※この二次創作小説についてとオリジナルキャラ紹介
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<オリジナル話・6>

夏休み【1】


 梅雨のはじめ、N県の友人からメールがあった。高校の同級生で、地元の大学に進学した子だった。
 高校を卒業してまだ半年もたたないけれど、久しぶりに会いたいし、話もしたい。この夏休みを利用して東京に遊びに行くから、東京を案内してくれないか、といった内容だった。友人のメールには他にも2人の名前が連ねてあった。ひとりは同様に地元に進学した人間で、もうひとりは鳥貝同様に東京に、けれど都心からは離れた大学に進学した人間だった。
 夏休みの予定を鳥貝はまだたてていない。アルバイトのシフトもまだだ。予定らしき予定がひとつあるが、それは所用があっての帰郷で、地元に長居するつもりもなかった。
 早期の予約をしてきた友人の小賢しさに苦笑しつつ、鳥貝は「大丈夫だよ」と返事を返した。
 そして、時折メールや携帯で連絡を取り合いつつ、友人達の来訪はお盆の翌週になった。鳥貝も予定日はバイトのシフトを空けるつもりでいた。
 ・・・予定、と聞いて、頭の中にひとりの男の顔が浮かばないでもなかったが・・・どのみち、予定のあるなしに関係なく、寮にやって来ては鳥貝にちょっかいをかけてくる男だから、それほど気にしなくてもいい気がした。


 さて、夏休みに入って数日がすぎた。
 TK大では前期試験が八月の一週目まで続くため、夏休みに入る時期が遅い。その代わり、9月一杯はお休みとなる。
 鳥貝は、夏休みに入ってすぐに一度地元に帰った他、バイトと寮での生活に追われて、充実した日々を過ごしているといえる。
 その日も、用もないのに現れた男が、節約のために空調を使用していないため、大層むし暑いにも関わらず、鳥貝にべたべたとくっついてきて困っていた。
 時に、この寮の人間は、誰もあまりテレビを見ない。
 居間にだけテレビが置いてあるが、自室にテレビを置く者はいないようだ。なのに、居間のテレビがついている事もあまりない。さすがに理工系の大学生だけあり、ほぼ全員がパソコンを所有してはいるので、そちらで見ているのかもしれないけれど。
 テレビを見ないにもかかわらず、居間にいる彼らが何をしているかと言えば、チェス・ポーカーなどのアナログゲーム、あるいは、鳥貝にはまだよく理解できない、学術理論の意見交換だった。もっとも、学術理論に見せかけた別な話も多々あったのだが、それを鳥貝に理解しろという方が無理な話だ。なにぶん、男女間(だけとは限らないが)の秘め事には疎いのである。
 ともかく、院に入って特に忙しくなった多飛本に代わり、台所の管理を一手に引き受けるようになった鳥貝は、居間で小難しい話に興じる時屋と白熊を横目に、保存食の整理と在庫チェックをしていた。7月中、食品が傷みやすい梅雨期にも関わらず、試験で急がしくて管理しきれていなかったので、一部廃棄するものも出てきそうである。
「春海、それ終わったらどっか夕涼み行こうぜ。」
 食堂で片手に団扇、よく冷えた麦茶を飲みながら百合子は云う。
「ダメです。夕ご飯の準備もあるのに。あ、でも、夜に庭先で夕涼みならいいですよ。」
「それなら、縁台がどっかにあるはずだよ。そうえば、ここの所出していないな。」
「2年前までは、夏目が出してたんだよ。あの人、マメに季節感楽しむ方だったし。おれが探してきてやるよ。」
 ちゃっかりふたりの会話を聞いていた白熊と時屋が口を挟んだ。
「兄さんも使ってた縁台ですか。それなら、是非。・・・なら、せっかくなんで、夏らしい食べ物が何かほしいかな。かき氷、すいか・・・、」
 片付けの手を止めた鳥貝が、想像を巡らしながらつぶやくと、百合子が手を挙げた。鳥貝に指名されるまでもなく、口を開く。
「かき氷がいい。杏シロップ掛け、干し杏添え。」
「えぇ? 杏シロップ、漬けてからまだ1ヶ月とちょっとですよ。」
 夏の初めに、母親が地元の杏を大量に送ってきた。まだ青いそれを、鳥貝は兄が以前杏酒を漬けた事を思い出して、半分は杏酒に、残り半分をシロップ用に漬けた。
 漬けるにあたって、鳥貝は母に漬け方を聞いたが、杏酒は梅酒と同じ漬け方を選び、杏酒は一番単純に、蜂蜜と砂糖と一緒に漬ける方法を選んだ。母に言わせれば、それが失敗が少ない漬け方だという。杏のエキスが出て、砂糖が完全に溶けきるまで週に1,2度攪拌する必要があったが、先日見た限りでは、一応砂糖は完全に溶けきっていたし、杏のエキスも十分に出ているようではあった。味見はまだしていない。
「そもそも、かき氷も、機械がないと・・・、」
「それも、確かあったはずだよ。ぼくも探してみるか。」
 白熊も居間のソファから立ち上がり、おそらくは庭に設けられた物置に向かった。
「じゃあ、かき氷は決定ですね。杏シロップは失敗してるといけないし・・・練乳が欲しいかな。確か、みかんとサクランボの缶詰があったから、シロップはそれでもOK、と。」
 先ほどまで見ていた、保存食の棚から缶詰を取り出して、鳥貝はまた考え込む。
「うーん、ならいっそ、今から買い物行きますか。夕ご飯も、解凍したお魚とお肉ばかり続いたから、新鮮なものも食べたいし。」
 主婦が板についてきた。いや、別に主婦なわけではないから、台所を預かる人間として成長してきたともいえる。
 ついでに、と、先ほどチェックしていた足りない調味料や保存食のメモも確認する。
 夏場になってから、鳥貝の自宅から夏野菜が大量に届くので食費もかなり助かっている。うまくすれば9月頃まで、夏野菜は尽きそうもない。多飛本が概算してどれくらい浮くのかをはじき出してくれた。その浮いた分で、普段不足しがちな新鮮果物なども補えそうである。
 ちなみに、夏野菜は母が自宅裏の畑で作っている。休みの日は父も手伝う。商売にしているわけではないが、ふたりだけの生活にしては多すぎるほど採れるものだから、鳥貝もこうやって恩恵を受けているわけだ。また、ご近所同士でやりとりした結果として、時折珍しい野菜も送ってきてくれるのが楽しみだったりする。
 他のメンバーは主に都会を自宅とする者ばかりのため、新鮮野菜が届く事がない代わり、お中元のお裾分けが大量に届いている。つまり、保存の利く缶詰やそうめんといったものだ。それはそれでありがたい。
 この寮では月に一度、食品のまとめ買いをする。保存の利く食品や冷凍に向く食品である。今までは格安スーパーまで行って大量に買い込んできていたようだが、鳥貝がこの寮に来て、主に台所を仕切るようになってからは、やはり月に一度は買い出しに行くけれど、その量を控えめにするようにした。新鮮野菜や果物も欲しい、と言い出した鳥貝が、マメに食品の買い出しに行くようになったからだ。だから、食費も必然のように鳥貝が管理するようになった。食費を切り詰めたい男達にとっても、それはありがたい成り行きだった。まとめ買いするよりも、その時々のセール品を使う方がお得だし、栄養管理も行き届く。
 といわけで、鳥貝は今やこの寮の皆にとって心の癒しの妹であり、栄養管理の母である状態になっていたとも言える。何しろ、皆に大事にされている事には変わりない。
 けれど、寮の住人でない百合子にとって彼女は、やはり大事な恋人であるわけで。
「・・・。」
「どうしたんですか?」
 妙に押し黙る百合子にやっと気づいた鳥貝が声をかける。当然、百合子はその反応を待っていた。もちろん、期待していたよりかなり遅い反応だったけれど。
「・・・おれは、ふたりきりで夕涼みしたかったんだけど。結局、みんなでかよ。」
 拗ねている。まぁいつもの事だが。
「賑やかで楽しいじゃないですか。みんなでした方がいいですよ。」
 やはり、鳥貝は男女間の情緒をいつまでたっても理解しない。元々そういう性質なんだろうとは分かっているけれど。いや、逆に、やたらとべたべたしたがる女だとしたら、百合子はここまで鳥貝に恋する事もなかったかもしれない。女のそういう部分が好ましく思えない部分も、男に走っていた理由だと自覚のある百合子としては、鳥貝がこうであるからこそ彼女が愛しいのだ。
 その分、ふたりきりになった時に甘えてくる彼女が、ことさらかわいい。
 ・・・だから、ふたりきりになる時が、待ち遠しい。
「春海・・・、」
 きっちりと買い物メモをまとめる鳥貝が、顔を上げる。窓から入り込んでくる夏の風が、鳥貝の柔らかな髪を揺らせた。百合子の言葉の続きを待って、じっと見つめてくる鳥貝の、光を宿した瞳が綺麗だ。
「好きだよ。」
 とたんに赤くなる顔も、その後に続く慌てふためく言葉も、百合子にはかわいくてたまらないのである。

「うーん。バカップル・・・ではなく、バカ男?」
「春海ちゃんは問題ないよね。人前で絶対にベタベタしないし。」
 男ふたりが縁台を庭に運び出している間、食堂でのやりとりを見ての感想である。
 普段頭脳労働専門の男達が、蒸し暑い庭の物置から汗だくになって縁台を運び出しているというのに、室内でのやりとりにはいらだちを覚えないではいられない。
 けれど。
「時屋さん、白熊さん、お疲れ様です。冷たい麦茶どうぞ。」
 笑顔の鳥貝がお盆にのせた麦茶を庭まで持ってきてくれれば、不思議といらだちも引いていく。
 やはり、男所帯にかわいい女の子がひとりいるというのは、彼らにとって良い癒しになるようだ。夏目が欠けるまでは、男所帯でもそれはそれで楽しい日々でもあったのだが。夏目がいない昨年の陰惨さを思えば、いらだつ男はいるものの・・・見方を変えればそれさえ楽しいとも思えなくもない。
「春海ちゃん、これから買い物?」
「そのつもりです。何か買ってくる物ありますか?」
「百合子も連れて行くんだよな。」
「というか・・・ついてくると思います。」
 苦笑して鳥貝は云う。いつもの事なのだ。
「それじゃあ、」
 白熊は時屋と目を見交わした。ちょっとした意地悪がしたい気分だった。百合子をひとりで幸せになんてしてやるものかとの意志が込められた。
「でっかいスイカふたつ、頼む。」


 大きなスイカふたつに加え、予定していたもろもろを買い込んだ。ついでに、庭先でしてもご近所の迷惑にならないような手持ち花火も買った。
 で、それら全てを百合子が持つと云う。男として当然の請負だ。それを見越して、白熊たちはスイカを頼んだわけでもあるが。ひと玉3キロ越えのスイカに加え、食品と日用品の入ったバックと花火と・・・持てない事もないけれど、この夏場にそれはかなりキツイ。しかも、百合子だとて普段から肉体労働には向かないタイプだ。車や、せめて自転車でもあれば楽なのだろうが、彼らは徒歩である。当初鳥貝は自転車で行くつもりだったのが、百合子が却下した。少しでも鳥貝とふたりきりでいられる時間を確保したいからなのだが、鳥貝はそれを直接云われないと気づかない。
「そっちは、わたしが持ちます。」
 百合子の右手にあった日用品と食品の袋を手にした鳥貝だが、百合子は「大丈夫だから、」と拒否する。百合子でも男の意地はあるらしい。けれど、鳥貝も、自分だけが鞄一つの状態だなんて、居心地が悪すぎる。
「じゃあ・・・スイカ、ひとつ持っていいですか。わたしにも夏の風物詩を楽しませてください。」
 百合子の左手に下げられた、専用ネットに入ったスイカを持ち上げて云う。絶対に譲れないというように、手に力を入れて。
 百合子はそんな鳥貝をじっと見て、笑う。
「じゃ、任せた。転ぶなよ。」
「転びません。」
 くすくすと声をだして笑う百合子につられ、鳥貝も笑う。
「そういや、さっきのスーパーでさ、大学の同級の奴に会った。」
 百合子はふと思い出したように口にする。
「おまえとの事聞かれたから、同棲してる、って答えといた。」
「・・・っ!」
 大学にて、百合子と鳥貝の廻りの人間には、すでに二人がつきあっている事は知られている。それはそうだ。所かまわず鳥貝にラブコールを送る百合子は、すでに一部の者にとっては大学の名物になっている。敷地も規模も大きい大学ではあるけれど、女子の人数は少なく(全体の1割程度。1学年につき100人を少々上回るくらい)、新一年生の女子名簿はあっという間に男子学生の間に回るという。そんな数少ない女子のひとりと、首席入学やら、目立つ容姿、一種独特の雰囲気からすでに名を知られていた百合子がつきあっている事は、広まりやすい噂であった。しかも、各学部でそれなりに知られている人間たち(寮の男達である)とも懇意にしているとあれば、鳥貝自身の知らぬところで、鳥貝の事は噂に上る。ついでに、学友クラブ在籍の有名人、斎にもラブコールを送られているという事は、彼女についた尾ひれの噂のひとつ(結構な事実だが)。夏目の妹だという事は、ややこしい家庭事情につながるので、表面上は伏せられてはいるが。また、いらぬ誤解も招きそうなので、男達と同じ寮住まいであるとの事も伏せてはあるが。
 きっと、口から7割でまかせの百合子の言葉も、夏休みが開けるまでには広がっているに違いない。今更、訂正もできやしない。
 鳥貝は冷たい表皮のスイカを抱えて深いため息をついた。
 怒るのさえ、もうめんどくさい。どのみち、噂には尾ひれがつくものである。同棲を通り越すような噂になったとしても、笑えるだけの心構えは持っておかないといけない。ちなみに、そういう噂は百合子を喜ばせるだけなのが分かってしまい、同級生にああ云ったのも計算尽くであったかもしれないと思う鳥貝なのだった。
 
 
 その日は、夜からバイトに出かける時屋だけ早い目に夕食を済ませ、スイカとかき氷を「もっとまったり食べたかった。」と云いながら、すばやく平らげ、後ろ髪を引かれながら出かけていった。
 ちなみに、杏シロップはそれなりに成功であった。もっと漬け込んだ方がおいしくなるに違いないので、今日だけ特別ふるまいで、後は来年のお楽しみだ。
 安羅は夕方には帰ってきたし、多飛本はちょうど花火を楽しんでいる時間に帰ってきた。
 寮のみんなで楽しく騒ぐ、夏の日の思い出が、またひとつできた。
 そして、それは鳥貝にとって、兄の思い出へとつながる。
「白熊が寮を始めたその年、つまり夏目とぼくがこの寮に来た最初の年、まだ寮に入っていなかった安羅や時屋、百合子を誘ってこうやって花火をしたんだよ。」
 縁台に座って、スイカを食べながら多飛本が云う。
「もちろん、発案は夏目だったな。ぼくと時屋は、受験生なのに。予備校帰りだったのを、捕まったんだ。」
「夏目に言わせれば、息抜きだったんだよね。実際、すっきりしたろ。」
 百合子の懇願で浴衣を着た鳥貝は、夏の景色にこの上なく溶け合っている。
 鳥貝に惚れまくっている百合子はもちろん、彼女を妹として大切にしている面々も、この夏の風景が、これからの風物詩になればいい、と思った。


 毎度の事ではあるけれど、後片付けを手伝うと言い出した百合子がうだうだと寮に居残る、そんな日は鳥貝の部屋に転がり込む。
 そこの所を触れられると、茹で上げられたくらいに赤くなる鳥貝もかわいいと思う男達だったが、毎度の事ではかわいそうなので、その日は黙っておいてあげる事にした。
 鳥貝自身も多分そうなるんだろうな、と思ってはいたが、終電の時間になっても動こうとしない百合子が自分と一緒に部屋に入り込んできて、分かっていても赤面する。
「この間も泊まりませんでした?」
 夏休みに入ってすぐ、実家から帰ってきた翌日の事を指す。
「今日はおまえの浴衣姿にそそられたんだ。」
 云いながらも、素早く鳥貝を背後から抱きしめる。手慣れた手口だった。
 自分で着付けたものだから、あまり良い形をしていなかった帯の結びが、百合子に押しつぶされて更にゆがむ。
「やっぱり、いいな、浴衣は。」
 合わせただけの襟元に、自然と手が入り込む。洋服、特に重ね着を好む昨今のファッションに比べれば、なんと単純で脱がしやすい着物なのだろうかと。
「百合子さん・・・ダメです。」
 形だけの抵抗はいつもの事。
 でも今日の鳥貝は本気の抵抗。
「汗かいてるんですから、シャワー浴びたいんです。」
「シャワー浴びたら、してもオッケ?」
「・・・明日、バイトあるんですけど・・・、」
「関係ないよ。」
 云いながら、鳥貝の首筋に唇を落とす。
「汗の匂い・・・悪くないけど、」
「わたしは嫌なんですけど、」
「浴衣、おれが脱がせてやるから。というか、是非脱がせたい。」
「・・・遠慮します。」
 そんなやりとりも、いつもの事。
 鳥貝も口で言うほど嫌がってはいないのを、百合子は知っている。
「遠慮は無用、」
 ややこしい形をした帯の端を探り当て、結び目をひもとく。
「ちょっと、百合子さん・・・、」
 しゅる、と小気味いい摩擦音を響かせて、帯は床に流れ落ちる。いったんひもとかれた帯は、腰に巻き付いた部分を指先で押し広げるだけで、簡単に広がっては床に落ちていく。
「だめ、ちょっと待って、」
 身をよじりながら、帯と伊達締めを完全に床の上にまき散らした鳥貝は、百合子の腕か逃れようともがく間に、腰紐の結び目を解かれていた。
 どうにか腕から逃れたものの、浴衣を鳥貝の身体に固定するものはもうない。
「あと一枚、」
 百合子が嬉しそうに口にする。
「しっ、下も着ていますからっ、」
 前身頃を死守しながら、鳥貝はバスルームに逃げこもうとするけれど、その直前に、ソファの上に投げ出してあった携帯がメロディを奏でた。何の気なしに設定してあったボレロだ。その着信音は、おそらく地元の友人の誰かからの電話。
「出なくていいよ。」
「出ます。」
 百合子に取り上げられる前に携帯を取って、鳥貝は電話に応答した。



つづく