※この二次創作小説についてとオリジナルキャラ紹介
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| <オリジナル話・7> 海辺にて【4】 「春海ぃ? 何、隠してるんだ?」むっとした百合子は実力行使に出た。両手を月成の口をふさぐのに使っていて、無防備な鳥貝の脇の下に指を這わせたのだ。くすぐるのではない。それより、もっとタチの悪い指の這わせ方だった。 「っ、きゃ・・・・・・っ、」 ぞくりとした鳥貝が月成の口元から手を離すと、今度は・・・。 鳥貝が着ている水着は、見た目はただのワンピースである。見た目からすると、街中で見かけるキャミワンピをもう少し短くしたような。確かに、そのワンピースの下はビキニタイプの水着であるが、鳥貝は、今日は絶対脱がないと決めていた。なぜなら。 「えい、と。」 油断した鳥貝のワンピースの肩紐をぐっとつかんだ月成が、それ一気に引きおろした。顕になるのは、下のビキニタイプの水着と、鳥貝の素肌。 「きゃ!」 ほとんど日に焼けたことのない白い肌が現れた。単に今、左右見回せばそこここにいるような普通のビキニ姿になっただけにすぎないのだが・・・・・・百合子は息をのんで鳥貝の素肌を見て、彼女が慌てる理由を理解した。 「リオさんっ!!」 鳥貝はすぐさま、ワンピースの肩紐を引き上げたけれど、百合子はバッチリ見てしまった。 「幸い、襟足のは髪の下に隠れて見えてないけどね。わたしはソレに気づいて、多分、と思ったわけ。女のカン。」 鳥貝の白い肌には一見すると虫刺されのような跡が所々に散っていたのだ。・・・・・・それは・・・・・・2日前に、百合子がつけた跡。 「首筋とかについてなくてよかったわねー。いや、薄くなったのをファンデで隠してるカナ? やっぱりユキって変態ね。夏場の女の子の肌に跡を残すなんて、あり得なくない? どこまで春海ちゃんを自分に縛り付けるつもり? サイテー。」 「・・・・・・そういや、あの日、頑張りすぎた・・・・・・、って。いてっ!」 鳥貝に思いっきり腕を抓られていた。 「誰のせいで、人が困ってると思うんですかっ。」 「や、でも、春海も悦んでた・・・・・・・って、だから、痛いって!」 鳥貝は百合子の腕を抓る指先に力を入れる。というより、肌に爪を食い込ませている。 そんなふたりの様子はどう見ても、じゃれあい。平和な光景だ。 「・・・・・・結局、相思相愛なのよね、あなたたち。」 ちぇ、とつまらなさそうに舌打ちする月成。 付き合って何年だろうと、体の交わりがあろうとなかろうと、結局は相性やめぐり合わせ、それが合うか合わないかでふたりの幸せは決まる。 鳥貝の昔の恋人とは、結局巡り合わせが悪かったということだろうか。 けれど。 「ユキと相性のいい女の子がこの世に存在するなんてオドロキ。まぁ、夏目くんの妹だからこそなんでしょうけどねぇ。」 「体の相性も、心の相性もバッチリだ。けど、夏目の妹だから、じゃない。これは断言できる。たまたま、偶然、最高の相性の春海が夏目の妹だっただけだ。」 百合子の断言は、鳥貝にとって恥ずかしさより嬉しさが勝るものだったけれど、その照れ隠しに・・・・・・・。 「いてっ、痛いって、痛いっ。春海ちゃん、許してっ。」 百合子の腕を二箇所、抓り上げた。 ふたりがじゃれあっている間に、月成の携帯に今回同行しているらしい男友達からの連絡が入った。けれど、「大事なご用中なの。終わったら連絡するから、ごめんね。」と簡単に断りを入れていた。鳥貝との会話は彼女にとっては男友達よりも大事な用事らしい。 抓られて赤くなった部分を撫ぜさすっている百合子と、顔を赤くしたまま、唇を尖らせている鳥貝と。 ふたりを見ながら、月成は微笑む。 幸せなふたりが・・・・・・愛おしかった。 だから、ついつい鳥貝にちょっかいをかけたくなるのである。 「春海ちゃんって、やっぱりかわいいわ。本当、押し倒したいくらい・・・・・・・、」 手を鳥貝の頬に向けて伸ばした途端、百合子が鳥貝の体を攫った。 「触るな。」 「ケチ。ってか、あなたが触る方が春海ちゃんが穢れるわ。」 「春海は、もうおれの物だ。汚らわしい女に触らせるか。」 「汚らわしいのはあんたでしょう。男から女から、節操ないんだから。ねぇ、春海ちゃん知ってる? 私が把握しているだけで、こいつ、」 月成は形の整った右手の指を全て折り数え、次に左手の指をひとつ、折り数える。ふむふむとそのたびに首を頷かせる。 「2年の間に6人くらいの男と付き合ってるわよ。まだ十代前半の頃よ。」 「付き合ったのは6人じゃない、7人だ。そのうち喰ったのが4人。」 「あらやだ。春海ちゃんの前で臆面もなく。それじゃ、これも云っちゃうかな〜。」 なんだか、最初からネタを合わせてあったかのようなやり取りを、鳥貝は何をどう反応して良いのか分からないままに聞いている。・・・・・・百合子の男性関係については、思う所もなくはないが、過去の事をあれこれ云っても仕方ないし、と聞き流す事にした。 「ユキがY市の中・高に通っていたのは知ってるわよね? 電車通学でね。うちの中・高・大ある女子校も、電車通学の子が結構いるのよね。で、その頃、うちの女子校の電車通学の女の子たちから噂が広がって、ユキっていつの間にか『氷の貴公子』とか鳥肌立つネーミングで呼ばれてたのよ。寒くない? なんでも、誰が告っても冷たく断られるから、だとか。何が氷よ。『荒野の野蛮人』のくせに。単に女の子に興味がなかったから、告ってくる子たちをことごとくふってただけ。あーばかばかしい。」 「おまえは『薔薇の王女』だっけ? 『荊(いばら)の魔女』のくせに。おねーさまとか呼ばれて、女子どもに手を着けまくっていたんだよな。怖。」 「うふふ。それは、高校の頃の文化祭のミスコンでもらった称号。そりゃもう、後輩からもてもてだったのよ。食べたい放題。」 鳥貝の知らない過去の話で火花を散らしている。少しだけ淋しいと思わずにはいられなかった。鳥貝の知らない過去を、ふたりが共有しているのだから。たとえ、それが決して円満な関係でなかったとしても。 取り残されて、ぽつんとしている鳥貝を最初に目に留めたのは女性らしい観察力を持つ月成だった。 「色々な女の子と付き合ってきた。だって、女の子は柔らかくて心地いいもの。男と肌を重ねるよりも、優しい気持ちになれるわ。でもね、夏目くんだけは、特別だった。初めての男だから、ってだけじゃなくて。」 「・・・・・・は?」 突然耳に飛び込んできた、兄の名前と衝撃発言に、今度は鳥貝は固まってしまった。 「おい、リオ。そういうことは、」 「云わせて。いいじゃない、夏目くんだって、生身の男だったんだから。一点の曇りもない、綺麗すぎる兄なんて、おかしすぎるわ。」 月成は睨みつける百合子の額を指先ではじいて、鳥貝の目を真っ直すぐにみた。 「私が惚れて、私が告った。私が中3、彼が高1の頃よ。2年付き合って、別れた。私から別れたの。当時の私は彼が全てだった。彼しか見えなかった。彼の周りのこの男たちも、彼が大事にするから邪魔者としか見られなかった。夏目くんは、私を大事にしてくれた。でも、それと同じくらい彼らの事も大事にした。そして、彼を慕ってくる他の多くの人間も。彼は、誰にでも優しく、暖かったの。それは人としては美徳。でも、彼に恋する人間には、大きな欠点でしかなかった。そう、私にはそれが、耐えられなかった・・・・・・、いえ、ちがう、」 百合子は押し黙る。月成の好きなように告白させている。 生身の夏目を知らない鳥貝は、男友達や周りの大人たちが語る夏目の姿をしか知らず、それを兄の像として受け止めているけれど、彼女はまた違った夏目の姿をその想い出の中に持っている。あるいは、鳥貝が知りたかった兄の姿を。 「そんな彼を自分だけのものしたくて、ばかばかしいくらいに我侭を云い続ける、自分の醜さが嫌だった。だから、だわ。そう、別れさえも全て、私の我侭。そして、そんな私わたしの我侭を、彼はいつも穏やかに聞き届けてくれた。別れ話さえ、そう。彼は、そういう人だったから。・・・期待していなかったわけじゃない・・・引き止めてさえ、くれなかった。」 人を思い遣れる懐の深い優しさも、恋する女にとっては不満なものとなる。それで、傷つく事もある。 月成が少しだけ切ない眼差しを落すのに、不貞腐れたようにしていた百合子が口を開いた。 「おれたちとあんたが同等なわけないじゃないか。夏目はあんたの事は確実に特別扱いだった。その我侭なら大抵の事は聞いてたさ。だから、おれは嫉妬してあんたに意地悪していたんだけど。」 百合子なりの優しい言葉だ。月成は顔を上げて、微笑する。 「そうね。そうだったと思う。でも、女ってイキモノは、恋する男に対してはとんでもなく貪欲なのよ。もっと、もっと欲しくなる。独占していたくなる。そうじゃない・・・・・・ね?」 いきなり同意を求められ、鳥貝は戸惑うしかない。それほどまでの独占欲を感じたことがなかったから。 決して、鳥貝が百合子に恋をしていないというわけではない。鳥貝自身も百合子が好きだと自認している。 ただ、鳥貝は一般の女の子よりも情緒的感情に乏しく、最近はそれがマシになってきてはいるものの、それでもまだ恋愛を楽しめる一般女子よりもかなり低い位置に恋愛レベルが設定されているわけでもあり。 実の所、鳥貝が独占欲を感じる以前の話で、百合子は完全に鳥貝しか見えておらず、鳥貝以外の事は全て二の次というこの状態にあるものだから、独占欲を感じるまでもないというのが現状でもあるわけだが。 鳥貝の戸惑いをどうとったのか、月成は軽く目を見張ってから百合子を見て、浅く笑った。嘲笑いに近いものがあったのかもしれない。百合子が眼差しをきつくした。 「ユキ、あまり愛されてないわね。」 ざまーみろ、とでも続けそうな口ぶりだった。 「リオ、おまえ・・・・・・、」 百合子が再度の舌戦に持ち込もうとした頃、月成の携帯が振動して着信を知らせた。男友達かららしい。 「ああ、ごめんね。そうね、もうそんな時間よね。・・・・・・分かった、そっちに行くわ。」 携帯をパタンとたたんで、月成は鳥貝の手を取った。 「もっともっと春海ちゃんとお話がしたかったけど・・・・・・、聞きたい事、聞いてもらいたい事があったけど、時間になっちゃったわ。せめて、連絡先、教えてくれる?」 百合子が激しく止めに入るのも聞かず、鳥貝は月成とナンバーとアドレスを交換した。 鳥貝としては、兄が愛していただろうこの美しい女性の事をもっと知りたかった。10代の頃兄と付き合い、別れ、現在多飛本と付き合っているその経緯も知りたいと思った。他人の事情にはあまり口を出さず首を突っ込まずの鳥貝にしては珍しい欲求で、鳥貝自身自分のそんな知りたがりを新鮮に感じてもいた。 心から名残惜しそうな表情で席を立った月成は、そういえば、と呟いた。何か思わせぶりな気配もした。 「ふたりにステキな刺激をあげるわ。ユキ、感謝しなさい。」 面白がるような、意地悪なような、嬉しそうな・・・・・・そう云いだした時の月成の表情はそんな形容だった。また、その言葉に何か思い当たる節が浮かんだようで、百合子はすぐさま鳥貝の耳を両手でふさごうとしたが、それはあまり役に立たなかった。 「ユキの初めてのオンナは、私なのよ。」 冗談か、本気か・・・・・・・分からない。 月成が「またね、」と、ウィンクしながら去っていく姿を見送って、自分でも予想以上に呆然としている鳥貝がいた。 過去の男の話なら、まだ聞き流せる。鳥貝は、その男たちがどんな人間か知らないのだし。何より、相手が男ということで、鳥貝にとっては著しく現実感を削がれているのだ。 けれど、今まで目の前にいた生身の美女、兄の元カノ、多飛本の現在の恋人。それが、百合子の初めての相手だとしたら・・・・・・聞き流せるわけがなかった。たとえ、過去の話であったとしても。 「春海、あんなオンナの云う事だ。気にするな。悪い記憶は全て忘れて、ほら、昼メシ食いに行こう!」 百合子らしくない、妙な慌てぶりが、彼女の言葉を裏付けている気がした。 「・・・・・・百合子さん、」 驚くくらい乾いた声だった。 「嘘、つかないでくださいね。今の話、本当?」 抑揚のない声だからこそ、鳥貝の感情が伝わってくる。 嘘が嘘とバレたら、きっと別れ話になりそうな気がして、百合子は息を呑んだあと、大きく息を吸い込んで・・・・・・吐いた。 「本当だ。」 鳥貝の動きが止まる。表情も止まる。 その異様な反応に、百合子は戸惑う。こんな反応、今まで見たことがなかったからだ。 「で、でもな、オンナとしては初めてだったかもしれんが、それまで散々男遊びはしてきてたから、そういう状態には慣れてもいたし・・・・・・そう、それに、同意じゃなかった、あれは。無理やりだったんだ。あの女から・・・・・・、だから、」 百合子が焦って云い募るだけで、鳥貝の反応は一向にない。 百合子が焦って云い訳をするなんて、滅多にない状況を月成が見ていたら、手を叩いて喜ぶに違いない。が、多分、こうなる事は予想していたと思われる。 鳥貝は表情と動きを止めて、ひたすら目の前のすっかりとけきったカキ氷を見つめている。いや、きっと、見つめているのは目の前の物質ではなく、己の心の中。 「・・・・・・分かり、ました、」 小さく、小さく鳥貝は呟いた。硬い声で。 何が分かったのか、分からない。 百合子は、これから鳥貝がどういう反応をするか身構えて、彼女の行動を見守る。 珍しく、百合子は怯えているのかもしれない。 これまで、好きだった相手、付き合っていた相手、それら多数の相手との別れは、いつも淡白だった。それが、百合子からにしろ相手からにしろ。別れた直後は淋しい気持ちが沸き起こるけれど、すぐにそれを自分の中で消化する事ができた。別れなんて、その程度のものだった。数ある出会いのひとつ。数ある別れのひとつ。そんな風に割り切っていた。 けれど・・・・・・鳥貝に対しては、絶対にそんな風に簡単に割り切ることができそうもない。 彼女を失うのが、何より、怖かった。 彼女はただの恋人じゃない。ひと時だけの快楽と幸福を得るためだけに選んだ相手じゃない。 もうすでに百合子の中で彼女の存在はかけがえのないものになっていた。例えば、夏目に対してそうであったように。家族に対してそうであるように。 「・・・・・・春海?」 小さな呟きの後、長く押し黙る鳥貝に、恐る恐る声をかけた百合子。 「・・・・・・百合子さんとリオさんの関係、」 「あ、ああ、だから、おれとあいつは何でも・・・・・・、」 「リオさん、綺麗ですものね。わたしなんかと違って、スタイルもいいし。」 「は?」 「兄さんと、取り合ったんだ。ふーん・・・・・・、」 「はぁぁ? ちょ、ちょっと・・・・・・、」 何か、鳥貝の頭の中で勝手な結論が結ばれているようだ。 あの会話を聞いて、どうしてそういうちぐはぐな結論が導き出されるのか・・・鳥貝本人も自覚している情緒的内容を理解する方の鳥貝の思考回路は、配線具合が混線しているらしい。 「春海、どうやったら、そういう風に誤解できるんだ?」 「誤解・・・? でも、リオさんと・・・した、んでしょ・・・?」 少しだけ鳥貝の声が震えた。怒りにではない。哀しみにだ。 「した、けど、そこに気持ちはない。」 「気持ちもないのに、そういう事できないもの。」 「・・・できるんだよ。」 開いた心の隙間を埋めるために、肉体の快楽を求めるために、好きでもない相手と抱き合う事は、ある。鳥貝は、気持ちを伴わない、そういう行為を理解していない。 「気持ちがないのに、ああいう事・・・できるんだ。リオさんにも、したんだ。」 鳥貝の声が震える。 『ああいう事』がつい先日に百合子とベッドの中でした行為を指すのは間違いない。 慣れない最初の頃は、鳥貝は恥ずかしかったり痛かったりで、肌を重ねることはただ百合子の求めるままに、という形ばかりだった。けれど、さすがにここの所は、鳥貝も百合子と互いに感じあう事ができるようになってきていた。 百合子の甘い言葉と優しい囁きと、丁寧な愛撫を受けて、鳥貝も同じように百合子にそれらを返せるようになっていた。 キスをして、じゃれあって、互いを愛撫しあって・・・重なって、繋がって、抱き合って・・・互いの熱を感じて、沢山の愛情ある言葉を交し合って。 肌を重ねる事が、愛し合うふたりの、至福のコミュニケーションであると認識するようになっていた。 なのに。 そういう事を、気持ちのない相手とできるものなのか。 鳥貝には、分からない。分からないけれど、哀しくなる。そして、苛立つ。 「おまえとするような事は、してない。するわけがない。」 きっぱり云う百合子の声なんて、聞こえない。 先日に百合子とした行為を思い出したら、自分と差し替わったリオが百合子と抱き合って、百合子から甘い言葉を囁かれている・・・そんな映像が頭に浮かんでしまって・・・感情が破綻してくるのを、鳥貝は自覚した。 自覚していながら、どうしようもなかった。 鳥貝は自分が、感情に先走ることはあまりないと思っていた。寮で、百合子や男たちと関わるようになってから、随分と感情豊かにはなったと思うし、時々主に百合子に対して怒り心頭する事もあったけれど、怒っていながらも理性はしっかりあった。理性を失い、我を忘れて感情を先行させる事なんてなかった。そうできるとも思っていなかった。 けれど、今、鳥貝の感情は弾けた。 「百合子さんの、嘘つき! なんで、そういう嘘を云うんですか! 昔にでも、好きだった人なら、素直にそう云えばいいじゃないですか。百合子さんに、これまで沢山の恋人がいた事なんて、もう知ってます。だから、彼女もそうだった、って、云えばいいじゃないですか。なのに・・・っ!」 鳥貝が百合子に対して怒る時、それは大抵が鳥貝にちょっかいをかける百合子の悪ふざけにキレる形だ。だから、百合子が誤り倒すとか、いっそうやむやにする言葉や行為で、比較的簡単に鳥貝の機嫌は直った。 けれど、今の怒る原因はいつもとは違う。怒り方も、いつもとは違う。 「兄さんの恋人だったからですか!? 彼女を兄さんから奪ったからですか!? 都合が悪いから、そうやって誤魔化すんですか!? わたしが、何も知らないから、誤魔化せると思っているんですか!?」 鳥貝の思考回路では、そういう関係が出来上がっているらしい。 まったくもって、はなはだしい誤解に他ならない。 「だから、違うって! 春海、冷静になれよ。あいつとの関係は、そういうんじゃないって、何度も云ってる。夏目から奪ったわけでもない、そもそもあいつと関係を持ったのは一度きりだし、夏目とあいつが別れてからだ。」 云い聞かせるように、強い口調で云う。 けれど、既に自分の怒りの始点がどこにあるかも見失うほど感情を爆発させている鳥貝に、百合子の言葉は届かない。 「・・・・・・一度、きりでも・・・・・・、あの人と愛し合ったんだ。あの人に・・・好きだとか、愛してるとか・・・・・・囁いたんだ、」 「っ、だから、愛し合っては、ない! 好きでもないし、愛してもいない。過去も現在も、未来も! それに、おれにはもうおまえだけだから、」 「そんな、甘い言葉・・・・・・もう、いい。そうやって、いつもわたしを誤魔化して! そんな言葉、もう、信じられない。そうやって、甘い言葉ばかり囁いて、わたしばかり本気になって・・・・・・どんどん、百合子さんを好きになっていって。なのに、百合子さんは、わたしが想ってる程、わたしの事なんて好きじゃないんだ。」 「ちょっと、待て! それは聞き捨てならない。なんでそういう流れになるんだ? というか、おまえ、そんな事考えていたのか?」 真実、心から鳥貝を愛している百合子にとって、いくら感情に先走っている鳥貝の言葉とはいえ、百合子の心を疑う発言を捨て置けるわけがなかった。 今まで自分が本気で囁き続けてきた鳥貝への想い。それをよりによって本人から否定されるなんて。 これまで冷静に努めてきた百合子も、さすがにカチンとくる。 そして、そもそもぶれぶれだった論旨が、さらに論点をずらした云い争いに発展する。 「おれの、気持ちを疑っていたのか? ・・・・・・いつからだ?」 本気の怒りを含めた百合子の切り返しに、激情していて鳥貝も、さすがに怯んだ。熱が冷まされたのだ。 「いつ、って・・・・・・だって、そんなの、時々想うくらいで・・・・・・、」 「時々? おれが、抱いている間も? キスしている時も?」 抱かれている間も、キスしている時も・・・鳥貝の頭も心も、百合子の事だけでいっぱいになる。他の事なんて、考えられない。 「そんなの・・・・・・そんなこと、ない。でもっ、百合子さんの言葉が、時々信じられなく事は、あります。百合子さん、簡単に好きだとか愛してるとか、云い過ぎだからっ、」 「簡単に云っているわけじゃない。いつでも、おれは本気だ。だって、真剣におまえが、好きだから。」 「・・・・・・百合子さんの、真剣さは分かりません。だから・・・・・・百合子さんの言葉、信じられないっ! ・・・・・・百合子さんなんて、大嫌いっ!」 云い切ると、鳥貝は立ち上がって、大股でその場を歩き去った。 百合子は・・・・・・初めて鳥貝に「嫌い」宣言をされて、結構ショックを受けていた。もちろん、先ほどの鳥貝の言葉が勢いによったものであったとは分かるけれど、それでも。 自分で思っていた以上の衝撃に、しばらく呆然とそこから動けずにいた。 ひどく胸が痛くて・・・・・・そんな所でも、改めて自分が鳥貝の事を好きなのだと実感してしまうのだった。 「ヤバ・・・・・・、」 百合子は胸の痛みが実感を伴ってきて、胸元を押さえた。低く脈打つ鼓動が、真実痛い。こんな事は初めてだ。心が、肉体に影響を及ぼすなんて。 鳥貝を、失いたくない。 こんな事で、彼女が自分の元から去っていくなんて、あってはならない。 百合子は、痛みを堪えながらのろのろと椅子から立ち上がった。 視界の遠くに、去っている鳥貝の背中が見える。多分、設営したパラソルの所まで戻るのだろう。 彼女を追いかけて・・・・・・冷静になって、話し合わなければ。 そもそもの発端は・・・・・・リオ。彼女の言葉。 事実を知る他の男たちにも、自分の言葉の裏づけを頼んで、それから・・・・・・どうしても、鳥貝を説得しなければならない、と、百合子は思った。 つづく |