※この二次創作小説についてとオリジナルキャラ紹介
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| <オリジナル話・2> 入学式の日に【1】 4月。TK大の入学式。 この寮に入って、早くも10日が過ぎている。本当にあっという間の10日だった。これまで一人っ子として育ってきた鳥貝に、約5人(?)もの個性的すぎる兄ができたのだから、環境の大変化だ。掃除・洗濯・料理等々、これまで母を手伝う程度でしかやったことのない、慣れない家事を必死にこなした10日だともいえる。勿論、交代制ではあるのだが。 寮のルールはどうにか把握した。もっとも、寮というより、実質、白熊家への下宿と言う形が正しいのだろうが。また、これまで男性しかいなかった寮に初めて女性が入るという事で、不文律にも多々付け加えができたらしい。が、その内容によっては鳥貝が知らされていないものもあるようで、鳥貝は未だに首を捻っている。・・・・・・鳥貝の部屋にどうしても入らなければならない時は、必ず扉を開けておくように、とか、そういった取り決めなのだから、鳥貝には知らせる必要はないと男たちは判断しているだけだが。 鳥貝はやっと寮に腰を落ち着けてから、入学式に着ていくスーツを買いに出かけた・・・・・・無理についてくることを主張した、百合子を伴って。実際、都会育ちの百合子のセンスにあれこれ助けられて買ったスーツを着て、鳥貝は、入学式に挑む。 入学式には、母が参列してくれることになっていた。母とは大学に近い駅で待ち合わせだ。入学式は、基本、在校生は関係ないハズなのだが・・・・・・なぜか、早朝寮までやってきた百合子も鳥貝に同行している。 「ボディーガード。」 とか云っているが、真意は鳥貝には分からない。というか、それが真実真意なのだが、なぜボディガードが必要なのかわからない鳥貝には、分かるわけはない。 さすがに入学式当日だけあって、正装した人間がごったがえす駅まで、どうにか母と合流した。ついてきている百合子については・・・・・・そこでばったり会った、と、ありそうでいて結構苦しい云い訳をした。 そう。実は、寮の事とか、兄夏目の事とか、その友人たちの事とか、百合子の事とか・・・・・・母にはまだ話していない鳥貝だった。寮で暮らし始めてから10日の間に、何度か母と連絡を取っていて、母が一度是非寮に伺って家主さんにご挨拶を・・・・・・と、云っていたのを、かわし続けていたのだが・・・・・・いつまでもそういうわけにはいくまい。 兄の親友たちとはいえ、男4人との同居生活、母が聞いたら、激怒するか卒倒するか・・・・・・考えるだに恐ろしい。何しろ、生まれてこの方N県の田舎から出た事のない母なのだから、考えも勿論、進歩的ではないわけで・・・・・・というか、むしろ古い、のひとことにつきるわけで。 昨夜、電話で釘を刺されたのだ。入学式の今日、折角東京に出るからご挨拶に伺う、と。入学式の終わる時間に伺うことを家主さんに伝えてくれ、と・・・・・・。結果としては、家主にあたる白熊に伝えはしたのだが。白熊は全然構わないよ、とは云ってくれたのだが。 お気に入りの百合子に久しぶりに会えて、鳥貝母はご機嫌である。大学の生活の事など、楽しげに聞いている。 鳥貝には特殊な態度をとる百合子だか、ちゃんとTPOを考えて発言し、態度を改める人間であるのは鳥貝も認める所だ。鳥貝母に対しては徹底的に「いい人」の態度で接している。・・・・・・だから、ここはいっそ、百合子を巻き込もう、と、鳥貝はこっそり誓った。 「男の子ばっかりねぇ。」 入学式の行われる大学の講堂にたどり着き、改めて周りを見回しながら、鳥貝の母が溜息をついた。 「そうですね。女性は在校生の1割程度なので。完全に理系の学部しかない大学で、男性が多くなるのは仕方ないですね。」 百合子が紳士面で鳥貝の母に説明をしているのを、鳥貝も納得しながら聞いている。入試の前に取り寄せた資料や学校の進路指導で教えてもらった内容に、たしかにそんな項目もあった気がするが、建築学科で専門知識を身につけたくてそちらの内容ばかりを追っていた鳥貝だから、男女比率までは気にしていなかった。 母親はあからさまに心配な表情になっている。男子校に娘一人を放り込むような気分なのだろう。山間の田舎暮らしの母の基準はやはり古風なもので、男女の性差を事の外気にしている。 「春海・・・・・・大丈夫なの?」 なにが、と素で問い返しそうになって、百合子と目が合う。目が、笑ってみえる。 そこで、鳥貝も百合子の「ボディーガード」発言の意味を悟った。自意識過剰ではない鳥貝だが、警戒心も失くしたわけでもない。ただ、近頃、兄の親友たちとの暮らしが板についてきて、男性を警戒する気持ちも薄まりつつあったようだ。 けれど、この大学でいちいち男性を警戒していたら、勉強さえできないだろう。本当に、男性ばかりなのだから。 「大丈夫よ。皆学びに来ている学生なのよ? 何か起きるわけないわ。」 「むしろ、女性の方が有利かもしれませんよ。男たちは皆、少ない女性達に優しいから。・・・・・・下心がないといえば嘘になるかもしれないけれど、誰も抜け駆けなどしません。それに、鳥貝さんはしっかりしているから、おそらく自分の身の処し方もわきまえているだろうし、ね?」 鳥貝さん、という呼び方を百合子にされるのは初めてだ。春海は思わずあんぐり口を開けてしまっていた。 「そう、かしら?」 母親は不安そうに、けれど、百合子の言葉に半分ほど納得したような表情もしてみせた。 大学の男女比率でこれほど渋い顔をする母が、鳥貝の今の居住を知ったら・・・・・・と、改めて背筋を寒くした鳥貝だったけれど、ぽんと背中をたたかれて、上を振り仰いで百合子の微笑をみとめた。 「大丈夫、おまえの心配は分かってるよ。」 ごくごく小さな声で鳥貝にだけ分かるように云って、軽くウィンクした。鳥貝の心配は、不思議と消えていった。 入学式、オリエンテーション、半日はあっという間に過ぎていく。 百合子は終わった頃に迎えに来るよ、とふらりとどこかに去っていき、鳥貝はこれから始まる新たな生活に緊張を募らせていった。 オリエンテーションの席で、数少ない女性新入生数人と言葉を交わした。やはり、数が少ない女同士なので、固まってすごす事になりそうである。人付き合いは人並みにできる鳥貝なので、彼女たちともなんとかやっていける自信はあったし、同じ建築学科志望だという女性2人とはウマが合いそうな気がして、なんともラッキーな幸先だった。 また、オリエンテーション後に、学内各所で部活動・サークル活動の勧誘、見学が行われているようだが、鳥貝は母との約束があったので、それらを見て回るという同級女性たちの誘いを丁寧に断って、携帯ナンバー交換だけして別れた。明日は付き合う、と約束して。 母とは学内の食堂で待ち合わせた。見計らったように百合子からメールの着信があった。 《先に寮で待っている。多飛本たちも来ている。お母さんに、夕食ご馳走するってさ、珍しく多飛本が腕を振るっているから、期待あれ。文句をつけるなら、文句の理論武装を用意されたし。たまには多飛本を泣かせてやろう。》 との事だった。 百合子のメールで、うじうじしかかっていた心がすっと晴れた。百合子はもちろん、寮の皆を信頼する気持ちが、認識できた。 絶対に、母を説得しなければ。 鳥貝は、普段は自転車で往復している寮までの道を電車で帰ることにした。駅にして5駅先、直線距離で4キロほどの距離である。 寮の住所は知らせてあった。世間知らずの鳥貝と違い、田舎暮らしとはいえ、一応人生経験豊富な母は、寮のある場所が高級住宅街である事は知っていた。駅を降りて寮まで歩く間の、緑多く整然とした、閑静と呼ぶにふさわしい住宅街の光景に、息を呑んだ。 「東京よね。都心からも遠くないわよね。なのに、どう。一軒一軒がまるでうちの田舎のお家くらいの広さよ。しかも、どのお家も立派な門構えで。」 母の顔が不安に曇る。 「こんな所にある寮で、月一万円? いまさらながら、不安になってきたわ。本当なの、それ? 大丈夫なの?」 上手い話には裏がある。大人として当然の心配である。一応、鳥貝も最初は色々心配してみたものだ。 寮の門扉にたどりつく。春も深まり、より緑が濃くなった木々が門扉の周りに生い茂っている。門から玄関までの長くはない道のりだが、押し黙ったままの母の心のうちはきっと、この寮に初めて訪れた時の鳥貝以上の動揺が起こっていると考えていいだろう。 さらに、勿論、寮となる洋館を見た母の心のうちは、その息の呑み方で伝わってきた。言葉も出ない様子だ。呆然と洋館を見上げている。 「お母さん、あの・・・・・・。」 恐る恐る声をかけると、はっとした母は睨むように鳥貝を見た。 「本当なの? ここで暮らしているの? 大丈夫なの? 何かあるんじゃないの? あなた、騙されてるんじゃないの?」 目が血走っている。 親として当然の心配なんだろうな、と、鳥貝は思った。同時に、この寮に住んでいるのが実は男ばかりで、と知ったときの母の心のうちは、想像するだに恐ろしい。 「と、とりあえず、入って。家主さん、紹介するから。」 玄関扉を開け、また母は息を呑む。こんな洋館、年に1度2度の地元の町内会の旅行で訪れる観光地でしか見たことがないのだろう。 呆然とする母に来客用のスリッパを促し、自分も自分用に新たに買って来たピンクに白いひつじ柄のスリッパに履き替えた。フチの部分に、白くもこもことしたファーがついていてかわいいのだ。もっとも、真夏になったら暑くて履けそうもないのは目に見えているのだけれども。 「おかえり。」 玄関からすぐはキャビネットに仕切られた居間だ。そこから百合子が現われた。 なんでまた百合子が出迎えるのか。母が、ひどく驚いた顔をしている。話がややこしくなりそうな気がして、鳥貝は溜息をついた。 すぐに百合子を押しのけて白熊が前に出た。 「すみません。はじめまして。ぼくがこちらの管理を任されている白熊と云います。とりあえず、こちらに。」 人懐っこそうな笑顔と穏やかな雰囲気、けれど、どう見ても鳥貝とそう変わらない年齢の青年だ。母の顔には唖然とした表情が面のように張り付いてしまっている。 案内された居間には、寮のメンバープラス百合子が勢ぞろいしていた。 皆で説明をしてくれるのだろうか。ありがたいけれど、母の反応が大層不安である。唖然とした母の面は動くことがない。 「あの・・・・・・お母さん・・・・・・?」 「あ、ああ・・・・・・ああ、そうだったわね。ええと、白熊さん、でしたか。娘がお世話になっております。」 会釈して、駅のコインロッカーから引っ張り出してきたお菓子の箱を白熊に手渡す。ご丁寧に、と返して白熊はそれを受け取って居間のテーブルの上に置いて、母にソファを勧めた。 「驚くのも、無理はありません。実は僕もTK大の学生なのです。理学部に所属しています。」 ソファに座った、というより、腰を落とした母に白熊は柔和な笑みで声をかけた。 「この家は、僕の父のものなんですが・・・・・・。」 そうして、ざっくりと、白熊がこの家を管理するにいたった経緯を話した。 「・・・・・・ですので、実質は寮ではなく、僕の家への下宿、という云い方が正しいのかもしれませんね。」 「はぁ・・・・・・。」 母は、どういう反応をしていいものか、まだ困惑した表情を浮かべていた。白熊の家に下宿する内容はわかったけれど、その他の男たちプラス百合子の関係性が見えないからだろう。 そこでやっと、白熊はソファに座る男たちの事にふれる。 「この寮を始めるにあたって、気の合う友人たちを集めたのが、彼らです。左から、多飛本、安羅、時屋。」白熊の紹介に名前を呼ばれた者が、鳥貝母に向けて会釈する。「ですので、お母様が不審に思われている下宿代も、あくまでけじめとしていただいているものであり、営利の意図は一切ありません。家は人が住まなくなれば老朽化があっという間に進むといいます。空き家にして遊ばせておくよりも、建物や敷地を管理する人間を置いておく方が良く、実際、彼らはこの土地家屋を維持するのに必要な手入れを行ってくれています。だから、こちらとしても助かるのです。また、光熱費や食費は、娘さんからお伺いの事かと思いますが、それぞれが出し合っていますので、別料金となりますが、月々にして大した額がかかるわけではないので、ご安心ください。」 それで、なぜ、ここにうちの娘が? という鳥貝母の声なき声を理解できないものはいない。 「鈴木夏目くんはご存知ですね?」 「は?」 そこで、やっと、母に関係性解明の糸口がもたらされた。 「元々は、彼もこの寮の住人だったのです。」 「え、では・・・・・・、」 白熊の言葉を、多飛本が引き継いだ。 「彼女を見守ることは、夏目の遺志でした。ぼくらに彼が残した遺言です。兄のことを知らない鳥貝さんに、ぼくらの存在は迷惑になるかもしれない可能性は考えたので、当初は東京に上京した彼女を、影ながら見守るに留めていたのですが、部屋探しに困っている様子の彼女をみかねて、ぼくらは話し合った結果、彼女をここに迎え入れる事にしたのです。もちろん、ご覧のとおりの男所帯ですから、彼女自身の意思を優先して、ですが。」 「最初は、彼女を騙すような形でこの寮の存在を知らせ、惑わせてしまいましたが、結果として彼女はこの寮で暮らす事を了承してくれました。」 安羅の言葉に、鳥貝は母を見ながら頷いた。母は困惑した状態のまま、自分の手元をじっと見ている。 「私は、夏目兄さんの部屋を使わせてもらっているの。皆さん、とても親切だし、ここの決まりごとをちゃんと守って暮らしてるわ。だからね・・・・・・、」 「でも・・・・・・、」 鳥貝母は娘を見た。困惑に少しの怒りが混じっている。 「あなたは女の子なのよ? 男性ばかり暮らしているところで、あなたひとり女の子が?」 心配事は、やはり的中する。今すぐにでも、娘を連れて帰りたい、という感情が見て取れた。 そこで、これまで黙って様子を見守っていた百合子がやっと口を開いた。 「おれが云っても信用は薄いかもしれないけど、ここの住人はみな彼女の兄夏目さんの良き友でした。節度と分別をわきまえた、大人です。間違っても、鳥貝さんにいかがわしい考えを持つ者はいません。」 いけしゃあしゃあと、と、鳥貝母以外の全員が心の中で突っ込んだ事に気づいているに違いない百合子は、すました紳士面で言葉を続ける。 「例えいたとしても、部屋にはしっかり内鍵がかかりますし、」 一度、簡単に突破してきたくせに・・・・・・と、鳥貝は心のなかで突っ込む。 「そういう不埒なものは、すぐにでもここから追い出される事になるでしょう。」 嘘も方便、ここに極まれり。 世話になった産科医の息子である百合子の事を、鳥貝母は信頼している。それは、彼の両親の威光からだけではなく、しばらく彼と話をする事でその人となりを認めたからでもある。 「でも、百合子くん・・・・・・ここはN県の田舎じゃない。東京よ。この方たちが信用できないわけじゃないけれど・・・・・・、」 白熊、多飛本、安羅、時屋の顔をぐるりと見回す。 白熊はともかく、サラリーマンのようにも見える多飛本や、やたら綺麗な顔をした安羅、一見真面目な学生に見えるがどこか軽い雰囲気の時屋。東京といえば大都会、と感じる程度の田舎に暮らす鳥貝母にはどうにも胡散臭く映る。その人となりを知らないからだ。 百合子は、動揺する鳥貝母に爽やかに笑いかける。安心をうながすように。 「それではこういうのはどうですか、」 どことなく、彼の表情が企むものだな、と、思った鳥貝の女のカンは意外とあたっていた。 「おれが、彼女に手出しさせません、絶対に。・・・・・・と、お約束する。」 全員が、もれなく「はぁ?」と、声を漏らした。 「黙っていて申し訳なかったのですが、実はおれと春海さんはお付き合いしているんです。」 「は?」 これは、鳥貝と鳥貝母の女性コーラスだった。 「おれは、ご存知のとおり、こちらの大学まで通える距離に自宅があるから、ここの寮には暮らしてないけれど、おれも彼らの友人であるので、頻繁にこちらに来ています。それに、春海さんとお付き合いするようになってから、ほぼ毎日訪れています。」 確かに、毎日、用もないのにふらふら現れては鳥貝の周りをちょろちょろしているよな、と、男たちは呆れた目で百合子を見ている。 「彼女を守るのは、彼氏の務め。ということで、絶対に彼女には手出しさせない。それで、納得してはもらえませんか。」 確かに、はじめて都会暮らしする娘に、特定の、信頼でき頼りになる彼氏がいる事は親としてはとても安心できる事だとは思うけれど。 唐突すぎる展開に、鳥貝母は、今度は目を点にしている。 鳥貝も、驚いて固まったまま否定もできずにいる。鳥貝自身、百合子の事が好きだとは自覚している。でも、まだ、お付き合いというのとは、ちょっと違う状態な気もする。 入学式の前の「大丈夫。おまえの心配は分かってるよ。」の言葉はこれに繋がったのか、と、百合子のたくらみにげんなりした。 けれど、確かにそれによって、母に変化が見られた。 「・・・・・・そ、そう。百合子くんが、ね・・・・・・。こんな不肖の娘のどこが良かったのかわからないけれど・・・・・・、」 「おれは、彼女の何もかもが好きなんです。」 誰もが聞いていて赤面を催す。しかも、百合子的にはかなり本気のようだ。 本気の言葉は母にも届き、躊躇いがちではあるけれど、娘がここで暮らす事に賛成を示す様子となる。 追い討ちとばかりに、百合子は提案した。 「ここにいる夏目さんの友人たちは、おれの母もよく知る者たちです。母に話は通してあります。一度、母と話してみてください。彼らの人となりを保証してくれると思います。」 百合子は皆の視線が集まる中、デニムのポケットから携帯を取り出すと、自分の母に電話をかけた。数度のコールの後、百合子の母が電話に出たらしく、ひとことふたことの会話を交わすと、携帯を鳥貝の母に差し出した。 戸惑いながら、鳥貝母は携帯を受け取り、電話の向こうの百合子母としばらく会話をする。ええ、や、はい、という言葉が繰り返される。 「・・・・・・ええ、よく分かりました。けれど、ひとつお伺いしたいのですけれど、百合子・・・・・・いえ、千里くんがうちの春海とお付き合いしているという事なんですが、うちの娘がご迷惑を・・・・・・は? ええ、」 百合子がマズイ、とはっきり表情に表せている。 鳥貝の母が戸惑った表情で、百合子に携帯を返した。 「換わって下さい、って。どうなさったのかしら。」 「・・・・・・はい、」 と、百合子が携帯に出た途端、携帯の外にもはっきり聞こえる声が聞こえてきた。 「千里! どういうこと!? わたしは聞いていないわよ。なに、春海ちゃんとお付き合いしているって! なんで、夏目くんの妹に手を出すの? あなた、恥をしらないの? わたし、鳥貝の奥さんにも、美羽子さんにも、次にどんな顔をして会えばいいの? 本当にわが息子ながらなんて、おろか者なのかしら!」 一方的な怒鳴り声に、百合子は渋い顔をする。 「おれは、一切やましい事はしてないからな。夏目の妹だからって好きになったわけじゃないし。ていうか、この話は、また後で。近いうちに春海・・・・・・さんにそっちに遊びに来て貰うから。じゃあ。」 慌てて携帯を切って、ポケットにしまいこんだ。 「・・・・・・という、わけですが・・・・・・、」 取り繕ってはみたものの、後の祭り。けれど、それが功を奏したらしい。鳥貝の母はくすくす笑った。やっと、表情が和んでいる。 「ええ、わかりました。確かに、百合子先生から彼らの・・・・・・あなた方の保証は受けました。皆、百合子先生と懇意にされてるようね。それぞれが、優秀で分をわきまえた人物だっておっしゃってました。・・・・・・少し癖が強いけれど、とも云ってたけれど。」 和やいだ口調になっていた。 「で、春海。百合子くんとのお付き合いの件は・・・・・・本当?」 「あ、いや・・・・・・本当、なのかな、ね?」 百合子に同意を求めると、なぜ、おれに、という表情を返された。 「おれは、付き合ってるつもりなんだけど。」 「え? そうだったの?」 「・・・・・・あのな、おまえだって、おれの事好きだって云っただろう?」 ふたりとも、鳥貝の母がそばにいる事を忘れてしまっているようだ。 「い、云ったような。云っていないような。」 「云った。ちゃんと聞いた。おれの記憶力を舐めるなよ。」 「でも、それと、お付き合いとは違うような・・・・・・、」 「なんで。相思相愛確認できたら、普通つきあうだろう。何か問題でもあるのか?」 「好きです、つきあってください。とは、云われていない。」 「なんだ、それ。そういう事云うか、いまどき。」 「云われた。高校のころ。」 「・・・・・・おままごとかよ。」 云い争いと云うより、どう見ても痴話げんかだ。百合子も、鳥貝母の前での紳士仮面をすっかり外して地が出ている。 「はーい、おしまい。おしまい。ふたりとも、いい加減にしろよ。春海ちゃんのお母さんがいるの、忘れてるだろう。」 安羅がふたりの間に割って入り、いつの間にかお茶を淹れに云っていたらしい時屋が鳥貝の母の前にティーカップを置いていた。 「と、だいたい、いつもこんな感じですが・・・・・・、少しは安心していただけましたか?」 多飛本が苦笑ながらに云うと、鳥貝母も苦笑いで答えた。 娘が地元にいる間、喜怒哀楽の表現の薄い娘が少し心配でもあった。それが、地元を出てたった一ヵ月足らずの間に、こうも表情豊かになっている事が不思議に嬉しかった。娘が良い方向に変わっていっている事を認めずにはおれなかった。 「春海、よいところにお世話になれるようで、よかったわ。」 紅茶に口をつけてから、母はふぅとため息を吐いた。 「心配が、ないわけではないのだけれど・・・・・・娘の自立を見守るのも母、なのよね、きっと。」 ふふ、と笑って、鳥貝の頭をくしゃり、と撫ぜた。 「皆さん、春海をどうぞ宜しくお願いします。それから、百合子くんもね。また、うちの方に遊びにいらっしゃい。よろしければ、皆さんも。」 杏が実る頃、N県の涼やかな空気をもとめに、皆で出かける事になりそうだった。 つづく |