業に戻った。 対し、百合子は鳥貝の睨みとそこに続きそうな言葉に、己の失言を悟って、気まずい表情をしている。 鳥貝の方が余程大人の対応である。 鳥貝が絡まない時の百合子ならば、物の考え方も対応も同年齢より随分落ち着いているものだけれど・・・恋する百合子は鳥貝が絡んで完全に愚か者になっている。 「・・・まぁ、ともかく、時間を置いて話し合うべきだろうね。」 こっそり百合子に云うと、百合子は鳥貝を見ながらため息をついた。 「話、ちゃんと聞いてくれればな。・・・白熊も、頼むぞ。」 「多飛本にさせたほうがいいんじゃない?」 「さっきメールしといた。来たらしっかり説明してもらうつもりだ。」 ちゃんと3人分のお昼を用意した鳥貝は、絶対に視線を合わせないとの意志が見て取れる態度で、百合子に割り箸やお茶を渡し、気まずい昼食は始まった。 一応白熊が気を遣ってはみるけれど、鳥貝は頑として百合子無視を決め込む。なかなか頑固なのである。 ふたりの仲をかき回した月成リオの事については、食事中にする話題でもないと思い、食後に取っておくことにしたけれど・・・、その話題を避けて通る方がかえって不自然で気まずくもなってしまった。 白熊も打つ手なしである。 せっかくの開放的な海岸でのランチタイムなのに、なんとも閉塞的な事だ。 が、そこに空気が読めるような読めないような声がかかった。 「おや、食事中みたいだね?」 白熊には何となく聞き覚えのある声。 百合子と鳥貝はついさっき聞いた声。 振り返ると、小麦色に焼けた男、Eがいた。 ライフセイバーの証らしいパーカーと腕章、ホイッスルは外して海水パンツ姿になっているから、休憩時間なのだろうか。 普段から運動をしている男らしい、目に見えて筋肉の浮かんだ逆三角形の身体をしている。 「お袋の所に行ったら、結局かき氷だけで他は何も注文していないっていうし。何か店の前で麗々しい美女と云い争いしてたっていうし。一応心配になって探しに来たんだけどね。・・・特に何事も・・・なくは、ない、か?」 百合子と鳥貝の間に挟まれた白熊が肩をすくめて首を振ってみせた。 会話らしい会話をした事はないけれど、白熊とEは夏目や百合子を挟んだ顔見知り程度の知人となる。 「ふむ・・・、」 空気を読んで敢えてそうするのかもしれないけれど、Eは鳥貝の隣の砂の上にどっかり座った。 「美味そうだな。君の手作り?」 鳥貝のお弁当をのぞき込んで云うのに、鳥貝はにっこり笑う。 「はい。良かったら、Eさんも食べますか? 他の人達が来ないから、余っちゃいそうなんですよ。」 「あー、そういや、安羅と時屋は海の家にいたな。あいつらも相変わらずだ。カワイイ子たちつれてた。安羅、女好みの綺麗な顔してるもんな、」 喋りながら鳥貝の差し出したお弁当、タコさんウィンナーをつまみ上げて口に運ぶ。 遠慮というものも知らないらしい。けれど、屈託のない心地よい人柄がEらしい。 それから。 昼ご飯を食べながら、Eは主に鳥貝のそばで陽気に海の話をしている。海のそばで生まれ育って、今でも海に親しみ続けている彼にとって、それは恋人のようなもの。 生まれはともかく、育ちは山間部の鳥貝には新鮮な話ばかりだった。 海のそば育ちの百合子も海は好きなようであるけれど、Eほどには熱く語ることはない。もともと、百合子は熱いタイプではない・・・鳥貝に絡む事を除いては。 Eと実に楽しそうに会話する鳥貝を見ながら、百合子はじれている。鳥貝お手製のお弁当も食べているけれど、味はあまり分かっていないようだ。 「・・・会話に加われば?」 白熊が呆れたように云うのに、百合子は嫌な顔をする。 「おれが加わった途端に、春海は押し黙るぞ、」 鳥貝の頑固さを理解しての百合子の判断は、多分正しいのだろうけれど、それではいつまで経っても鳥貝のご機嫌は戻らない。 「おまえらしくない。何を様子見してるんだよ。」 「・・・初めて、嫌い、と云われた・・・、」 「春海ちゃんに? ・・・それで・・・拗ねてるのか?」 「傷ついたんだ。おれの繊細な心がな。」 「・・・じゃれあいの延長だろ、どうせ。」 「かなりマジだった・・・どうしよう、本気で嫌われて別れ話切り出されたら。」 ため息混じりの百合子の言葉は結構本気で心配している様子だ。 今まで、過去の数多の恋愛では、こういう風におびえる所など一度たりとも白熊に見せたことのない百合子なのに・・・今の百合子の様子に、白熊は不思議で新鮮で可笑しくなる。 けれど、白熊が客観的に見る限りでは、鳥貝だって単に一時的に気分を害しているだけ・・・つまりいつものふたりの痴話げんかが少しレベルアップしただけの様子に見てとれる。 「今は無理でも、バーベキューの時にでも話しかけてみなよ。多分話し合いにくらいは応じてくれると思うけど。・・・あの人の事、多飛本が来次第ぼくたちからも一応フォローはしておくつもりだけどね。・・・で、何を云われた?」 夏目の昔の恋人、多飛本の今の恋人・・・それから、レズビアンで女の子大好きな彼女が、夏目の妹でおそらく好みのタイプであろう鳥貝を直接的に不快にさせる言動を取るとは思えない。 鳥貝の機嫌がいつもより悪いのは、きっと・・・百合子が絡むからこそ。 「・・・逆レイプの件・・・、」 「・・・あ〜・・・、」 過去の記憶をほじくり起こして、白熊はため息をついた。 夏目へのあてつけに(百合子視点)、無理矢理襲われたとは聞いていた。 けれど、百合子は被害者である。複雑な気持ちになりこそすれ、怒る理由としてはどうかと思うのだけれど。 白熊が首をかしげると、今度は百合子がため息。 「春海の脳内恋愛系の回路は配線具合がおかしいからな。あの女の言葉に、妙な誤解に誤解を重ねた。」 「結局?」 「あいつの頭の中では、おれとあの女が昔付き合っていたことになってる。」 「あり得ないね。」 百合子と月成のタイプはどことなく似ている。そして、彼らが恋する相手として選ぶのは己とは違った個性を持つ相手だ。 だから、百合子と月成の性格を知っている人間からすれば、それはあり得ない事だとすぐに分かるけれど、鳥貝は月成の事をほとんど何も知らないから。 「そりゃ・・・恋人の昔の女と対峙したら、普通は気分が悪いよ。しかも、それが夏目の恋人で、多飛本の恋人なわけだし・・・、」 「おれと夏目があの女を奪い合ったとか云ってた、」 「・・・ある意味すごい想像力だね。」 白熊はEと会話を弾ませる鳥貝を見て、苦笑した。 その想像力も、この怒りも・・・全て、百合子が好きだからこそなのだろう。そして、もちろん、嫉妬の表れだ。 「春海ちゃんでも、嫉妬するんだねぇ、」 「うん? 今、なんて云った?」 「・・・春海ちゃんでも、嫉妬するだ、と云ったけど・・・どうした?」 白熊の言葉に、百合子の顔がふいににやけた。 百合子は今まで鳥貝に「嫌い」宣言をされた事ばかりに気を取られていて、大局を見失っていた。鳥貝があそこまで怒った原因、鳥貝をして「嫌い」と云わしめた原因。 それは、つまり。 「嫉妬、」 呟いて、百合子はにんまり笑った。不気味である。 「そうか・・・嫉妬・・・そうだよな・・・、うん。」 「百合子?」 不気味な百合子に、白熊は顔をしかめる。 「なぁ、白熊、」 「・・・はぁ?」 「春海が嫉妬してくれるのなんて、初めてなんだけど、今日って嫉妬記念日?」 「・・・知るかよ・・・、」 見目の良い百合子は、男女問わずもてる。けれど、恋愛感に関してちょっと変わっている鳥貝はこれまでそれに嫉妬したことはないという。百合子が鳥貝以外に目もくれない状況と、百合子の過去の恋人たちに実際に会う事がなかったから、嫉妬を感じることもなかったのだろう。普段の鳥貝は目に見えて実感できること以外には、感情を乱さない。 逆に、百合子の方ばかり嫉妬をしていた。 だから、今回のこの刺激は、月成の思うツボなのだとしても、百合子にはある意味嬉しい事態になったと云える。 嫉妬、とはつまりその対象への強い執着が引き起こすものなのだから。 「愛されてるな、おれ、」 にやける百合子の言葉を肯定してやる気は、白熊には一切ない。 百合子と白熊がそんなやりとりをしている間、鳥貝とEの会話はすっかり盛り上がっている。 幸い百合子はEにちゃんとした彼女がいる事を知っているし、Eが誰に対してもこういった態度をとる男だと熟知しているから嫉妬は覚えないけれど、すっかり蚊帳の外なのは・・・面白くはない。 しかもしかも。 「・・・今はサーフィンは無理だけどな。と、いうわけで、おれたちはボードしに行くから。夕方までに春海ちゃんを返せば問題ないよな?」 とかEが云い出して、百合子は目を丸くした。 そういう会話になっていた事なんて、蚊帳の外からは分からなかった。 「白熊も来いよ。折角海に来て読書もないだろ。ボディボードくらい経験していってもいいじゃないか? というわけで、千里は留守番頼むな。」 Eが勝手に仕切るのを、白熊も百合子も止める間がなかった。 鳥貝が片づけを終えて立ち上がり、Eは白熊の肩を叩いて促し。 「ちょ、E、勝手に何決めてるんだよ!」 反抗する百合子の頭をぐりぐりなで回した。 「最近海もご無沙汰だろ。少しくらい焼いていったらどうだ。あ、けど逆ナンにだけは気をつけろ。そんなモンに乗っかったら・・・、」 その先は百合子の耳元に唇を寄せて笑い含みに囁く。 「二度と、春海ちゃんが口をきいてくれなくなるぜ?・・・おれが、機嫌だけ良くしておいてやるから、感謝しろ。」 にんまり笑うEに反論しようとする百合子は、Eの大きな手によって口を塞がれる。 「春海ちゃん、おれん家の海の家に先に行っておいて。そこにボード類もあるから。」 と鳥貝に云ってから、再び百合子に向き直る。 「楽しい時間をすごせば、おまえに対する不機嫌も少しはマシになるだろ。女ってそんなもんだよ。今は云う事聞いとけって。」 確かに、女性との付き合いにおいてEはそれなりの経験を誇る。夏目とは別の位置で学生たちの中心だった彼は、女性にモテていた。女性だけの経験でいえば、Eの方が格段に上であり、一般的な女性の事を心得ているといえる。 が。 鳥貝は、一般的な女性からはなかなかにズレている。 それくらいで簡単に機嫌が直って、百合子と口を利いてくれるとは思われないのだが・・・百合子の口元から手を離したEは敏捷に百合子から離れ、すでに歩き出していた鳥貝と白熊の後を走って追いかけていった。 「・・・っ、くしょう・・・、」 折角、鳥貝と海でいちゃいちゃする計画が、ひと夏の想い出をたっぷり作り上げる予定が、百合子の中でがらがらと崩れていった。 それもこれも全部、あの女のせいだ、と百合子は苦々しく呟く。 昔から相性が悪かった。兎に角気に入らない女だった。夏目の死後再会してからも、反りの合わなさが互いに理解できているから、お互い敢えて近づきはしなかった。 あの女を、鳥貝に会わせたくなかったのに。 百合子は、レジャーシートの上で、不貞寝をする事にした。 浜の顔とも云えるEと白熊がいれば、鳥貝がヘタなナンパに引っかかることはないと安心はできるから・・・今は、夜のバーベキューにかけて、一休みしておくことにしたのだった。 けれど。 どれくらいの時間だろうか、勿論熟睡ができないまでも、転寝をしていた百合子に2度3度女の子から声がかけられたが、全て寝たフリで無視をした。 けれど、数度目に声をかけられた男の声に、鳥貝はやっと目を開けて身体を起こした。 男相手だからと云って起きたわけじゃなく、それが知っている声だったからだ。 「遅いぞ、多飛本っ!」 スラックス派の多飛本にしては珍しいデニムパンツとTシャツといったラフな姿だけれど、夏の浜辺にいるにしては、やや浮いた雰囲気である。 「悪い。ついでにバーベキューの食材を買って、おまえの家に置いてきたんだが・・・、て、おまえひとりか?」 「留守番中だよ。」 「なんだ、ぼくはてっきり、終に鳥貝にふられて不貞寝しているのかと。」 「・・・似たようなもんだ。あの女のせいで・・・っ!」 百合子の言葉に、多飛本は苦笑いして息を吐き、レジャーシートの端に腰掛けた。 「まぁ・・・一応、ぼくからも謝っておくよ。あれに鳥貝の情報を流したのはぼくでもあるし。すまないな。」 「どの道、あいつは春海の情報を収集していただろうけどさ。・・・で、今何時だ?」 「4時前。そろそろ撤収の準備始めるか?」 「春海たちが戻ってきたらな。・・・Eにボードを教えてもらいに行ってるトコだよ。」 「Eか、久しいな。ぼくが様子見してきてやるよ。」 「ついでに、弁明も頼む。」 「・・・ああ、鳥貝にも迷惑をかけたみたいだしな、」 多飛本が立ち去ってから30分程。多飛本ひとりで戻ってきた。 百合子は嫌な予感がして歩み寄る多飛本を凝視していると、分かりやすく肩をすくめてみせた。 つまりは、どういう事だろう。 「春海はどうした?」 「バーベキューの準備がしたいから、シャワー浴びてから先に戻ってるって。心配だから、白熊に付き添いは頼んできた。」 「ちっ、自分の荷物持って行ってたのか。・・・で、肝心の春海への弁明は?」 「一応云ってはみたけどね。彼女の返答はこうだ『百合子さんが兄とあの人を奪い合ったわけでなくても・・・それでも、百合子さんがあの人とした事は、事実なんですよね。その時だけでも、あの人を好きだったのに・・・そこに嘘をつくのが、許せないんです。』・・・だって。」 淡々とした口調で、鳥貝の喋り方をそのまま真似るのは不気味でもある。記憶力の良い男だから、口調はともかく、言葉内容については、一言一句、またその間合いもそのままだろう。 「思うに、」 多飛本はビーチパラソルを畳みながら云う。 「鳥貝は嫉妬に我を忘れていて、自分が何に対して怒っているのか、あまり理解していないと見た。理由は、理解できない感情を型にはめるための後付けだな。あの子が感情に我を忘れるなんて・・・珍しい事だ。・・・百合子、喜んでるだろう?」 荷物を持ち運びしやすいようにまとめながら、百合子はくすくす笑った。 「そりゃあ・・・嫉妬記念日だし。」 「・・・はあ?」 「春海に嫉妬されるなんて、なんて幸せなんだろう・・・、」 うっとりした笑顔をみせる百合子の不気味さに、多飛本は溜息をついた。鳥貝との恋愛において、百合子の愚かさは極まっている。親友を称する者としては、ここで一応の釘はさしておいてやらないといけないだろう、と多飛本は思う。 「嫉妬が高じて別れ話にならないといいな。云いたくはないが、リオだって自分の嫉妬心が嫌で夏目と別れたんだぞ?」 「・・・っ、」 「おまえ、今回の元凶の事も失念している。嫉妬がどこから来るものか自覚していたリオと違って、自覚していない上あの性格の鳥貝だ、自分の嫉妬心が誰かに迷惑をかける事態になったら・・・分からないぞ?」 可能性のひとつとしての多飛本の言葉に、百合子は浮かれた笑顔を引き締めた。 鳥貝の性格は、百合子が誰よりよく分かっているつもりだ。けれど、冷静な第三者視点の見解も否定できない。 「けど、おれは夏目とは違う。簡単に別れてやらないから。」 「・・・まぁ、そうだろうな。そもそも、その気のない鳥貝を無理やり突きまわして、結果として手に入れたようなものだからな。・・・思えば、おまえはいつも鳥貝に対して無茶をする。」 「・・・あいつは、鈍いからな。無茶するくらいの事しないと、分かってくれない。自覚さえしない。・・・だから、あいつには、俺みたいな男がちょうどいいんだ。」 「とんだ自惚れだな。」 多飛本の呆れの言葉に、百合子は笑った。 感情の起伏、特に恋愛感情のそれが平均的な女の子より格段にとぼしい鳥貝が、嫉妬という新しい感情を示した事は、彼女の心がより育っているという事。百合子への気持ちも、きっと育っている。 多飛本の言葉ももっともだとは思うがが、それよりもやはり今は、彼女の心の成長が嬉しい。 リオの言動による鳥貝の誤解と怒りと・・・よじれてしまったふたりの関係だけれど、修復さえできれば、きっと、これまで以上にもっとふたりの仲は深まる・・・と、百合子は思ったのだが・・・。 つづく |