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<オリジナル話・3>

恋情【2】


 呼吸が落ち着いてきた頃には鳥貝の混乱は、すっかり治まっていた。
 男を知らない鳥貝が、百合子の今回の行動をどう判断したか。鳥貝は鳥貝なりに、強引な百合子の事を考え、すっかり心の整理をつけていた。
 そして、それを行動に移す。
 座り込んだままの百合子の背中ににじりよるようにして近づいた。鳥貝の気配に気づいた百合子の背中が震える。
 鳥貝は百合子のシャツの裾をそっと握った。
「百合子さん・・・・・・、」
 握ったシャツの裾をつんつん、と軽く引っ張る。しかし、百合子は反応しない。
「百合子さん、わたし・・・・・・、」
 反応をしない百合子の背に、手を添える。その暖かい背中に、頬を寄せ、体を寄せ掛けた。
 鳥貝の中に、愛しい想いがあふれ出す。
 この人が好きなのだと、改めて実感すると、体の芯が熱を帯びてくる気がした。
「・・・・・・無理にじゃなきゃ・・・・・・・いいです、」
 直接百合子の体に声は届く。声の振動が百合子の心を揺さぶる。
「百合子さんのこと、大好きです。だから、百合子さんと、したい・・・・・・、」
 云ったとたんに、抱きしめられてキスされていた。そのまま押し倒そうとする百合子の背中をぽかぽか叩いて、鳥貝は抵抗しながら云う。
「・・・・・・だからっ・・・・・・・無理やりは、やです・・・・・・ベッドで、」
「了解。」
 云うが早いか、鳥貝を抱きしめて、抱き上げた。腕の中から鳥貝が見上げた百合子の表情は、とても晴れやかなものだった、
 ベッドにそっと横たえられて、上から百合子が覗き込んでくる。先ほどまでとは打って変わって、優しい表情だった。鳥貝も、微笑む。
「好きだよ、春海。・・・・・・ごめん、な。おれ、おまえじゃなきゃ、だめだから・・・・・・。今日、改めて、思い知った・・・・・・おまえじゃなきゃ、心も身体も反応しやしないんだ・・・・・・、」
 百合子は本当に申し訳なさそうに云う。
「まさか、自分がこんなにおまえにハマってるとは思わなかった。おまえに・・・・・・囚われてる。雁字搦めに・・・・・・、」
 少しだけ自嘲して、軽くキスをする。
「おまえの声が、目が、唇が・・・・・・好きだ。この柔らかい髪も、愛おしい・・・・・・、全てが、好きなんだ・・・・・・、」
 指先で口にした部分を撫でる。最後に髪を指先に絡めて口付けて、再び唇にキスをする。
「惚れた相手を前にして、こんなに長い間我慢するなんて初めてなんだよ。自分でもよく持ったと思う・・・・・・おれだって、無理やりは嫌だったから・・・・・・だから・・・・・・ごめんな。」
 鳥貝の頬を両手で挟みこんで、切なそうな表情をして再び謝罪する。鳥貝の頬に百合子の熱がその手から染みこんでくる。
 経験のない鳥貝に男の生理状態はよく理解できない。だから、どれだけ百合子が鳥貝を求めていたのか・・・・・・どれだけ、我慢を強いていたのか、分かるわけがない。ただ、分かるのは、百合子が自分の事を大切に想っていてくれること。だから、強い欲求を押し殺して、今まで我慢してくれていたこと。
 体の欲求があるから抱きたいんじゃなくて、体も心も鳥貝を求めているから抱きたい、そう思っていてくれる。
 それは、とても嬉しいと思った。
「おまえがその気になるまで、もっと待ってやれたらよかったんだけど、おれにはもう限界。素直に待っていたら、おまえのその気が起きるのって、何年先か分かったもんじゃないし。」
 上から鳥貝の目を覗き込んで、くすっと笑う。
 百合子の柔らかい笑みに、鳥貝の鼓動が踊る。
 百合子と肌を重ねることを想像した事がない、といえば嘘になる。でも、鳥貝にとって、そういう事はまだ現実味が薄かった。何しろ、地元のN県にいた頃に付き合っていた恋人とも、2年近く付き合ってキスまでしかなかったのだし。まだ18歳、そういう事はもっと自分が大人になってから、と考えている部分があったのだ。田舎暮らしの母の思考に影響されていると云えなくもないが。
 ちゃんとした付き合いを始めて、やっと一ヶ月。まだ、たった一ヵ月。
 けれど、気持ちは大きく育っている。百合子と一緒にいると、今まで感じたことのない強い恋情を感じる。あらためて、これが恋をする事なんだと思う事態が多々あった。
 だからこそ・・・・・・鳥貝は、不安に思う事があった。それは前の恋人と付き合っている時に不安に感じていた事だった。それが、トラウマというようなものになっていた。
 深い口付け、唇を交わらせる激しい口付け。けれど、今度のそれは、激しくありながらも・・・・・・優しい。鳥貝の唇を堪能した百合子の唇は、彼女の顎から首筋に滑り落ちていく。
「・・・・・・っ、百合子、さん、」
 首筋を這う、百合子の唇と舌の感触に、はぁ、と艶かしい息を吐き出して、鳥貝は口を開いた。不安ごとを、どうしても百合子に伝えたかった。だって、今伝えないと・・・・・・この後、百合子に呆れられてしまう事の方が怖かったから。
「ん?」
 百合子は顔を上げて、再び上から鳥貝を覗き込む。
「まさか、止めろとか云うんじゃないよな?」
「ち、ちがいます。そうじゃ、なくて・・・・・・その、わたし、」
 云い辛い。
「・・・・・・笑わないでくださいね。」
「いいぜ、おまえが真剣なら笑わない。」
 胸で大きく息を吸い、吐く。
「わたし、もしかすると不感症かもしれないから・・・・・・百合子さんのにちゃんと反応できなかったら、ごめんなさ・・・・・・、」
 と、そこで言葉をとめずにおれなかったのは、百合子が鳥貝から顔を背けて横を向いて、肩を震わせたから。
「百合子さん!?」
 肩を震わせて、口元に手を当てて。この反応は。
「・・・・・・真剣なんです。笑わないでくださ・・・・・・っ、」
 云うより早く、唇を塞がれた。
 けれど、キスしていても、笑っているのが伝わってくる。体が震えている。
 密度の濃いキス。でも、優しいキス。ゆっくりゆっくり、鳥貝の舌を絡め取って、吸い上げて・・・・・・鳥貝の思考能力を簡単に奪って、心地よくさせてくれる。百合子だけを感じさせてくれる、大好きなキス。
 百合子のシャツを掴みながら、鳥貝はうっとり身を任せた。
「・・・・・・気持ち、いいか?」
 笑いも治まったのか、穏やかな声で問いかけてきてくれる。その声の響きさえ、気持ちよく耳を潤す。
 鳥貝はこくんと頷いた。
「なら、おまえが不感症なんてあるものか。」
 今度はくくっ、と笑った。
 鳥貝ははっとしてむっとする。真剣に告白したのに。
「でも、わたしっ、」
「おおかた、前の男のキスに何も感じられなかったからそう思ったんだろう?」
「・・・・・・っ、」
 図星だった。
 好きだと思って交わしていたキス。確かに、彼と思いを交わしている事が実感できて、優しい気持ちにはなれた。でもそのキスに「感じる」という身体の反応を意識できなかった。実は、何度か求められた事はあったし、服の上からではあるが身体を愛撫された事も、あった。けれど、その時も嫌悪こそないが「感じ」られもしれなかった。それが、彼とそれ以上先へ進めなかった理由であり、彼と別れる事をあっさり認められた一因だった。
 それがあるから、百合子と肌を合わせて、もしもあの時のキスのように何も感じることができなかったら・・・・・・と、思うと怖かった。百合子をしらけさせてしまうのではないかとか、自分の異様な性癖を思い知る事になるんじゃないかとか。
「おまえは不感症なんかじゃないし、例えそうだったとしても・・・・・・おれが、ちゃんと感じさせてやるよ。」
 強い眼差しを鳥貝に向ける。
 百合子が云うと、なんとなく納得できるのは・・・・・・それとなくうかがい知った、百合子の過去の経験値。
「裏づけされた自信、ですか?」
 少しだけ拗ねた気持ちで云ってやると、百合子はにやりと笑う。でも、何も云わない。
 そんな百合子を憎らしいとも思うし、嫉妬も感じるけれど・・・・・・でも、やっぱり、愛おしい。
 何度もキスをして、沢山の甘い言葉を囁かれて、自信の裏づけが確かなものだと感じる前に、百合子の腕の中でこれまでの自分とは違う自分を見つけて。
 彼の愛撫にいちいち敏感に反応する身体が、自分のものじゃない気がした。けれど、百合子に触れられるたびに身体の奥の熱がどんどん高められて、自分が「感じて」いるのだと、否応なく知らしめられた。
 暖かな百合子に抱きしめられて・・・・・・抱きしめる。
 素肌の体温を、互いに分け合う。
 大好きな人とそうする事が、何より幸せなのだと、鳥貝は感じた。
 幸せな気持ちが膨らむたびに、ますます百合子が愛おしくなる。
 そんな愛しみも、彼から与えられた快感も、彼を受け入れた痛みも、渦を巻く感情のひとつとなって、鳥貝はただひたすらに、泣いた。
 同年代の女性に比べて情感が乏しい鳥貝だったけれど、今この時に、体中に感じる百合子に恋するあまりに、泣かずにはいられなかった。言葉だけでは伝えきれない、好きという気持ちを、他にどう表していいか分からなかったのだ。
 そんな鳥貝を百合子はひたすら抱きしめて、心地よい声音で優しい情愛を囁き続けてくれた。子供のように泣く鳥貝に呆れるでもなく、愛しげに嬉しげに、鳥貝の泣き顔を見てはキスをする。
「おまえの、泣き顔好きだよ。」
 とろけるように優しい声音。
「もっと・・・・・・おまえの色々な顔が見たいから・・・・・・、おまえの全てが見たいから。ずっと、おれの傍にいてくれ。おれを傍に置いてくれ。」
 鳥貝の頬を両手で捕らえて、鼻先をすり合わせながら囁かれる言葉に、鳥貝は頷くしかできない。嗚咽で声なんて出ないから。
 百合子は喉の奥で優しい笑いを漏らして、鳥貝の額に額を寄せた。
「おれの本気の愛情は、重いからな。もう、分かってるよな?」
 百合子の極端な性格は、鳥貝にももう理解できてきている。兄夏目が死してなお、彼を慕い続けているように、鳥貝も百合子に愛され続けるのかもしれない。
 鳥貝にとっても、恋する気持ちの重さが、昔付き合った恋人とは格段に違う。それが永遠に続くものかは鳥貝にも分からない。でも、百合子が優しくて激しくて重い愛情を自分に示してくれるように、自分も彼に愛情を示したかった。
 鳥貝が声にならない声で「はい、」と答えると、百合子はますます笑い声を漏らせた。
「おまえが好きだ。好きだ。好きだ。我慢、できない。もっと、おまえが欲しい。だから・・・・・・おれを、しっかり受け止めろよ?」
 鳥貝の上に身体を移動しながら云う百合子の言葉は、気持ちの事なのか、体の事なのか・・・・・・そのどちらもなのか。
 考えて返事をする前に、百合子は鳥貝の意識を奪う。
 百合子の細い筋肉質の背中に腕を回して、再度の痛みと幸せと共に百合子を受け入れながら、鳥貝は止め処なく涙を流し続けた。
「・・・・・・わたしも、百合子さん、大好きです、」
 声にならない声は、きっと、百合子には伝わっていた。

 
 寮で一番の早起きは、庭の鶏舎の鶏たちを除けば、いつも白熊だ。
 その日も、普段どおりの朝を迎え、変わらない春の朝日が寮を照らし出していた。
 イースト菌と共に小麦をこね、発酵具合を考えて手順通りに形作っていく。生地をこねる事で身体が目覚め、手順を考えることで頭も目覚める。しかも、労働を終えた後には美味しいパンが出来上がる。白熊には目覚めのストレッチよりもパン作りの方が性に合っていた。今日は得意のバターたっぷりのクロワッサンと、ドライフルーツの入ったパンだ。
 いつも通りに台所でパン生地をこねている所に、意外な人物が2階から降りてきて、白熊はわが目を疑った。
 いや、別に彼が寮にいることはさほど不自然なことではなかった・・・・・・ほんの一月ちょっと前までは。
 けれど、いまや彼が定宿としていた部屋には別の人間が居住し、彼が泊まる事は・・・・・・できない、とも云えない事を白熊は思って、頭を悩ませた。 
 彼が、彼女の部屋に泊まったというならば・・・・・・・である。
 いつかはそうなるだろうなとは思っていたし、白熊が彼と知り合って以来の年月の間のその行状を思い起こせば、彼が恋する相手と出会ってそういう状態になるまでに一月以上かかるなんていう事はまずなかったように思う。だから、今回の宿泊も過去を思えば彼にしてはよく我慢したものだ、と客観的には思えるけれど。
「や、白熊、おはよう。」
 大層上機嫌で、そう、今まで見たことのないくらいの上機嫌で、彼は、百合子は白熊に挨拶をしてきた。
 シャワーを浴びた後らしく、髪がかすかに湿っている。
 それの意味する所で白熊は確信し、溜息をついて、呟いた。「無理やりにじゃなきゃ、いいんだろうけど。」
 彼女はすでに白熊にとっても妹のような存在である。その気になれば恋情を抱ける程度に可愛らしい娘ではあるけれど、彼女の出自と出会いとこの男の存在があったものだから、そうならないように意識をしてきて、彼の中では妹の位置に落ち着いている。
 百合子は長きに渡る親友だが、たとえ出会って一月ちょっとであったとしても、妹の方が大事である。
「百合子、おまえ・・・・・・、」
 パンを成形し、焼く前にしばらく発酵させる合間の時間だ。白熊はエプロンを外して勝手口に向かおうとする百合子を呼び止めた。
 白熊の声に百合子が振り返るが、驚くほどの笑顔だった。
 なんというか、顔がだらしなく緩みきっているというか。
 恋愛が絡むととんでもなく愚か者になる男だと知っているが、ここまで緩んでいるのは初めて見たかもしれない。世界中の人間の幸せランキングをこの瞬間につけるのならば、確実に彼が一位を取りそうなくらいの幸せっぷりだった。
 聞かなくても、全てが分かる。
 というか、聞かないほうがいい気がしてきた白熊だった。
「や・・・・・・いい。それより、鶏舎行くんだろう。鍵持たずにどうするんだ。」
 勝手口の扉を既に開けていた百合子は「そうだった。」と、云いながら一歩下がってそばの棚から鶏舎の鍵の入った籠ごと持ち上げた。
 勝手口の扉が閉まったあと、なんと、初めて聞くかもしれない百合子の鼻歌が聞こえた。普段からどんな音楽を聴いているか、音楽というものをマジメに嗜む気があるのかどうかも怪しい百合子だが、鼻歌の曲は最近流行りの恋愛ソングのようにも思われた。
「人間、恋に浮かれて出てくるのは恋の歌か。百合子もちゃんとマトモな恋愛できたんだなぁ。」
 馬に蹴られるのもバカらしいので、白熊はとりあえずパン作りに戻った。
 これほど恋に浮かれている百合子が、恋してやまない彼女に対して、無体な事をしてきた後だとはとても思えなかった。これまでは、肉欲と恋情を天秤で釣り合わせる思考の持ち主だったが、今回ばかりは恋情の方が遥かに重くなっているのを、白熊も悟っていた。
「赤飯・・・・・・って、炊いたら怒られるよなぁ、春海ちゃんに・・・・・・。」
 顔を真っ赤にして慌てふためいたあと、百合子と白熊に対して怒鳴り散らす鳥貝の様子が目に浮かんだ。しかも、その後しばらく部屋に引きこもりそうだ。それはそれでかわいいと思うけれど。
「ま、人間誰しも通る道だし・・・・・・ここは敢えて知らないフリをしておいてあげよう。」
 大人な白熊はそう思う事にした。
 けれど、きっと近いうちに惚気まくるにちがいない百合子の事を想像して、どうやって黙らせて凹ませてやろうかとも、子供な白熊は考えたのだった。



 鶏舎の掃除と卵の採取を終えた百合子が台所に戻ってみると、食堂に珍しく時屋がいて、眠そうな顔で白熊と向かい合ってコーヒーを飲んでいた。
「よお。」
 百合子がいる事に何の動揺もみせず、軽く手を上げて挨拶をするのに、百合子も同様に応えた。
「昨晩は、頑張ったようだな。」
 こういう事をずばりと聞いてくるのがこの男。そして、それに笑顔で応じるのも百合子という男。
 とりあえず、白熊はそこの所は直球を投げかけないくらいには羞恥はある。変化球なら思う存分に投げるけれど。
「夕べは珍しくバイトが休みで退屈で、早い時間に寝たら、夜中に目を覚ましちまったんだよな。喉が渇いてさ、台所に水でも飲みに行こうかと思って階段下りた所、夕方いなかったはずのおまえと春海ちゃんが居間にいるだろう。こりゃ、絶対だな、って直感して、優しいおれは身を隠してやったわけだ。上手く行ったんだな、その顔じゃ。オメデトウ。」
 表情は相変わらず寝ぼけ気味なのに、朝からよく舌が回るものだ。
 百合子は台所に卵を置いて、コーヒーメーカーにあったコーヒーを入れて食堂の時屋のはす向かいに座って、にやりと笑う。
「上手くいくもいかないもない。当然の事態だ。何しろおれと春海は愛し合ってるからな。心が通じあえば、体も通じ合うのが常。」
「おまえにしては珍しく、一月も我慢してたもんな。おれはてっきり、宗旨替えして禅道にでも入ったのかと心配したぜ。というか、おまえにあそこまで熱烈求愛されてて、許さない春海ちゃんも見かけより意外とツワモノだよな。」
「あいつの鈍さは並じゃないからな。夕べ、おれが押し倒さなきゃ、1年先になった2年先になったか。あいつ、妙なトラウマも持ってたみたいだし。」
「まだ乙女だったんだろ?」
「そういう事を聞くな。というか、聞くまでもない。」
「だから、余計にかわいいんだろう、おまえ。乙女をめんどくさがるヤツがいるけど、それはそいつ自体、自分に自信がないんだろうさ。女性は男より切り替えが早い。夢から覚めた女性に捨てられるのはいつも男の方。だからな、百合子、今から覚悟しとけ。」
「それは、おまえの経験談だろう。春海は元々夢見るタイプじゃないから大丈夫さ。おれが、あいつを離さないし。」
「ガキみたいな独占欲持ってると、鬱陶しがられて捨てられる日も近いな。」
 時屋と百合子は朝っぱらから際どい話で盛り上がる。
 このふたりは、特にこういう部分で気が合うらしい。女好きでもフェミニストな安羅はここまであけすけではないし、多飛本はこういう話はまずしない。そして、横でその会話を聞いてる白熊は。
「百合子が捨てられた日には是非ぼくも打ち上げパーティに参加させてもらいたいけどね、今日の朝食どうしようか。春海ちゃんが当番なんだけど、さすがに無理だよねぇ・・・・・・誰かさんのせいで。どうせ、一月お預けくらった餓えたオオカミよろしく、涎垂らしながら彼女に襲い掛かったんだろう。かわいそうな子ひつじ。今日一日身動きとれないかもしれないよね。」
 やんわりした口調で、しっかり百合子をなじった。
 妹のような鳥貝がオオカミに襲われた翌朝、機嫌よくいられるわけはない。せめてこれくらいの意地悪はしたくなる。
「目玉焼きくらいなら、おれが作ってやる。」
 百合子の断言に、白熊も時屋も「えー、」と云う。
 まったく料理ができない事はない百合子だが、おいしい料理を作る事ができない事は知っているふたりだからこその反応。
 最近、どんどん腕が上がってくる鳥貝の朝食を食べなれているふたりだから、その舌を百合子が満足させる事はできそうにない。
 百合子はむっとしたあと、パンの良いにおいをかいで、白熊のほうを向く。
「じゃあ、朝メシ作らない代わりに、おれが白熊のパンを買うから、それをみんなの朝飯にしたらいい。」
「パンだけ?」
 白熊が眉根を寄せてこれみよがしに百合子にたかる。
「わかった。それじゃ・・・白熊、朝食当番何となら代わってくれる?」
「欲しい本がある。それなりに値が張るから、パン代込みで朝食当番引き受けよう。」
 白熊の即答に、少しはめられた気分になる百合子だった。けれど、鳥貝に無理はさせたくないし、自分が朝食を作ることができないとなれば、折れるしかなかった。
「もちろん、おれの朝メシも込み。」
「うーん、まぁ、仕方ないね。鶏舎掃除もしてくれたし。あ、あとぼく今週は洗濯当番なんだよね。今日の分だけ、よろしく。」
「はぁ? なんで、そこまでおれが、」
「・・・・・・いいんだけどね。春海ちゃんって、ほら、女性だから、リネン類に関しても、洗濯はひとりでしたいって云うわけ。でも今日は・・・・・・、」
 白熊の言葉は途中までで十分理解できた。
 百合子は「わかりました。」と、大声で返事をした。
 人生何事も、苦楽は交互にやってくるものなのである。



つづく